御剣×冥←糸鋸


「先週は確かイタリアン、だったわね。次回はもう少しあっさりした料理にしてくれないかしら」
こってりとしたバターソースのムニエルを優雅に口へ運びながら冥が言う。
「カロリーを気にしているのか?痩せぎすの女はいただけない。君は少しばかりふくよかさが足りない位だと思うが」
真向かいに座るのは、同じ師のもとで学んだ御剣怜侍だ。
彼はこのところ3日に一度の割合で冥を食事に誘っているが、彼女のほうは3回に一度応じる程度である。
その他多くの申し出により彼女の晩餐の予定は何ヶ月も先まで埋まっているとのうわさを、内心快く思ってはいない様子だ。
交際を幾度となく申し込んでいる御剣に対し、「私レイジのことを特別な異性だと思っているわ。つまり私達、とっくにトクベツな関係じゃない?」
などと鼻先で軽くあしらわれ、望む返事が得られずにいたこともその思いに拍車を掛けた。
「痩せぎすの女はいただけない、というのには同感ね。でも私べつに今の体形に不満はないわ」
クスリと笑って御剣を見つめる。
「文句をつけた人も、これまでのところ皆無よ」
まだ見ることのかなわぬ、その白い裸体をどこの馬の骨の眼前に晒してきたのかと妄想するだけで、御剣は頭に血が上り今にも何か馬鹿げたことを叫びだしそうになった。
「…聞くところによれば、今日の君の法廷にも法曹関係者が大勢押しかけたそうだな」
とても10代と思えぬ艶然とした笑みを浮かべ、冥はワイングラスに手を伸ばす。
御剣は対照的に、苛立たしげに指でトントンとテーブルを叩きながら話し続けた。
幼いころから彼女の美しさを愛でていたのは自分なのに、との思いが御剣の口調をきつくする。
「キャリアの参事官やら警視正からの見合い話が殺到しているとか。選り取りみどりというワケだ」
「非公式にお会いして、食事をするだけよ…」
小さな口を必要以上に開けることなく次々と料理が吸い込まれていく合間に、なんでもない調子で冥は答えた。
モノを食べて優美でいられる人間は少ないが、彼女は実に美しい食事マナーを躾けられている。
食事に行った警察幹部たちにはいい目の保養になっただろう。
食事だけならな、とまた御剣はあらぬ想像をしてはナイフを操る右手に余計な力を入れてしまう。





日本で再会した彼女の美しさに見惚れ、思わず頬に口付けようとしたら…彼女はスッと身を引いてその手を差し出したのだった、尊大な女王のように。
あの滑らかな白い手にキスした瞬間から、御剣は彼女のすべてを欲するようになったのだ。
食事が終わりに近づく。毎回、繰り返される会話を今日もやはり御剣から持ち出す。
「メイ、今夜は……どうだろうか?」
「明日の法廷の準備があるのよ。悪いけど早く帰らなくては…今夜はとても楽しかったわ」
少し眉を顰めるようにして、冥が決まり文句のように早口に答えた。
彼は冥を誘うときいつも部屋を取ってあるのだ。彼女もそれを知っていてさも残念そうに断ってみせる。
(ウソを吐け!!キサマの担当している裁判は明日は休廷だろうがッ)心のなかで小悪魔に向かって悪態をつく。
しかし現実には、彼はこの年端も行かない少女にまったく翻弄されている状況に対し異議を唱えることさえできそうになかった。
(私はメイにからかわれているだけなのだ…イイ大人がみっともないことこの上ない)
表情を押し隠し食後のブランデーを飲み干したが、いつになく悪酔いしてしまい店を出た途端グラリと視界が揺れた。

「ちょっとレイジ、大丈夫?」
みんなオマエのせいだと思いながらも彼女に笑いかけ首を振る。
ディナーのときの艶やかさは鳴りを潜め、目の前の少女は心弱そうに心底自分を心配しているようにみえた。
自分に夢中なオトコをいたぶる趣味があるとは思えない、清楚な瞳…愁いを帯びた表情。
ああ、こうやって周りの男をすべて虜にしていくのだろう。心ゆくまで溺れてみたいものだ。
酔いがまわって錯乱した頭が妄想を奏でた。
「ちょっと…歩けそうにない。部屋まで肩を貸してくれないだろうか」




