遠恋

題名:こんばんは
本文:きみは今なにを考えてるかなぁ?
   ぼくは今さっき、真宵ちゃんを家まで送って家に帰って来たところだよ。
   こういうこと言うと馬鹿にされるかもしれないけどさ、
   ちょっと…ちょっとだけだけど、あれ?ぼくに気があるのかも?って思っちゃった。

題名:Re:こんばんは
本文:あら、それはどうもお疲れ様。
   私がそこにいたらねぎらいのムチをあげるところだわ。
   ところで、貴方は下心が笑い方にもろに出るのよ。知っていて?
   だから、次のチャンスがあれば気をつけなさいね。

 ぼくらのメールは毎日のように、海を渡る。
 どんなに忙しい日でも、お互いのことを思う時間をきちんと取れること。
 これはどんな言葉や贈り物なんかよりも、お互いがお互いを好きであることの証明だって思う。
 だからこそぼくらはそれに甘えないように、時にはお互いがお互いをちょっとだけ試すような言葉を送ってみたりする。今日が、ちょうどそんな日だった。
 軽い気持ちで送ったメールの返事を、さてどんな風に切り返してくれるかと携帯をあけて確認する。
 彼女らしい文面に思わず口元が緩んだ。

 そして、数行改行されたところにあった一番最後の文章を見つけて、絶句した。

   あ、そうそう。因みに私は昨日告白されたわ。

 …えーと。とりあえず落ち着こう。
 これは彼女なりに張り合って送ってきているだけのウソかもしれない。っていうか、ウソであって欲しい。
 だけど、よく考えよう。あれだけ綺麗で仕事も出来て、そりゃちょっとコワイとこもあるけどそれでもふとしたときに見せる年相応の顔がすごく可愛くて…要するにぼくがこれだけベタ惚れする彼女に、言い寄らない男がいないはずはない。
 …ってことは、これはホントの話だ。

 そう思った瞬間、ぼくは国際電話の料金のことなんかすっかり忘れて受話器を手に取っていた。
 彼女を疑ったんじゃない。一体どんなヤツがどんな顔をしてぼくの彼女を口説いたのかって思ったら、いてもたってもいられなくなっただけなんだ。


 彼女のアパートメントの番号をコールする。もう何度目だろう、だいぶ手馴れてきた。
 数回のコールの後、少しだけ不機嫌そうな声が聞こえる。

「…なあに?そろそろ仕事なのだけれど」
「うん。ごめんね、わかってたんだけどさ」
「わかっていたのなら後にしてもらえないかしら」
「いや、それは無理」
「…どうしてよ」
 少し、声に笑いが混ざる。きっとはじめから、ぼくがどうして電話をかけてきたかなんてお見通しだったに違いない。
「…どんなヤツだったの」
 唇を尖らせて聞くと、彼女はくすくす笑った。
「そうね…仕事は出来るしお金も地位もそれなりにあるし、顔も決して悪くはなかったわ」
「あ、そう…なんだ…」
 ぼくはちょっとだけ肩を落とす。
 そんな気配を察知したのか、電話の向こうで彼女がふう、と息をついた。
「まったく、そんなことで落ち込まないでほしいわね、成歩堂龍一」
「でもなあ…」

 こればっかりは、優秀な恋人を持つ凡人の悩みとして一生ついて回るものなんだと思う。
 彼女は優秀な人間と一緒にいれば、ぼくと一緒にいるよりもっとお互いを高め合うことが出来るはずだ。
 好きという気持ちひとつでは、この劣等感だけはどうしても拭えない。

「…いい?一度しか言わないからよく聞きなさい」
 彼女が、凛とした声でぼくに告げる。

「狩魔は完璧を持って良しとする。貴方も知っているでしょう?」
「うん」
「完璧な私が貴方を選んだのよ。この意味がわかって?」
 少し怒ったような、でも拗ねたような甘さのある声。
 ぼくの、大好きな声。その声が、ぼくを丸ごと肯定する。
「…冥、ちゃん…」

 見えないきみが、ぼくを救う。いつもいつも。

「だいたい…ちょっと妬かせようとしただけなんだから。そんなに本気で落ち込まれると、こっちまで辛くなるわ」

 …うわ。
 なんだか今、すごく可愛いことを言われた気がした。

 そう思うとたまらなくなって、聞こえるように受話器に音を立てて口付けた。
「ありがとう、冥ちゃん」
「…わかってくれたなら、それでいいわ。でも次はないわよ」
 そして向こうからも、キスのお返し。
 何度かそれを繰り返して、ふと、どうしようもないことを思いついてしまった。

「…ね。冥ちゃん」
「何かしら?」
「もっといろんなコト…しよっか」
「…バカね…本当に救いようのないバカだわ、貴方は」
「…でも、選んでくれたんでしょ?」

「…バカ。少し…だけよ」
 甘くとろけるようなその響きに、もう拒絶の色はなかった。

 出勤前の部屋で、仕事着を乱して、ベッドに横になる彼女を想像する。
 カーテンの隙間から差し込む眩しい朝日が彼女の白い肌を照らすのを想像する。
 それだけでもう、どうしようもなくたまらない。
 …まだまだ若いな、ぼくも。

