『ベッドサイドの作戦会議(逆転を継ぐ者 御剣・冥サイド)』

 赤いフィアットの運転席でハンドルを握る御剣怜侍の目に、目的地である検事局の建物が映った。
 さらに、その瀟洒な建物の前に佇む人影を捉える。
 御剣はその人物の前まで来ると静かに車を停止させた。
 運転席に着いたままサイドのボタンで助手席のドアロックを外すと、その人物が助手席に滑り込んでくる。
 彼女の纏っている上品な香りが車内に広がった。

「少し待たせたようだな、メイ」

 助手席でシートベルトを閉めているのは狩魔冥。
 御剣の問いかけに、彼女は軽く首を振った。
「いいえ、たいしたこと無いわ。それより久しぶりね、レイジ」
「そうだな。……半月ぶり、ぐらいだろうか」
「あら、あなたの認識はその程度なの? 実際は3週間ぶりよ」
「そうだったか。随分寂しい思いをさせたな」
「見縊らないで。私だって忙しかったのよ。寂しがってる暇なんて無かったわ」
「………それは失礼した。私の方はここ最近、君のことばかり考えていたのでな」
「嘘ばっかり。昨日まで連絡一つ寄越さなかったくせに」
「だからその分、今こんなにも寂しがっているのだ」 
 御剣は手を伸ばし、助手席の冥に触れる。
 そのまま顎を引き寄せ、何度か短いキスを交わした。

「……どこへ連れて行ってくれる?」
 唇が離れると、少し乱れた髪を直しながら冥が聞く。
「まずは食事だな。この近くのホテルのレストランが良いらしい。今日は私もそこへ宿泊することにしている」
「任せたわ」
 二人の乗った赤い車は滑るように走り出した。
 すでに夜の帳が降りていたが、こうこうと灯る街灯のお陰で安全に走るのに支障は無いようだ。


 御剣と冥が恋人同士になったのは葉桜院の事件の直後だった。
 あれから7年。
 優秀な検事である二人は、日本とアメリカを中心に世界中を飛び回る生活を送っていた。
 忙しすぎて会えない日も多いが、会えた日は恋人として、会えない日も検事という同じ目標を持つもの同士として。
 お互いを支えあい、高めあい、そして求め合ってきた。

 そんな二人が、ここ7年の間で最も心を痛めたのは、成歩堂龍一の件だ。
 成歩堂の胸からバッジが消えたあの事件のことを、御剣と冥はアメリカで聞いた。
 すぐに飛行機をチャーターして日本に駆けつけたが、既に後の祭り。
 左胸から消えた輝きは、もう戻ることは無かった。
 そして今も、その光は消えたままだ。


「……なかなか美味しかったわね。どこで聞いたの? このホテルの情報」
 二人は、白いクロスのかかったテーブルを挟んで向かい合い、食後の紅茶を味わっていた。
「君の同僚からだ。以前ある事件で知り合いになった」
 御剣は今、冥と同じアメリカで検事をしていたが、彼女とは別の州にいる。
 多少遠距離になるため、どうしても会う時間が取れない。
 今回はたまたま、冥のいる州へ出張になったため、こうして会うことが出来たのだ。
 
 しばらくして、二人のティーカップから琥珀色の液体が無くなった。
 手にしていたカップを静かに置くと、御剣は立ち上がる。
 レストランに来る前にフロントに寄り、チェックインは済ませていた。
 御剣はテーブルの隅にあったルームキーを手にすると、冥の側に回り、彼女の椅子の背もたれに手を置いた。
「そろそろ行こう」
 軽く口角を上げながら、真っ直ぐ冥を見つめる。
 見つめられた冥は、少し神妙な顔で頷いた。
 

     *************************


 二人を最上階の部屋へと導くエレベーターの中で、御剣は冥の身体に腕を回した。
 冥は御剣の胸に軽くもたれ、彼の鼓動を聞いていた。
 振動を抑えるため、ゆったりと動くエレベーターが何故か酷くもどかしく思える。
 言葉を交わすことは無かった。
 上昇を示すエレベーターの表示を見ながら、ただ、浮き足立つような感覚を抑えていた。
 

