エロ無しバレンタインネタ

 

「うわあ……これ全部、お前が貰ったのか?」
御剣怜侍の執務室に遊びに来た成歩堂たちが、部屋に入るなり奇声を上げた。

まだバレンタインの数日前だというのに、あちこちにチョコレートの包みが山積みにされていた。
若き天才検事・御剣怜侍。彼の勇姿に心奪われる法廷マニアは多く、この時期には全国からチョコが届くのだという。
それにしても、この量は……まるでアイドル並みだ。
一体バレンタイン当日には、どんな状態になっているのか。
もっとも当の御剣本人は、「そのようなアレは、困る」とでも言いたげな顔をするばかりなのだが。

「はぁ~、すごいですねえ……」
「きっと1個くらい、黙って持って帰ってもバレないよ」
横では真宵と春美が、大胆不敵な会話をしている。
「真宵ちゃん、春美ちゃんに悪い事教えないの」
「ジョーダンが通じないなあ、なるほどくんは。でも、凄いよねえ。うちの事務所とは大違いだねえ」
「チョコは量より愛です!真宵さまも、ばれんたいんでーにはなるほどくんに愛情たっぷりの……」

二人の微笑ましいやりとりは続く。
成歩堂としては、これだけのチョコを貰えるというのは、正直、ちょっと羨ましかった。
「お前、昔からモテたからな。……これから、狩魔検事にも貰うんだろう?」
「冥さんのチョコ!きっと、超高級な奴だよ。いいなあ。食べたいなあ~」

「……いや。それが、冥からは一度も貰った事がない」
御剣が、困ったように口を開いた。
「ええ!?」
「意外だな……」
「かるま検事さん……イジワルしてるのでしょうか?」
「い、いや、そういうわけでは無いのだが……むしろ、意地悪をしてしまったのは私の方か、な」
「??」
「うム、一度だけ……あった。あれは私がまだ、師匠の元で暮らしていた頃だ」

そう言うと、御剣はぽつりぽつりと、昔の事を語り始めた。


確か、私はまだ中学生だったと思う。
学校から帰って、狩魔の屋敷に入ると、ほんのりと甘い香りが漂っていたのを覚えている。
この頃、冥はたまたま日本にいた。そして、あの時は何故か、玄関まで私を出迎えに来たのだ。
後ろ手に、何かを隠し持って。
「レイジ、おかえりなさい」
いつもよりも妙に素直な、その様子が可愛らしくて。
私は冥を喜ばそうと、両手に下げた大きな紙袋を掲げて見せた。
そして……こう言った。
「メイ。今日は学校で、バレンタインのチョコを嫌というほど貰ってしまったのだ。
一人では、食べきれなくて困っていたのだ。一緒に食べないか?」

その後が大変だった。冥は急に涙目になって走り出し、自分の部屋に閉じこもってしまった。
彼女の母親から聞いたのだが、どうやら、私のために手作りチョコを、
それも、かなり気合いを入れて用意していたらしい。

もちろん、私はすぐに謝りに行ったのだが……時は既に遅かった。
部屋のドアが開いて、姿を見せた彼女の口元には、トリュフチョコの茶色い粉が。

「……チョコレート?そんなもの、しらないわ……」


「それ以来、冥からは一度も貰っていない」
「……」
「……」
「……御剣。お前、わざとじゃないとはいえ……いたいけな乙女心に相当な傷を残したぞ?」
「そりゃあ渡しづらいよねえ。全く、女心をわかってないなあ」
「せっかく、心をこめてお作りになったのに……かるま検事さん、かわいそうです……」
ここぞとばかりに攻撃する三人。
「わ、私はまだ子供だったのだ!冥はもっと幼くて、とてもチョコのやり取りをする年頃とは思えなかった。
まさか、彼女からチョコを贈られるなどとは……」
「なに言ってるの!今時、幼稚園児だってバレンタインくらい知ってるんだからね!」
「わたくしだって知ってます!」
「ちゃんと女の子として扱ってあげないと、駄目だぞ、御剣」
「うぐうっ!」
皆に鋭いツッコミを入れられながらも、御剣はさらに言葉を続けた。
「ごほん。と、とにかく、そういう事なのだ。
……冥には本当に済まない事をしたと、思っている……」
御剣は、寂しそうに視線を落とした。


