王泥喜×茜 Perceive


「ん‥‥っ」

開廷時間より大分早い時間、人気の無い地方裁判所に、その場に似つかわしくない吐息が漏れる。
(なんで、こんなことになってるのよ‥‥)
茜は、今の状況をカガク的に分析しようとしてみたが、思考すらも絡めとられてしまって無理だった。


毎日のように刑事事件が発生する昨今、捜査官の宝月茜が序審法廷に証人として出廷する機会は当然頻繁にある。
そして、刑事事件専門の弁護士である王泥喜法介が出廷する機会ももちろん多い。
そんなわけで、同じ事件を扱っていなくても、二人が裁判所で遭遇することは少なくなかった。

そもそものきっかけは、いつのことだったか。

「アカネさん、機密事項は教えてくれなくていいですから、オレに元気をください!」

と言われ、物陰に隠れてこっそり、キスをした。
それ以来、法廷で会う度、開廷前の逢瀬を繰り返してきたのだが‥‥

その日も、いつもの場所で二人は顔を合わせた。

「おはようございます、アカネさん」
「‥‥おはよう」

相変わらずの素っ気ない茜の挨拶を気にするでもなく、王泥喜は微笑んだ。

「久しぶりですね、ここで会うの」
「そうね。しばらく事件も被らなかったし」
「オレ、いないとわかっててもつい法廷で、アカネさんを探しちゃって」
「他のところでも会えるのに?」
「うん‥‥なんででしょうね」

微妙に温度差のある会話。
でも、素直になれない茜の気持ちを見透かすかのように、王泥喜は動じない。
そして、いつものように茜の両肩に手をかけた。


ただ、触れるだけのキス。
その後大仕事が控えている二人には、それで充分だった、はずなのに。
突然、王泥喜の手に力がこめられた。
そのまま壁に身体を押し付けられ、貪るような口付けをされる。
舌を絡めてきた時点で、茜はいつもと様子が違うことにようやく気づいた。

「ちょっとアンタ、何やって‥‥っ」

問いただそうとしても、王泥喜は口を開く隙を与えてくれない。
手だけではなく、身体全体で茜を壁に押し付けながら、深い口付けを繰り返す。
あまりの強引さに、一瞬、ここが裁判所だということを忘れるところだった。
少しだけ残った理性で、全身に力を込めて王泥喜を突き放した。
王泥喜自身も、たった今の自分の行為を把握したかのように慌てて距離を離す。

「‥‥何のつもりよ」

「ごめんなさい、オレ、久しぶりにアカネさんに触れたら、つい」
普段はピンと立っている前髪が、彼の気持ちを代弁するかのようにしょげている。
(よく考えると、最近忙しくて法廷の外でも会ってなかったよね‥‥)
そう思うと、ちょっとキツく言い過ぎたかな、と茜は少しだけ反省した。

「これから法廷に出るんだから。さすがにまずいでしょ」

優しく言ってみると、

「そうですね。‥‥それじゃ、またあとで」

などと、余裕のある返事をされた。
頬が熱くなっているのが自分でもわかった。

その日の法廷は、茜にとっては最悪だった。
警察の捜査が甘かった部分を弁護士に見事に突っ込まれ、再捜査を命じられたのだ。
担当弁護士は、また運の悪いことに王泥喜だった。

恋人同士とはいえ、仕事は仕事なので、わざと弁護側を有利にするような画策は絶対しなかったし、
お互いにそれは理解していた。
だからこそ今日の捜査の穴は突っ込まれても仕方がなかったのだが、牙琉検事に給与査定のことを
口にされてしまったのは屈辱的だった。

更に‥‥王泥喜に証言時の動揺を見抜かれたのだが、そのとき、全身くまなく凝視された。
‥‥まるで、視姦しているかのように。
‥‥たぶん、朝の出来事のせいで考えすぎているのだろうけど‥‥意識するまいと思えば思うほど、
余計に緊張して、身体が堅くなってしまい、それも茜にとっては屈辱だった。


裁判所は原則飲食禁止(かつてはコーヒーを飲む弁護士や検事がいたらしいが)なので、
好物のかりんとうもなかなか口にすることができず、苛立ちは最高潮だった。
普段は帰りがけに王泥喜とお茶を飲んでいるのだが、今日は機嫌も悪いし、先程判明したことに対して
引き続き捜査が必要なので、王泥喜を待たずに裁判所を出ようと、早足で出口に向かった。
もう少しで出口というところで突然腕を引っ張られて脇道に引き込まれたとき、驚いて
何もできなかった茜は自分の反射神経の衰えを痛感した。
以前なら犯人に対してビンタの一発くらいお見舞いできたというのに。
でもそれは、犯人が誰だかわかっていたからかもしれない。

