『呪縛』

1、呪縛する者と呪縛される者 (霧人とまこと)

 12歳の絵瀬まことにとって、絵画以外のものをコピーするなんて、初めての依頼だった。
 ……わたしに、上手くできるかな?
 少し不安に思っていると、目の前の"依頼主"は言った。
「あなたの才能は、とても素晴らしい。きっと良いものが出来ます。
 いいものが出来れば、お父様も喜んでくれますよ」
 そして、大きな掌でまことの頭を撫でる。
「あなたは外に出るのが苦手と聞きました。外には怖い魔物がたくさんいますからね。
 そこであなたに、とびきりの"おまじない"を教えて差し上げましょう」
「おまじない?」
 "依頼主"は、まことに綺麗なガラスの瓶を差し出した。
 手の形をモチーフにした、変わった形の瓶だった。
「どうしても外に出なければなかないときは、このマニキュアを爪に塗ると良いでしょう。
 きっと魔物からあなたを守ってくれます」
「本当に?」
「ええ」
 "依頼主"は、まことを腕の中に引き寄せた。
 そしてまことの頭や背中を撫で上げながら、言った。


「大丈夫。大丈夫です。私の"おまじない"の効果は絶対ですからね。
 大丈夫ですよ……」


 その手はまことの心の中にくすぶっている恐怖を溶かしてくれた。
 そして見た。
 彼の左手に浮かぶ、"顔"を。

 ―――ああ、きっとこの掌には天使が宿っている。

 天使が施してくれたおまじないなんだから、きっとよく効くわ。
 このおまじないを教えてもらわなければ、怖い魔物に食べられてしまうところだった。
「ありがとう。わたし、頑張ってやってみるね」
「よろしくお願いします」
 "依頼人"はにっこり微笑むと、最後にもう一度まことの頭を撫でた。


「……ひとつだけ、注意があります。そのおまじないには、続きがある」
「つづき?」
 "依頼人"は、今度は大きな掌でまことの顔を挟んだ。

「今は大丈夫ですが、もう少しあなたが大きくなったら、その瓶だけでは護りきれないのです」
「じゃあ、大きくなったらわたし、どうすればいいの?」
「あなたがもう少し大きくなったら、また別のおまじないをして差し上げましょう。
 私の、この左手だけを覚えていてください。あなたが16歳になったらまたお会いしましょう。
 ―――そのときにあなたが生きていれば、ね」

 まことは、依頼主の要望を完璧な形で実現した。
 まことの父はたいそう喜び、依頼主からきたお礼の手紙をまことに見せてくれた。 
 その手紙にまことの大好きな魔術師の切手が同封されていた。
 ―――きっと、あの人からのお礼だわ。
 まことはそう思い、宝物として、切手を額に飾った。
 

 それから4年後。
 16歳になったまことは、再び、掌に天使を宿す男と再会する。
 初めて会ったときの雰囲気とは違い、巧みにその姿を変えてあったが、掌の天使がその男の正体を証明していた。
 そしてその日、まことは己の身体を、彼に差し出した。
 初めて男性と結合したその部分からは、清らかな血液が細く筋となり流れ出ていた。
 全てが終わった後、男は掌に天使をたたえてこう言った。

「これがおまじないの続きです」


     ****************************


「おまじないの効果は長くは続きません。そのたびに掛けなおさなければならない」
 掌に天使を宿す男はそう言い、それからほぼ一年おきに、二人は密会を重ねた。
 密会の最中、まことはただ、彼に言われるがまま従っていた。
 不思議なことに彼に会っているときの記憶はぼんやりとしか残らない。
 顔や容姿は特に、薄い膜が掛かったように不鮮明で、よく思い出せなかった。
 彼と別れた後、まことはそのことが夢だったのではないかと思う。
 夢の中に天使が出てきて、自分におまじないを掛けなおしてくれたのだ、と。
 しかし、内部に挿し込まれた彼の一部や、掌の天使のことだけは、不思議とはっきり記憶に残っていた。