帰り道。
「いやあ、モテすぎる男っていうのも罪だねー」
「でも、悪気はなかったんだよな。御剣のヤツ、ちょっと可哀想だな」
「ねえ、冥さんに頼んで、御剣検事にチョコ渡してもらえないかな?」
真宵が成歩堂の顔を覗き込みながら言う。
確かにそれなら、御剣も喜ぶ。罪悪感を感じる事もなくなるだろう。
しかし……
「狩魔検事、今日本に居るし、マンションもここから近いけど、……アレを説得するのはかなり難しそうだよ?
例の事件があってから、十年くらい渡してないみたいだし。きっと相当なトラウマになってるぞ」
「じゃあ、あたし達が、冥さんの名前で御剣検事にチョコ贈るとか」
「そんなの、すぐバレるって」
「でも……おふたりの仲、取り持ってあげたいです!」
例によって、微妙に勘違いしている様子の春美が口をはさむ。
けれど、案外、それが御剣の本当の望みなのかもしれないな。そう、成歩堂は思った。
誰にチョコを貰っても困ったような反応しかしない御剣が、
冥から貰えない事に関してだけは、ひどく落ち込んでいたのだから。

「えへへ、はみちゃんにそう言われると弱いなあ。よし!あたしがなんとかする!」
「なんとかする……って。真宵ちゃん、どうやって?」
「女の子の事は、女の子同士で話し合うのが一番だよ。なるほどくんは、ここで待ってて」
「わたくしも、女の子としておともします!」
「……そうだな。下手にぼくが行ったら、ムチでぶたれそうな気がするし。よし。頼んだ!!」


「冥さんは、御剣検事にチョコあげたりしないの?」
「……あなた達、そんなことをわざわざ言う為に訪ねてきたの?」

仕事もおわり、高級マンションの一室でくつろいでいたそんな頃。
突然の来客に、冥は少し困惑していた。
綾里真宵。連絡もなく突然来たかと思えば、唐突にこんな話題を……何か、企みでもあるのだろうか。

「あげた事ないわよ、そんなもの」
「冥さんからチョコもらったら、喜ぶと思うなあ、御剣検事」
「彼のオフィスを見たでしょ?毎年あんな状態なのよ。チョコレートをさらに増やされて喜ぶバカがいると思う?」
「で、でも、みつるぎ検事さん、すごくほしそうでした……おねがいします!」
「……お嬢ちゃんの頼みでも駄目なの。ごめんなさい」

「うう、はみちゃん攻撃でも効かないよう」
冥は思った以上に強敵だった。
「義理チョコでも駄目?」
「あいにく、そんな習慣とは縁がないわ」
「この際、1個10円のでも良いから」
「そんな物、自分で買いなさい!そもそも、一体なぜ私にこだわるの?」
「なんだか、可哀そうだったから、御剣検事……実は、冥さんが小さい頃の話、聞いちゃった」
「!」冥の顔つきが変わった。


「御剣検事、あれからすごく反省したみたい。冥さんに悪いことしたって、落ち込んでたよ。
……ね、昔のことだし、もう、許してあげたら?」
「……許すも何も、別にレイジのこと怒ってないわ」
「え?」真宵と春美が顔を見合わせる。
「本当に、怒っていらっしゃらないのですか?」
「その件に関しては、誰も悪くないのよ。レイジが気に病む必要なんて無いわ。
……私が、コドモすぎたの。それだけよ。
その後、確かにバレンタインのチョコを贈ったことは無いけれど、別に怨んでいたからじゃないし」


「でも……だったらなぜ、みつるぎ検事さんにさしあげないのですか?」
「言ったでしょ?レイジはもう、チョコなんて間に合ってるのよ。
それに、わざわざチョコと一緒に伝えるような気持ちなんて、何もないもの」

何もないもの。

冥は、きっぱりと言い切った。
しばらくの沈黙。
やがて、真宵がゆっくりと口を開く。

「冥さん……それでいいの?」
「何の事かしら?」
「だって、昔、本当は、渡したかったんでしょ?チョコ……」

「昔の事は昔の事よ。今とは違う。
分かったらもう、帰って。
レイジに、よろしく伝えておいて」


何もない。
本当に、そうなのだろうか。
真宵は冥の態度になんとなく違和感を感じたけれど、これ以上は追求しても無駄らしい。
さらに食い下がれば、ムチが出て来そうな空気だった。
冥に半ば押し出されるようにして、二人は玄関へと向かう。

「……冥さん。あと一つだけ、訊いていい?」振り向いて、真宵が言った。
「何?」
「今は……本当に、無いの?御剣検事に伝えたい想い」

「無いわね」

短く一言だけ、冥は答えた。

「じゃあ、結局チョコは贈れない、ってことか……はぁ」
マンション近くの通りで、白い溜息を吐きながら成歩堂が呟く。

「ごめんねなるほどくん、寒い中待っててくれたのに」
「いいんだ。真宵ちゃんたちこそお疲れ様」
「冥さん、もう昔のこと気にしなくて良いって言ったけど……」
「……でも、それをそのまま伝えたところで、御剣は喜ぶかな?」

