神乃木×千尋

真夜中のシンデレラ

「納得いきません!」
つい、千尋は声を荒げてしまう。
「どうしてかね、千尋クン。公訴棄却で依頼人は無罪。結構なことじゃないかね、チミ」
星影センセイは新人弁護士の発言に少々鼻白んだ様子を見せた。
祝賀会の雰囲気を悪くする発言を慎めと言いたいらしい。
一ヶ月前、ある汚職事件に絡んで若手議員が自殺した。
発見者は金満政治家と揶揄される大物代議士の秘書、川上徹司。
発見から通報まで一時間もかかった上、当然あるべき遺書が紛失していた。
その場にいた理由も曖昧で勾留理由は十分なものであったといえる。
この男が被告なわけだが、直接の依頼人は被告の雇い主であり父親の代議士・川上一徹である。
(被告は否定したが)川上一徹も事故現場にいたという証言をつかんだ検察はこの事件にかなり力を入れていたのだが…。
証人が当日になって証言を拒否し、裁判所も「自殺の可能性が高く、審理の必要を認めない」
として第一回公判で早々と公訴棄却が言い渡されたのだった。
これが真相ではない、千尋はどうしてもその思いを捨てることができなかった。
しかし無論、川上親子は上機嫌で星影センセイと握手を交わした。
そしてそのまま所員を引き連れて代議士主催の祝賀会へとなだれ込んだのである。



会場には政財界の大物や芸能関係者の姿も見られるなど、豪勢なパーティだった。
会場の隅で川上徹司がちょっと崩れた感じの服装の男とヒソヒソ話をしている。千尋の記憶にはない顔だ。
「あの男が、裁判を結審させたのさ」ふいに千尋の背後から声がした。
ダークブラウンのスーツを着た堂々たる体躯の男の姿を見つけ、千尋はドキッとした。
「神乃木センパイ…!どういうコトですか?」彼の姿を見つけると、いつもそこから目が離せなくなってしまう。
「あのコナカという男が証人を脅して証言を撤回させた、そう俺は睨んでいる」
カクテルグラスが揺れるパーティ会場にはそぐわないマグカップでいつものようにコーヒーを啜りながら、神乃木は話を続けた。
「たぶん、遺書には川上代議士にとって不都合なことが書かれていたんだろうさ。もう存在はしねぇだろうがな」
神乃木もこの事件の決着に納得はしていないようだ。視線をコナカという男に合わせたままはずさない。
「そんな…!だったらそのコナカという男のことを調べれば…」
新米弁護士の自分ではどうにもならないが、彼ならなんとかできるのではないかという期待をこめた目で千尋が見つめる。しかし神乃木が首を振ってこう言った。
「裁判は終わったんだ。そして、俺たちの依頼人は自由になった。調査を続ける理由はどこにもねぇ」
「そのとおり。弁護士は被告人の利益を第一に考えるべきだよ、綾里くん」
同じ事務所の先輩、生倉弁護士も薄笑いを浮かべながら近寄ってきた。
どうやら先ほどまで、周囲に名刺を配りまくっていたらしい。
事務所の先輩ふたりに諭される形で、千尋は事件に対する不満を今後おもてに出さないことを約束せざるを得なかった。
しかし生倉弁護士が離れてから、神乃木は元気をなくした千尋に言った。
「コネコちゃん、旨いコーヒーを飲むにはそれなりの手順が要るってコト覚えておくといいゼ」
「はぁ…?」訝しげに神乃木を見上げる千尋。この男のたとえはいつも千尋を困惑させる。
「今はまだヤツを追い詰めるときじゃないってコトさ。そのうち俺がとびきり旨いコーヒーを奢ってやるから楽しみにしてな」
どうやら神乃木は今後も独自調査を続けるつもりらしい。無論、星影センセイ達には内緒で。
(…やっぱりカッコいいなぁセンパイは)
千尋は自分も絶対に手伝おうと密かに心を決めていた。



祝賀会は終わったが、まだ宵の刻。星影センセイのオゴリで二次会へ行くことになった
「銀座の『サンドリヨン』がいいぢゃろう」
その名前を聞くと生倉弁護士はなぜか少し引き攣った笑いで二次会参加を辞した。
「色気のねえヤツだゼ…。コネコちゃんは門限のほうは大丈夫かい?」と、神乃木がからかう様な瞳で覗きこむ。
「一人暮らしですッ…あの、私も行っていいんでしょうか?」
もう少し神乃木と一緒にいたい千尋は星影センセイにたずねる。
自分など相手にされていないことはわかっていたがプライベートの彼をもっと見ていたかった。

