御剣×真宵コスプレネタ


「似合う?」

笑顔で無邪気に問い掛ける真宵に、御剣はただ頷いた。
なんでこんなことになったのだ、とひたすら心中で繰り返しながら。

「えへへー、こういうのって一回着てみたかったんだよね」

黒いエプロンドレスと、ところどころにあしらわれた白いフリル。
ニーソックスからわずかに覗くすらりとした足はいろいろな意味でほぼ反則に近い。


メイド服。

それ以外にこの衣装をなんと言えばよいのか。数あるメイド服の中でも王道を地で行く、黒と白のスタンダードなカラーリング。最近はピンクや水色のメイド服も増えていると聞くが、やはりこの伝統的メイド服にはかなうまい。


「(……いや、何故メイド服について私が真剣に考えねばならんのだ)」

やたらにやにやした成歩堂から受け取った紙袋にまさかこんな物が入っているとは思いもしなかったから。
つい家に泊まりに来ていた彼女の前で中身を出してしまったのだ。

メイド服が出て来た時はかなり焦ったが、予想に反し真宵はとても喜んでいた。てっきり軽蔑されるかと思った御剣は安堵の息をついたのだが―――本当の問題はこの後だった。

真宵のメイド服姿。興奮していないと言ったらもちろん嘘になる。

現に今だって、すぐにでもあのしなやかな足や太股を撫でたい衝動を必死の思いで押さえ付けているのだ。そんな彼の闘争など露知らず、ぱたぱたと駆け寄って来た真宵は御剣の隣りに腰を下ろした。

「ねぇ」
「な、何かね」

情けないことに声がうわずっていた。至近距離で顔を覗き込まれるのもいつもなら平気なのに、今はまるで勝手が違う。
足や胸にばかり目が行きそうになるのを堪えつつも、彼はなるべく平静を装わなければならなかった。
この無防備さが、欲望に拍車をかける。

「御剣検事はさ、メイドさん好き?」
「……は?」

いきなり何を言い出すかと思ったら。大体この娘は好奇心が強すぎる。少しは警戒というものを覚えたほうがいいと御剣はいつも思うのだが、首を傾げて尋ねてくる様子が可愛らしくてつい注意するのを忘れてしまうのだ。

「なぜそんな事を聞く?」
「なるほどくんがね、男にとってメイドは憧れなんだって言ってたんだ。どんな男の人でも一生に一度は“ご主人様”って呼ばれたいって」

成歩堂め、また余計なことを吹き込みおって。胸中で毒づいたが、それにもまして御剣の背筋を嫌な予感が走り抜けた。

たぶん彼女がこの後言おうとしている言葉は、後の展開に望ましくない結果をもたらすだろう。
誰に教えられたわけでもないのに、御剣はそう確信していた。

「真宵くん―――」
「だからね、あたしも」

時すでに遅し。
真宵の言葉を遮ることは出来なかった。

「御剣検事のこと、今日一日だけ“ご主人様”って呼んでみたいな、って思ったんだけど」

その瞬間、心の自制機構は第二防衛ラインぐらいまで突破されたと思う。

第三、第四ラインを慌てて強化し、なんとか理性の陥落だけは防いだ。もし彼女が笑顔ではなくはにかむような上目遣いなんかでおねだりなんかしていたら、鉄の自制心と名高い御剣の理性はいとも簡単に吹っ飛んでいたに違いない。


―――メイド服の次はご主人様だと?それはつまり君を好きにしていいというサインか?
違うだろう、君はただ単に……いやいやいや、彼女は悪くない。彼女に悪気など1ミリもないのだ。
成歩堂から吹き込まれた馬鹿な知識を信じてしまって私を喜ばせようとしているだけなのに。奴の言うことなんか真に受けてあまつさえ実行するなんて―――

「あ、あの……やっぱりダメ、かなぁ?」

「あー……なんだ、その、うム……」

とはいえ、いざそれを許可するとなるとどうしても“余裕ある大人の男”の自分が邪魔をする。

何を愚かなことを考えているのだ、私は。

真宵に気付かれないよう、御剣は組んだ腕の下で強く拳を握り締めた。

―――迷うことなんかない。

心の中で、甘く囁く声がする。

メイドだぞ、真宵くんがメイドなのだぞ。
しかも「ご主人様」呼びで今日一日ご奉仕してくれるとあらば、断る理由があるか?
否!ここで断るは男にあらず!


