「お邪魔しまーす!」

普段は虚しい静寂に包まれ、住人である一人の男しか踏み入らないアパートの一室内に、明るく高い声が響いた。
いつも返事が返ってくる筈も無いのに、帰宅の決まり言葉を呟いては一人静かな夜を過ごす。
今日だって、普段と何も変わらないであろうと思っていたのだが。

先とは読めないものだ。
ぼくの助手である真宵ちゃんが、突然自宅に来たいと言い出した。
しかも既に、着替えや日用品を詰め込んだ荷物まで用意して。
用意周到な彼女は、こうなると自分の意志を意地でも貫き通す。
最終的には、やっぱりぼくが折れて自宅に連れて行く事になってしまった。
でもこうして実際連れて来てみれば、大して嫌な気はしない。
逆に嬉しいというか、不思議な優越感が湧いてくるというか。

どうぞ、とぼくが適当に促す言葉を無視して、彼女は下駄を揃えてさっさと部屋へ突き進んで行く。
溜め息を一つ漏らすと、ぼくも後へ続いて部屋へと足を運んだ。
鞄をやや乱暴にソファへ置いてネクタイを緩めながら、部屋を見回しては目につく物を物色する真宵ちゃんに声を掛けた。

「真宵ちゃん、面白いモノなんて出てこないから」

「だって、こんなに散らかってるんだもん!何かあるハズだよ」

「何かって?」

「うーん、エッチな本とか」

「……ああ、そう」

表面では平静を装って呆れた様な態度を取ったが、内心ヒヤヒヤしていた。
つい最近、そういった類の物は処分したばかりだったのだ。
だからこうして彼女が幾ら探そうと、現れる筈は無い。
今回のまるで抜き打ちとでも言う様な突然の事を考えれば、本当にタイミングが良かったと思わず胸を撫で下ろす。

「うー…ないなあ」

「だから言ったじゃないか、面白いモノはないって」

「呼んだら出てくるかな…おーい!エッ…」

「わー!そんなコト大声で言うなよ、呼んだって返事するワケないだろ!」

言う前に慌てて遮り制止の声を掛ける。
隣人に聞こえでもしたら、変な誤解を招かれてぼくの立場やイメージはいかがわしいものに変わっていくだろう。
本当に何を考えているんだ、この子は。
予想も出来ない行動を毎回されて、常にあらゆる意味でドキドキしているこっちの身にもなって欲しい。

「ちぇ、つまんないの」

真宵ちゃんは唇を尖らせて、飽きてしまったのか物色を止めてその場に座り込んだ。

「はいはい。もうこんな時間だから、風呂に入ってきなよ」

軽く受け流して散らかった書類を端へ退けて足場のスペースを作りながら、ぼくなりの片付けを始めた。
うん、と一つ返事をした真宵ちゃんは、ぼくの後ろで荷物をゴソゴソとあさり始めるも、やがて静かになり書類の紙が重なり合う音だけがやけに耳に障る。
不思議に思って振り向くと、着替えやタオルを抱え込み、彼女は正座をしながら待つ様にこちらをジッと見つめていた。

「…どうしたの?」

「待ってるの。なるほどくんを」

「え。それってどういう…」

「入るんでしょ?お風呂、一緒に」


少し考えを整理してみよう。
風呂へ一緒に入るという事は、タオル越しとはいえ男女が裸になって入る訳だ。
まあ、真宵ちゃんとは最近、弁護士と助手という関係から男女の仲になったんだけど。
今までの付き合いが長かったせいか、進展は早かった。
そういう意味では、別に一緒に入ったって何の問題も無い。
でも、今日一日の疲れを溜めたまま一緒に入るとなると…自分の奥に潜んでいる本能を理性で抑えられるか自信は無かった。

「なるほどくん、何ぼんやりしてるの?」

油断していた。
ぼんやりとそんな考え事をしているうちに、彼女に流されていつの間にか浴槽に浸かってしまっていたのだ。
目の前では、髪も解いてバスタオル一枚を身に纏った真宵ちゃんがぼくの顔を覗き込んでいる。

