【注意書き】
・響也×みぬき
・ちょっとだけ成まよ+はみみつ
・響也が正真正銘のロリコン
・エロ本番はないが、響也の存在がエロ

以上がスルーできる方のみお読みください。



「牙琉検事、今日は誘ってくれてありがとうございます!」
「いいえ。どういたしまして」
クリスマスに、響也はみぬきを食事に誘った。彼女も自分も、昼間にはステージがあったからちょっぴり遅い時間に待ち合わせだ。
すっかり暗くなった人情公園にやってきた彼女は、ふわふわのダウンコートとミニスカートを着ていた。唇には色つきのリップ。
この年頃の女の子が、精一杯おしゃれをしてくれたのがわかる。それが響也には何よりうれしかった。
「パパやおデコくんには、何て言って出てきたの?」
「ちゃーんと、牙琉さんとお出かけしてきますって、言ってきましたよ!」
「……ふーん。とっても正直なんだね」
なんだかつまらない。やましい気持ちがあるなら、きっと身内には嘘をつくだろうに。彼女には全然そんな気がないのが腹立たしい。
「ま、いいや。おいで、今日は海の近くのレストランを予約してるんだ。ドライブがてら、景色を楽しもう。ちょっぴり寒いけどね」
「わあ! みぬき、海久しぶりですよ」
「ほんと? じゃあ、車はそこだから、行こう」

*    *

最初に出会った時は、ちょっと変わった格好の女の子だとしか思わなかった。法廷で出会った時はさすがに少し驚いたけれど、
後々、あの成歩堂 龍一の義理の娘だと知った。彼女は自分が誰なのか知っているはずなのに、それでも屈託なく笑いかけては新曲の感想を聞かせてくれるので、
響也は不思議でならなかったものだ。
ある時、検事局に彼女の姿を見つけて、声をかけたことがある。
「こんなところでどうしたの、おじょうちゃん」
「あ、牙琉検事!」
みぬきは笑顔を見せて振り返った。
「パパのお使いで来たんですよ。御剣のおじさまのところへ……」
「ああ、そうか。御剣検事と成歩堂弁護士は知り合い、だったね」
彼らの因縁は検事局内でも有名だ。彼女の義父が弁護士でなくなった以上、その交流は以前より強まっていてもおかしくはない。
「用事は無事、済んだのかな?」
「はい!」
「なら、送っていくよ。ちょうど終業時間だ。女の子をひとりで返すには、いささか物騒な世の中だからね」
「わあ! ガリューさんに送ってもらえるなんて、みぬき、ファンの人たちに祟り殺されちゃいますね」
「あっはっはっ。どうだろうね。ぼくはファンのみんなを愛することにしてるんだ。だから、きみでなくてもファンなら皆送っていくよ」
「ふーん。そうなんですかー。ざんねーん」
残念、なんて言っておきながらにこにことしているあたり、彼女は相当な役者だ。
「きみは、ぼくのファンなんでしょ? だったら、気にすることはないさ」
「そうですね。ガリュー、好きですよ。この前のライブも楽しかったです」
事件でうやむやになっちゃいましたけど。
「でも、牙琉検事も好きです。やっぱりかっこいいですよね。というより、弁護士がだらしないのかな?」
弁護人席って、なんであんなにいじめられっぱなしなんですかね? パパも若い頃はよくおじさまにいじめられたって言ってたし。
とりとめのないみぬきの話に耳を傾けながら、駐車場まで肩を並べて移動する。

「じゃあ、検事はいじめっこってことかな?」
「うーん。でも、牙琉検事は別にいじめっこじゃないですよね。ホントは」
みぬきは足を止めて、響也の顔をじっと見つめた。突然のことにたじろぐ響也。
「な、なにかな?」
「“ほんとのことが知りたいだけ”」
響也の視線がぴくりと動いた。その常人では気づけないわずかな所作を見て、みぬきは笑顔になる。
「あはっ。別にいじめるつもり、ないんですよね。ほんとのことが知りたいだけで。ほら、以前法廷でそんなこと言ってたじゃないですか」
「……そう、だったかな」
なんだか不思議な感じがした。特にこちらから何も言っていないのに、なんでも見透かされているような気がする。
「ホントのホントの牙琉さんは、ちょっぴり愚痴っぽくて、わがままで、けっこう短気。──でも、みぬきはそんな牙琉さんも、好きですよ」
「──え」
「ガリューや、牙琉検事とおんなじくらい、好きですよ」
あれ。なんだろう、これ。なんで心臓がどくどくいっているんだろう。顔が赤くなるのは何でなんだろう。女の子に好きって言われるのなんて、慣れているのに。
いや。違う。検事としての自分でもなく、人気スターの自分でもなく、「牙琉霧人の弟」でもない素の自分を、「好き」だと言ってくれたのは、彼女が初めてかもしれない。
ああ、なんてことだろう。さんざん恋の歌を書いてきたのに。その中には、情熱的な恋の歌もたくさんあったのに。今まで歌ってきた曲と同じように自分が。
ほんの一瞬で、恋に落ちてしまった。

