成歩堂×千尋⑥

<あの路線に痴漢が多いのは前からだし、もうすぐ降りるからってずっと我慢してたんですけど…
そしたらパ、パンティの中に指が入ってきたんですぅ。声出そうとしたけど…怖くて…(ここで生高、
泣き崩れる)>


「どう思う?」
 千尋さんはさっきから手の中の自筆のメモとにらめっこだ。
 今日の法廷での被害者の証言がそこには書いてある。もっぱら殺人弁護が中心の
綾里法律事務所で、<被害者の証言>を検討しなくてはならない――つまり、被害者が
生きている――事件は珍しかった。そのせいか今回は流石の千尋さんも苦戦しているようだ。
 被害者が泣き崩れてそれ以上の尋問が不可能になり、審理は明日に持ち越されたが、
このままでは明日の苦戦は目に見えている。法曹界の鬼と言われる千尋さんに勝訴できそうだと
いう事で、検察の皆さんはすでに明日の祝勝会の宴会場の予約をしているとかいないとか。

 今回の事件はよくある話。<公共車輌内における強制猥褻>、つまりは痴漢、だ。
 事件が起こったのは九月一日、夏休みが明けたばかりの混雑した上り電車内での事だった。
被告人の更利満(さらり みつる)がいつもの駅で降りようとした所、被害者である生高乙女
(なまたか おとめ)が、近くにいた男性に泣きながら訴えた。「あの人、痴漢ですぅ」と。
たまたまその男性は、今時珍しい感心な正義漢だった。かわいそうに更利は力づくでねじ伏せられて、
訳の判らないまま衆人環視の中を駅長室まで引っ張って行かれたそうだ。でもって、弁解の余地も
ないまま、逮捕、起訴。
 怖いよなあ。僕も電車に乗る時には気を付けないと。この間千尋さんがレイプ事件の
新聞記事読みながら「今の世の中、女ってだけで危険ね」なんて呟いていたけど、男だって
危険がいっぱいだ。
「えーと、冤罪だと思います」
 千尋さんの質問に、僕は真面目な顔で答えた。
 と、千尋さんの手が伸びて、メモで頭を軽くはたかれる。はずみでメモの間に挟んで
あった事件の証拠写真が数枚、ヒラヒラと床に落ちた。たまたま逮捕当時の現場に
居合わせた焦げたわたあめ頭の女性が、これまたたまたま持っていたカメラで
好奇心本位で撮影した写真だそうだ。
「そんな事は判ってるの。でなければ弁護なんて引き受けていないわ。私が
聞いてるのは、どうすればこの冤罪を冤罪と証明できるかよ」
 千尋さんが更利を無罪だと確信しているのには理由がある。被害者の生高は、
この四ヶ月で五回も同じような事件の被害者として証言台に立っているのだ。そう、
五回。いくら痴漢の多い電車だからと言って、一人の女子高生が事件に
巻き込まれる数としては多すぎる。裏に何かあるという千尋さんの読みは正しいと思う。

