成歩堂×茜 


「やあ、いらっしゃい。……待ってたよ」

 ドアを開けて宝月茜を迎えてくれたその顔は、7年前と同じく優しかった。
 茜はほっとして、思わず頬が緩む。

「こんにちは成歩堂さん。だいぶ待ちましたか? ごめんなさい、ちょっと仕事が立て込んでいて……」

 本当は今日、茜は休暇を取っていた。なのに突発的に事件が起きてしまった。
 あのじゃらじゃらした検事が担当となり、何故か捜査主任として名指しされてしまった茜は、今の今まで現場で駆けずり回っていたのだ。
 何とか同僚に頼み込み、3時間だけ、と抜け出してこれたのはいいものの。
 結果として、先約の相手だった成歩堂を待たせることとなってしまった。
『正午に、成歩堂事務所で一人で待っていて下さい』とお願いしたのは茜のほうだったのに。

「みぬきちゃんとオドロキ君は……?」
 成歩堂に事務所の中へ通された茜は、あたりをきょろきょろと見回した。
 7年前にここを訪れたときとはだいぶインテリアが変わっている。
 インテリア……というか、ガラクタというか……。とにかくモノで溢れていて、座る場所を確保するのさえなか

なか難しそうだった。
「みぬきは学校だよ。一応まだ義務教育過程だからね。オドロキ君は僕からちょっと頼みごとをしておいた。二人とも夕方まで帰ってこないんじゃないかな」
「……そうですか」
「そうですか、って……。人払いを頼んだのは茜ちゃんのほうだろう。『一人で待ってろ』って。
 どうしたの。僕に何か用事があって、訪ねてくれたんだよね」
 そう尋ねる成歩堂の、口調や表情の奥に、茜は再び7年前の面影を感じ取った。

 アメリカから帰国してはじめて成歩堂の姿を見たときは驚いた。
 精悍だった青いスーツ姿の名残は欠片もなく、無精髭まで蓄え……。
 ニット帽に半分隠れてしまったその眼差しには、何か黒い影を宿し……。
 何よりも、左胸にあったはずの、小さいが大切な輝きが……消えていた。

 成歩堂が変わってしまった理由は、新米弁護士の王泥喜や成歩堂自身の活躍によって、程なくして判明した。
 左胸から輝きを奪い、成歩堂を変えた原因となった人物の罪は白日の下に晒されることとなった。
 その過程で、成歩堂と茜には再び、7年前のような親交が復活していた。
 
 外見は大きく変わってしまったけど、中味は変わっていない。
 そんなこと、茜には勿論解っていたが、最近になってそれを改めて実感した。
 事件が解決したせいだろうか。
 時折覗かせる、優しく包み込むような表情や仕草が、茜を安心させた。
 そして気付いたのだ。
 ―――ああ、あたしはやっぱり、成歩堂さんが好きだ。

「今日は、お話があって来ました」
「……弁護の依頼なら、オドロキ君に……」
「違います! すっトボけないで下さい。気付いてるんでしょう、あたしが今から何を言おうとしているか」
 茜が強い口調で言いながら歩み寄ると、成歩堂は困ったような笑みを浮かべて、ニット帽ごしに頭を掻いた。

「……好きです、成歩堂さん」
 茜は言って、目の前の腕の中に飛び込んだ。
「……茜ちゃん、僕は……」
 飛び込んできた茜を軽く押し戻しながら、成歩堂が何かを言いかける。
 しかし、茜は再び、成歩堂の背中に強く腕を回した。

「解ってます。事件は片付いたばかりだし、みぬきちゃんのこととか、いろいろあるから……。
 あたしがこんなこと言っても、成歩堂さんは困るだけだってこと」
「うん……まぁね」
 抱きついたままの茜を、今度は押し戻すことなく、成歩堂は答えた。
 広く逞しい胸ごしに、茜はそれを聞いた。

