茜にとって、成歩堂龍一という男は戦友だった。たった一人の肉親である宝月巴の無実
を信じ、共に戦ってくれた。彼がいなければ今の自分は存在しない。そう思えるくらいに。
 アメリカに留学しよう。そう考える動機をくれた人は、帰国した時には既に弁護士では
なくなっていた。
 裏切られた――。
 きっと最初に感じたのは、その気持ち。
 彼とならば、司法という世界で共に歩める。そう信じていたのに。
 だからなのかも知れない。こんなことを言うのは、自分でも卑怯だと思っている。けれ
ど、彼が弁護士としていなかったからこそ、自分もまた科学捜査官にならなかったのかも
知れない。
「……それで、刑事さんになったわけかい?」
 茜の声に、成歩堂は苦笑いを浮かべながら首を傾げて見せた。
「それはちょっと、言い訳っぽくない?」
「良いんです。そのほうが、ドラマチックでしょう?」
 喉を鳴らしながら、茜が成歩堂の無精ひげが生えた頬に顔を寄せる。
 素肌の触れ合った上半身。茜の控えめな乳房が成歩堂の筋肉質な胸板の上でひしゃげる。
「まあ。そう、かな」
 困ったように呟きながら、成歩堂は茜の首筋に唇を落とした。


 茜が成歩堂の事務所を訪れたのは、牙琉霧人の逮捕後だった。
 みぬきは不在、王泥喜も法廷という時間に彼女が訪れたのは、偶然ではなかった。
「……以上が、私の調査結果です」
「よく、調べたものだね。茜ちゃん」
「刑事ですからね。これでも」
 成歩堂がコーヒーを啜る。その前で毅然とした顔をする茜の面差しは、姉である巴によ
く似ていた。
「宝月家の血って奴かな」
「……そう、ですか? だとしたら、嬉しいです」
 姉に似ているといわれるのは茜にとっては嬉しいことなのだろう。照れたようにはにか
む。それを見つめながら、成歩堂はカップをテーブルに戻した。
「それで? 事細かに調べてくれたようだけれど、その結果をどうするつもりなんだ
い?」
 テーブルの上に並んでいたのは、7年前の事件の資料だった。成歩堂が偽物の証拠を法
廷に提出し、彼が法曹界から去ることになったあの事件の。
「――君が見出した真実。けれどそれは、未だ仮説に過ぎない」
 真犯人。成歩堂の提出した偽者の証拠。そして、それらを後ろから糸を引いた、黒幕。
「……はい。それに、成歩堂さんもここに辿り着いてるんでしょう?」
「おいおい。今の僕はただの売れないピアニストだよ」
「嘘。成歩堂さんが、あんなことで諦めるはずが無いもの」
 成歩堂の欺瞞を切って捨てた茜の視線は、真っ直ぐに彼の目を見る。その視線の強さは、
強さこそは、彼が七年前に彼女に見せたものだった。
「だから調べたんです。あんなにあっさりと法曹界から去った成歩堂さんが、それ以降何
もしていないはずがない。あなたはきっと、時機を待っていた」
「……茜ちゃん」
「ねえ、成歩堂さん。私に手伝わせて。あなたが、私を助けてくれたように」
「……君は刑事だ。それに未来もある」
「未来は、あなたにだってあるじゃない!」
 乗り出した茜の体が、勢い余ってテーブルに躓く。そのままテーブルの上に転びそうに
なったところを、成歩堂の腕がすくい上げた。



「……大丈夫?」
「あ、ありがとう……ございます」
 成歩堂の腕は軽々と茜の体を抱き上げていた。
「よっ……と」
 抱き上げたまま、ソファに運ばれる。茜は真っ赤になってされるがままになっていた。
「……成歩堂さん」
「ん?」
 腰を叩きながら息をついていた成歩堂を、茜が呼ぶ。
「私、ね。失望していたのかも知れない」
「……失望?」
「すごく勝手な失望。勝手に決め付けて、勝手に失望して。……成歩堂さんは、変わって
なかったのに」
 茜がじっと成歩堂を見上げる。
 その瞳は、熱に浮かされたように潤んでいた。
「……だから、嬉しかった。成歩堂さんは、成歩堂さんのままだった。私を、お姉ちゃん
を助けてくれた、あの時のままだった、って」
 腕が伸びる。成歩堂の首にかかった腕に、茜の体重がかかる。
 引き寄せられるように、成歩堂の姿勢が低くなる。
「憧れたのは、御剣検事。でもね……」
 引き寄せられるように、成歩堂の目が茜の瞳と、唇を見る。
 誘うように、わずかに開いた唇。白い歯がちらりと覗く。
「……好きになったのは、成歩堂さんだった」
 寄せた唇が、成歩堂の唇を奪った。


