・ 美雲(17)、イトノコ(32)
・ エロ有り
・ 「燃え上がる逆転」の数日後
・ 逆転検事のラスボス及びその他についてネタバレ
・ 作中で言及していない設定も含む

逆転検事をクリアした後、美雲が可愛すぎたために居ても立ってもいられなくなり、その勢いのままに書いたものです。
エロパロはおろか自作の小説を公衆の面前で晒すのすら(ほぼ)初めてなので、
色々と至らない点もあると思いますが、お楽しみいただければ幸いです。


所轄署から大通りに沿って南へ、徒歩20分。
まるで「ボロアパート」を絵に描いたようなその住宅地の一室に、彼は住んでいる。
糸鋸圭介・・・所轄署勤務、殺人事件・初動捜査担当。32歳の刑事だ。
「う~ん・・・」
窓から漏れ出る陽の光を受けて、彼は布団から這い出る。
右手で頭をバリバリと掻くと、枕元に置いていた時計を手に取り、時間を確認した。・・・11時30分。
彼にしては、やけに遅い起床だが・・・まだ寝足りないらしく、再び布団をかぶってしまった。
「折角の休みッスからねぇ・・・さてと、もう一眠りするッス」
昨夜は仕事が長引き、帰宅が深夜になってしまった。
それ故、今糸鋸を襲う睡眠欲はなかなかに強烈で、抗う気も起こらなかったので、彼は素直にそれに従う。
・・・しかし、結局、それが満たされることはない。
彼が布団にもぐりこんですぐ、外から階段を騒々しく上がってくる音が聞こえてきた。
1,2,3,4・・・歩数を数えると、階段の段数の半分だ。どうやら、1段飛ばしで駆け上がっているらしい。
足音は糸鋸の部屋の前で止まり、次いでノックの音が聞こえてくる。
(・・・誰ッスか?こんな朝早くに・・・)
彼はしぶしぶながらもう一度布団から這い出ると、頬を数回叩き、眠気に支配された頭を揺り起こした。
おぼつかない足取りでドアの前に向かう。
「どなたッスか?」
「あ、ノコちゃん?あたし。ミクモちゃんです!」
「へ?」
予想外の来客に、糸鋸はつい間の抜けた声を出してしまった。
もちろん顔は見えないが、ドアの向こうの声は間違いなくその名乗りの通りである。
「み、ミクモちゃんッスか?今着替えるッスから、ちょっと待ってるッス」
「ん、分かった」
了承を得て、糸鋸はすぐに着替えを始めた。
一条美雲。7年前・・・「第2のKG-8号事件」と呼ばれた事件の裁判の最中、裁判所で出会った少女。
糸鋸にとっては歳の離れた親友であり、天才検事・御剣怜侍の助手の座を取り合った、小さなライバルでもあった。
・・・のだが、数日前、密輸組織のボスであるカーネイジ・オンレッドの裁判の後・・・
美雲は御剣・糸鋸とは袂を分かち、それ以来二人は会っていなかったのだ。
一応、糸鋸も「いつか帰ってくるだろう」とは薄々思っていたが、
まさかこんなに早くその日が訪れるとは・・・と、内心、驚きを禁じえないようだ。