御剣をベッドに寝かせ水に濡らしたタオルを額に当ててやると、冥はすぐに出て行こうとした。
「タイをはずしてくれないか」
苦しそうな表情で呻く御剣を彼女は放っておけず、彼の元へ近づいていく。
落ち着かない表情で、おずおずと御剣の胸元に手を伸ばし結び目を解いてやる。
「これでいい?」
覆いかぶさるような体勢で冥が顔を上げると、そこに御剣の欲情した瞳を見つけてしまい身体が凍ったように動けなくなる。
冥が息を呑んだ瞬間、御剣はくるりと身体を反転させ彼女を易々とその下に組み敷いてしまった。
そのまま唇を寄せるが、冥は顔を背けそれを冷たく拒絶した。
「こんなやり方をして、あなた恥ずかしくないの?早く酔いを覚ましなさい」
自分に向けられた欲望に驚きながらもプライドの高い彼がこのような真似をできるはずがない、少なくとも我に返ればそう思うはずだと冥は考えていた。
「…恥ずかしくはない。君を、この手に抱けるのならば」
しかし御剣は冥の身体をしっかりと抱きしめ、己に言い聞かせるように低い声で答えた。
目の前の少女は男を押し退けようとあらん限りの力を込めて必死に抗う。
「イヤッ…イヤなのッ!」
ここまできても彼女は自分を受け入れないのだという事実が御剣の心を荒らし、肉欲が募る。
もはや少女の愛を得ることは不可能と知った。せめて身体だけは手に入れよう、と。
馬乗りになって冥を動きを奪うと、はずしたタイで彼女の両手を縛り上げた。
「君のアバンチュールの相手に加えてくれればいいのだ…報告されるばかりではつまらないからな」
「何を言って…るの。レイジ、私は……ぅん!」
濡れタオルを冥の口に無理矢理つめこむ。これ以上、彼女の言葉を聴くと何もできなくなりそうだったからだ。
「初めてというわけではあるまい…あまり気を持たせるな」
自嘲的な笑いとともに乱暴に服を乱し、荒々しく胸を掴む。愛しい少女に対する行為とは呼べない、ただの蛮行といっていいやり方だった。
二度と抱くことができないなら、その身に今夜のことをどこまでも刻みつけてやりたいと思う御剣の心がそうさせた。
冥の顔から徐々に表情が失われ、目が虚ろになってゆく。
人形のようにその身を差し出す様子に、御剣は言い様のない興奮を覚えていた。



「んぐぅ―――ッ!!」
御剣が少女の胸の蕾に歯を立てて咥えあげた。
ほとんど反応を示そうとしなかった冥の口からくぐもった悲鳴が上がる。目には涙が滲んでいた。
もっと君の声が聞きたいのだよ、そう言いたげな御剣の顔に残忍な笑いが浮かぶ。
身体の方々を赤く色づくほど強く吸い上げ、少女の肉を貪った。
裂け目に指を這わせるとソコはわずかに愛液が滲んでいるのみで、御剣はさらに残酷な行為に及んだ。
脚を押し拡げ、唾液で濡らした指を中心に突き立て、めちゃくちゃに掻き回す。
「クッ…んっ……ふうッ…!」
苦しげに身を捩る彼女を満足そうに見下ろした御剣は指を引き抜き、冥の口からタオルを引き出した。
「さぁ…最後くらいは、声を聞かせてくれ」
膣口に男性器をあてがうと、言葉を忘れた態の冥はふるふると首を振って濡れた瞳で御剣を懸命に見つめた。
そんな少女を御剣は愛おしそうに見つめ返し、頬を撫でる。
「そんなにイヤか?…嫌われたものだな」
一瞬、悲しげに顔を歪ませると御剣は怒張を彼女の中へめり込ませていった。
内部の狭隘さにも怯まず、根元まで確実に貫いていく。ぬるぬるとした液体が絡みつくのを、御剣ははっきりと感じた。
「いっ…痛ぃ……もぅ、やァ…レイ、ジおねがい……」
徐々に腰を動かし、彼女の快感を引き出そうとする。少女の口から名前が漏れると興奮がさらに増した。
確かに濡れているはずなのに、少女はいつまでも壊れたレコードのように呻き続けるだけであった。

―――!!!
その事実に思い当たったのと、御剣が精を放ったのはほぼ同時だった。
シーツを伝う紅い線。初めての、証。
目の前の光景を信じられない面持ちで、御剣はようやく声を絞り出すようにして言った。
「こうと分かっていたのなら、私は…こんな……」
壊してしまったものの重さに、彼は恐れ慄いた。
「もっと優しく抱いてやったとでもいうつもり?どこまでも私を無視した発言ね」
戒めを歯で食いちぎるようにして解くと、メイは素早く服をかき合わせベッドを下りた。
その目にはもう涙はない。そのまま一度も御剣を見ることなく部屋を後にした。
「それでも君を愛しているのだ」
彼のその呟きが届くことは、ついになかった。



どこをどう歩いたのやら、気がつけばスコールに打たれてずぶ濡れだった。
電話が鳴り、反射的に出る。
「糸鋸ッス!例の事件の重要な証拠が見つかったッス!間違いなく犯人を特定できるッス!逮捕ッス!!…あ、あの検事?」
興奮気味に叫んでいた糸鋸が、電話の向こうの沈黙に異変を感じ口ごもった。
(初動捜査をミスったのはやっぱりマズかったッスかね…)
冥の冷やかな罵倒が飛んでくるかと思ったのに、耳には雨音だけが響いている。
「…………」
言葉にならない嗚咽が伝わってきた。理由も聞かず、刑事らしい敏捷さで彼は叫んでいた。
「…すぐに行くッス!そこを動いちゃだめッスよ!!」
いくつか周りの建物の説明を聞くと電話が切れた。
本人すら現在位置が分かっていないというのに、それからほどなくして本当に車を回してきたことに彼女は少し驚いた。
「狩魔検事、とにかく車へ」
びしょ濡れの冥を自分のコートくるむと助手席へ座らせ、車を発進する。
その様子では今日はもう仕事は無理だろう、そう判断した糸鋸は冥を自宅に送るべく車線を変更した。
しかし家に送ると言った途端、助手席の冥が糸鋸に飛びつきハンドルを押さえたのだ。
「―――!!な、な、な、何するッスか!」
急ブレーキで路肩に車を止めた糸鋸が悲鳴を上げた。
「だ、め…。家はイヤ。独りの家に帰りたくない」
「…ならウチに来るッス。とにかくその服をなんとかしないと風邪引くッスよ」
彼女の身体にぴったりと張り付いたブラウスにも目をやることなく、彼は再び車を発進させた。