僕は床に落ちた写真を拾い上げた。写っているのは、ベージュのブレザーに同系色の
チェックのスカート、黒のストッキングと革靴という夏なのに暑そうな制服に身を包み、
泣きながら電車から降りてくる女の子。生高だ。
 取り立てて美人という訳でも、色気がある訳でもない。何の変哲も無い女の子。太ももが
見えるくらいの短いスカートを履いているとはいっても、とても車輌内の痴漢を一身に
集めるとは思えないような……。
 僕は顔を上げた。自然と千尋さんに目が行った。
 千尋さんは屈みこんで、僕と一緒に床に落ちた写真を拾い集めていた所だった。
「うわ」
 思わず声を上げてしまう。
 屈みこんだ千尋さんの胸の谷間が、くっきりと僕から見える位置にあった。ストイックな
雰囲気の黒のスーツにおさまりきらない見事な胸。おまけにしゃがんでいるせいで、
ふ、太ももも、かなり僕の目を楽しませてくれる事態になっている。
 千尋さんが僕を見た。
「何か気づいた事でも?」
「い、いえ!何でもないです!」
 千尋さんなら、四ヶ月で二十回痴漢に遭ったと言われても僕は信じるな、と思いながら慌てて
ごまかし笑いをした。拾い集めた写真を千尋さんに返す。
 千尋さんは髪の毛を指先でかきあげながら、溜息をついて立ち上がった。
「考えててもしょうがないわね。なるほどくん、協力して」
「何を?」
「ロールプレイング」
「ゲームですか?」
「馬鹿ね」
 言いながら、千尋さんはデスクの上から薄いファイルを取り上げた。今回の事件のあらましを
まとめてあるファイルだ。
 そのファイルをぱらぱらとめくりながら、
「現場の状況を再現して、それを証言と照らし合わせていくの。他に方法も思いつかないから」
「はあ…」
 僕はまだ状況を理解できなくて突っ立っていた。
 千尋さんはファイルを歯切れよく読みあげた。
「『私はその時ドアの近くの手すりの所に立っていたんですぅ』。…ドアと座席で直角に
なっている位置ね。ふむ」
 千尋さんは部屋の角へスタスタと歩いていく。突っ立っている僕に気づくと目で、
どうしたの、早くいらっしゃい、という表情をしたので、後について行った。
 部屋の角に、壁を正面にして千尋さんは体をあずける。ちょうど電車の手すりに
つかまって、座席の横棒によりかかるような体勢で。
 なるほど、この所長室を電車の中に見立てようって事か。
 千尋さんは被害者の生高役を演じる訳だ。うん。で、僕が…………え?
「え、ええええ!?」
「何て大声出してるのよ」
 千尋さんは顔をしかめて僕を見上げてくる。
「だってそんな、まずいですって!ぼ、ぼ、僕が千尋さんを、ち、ちか…っ」
「本当にやれとは言ってないでしょ!ふりだけすればいいの。状況確認なんだから」
 あ、なんだ。
 本当にやれって言ってほしかったなあ。リアリティって大事だよな。

「位置関係は、生高の後ろに更利さんが立っていた、と。まずは制服の上から胸を触られた
って言ってるわね。なるほどくん」
 うながされたので、僕は後ろから手を伸ばし、千尋さんの胸を触る真似をした。服の上から
数センチだけ手を浮かせて、まさぐる仕草をする。
 実際に触っていないとはいえ、これはかなり、くるものがあるシチュエーションだった。
何せ体勢としては、壁の片隅に千尋さんを押し付けているような状態な訳で。触れてないとは
言えあと数センチ、体を寄せれば千尋さんと密着できる訳で。おまけに千尋さんの髪や体から、
シャンプーだかコロンだかのやたら良い香りがする訳で。
「で、生高は体をひねってそれをかわした、と」
 千尋さんが僕と壁との間の狭いスペースで身をよじった。自然、体と体が軽く触れる。
 か、勘弁してくれえ…。
「すると、『右手で肩をつかまれて、体の角度が変えられなくなっちゃって、そしたら
左手ですっごく強く胸をつかまれたんですぅ』…ですって」
「は、はい」
 千尋さんの右肩を軽くつかみ、左手を体の前に回した。
「それから…『私の耳元で小さな声で」
 千尋さんがファイルをめくろうと腕を動かした拍子に、僕の左の手のひらが
千尋さんの胸の先端に軽く触れてしまった。
 あっ、と思うが、千尋さんは何事もなかったように続きを読み上げた。
「動くんじゃねえ、と私を脅したんですぅ』」
「う、動くんじゃねえ」
 かちこちの棒読みでそう言ったら、千尋さんに吹き出された。たった今の事は
気にしていない様子だ。
 僕は気にしないどころじゃない。手に残ったやわらかい感触が、じんじんと痺れて存在感を
主張している。弾力と張りのある、あたたかい千尋さんの胸。この手であのたっぷりとした胸を
わしづかみにしたい。触れるふりだけなんて耐えられない。
「『そしたら右肩の手が、今度はお尻の方に伸びてきて、後ろからお尻をさわられたんですぅ』。
…この子、何を考えてこんな馬鹿っぽい口調を選んでるのかしら」
 千尋さんは首を傾げたが、僕はそれ所じゃない。荒くなりそうな息を抑えるのに精一杯だ。
 千尋さんと僕との数センチの隙間に、二人の体温であっためられた熱い空気がある。その空気が
僕にじっとりと嫌な汗をかかせていた。
 それでも何とか千尋さんの右肩に置いた手を外し、その手を下に伸ばした。早くこの生殺しが
終わってくれと思いながら。ところが興奮のあまり焦った手が、今度はニアミスではなく、
もろに千尋さんのお尻にぶつかってしまう。
 手の甲に伝わる、引き締まったヒップの感触。
 だめだ。
 もう我慢できない。