『サンドリヨン』は入り口にバーカウンターを置いた、静かで落ち着いた雰囲気のクラブだった。
星影センセイの姿を見つけると、わらわらと女の子達が駆け寄ってくる。
みな、モデルといっても遜色ない長身の美女ばかりであった。
「あぁ~らセンセイ、いらっしゃい!」
「わっはっは。まあまあ、チミたちもゆっくりしていきたまえ。ワシはこっちでやっとるから」
そういうと5、6人の美女を両脇にかかえて奥の個室に姿を消してしまった。
中央のソファに案内され、神乃木と千尋は90度の向きに座った。
和服のひと際美人な女性が現れ神乃木の隣に腰を下ろす。
「リュウちゃん、御無沙汰だったわねぇ」
親しげな口調であでやかな着物姿のその女性は神乃木に挨拶をした。
「おう、いづみママ」
「相変わらず、1ダースの恋人を泣かしてんでしょ」
酒場のありふれた会話だったが、ふたりの関係に思いをめぐらせた千尋の胸がチクリと痛んだ。
いづみの着物がかなり高級であることは一目でわかる。千尋は自分の紺のスーツ姿をこの日ばかりは惨めに思ったのだった。
「あら、そちら…きょうはずいぶんカワイイ子連れてるのねェ」
いづみが千尋のほうを見て上品に微笑む。女ぶりでも勝てっこないと思わせる流し目だ。
「綾里千尋です。せんぱ、神乃木と同じ事務所の」できるだけ品よく答えたつもりだった。

自己紹介がすんだ後もいづみは神乃木の隣でなんやかやと世話を焼く。
神乃木が「独占してちゃほかの客に悪い」と暗に断りを入れても「いいのよ、放っときゃ」と聞かない。
神乃木とのやり取りをちらちらと千尋が見ているといづみと目が合い、
その度にたしかにクスリと笑われているように感じ千尋の気分は悪くなる一方だった。
「水割りでいいかしら」
神乃木にロックグラスを渡した後、いづみが千尋に問う。
千尋は洋酒にはなじんでいなかったので断りたかったが、子供だとバカにされているようでつい見栄を張った。
「いただきます、ロックで」
ほんの少し眉を動かし、黙ってグラスに酒を注ぐいづみ。
「お嬢ちゃん、無理しねぇほうがいいゼ」
「お、お酒くらい私だって飲めます!」
千尋にグラスを渡してしまうと、いづみはまた神乃木にピタリと寄り添う。
耳元に口を寄せ何事か囁くと、神乃木が薄く笑う。
…次の瞬間、いづみの唇が神乃木の頬に――限りなく唇に近い――に触れるのを千尋は見た。
ゴクッゴクッゴクッゴクッ!!千尋はロックグラスを呷るように一気に傾けた。もうこの場にはいたくない。
それこそ子供じみた振る舞いだったが、千尋はそれを気にする余裕はなかった。
「あちらで少し酔いをさましてきます。センパイはどうぞごゆっくり」

ソファを立つと少し危なっかしい足取りでバーカウンターまで進む。
バーテンにチェイサーを頼むと、ソファの方角を背に千尋は一息ついた。
「ここ、いいですか」千尋が答えるよりはやくその男が隣に座った。
「あ、あの…」
「お一人とお見受けしましたので、少しお話をと思いまして。お嫌ならせめて、一杯奢らせてください」
礼儀正しく男性が頼む。神乃木が見ていてくれたらな、チラリとそう考える千尋。自分を誘う男だっているのだ。
「えーと、そうね。それでは、お言葉に甘えて…カルア・ミルクいただけます?」
ミルクとコーヒーリキュールのカクテルは子供っぽい自分にぴったりだ。
いたずらっぽく笑いながらバーテンに告げる。
千尋の前に置かれようとしたグラスを隣の男が取り上げて彼女を見つめる。
「今宵の出会いに乾杯させてください」
ちょっとキザだが、神乃木を見慣れている千尋にはそれほどくすぐったくも感じない。
あらためて男が千尋にグラスを差し出す。乾杯して千尋がそれに口をつけようとした瞬間……
グラスが千尋の手を離れ、男の頭めがけさかさまに落下していった。
「…!!な、何をするんだ君ィッ」
「それはこっちのセリフだ。まだここを出て行かないつもりなら…今度はオレのスペシャルブレンド、奢っちゃうゼ?」
熱いコーヒーなどかけられてはたまらないと男が脱兎のごとく店を飛び出していく。
「センパイ…な、何してるんですか?」
「まったく情けねえザマだぜ…」
「いや、頭からお酒かぶったら誰でも情けなくなりますよ…」
「オレはアンタの危機管理能力の低さについて、言ってるんだゼ?」
神乃木が男のいたのとは反対側の、千尋の隣に腰掛ける。
「あの野郎がグラスに錠剤入れてたのに気づかなかったのか。ありゃあ合法ドラッグだ。
まぁオレが止めなきゃ今頃アイツと一方的なアバンチュールを愉しむ羽目になっていたかもなァ」
千尋の顔がカァッと赤くなる。
「わっ私、ぜんぜん気づきませんでした!すみません、センパイ。…ありがとうございました」