「……!」
 部屋に入るなり御剣は冥を力強く抱きすくめた。
 いつもとは違う、あまりに急いた行動に冥は驚き、思わず彼から離れる。
 御剣はそんな冥を再び捕まえ、腕の中に閉じ込めた。

「どうしたの? 今日は随分焦っているように見えるわ」
 抱き締められたまま、顔だけを上げて聞く。
「済まない。だがもう待てないのだ」
「レ……」
 冥の言葉は御剣の唇によってかき消された。
 いつも初めは触れるような優しいキスで緩やかに深度を増すのだが、今日は初めから激しく舌を侵入させてくる。
 貪るように舌を絡ませる御剣に、冥は戸惑った。

「レイジ、レイジっ……! 待って、シャワーくらい、使わせて……」
「そんなものは必要ない」
「……でも」
「言っただろう。ここ最近君のことばかり考えていた、と。
 頼むからこれ以上、待たせないで欲しい。―――限界だ」
「でも……えっ?」
 これ以上の異議は認めないとでも言うように、御剣は冥の身体を抱き上げた。
 そのまま彼女を、大きなベッドに横たえる。

「……こんなに取り乱す私は、怖いだろうか?」
 冥をベッドに沈めたまま、御剣は聞いた。
「怖くは無いけど……驚いているわ」
「私が取り乱すのは、メイ、君の前でだけだ。……許してくれないか」
 それはあくまで許可を求める口調だったが、実際は命令。
 逆らえないということを冥は、心でも身体でも、実感していた。
「馬鹿ね……」
 冥は頬を緩め、腕の力を抜く。
 抵抗を感じなくなったと悟った御剣は、再び彼女の唇を塞いだ。

 咬み合った唇は、呼吸することさえ二の次にする。
 ゆっくりと味わい尽くすと、御剣は一旦唇を離した。
 腕の中の冥を包む衣服を解きながら、今度は彼女の鎖骨へ吸い付く。 
 次第にしっとりと熱を帯びてくる冥の肌は、白い絹のように極上だった。
 服が取り払われ、露れた首筋にまず唇を這わせる。
 気分の高まりに任せて強く吸うと、そこには紅い花が咲いた。
 無数に花を散らしても、御剣の唇は飽くことなく冥の身体を這う。
 背中へ、腹部へ。うなじを掠めて時折耳朶へ。
 そのたびに、冥の口から吐息が漏れる。吐息は次第に切ない声へと変わった。
 衣擦れの微かな音と混じりあって響く、甘い嬌声。

「……いい声だ」
「聞かないで、恥ずかしい……んっ」
 眉根を寄せて必死に快楽の波に耐える冥の姿は、逆に御剣の欲望を掻き立てた。
 何年経っても、幾度抱いても、まだなお、心を奮い立たせてかき乱す。

「そんな事を言われると、ますます攻めたくなる」
 御剣の掌は冥の胸の膨らみを捉えた。
「………んっ」
 その頂はすでに硬く尖っていた。触れただけで、冥の身体はびくっと痙攣する。
 片手で一方の膨らみを揉みしだき、残った一方の頂上には唇を寄せた。
「あっ……! んんっ」
 そのまま、舌に触れた硬い突起を転がすように弄ぶと、冥の身体がひときわ大きく揺れる。
 押さえきれない声が高く細い音となって漏れる。
「んっ、ああっ……あっ」
 その反応を幾度も確かめたあと、御剣は冥の両脚の間に身体を滑り込ませた。
 手が彼女の内腿へと伸びる。

「……駄目」

 途切れ途切れに呼吸をしながら、冥は首を横に振った。
「君はいつから、そんな残酷なことを言うようになった」
 拒む冥を見つめる。
「……だって」
「私は、ここまで来て引き返せるほど出来た男ではない。君も知っているかもしれないが」
「レイジ……」
「許せ」