―――異議あり!

揺らぎかけた意識を引き戻すかのごとく、もうひとつの声が反発した。


―――真宵くんの前では常に紳士であるべきだ。「ご主人様」呼びを認めてしまうことは紳士であることに反する。男の欲望むきだしではないか!

―――ほほぅ?ならば貴様は真宵くんにご奉仕されたくないと言うのかね?

―――い、いやそれは……違うと言ったら嘘になるが……しっ、しかし!やはりこれは大人として……

―――えぇいうるさいうるさい!!私の意識は今!少年時代に戻っているッ!

かのように御剣はさんざん悩み、自問し、苦悩したのだが、頭の回転が早いのが幸いしたのか実際彼が返事を出したのは真宵の問い掛けから十五秒経ってからだった。

「……わかった。一日だけならば、構わない」
「やったぁ!」

ぱん、と前で手を組み合わせる真宵。

「じゃあ早速お茶いれてくるね、ご主人様っ!」
「(……いきなり来たか)」

その言葉が持つ甘やかな響きに照れくささと想像以上の快感を感じながら、御剣はキッチンに消えてゆく小さなメイドを見送った。


今夜は楽しくなりそうだ……いろいろと。

―――

カップとソーサー、それから御剣が土産に買ってきたケーキを真宵は慣れた手つきで手早くテーブルに並べていく。
成歩堂の助手として働いている彼女ならではだ。

動く度に艶やかな黒髪が揺れる。おまけに立て膝をしながら紅茶を注ぐものだからどうしたって太股に目が行ってしまう。座る角度を変えたらスカートの中も覗けるのではないか、なんて馬鹿げた考えが一瞬頭をよぎる。

「はい、どうぞ」
「ありがとう」

注がれた紅茶を受け取り、ひとくち啜る。渋めのアールグレイが緩んだ頭にほどよく渇を入れてくれた。

「今日もお疲れ様でした、ご主人様。他に何かご用はございませんか?」
「いや、特には。それより君も座りなさい。
紅茶が冷める」

「ありがとうございます」

トレイを抱えたまま頭を下げる真宵はいつになく淑やかで。いつも活発に駆け回っている、御剣にはお馴染みの彼女の姿はそこにはない。

ソファに座って、紅茶に砂糖を落とすしぐさひとつひとつですら繊細で美しく見える。
たぶんメイド服のせいだけではないだろう。

どうやら真宵は御剣の知らないうちに女性としての成長もちゃんとしているらしかった。

自分より七つも年下で、それに輪をかけて幼い印象のあった真宵。

最初出会った時は何もかもが理解不能で、まるで宇宙人とフランス語で会話しているような気分だったし、実際彼女を恋人にした今現在でも、真宵は御剣の理解の範疇を大きく超えた言動を時折とることがある。

さながら陽炎稲妻水の花、今怒ったかと思えば次には笑っていて、子供みたいにはしゃいでいると思ったら大人びた横顔でどこかを見つめている。

先ほどのように。

何もかもが自分とは違っていた。笑う理由も悲しむ理由も。
御剣にないものを、あるいは御剣が必要ないと切り捨てて来たものを、彼女は当然のように、そして大事に持っていた。