「さ、入って良いッスよ」
「はーい」
糸鋸が言い終わるのとほぼ同時に、美雲はドアをガチャリと開ける。
そこには、前に会ったときと全く変わらない、ピンクの唐草模様の服と、真っ黒なマフラーを身につけた、「大ドロボウ」の少女がいた。
相変わらずの無邪気な笑みを浮かべ、右手を頭の横に上げて、糸鋸に挨拶をする。
「ヤッホー、ノコちゃん!」
「いやー、ビックリしたッス。何で自分の家の場所が分かったッスか?」
糸鋸は満面の笑みで美雲を迎え入れる。
もちろん、何故こんなに早く帰ってきたのかと疑問もあったが、いきなり聞くのも野暮だと思い、とりあえず口には出さなかった。
「前にね、ミツルギさんに聞いたんだよ。メゾン・ド・なんとかっていうアパートに住んでるって」
「なるほど、そッスか・・・ま、とりあえず上がるッス」
「うん!」
美雲はブーツを脱ぎ、玄関口に揃えて置くと、部屋へと上がりこんだ。
「お邪魔しまーす。あ、意外と片付いてるんだね」
「ハッハッハ。寝食関係以外何にも無いッスから、散らかりようがないッス!」
自慢なのかどうか良く分からない糸鋸の台詞を尻目に、美雲は部屋をキョロキョロと部屋を見回していた。
四畳一間のその部屋は糸鋸の言うとおりほとんど何も無いが、布団一枚だけで部屋の半分近くが埋まってしまっている。
「うーん、確かに・・・さすがのあたしでも、これじゃ何にも盗みようが無いよ」
「窓を開けたまま寝れるのは、ビンボー人の特権ッス!・・・ま、常時開きっぱなしみたいなものッスけど」
糸鋸は南側のガラス戸・・・だったのであろう場所を指差した。
ダンボールをガムテープで貼り付けてふさがれたその窓からは、隙間風が容赦なく入り込んでくる。
「うわ、ホントだ!何でガラスが・・・」
「最初っから割れてたッス。家賃のあまりの安さにつられて入居したッスけど、冬場はハッキリ言って地獄ッス」
「ちゃんとしたガラス買えば良いのに・・・あ、そうだ。今度ここに入るときには、ここからコッソリ入ってみようかな」
「それはカンベンッス・・・このダンボールを破かれたら、もう補修する材料が無いッス」
糸鋸は電気をつけ、部屋を明るくすると、座布団を1枚敷き、自分は布団の上に座った。
それにつられて、美雲も座布団に座る。
「ノコちゃんって、あのコート着てないとちょっと印象変わるね。ネクタイも締めてないし」
「そッスか?自分ではあんまり変わったように思えないッスけど」
「あと、耳にエンピツも挟んでないしね」
「うーん、それは関係ないと思うッス・・・あ、そうそう。お茶でも飲むッスか?」
「お、気が利くね、ノコちゃん!ちょうど喉かわいてたんだ」
「じゃ、ちょっと待つッスよ」
糸鋸は戸棚から茶筒と急須を取り出すと、茶葉を少しずつ急須に入れた。
茶筒の底をトントンと叩き、微妙な量の調節をする。
「そういえばノコちゃん、ここってトイレは?」
「1階に共同のトイレがあるッス。部屋にはないッス」
「それじゃ、お風呂なんかは・・・」
「そんなモノが付いた部屋に住む余裕があったら、まずソーメン生活から脱出するッス!」
「・・・ノコちゃん、ホントにちゃんと給料貰ってるの?」
「モチロンッス!・・・まぁ、額は人には言えないッスけどね・・・」
糸鋸はコンロに置いてあったやかんのフタをこじ開けると、中に水をため始めた。
流しの前に立つ糸鋸の大きい背中を、美雲はじっと見つめる。
しばらく見ていると、何か決心をした様子で、美雲はうん、と頷いた。