成歩堂は考え込んだ。御剣が欲しいのは、きっと「許し」の言葉なんかじゃない。
あいつが狩魔検事に求めてるのは、もっと別の……

「……ぼくが御剣だったら、ムチのフルコースを食らいながら、思いっきり怒られたほうがまだマシ、かな」
「やだ、なるほどくん、ひょっとしてドM?」
「『まだマシ』って言っただろ!」
「それは置いといて……そうだよね。このままで、良い訳ないよね」
真宵が言った。
「あのね、帰り際にね、冥さんに訊いてみたんだ。『今、本当に、伝えたい想いは無いの?』って。
冥さん、『無い』って言った。
その時にね、……見えたんだ。サイコ・ロック」

「!!じゃあ……」
「冥さん、本当はチョコ渡しに行きたいんだ……御剣検事のこと、なんとも思ってないなんて嘘なんだ」

もしも狩魔冥が、自分の胸中にある『想い』を、チョコと一緒に、素直に御剣にぶつけてくれたなら。
それはきっと、御剣が最も望んでいる事のはずだ。
だが……冥がそれを簡単に出来る性格なら、成歩堂たちも頭を悩ませたりはしない。
何しろ、過去の出来事があってから、彼女は十年も、『想い』を隠し続けたのだ―

「意地っ張りだからなあ、狩魔検事は。……はぁ」
成歩堂が二度目の溜息を吐いた、その時。


「意地になるのは、それだけ傷が深かったのよ。
『想い』の強さと同じくらいに、ね……」

聞き覚えのあるその声は。

「ちちち、千尋さん!?」
「はみちゃん!話に絡んで来ないと思ったら……お姉ちゃん、呼んでくれたんだ……」
「っくしゅん!流石にこの格好じゃ、ちょっと寒いわね」

久しぶりに見る、師匠の姿。
春美の装束があまりにも小さいせいで、この寒空の下、美しい太ももは見事にさらけ出され、
豊満な胸元は大きく開いてしまっている。
……いろんな意味で注目の的だ。

「見とれてる場合じゃないよ、なるほどくん!」
真宵が一喝する。
「お姉ちゃん、今大変なの。あのね……」
「もちろん、見てたわよ、全部。全く、貴方達はお節介焼きね」
そう言いながらも、千尋は微笑んでいた。

「見たところ……彼女、自分の気持ちを曝け出す事に、ひどく臆病になってるみたいね」
「無理もないですよ。よほどショックだったんだろうなあ」
「でも冥さん、昔の事はもう許したって」
「『許した』のと『傷ついた』のとはまた別の事よ、真宵。
……たとえ本人が、必死にその傷跡を隠そうとしていても、ね」

「でも、でも……それなら尚更、なんとかしてあげたいよ」
「そうね……とはいえ、狩魔検事に『愛』だの『感謝』だのを伝えさせるのは、かなり難しいわよ。
十年も時間が経ってしまえば、なおのこと」
「それじゃ、どうしたら」成歩堂が、すがる目で千尋を見つめる。

「発想を逆転させるの、なるほどくん」
「は?」
「人から人へ伝えたい想い……『愛』や『感謝』、それだけではないでしょう?
だからね……素直に好意を伝えさせる事が出来ないなら、むしろ、その真逆を考えなさい」
「真逆、ねえ……」

「……分かった。お姉ちゃん、有り難う。あたし、やってみるよ!」
「真宵ちゃん?……何か思いついたのか!?」
「今から私、冥さんの所に行ってくる!」
真宵は急ぎ足で、マンションの方向へと駆け出して行った。


そして、バレンタインデー当日。


「もう、こんな時間か……」
一日の仕事を終え、御剣はふう、と一息ついた。
執務室の中は、例年通りチョコで溢れかえっている。
成歩堂たちが来た日よりもさらに増え、足の踏み場も無いほどだ。
だが……そこに、冥から贈られた物は、なかった。

毎年来ないのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。
冥はやはり、昔の事を根に持っているのだろうか。
それとも、そんな行事など眼中に無い、と言う事か。
そもそも私は、冥に何を期待しているのだ?