*     *

以来、響也は何かにつけてみぬきを構った。もっと自分のことを知ってほしかったし、彼女のことが知りたかった。法廷で会うことはあまりなかったけれど、
裁判所内や検事局で彼女のシルクハットとマントを見れば必ず声をかけた。たまに刑事くんたちから無言の視線が寄せられるけれど、それさえも構わない。
33歳で16歳の嫁をもらう上層部の人間がいるうちは、犯罪にさえならなければなんだってOKのはずだ。
それでもみぬきはなかなか手ごわかった。一人の人間として接してくれているのはうれしいけれど、それ以上の感情は今のところなさそうだった。
いや、わずかに「ガリューウェーブ」のファンとして、ミーハー魂は働いているようだが。今だって、車の中で「ガリューウェーブ」の新曲をかけては、
ねぇねぇ歌ってくださいよーとせがんでくる。かわいいし、歌ってあげるのはかまわないけれど、ちょっとおもしろくない。今日はただの“響也”として彼女と過ごしたいから。
「だめだよ。ぼくの歌とギグは、それなりの舞台と、観客と、オカネが必要だからね。中途半端なものをきみには聴かせられないな」
「残念。みぬき、この曲とっても好きなんですよ。──男の人が、年下の女の子を好きになっちゃうんですよねー。でも、振り向いてくれなくてさみしいなーって曲」
「……あれ、気に入ったんだ」
言うまでもない。響也がみぬきへ向けてつくった曲だった。気に入ってくれるのはうれしかったが、気づいてもらえないのもさみしい。──まさに新曲通りの物悲しい展開だ。
ちなみに、新曲ではとうとう思いを抑えきれなくなった男が告白するところで終わる。返事はまだ、想像もできなかったから。
「……歌ってあげるよ。そうだな、ぼくの部屋へ来ることがあったら、きみにしか聞こえないように耳元で歌ってあげよう」
「あはははは。それ面白いですね!」
え、ここ笑うところなのかな? なんだかよくわからなかったけれど、それでもこの提案を拒否されなかっただけで、響也の心中は舞い上がった。
「あ、海! 見えてきましたよ!! うわー、明かりつけてサーフィンやってる人がいますよ。こんな寒いのに正気ですかね?」
「彼らはいつでも波に乗るからね。ぼくがいつでもリズムに乗っているのと同じさ」
「あはは。おもしろいですねー、ほんと、牙琉さんって」
どのポイントがおもしろかったのか激しく気になったけれど、みぬきの笑顔がかわいかったのでどうでもよくなった。恋は盲目と相場が決まっている。