 夢か夢じゃないか、そんなことはどうでも良かった。
 まことにとって大切なのは、おまじないをかけてもらうこと。
 夢うつつの不思議な時間の中でも、彼女は確かに天使に会い、力を分けてもらった。
 もしかして、この不思議な感覚に陥る事自体、天使の力なのかもしれない。
 

 そう思い、まことは今日も彼に……彼の"掌の天使"に会いに行く。

 ホテルの薄暗い部屋の中で、彼はまことの服を脱がせ、脚を開き、まことでさえ見たこともない彼女の身体の内部に、彼の一部を挿しいれた。
 初めての時ほどではなかったが、何度体験しても、幾拍かの苦痛を伴う。
 その痛みや、身体中を走るおかしな感覚から逃れるために、思わず腰が浮いてしまう。
 しかし、彼はそんなまことを半ば強引に押さえつけ、腰を打ち付けた。
 やっと痛む部分から彼の一部が引き抜かれると、彼は言った。

「仕上げです」

 今までまことの中に入っていた彼の一部が、今度はまことの口の中に侵入してきた。
 まことは彼の指示のとおりに、口の中のものに丁寧に舌を這わせ、吸いあげる。
 立ったままの彼に、まことが膝まづく形でその行為は続けられ、ときおり彼は―――上手ですよ、とまことの所作を褒めた。
 しばらく続けていると、唐突に、まことの口の中に暖かい何かが広がった。

「…………ッ!!」

 苦く痺れるような衝撃が、口の中いっぱいにまことを襲う。
 思わず口元を押さえたまことを、彼は立ったまま見下ろして言った。

「いつも通りです。飲みなさい。それが"おまじない"の続きです」

「………」
 焼け付くような喉の感覚に、まことは首を横に振る。
「おやおや、飲み込まなければおまじないは完成しませんよ。
 大丈夫。それはよく効く"薬"です。良い薬は口に苦い。そして……」 
 まことの顎に、彼の指が掛かった。

「背徳の香りがするものなんですよ」

 そのまま彼は、まことの顔を上に向けた。
 口の中のものが喉に流れ込んでくるのを、まことは必死に耐えた。

「では、私は帰ります。忙しい身なのでね」
 ベッドの上に力なく横たわるまことを尻目に、彼は一人シャワーを浴び、身支度を整えた。
 まことは全身の力が抜け、立ち上がることさえできない。
 苦痛……。
 幾度目かの行為で、ようやく気付いた。これは苦痛なのだと。
 しかし彼は、これがおまじないなのだと言う。


「待ってください……」
 か細い声で呼びかけたまこと、彼は振り向いた。
「何ですか? 用件なら手短に願います」
「一つだけ、お聞きしたいんです」
「いいでしょう。聞きますよ」
 彼の左手に"顔"が浮かんでいた。
 まことはその、掌の顔をじっと見つめる。
 見つめ返すその"顔"が、今日は何故かとても不気味に思えた。


「あなたは、天使なの? それとも本当は……悪魔なのですか?」


 しばらく間を取ってから、彼は答えた。

「あなたは、どちらが良いんですか?」

「え……わたし……?」
「私がもし天使ならあなたは喜び、私がもし悪魔ならあなたは嘆き悲しむのですか?」
「わたしは……」
 すでに出口のドアに手を掛けていた彼は、再びまことのいるベッドサイドに戻った。

「私が天使か悪魔か、それはあなた自身が決めることです」
 
 彼の答えに、まことは酷く戸惑った。
 そんなまことの手を軽く握り、彼は言った。

「私が天使だろうと、悪魔だろうと、変わらない事実が一つある。
 ―――あなたに"おまじない"を掛けられるのは、私しかいない」

 まことの手を握る彼の左手に"顔"が浮かぶ。
 それは天使か、悪魔か……。 
 

 まことの父親が服毒死したのは、それから半年後のことだった。


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2、開放する者 (王泥喜とまこと)


(やっぱり緊張するなぁ……)
 王泥喜法介は、鏡を見ながら髪を撫で付け、ネクタイを直した。
 もう何度この動作を繰り返したか解らない。
 いい加減これを最後にしよう。
 立ち上がった前髪に、乱れの無いことを確認すると、王泥喜はぐっと葉を食いしばった。
(よし!)
 震える指で、目の前の小さなボタンを押す。
 ピンポーン、という電子音が耳に届いた。

(うわ、うわ、押しちまった、押しちまったぞ!!)