だから―――。


「わっ、これおいしい」

苺ではなくメロンの付いたショートケーキに、真宵は感動の声をあげている。

「メロンが付いてるだけでゴージャス度三割増しって感じ。いやー、なるほど君のとこじゃお目にかかれない代物だよ」

「君も大袈裟だな。メロンショートケーキぐらいで」

ガトーショコラにフォークを沈めながら、御剣。
言葉こそ冷めているが、その表情は柔らかい。

「だってメロンだよ?」
「苺がメロンに変わっただけじゃないか」

ごく当然のことを言ったつもりだったのだが、真宵はえらく感銘を受けたらしかった。
勢いよくソファから立ち上がり、立てた親指をぐいと突き出す。

「さっすが御剣検事……じゃなくてご主人様っ!あたしに言えないことを平然と言ってのける!そこにシビれる、憧れるぅ!」

このテンションについて行けるのは矢張ぐらいのものだろう。この無尽蔵なこの元気はいったいどこから来るのか。

「(……でも、私は)」

私は、彼女のそんな所が好きになったのだ。


数々の試練をその身に受けてなお、前を見据えるその姿に。

凛として、それでいてどこか寂しげなその背中にどうしようもなく惹かれた。それと同時に守ってやりたいとも強く思った。


再びソファに座ってケーキをぱくつき始めた真宵の肩をそっと抱き寄せる。驚くぐらいに狭い肩。ぴったりとしたメイド服のおかげで線の細さがよくわかる。

「あ……な、なに?」
「……紅茶を頼む」

空いた左手で空になったカップを出すと、真宵は顔を赤らめつつもきちんと紅茶を注いでくれた。

だがそこで、ついぞ見ないようにしていた足に目が行ってしまった。

息を飲むほどきれいな脚のライン。胸は小さい真宵だが、形はとてもいい。
メイド服の内側に触れたい衝動が御剣の指先に一気にのしかかってくる。


真宵はといえば、御剣に身体を寄り掛からせて静かに目を閉じている。シチュエーションとしては最高、このまま一気に持ち込むことだって出来るだろう。

―――ダメだダメだ!今はまだ七時だぞ。こんな時間から真宵くんを抱いてしまうのは倫理上よろしくないッ!

―――はぁ、またか。怜侍よ、お前は大人だろう。時間なんかこの際どうでもいいではないか。

―――いやしかし、私はよくても真宵くんが。

―――貴様が今更何を言う!大晦日の日に朝から晩までベッドの中で真宵くんをいたぶっていた男が言う事か!

―――うム、懐かしいな。仕事が終わった解放感が……って違う違う!そ、そんなこと忘れた!

―――汚い大人はどっちだ、このロリコン!
―――ま、真宵くんはロリじゃない!確かにロリロリしてるが正真正銘の十九歳だ!
よって私はロリコンではない!
そんな大人、修正してやる!

―――はん!認めたくないものだな、若さゆえの過ちというものは!

しばし両者(理性と欲望)一歩も譲らぬ壮絶な脳内裁判が繰り広げられたが、終わりは実に呆気なくやって来た。

「そうだ……食器洗わなきゃ」

空になった御剣と自分の皿を重ね、真宵は特に名残惜しそうでもなく御剣の手から離れていった。

あまりにもな展開に、さすがに御剣も絶句する。

キッチンから聞こえる水音と皿の触れ合う音。現実味のあるその音が、熱くなった頭に冷え冷えと響く。

やはり、耐えなければならないか……。
せめて彼女がメイド服を脱ぐまでは。
上品なメイドと紳士の関係でいよう。

しかし、男なんてそう簡単に耐えていられる生き物ではないということを御剣はこの僅か五分後に思い知る事になる―――。

中身のなくなったカップとソーサーをキッチンまで運んでいくと、真宵はらしくもなく恐縮した。

「ご主人様はゆっくりしててよ」
「そうはいかん。ここは私の家だからな」

頑固だなぁ、と笑う彼女の隣に立って、洗い終えた食器をタオルで手早く拭いていく。

真宵が何か鼻歌を歌っているのが聞こえたが、御剣の知らない曲だった。普段ならトノサマンのテーマがお決まりなのに。

相手のことを知るということは、ささやかな喜びと同時に新たな不安がつきまとうことでもある。

自分はどこまで彼女を知っているのか、彼女に何を知ってほしいのか、逆に何を知ってほしくないのか。


御剣の預かり知らぬところで、真宵は知ってほしくないことを知ってしまう。
ひどく、不安定な足場に立たされているようで。


真宵のすべてを知っていたい、というのはこれ以上ないエゴイズムの境地だろう。しかしそれでも彼がそれを望んでしまうのは、やはり不安だからだ。

本当に彼女がメイドならばよかったのにと思う。

一日中御剣の目の届くところにいて、ただ笑っていてほしい。それ以上は望まない。どこにも行かずにただそばにいてくれれば、それでいい。

叶うはずもないことだと頭ではよくわかっていても。

―――だったら。
……だったら?