海沿いに車を走らせると、こぢんまりとした個人経営のレストランが見えてきた。そのレストランは大きくはないが、絶景を見渡せるロケーションと新鮮な海の幸が味わえるので
響也のお気に入りだった。
予約席に通されたみぬきは、しぼられた照明の光を受けて鈍く輝く上品な調度類をきょろきょろと物珍しそうに眺めた。
「なんか、意外ですね」
「ん? 何が」
「牙琉さんって、豪華なホテルを貸し切っちゃうイメージがあったから。なんていうかこのレストランって、すっごく素敵ですけど、どっちかというと隠れ家っぽいというか……
うちの『ビビルバー』的雰囲気がありますよね」
「ああ。……「ガリューウェーブ」のガリューがいる、なんてわかったら、ファンが押しかけて店に迷惑がかかるだろう? だから、普段はあまり人目につかない場所を選んでるのさ」
「へー。人気者も大変なんですね」
「まあね。──でも、その人気者を独り占めにしている女の子がいるね」
目の前のみぬきは目を丸くした。
「あれ。もしかして、それ、みぬきですか?」
とぼけているのかどうなのかわからない、微妙な表情と言い回しだ。彼女はこの歳で、どこでこんな小技を覚えてくるんだろう。
「もしかしなくても、きみしかいないよね。ああ、違ったかな。──ぼくがきみを独り占めにしてる、のかな?」
いっそ直球勝負するくらいが、彼女相手にはちょうどいい。今は保護者達もいないのだから、これくらい押したって邪魔は入らない──。そう思って、言ったのだが。
みぬきは何も言わずに黙り込んでしまった。黙り込んだというより、考え込んだ、という方が近いみたいだが……。
「どうかした?」
「いえ……なんだか、よくわかんなくなっちゃって。でも、気にしないでください」
「?」
彼女の発言にはいちいち気になることが多すぎたが、ちょうど前菜が並べられて、彼女がぱっと笑顔になったのを見ると、追及する気にはなれなかった。

*    *

「すっっっっごくおいしかったです! みぬき、パパや王泥喜さんに力いっぱい自慢しちゃいますよ!」
「喜んでくれて、ぼくもうれしいよ」
レストランの味は彼女の好みにクリティカルヒットしたようで、みぬきは何を食べても幸せそうな笑顔を浮かべていた。それがうれしくて楽しくて
、ついつい彼女を眺めるのに夢中になってしまい、何度も目が合うという恥ずかしい体験をしてしまったけれど。
「連れてきて、よかったよ」
車は彼女の自宅へ向かっている。それがとても名残惜しくて、わざとゆっくり車を走らせてみる。
「牙琉さんも、楽しそうでよかった」
「ん?」
「だって、ご飯食べてるとき、ずっとにこにこしてましたから。法廷のときとは違うにこにこって感じ」
それはきみを見てたからだよ、と言おうとして止めた。こんな移動する密室でうっかり変な気分になったら、ちょっと困ったことになる。まぁ、こっちがその気になっても、
まだまだ彼女にはそんな気持ちはないだろうけれど……。
「帰りたくないなぁ」
「……え?」
響也は耳を疑った。あの、パパ大好き、事務所大好き、お仕事大好きのみぬきが、帰りたくない、と言ったのだろうか。
「今日、すっごく楽しかったから、何だか帰っちゃうのがもったいないです」
「じゃあ、少し、寄り道するかい? そうだな──ぼくの部屋、とか」
ハンドルを握る手が、知らず汗ばむほど緊張する発言だったが、うまくいつものように話せたと思う。運転しているからみぬきの表情を見ることができず、
リアクションまでが随分長く感じた。本当は、どれくらい返答に間があったのだろう?
「……それって、新曲、みぬきのために歌ってくれるってことですか?」
「え……あ、ああ。そう、だね」
響也は行きの車内での会話を思い出した。「ぼくの部屋に来ることがあったら、耳元で歌ってあげる」。
「みぬき、行きます! 約束通り、新曲歌ってくださいね?」
こちらを覗き込んできたみぬきの顔は、小悪魔みたいに愛らしかった。