「付き合ってほしいとか、そういうわけじゃないんです。ただ、言わずにいられなかっただけ。
 7年前に何があったか詳しく聞きました。
 アメリカなんかに、行かなければ良かった。何もできないけど、傍にいてずっと見ていたかった」
「もし本当に茜ちゃんがずっと傍にいてくれたら、僕は今よりもっといい奴だっただろうね」
「今でも十分、素敵です。でもあたし、7年前のことで何も力になれなかったのが悔しくて……。
 7年も一人で真実を追い求めてたなんて……知らなかったから」
「あれはもういいんだ。僕自身が自分で何とかしなきゃいけない問題だったんだよ。茜ちゃんが気に病むことはない。それに、事件は無事に解決したじゃないか」
「ええ。あたしが何も知らないでのほほんとしてた間に、解決しちゃうんだもの。
 オドロキ君とかみぬきちゃんとか、あのじゃらじゃらした検事まで成歩堂さんの力になったのに。
 あたしは話さえしてもらえなかった。……何か一人だけ、置いて行かれた気がして、悔しかったです」
「うん……ごめんね。巻き込みたくなかったんだ」
「何もできないかもしれないし、すごく差し出がましいんですけど、これからはもっと、成歩堂さんの力になりたいんです。ううん、ただ、傍で見てるって事だけでも、知っててほしい。
 だから今日、こうしてあたしの気持ちをお話しました。
 あたしだけ蚊帳の外なんて嫌だったんです。いてもたってもいられなかった。
 ―――ごめんなさい、単なるワガママ、ですよね」

 一気に言葉を吐き出し、茜は大きく溜息をついた。
 成歩堂は、言いたいことをすべて伝えた茜の軽い興奮を鎮めるように、彼女の背に手を回し、そっと撫でた。
「我侭なんかじゃないよ。とても心強い。ありがとう。
 これからは何かあったら真っ先に話すよ」
「本当ですか」
 茜は埋めていた成歩堂の胸から顔を上げ、尋いた。
「うん。約束する」
 成歩堂は茜の目を見て答えた。 
 その眼差しにやはり、ちっとも変わらない彼の優しさを見つけると、茜は彼の首に腕を絡ませ、そのまま唇を寄せた。


「……茜ちゃん」
 唇を離すと、成歩堂の少し驚いた表情が飛び込んでくる。
「置いていかれて、悔しくて、そして寂しかった……。
 あたしの気持ちに応えて下さいとは言いません。でも……寂しかった分を埋めて欲しいんです。
 少しで、いいから」
「でも……」
「お願いです。成歩堂さんっ。今日はそのために、来たんだから」
 茜はそう言うと、一度成歩堂から離れた。
 そして、外の景色を写している窓に歩み寄ると、ブラインドを一気に降ろす。
「埋めて下さい成歩堂さん。あたしの心を」

「……そんなこと言われると、本気になっちゃうけど、いいのかな」

 成歩堂は被っていたニット帽を脱ぎ、床に投げ捨てた。
「あたしのほうこそ本気です、成歩堂さん……」
 茜も、羽織っていた白衣を脱ぎ去った。

「ん……」
 成歩堂は茜を強く引き寄せ、唇を塞いだ。
 最初は唇が絡み合うだけだったキスは次第に深くなり、やがて成歩堂のほうから差し入れられた舌が、茜のそれをも求めた。
「んっ……あっ」
 窒息しそうになる寸前で、微かに唇を離してはまた絡ませあった。
 それを幾度か繰り返すと、成歩堂は軽々と茜を持ち上げ、傍らのソファーへその身体を横たえる。

「ごめんね、この椅子、ちょっと固いんだけど……」
 茜を腕の中に閉じ込めたまま、成歩堂は軽く笑った。
 腕の中の茜はなんともいえない表情で成歩堂を見上げ、大丈夫、と首を振る。
「そんな顔されると、困っちゃうな……。何とか理性を保ってる状態なのに」
 茜の耳元に顔を寄せ、成歩堂はささやくように吐息を漏らした。
「やっぱり優しいですね。成歩堂さん。……他の女性にも、こんな風に?」
 茜のその言葉に、成歩堂は軽く微笑んだ。
「……今は茜ちゃんのことだけ、考えたい」
「そんな嬉しいこと……」

「さっきから必死にしがみついてるこの理性、手放していいかな?」


 茜はコクリと頷いた。
 それが合図だった。
 再び成歩堂は茜の唇を塞ぎ、舌を絡ませる。
 一見乱暴に見える所作だったが、茜の衣服を一枚一枚丁寧に取り去る手つきはとても優しい。
 やがて成歩堂の手が、唇が。そっと茜の身体に這わされた。
「んっ……」
 敏感な部分に差し掛かると、茜の口から思わず声とも吐息ともつかないものが漏れる。
 茜は自らの発した音に気恥ずかしさを覚え、指を噛んでそれを堪えた。