「‥‥何よ。あたし捜査で忙しいんだけど」
「さっき言ったじゃないですか。『またあとで』って」

犯人である王泥喜は茜の言葉など意に介さず、更に茜を抱き寄せた。

「‥‥!人に見られたらどうするのよ!」

二人の関係に後ろ暗いところはないとはいえ、仕事上、変な勘繰りを入れてくる無粋な輩はどこにでもいる。
ましてや法廷が終了したばかりである今、関係者に見られるのは避けたかった。

「大丈夫です。見られないところ、ありますから」

言うなり王泥喜はすぐ横のドアを開けた。
「被告人第二控え室」と書いてある。先程まで、今日の裁判の控え室として使われていた場所だ。
裁判が終了したので、普段はドアの脇に立っている係官もいない。
後ろ手でドアに鍵をかけると、王泥喜は茜をソファに座らせ、そのまま覆いかぶさった。


「アカネさん‥‥」
耳元でささやきながら、耳朶を甘噛みする。
「ひゃうっ」
思わず漏れる声の甘さに、茜は愕然とした。
こんなに強引に事を進められるのは、イヤなはずなのに。どうも今日はおかしい。
きっと‥‥朝の出来事のせいだ。

茜の反応に満足したように、王泥喜は首筋に唇を這わせながら、彼女の服を脱がせにかかった。
白衣をはだけ、スカーフを外して、ベストのボタンをもどかしそうに外す。
どこかおかしいのは、王泥喜も同じだった。
「どうしたのよ‥‥今日、なんかヘンじゃない?」
うっかり変な声が出ないように、必死で抑えながら尋ねる。
ブラウスのボタンを外していた王泥喜の手が、ぴたっと止まった。
茜の首筋から唇を離し、正面から顔をまっすぐ見据えた。
突然のその反応に、茜の背筋に恐れとも期待ともわからない戦慄が走った。

「‥‥さっき、尋問のとき、アカネさんはオレに隠し事、してましたよね?」
「仕方ないじゃない。機密事項なんだし、そんな簡単に手の内を明かすことは‥‥」
「そうじゃなくて」

何の前触れもなく、王泥喜の指がブラウスの膨らみの頂上に触れる。
予想もしていなかった刺激に、茜の身体が跳ねた。

「や‥‥っ!」
「オレが尋問しているとき、アカネさんのここ‥‥硬くなってました」
「‥‥!!」
「オレに見られて興奮してるのかなと思ったら、我慢できなくなっちゃって」

まさか、そんなところを見抜かれていたなんて。
視姦されているように感じたのは、単なる思い違いではなかったようだった。
そして、見抜かれてしまった「それ」は、刺激のために先程よりも硬くなり、
ブラジャーとブラウスの下から自己主張している。
王泥喜は両手で、ブラウスの上から膨らみを揉みしだいた。

「あぁんっ‥‥アンタ、いつもそんな風に証人を見てるの?」

息も絶え絶えになりながら、茜は問いただした。
だとしたら‥‥少し、いやかなり、イヤだ。
快楽に溺れそうになりながらも、必死で言葉を紡ぐ姿に、王泥喜も真剣な表情で答えた。

「まさか。そんなのアカネさんだけですよ」

そのまま茜の返事を待たずに、唇を重ねる。
手の動きを緩めることなく、朝の続きのように舌を絡める。

「‥‥ん‥‥ふっ」

ソファに押し付けられて身動きもままならない茜は、足だけでも抵抗しようと試みたが、思うように力が入らない。
それどころか、布越しにやわやわと触られている部分がもっと強い刺激を欲していることに気づいた。
唇が塞がれていて思うように呼吸ができないのも、もどかしさを増幅する要因だった。
つい、刺激を求めて上半身をよじってしまったところを、王泥喜は見逃してくれなかった。

「アカネさん、どうしてほしいんですか?」

唇を離し、少し微笑みながら茜の顔を覗き込む。
その視線は、さっきの尋問のときと同じで、茜は再び、背筋がぞわっとするのを感じた。

「‥‥な、何がよ‥‥あたし別に‥‥」
「オレにウソついても、無駄だってわかっているでしょう?」

確かにその通りだった。
茜の身体のちょっとした変化でも、王泥喜は見抜いてしまうだろう。

「‥‥服の上からじゃなくて、直接、触って」
「‥‥わかりました」

再び、首筋から鎖骨にかけてキスをしながら、ブラウスを脱がせていく。
ブラジャーを外した後、更にパンツにも手がかかった。
自分から言った手前抵抗するわけにもいかず、茜はされるがままになっていた。

「早く脱いでおかないと。これ以上濡れたら、後が大変だし」
「‥‥っ!」

わかっていたことをわざわざ指摘され、茜は王泥喜を睨みつけた。
王泥喜の方は、法廷で有利な証拠が見つかったときのように勝ち誇った表情をしながら、
自分も服を脱いだ。

(‥‥なんか、悔しい)

そうは思うものの、王泥喜の手が自分の望むところに伸びてくるのを見て、
まだ触られていないのに身体の奥がじんじんと熱くなってくるのを茜は感じていた。

「んっ!」

望んでいた刺激が与えられ、跳ね上がりそうになった茜の身体を自分の身体で
押さえながら、王泥喜は片方の手を下に伸ばしてきた。
そのまま、閉じている茜の足の間を強引に割って、指を奥に侵入させる。