*     *

「わあ! 牙琉さんのお部屋って広いですねー! 事務所の応接間が三つくらい入っちゃいそう!」
「そんなに広くはないと思うけど……」
間取りは1DKだったが、とにかく広い。壁際にはギターや音響機器が並べられていたが、それでも大人数人が入ってもまだ余裕がありそうだった。
「なんだか高そうな機械ですねー。ココで「ガリューウェーブ」の曲をつくったりしてるんですか?」
「作曲とか、作詞とか、ひとりでできることならね。でも大概はスタジオでやってしまうから、ここはどっちかというと“牙琉検事”の部屋、かな」
言われて本棚を見ると、事務所でホコリをかぶっているのを見たことがある法律関係の書物が並べられていた。……どれも横文字だったが。
「あっ! こっち、寝室ですか? 入ってもいいですか」
答えはきかずに、勝手に入るみぬき。
「こらこら、おじょうちゃん。男の寝室に入るなんて、無防備にもほどがあるよ」
響也は苦笑しながら飲み物を持って追いかけた。室内の明かりをつけると、みぬきがキングサイズのベッドの上に乗ってはしゃいでいる。
「なんでこんなにベッドが大きいんですか!? 一人暮らしですよね?」
「ここにはほとんど寝に帰るだけだからね。せめて、ゆっくり眠れるような贅沢くらい、してもいいだろ?」
「寝ぞうが悪いとか?」
「……相変わらず、人の話を聞かないんだね」
みぬきは響也の存在を美しく無視し、ベッドやら枕やらで遊んだ。それが響也には面白くない。せっかく2人で部屋にいるのに、振り向いてもらえないのはさみしい。
「おじょうちゃん」
ドアに背を預け、呼んでみたものの、みぬきは振り向かない。とうとうトランポリンのように、ベッドの上で飛び跳ねだした。
「おじょうちゃん」
飛び跳ねるみぬきの姿を眺める響也。スカートは翻るものの、下着は見えそうで見えない。……別に、見えたらラッキー、くらいだけど。
「みぬき」
呼んだあと、少し気恥ずかしくなった。思えば、あまり名前で呼んだことはなかったかもしれない。
「なんですか?」
響也は突然のみぬきの返事に心底驚いて、ベッドの上に仁王立ちする少女を見た。
「なんですか。牙琉さん」
「え、えっと……そっち、行ってもいいかな?」
「はい」
みぬきがベッドに座り、響也はみぬきの隣に腰をおろした。コーラを入れたグラスを差し出す。みぬきが突然大人しくなったのを見て、響也は不審に思いながらグラスを傾けた。
「どうかした?」
「……みぬき、今、ふと我に返ったんですよ。『あれ、夜中に男の人の部屋に上がり込んじゃったぞ』って」
響也はぎくりとした。そうなのだ。どうしよう。まったくやましい気持ちがなければ笑って流してしまえばいいが、どうにもそうしてしまうにはやましい気持ちを持ちすぎていた。
なにかしたい。
でも、なにかってなんだ。
冷や汗さえ浮かべる響也だったが、みぬきはそんな男の姿を見て、何事かを考え始めた。
「ねえ、牙琉さん。みぬき、一個だけ聞きたいことがあるんです」
「な、何かな」
マジシャンというより、びっくり箱みたいな発言をする少女の言動に、響也は身構えた。みぬきは少しだけ、ためらうような間をおいてから疑問符を投げかける。
「“牙琉さんは、みぬきが好き”?」
「!!」
あまりに唐突で、一瞬で顔が赤く染まったのが自覚できた。あまりに見事にうろたえてしまって、そのことにさらに動揺する。
ば、馬鹿! こんなことで動揺するなんて、らしくない! こんなの、まるで子どもじゃないか──!
慌てて、何と言って誤魔化すかを考えながらみぬきを見た。
みぬきの顔も、赤く染まっていた。
久しぶりに少女らしい表情を見て、響也の胸が高鳴る。
「み、みぬき……?」
「……歌って、くれるんですよね? 今から」
何を、と聞く前にみぬきのまっすぐな瞳とぶつかった。神秘的なまなざしに、視線をそらせない。
「“大人の男が、年下の女の子に恋をする歌”」
それは響也が、みぬきのためにつくった曲。思いを託したメロディーは、彼女の心に届くだろうかと、まるで思春期の少年のようなことを思ったものだ。
「そう、だね。歌うよ──きみの耳元で」
きみのためだけに。
そうささやいて、響也はみぬきの唇に自らの唇を重ねた。