洗い物を終えた真宵は御剣に背を向けタオルで自分の手を拭いている。

今ならば。
メイド遊びにかこつけて、彼女を好きにできる。
真宵のすべてを知ることは出来ずとも服従させることだったら、不可能じゃない。

たとえ一時のゲームであっても、それで安心感は満たされる。彼女は自分のものなのだと再確認出来る。


もはや理性などカケラもなかった。残ったのは大きな征服欲だけだ。

かくもたやすく理性とは吹っ飛ぶものなのだ。何気ない瞬間の何気ない仕草や言葉で、ある時ふっと理性の境界線は消失してしまう。

真宵の背後に立つ。まったく自然を装って、まずは右の太股を軽く撫で上げた。

「ひゃっ!?」

当然彼女は声をあげ、御剣のほうを振り返る。だが彼は素知らぬ顔で今度は円を描くようにじっくりと太股をさすりはじめた。

すべすべで柔らかく、その上弾力に富んでいるとあったらすぐに手を引けるはずもない。

「どど、どうしたの!?と、とりあえずやめようよ!話はそれからっ!」
「やめない。こんな格好をしておいて、触るなというほうが無理な話だ」

逃げようとする真宵の腰を引き寄せ身動きを取れないようにさせる。
そうしている間に右手は大胆にも太股から更に上へと移動し、下着越しに薄い尻を這い回らせる。
なるべくいやらしく、じっくりと感触を楽しむように。

「や、やだ!やだってば―――御剣検事っ!」

懸命にもがく真宵を見て、御剣は左腕の力をいっそう強めた。

そうだ、もっと嫌がれ。抵抗しろ。抵抗されればされただけ、それをねじ伏せたときの快感は大きい。


「御剣検―――」
「真宵くん」

彼女の声を遮って、御剣は口を真宵の耳に近付けた。

「違うだろう?……“ご主人様”だ」
「えっ?や、あん………」

耳を舌でなぞりあげ、吐息を吹き掛け、柔らかくふちを食む。弱点を攻められた真宵の身体はあっという間に力が抜け、御剣に全身を預けるかたちとなってしまった。

「は……ねぇご主人様、やっぱり……」
「異議は却下だ」

最後まで言葉を継がせない。冷蔵庫を背にして彼女を立たせ、そこでようやく真宵と向かい合った。

紅潮しきった顔と、不規則に乱れた息。不安げに潤んだ瞳はそれでも御剣を軽くねめつけている。

いい顔だ。嫌が応にも言う事を聞かせたくなる表情に、御剣は自身がますます高ぶっていくのを感じる。

服の上から乱暴に胸を掴み、強めに揉みしだく。真宵は顔をしかめたが、どこか物足りなさそうな顔もちらりと覗くのをもちろん御剣は見逃さなかった。

黒いエプロンドレスのボタンを外すしていくあいだも、耳や首筋を舐めるのは忘れない。
こうすることで真宵の抵抗を封じることも出来るので、脱がせる手間が減るのだ。

ほどなく、はだけたエプロンドレスの合間から白いブラジャーが現れた。

「今日は白か」
「ばか…!」

「そこがいいのだ。黒やら紫やらつけられた日には多分失神するからな。―――ところで、主人に大して“馬鹿”はあまり関心しないな」

ブラジャーを押し上げた次の瞬間にはもう、彼の指先は胸の先端を摘んでいた。そのままぎりぎりと捻りあげる。

「痛っ……!」
「何か言う事は?」
「……っ、ごめんなさいぃ……」

「よろしい」

力を緩め、かわりにすっかり固くなったそこを指の腹で撫で回す。
「あぁぁっ……!」
「いやだと言うわりには興奮していたようだな」
「違うのっ、これは……あ、あ、あっ……!
やん、ご主人様、もう立ってられないのっ……」

もどかしげに太股を擦り合わせ始めた真宵はついにぺたりと床に座り込んでしまった。

荒い呼吸を繰り返しながら、それでもまだ残っていた羞恥心で胸を覆い隠す。
床に手をつき、捲れ上がったスカートから太股を惜しげもなく晒した少女。なかなかに情欲をそそる光景である。

御剣自身もさる事ながら、自分を見上げる真宵の目にも明らかにこの先への期待が見え隠れしていた。

「……さて」

どうしてくれようか。
このまま行くか?

真っ先に本能はゴーサインを出したが、そこで意地悪心のご登場だった。

―――どうせならお楽しみは先延ばしにしたらどうだろうか。

何より今日は少し彼女をいじめてみたいし、たまには焦らしてみるのも悪くないのでは?