「きゃっ!?なるほどくん!」
 僕は右の手のひらでぐっと千尋さんのヒップを鷲掴みにした。同時に、胸をつかんでいるふりを
していた左手も、<ふり>をやめる事にする。右と左、両手で違う箇所の豊かな肉を激しく揉み
しだきながら、
「千尋さん!やっぱり、<ふり>だけでは真実にはたどり着けないと思うんです!今僕達が
真実に近づく為には出来る限り証言に近い状況を作らなくては!それが真実を追究する弁護士
としてあるべき態度じゃないでしょうか!」
 我ながら何を言っているか判らない科白だったが、勢いで言い切った。
「あっ、な、なるほどく、ちょっ、あん、もう!」
 一瞬、動揺したように見えた千尋さんだが、コツンと目の前の壁におでこを押し付けると、
なだめるように僕にこう言った。
「…電車の、中で、そんなふうに激しく触ってたら、周りの乗客にすぐ気づかれてるはずでしょっ!」
 ごもっとも。
 ところでこの科白、『出来る限り証言に近い状況を作る』という僕の提案に乗ってくれると
取っていいんだよな?
 指摘の通りに、さっきより控えめに胸と尻をまさぐりながら、千尋さんにたずねた。
「で……次はどうなったって言ってます?」
「んんっ…被害者、は……肩の手が離れたから、ぁ…また体の角度を変えようとしたけど……」
 千尋さんが体をひねって僕の責めから逃れようとする。
「……体ごと押し付けてきて、逃げられないようにした、ですか?」
 僕は千尋さんを壁に押し付けて抵抗を封じた。
「……。よくわかってるじゃない」
「状況がリアリティありすぎて、痴漢の気持ちが今激しく判ります」
「証明するのは冤罪事件なのよ?それにそんなとこまで痴漢の気持ちになりきらないでちょうだい!」
 千尋さんが壁におでこを押し付けたまま、強い口調で僕を叱った。「そんなとこ」がどこなのか、
指摘されて初めて気づく。僕の硬くなったその箇所が、千尋さんを体ごと壁に押し付けた事で、
千尋さんのお尻にぴったりと密着しているのだ。
「すいません。男の生理現象なもんで」
「もうっ…」
 呆れたような、困り果てたような口調。こんな千尋さんは初めて見る。

「続きしましょう。次はどうしたんでしたっけ?」
「……スカートの中に、手が入ってきて……」
「はいはい」
 千尋さんの下半身をぴっちりと覆うタイトスカートの中に手をしのばせる。太ももと太ももの
間の狭い隙間に手を挟みこませ、指先を敏感な部分に伸ばした。
「っ…!」
 ひくり。
 千尋さんの肩が震える。
 ストッキングとパンティの布地越しに、突起に指をすべらせた。
「っ、ぁ、…くぅっ…んッ」
 噛みしめた唇から微かに、声を伴った吐息が漏れる。
 僕は気をよくして、親指をのぞく四本の指でそこをまさぐりながら、
「駄目ですよ、千尋さん。ここは<電車の中>なんですから、あまり大きな声を出さないで下さい」
「は、ぁあ…お、覚えていらっしゃい、なるほどくん!後がひどいわよッ…ふ、…ッあ!うぅ」
 こんな楽しい経験、忘れられそうにない。ハッキリ言って嵌りそうだ。