何度も口づけ、舌を絡ませ合いながら二人はベッドへ倒れ込んだ。サイドテーブルに二人分のグラスを置いて、響也は少女の唇を貪る。
「ん、ふぅ……はあっ……が、牙琉、さんっ……」
「キョーヤって、呼んでごらん。みぬき」
呼んで、と言いながら再び深く口づける。みぬきは必死に響也の背中にしがみついていたが、その腕も徐々に力が入らなくなっていく。
「そ、そんなに口ふさがれたらっ……名前なんて、呼べません……! きょうや、さん……」
「うん。よくできました」
そして、また口づけ。さわやかに笑っているくせに、響也は何度も食らいつくすような激しいキスを求めてくる。みぬきは息も満足にできずに、苦しくて涙を流した。
「あれ、みぬき、大丈夫?」
こぼれる涙を舐めとる響也。細い顎に指をかけ、いつでもキスに移れる態勢だ。
「く、苦しいんですっ……! 息、できなくてっ……」
「あっはっは。ごめんごめん。──あんまりみぬきが可愛いから、つい、ね」
そう言っては、またついばむように数度唇を奪う。
響也ははしゃいでいた。はじめて片思いをして、そのはじめての片思いが実った。世界がバラ色に見えた。みぬきの細い体を抱きしめて、髪にも額にも頬にも唇にもキスを降らせた。
もう放したくないとさえ、本気で思った。みぬきの指に自分の指をからませて、その繊細な感触に酔う。
首筋に口づけた。みぬきの身体がぴくりと反応する。たったそれだけの反応が愛しくて、鎖骨に、服の上から胸元に、腹部に唇を寄せる。
ニーハイソックスから見える素足の部分をなでると、意外なほどの柔らかさに何度もさわり心地を確かめた。
「ん……、ぁ……や、だ。響、也さんっ……」
荒い息から漏れるみぬきの抗議は、響也の耳まで届かない。ただ、何かとても可愛い音が聞こえる、くらいにしか響也は感じ取れないでいた。
服越しとは言え体中を触り始めた響也に、みぬきはぶるりと身体を震わせる。
「きょ、響也さん……、こわいっ……」
「……大丈夫だよ。何にも、しないから」
これ以上は、ね。
耳元でささやかれただけなのに、肌が粟立った。欲情した男の声を聞くのは、生まれて初めてだったから。
「きょ、響也さん……!」
「怖い? それじゃ、目をつむって。……歌を歌うよ。約束通りに、ね」
みぬきはギュッと目を閉じる。みぬきの想像通り、まず響也の唇が降ってきた。その後、耳たぶを甘噛みされながら、曲が流れてくるのを聞いた。響也が歌っている。
みぬきを貪りながら、小さな鼻歌を歌っているのだ。鼻歌はそのままに、指先が身体のラインをなぞる。首筋から鎖骨、胸、脇から腰へとゆっくりと指を這わせた。
その這う指の太さや熱さに、みぬきの顔が赤く染まる。ただ触られているだけなのに、すごくいやらしいことをされている気がした。みぬきは目をつぶっているので
今の自分たちの状態がどうなっているのかはわからなかったが、おそらく、相当淫らな顔をしているはずだ──響也が。
鼻歌には、徐々に荒い息が混じり始めていた。響也の唇がみぬきの手を這い、指を一本ずつ丁寧に舐めあげているのだ。その生暖かで卑猥な感覚に、
みぬきの背にぞくりとしたものが這い上がってくる。知らず、息が上がるのを感じた。両手の指を舐めあげた後、鼻歌はみぬきの足元から聞こえるようになる。
そして──唇は内のふとももを這いまわり、舌がみぬきの柔肌をちろちろと舐めあげていた。ちゅっと音を立ててふとももに口づけられて、みぬきはたまらず目を開ける。
「ちょっ……ちょっと、響也さん! みぬきのパンツみてるでしょ!」
「うーん。ぼくはもうちょっと色っぽい下着姿のみぬきが見たいかな。くまちゃんのプリントも、かわいいとは思うけど」
「もー! 何もしないって言ったくせに! へんたい! ろりこん!!」
「……ちょっとダメージくらうな、今のは」
そうは言いながらも、響也はみぬきへの愛撫をやめようとはしなかった。ふとももに頬ずりし、指を這わせる。

