「御剣検事、おかしいッス」

仕事始めの日に、糸鋸刑事が狩魔冥のオフィスに来て、そう訴えた。
「自分の話をぼーっと上の空で聞いていたかと思えば、急にカリカリ怒り出すッス。報告したことを忘れていたり、去年の事件を忘れてたり、あんなの御剣検事じゃないッス」
狩魔冥は口にくわえていた万年筆のキャップを外して、きゅっと閉めた。
「で?その“ニセモノ”の御剣怜侍の正体は?」
糸鋸は顔をしかめて髪をかきむしる。
「ほんとに御剣検事が別人だと言っているわけではないッス、別人のようだと言っているッス!」
「……わかってるわよ。私にどうしろっていうの?」
糸鋸が冥のデスクに両手を付いて身を乗り出し、冥が眉をひそめて体を引いた。
顔が近い。
「話を聞いてほしいッス!きっと、なにか悩み事でもあるッス!!」
「…自分で聞きなさいよ」
聞いたって、言わないかもしれないけど。
「御剣検事はプライドが高いッスからね、一緒に捜査をする自分には弱みを見せたがらないッス。その点、狩魔検事なら大丈夫ッス」
人に押し付けてるだけではないの。
「あ、面倒くさいと思ってるッスね?」
万年筆のサインが乾いたのを確認して、朱肉をつけた判を押した冥が軽く肩をすくめる。
「思ってるけど」
「お願いするッス!もう自分、狩魔検事しかお願いする人がいないッス!!」
手を振って、デスク越しに噛み付いてきそうな糸鋸を制し、冥は仕方なさそうにため息をついてみせた。
「仕方ないわね」

だいたい、あのバカがバカな理由でバカに落ち込んでるなんてバカバカしい事態に、なぜ私がバカみたいにのこのこと出かけていかなくちゃならないのよ。
ブツブツ言いながら、それでも少し楽しげに、狩魔冥は御剣怜侍のオフィスのドアをやや乱暴にノックした。
「どうぞ」
ドアを開けると、デスクの向こうで御剣が驚いたように顔を上げた。
この時間に訪ねると言ってあったのに、忘れていたようだ。
これでは糸鋸が泣きついてくるはずだ。
「ああ、もうそんな時間か。で、なんの用なのだ、め…、狩魔検事」
「そのボケぶりじゃ、ヒゲが慌てるのも無理はないわね」
いきなり、冥のふるった鞭が御剣の鼻先をかすめた。
「な、なにをする!」

「テレビの録画に失敗したくらいで、放心してるんじゃないわよこのバカ!!!」


「キミにはわからんのだ。トノサマン正月スペシャルは、なかなか再放送されないのだ!」
「わかるわけないじゃない、くだらない」
すっかりふてくされた御剣の頭を、冥が上からポンポンと叩く。
髪形を乱された御剣がちょっと神経質そうに前髪を直したのが気に入らず、冥がまたかき乱す。
「…どれだけ楽しみにしていたのよ」
「帰ったら見ようと思って、年始回りを大急ぎで」
「あーもう。むくれないの」
「むくれてなどいない」
そう言いながら、完全にむくれている御剣を見て、冥は思わずぷっと噴き出した。
まったく、人が見たらまたヒゲみたいに慌てるにちがいない。
恐らく、私だけが知っている。
トノサマンの録画に失敗して、仕事も上の空になるような、御剣怜侍の一面を。
御剣は、椅子に埋もれるようにしてさっきからマウスでパソコンの同じ画面をスクロールしている。
その襟元のヒラヒラを一枚引っ張って自分の方を向かせてから、冥は御剣に人差し指を突きつけた。
「部下に心配をかけない程度になさい、御剣怜侍。どうしてもあきらめ切れなかったら、私が録画した分をコピーしてあげるから」
御剣が、がばっと体を起こした。
「録画したのか?!」
もっとも効果的に切り札を切ったことに満足して、冥がふっと笑った。
「あなたが年末から騒いでたもの。どうせ、3回に1回は予約録画を失敗するんだから」
むう、と御剣がうめいた。

あわただしいほど、大急ぎで仕事を片付けた御剣に引きずられるように部屋へ帰った冥は、不満そうにトノサマンの録画をコピーする準備をした。
「あ。DVDの予備がないわ」
リモコンを握り締めていた御剣が、がっくり肩を落とした。
「じゃあ、とりあえずここで見ていく」
「はあ?!ここで2時間もあるトノサマンのスペシャル番組を見て行くって言うの?!」
「いけないか?」
「私は見たくないわよ、迷惑よ」
テレビの前から戻ってきた冥が、御剣からリモコンを取り上げると、いきなり御剣が冥の腰を抱き寄せた。
「では、心の隙間を埋めてくれ」
パシっとその手を叩く。
「都合のいいときだけなに言ってるのよ」
「せっかく、時間も早いし。テレビも見てはいけないのだろう?」
「……えっち」
「知らなかったのか?」
冥の脚の間に膝を入れるように抱きかかえて、胸のリボンを解く。
「知って、るけど」
冥のつぶやきは、御剣の唇でふさがれた。
手がブラウスのボタンを外して滑り込み、なめらかな肌を撫でた。
「ちょっと、本気?」
「もちろん」
するすると服を脱がせる御剣の腕を押さえて、冥が体をよじった。
「わかったわよ、見てもいいわよ、トノサマン」
冥が拾い上げたリモコンを、御剣が取り上げた。
「もう、遅い」
「あんっ」
乳房の頂に口付けられて、冥が声を上げた。
「トノサマンは、サムライなのだ。日本の伝統を守る必要がある」
「なに言ってるのよ、バカじゃないの」
御剣は、ひょいと冥を抱き上げた。

