芸事奉納:七夕の夜

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d_va

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「乗り手募集?」
 新聞を読みながら、ツヴァイは呟いた。なにをトチ狂ったことをかいているのだろう。
どうも世界の危機に対応するための7人の乗り手を募集しているらしい。募集要項も何もない
白いページにそう書かれている。いや、新聞に挟まっているチラシなのだが、連絡先もなく
ただ「勇者求む」というようなシンプルなデキの紙切れに首を捻った。
そういえばもう引退した身だが自分の片割れはそんなことをしていたなと思った。
ああいうのは一体どこで情報を仕入れてくるのか。この世に悪の栄えたるためしなしというが
世界はどこからか、有能な使い手を集めてくる手段でももっているのかもしれない。
それにしても、7人も乗り手を募集するとは、一体なにが起こっているのだろう。

どこかで悪事が起こっているとあれば、ナワバリ争いだ。
自分以外の悪は許せない。さて、どうしたものかと、ツヴァイは美しい顔が
台無しといわれるほど眉間にしわを寄せて考える。

「おまたせー、今日はマーマレードを薄く塗ったフレンチトーストに
コーヒーだよ。サラダもあるから残さずに食べてね!」

 暢気な声が響いて目の前に料理が並べられる。凝っているわけでもないが実にうまそうだ。
趣味が料理なだけあってなかなかおいしそうなものを作る。
ひとまず、世間で起こっていることは脇にどけておくか、と新聞を畳んで食事にとりかかろうとした。
「トマトも残さずにたべてね!!」
 にっこりと、愛嬌のある笑顔で双子の兄であるアインがを指差す。
「・・・とまと・・・」
 悪の総統にも苦手なものは、ある。
つまるところトマトというヤツはぐすぐすだし水っぽいしおいしくない。
簡単にいうと嫌いなのだが、引退したとはいえ元正義の味方のアインは
ことさらツヴァイを虐めるようにトマトを出してくる。
「いい根性してるじゃねぇか。俺がトマトを」
 お前が食え、といおうとしたツヴァイをアインが押しとどめる。
「だめだよ!あきらめなければなんとかなる!トマトだって食べられるようになるよ!」
 ファイト!と応援する仕草をする。わが兄ながら実にかわいらしい、と思わず
目を細めた。 双子であるが、この2人まったく似ていない。

兄が引退した正義の味方、弟が現役の悪の総統。2人で1つの家族なのだが、
容姿に恵まれた弟に対し、兄は背が高い以外、若干地味で見劣りがする。それでも元正義の味方、
平和と正義を愛する心だけは人一倍だ。そしてその強さも当然ながらかなりのものである。

「ちゃんとトマトたべるんだよ?」
 見ててあげるから、と向かいの席にすわってじーっとツヴァイを見つめてくる。
「・・・チッ」
 舌打ちして、むすっとした顔でトマトを口に運ぶ。
「うっ・・・」
 ぐちゅっとした食感に顔をゆがめる。キッと睨みつけられて、おそるおそる咀嚼し飲み込んだ。
「うん、よし!デカイコデカイコ、じゃないいいこ!いいこ」
 にこにこと心の底から嬉しそうにアインがツヴァイの頭を撫でる。
もう子どもではないのだからこんなことはやめてほしいという思いと、兄にならいつまでもこうされていたいという
キモチがないまぜになって、ちょっとその手をどけようとした。
 しかし、あっさりと押さえ込まれてしまう。
「?」
 ツヴァイが予想外に驚いた顔をするとアインは首をかしげた。
「どうしたの?」
「い、いや」
 へへっと笑う兄の顔に、なぜか妙に違和感を覚える。妙に、力があるというか
今までにない強さを感じる。正義の味方は引退、といってから日がな一日家で料理を作ってる兄に一体なにがあったのか。
思いをめぐらせるが、一向におもいつかない。

 何かが終わるときはいつも突然で、平和な日常はいつの間にか消えてしまう。

ふとどこかの誰かがいった言葉を思い出して、兄を見る。
胸を突き上げるような不安にツヴァイが目を見張れば、アインの姿はどこかに消えてしまいそうになっていた。
あわてて腕を出して掴む。

「あ、そうそう、俺、嘘つきなんだよ」

精一杯優しい声で兄が言葉をつむいでいた。「お前の組織の邪魔してたの俺」と。
だいたいわかっていたがはっきり言われると何かとても心が痛い。「弟を悪いヤツにしたくないからね」
それに「悪いヤツに弟を取られたくないな」 と付け加えて兄が笑った。

「ツヴァイはトマトたべれるようになったし、もう大丈夫だよね」

 じゃあ、僕はいくね。そういってアインはツヴァイに軽くキスをした。親愛の情をこめた家族のプレゼント。
ぽつんと残されるツヴァイ。

「じゃあ、おにーちゃん、ちょっと行ってくるよ」

手を振って最後まで笑顔を崩さずに、そういってツヴァイの手から離れてしまう。
「正義の味方は最後まで人を守るからさ」

-乗り手がいるなら彼らに加護を与える天使はやっぱり必要だよね?-

そんな言葉が響いて、強い風が吹き込んだ。窓もない部屋に突然の突風。ツヴァイは腕で顔を庇った。
光の向こうに消える兄の背中を見送るしかできない。

ああ、そうだ。ツヴァイは、急に思い出す。

昨日はキュウリの馬を作った。若くして、自分を止めようとして死んでしまった兄が戻ってくるように願って。

夢の終わりは本当に突然で、そして起きて初めて気がつく。
自分が、こんなにも深く眠っていたことに。夢は終わり新しい日がくる。

目を開けたとき、そこは誰もいない自分の部屋だった。目から涙が零れる。しおれかけたきゅうりの馬があった。
そして、ぽつんと馬の横に小さなトマトが置かれていた。兄は確かに帰ってきて、次の奇跡を起こしにいったのだと
語りかけるように。
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