「…いや、何でもないよ」

とりあえず、さっさと身体の疲れを取ってやり過ごせば何とかなるだろう。
真宵ちゃんはバスマットに腰を降ろして、シャワーを適温に調節し身体を流しつつ、ボディーソープを手につけて身体に塗り始めた。
ふと視線をやれば、シャワーで水分を含んだタオルは身体に密着し、長い髪は腕や首に纏わりつき、彼女の頬は室温により紅潮していて妖艶な演出をしている。
その光景から視線を離せずに、これは拷問かと妙な冷や汗が額に滲んできた。
これ以上は本格的にキツイ、理性が持たない。
何とか身体の向きを変えて壁と向き合う形になったかと思えば、更に真宵ちゃんが追い討ちをかけてきた。

「ねえ、なるほどくん。背中の方洗ってくれない?届かなくて」

「…知らないぞ」

「?何が?」

向こうはそんなつもりで言った訳じゃないだろうけど、今のぼくには誘い文句にしか聞こえない。
キョトンとして不思議そうにこちらを見る彼女をよそに、立ち上がって浴槽からバスマットへ足を付けると、真宵ちゃんの背後に腰を据えた。

「じゃあ、洗うよ」

身を乗り出してボディーソープのポンプを数回押して液を掌で泡立てると、長い後ろ髪を泡がつかない様に腕で肩にかけておいてから背中に触れた。
だがタオルを巻いている状態なので、これでは背中の半分も洗えない。
手を前へ回して胸元にある折り目に指を掛けると、ゆっくりとタオルを巻き取った。

「え。ちょ、ちょっと、なるほどくん!?」

「タオルを巻いたままじゃ、上手く洗えないだろ?」

泡を背中全体に行き渡らせる為に手を上から下へとスライドさせた後、両肩に手を置いて掌でなぞる様に腕まで下ろす。
真宵ちゃんは、悪寒を感じるかの如く背筋を伸ばして身体を震わせた。

「な、何か…ヘンだよ」

「ぼく、真宵ちゃんの身体を洗ってるだけだけど。どうヘンなの?」

「あ…ッ」

顔を寄せて静かに囁きながら、白く小ぶりな膨らみに手を移動させる。
指は使わずに掌だけで泡を擦り付ける様に寄せると、泡にまみれても分かるくらいに淡い桃色が自己主張を始めていた。
それを指で弾くと、真宵ちゃんの口からは吐息混じりの甘い声と共に、身体が小さく跳ねる。
左手では感触を楽しむかの様に膨らみを撫でたり包み込みながら、右手は徐々に下腹部へ下りて敏感な箇所を捉えた。

「なる…ほ…」

既に身体を洗うだけの事では済まないと、漸く気付いた様だった。
足を閉じてぼくの腕を挟み、身を捩らせ抵抗を見せ始めた。
けれどそれは逆に可愛らししく、色っぽく目に映ってしまう。
衝動が抑えられなくなってしまったぼくは、到底素直にこの行為を中断する事など考えられなかった。
今や真宵ちゃんの身体は泡を纏っている。
ぼくの右腕は真宵ちゃんの太股によって挟まれている訳だが、泡の滑りのお陰で容易に動かす事が出来た。
指で秘部全体を揺らす様に緩く刺激を与えると、かえってそれが案外良かったのか、くぐもった声が絶え間なく聞こえてくる。
愛撫も忘れずに暫く緩い刺激を与え続けていれば、やがて指に愛液が絡む。
それを見計らって、秘部内へ中指を沈めていく。
真宵ちゃんの足が僅かに震えて、力が抜けていくのが分かった。
最初はゆっくりと指を上下させ、時折円を描いて掻き回す。
彼女自身の力でバランスが維持できないのか、ぼくにもたれ瞳を閉じて眉を寄せている。
唇を寄せようとすると、力が抜けた真宵ちゃんはもたれるばかりで、泡の滑りでぼくの肩からズルズルと落ちていく。
腕で支えるものの、どうしても泡で滑ってしまう。
仕方がないから、一旦指を抜き取りシャワーを手に取ると温めな温水を肩にかける。

「ちょっと流すよ?」

「ん…ああッ…」

真宵ちゃんの身体が面白い程に大きく跳ねた。
シャワーを左手に持ち替えて、今度は指の本数を増やして沈めながら、シャワーは秘部の突起へ刺激を与えている。
両足は既にぼくの腕を自由にさせて、小刻みに震えていた。