だとすれば、取るべき行動はひとつだ。


「……仕方ないな。君がそこまで嫌がるならば、今日は我慢するとしよう」
「えっ……?」

予期せぬ答えに真宵が声を上げる。
御剣はわざとらしく肩を落とし、いかにも残念なふうに溜め息などついてみせた。

「今日の君は確かに魅惑的だが、嫌だと言われてしまうと私としては困るのだよ。君の意見も尊重してやりたいし」

極め付けに、法廷用の不敵な笑みを浮かべてやった。

「いや、すまなかったな真宵くん。君にも気がのらない日はあるだろうし……私も大人だ、今日は君の意見を尊重させてもらおう。頭もだいぶ冷えて来たしな……。冷やしついでにシャワーでも浴びて来るとするよ」

流暢にまくしたて、彼はくるりと何の躊躇もためらいも葛藤もないかのように真宵に背を向ける。

実際は頭が冷えてきたどころか更にヒートアップして脳内は最高にハイだが、それを何事もなく振る舞ってみせるのが自分の腕の見せ所だろう。


「ま、待って……ご主人様」

足早にキッチンを去ろうとすると、予想どおり真宵に呼び止められた。

不敵な笑みのまま振り返る。何か言いたそうにうつむく真宵がこの上なくかわいい。

「何かね?」
「あ……えっとね、その……」
「まだ何か言いたいことでも?それとも……お願い、かな?」

耳まで赤く染めた真宵は黙り込んだままだった。何が言いたいかなんて御剣には分かりきったことだが、もちろんそこは敢えて知らないふりを決め込む。

しばらくして彼女はゆっくりと首を振った。
縦ではなく、横に。

「なんでも……なんでもない」
「む。そうか」


手短に応じて、御剣は今度こそキッチンを後にした。

今のところすべて順調。先ほど真宵が続きをねだらなかったのももちろん予想通りだ。

いい。何もかもが上手く行っている。

さらば、くだらん理性。今宵はもう退場願おうか。


真宵の視線を背中に受けながら、御剣怜侍は心中でほくそ笑む。

 

―――

真宵をというより自らを焦らすようにじっくりとシャワーを浴びた。

楽しみはぎりぎりまで残しておく。好きなものを最後までとっておく子供そのものの考え方だが、今の彼にとってそれらは別段気になる事象ではなかった。
むしろ当然とも思ったぐらいである。


ワイシャツとスラックスを身につけ、リビングではなく寝室へと足を運ぶ。予想どおり、彼女はそこにいた。

浅くベッドに腰掛けて、置いてけぼりにされた子犬みたいな目をせわしなく室内へ走らせて。御剣が帰ってきたことに気がつくと慌てて背筋を伸ばしたのがおかしかった。

「ここにいたのか。リビングにいないからどこにいったのかと思ったよ」

最初から真宵が寝室にいることを見越していた御剣だが、もちろんそれは言わない。

「どうしてわざわざ寝室に?」

意地悪な質問だというのは重々承知の上だ。
彼女は望んでいる。
……先ほどの続きを。

真宵の隣に座って答えを待つ。だが御剣に出されたのは羞恥心のにじむような言葉ではなく、ナイトテーブルに置いてあったグラスだった。

どうやら彼がシャワーを浴びているあいだに、ウィスキーの水割りを作ってくれていたらしい。


水商売の女に相手をしてもらっているようでなんとも微妙な気分になったが、真宵はおそらくそんなことを狙ってやっているわけではないだろう。彼女なりの労い、といったところか。

おまけに御剣がウィスキーの水割りを作る際の比率を見て覚えていたようで、味もいつも彼が自分で作るものとほぼ変わっていないのが嬉しい。


「お口に合いましたか?」

メイド口調で、しかし不安げに真宵が尋ねてくる。

「あぁ、平気だ」
「よかった」

はにかみながらも、ようやく真宵は笑った。
相変わらずうつむいたままではあったけれど。

「……さて。真宵くん」
「何ですか?」
「私に頼みたいことがあるのだろう。遠慮せずに言いたまえ」

「あたし、別に何も」
「言いなさい」

真宵の肩がちいさく震える。それだけでこちらまで身震いするぐらい興奮してしまいそうだ。
無邪気で清純で、ついこの間まで男の身体など知らなかった真宵。

そんな彼女が、自分から男を求めようとすることに葛藤し、困惑する姿!膝に置いた手を強く握り締め、羞恥と欲望のあいだで揺れ動いている真宵を眺めることができるのは他でもない自分なのだ。

真宵はついに意を決したらしかった。所詮理性などいったん火のついた欲望の前では無力だ。か細い声で言葉を紡ぐ彼女の横顔に見知った少女の顔ではなく、男を知ってしまった女の顔が覗いていた。


