夏の暑さは押し寄せてくるようであるのに、冬の寒さは足元から深々と這い上がってくる。朝、目を覚ますと外はすっかりと雪化粧に覆われていた。昨日までの肌をすり抜けて骨を這いずるような寒さは、雪の訪れを告げていたらしい。足を置いた廊下はこれ以上ないほどつめたいと感じるのに、少し開けた雨戸の隙間からどんどんと冷えた空気が進入してくる。

 丹前を着て尚背を丸め、雨戸を手早く押し開けていく。登り始める太陽が、キラキラと雪をまぶしく輝かせて、太陽が昇りきった昼間より、なぜこんなにも夜明けがまぶしいのだろう。あぁ、きょうも空は遠く青い。

 

 

 囲炉裏に入れた火は、冷たい空気に押されながらも少しずつ部屋の中へと広がっていく。昨晩の残り御飯と汲んでおいた水を火にかけ、ついでのように刻んだ昆布も入れておく。朝食が出来上がるまでにもう一仕事しておかなくてはならい。畑を手伝ってくれるカカシロイドたちは土間にならんでいる。かたかたと鳴る歯を深呼吸することで押さえ、カカシロイドたちの関節を一つ一つ確かめて油をさす。どういう原理で動いているのかはいまだにわからないのだが(そもそも宙侍のつかわなくなったパーツでできているという噂もあるくらいだ)手入の仕方だけはしっている。この短い戦争の休日のちょっと前、ちょっとちょっと前に自分の体にしていたことをするだけだからだ。

 鯨の髭とぜんまいで動くというのは本当だろうか。そんなことを思いながら手早く一体ずつに藁で編んだ帽子(なのか?)をかぶせ、みのを着せてやると、冬の名物、ゆきんこの完成だ。雪のなかでこの藁の三角が見え始めるとあぁ冬なのだなぁ、としみじみ思うのだ。

 

 ずらっと並んだゆきんこたちをすぐ起動できるようにして囲炉裏端に戻る。ふつふつと湯気を立てている鍋を見て、木ブタをとると刻んでおいた野菜を入れてひとかき混ぜし、いまだ起きてこない相棒に溜息をついた。

 

 雪が降ったら走り回るものがいまだ布団で篭城中ってのはどういうもんだ、このやろう。一歩ふむごとにみしりと音を立てる廊下を歩き(といってもこの家は二人住むに丁度いい広さしかないのだが、正しくは一人と一匹)寝ていた部屋の障子をスパンと勢いよく開ける。開け放った雨戸の先では太陽が昇り雪が少しずつきらめきを落としていく。夜明けが一番眩しい。きっと夜の次にあるからだ。

 

 いろはの浅き夢、あいうえおの一番最初。それを盛大によんで布団を引っぺがすと青いスカーフを巻いた相棒がコロンと転げた。外を駆け回らんかい、雪が降ったのだから。そういうと無言でちろんと目を向け、そのまま布団の山に頭を突っ込む。容赦なく布団の端をつかみ、そのまま今だハレーションをおこしそうな雪景色に放り出したのはいうまでもない。

 

 囲炉裏端に座って雑炊を啜る。味噌と卵の入ったそれはほっこりと腹から体を温めてくれる。城の改修工事は少しずつ進んでいて、天守閣に突き立った(あんなもんどうやって防げというのか)土偶だか埴輪だかも見なくなって久しい。畑をカカシロイドに任せっきりにするのも心苦しいのだが、やはり城と宙船には人の手がいるものだから、今しばらくはゆきんこルックのカカシロイドに協力してもらう他無い。

 

 二杯目の雑炊をがっつく相棒(猫舌はあるのに犬舌とは聞いたことがない、まぁ、犬も猫舌なんだろうが)を眺めて茶を啜る。雪にまみれて震えていたので(自業自得だ)囲炉裏に鍋をかけてそこに放り込んだため、恨みがましい目で見られているが、まぁ、概ねいつものことだ。誰が相棒を食べるか…多分。いや、もう宙侍ではないからそこまでエネルギーは必要ない、うん、きっと。

 

 雪が降って、百花神社を麓にもつ霊峰もすっかりと紅の錦を脱ぎ捨てている。白装束を身に纏い何処に今度は嫁ぎましょか、というところか。嫁ぐというので思い出したのは、宇宙艦長をびしびし鍛えつつ、国に滞在してくれているACEの静かな横顔だった。少しはこの国に慣れてくれただろうか、火星とちがってこの国は四季がくっきりと分かれている上に一年を通じてどこかしっとりとした空気をしている。それは畑や田んぼを多く有し、ほとんどの国土が地面を剥き出しにしていることからのことだろうが、生まれて死ぬまでを船で過ごす彼女にとっては、住み慣れない場所であるのだろう。

 

 

 寒い寒い寒いと呪音のように呟きながら水夫の衣装を身につけ、その上から護民官の制服を着込む。多少丸っこく見えようがそんなもんは寒さに比べたらどうってことは無いことだ。あぁ、藩王様を見習って着物の重ね着をするべきかと考えながら相棒をつれて家を出る。太陽が昇った空のした、元気にゆきんこたちが畑の世話をしている。きんと澄んだ空気は雪が降って空が清められた為だろうか。寒さは肌を刺す様に、けれど空は酷く青くて、絶好の藩王様脱走日和だなぁ、と呟くと、足元でかんじきをつけた相棒がわんと鳴いた。

 

 

作:1700322:天河宵:FVB

最終更新:2008年01月31日 22:36