「大丈夫。ここの事務所のドア、意外に頑丈だから……」
 成歩堂は茜の口元から、噛んでいた指を引き剥がした。

「僕しか聞いてない。だから声、聞かせてくれ……」

「でも、あっ……」
 茜の首筋から胸元に、成歩堂は唇を掠め、たどり着いた丘の頂上を吸う。
 空いた手は余すところなく、茜の身体を愛撫した。
「んんっ……あっ……はぁっ……」
 呼吸が荒くなり、昇りつめていく感情とともに、愛撫はゆっくりと下へ位置を変える。
 やがて、もっとも昂ぶっている部位に、成歩堂の指が滑り込んできた。
 触れられてはじめて、茜はそこが激しく濡れているのに気がついた。
「あ、んっ……やっ……」
 恥ずかしくなり、思わず成歩堂の手首を掴んで、愛撫を中断する。

「大丈夫だって言っただろう。……それともここまでで止める?」
 成歩堂がそう尋くと、茜はいやいやと首を振り、手首を掴む力が弱まった。
「ごめん、ちょっと意地悪な言い方だったね。
 ……止める、なんて僕のほうが無理だ。続けるよ」

 成歩堂の指が、再び茜の深部を探る。
 差し込まれて探られると、茜は自分自身が昇り詰めて行くのが解った。
 昇り詰めては墜ちそうになる、その寸前で成歩堂は指を引き抜き、愛撫を口付けに変える。
 絶妙なタイミングで幾度も、それは繰り返された。
 そのたびに聞こえる、淫らな水音。茜から漏れる切ない声。

 やがて十分に慣らされたそこに、成歩堂の熱い欲望がゆっくりと挿し込まれた。
「あっ……、んん……はぁっ……」
 腰の動きに合わせるように茜は内包する成歩堂を締め付けた。
「……っつ」
 今度は、きつく締められた成歩堂の口から熱い吐息が漏れる。
 次第に二人の間の空気が、張り詰めたものに変わっていった。

「あっ、あぁっ、んっ……」
 茜は成歩堂の背中に、強くしがみついた。
 同時に成歩堂も極限の高みを感じ……。
 暖かく白濁した性が、茜の内部に一気に放出された。

 

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「あれ、刑事クン。しばらく見なかったけど、用事で外出してたんだって?」
 太陽がだいぶ西に傾いた頃、事件現場には茜の姿があった。
 午前中に起こった事件の捜査はまだ続いていた。
「ごめんなさい、大変なときに抜け出して迷惑をかけました」
 茜は現場で自ら捜査をしていた牙琉響也に侘びの言葉を口にしながら、捜査用の手袋をはめた。
「用事は済んだのかい?」
「ええ、お蔭様で」
 響也は、頷く茜の顔が珍しく笑顔なのに気付いた。いつになく上機嫌だ。

「何かイイコトでもあったのかな。嬉しそうだよ」
「えっ……! やだ顔に出てる?」
 茜の頬にさっと赤みが走った。
 茜はそれを手で隠しながら大いにうろたえる。
「何だか知らないけど、刑事クンは笑っていたほうがいいよ。可愛い顔をしてるんだから仏頂面じゃ勿体無い」
 腰に手を当て、ぐっと身を乗り出し、響也は言った。
「牙琉検事はむしろ、笑わないほうがいいですよ。いつもヘラヘラして検事としての威厳が無いです」
「あはは、言うねぇ」
「では、あたしは捜査に戻ります」
 茜はぴっと敬礼すると、他の刑事のもとへ走っていった。

(あの刑事クンも、あんな嬉しそうな顔するんだなぁ)
 響也は、貴重なものを見られた余韻にしばらく浸った。

(……でも、あの笑顔の理由、ちょっと、気になる……)

 遠くで何やら液体や粉を振りまいている茜を見つめて思考する。
 いくつかの可能性が思い浮かんだ。
 しかし響也はそれを打ち消すと、自らも捜査陣の方へゆっくりと歩き始めた。 
 
(終わり)

最終更新:2020年06月09日 17:50