ふと、いづみはどうしたのだろうと思う。彼女を置いて私のところまで来てくれたのか。
気持ちが顔に出たのだろうか、神乃木が答える。
「藤見野イサオが来て、みんなそっちへ群がってるぜ。いづみもな…薄情なヤロウだよ」
有名な二枚目俳優だ。千尋も名前は知っている。
しかしあんな美人にヤロウはないだろう、と思ったが口には出さないでおいた。
しばらく黙った後、千尋が席を立った。
「センパイ、私もう帰ります。やっぱりまだ私には早かったみたい、大人の時間」
「もう少しいろよ、コネコちゃん」そう言って神乃木が千尋の腕を掴む。
思いもよらない言葉だった。嬉しかったが、本気で神乃木が言ったとは思えない。からかわれている、そう思うしかなかった。
「私じゃ、センパイの13番目の恋人にはなれませんよ」少し拗ねた声で千尋が言った。
「いづみの戯れ言真に受けてんじゃねェよ」
その名前にまた千尋は反応してしまう。(キス、してたくせに…)
千尋の顔色をまた読んだのだろう。神乃木が千尋の腕を引き寄せ耳元で囁いた。
「あのな…いづみは男だ。ここは、いわゆるゲイバーってやつだゼ」

うそぉーーーー!ショーゲキの告白に千尋は言葉もない。

いづみがカウンターにやってきた。驚きで口をパクパクとさせている千尋を見て、神乃木を睨む。
「千尋ちゃんにバラしたわね」
「じゃ、じゃあホントに…?」
ふふっと笑うと、「彼女」はうなずいた。
「こんなに綺麗なのになぁ…」正直な感想だ。
「ありがと。週に3回は注射打ったりしなきゃならなくて大変なのよぉ、これでも。魔法が効いてる間は、世界一の美女にだってなれるってワケよ。
さっきはごめんね。リュウちゃんが可愛い子連れてきたもんだから、ちょっとからかってみたくなっちゃって」
イヅミはそれだけ言うと、また奥へと引っ込んでしまった。

なんとなく、帰りそびれてまた神乃木の隣に座りなおす。
「試してみるかい、大人の時間ってヤツを」千尋を見つめて神乃木が笑った。言葉には甘い響きがある。
ああ、やっぱりセンパイは素敵だな、などと思って見とれている場合ではなかった。
神乃木の手が伸びて千尋の膝の上に置かれたからだ。
「な…っ何するんですか」男の乾いた手の感触に千尋の身体が反応した。
「レクチャーの間、最後までイイ子にしてたらご褒美をヤルぜ」
神乃木の右手が千尋の膝の間を割って内腿を撫で上げた。
千尋は膝を閉じ合わせようとしたが、神乃木が耳に息を吹きかけそこにキスをするものだから身体になかなか力が入らない。指が千尋の奥に到達した。ゆっくりと指の腹を使い、ストッキング越しにそこを下から上へなぞり上げる。
「くぅ……んっ、こんなところでダメです、センパイ」秘所を擦られ、千尋が存外に甘い声を漏らす。
「オトナの道は厳しいんだゼ?」
やめるつもりはさらさらないらしい神乃木は、今度は爪を立ててカリカリと引っかくようにそこを刺激しだした。
「―――ッ!!おね、がいです。だめ…」必死に声を堪えて泣きそうな顔で神乃木を見つめる千尋。
「その顔、十分オトナっぽいゼ…誘ってるみたいでソソる。レクチャーの効果アリ、だな」
神乃木は爪にストッキングを引っ掛けると、ピリピリと中央部分を破き穴を開けてしまった。
下着の上から触られると、はっきりと彼の指を感じてしまい奥から愛液が溢れてくるのを感じる。
衆人環視の中で大事なところを弄られて、千尋は身をくねらせることもできずにただ愛撫を受け続けていた。
(クッ…イイ反応だゼ。こんな顔をみせられちまうとマジにオレもヤバいな…)
クチョクチョという音がするたびに恥ずかしさに身を竦ませてしまう千尋から、神乃木は目を離せないでいた。
やがてふっくらと突き出してきた花芯を探り当てると、爪先で何度も弾くように愛撫を加える。
「ふぅ……んッ!そ、れ…だめェ」千尋がピンと身体を反らす。薄く開いた口からは官能の吐息が洩れる。
絶頂が近いと見て取った神乃木は千尋の肩を抱くと、グリグリと捏ね回しながら中心を強くひねりあげた。
「ふ…むぅ……ッ!!!」
その瞬間、神乃木が千尋の口をふさいだ。抱いている身体が徐々に柔らかく弛緩して、しなだれかかってくる。

千尋の前に黄金色のカクテルグラスと神乃木のコーヒーが置かれた。
「これ、は…?」
「約束のご褒美だ。角砂糖を口に入れて、カルバドスとコーヒーを交互に飲みな…それがオレのルールだゼ」
林檎の芳香が鼻を打つ。千尋はトロリとした液体をゆっくりと飲み下すと、次にコーヒーを口に含んだ。
「美味しい……前より、コーヒーが好きになりそうです」
「そいつはなによりだ」
センパイのことはもっと好きになった。神乃木の横顔を見ていて千尋はそう言いたくなったが簡単に告白してたまるかと思い直し、澄ました顔でまたカルバドスに手を伸ばした。
シンデレラのように12時が過ぎるまでは、大人の女でいたかった。


おしまい
最終更新:2006年12月13日 08:12