「姫始めといこうではないか」

むにゅ。

「かがみもち」
「バカバカバカバカ!!」
両手で胸をつかまれて、冥は叫んだ。
「うむ、上のダイダイが小さい」
「……ヘンタイ!」
ベッドの上で全裸に剥かれた冥が、顔を真っ赤にして抵抗した。
「良いではないか良いではないか」
むにゅむにゅと乳房を揉みながら御剣が笑った。
「ちょ、ちょっと御剣怜侍!キャラが違うんだけど?!」
「私は今、アクダイカーンなのだ。なんせトノサマン正月スペシャルを寸止めされて欲求不満なのでな」
両手で寄せた胸の谷間に顔をうずめて、御剣はふっふっふと笑う。
「知っているか?アクダイカーンには、エチゴヤーンという部下がいるのだ」
「しっ、知らないわよ、どこ触ってるのよ!」
「アクダイカーンには、触ってはいけない場所などないのだ」
膝の裏に手を入れて脚を開かせながら、そこを指でなぞる。
「なりきるのやめなさいよっ、この特撮オタク!!」
「まだそんなことを言うか」
片手で乳房の弾力を楽しみながら、もう片方の手のひら全体で秘部を揺らすように刺激する。
そのまま冥の唇に、まるで食べてしまうかのように口付けた。
「ん、んっ」
手のひらで撫で回していたそこに、割れ目に沿って指を入れると、わずかに潤ってきている。
「…なんだこれは?おぬしも悪よのう」
「そのキャラ、やめなさいっ!!」
中をゆっくりかき回されながら、冥が最後の抵抗のように御剣の胸板を両手で叩く。
「アクダイカーンは嫌いか?」
「そういう問題じゃ、あんっ」
弱点を知りつくしたアクダイカーンこと御剣怜侍に組み敷かれて、冥は背を反らして身悶えた。
冥の呼吸が乱れ始めると、体温の上昇と秘部の潤いを確かめてから御剣は体を起こした。

「必殺・『トノサマンスピアー』!」

トノサマンの最強の武器がそこにそそり立っていた。


「……バカバカバカ!!なんでアクダイカーンにそんなものがあるのよっ!」
「君がイヤだというからキャラを変えたのだ。では、くらえ、トノサマンスピアー!」
ぬっぷり、と武器が差し込まれる。
「バカァァァ!!」
一瞬冷めかけたところに、強い刺激が加えられて冥はまた体をひくつかせた。
大きく腰を回すと、なまめかしい声が漏れた。
「は、ああん、ああ」
「『トノサマンダイナミックハリケーン』だ!」
「い、いいかげんに、あんっ」
腰を使う速度が上がる。
「あっ、あんっ」
「いくぞ、『トノサマン御乱心大乱舞』っ、くっ!」
「そ、そんなの、いやあぁぁぁっ」
あまりにも不本意な設定で快感の絶頂に押し上げられて、冥はぐったりと動けなくなった。
「……冥?」
動かないままの冥のあちこちを拭いてやりながら、御剣が恐る恐る声をかけた。
「その、やはり、怒っただろうか?」
ぷい、と寝返りを打って御剣に向けた背中が小刻みに震えていた。
「冥、大丈夫か?!」
肩に手をかけて仰向けにさせると、腕で顔を隠した冥が笑っていた。
「ん?」
くすくすとしばらく笑い続けて、それから我慢できないというように体を折ってひとしきり笑った。
「んふ、んふふ、ふふふ。んふふ、ば、バッカみたい」
「め、冥、どうした?」
「あー、バカらしい。なにが『トノサマンスピアー』よ、『ダイナミックハリケーン』よ?検事局エースの上級検事ともあろう人が、バカバカしいったら」
あっけにとられたようにそれを見ていた御剣が、笑い転げる冥の顔の両側に手をついた。
「なにをいう、その『トノサマンダイナミックハリケーン』でよがっていたではないか」
「それは、んっ」
少し長い口付けで、冥の言葉をさえぎる。
余韻が残っているうちに深く口付けられて、冥がうっとりとした表情になったところで、御剣はふとした疑問を口にした。
「ところで、君はトノサマンを見たことがあるのか?必殺技を知っているようだが」
「みっ、見るわけないわ、あんな子供番組!あなたが言ったんじゃない、『トノサマンオオオクタイフーン』!」
御剣が、ニヤリと笑った。
「異議あり。私が言ったのは『トノサマンダイナミックハリケーン』だ。なぜ、トノサマンを見たことのない君が、『オオオクタイフーン』なんていう必殺技を知っているのか?」
「……!」
「語るに落ちたな、エチゴヤーン!!」
がばっ、と御剣が冥に覆いかぶさる。
冥の叫び声が、寝室に響いた。

「あーれーーーーーーっ!!」

最終更新:2020年06月09日 17:21