 インターフォンを押したのだから鳴るのは当たり前なのだが、聞こえてきた結果に、王泥喜は大いに慌てた。
 そしてドアが開くと、鼓動がさらに跳ね上がる。
「お久しぶりです……弁護士さん」
 ドアの向こうには、華奢で色白の美しい女性……絵瀬まことが立っていた。


 通されたアトリエは、以前調査で訪れた時より片付いていた。
 まことの父が使っていた道具をいくらか処分したようだ。
 絵背土武六殺害事件が解決してから、一ヶ月。
 あの時、法廷で毒によって倒れたまことは、その後半月くらい入院を余儀なくされた。
 しかし、先日無事に退院し、今では自宅で静養をしている。
 最近の彼女はほとんど外出せず、一人で家に閉じこもっていた。
 もちろん贋作の件で警察の聴取を受けることはあったが、その他は誰にも会わず、どこにも行かない。
 たまに王泥喜やみぬき、茜が電話をするものの、その声に覇気は無かった。
 受話器越しに表面上は楽しそうな相槌を打つことはあったが、全体的にどことなく、元気が無い。

 まことの様子を心配したみぬきや茜は、王泥喜に様子を見に行くように促した。
 最初は断っていたが、無理やり背中を押したのは成歩堂の一言。
「いい弁護士なら、アフターフォローも完璧にするべきだ」
 そんなわけで、王泥喜は今日、手土産を持ってまことの家を訪れることとなった。


(……ああ、やっぱ平常心じゃいられないんだよな……)
 まことと向かい合わせにテーブルに着いた王泥喜は、せわしなく頭の後ろを掻いた。
 王泥喜が、まことに特別な感情を抱くようになったのはいつだろう。
 弁護をしている最中は必死だった。
 全てが終わり、"贋作"という自分の罪を背負う決心をしたまことを見ていたら、いつの間にか心惹かれていた。
(成歩堂さん、オレのこんな気持ち知ってて、わざと来させたな……)
 今更ながら成歩堂の策略に気付き、王泥喜は小さく舌打ちした。

「……王泥喜さん……」
 その時、まことがスッと立ち上がり、窓際へ歩み寄った。
 振り返った彼女の顔は、窓から差し込む光で逆光となり、表情が伺えない。

「あの人は"悪魔"だったんですね……」

「え?」
「あの人はわたしに"おまじない"を掛けました。
 あの人のくれたマニキュアが、外にいる魔物からわたしを守ってくれると。
 そしてそのおまじないは、あの人にしか掛けられないと」
「あの人って、牙琉先せ……いや。牙琉霧人ですか?」
 まことは頷くと、ポケットから何かを取り出した。
 逆光でよく見えなかったがそのシルエットには見覚えがある。
 ―――とても不吉な……。
「……っ、それはっ!!」
 人間の手を象った、独特のデザインの小瓶。
 ……まさしく、まことの口に毒を運ぶ橋渡しをした代物だった。
 まことはその瓶を開け、小さな刷毛を指先に当てようとする。
「何してるんですか!」
 王泥喜は思わず彼女に走り寄り、その手から小瓶を叩き落した。

「このおまじないの瓶以外、わたしは何に頼ったらいいの?
 最初は、贋作の罪を背負って、ちゃんと生きていこうと思ってました。
 でも、どうしても、一人で外に出るのが怖い……。そしてアトリエに帰ってきてもお父さんがいない。
 どこにいても、私を守ってくれる人がいないんです」
「まことさん……」
 まことはとうとう顔を覆って泣き出してしまった。
 王泥喜はまことの震える肩にそっと手を置く。
「まことさんには、オレや成歩堂さんや、みぬきちゃんやアカネさん、それに牙琉検事がついてます。
 少なくともオレは、落ち着くまで出来るだけ側にいるようにしますよ」
「……嘘。王泥喜さんみたいな素晴らしい人が、わたしなんかの側にいるわけない」
「何故そんな、自分を卑下するようなことを言うんですか?!」
 