(今月はほとんど仮眠室で寝てたから、部屋が散らかってないのが救いッスね)
一言も口を利かずに震える冥を見やって、彼はそんなことを考え苦笑した。
「さぁ、とにかくシャワーを浴びてくるッス。自分はその間にお茶の用意と、検事の服を少しでも乾かしておくッスから…」
動こうとしない冥の肩を抱いてバスルームへと連れて行こうとしたその時、彼女は糸鋸の腰にしがみつき静かに泣き始めた。
そんな冥を見て、彼はそっとその身体を包み込むように抱いてやった。
(パパみたいだわ)
彼女の父は愛情表現の下手なほうだったから一度も娘を抱きしめてくれたことはなかったが、もし気恥ずかしさを振り払うほんのちょっとの勇気があればこんな風に抱いてくれたのではないかと彼女に思わせた。
その安心感の中で彼女は今夜のことを少しずつ思い出していった。
御剣と児戯のような会話を愉しんだこと。…彼女は彼以外の異性とは親しい口も利かないし、ましてや思わせぶりな態度を取ることもなかった。
自分がもう少し大人になるのを待っていて欲しかった。それだけだったのに…
「セックスなんて全然気持ちよくなかった…!」

糸鋸は冥を怖がらせないよう、ゆっくりと服を脱がせていった。
ブラウスを取り去ると、身体のあちこちについた噛み跡に唇を寄せる。
「……っ!」
ヒリヒリと焼け付く肌が、暖かい粘膜に覆われて心地よくなっていくのを冥は感じた。
「ああ、ここも…こんなに腫れてしまってるッス」
何度も噛みころがされて紅く膨れ上がっている胸先を優しく労わるように舐める。
「ふっ…ぅん……あぁ…」
丁寧に身体の隅々まで舌先で清められ、冥は思わず甘い吐息を漏らしてしまった。
糸鋸が冥の股間に顔を近づける。
「…!だ、め…ソコは。シタときのまま、だから…」
「自分のことなら気にしなくていいッスよ」
男はニッコリ笑うと、ソコについた少量の血も残らず綺麗に拭き取ってしまった。
最後に花芯を口に含むと、ゆっくりと冥を絶頂に押し上げるべく舐め転がす。
両腿が糸鋸の頭部を締め付け、やがて微かに震えたあとに力が抜けていった。
「こんなふうにすれば気持ちよくなれるッス。…だから、嫌っちゃダメッスよ、セックスも御剣検事のことも」


優しい声だった。
「どうして、レイジのこと…?」
「同じだからッス、自分と」
彼女をいつも見てたから、同じように冥を見つめる御剣の思いに気がつかないはずがなかった。
「…自分は御剣検事ほど顔も頭も良くないッスが、同じ男だからわかるッス!御剣検事は、狩魔検事のことが好きッス!!」

週末に、冥の部屋を訪れる客が一人。
「どうぞ」
一抱えはあろうかという花束にフルーツ籠、大きなくまのぬいぐるみ。顔は見えなかったがその紅いスーツで誰だかすぐに冥にはわかった。
「私は君にひどいことをしてしまった。…どんなことでもする。生涯を掛けて君に償うつもりだ」
顔を見るなり御剣が言った。
「どんなことでも?…3つお願いがあるわ」
即刻追い返されないことに安堵したが、まだ表情は硬い。
「言ってくれ」
「法廷中に聞こえる声で私を愛してるって言えるかしら」
少しくらい困らせてもいいだろう、そう思った冥が歌うように軽やかな口調で告げる。公私混同を最も嫌う御剣はそのようなアレは困る、とかなんとか言うに違いないと踏んでいたのだが…
「そ、そのようなことでいいのだろうか」
どうやら自身を曲げても冥の希望に沿うつもりであるらしい。彼女はそれがわかってすぐに次のお願いを口にした。
「ねえレイジ。私達って、まだキスもしてないのよ?」
冥の手が彼の頬に触れる。薔薇の芳香を掻き分けて、ふたりの唇が触れ合った。
「3つ目は……」


当月、給料日。
「うおおおおおぉッッ!ちょっぴり給料査定が上がってるッス!!!」
捜査一課に刑事の咆哮がこだました、とか。
最終更新:2006年12月12日 20:31