 パンティの布地が濡れてきているのがわかる。千尋さんが欲情してるんだ。割れ目だと思われる
所にぐっと指を押し付けると、大きな反応が返ってきた。ここぞとばかりに千尋さんの豊かな胸を、
片方の手でむにむにと揉みしだく。
「あぁっ…ダ、ダメ……ナルホ…あんっ…」
 千尋さんは目を閉じて唇を噛む。快楽をこらえようとしているらしい。
 こんな時にでも千尋さんの理性とプライドは強固だった。そこで僕はさらに囁きかけた。
「これからどうなるかは覚えてますよね、千尋さん」
「…や、やめなさい」
 そう、生高の証言によると、彼女はパンティの中に指まで入れられてしまったのだ。それが今日の
法廷の最後の証言だったので僕の記憶にも残っていた。
 千尋さんが腿をすり合わせて僕の手を押さえつけようとするが、僕はかまわずストッキングの
縫い目に軽く爪をかけた。そのままピッとストッキングを破り、パンティへと指を侵入させていく。
それにつれ、ピーッと高く微かな音がして、千尋さんのストッキングは太ももの内側から膝にかけて
ゆっくりと破けていった。
「ナルホドく…ぁああ…ダメぇ…ッ」
 千尋さんのパンティの中は熱い液体で濡れそぼっていた。
 粘液をまとわりつかせた指を、そのまま千尋さんの膣の中に入れる。熱くて狭いそこは、僕の指を
締め付けて、この無遠慮な侵入を悦んだ。
「あっ…うぅ、んんんーっ…。ダ、ダメ…ぇ…いい加減にしなさ、ん、ああっ!」
 指でぐちょぐちょとかき回す。僕を叱る千尋さんの声には、いつもの迫力は欠片もない。
 指に絡み付いてくる襞の感触がたまらない。別のものもここで包んでほしくなる。
 僕は胸をつかんでいた手を離し、よがる千尋さんの耳に声を吹き込んだ。
「千尋さん…自分ばっかりじゃなくて、僕の事も気持ち良くして下さいね」
 あいた手でジッパーを引き下ろし、ギンギンに張り詰めた僕のモノを取り出す。天を向いた
それを千尋さんの尻の割れ目にこすりつけると、千尋さんもこすりつけられたものの正体に
すぐ思い当たったらしい。
「ちょっ…それはダメ!ちょっと待ぁぁあああんッ!!」
 腰をくねらせて逃れようとした千尋さんを押さえつけて、しっかりと後ろから刺し貫く。
きゅうぅぅ…と締め付けてくるそこに早くも精を搾り取られそうになる。こみ上げてくる
射精感をしばらくなだめようと、千尋さんに自分をおさめおわった僕は長く息をついた。
「ふぅ…。すごく…イイです…千尋さんの膣……」
「ん、な、なんてことを…は、はや、早く抜いて…なる、ほどくん…」
「どうしてですか?千尋さんこんなに悦んでるのに」
 ずちゅ…と腰を揺らして、千尋さんの中をこすると彼女は体を弓なりにそらせて派手な声を上げた。
 そのまま隙を与えず、二度、三度と突き上げる。
「ぁはぁああん…やっ…は、はぁ、はぅっん……ぅう、んっ…んっ、んっ、んっ」
 突くたびに千尋さんが声を抑えようと、必死で息を飲み込もうとしているのが重ねている
体から伝わってくる。
 体を支えようとして千尋さんが目の前の壁に両手をついたので、僕は腰だけを引き寄せて
さらに激しく後ろから千尋さんを責めたてた。
「はぁ…はぁ…、千尋さん…最高です…すごく気持ちいい…」
「やあ…んあっ、んっう、ふ、…くぅ…は、はァ、……ああぁ!」 
 千尋さんの腰をつかんで、縦横無尽に熱い肉に昂ぶりを幾度も幾度も突き立てた。二人の
分泌する液体が混ざり合い、卑猥な音を立てて本能を刺激する。千尋さんの中はぴくぴくと
微かだがハッキリと痙攣しはじめ、僕の精液を奥へと導く用意を始めた。
「出しますよ、千尋さんッッッ」
「んぁ…あ、ぁ、なるほ、どく、…ぅぅぅんッ…あ………!    …っ!!!!」
 びくんっ、と千尋さんの体全体が震えるとともに、僕の分身は勢いよく精を吐き出していた。
腰がとろけそうな強烈な快感。びゅくん、びゅくっ…と千尋さんの膣に注ぎ込む脈動は、
いつになっても終わらないのかと思うほど長かった。