「あたし……さっきの続きが……」
「なるほど」

たった今合点が行った、とでも言うふうに御剣は大きく頷いてみせた。

「君みたいな娘でもそういうふしだらなことを考えてしまうわけだ。勉強になったよ」

自分の言葉にいちいち恥ずかしがる真宵を心底可愛いと思った。最後の仕上げに、出来る限り優しく耳元でこう囁いてやった。

「そのお願い、聞いてやってもいいぞ」

えっ、と真宵が顔を上げた。
大きな瞳に羞恥とは違う期待の色がはっきりと伺える。彼女の髪を一房手に取り、御剣は更に真宵との距離を縮めた。

「ほんとうに……?」
「もちろん。ただし、それなりの働きはしてもらうがね」
「働き?」

従順で可愛くて、主人の言うことならばどんなことであろうと忠実に従うメイド。彼女たちを好き放題にしてしまいたいというのは健全な男性諸君なら誰もが一度は夢見るシチュエーションだろう。


だから、一応健全な青年男性である御剣怜侍がメイドに―――いや、純粋無垢な綾里真宵に望む働きはひとつだ。

「たっぷりご奉仕したまえよ、メイドさん」
「ごっ、ごほ……」

この場合、ご奉仕とは当然マッサージなどの類いではない。つまるところ大人のお兄さんが手放しで喜ぶ“ご奉仕”である。
その言葉の意味は真宵もわかっているようだ。ご主人様が自分に何を求めているのかぐらいは。

「なんだ、出来ないのか?」
「だ、だって恥ずかしいです」
「恥ずかしい!ご主人様にご奉仕するのはメイドの喜びだろう?
……それとも何かね、君は私のことが嫌いなのか」
「まさか!好きに決まってるじゃないですか……あ」

―――うム、なかなか便利な言葉だな。


多少(というかものすごく)ずるい手ではあるが、こう言ってしまえば大抵のことには従ってくれる。彼女が自分を想う気持ちをいいように利用しているみたいで微かに良心が疼いたが、顔を赤くしてこちらを見上げているメイドさんを見たらもうどうでもよくなってきた。


「ならいいじゃないか。ほら、早くしろ」

既に脈打つような硬さと熱さで、下半身は真宵の愛撫を待ちわびていた。

ベッドから降りた真宵が床に座り込んで“ご奉仕”を始めるまで、そう時間はかからなかった。


ゆっくりと柔らかな唇が降りて来て、先端に口付けが落とされる。
まだ恥ずかしいのか、舌は先端を少し舐めては引き、舐めては引きの繰り返し。焦らしているのか、と思ったがよもや彼女にそこまでの余裕があるなど考えられない。

「んむ……」

先走りの苦味に顔をゆがめながらも、真宵はだんだんと激しく舌を絡ませて来る。熱い吐息が亀頭にかかり、ざらついた舌の感触とあいまって腰にわずかながらも痺れを生じさせる。

漏れ出そうになる呻きを喉の奥でなんとか押し殺しながらも、御剣は足の間で揺れている真宵の髪をじっと見つめていた。本当はいますぐにでもその小さな頭に手を伸ばしてさらさらとした髪の感触を味わいたいけれど、今はまだそれをすべき時ではない。

今日は限界まで徹底的に苛めぬいてやると決め込んでいる。彼女からねだってくるまではいつものような甘やかな愛し方はしてやらないつもりだ。

長い間押し込めていた自らの嗜虐癖。それがこんなチープなコスプレ衣装ひとつで開放されてしまうなんて、やれやれ私もまだ若いななどと彼は自嘲的な気分に浸ってみる。

まぁいい。彼はすぐに考え直した。

別に全然構わない。私はいつも紳士的な大人の男で、真宵くんは純真無垢で活発な少女。
今夜ぐらいはサディストなご主人様と淫らなメイドであったとしても、誰も異議なんて唱えないに決まっている。ハロウィンみたいなものじゃないか。誰がどんな格好をしようが、一年に一度ぐらい別にいいかと他人は文句なんかつけやしない。