「もう、ムリッ…!」

荒い息遣いの中、絶頂が近付いている事を告げる彼女を察して、蛇口をしめて温水を止め、手の動きもピタリと止める。
寸前でお預けとでも言う様に動きを止められて、真宵ちゃんはもどかしそうにぼくを見つめた。

「身体、洗ったよ」

今までの行為は無かったかの様にとぼけて見せると、紅潮させたその頬を膨らませて、不満そうに眉を潜めた。

「ズルイよ、分かってるクセに…」

「じゃあ、どうして欲しい?」

真宵ちゃんの言う通り、ちゃんと分かっている。
これは日頃のちょっとした仕返し。
いつも振り回されて、彼女に困らせられてばかりでは男として情けない。
まあ、こんな形でしか主導権を握れないのも些か情けないけど。
戸惑う真宵ちゃんを余裕の笑みを浮かべて見つめながら、次の言葉を待っていた。

「…良い、だったら何もしなくて良いよ」

「そう。…えええ!?」

予想外の返答にとてつもなく動揺してしまった。
まさか断られるとは思ってもみなかった、ぼく自身はもう手に負えない事になってしまっているのだから、今更どうにかなる訳でも無い。
…結局はこうなるのか。

「悪かったよ…。だから、続きをしても良いかな?」

「…それなら良いよ」

小さな声で相槌をうってから、うつ向いた。
真宵ちゃんの片足の膝裏に手を差し込んで少しばかり持ち上げる。
体制を整えると、腰を前へ押し出して少しずつ進入を試みた。

息を詰め、僅かに表情を歪めながらもぼくを受け入れていく。
妙な愛しさが込み上げてきて、顎に指を添えて顔を向かせると唇を貪った。

「んんッ…」

唇を唇でなぞり半ば強引にこじ開け、自分のそれと絡ませる間に不意打ちを狙って下から揺さぶった。
驚いたのか、目を見開きビクビクと持ち上げていた足を痙攣させながらもすぐに目を細め、一瞬離された唇から切なげな吐息を漏らす。
ついに理性というものを手放して、唇を名残惜しく離せば本能に任せて徐々に動きを早くしていった。


「ふ、んッ、ああッ」

暫く浴室にリズムを刻んで響いていた声は断続的なものへと変わり、限界が近いのだと悟った。
ぼくも限界がすぐそこまで迫っている。
ラストスパートと言わんばかりに、更に足を持ち上げて最奥まで到達して動きを激しくすれば、真宵ちゃんは背をのけぞらせて絞る様な強烈な締め付けをぼくに与えて達すると同時に、その刺激に耐えきれず彼女の内へと欲望を放った。



「信じられないよ、なるほどくん」

「…ごめん」

「まさか、お風呂であんなコトするなんて」

「ガマンがきかなかったんだ…」

情事後、今は二人して浴槽に浸かりながら、ぼくは真宵ちゃんに説教を食らっていた。
機嫌を損ねて頬を膨らませ横目で睨みつけてくる。
どんどん自分が情けなく思えて、罪悪感が募る一方だ。
そんなぼくの様子を知ってか知らずか、真宵ちゃんはポツリと呟いた。

「ちゃんと身体もキレイにしてから布団で、って思ってたのに…」

思わず口が半開きになりながら、その発言の意味を理解するのに少し時間が掛った。
呟いてから恥ずかしくなったらしく、湯気のせいもあるのだろうが赤面してしまっている。
浮かれてしまう程嬉しくなって、無意識に頬が緩んだ。もう良い大人なのに。

「まだチャンスはあるよ」

「え?」

「今からでも遅くないってコト」

「え。ちょっ…待った!」

「さっさと上がろうか、真宵ちゃん」

笑顔を絶やさずに優しくそう言うと、彼女を抱え上げる。
これは嬉しいという事もあるが、好都合だ。
ぼくの逆転劇は、これから始まるに違いない。

「異議あり!異議ありぃぃ!」

腕の中でジタバタと身を捩りながら、真宵ちゃんの抗議の声が狭い部屋中に響き渡った。

最終更新:2020年06月09日 17:28