どんなに沢山のチョコを貰っても、君からの贈り物を拒む事は断じてなかったのに。
けれど彼女は、そう思ってしまった。
……いや、私がそう思わせてしまったのだ。

我ながら、情けない。たかがチョコ一つにこうも思い悩むとは。
既に時計は午後9時を回っている。
いい加減帰ろう。御剣は椅子から腰を起こした。


「待った!」


勢い良く扉を開けて入って来たのは。

「狩魔 冥……!!」


「御剣 怜侍。貴方が欲しかったのはこれでしょ?」
そう言って、冥は美しくラッピングされた、小さな赤い箱を差し出す。
十年前のあの時とは似ても似つかない、鋭く、不敵な笑みを浮かべて。
―けれど。それでも。

「……有り難く、頂いておこう……」
「ちょ、ちょっと、レイジ。何を涙目になってるのよ!!」

 

まずは、開けて中を確かめよう。二人は、ソファに並んで腰掛ける。
「ところでこの箱、チョコレートにしてはずいぶん軽いようだが?」
「レイジ、毎年チョコは沢山貰うじゃない。だから、身につける物にしたわ」
「うム……気を遣わせて、すまないな」
冥に対して負い目のある御剣に対し、彼女はあくまでも強気な態度を崩さない。
「この私が折角買って来たんだから、絶対使うのよ。いいわね。
それも、ちゃんと目立つように身につけなさい」
「……分かった。約束する」
偉そうな物言いも、とても可愛らしいものの様に、御剣には思えた。
この大きさ……何だろう?手袋か?それとも……


「………………………………………………………………これを、私に?」

小さな包みを開けた中から出て来たのは、ショッキングピンクの超ビキニパンツだった。

「勿論」
「……コレは、女性用ではないのか?」
「何を言っているの。男物よ」
「こ、コレを私に穿けと……しかも、目立つように、か?」

目を白黒させる御剣の横で、冥はくすくすと笑っていた。

「き、君は一体どういう意図でこんなモノを」
「それね、綾里真宵と一緒に買いに行ったのよ」
冥は、真宵が訪ねて来た日の事を話し始めた。
「その夜、彼女は二度訪ねて来たわ。
いきなり押し掛けて来て、……貴方が何を言ったか知らないけど、『御剣検事にチョコレート贈ろうよ!』って」
「……そうか」
真宵君、余計な事を。
「……しかし、それがどうして下着になるのだ」
「勿論、貴方にチョコなんて贈る気は無かったから、一度は断ったわ。でもね、彼女、しばらくしてもう一度来たの」

『冥さん、あたしやっぱり許せないよ!
たとえ悪気がなかったとしても、ちっちゃな乙女心を踏みにじるなんて!』
『……アナタ、さっきと言ってる事が真逆じゃない?』
『いいから。……冥さん、バレンタインに贈る物はチョコとは限らないんだよ。
何か、御剣検事にとんでもないモノ渡して、フクシューしてやろう!!』

「言ってる事がメチャクチャでしょう?でもね、惹かれたのよ。『復讐』って響きに」
冥は続けた。
「その後、勢いで二人して街に出て、買い物に行ったの。
でも、もう夜も遅かったし……どこの店も、もう閉まってたのよね。
夜でも開いてるお店を探すの、苦労したわ」
「……それが、いかがわしい下着屋だったという訳か」
「素敵でしょ?アメリカでは結構メジャーよ、下着のプレゼント」
「はぁぁぁぁぁ……」御剣は、がっくりと肩を落とした。

「その様子じゃ、『復讐』は大成功だったようね」
冥がまたくすくすと笑い出す。
「ひょっとしたら私、貴方のそんな顔を見たかったのかもしれないわ。……昔から」
いたずらっぽく、冥は笑い続けた。
無邪気なその表情は、まるで、うんと幼かったあの頃のようで。


私もずっと、こんな顔を見たかったのかもしれない。

彼女の十年越しの笑顔を、御剣は、いつまでも眺め続けた。


「……ところで、メイ」
「何?」
「君が贈ってくれたコレは……いわゆる『勝負下着』に属するわけだが」
「は?」
「実は、君を見ていたら、もう我慢できなくてだな……その」
「……レイジ?」
「コレを贈ってくれたという事は……誘っている、と解釈しても良い。
つまりは、今この場で、君を私の好きにして良いと言うわけだな、メイ?」
「ちょ、私は別にそんなつもりじゃ!ただ単に、面白い下着で貴方を驚かせようと思って……あっ」
冥の言葉を最後まで聞かず、御剣は、彼女をソファの上に押し倒す。
深く接吻を交わし、そして、言った。
「今度は無くならないうちに頂かせてもらうぞ、メイ」


翌日、検事局には、ビキニパンツ一丁で出勤する男の姿があったとか、無かったとか。

 


おしまい

最終更新:2020年06月09日 17:46