【星の護り人へ】

 

  0:虚空

  青年は手を休めてしばし見入るように宇宙を見つめた……。
  宇宙は広い……とりわけ船外作業をしてるとそう想う。この何処までも広がる暗黒に引き込まれる……そんな気分からか少しだけ恐怖感が芽生えた。
  同僚の犬士が大丈夫?とジェスチャーを送ってくる。青年は平静を取り戻し、大丈夫とジェスチャーで応えつつ整備補助のカカシロイドと共に作業を再開した。



  1:恐怖とのつきあい方

  そんな話をいつもの酒場で、最近知り合った人たちに話したのは、単なる気まぐれか懺悔のつもりか、自分にもわからない。
 「宇宙に恐怖?……最初のうちはそんなもんだろうて、気にすんな!」
  酒を飲みながら、肌が少し黒い船乗りは笑いながら言った。
  多少むっとしたのか青年は酒をいっき飲みしながら
 「生まれつきFVBの人はいいですよー、慣れてるし恐怖感ないて聞きますし……」
 「……ない訳じゃないんだけどな……命綱無くしたら怖いって思う時はあるぞ? 酸素無くなりそうな時は死ぬかと思うし、どうにもならない場合は……怖いよ」
  何かを思い出すように船乗りは言った。
 「意外です……」
 「別に恐怖はいつになっても取れないよ? ただ、宇宙生活は長いから、恐怖を逸らす術を皆それなりに知ってるから……」
 「……例えば?」
 「えっ? ちょっと待て! 相談ターイム、タイム」
  脂汗流しながら他の者たちと円陣を組み始める。そんな大事か?
  いや、小さい頃から恐怖とそれに向き合い付き合っていく術を身体と心に刻みつけて覚えてきた彼らにとってとっさに言葉での具体案が思い付かなかっただけなのだ。
  しばし円陣が組まれた後、船乗りが相談完了と口を開き、説明を始めた。
  ……それは人によって方法は違うし、だから彼らの方法が青年の役に立つものかどうかはわからないけれど、青年は真面目に聞いたり笑いながら聞いていた。以前より彼らをより身近に感じながら……。

  彼等の談笑は今夜も楽しく続く。新顔の青年も彼なりに恐怖とのつきあい方を学んでいくのだろう。

 

 
  2:護る者

 「そういえばなんで星の護り人て名前なんですか?」
  青年はツマミのさきイカを食いながら聞いて見た。今日のオススメはイカだった。下の海で豊漁だったのではないかと予想するが根拠はない。
 「……なんでって……かっこいいから?」
  もう、みんなかなり酔いが回っていた。イカ徳利がごろごろと転がり、片っ端からかみちぎられている。
 「恋人が居てね……彼女護りたいからかな」
  ゲソ揚げをつまみながら1人がいうと、目がすわった船外作業員の女性はイカせんべいをトロフィーのように掲げながら 「帝国の臣民である以上、帝国を護ることは務めになりますからね」ときっぱりと断じて、その後で大きなゲップをした。
 「宇宙の果てに冒険したいんだけど、ホーム(NW)がこんな状況じゃ気になって冒険にも出られないからかな」
 「私はまぁ……留守番ですね。外に出た子が戻ってくるまで護るために」
 「皆ばらばらだ」
  青年はツッコミいれながら笑った。
 「気にすんな! 星を護る事なのは変わらんし!」
 「俺達は目的も目標もばらばらかも知れないけど……護るさ、大事だからね」
 「帰る場所ないとね、困る」
  女給がさらにイカそうめんとイカの塩からを持ってくると、締めの一品はイカめしとイカの握りとどちらがいいか確認したが、みんなは無視してさらに酒を追加した。
 「だから、決意的な意味合いを込めて『星の護り人』て名乗ってるんかもな」
  話を戻すように、もっとも年長そうに見える男がつぶやいたが、『星の護り人』はみんな同じように若く見えるから、本当にそうなのかはわからない。もっとも、そろそろ青年もその場の人数が倍に増えたように見えていたから、なにもわかっていなかったろう。
 「……だからさ、もし青年も何かを護りたいって思うようになったら、君も『星の護り人』なんかもね」
  青年が酔いを忘れてポカンとして慌てて口を開いた。
 「いや!、私は移民ですし、FVB生粋じゃないし、いろいろ足りないし……」
  しどろもどろになる青年を見ながら皆笑いながら、イカそうめんをすすった。
 「そんなのたいした事でないはないよ、何かを護りたいなら俺達と変わらない、あんまり変わらないよ、青年」
 「出自はあまり関係ないよ。人はどう生まれたかではなく、どうなりたいかが重要なの」
 「そもそも、仲間じゃん」
  なぜか笑えてきた。笑いながら泣いていた。やっと居場所を見つけられたような気がした。
  宴はいつまでも続いた。
  女給のねえちゃんが勝手に山盛りのイカめしを持ってきても、オーダーストップですよといわれても、ふらりと入ってきたイカナ=イカンがつまみの追加と間違えられて食われそうになっても、逆襲のイカナに誰かが丸呑みされそうになっても、カウンターを乗り越えて厨房から巨大なイカが這い出してきても、宴は続いた。
 「あれ? さっきのにいちゃんはどこいった?」
 「トイレとちゃう?」
 「さっき、いかにも銀河美少女っぽい士官に連れてかれたのが、そうじゃない?」
 「しぶーすと、しぶーすと!」
 「ナンパだ、ナンパだ!」
  移民としてかなりの数が加わった『美少女による銀河帝国』の民を、FVBでは誰と言うことなく“銀河美少女”と呼ぶようになっていた。本人たちがどう思っているかはわからないが、“ネーバルウィッチ”と呼ばれるよりはマシと我慢しているのかもしれない。
  とにかくあの青年も、銀河美少女も、みんな仲間には違いない。毛色は変わっているけれど、そんなこと他人に言えない変わり者ばかりだ。それをとりつくろって「個性」というんだけれども。
  ただ、青年が結局どうなったのか、みんな酔いつぶれて追い出されたときには、誰も覚えていなかったのである……。

 

 

【星の護り人へ】

 

最終更新:2011年06月24日 10:43