 
 それ以上抵抗の台詞を言う前に、強く唇を奪われた。
 荒々しく舌を絡め取られる。
 有無を言わせず、御剣の長い指が冥の開かれた部分を探っていた。
「やっ……ぁっ」
 骨ばった指は奥深へ差し入れられ、内部をかき回す。
「……んんっ……あっ」
 指が動かされるたびに漏れる声を、そして身体の奥から溢れてくるものを、冥はどうやっても抑えることができなかった。
 
 吐息と声。
 それに混じるのは粘着質のある、淫らな水音。
 
 いつの間にか、臨界点に近づいていた。
 一人で墜ちてしまわないように、冥は御剣の腕を強く掴んだ。
「レイ……ジ……」
 声にならない声でようやく、それだけを口にする。
 御剣の手が、汗で張り付いた冥の髪を優しく梳いた。


「あっ……!」
 引き抜かれた指の代わりに、熱く満たされた欲望が彼女の奥を貫く。
 最深部を突かれると、全身が震えるような衝撃となって、快感が彼女を襲う。
 無意識に逃げようとして腰が浮き上がるのを強く抑えつけられ、その状態で幾度も内部を貫かれた。
 動きに合わせて畳み掛けるように襲ってくる衝撃は、彼女を極限へと追い詰める。
 それでも容赦なく、戻っては突かれ、掻き回され、乱された。
 繋がっている部分はすでに溢れ出たものでまみれ、粘りつくような音を立てている。
 片手は、縋る思いでシーツを掴んでいた。
 それから不意に手が離れると同時に、意識が遠のいていく。
 最後に身体の奥で感じたのは、彼の身体から吐き出されたものの確かな熱さだった。


     *************************


 優しく触れるように、瞼に落とされるキス。
 乱れた呼吸が整うまで、彼にもたれたまま軽い口付けを受け入れていた。
 
「そういえば、食事のときに話そうとして忘れていたことがある」
 しばらくして、御剣がふと口を開いた。
「何かしら」
「成歩堂の件だ」
 御剣は、日本でこれから行われようとしている裁判員制度のこと。
 そのテストケースのプロジェクトリーダーに、成歩堂龍一を据えようと考えていることを、冥に話して聞かせた。

「その案、いいわね、面白そうだわ」
 御剣の話を聞き終わると、冥は口角を上げ、賛同の意を示した。
「そこで、君にも協力してもらいたい。日本の司法関係者で、君の口利きで動かせそうな人物はいるか?」
「……いなくもないけれど。成歩堂龍一自身は引き受けるかしら。
 聞くところによれば、かなり荒んだ生活をしているそうじゃないの」
「その情報源は……真宵くんか?」
 曖昧に頷く冥に、御剣は余裕の笑みを見せる。
「それは心配ない。私が何とでも説得して見せよう。
 そうと決まれば詳細を詰めなければならない……が」
 そこで言葉を切った御剣に、冥は首を傾げた。
「どうしたの?」
「いや、君を抱いた後にする話ではなかったと思ったのだ」
 答えを聞いて、冥は吹き出した。

「私はもう20代後半よ。そんなにロマンチストではないわ。
 それに、ピロートークで練った作戦なんて、なかなかお目に掛かれなくてよ」
「しかし、それでは困るのだ。何しろこの話は長くなりそうだからな」
 そう言うと、御剣は冥の体を抱き寄せた。

「レイジ……?」
「この話はメールでも電話でもいい、後にしよう。
 そんなことよりも私は今宵、時間の許す限り何度でも君を抱きたいと思う」
「なっ……!」


 微かな衣擦れの音と供に、二つの影は再び重なった。
 その行為はお互いを想うほど激しく、己の名を強く刻み付けるかのように、果てても果てても飽くことなく繰り返された。
 空に朝の兆しが訪れるその時まで。
 
(おわり)

最終更新:2020年06月09日 17:49