ちなみ×あやめ



小さい頃から、あたしは妹が嫌いだった。
自分と同じ時間にこの世に生を受け、自分と同じ顔をもつくせに、ひどくのろまで愚鈍なこの生き物が鬱陶しくてたまらなかった。
だから、苛めた。
両親も周りの人間も、あたし達に対して全くといっていい位関心を示さなかったので、その事実を咎める者は誰もいなかった。
だが、この愚かな娘は、それをあたしなりの愛情表現かと誤解したのか(勿論そんな気持ちは微塵もなかったのだが)、あるいは、どんな形にしろ構って貰える事が嬉しかったのか、何をされてもあたしの側を離れる事はなかった。
あたしはそんな妹にますます苛立ちを感じ、当時の自分が思い付く限りのあらゆる残酷な行為を彼女に行った。
裸にしてかみついたり水をかけたり、竹の定規で体中を打った事もあった。
それでも妹は、それを誰かに言うこともなく、ただひたすらあたしの後をついて来た。
虐げる者と虐げられる者。征服するものとされるもの。
あたし達のあまりにもいびつな姉妹関係は、しかし他の誰にも知られることなくひっそりと、歪みを抱えたまま続けられた。

そして今。
「美柳」ちなみとなったあたしは、一人用としては少々広すぎる自室で文庫本を広げていた。
糞のような恋愛小説。今付き合っている男が好きな作家。
薦められるままに読んでみたのだが、やはり推薦した男同様。あまりにも下らない。
あたしは音を立てて本を閉じると、それを机の上に放り投げ、椅子から立ち上がる。
そして、前方にいる同じ顔の妹―あやめに向かって視線を投げ掛けた。
彼女は、あたしが命じた通りに、シンプルな白い下着を身に着けただけの姿のまま、黙ってその場に立ち尽くしている。
「あ…お姉…」
「まだ口を訊いていいとは言ってないわよ」
あたしが冷たく妹の言葉を遮る。
あやめはあたしのそのひとことに、せつなげに身を捩らせ、病的なまでに白い太股を擦り合わせていた。
はあぁ、と震える吐息がこの部屋の空気を妖しく揺らす。
情欲に濡れた目がなにかを言いたそうにこちらに向けられ、寒さとは違う理由でむき出しの肩が震えていた。
そう。
目の前の娘は明らかに欲情しているのだ。

もともとそういった性癖があったのか、それとも被虐の日々の中で身に着けた、彼女なりの防衛反応なのかはわからないが、
いつの間にかあやめは、あたしにいたぶられる事で強い快感を得る様になってしまったらしい。
こうしてあたしに冷たくあしらわれたり、酷い扱いをされたりするのが堪らなく感じるのだそうだ。
全く理解出来ない趣味だが、そういう体にしてしまった責任の一端はあたしにもあるのだろうし、なにより―こちらの気持ちの方が遥かに大きいのだが―単に面白かったので、あたしは時々あやめを呼び出しては、こうして「遊んで」やっていた。
とはいっても、妹は真性のマゾと言う訳ではないので、鞭で叩いたり蝋燭を垂らしたりといった本格的なプレイを行う事はまずない。(第一面倒だし)
また、あたしは同性の身体などには一切興味はないから、裸にする事はあっても、彼女と性行為に至ることもなかった。
ただひたすら、ガキの“悪戯”ごっこを行うだけの話だ。
小さい頃、延々と繰り返したあれを。

そして、あたしは、わざと焦らす様に、ゆっくりあやめの元に歩み寄る。
あたしが近付くにつれ、妹の呼吸は乱れていく。
普段、滅多に人目に晒される事のない、透き通るように白い肌が、期待と興奮でほのかな桜色に染まっている。
唯一着用を許されている下着の下が、今どうなっているかは容易に想像出来た。
あたしは今、指一本触れることなく目の前の娘を支配しているのだ。
身体の奥から熱いものがこみ上げてくる。その心地よい感覚に思わず笑みがこぼれる。
悪意に満ちた微笑みが。
あたしは、あやめのすぐ真正面に立つ。
かわいい子。
こんな時だけは素直にそう思える。
胸の奥をくすぐられる様な、むず痒さが広がって行くのを感じる。
あたしは僅かに跪くと、たえだえに揺れ動くあやめの、首から肩へと繋がる華奢な鎖骨にきつく、歯を立てた。
「!…ああんっ」
妹は遂に絶え切れなくなったのか、鋭い声をあげて白い喉をのけぞらせたが。
あたしは敢えてそれを咎めなかった。

そうやって肉の薄い部分を幾つか歯で責め立てる。
その度に引きつる様な微かな声が漏れ、次第に濃密になっていく辺りの空気を震わす。
「やぁ…ん」
すると、遂に絶え切れなくなったのか、あやめは情けない声をあげてその場にへたりこんだ。
ふわりと、漆黒の髪があたしの鼻先をくすぐる。
そして、白い肌に痛々しく幾つもの歯形を浮かび上がらせたあやめが、とろけた表情でこちらを見上げていた。
“もっと…”
その目は確かにそう言っていた。
普段の清楚さなど見る影もない。
あたしは自分の中心が熱く潤うのを感じる。
乱れていく呼吸を悟られまいと、あたしは、深く息を吸い込むと、近くのクローゼットへと足を向けた。
バカみたい。
いつの間にかこんな下らない遊びに夢中になっている。
だが今あたしは、名ばかりの恋人との単調なセックスよりも遥かに興奮している。
どうしてかしら?
あたしは、サドでもレズでもないというのに。
妹のことなんて嫌いなはずなのに。
クローゼットの奥から、あたしは目的の物を取り出した。
古びた竹製の定規。
ゴシック調の家具で統一された部屋にはあまりにもそぐわない代物。
それは、本来の目的とは別の用途で使い込まれていた。

あたしはそれを握り締め、あやめの方へと引き返す。
妹の目が淫蕩な輝きを見せた。
あたしもきっと全く同じ顔をしているのだろう。
ほんと、まともじゃないわね。あたしも、この子も。
さすがのあたしもそう思う。
この子は好きな男ができても同じ事を要求するのだろうか?
それとも素知らぬ顔であたしとの行為を続けるのか?
ふと、歩きながらそんなことを考えた。しかし、
…まあ、どうでもいいことだわ。
今はただひたすら、そこにある快楽を貪ろうではないか。
あたしはあやめを見下ろす。
「もう声を出していいわよ」
そう言うとあたしは、楽しい時間の始まりを告げる為、とびきり冷酷な微笑みを浮かべながら、
それでも少しだけ優しく手の中のモノを振り下ろした。
最終更新:2006年12月12日 22:55