「ひゃ……!」
すごい可愛い表情したな、今。
高揚した頬と、真っ赤に濡れた唇。涙で潤んだ瞳に切れ切れの息、高い声音は、容易に“その瞬間”を連想させた。響也は思わず生唾を飲み込んで、気づく。
やばい。勃った……。
服の上から触るくらいなら、何とか最後まで理性をつなげると思ったのに、まさか表情一つでオトされるとは思わなかった。どうしよう、コレ。
本当に、触る以上のことは何もしないつもりだったのに。
急に動きを止めた響也をいぶかしんで、みぬきが男の顔を覗き込む。
「どうかしたんですか? 響也さん」
「う……その……」
みぬきの瞳はまだ興奮に潤んで、唇は唾液でぬれ光っていた。自分が彼女の体中をまさぐったせいで衣服が乱れていて、まるで情事の直後のような卑猥さだ。
ますます下半身に熱がこもるのを感じて、響也は唇を噛んだ。もう、ここまできたら──
「……みぬき。ぼくと、大人の愛を……交わそうか」
ちゃーんちゃちゃーん ちゃっちゃっちゃー ちゃっちゃっちゃっちゃっちゃー
キメゼリフの最中に、何とも微妙な音楽が流れた。この音には聞き覚えがある。
「あ、パパから電話!」
以前「ガリューウェーブ」がカバーした、人気特撮ヒーロー番組の主題歌だ。みぬきは乱れた衣服のまま、携帯電話に飛びついた。
響也は、色々ダメージを負った。色々。
みぬきは少し養父と会話を交わし、すぐに電話を切る。響也と向かい合うと、もう乱れた少女の面影はなくなっていた。
「……あの人、何て?」
「早く帰って来なさい、って。でなきゃ迎えに行くって。パパってば過保護なんだから」
つまり、今日はここまで、ということ。
響也はこっそり溜息をついた。
まぁ、まだ早いよな、と心中でつぶやいて自分の欲求不満を納得させる。
「オーケイ。じゃあ、家まで送るよ」
「響也さん」
ベッドから立ち上がった響也を、まだ座ったままのみぬきが見上げた。
「“大人の愛”は、また今度?」
「!」
なんだ。ちゃんと聞こえていたのか。
その事実がちょっぴりうれしくて、響也は微笑んだ。
「うん、そうだね。もう少し、みぬきのキスがうまくなってからにしようか」
そう言って、頬に唇を寄せた。みぬきは少し頬を膨らませる。
「もう! みぬき、今日が初めてだっただけで、すぐにうまくなりますよ」
「ははは。楽しみだなぁ……ほんとに」
早く上手くなって。そうしたら、すぐにでも攫うから。
ベッドから立ち上がるみぬきをエスコートしながら、響也は期待に胸を高まらせた。
「続きの『歌』は、車の中で歌おうか」
「……キスなしで、歌ってくださいね?」

おまけ

*    *
「やっぱり、行かせるんじゃなかった!」
成歩堂は憤慨していた。
みぬきの帰りが遅いので携帯に電話したら、明らかに個室の反響音がしたのだ。近くで衣ずれの音がしたし、よもや変なコトをされていないか、成歩堂は気が気ではなかった。
「なるほどくん、まるでお父さんみたいだねー」
「お父さんなの! あの変態検事、みぬきにナニかしてみろ。二度と検事席に立てないようにしてやる」
かなり本気っぽい感じの発言に、真宵が引いた。
「それにしてもさー。御剣検事がはみちゃんと仲良くなって、その……ガリュウくん? がみぬきちゃんと仲良くなったらさ、“検事ロリコン疑惑!”みたいなのが週刊誌のアオリになりそうだよね」
「……御剣と春美ちゃんは……なんかそうだけど違うような……」
精神年齢一緒だからかな。それよりあのいやらしい検事の方が、よほどロリコン臭い。
思い出してまた腹が立った。ふてくされて、目の前の日本酒を一気にあおる。
「おーい、なるほどくーん。先に酔いつぶれちゃやだよー」
こたつの向こう側からゆさゆさと身体をゆさぶられる。真宵の手が、自分が覚えているものより少し大人っぽくなったような気がした。みぬきもいつかこんな女性の手になるのだろうか。
「うう……男親なんて切ないなぁ……。娘なんて持つんじゃなかった」
「うわ。さっそく花嫁の父気分を味わってるね」
呆れて笑う真宵。そして笑顔で、でもさ、と続けた。
「みぬきちゃんがお嫁さんに行っても、なるほどくんにはあたしが付いててあげるよ」
成歩堂が真宵を見ると、真宵は照れくさそうに笑うばかりだ。大人の女性の手になっても、笑顔は昔のままだった。それに安心する成歩堂。
「……でも、みぬきはあのオトコにだけはやれないな」
照れ隠しにニット帽を深くかぶって、成歩堂はつぶやく。真宵はこたつの中で成歩堂の足を蹴って、なるほどくん、子離れしなよ! と笑って言った。

おわる

 

最終更新:2020年06月09日 17:44