「あ、あのね、ノコちゃん。ちょっと、話があるんだけど」
「ん?何ッスか?改まって」
美雲は視線を下にやり、突然口調を変えて言った。
その様子に糸鋸は何か「事情」を感じ取り、やかんをさっさと火にかけると、布団の上に座る。
・・・もしかすると、早々に戻ってきた理由について話すのかもしれない。と思い、糸鋸は少し身構えた。
「その・・・話っていうのは、ついさっきのことなんだけどね」
美雲はモジモジした様子で、中々話を進めようとしない。
「あたし、実は・・・あの日から今日まで、ずっとこの辺りで寝泊りしてたの。ノコちゃんやミツルギさんのいる場所からすぐに離れちゃうのは、なんか寂しい気がして・・・気持ちの整理をつけてから、この街を出ようと思ってたの」
「ふんふん。それで・・・どうして、ウチに来たッスか?」
「えっと・・・・わ、笑わないでね」
よほど恥ずかしいような事情でもあったのか、美雲は念押ししてから「話」を始めた。
「さっき、ちょっとトイレに寄ったの」
「へ?トイレッスか?」
「うん。・・・その。そこで、ちょっと、サイフを置き忘れちゃって」
両手の人差し指をくっつけ、頬を赤く染めて話す美雲。
糸鋸はポカーンとした表情で聞いている。
「で、それに気付いて、取りに行ったんだけど・・・もう、無くなってて」
「え。・・・つまり、盗まれたッスか?サイフを」
「・・・・・」
あえて直接には言っていなかったことを糸鋸にストレートに言われ、美雲は手で真っ赤な顔を覆った。
「大ドロボウ」としては、サイフをどこの誰かも知らない者に盗まれるなど、あってはならない失態だと思っているのだろう。
「だから、その・・・おかあさんに、お金を送ってもらえるように頼んだんだけど・・・明日まではかかるらしくて。それで、どうしようもなくなったから・・・」
「なるほど。それでウチに来たッスか?」
「・・・うん。あ、もちろん、寝床はあたしで何とかできるから。ただ、ちょっとだけ、ゆっくりさせてもらえれば」
美雲は笑顔を作ると、手を横に振り、慌ててそう付け足した。
その様子が、糸鋸には不自然に感じられたらしい。彼は自分のあごひげをさわりながら、美雲に問いた。
「泊まる場所のアテなんて、どこかあるッスか?」
「・・・う。いや、それは無いんだけど・・・」
珍しく糸鋸の洞察が当たり、美雲は言葉に詰まる。
どうやら、あまり世話になるのも悪いと感じ、遠慮していたらしい。
糸鋸はひざ立ちになると、美雲の肩に両手を乗せた。
「ミクモちゃん、自分に気なんか遣わなくて良いッスよ。1日や2日ぐらい、気前良く泊めちゃうッス」
「・・・え?ウソ?いいの?」
「そりゃそッス。ミクモちゃんのピンチとあらば、助けないわけには行かないッス!」
糸鋸はハッハッハと笑うと、右の拳で胸をドンと叩いた。
「あ、ありがとう!ノコちゃん!」
美雲は座布団から腰を浮かすと、素早く糸鋸の胸へと抱きついた。
その勢いで糸鋸はバランスを崩し、転倒しかけるが、何とか体勢を保つ。
「いやいや、礼には及ばないッス。むしろこんな貧相な家に泊めて、申し訳ないぐらいッス」
糸鋸は美雲の背中をポンポンと叩き、そう言った。
どうやら謙遜でも何でもなく、本心からそう思っているらしい。
・・・と、この時、沸かしていたお湯が沸騰したらしく、無粋にも笛の音が鳴る。

「ん、お湯が沸いたッスね。早速飲むッス」
「あ、うん」
やかんの注ぎ口のフタを開け、急須へとお湯を注ぎ込む。
流しの側から湯飲みを持ってくると、薄い緑色のお茶へと変わったそれを、チョロチョロと注いだ。
「はい、どうぞッス」
「ありがと・・・あれ?ノコちゃんは飲まないの?」
「生憎、湯飲みがそれ1つしか無いッス」
「・・・」
美雲は湯飲みを受け取ると、ふーふーと5,6度息を吹きかけ、十分に冷ましてから一口飲んだ。
隙間風によって冷え切った部屋のおかげで寒い思いをしていたらしく、美雲はホッと顔を緩ませる。
2口目も同じように、過剰なほど念入りに息を吹きかけ、飲む。それ以降も同様だった。
「・・・ミクモちゃん、もしかして猫舌ッスか?」
「え?・・・うーん、そうなのかな。お茶は好きなんだけどね」
湯飲みからは白い湯気が立ち、そう簡単には冷めそうもない。
これでは飲み終わるまでに少し時間がいるだろう、と糸鋸は思い、あくびを一つした。
その瞬間、突然、玄関に置かれた電話が鳴る。
「あ、電話ッス。ちょっと待ってるッス」
糸鋸は電話の元へ駆け寄ると、受話器を取り、耳に押し当てた。
「もしもし?・・・・え、課長ッスか?・・・・今から・・・はぁ。了解したッス」
用件は20秒ほどで済んだらしく、糸鋸はすぐに受話器を下ろし、美雲の元へ戻ってきた。
決して良い知らせではなかったらしく、その足取りは重く、肩はグッタリと落ちている。
「どうしたの?」
「刑事課の課長からだったッス。今すぐ所轄署まで来てほしいとのことッス」
「えー!今日、日曜日なのに?」
「参ったッスねぇ・・・・こんな時に限って」
糸鋸は深くため息をつくと、部屋の隅においていたネクタイを締め、愛用のコートを着た。
首を横に動かしコキコキと鳴らすと、玄関へ行き、靴を履く。
「じゃ、自分は行ってくるッス。いつ頃帰るかは分からないッスから、おヒルはソーメンでも食べててほしいッス」
「はーい。頑張ってね」
直後、バタン、と扉の閉まる音がした。
足音がどんどん遠ざかり、金属製の階段を下る音がやかましく聞こえたかと思うと、すぐに聞こえなくなる。
部屋の中は、あっという間に静寂に包まれた。
「うーん・・・帰ってくるまで、どうしてよっかな」
誰に言うでもなくそう呟くと、美雲は布団に横になり、天井の木目を眺め始めた。