「‥‥っく‥‥」

思わず大声を出そうになって、今何処にいるのかを思い出す。
慌てて唇を噛み締めようとするのを、王泥喜が唇で制した。
再び、声が出せない状態で容赦なく上から下から攻めたてられ、茜は自分の理性が
崩壊しつつあるのを感じた。

「アカネさん、すごいです‥‥いつもより、ずっと」
「ぃ‥‥いや、言わないで‥‥」

懇願すると、王泥喜の指の動きが更に激しくなり、水音があたりに響き渡った。
茜の唇から離れた王泥喜の唇は下に移動し、相変わらず存在を主張している先端に
あてがわれた。
ざらりとした舌が、桃色をしたそこを舐めあげる。

「あぁぁぁぁっ!」

必死で声を出すまいとしていたのに、もう限界だった。
両手を王泥喜の背中に回し、ただただ与えられる快楽に喘いだ。

「‥‥そろそろ、オレも限界、です‥‥」

一旦茜から離れた王泥喜は、軽くおでこにキスをして再び覆いかぶさると、茜の中に侵入した。

「んんんっ!」

硬く熱いものがどんどん奥へと入っていく感覚に、茜はほんの一握り残っていた理性が
飛んでいくのを感じた。
もう一度、両手を王泥喜の背中に回すと、身体をぴったりと密着させて、そのまま腰を
引き寄せる。
より深く繋がると、王泥喜の口からも喘ぎ声が漏れた。

「う‥‥気持ちいい、です。アカネさん‥‥」
「お願い‥‥もっと、激しく、して‥‥」

朝からの色々な刺激のせいだろうか、茜は普段なら恥ずかしくて絶対に言わないような
ことを口にした。
王泥喜はそれを聞いて一瞬驚いたようだったが、すぐに動き始めた。
茜もそれに合わせるように、腰を動かす。

「‥‥あ、アカネさん、そんなに激しくされると、オレ‥‥」
「‥‥いいの、あたしも、もう‥‥」

背中に回した手に力を籠める。
臨界点は、ほどなくして訪れた。

「あ‥‥あぁぁぁぁーーーっ!」
「アカネさん‥‥‥っ」

強く抱き合ったまま、二人はソファに横向きに倒れこんだ。

「‥‥‥‥」

控え室に広がる沈黙。
他の裁判が終わったらしく、廊下には足音や話し声が響いている。

「‥‥すみません、アカネさん」
「‥‥‥‥」

服を着た後、かりんとうすら取り出さず、俯いて目を合わせようともしない茜の様子に
王泥喜は狼狽していた。
こうなってしまうと「みぬく」能力は何の役にも立たない。

「オレ、どうかしてたみたいですね‥‥本当にごめんなさい」
「‥‥‥‥」

茜は相変わらず無言だったが、おもむろに自分の鞄を探ると、何やら取り出した。

「‥‥これ、持っていっていいよ」
「‥‥え」

かりんとうのキーホルダーがついた‥‥鍵。
形状からして、家の鍵で間違いないようだった。
相変わらず目は合わせてくれないが、その表情を見ると、怒っているわけではないようだ。

「これって‥‥合鍵、ですよね?」
「‥‥最近、なかなか会えなかったし。ここでこんなことするくらいなら」

王泥喜の行動は単純すぎて、茜にも普通に見抜かれていたようだった。

「嬉しいです‥‥アカネさん」
「‥‥別に、こういうのはイヤなだけだし」

しかし王泥喜は、気づいてしまった。
「こういうの」と言ったときの茜に、ほんの少しの動揺が走ったことに。

「アカネさん‥‥それはウソ、ですね」
「‥‥!」

俯いたままの茜の肩がぴくりと動いた。

「本当は、こんな声が出せないところで無理矢理‥‥が、結構好きなんじゃ‥‥」
「‥‥バカバカバカ!」

突然茜がかりんとうを大量に投げ付けてきた。
その行為自体が肯定しているようなものなので、王泥喜は茜を更にいじめたくなって
しまったが、そろそろタイムリミットだった。

「それじゃ、見つかるといけないから出ましょうか。捜査もしないといけないし」
「‥‥捜査、アンタも手伝いなさいよ」
「オレでよければ。‥‥そうだ」

後は耳元で囁く。

「‥‥さっきの続きは、またあとで」

瞬間、茜の耳がぱっと赤くなった。

「‥‥バカ!続きなんてないから!」

そのままガバッと立ち上がり、控え室から出ていってしまった。

「あー、待ってくださいよアカネさん」

王泥喜も慌てて彼女を追いかけた。

 

 

翌日、被告人第二控え室にかりんとうが散乱していたことで王泥喜がこっぴどく
叱られたのは言うまでもない。

最終更新:2023年08月09日 16:02