 舌が成歩堂の口内へ侵入する。絡みつく舌がまるで別の生物のように彼の舌を掬い取る。
「……んぷ」
 唇の端から溢れた唾液が、茜の頬を伝い首筋を落ちていく。
 息が苦しくなったのか、二人の唇が離れた。
「っはぁ……」
「茜ちゃん……何を」
「あの時、私はまだ全然子供だったから」
 茜は微笑む。
「今はもう大人です。だから、好きになった人がまだ独り身だったからアタックしてるん
です」
「いや、僕はもうオッサンで」
「全然大丈夫です。それに男女の平均寿命を考えたら丁度良いくらいだし」
「……それ、大丈夫な理由?」
「ダメ……ですか?」
 寂しそうに、茜が上目遣いで尋ねる。
「……僕は、みぬきの父親だ」
「母親はいないんでしょう?」
「でもほら。コブ付きって、敬遠するだろう?」
「私は気にしないです」
「茜ちゃん」
 成歩堂が心底困ったように、名前を呼ぶ。
「それとも……他に誰か好きな人が?」
「……いや、そういうのは」
「綾里……って人とか。狩魔検事の娘さん。あと……華宮さん、でしたっけ」
「なんでそんなこと」
「調べたって、言ったじゃないですか」
 成歩堂のことを調べた時、現在の彼の人間関係についても調べた。そこには、特定の女
性と親密な交際関係を持つという調査結果は無かった。けれど同時に。
 彼と一定の距離を保ちつつ、今でも親交のある女性は複数人いたのだ。



「私は、ダメですか? 対象外、ですか?」
「……茜ちゃん」
「あの頃の、何も知らなかった子供じゃないです。でも、それでもまだ成歩堂さんにとって、私は子供ですか? あの頃の17歳の」
 成歩堂の手が茜の手によって、彼女の胸に導かれる。
 手の平に伝わるのは柔らかい感触と、その奥で刻まれる鼓動だった。


「……いいのかい?」
「誘ったの、私ですよ?」
 成歩堂がソファに座る。茜はその膝の間に体を割り込ませて座っていた。
「いや、でも」
「17歳の私を思い出して、変な気持ちになっちゃいますか?」
「……まあ、少しは」
 成歩堂のスラックスのベルトを外し、ジッパーを降ろす。下着の中で窮屈そうにしてい
るそれを見て、茜の手が止まった。
「……茜ちゃん? あの、無理なら」
「いえっ! その、ちょっとびっくりしただけですからっ!」
 真っ赤になった茜が、意を決したように下着に手をかける。ずるりと引き降ろすと、半
勃ちになった肉棒がでろりと茜の鼻先に顔を出した。
 凶悪な見た目。血管の浮いた竿を、恐る恐るといった風に茜はつまむ。
「……えっと……じゃあ、始めます、ね」
 先端に茜の唇が触れた。
「ん……ちゅ」
 そのまま亀頭を唇でこするように動く。竿を軽く握るようにして、舌先を赤黒い亀頭に
伸ばす。
「ちゅ……んぷ」
 唾液をまぶすように、ゆっくりと。
「……ん、どう、ですか。成歩堂さん……」
「えっと……結構、慣れてるみたいなんだけど……経験あるんだ?」
「えっ!? い、いえいえいえいえ! そういうんじゃないですっ!」
 成歩堂のものを握り締めながら、茜が真っ赤になった。
「あ、あの、本とか映画とか、そういうビデオとか見て……勉強したんです……けど」
「そ、そう、なんだ?」
 そういうものを選んで見ていたことによる羞恥か、茜が視線を逸らしながら頷いた。

最終更新:2020年06月09日 17:50