「……ちゃんと私を見ろ」

どうせ舐めてもらえるのなら彼女の顔をじっくりと堪能したいと思うのは当然だろう。

意外にも真宵の反応は早かった。御剣が言葉を発した次の瞬間にはもうこちらを見上げる彼女と目が合っていた。

薄暗い中でもはっきりと分かるほど頬が上気している。なまめかしく陰茎を行き来する舌もよく見えるようになった。

が、もちろんこのぐらいでは満足できない。
射精に至るには刺激が足りなさすぎるのだ。

当然だ、まだ真宵は舐めているだけで、手を使ってしごくわけでも口の中でしゃぶっているわけでもないのだから。

過去にフェラをさせたことは何度もあるけれども、ここ最近はめっきりしてもらっていない。記憶が正しければ例の大晦日以来か。

あの日あまりにも乱れ過ぎたから、お互い無意識のうちに欲望をセーブしていたのかもしれない。

二か月ぶりというわけだ。確かに少々ぎこちないのもうなずける。

「……はん。少し間を空けただけでここまで下手になるとはな。
ほらどうした、手も使え。もっといやらしくしゃぶってみろ!」

きつめになじってやると、真宵は小さな肩をびくりと震わせた。大きな瞳が潤んでいたが、真宵は健気にも、

「ごめんなさい……ご主人様」
と、本当に申し訳なさそうにあやまってきた。

「謝るぐらいなら行動で示したまえ。……いや待った、前言撤回だ。まずは謝ってもらおうか。『フェラも満足に出来なくてごめんなさい』とな」

「やだ、そんな」
「言えないのか?」
「う……ふぇ、フェラも満足に出来なくて、ごめんなさいっ……」

真宵みたいな清純な少女に卑猥な言葉を発音させるというのはなんとも言いがたい悦びがある。
御剣は胸中で満足げに頷いた。

「続けろ」
「はい……」

陰茎に真宵の細い指が添えられた。ためらいがちに握り締め、そのまま口の中へと時間をかけて咥えこんでいく。

「はぁっ……」

口内は熱く、粘膜の柔らかさは心地良い。

唾液をたっぷり含んだ舌がくまなく裏側を舐め回し、手のひらはゆっくりとした動作ながらも陰茎を上下にしごきはじめていた。

「ん……そうだ、恥ずかしがるな。躊躇など必要ない」

先端が頬の裏でこすれているのがわかる。
早くなる彼女の手の動きに比例して、背筋を駈け登ってくる痺れの間隔も狭くなって来る。

「んぅ……ご主人様、気持ち、いいですか……?」

顎が痛くなったのか、真宵は一度陰茎を口から抜いた。先走りやら唾液やらで濡れて赤い唇がこの上なく色っぽい。

「うム?さぁ、どうだろうな」

素っ気なく返してはみるものの、困ったことに身体は正直だった。
思ったより限界は早そうである。現に今だって、裏筋を這う真宵の指だけで達してしまいそうなのだ。

再び、怒張したものが口に差し入れられる。
今度は先ほどよりも深く咥えられて。

「くっ……」

矛盾してる、と御剣は思った。

こんなにぎこちない手つきなのに、前よりも限界が近付くスピードが速い。「ご主人様」と真宵が自分を呼んだときの、あの貫くように甘美な響きが耳の奥で反響している。

もう無理だ。彼としてはもう少し耐えられると考えていたが、今夜ばかりは勝手が違うらしい。

「……真宵くん。そろそろ出すぞ」

それを聞いて、真宵はほとんど反射的に陰茎を抜こうとした。だが御剣の低い声がそれを制する。

「そのままでいろ。全部飲んでもらう」

命令すると同時、彼は真宵に何をさせる間も与えず欲を開放した。

驚愕に見開かれた真宵の目が、次には予想以上の苦味に細められる。
今まで髪にかけることはあったが口の中で出したことはついぞなかったので、真宵自信初体験のはずだ。

彼女はここでも律義に御剣のいうことを守った。溢れ出した精液をこぼすまいと必死になって陰茎に吸い付いている。

こくん、こくんと白い喉が鳴って真宵は懸命に精液を咽下しようとするが、それでもやはり小さな唇はすべてを受け止めきれず、滴る白濁は黒いエプロンドレスに染み込んでいった。

「ん、んっ……けほっ、こほっ」

飲み干したと思ったら、今度は真宵は激しく咳き込み始めた。さすがに心配になり、背中をさする。

「……おいしかったか?」
「……おいしかったです。ご主人様の、すごくおいしかったですっ……」

真宵はもう隠すことなく泣き始めていた。

天才検事、御剣怜侍は考える。次はどうやって泣かせてあげようか―――と。

最終更新:2020年06月09日 17:53