 ベッドに足を投げ出して座ると、トランクスの中から己を引っ張り出した。
 もうすっかりソノ気になったそいつを、そーっと握る。彼女がいつかそうしてくれたように。
 だいじょうぶ、噛み付かないからさわってごらんなんて、困惑する彼女の頭を撫でてあげたことを思い出す。

 受話器の向こうでは、かさかさと衣擦れの音。
 前にふたりで過ごした夜に着ていた、レースのセットアップのインナーを想像した。
 濃いブルーのそれは、彼女の白い肌によく映えてとてもきれいだった。

「脱いだ?」
「…脱いだ、わ」
「じゃ、触って?」
「…え、え…」
 震える彼女の声が、いとしい。
「じゃあ、今からその指は、ぼくの指だから。ぼくを触ってるのも、冥ちゃんの指だよ」

 ぎゅっと目を閉じて、たった今言葉にした通りの状況を想像する。
 おずおずと握ると手を引っ込め、また伸ばし、今度はすこしだけ動かしてくれる。

「…ッ…」
「はぁ…ん、っ」
 お互いに、熱の篭った吐息が漏れる。
 遠い海の向こうで、彼女が今、ぼくを愛してくれている。
 ぼくも今、遠い海の向こうの彼女を愛している。
 そう思うだけでどんどん気持ちが高まって、気を抜けば暴発しそうなほどに欲が育ってゆく。

「もっと、いっぱい触ってね…?」
「わ、か…った、わ…」
 は、と息を乱しながら、指に蜜を絡ませながら、その指で体中を辿りながら、やわらかな胸をふにふにと揉んで。
 そんな姿を想像する。そこに覆い被さる自分を想像する。
 翻弄されるばかりは癪だとばかりに、乱れながらもぼくに触れてくる彼女。頬が赤く染まっている。
 小さな手で与えられる快感に一瞬ひるんで、それでも攻撃の手は止めない。ひときわ高い嬌声が漏れた場所を、何度も擦りあげる。強く弱く、何度も何度も。
 ひっきりなしに大きな声をあげて、もうだめと懇願してくる。瞳には涙が滲んでいるはずだ。
 とろとろのソコを容赦なく擦り、ざらついた内壁に指を押し付けるように刺激して。
 男の愛し方をようやく心得たばかりの彼女のつたない愛撫が止まってしまうだろうほどに、強く。
 そしてひときわ高くあがった嬌声で、彼女が一度達したことを悟った。

「もう、いい?」
「…きか、ないで…バカ、ぁ…」
 はあはあと乱れた息づかいが耳をくすぐる。
「指、まとめて。ソレが、ぼくだよ」
「あ、う…んっ、あ、ああ…っ!」

「…こら、もう入れちゃったの?」
 くすくすと笑って追い立てる。彼女の心はここにある。
 ぼくの心も、きっと彼女の元にあるはずだ。
「だっ、て…もう、だめ、なの…っあああっ」
 ちゅぷ、という音がかすかに届く。頭の芯から沸騰してしまいそうだ。
 先に滲むものを全体に擦り付けながら、ぼくも自分を追い立てる。
 根元をきつく締め付ける、ソコの感触を思い出す。

「あっ、ああ、あああっ、りゅ、い、ちぃ…っ」
「あぁ…冥ちゃん…冥ちゃん…メイ…っ!」

 名前を呼び合う。もう、お互いに限界だった。もう躊躇はしない。受話器に口付ける。彼女も同じように返してくれる。
 それを合図に、ぼくらは同時に高みへとのぼりつめた。

 …なんと言い訳をすればいいものか。
 久しぶりだったせいもあって、その後も大変盛り上がってしまった。もちろん、性的な意味で。
 気がつけば日付はそろそろ変わろうとしていて、彼女はしばらく言葉を失っていた。

「…どうしてくれるのよ、こんな、遅刻どころじゃないわ…」
「生理休暇くださいって言えばいいよ」
「相変わらずデリカシーのないオトコね。というか、そんな制度はこっちにはないわ」
「…ごめん…」
「謝るくらいなら、あんなこと言い出さなければいいのよ」
「それは無理だよ。だって冥ちゃんすごくかわいかったし」
「…なっ…!」
 思いのままを口にすると、電話の向こうで彼女が絶句する。
 こういうストレートな愛の言葉に、彼女は本当に弱い。
 遠く離れて、言葉で全てを伝えられなければならなくなって、ぼくははじめてそれを知った。
 彼女は、諦めたように笑う。見えないけれど、笑っていることくらいはわかる。

「…仕方ないわ。貴方ってそういう人よね」
「うん。そういう人なんです」
 くすくすとひとしきり笑いあって、そうして少し黙って。
 タイミングを合わせて、受話器越しのキスを交わした。

 次の休暇は、まだ少し先だ。
 お互いに長期の休みを取るって言うのはなかなか難しいから、先に休みが取れたほうが相手のところに行こうと決めてある。
 …たぶん、ぼくが行っちゃうんだろうね。

 いつだって次に会うことを待ち焦がれながら、ぼくと君はこの距離と一緒にずっと付き合っていく。

最終更新:2020年06月09日 17:52