「ふうー・・・まさか、こんなに遅くまでかかるとは思わなかったッス」
次に糸鋸はアパートへ戻ってきたのは、時計の短針が反対側へ移動した頃。
署に到着したあと、予想外に仕事が増えてしまい、こんな時間まで仕事をする羽目になったらしい。
アパートに続く上り坂を、息を切らしながら走っていく。
「ミクモちゃん、何してるッスかねぇ・・・」
アパートが目の前に見えても、糸鋸は足を止めなかった。
美雲をあまり待たせてはいけないと、大急ぎで階段を駆け上がる。
自分の部屋の前に立つと、乱れた呼吸を整え、部屋の中へ入った。
「ただいまッス・・・あれ?」
彼が部屋に入ったとき、中は完全に無音だった。
内心ちょっぴり期待していた、美雲の「おかえり」も聞こえてこない。
・・・見ると、美雲は布団の上で、眠りに落ちてしまっていた。
退屈をもてあましていたのだろう・・・スースーと寝息を立てて、熟睡している。
「いつの間にか眠っちゃってたッスねぇ・・・」
糸鋸はまるで娘を見る父親のような目で美雲の寝顔を見つめた。
当然ながら、美雲は彼の存在には微塵も気付かず、ただ寝息を立てるばかり。
糸鋸は美雲の肩をトントンと叩き、起こそうと試みる。
「ん・・・んん・・・・」
苦しそうに寝返りを打ち、美雲は糸鋸の手から逃れようとした。
これぐらいでは起きないなと思い、糸鋸は美雲の体を揺する。
「ミクモちゃん!起きるッスよ!」
「・・・んー・・・・え、あれ・・・?ここって・・・・」
重たい瞼を開け、美雲は眠りから覚醒した。
それと同時に、勢い良く頭を持ち上げ、キョロキョロと辺りを見回す。
「・・・そっか。寝てたんだ、あたし」
「そッス。・・・どうかしたッスか?」
眠りから覚めた美雲の表情は、どことなく寂しげに見えた。
何かあったのだろうかと、糸鋸は美雲に問いかける。
「・・・夢を見てたの。あたしの、お父さんの夢」
「お父さん?・・・あ」
彼女の言の意味に気付き、糸鋸は口に手を当てた。
「・・・お父さんがまだ、生きてた頃の夢」
美雲は糸鋸から目を逸らして、言った。
そう、彼女の父親・・・一条九郎は、7年前に死んでいる。二人が出会った法廷で、殺されているのだ。
数日前の、大使館で起こった別の事件の捜査で、その犯人は逮捕されたが・・・
それでも彼自身は、永遠に・・・帰ってくることはない。
「・・・やっぱり、まだ、寂しいッスか?」
「分かんない。・・・・でも、時々・・・・会いたくなる。お父さんに」
美雲は顔を伏せると、呟くようにして言った。
部屋の中を包む無音のなか、鼻をすする音が一つ、聞こえてくる。
「もう、どこにもいないのは、分かってるよ。・・・分かってるけど。・・・・会いたいのは、しょうがないもん・・・」
美雲は目を潤ませ、下唇をかみ締め・・・誤魔化しようも、処理しようもない感情に、ただ耐えていた。
胸が詰まるような思いを抱えながらも、彼女はこの7年間を生きてきたのだ。
・・・恐らく、今までも度々、この感情に襲われることはあったのだろう。
肉親の死というのは、そう簡単に立ち直れるものではない。
糸鋸自身もこれまでの、32年間の経験を通じ、そのことは重々理解していた。