「…全く、何て事をしてくれたのよ」
 千尋さんは乱れた髪と着衣を整えながら、ぶつぶつと僕に文句を言っている。
 僕はと言えば、事務所の床にこぼれた千尋さんと僕の激しいセックスの結果を、雑巾で
拭かされていた。我ながら大それた事をしたもんだ。性欲の土壇場に立った自分が、
あんなに押しが強いなんて今まで知らなかったぞ。
「すみません…」
 僕は取り合えず謝った。
「中にまで出してくれちゃって…万が一の事があったらどうするのよ。私まだ子供は
いらないのに」
「ホントすいません」
 千尋さんは不機嫌な顔のまま、ビリビリに破れた上に愛液や精液でベトベトになった
パンティストッキングを気持ち悪そうに脱いでいた。と、不意に千尋さんの動きが止まる。
「…あら?」
「どうしました?」
「なるほどくん。さっきの写真。生高の。見せて」
 僕は床に落ちていた一枚を拾い上げると、千尋さんに渡した。
 千尋さんはそれをじっと見つめて、何やら得心した顔になった。
「やっぱり」
「え?何がですか?」
「なるほどくんが私の下着に指を入れたせいで、私のストッキングは盛大に穴があいちゃったでしょ」
「…すいません」
「ところがよ。同じようにパンティに指を入れられたはずのこの子のストッキングを見て」
 僕はその写真を手に取った。
 ブレザーの制服に黒ストッキングと革靴の生高。太ももまで見えるミニスカートから
伸びる黒ストッキングの足には、たしかに破れた後のひとつもない――。
「本当だ…」
 千尋さんは口元に指を当て、不敵な笑みを浮かべた。
「これは<ムジュン>よ。あの混雑した電車の中で、ストッキングの腰の部分から手を
入れられるはずはない。生高はやっぱり嘘をついていた。嘘は必ず、次の嘘を生み出すわ。
明日の法廷はこれで生高を追い詰められるはず」
 そう言った千尋さんは、もう凛々しい弁護士の顔になっていた。
 明日の裁判の戦略をさっそく頭の中で練り始めている表情だ。
 さっきまで僕の体の下で淫らに喘いでいた姿の片鱗さえもうそこには見つけられなかった。
ほんの少し、淋しい気がした。でもそんな千尋さんだからこそ、僕は好きなんだよなあ、
などと思った。



 さて、ここからは後日談となる。
 裁判の結果は、見事に千尋さんの逆転勝訴。生高はやはり嘘をついて更利に罪を
被せていたのだった。
 夏休み中に車内で携帯電話で大声で話していたのを更利に注意された生高が、
それを逆恨みして仕組んだ冤罪劇だったらしい。
 生高はこれまでも「ムカつく」大人の男性を痴漢呼ばわりして、腹いせをしていた
事を認めた。「ムカつく」理由は、電車で背中にオジサンの鞄があたって痛かった、
などと言う些細なものばかりだったが。勿論それで五人ものおじさんが刑務所に
送られたのだから、些細では話は済まない。
 今回の裁判で決め手となったのが、やはりあのパンティストッキングの穴の件だった。
「どうして生高はあんなすぐばれる証言をしたんでしょうね」
 千尋さんに聞くと、
「彼女が他人を痴漢呼ばわりする常連だったのが落とし穴になったのよ。『パンティに
指を入れられた』というのが、今まで彼女が使っていた定番の決まり文句だったから、
今回もうっかりそれを使ってしまったのね。それで矛盾が生じることは今までなかった。
彼女は過去五回のニセ痴漢事件ではパンティストッキングではなくて靴下をはいていたから」
「なんでわかるんですか、そんな事」
「発想を逆転しなさい。今まで靴下を履いていたことを証明するより、今回に限って
ストッキングをはいていた理由を考えればすぐわかるはずよ」
「…」
 二十秒ほど考えたが、わからなかった。
 呆けた目で救いを求めた僕に千尋さんはあきれた顔をして、
「今回の事件の起きた日付よ。…始業式」
「え?」
「一部の学校では、終業式や始業式、卒業式などの式典の日に限って、制服には靴下でなくて
黒ストッキングをはく規定があるの。この日は始業式だったでしょ。だから生高は
ストッキングをはいていた。にも関わらず、それを忘れて、いつもの<指を入れられた>証言を
してしまった。それが致命的な矛盾だったのよ」
「なるほど」
 僕は大きくうなずいた後、ある種の期待を込めて、千尋さんにこう言った。
「痴漢の<ふり>だけじゃ、辿り着けない結論でしたね。実演してみて良かったですね」
 千尋さんは面食らったような顔で僕を見ると、世にも情けないような呆れた顔をして
溜め息をついた。
 …そしてそのまま、数時間も口をきいてくれなかった。


 ――綾里法律事務所が、二度と性犯罪系の弁護を請け負わなかったのは言うまでもない。


                      終





あとがき
終わりです。
長々とお目汚し失礼しました。拙SSでも即死回避にはなりましたかね?
最終更新:2006年12月13日 07:59