「わたしは"悪魔"に身を売りました」

「……え?」
 まことは顔を覆っていた手を離し、真っ直ぐに王泥喜を見詰めた。

「あの人はわたしの心に"おまじない"という呪縛を施し……。
 わたしの身体にその存在を刻みつけました。―――身体の奥、深いところまで」

「………な、何だって………?」
 まことの言葉に、王泥喜は一瞬耳を疑った。
 言葉の意味を理解すると、唐突に、押さえ切れない怒りが込み上げてくる。
「……あンの……野郎……!!」
 強い怒りの衝動で、その場にあるものを手当たりしだい投げつけてしまいそうだった。
 王泥喜はそれを必死に押しとどめた。

「わたしはこんな女です。傍にいたくなんてないでしょう?」

 肩に置かれた王泥喜の手を、まことは振り払う。
 そのまま彼女は一歩後ろに身を引いた。
「もうここへは来ないで下さい。わたしみたいな女、放っておいて」

「何言ってんだ! 放っておけるか!」

 王泥喜は思わず大声を出していた。
 一歩後退した彼女を抱いて引き寄せる。
「放っておけるわけ、ないじゃないですか。
 何があっても、オレにとってあなたは、この世で一番側にいたい女性です」
「……王泥喜さん……」
「側にいさせてください。……と言うか、あなたが拒否しても、オレはあなたを離せそうにありません」
「王泥喜さん……」
「もっともっとあなたを、側で感じたいです。今すぐ、ここで」
 二人は、いつの間にか瞳を交わしていた。
 王泥喜は彼女の意思を確認するように、背中に回した腕に力を籠める。
 彼女は返事をする代わりに、一つだけ、頷いた。


     ****************************

 アトリエの奥に位置する寝室は、ドアを隔てているものの、絵の具の匂いに包まれていた。
 窓は遮光カーテンで塞がれていたが、僅かに光が入ってくる。
 時折入ってくるその光が、バスタオル一枚のまことの身体を白く浮き立たせた。

 王泥喜はその華奢な身体を抱え、ゆっくりとベッドへ運ぶ。
 そのまま彼女を横たえ、腕の中に閉じ込めた。
「……怖くないですか?」
 王泥喜の問いかけに、まことは平気です、と囁く。
 はにかんだようなその表情を、王泥喜は心から愛しいと思った。
「好きです、まことさん……」
 ありったけの思いでそう言い、唇を重ねた。

 初めは触れるだけの口付けを、何度も。
 ひんやりとしていた唇は次第に熱を帯び、数を数えられなくなる頃にはお互い舌を絡めていた。

 唇が十分に熱くなったのを確かめると、彼女の身体を覆うバスタオルを取り去り、首筋へ。
 まことの細い首筋は驚くほど白く、青白い血管を浮かび上がらせている。
 少し強く吸い付くと紅い花が咲き、肌の白さと見事なコントラストを描いた。
「……綺麗です」
「………んっ」
 耳元で囁くと、まことの口から切ない吐息が漏れる。
 そのまま耳朶に舌を這わすと、吐息が音になって外へ出た。
「あぁっ、そこは……はんっ」
 王泥喜の背中に回された彼女の手に、力が篭った。
 それを感じると、王泥喜の唇は鎖骨を通って、胸元へたどり着く。
 唇のあとを追っていた掌も、追いついて膨らみを撫で上げた。
「んん……王泥喜さ………」
 撫で上げて硬くなった胸の先端を、口に含んで味わう。
 舌で転がすたびに、まことの身体は大きく捩れ、その口からは細い声が漏れた。

 王泥喜に触れられている場所が、溶け出すように熱くなる。
 触れられるだけで背筋が粟立つほどの快感が、まことを襲った。
 押し寄せてくる快楽はまことを追い詰め、息をすることさえも辛くなる。
 辛いはずなのに、何故か、もっと触れて欲しいと思った。