「ご、ごめんね。いきなり、こんな話・・・」
「・・・・ミクモちゃん。顔を上げるッス」
「ん・・・・う、うん」
糸鋸に促され、美雲は目をゴシゴシと擦ると、伏せていた顔を上げ、糸鋸の顔を見た。
・・・その瞬間。糸鋸は美雲の頭を両腕でしっかりと支えると、自らの胸板に押し当てた。
「え・・・の、ノコちゃん・・・?」
突然のことに美雲は困惑し、目を丸くした。
糸鋸は美雲の背中に手を回すと、かたく彼女の身体を抱きしめた。
「・・・お父さんとの約束。今でもまだ、守ってたッスね」
子供をあやすような優しい声で、糸鋸は語りかけた。
「約束」。美雲が子供の頃にしていた、父との交換ノート・・・そこに書かれた、いくつかの約束のことだ。
「確か・・・・『知らない人には、涙を見せない』・・・だったッスね。・・・それなら、大丈夫ッス。ほら、自分はもう、ミクモちゃんにとって『知らない人』なんかじゃ無いッスから。いくらでも泣いて見せて、良いッスよ」
糸鋸の言葉の一つ一つが、美雲の心の弱い部分を刺激していた。目頭が熱くなるのを感じる。
今まで、誰にも打ち明けてこなかった、寂しさ。・・・それを分かち合ってくれる人間が、目の前にいる。
亡き父親のような温もりを持って、自分のことを抱きしめてくれているのだ。
・・・気がつくと、その瞳からは、大粒の涙がボロボロと零れ落ちていた。
「う・・・・うえっ・・・・・ふええええええん・・・・・!」
美雲は糸鋸の背中に手を回し、すがりつくような形で、泣き崩れた。
7年間・・・溜め込んできた寂しさを洗い流すように、涙が洪水のように溢れ出していく。
「お父さん・・・・ひくっ、お父さんっ・・・・・!」
しゃっくりに紛らせ、何度も父親を呼ぶ美雲。
かつての父の面影を思い出しているのか、はたまた、父の姿を糸鋸に投影しているのか。
みるみるうちに、糸鋸のシャツは美雲の涙で湿っていった。
(・・・ずっと、寂しかったッスね・・・)
・・・7年前。あの時も、美雲は今と同じように・・・法廷で泣いていた。
10歳になったばかりの女の子が、突然肉親を無くしたのだ。無理も無いだろう。
あの後、彼女は立ち直り、父親の死を受け入れたように見えていたが・・・
やはり、心の奥底には、まだ寂しさはあったのだろう。
美雲は、ずっとその感情と戦ってきたのだ。・・・・7年間、たった一人で。
そう考えると、よりいっそう、美雲への愛しさが込み上げてくる。
「う・・・っく、えうっ・・・・お父さ・・・っ、ぐすっ・・・・」
美雲の泣き声はいつの間にか下火になり、糸鋸を抱きしめる力も弱まっていた。
糸鋸は美雲を自分の両腕から解放させると、そのまま肩にその手を乗せ、言った。

「ミクモちゃん。お風呂に入りに行くッス」
「・・・え?」
何の脈絡も無く、突然風呂に誘われ、美雲は困惑した表情を見せる。
糸鋸は美雲の肩をしっかりとつかむと、自分のほうへと引き寄せた。
「お風呂に入って、辛い事は一旦忘れるッス。一人っきりで向き合うのは、大変ッスからね・・・・気を取り直して、信頼できるようなヒトと、一緒に戦えば良いッスよ」
肩を抱き、美雲の目をまっすぐ見据えて、糸鋸は言う。
彼女の目は相変わらず潤んでいたが、最初に比べれば大分元気を取り戻していた。
腕を顔にゴシゴシと擦りつけ、びしょ濡れになっていた目の周りを拭うと、いつものような無邪気な笑顔を見せる。
「ありがとう、ノコちゃん・・・もう大丈夫」
その表情に安心したのか、糸鋸はホッと一息つくと、美雲の肩から手を離し、立ち上がった。
「それじゃ、お風呂に入りに・・・」
行くッス、と言うのを遮り、緊張の糸が切れた糸鋸の腹から、グーと空腹を知らせる音が鳴る。
そういえば、署でごく軽い昼食を取った以外、今日は何も食べていなかった・・・と、糸鋸は思い出した。
美雲はというと、呆気に取られたような表情をしている。
「・・・いや。やっぱり、ゴハンが先で良いッスかね・・・?」
バツが悪そうに頭を掻く糸鋸の姿に、美雲は心の奥底の何かが緩むのを感じた。自然と笑みがこぼれてくる。
「ノコちゃん、せっかくかっこよかったのに。今ので台無しだね」
「うう。面目無いッス・・・」
自然と、美雲の心から・・・寂しさは消えていた。
・・・かつて父親から受けたものと同じ愛情を、たった今感じたからかもしれない。
また一つ助けられたと、美雲は糸鋸に感謝しながらも・・・とりあえず二人で、夕食のソーメンを茹でるのだった。

最終更新:2020年06月09日 17:38