 おまじないの儀式はのときは、早く過ぎ去って欲しいとただそれだけを思っていた。 
 しかし今。
 まことは、男性に抱かれることを、初めて心から嬉しいと感じた。
 身体じゅうに衝動が走り、気を抜けば墜ちる。
 その前にお願い。
 もっと、もっと触れて……。

 
 その願いは口に出さなかったはずなのに、彼の指は彼女の全身をくまなく這う。
 彼の唇は的確に、まことの快感を引き出す。
 丁寧に彼女を探る彼の指がやがてたどり着いた先は、すっかり潤いを湛えていた。
 ひときわ慎重に、そして繊細な動きで、開かれたそこに差し入れられる指。
「ああっ、んん……」
 出し入れされる動きに合わせて、彼女の口から切ない声が漏れる。
 指の動きは淫らな水音を伴い、次第に激しさを増した。
 何度も何度も内部を探られ、そのたびに意識が遠のきそうになる。
 完全に遠のく直前で、指が引き抜かれた。

「…………っ、あっ……」

 指よりも熱い彼の欲望が、彼女の内部に入り込む。
 彼を迎え入れ満たされたそこは、彼女の快感で溢れかえり、粘り気のある音を立てた。

 最深部に到達され、甲高い声と供に身体が仰け反る。
 その身体を抱きとめて、彼は動きを早めた。
 彼女は溺れそうになる。
 襲ってくる衝撃に、どこか遠くへ連れ去られそうな感覚に陥る。
 逃れたいはずなのに、何故か彼女の内部は別の意思を持ち、絡みつくように彼を締め付ける。
 あっという間に追い詰められ、高みに上らされ、このままでは突き落とされてしまいそうだった。
 しかし最後の一押しの前に、彼は彼女を少し引き戻た。焦らす。
 何度も何度も、丁寧に繰り返される行為。

「……あ…ん、王泥喜さん……も、もう……」
 後は声にならず、懇願するように彼の顔を見た。
 彼は彼女を引き寄せ、彼女は全てを任せて彼にしがみつく。

「ああぁっ……ッん……」

 ひときわ高い声が彼女の口から漏れた。
 同時に彼も、全ての抑制を彼女の中に解き放った。
 

     ****************************

 

 バスタブの湯が勢いよく縁から溢れていく。
 どうやら二人で入るのには少し狭かったようだ。
 王泥喜は両脚の間にまことを挟み、抱えるような格好で湯船に浸かっていた。

「……あの、まことさん……」
「何でしょうか」
 まことの頬はほんのりと上気して、とても美しかった。
 微笑と供に顔を覗きこまれ、王泥喜の心拍数が跳ね上がる。

「いえ……その……」
 しどろもどろになっている王泥喜を見て、まことは笑った。
「王泥喜さん、わたし、外に出られるようになるでしょうか」
「なりますよ。徐々に慣らしていきましょう。大丈夫です!」
 王泥喜はまことを胸に引き寄せ、その身体を軽く撫でながら言った。


「大丈夫! 大丈夫!! オレがついてますから。
 王泥喜法介は大丈夫です!!」


「王泥喜さん……」
 まことは思い出した。
 かつて、今と同じように、大丈夫と言いながら自分を撫でてくれた掌を。
 
 今、自分を抱きしめて、撫でてくれている左手はその時より小さい。
 そして絶大な力を持つ"顔"も浮かんでこない。

 しかし、その左手は温かくてとても優しい。
 ……何よりも、彼の左手は、いつも揺るがない真実を指し示す。


「側にいて欲しいときはいつでも呼んでください。駆けつけますからね」
 王泥喜はそう言って胸を叩いて見せた。
 まことは彼の身体にもたれながら、彼の顔を見上げて言った。

「一生側にいてくださいって言っても、駆けつけてくれますか?」

「………!!」
 王泥喜は一瞬ポカンとし、次に耳まで真っ赤になる。
 そんな彼の様子を見て微笑みながら、まことは思った。


 ―――ああきっと、わたしはもう大丈夫。
 "天使"よりも"悪魔"よりも、100倍頼もしい"弁護士さん"が、側にいてくれるから。


(終わり)  

最終更新:2020年06月09日 17:49