シーナが笑ったところを狼は数えるくらいしか見たことがない。 その笑顔も正直なところ笑顔というよりも片頬をひきつらせたもの程度といったほうが正しいだろう。
秘書に彼女が就任してから月日が流れた。 けれど彼女は心のかけらも相変わらず見せてはくれない。 自分はこんなに振り回されてるというのに。
ファーを片手で弄べば、表情一つ崩さずに彼女は「狼」と彼の名前を呼ぶ。

「シーナ」
「なんだ」
「お前、仏頂面で疲れないのかよ」

前々から思っていた質問を投げかければ「別に」と返ってくる。 いつもと変わらぬ反応。
いつもはそこで引き下がる狼だが今日の彼はひと味違った。 弄んでいた黒いファーを引き剥がし、むき出しになった彼女の白い肩に手を這わせた。 柔らかく、ラインをなぞり首筋までなで上げると、無表情で無反応のシーナの肩が小さく上下した。
声は発しない。 けれども体は正直なようで、彼女は浮かせた肩について弁論はせず、ぐっと狼を見上げていた。

「抵抗しろよ、ちったぁ」
「したらやめるのか」
「お前が本気で抵抗すればな」

狼子曰く、とおきまりの文句を言い掛ければ些か乱暴に今度は狼の白いファーがぐいと引っ張られる。 クールな彼女の、些か情熱的な接吻に目を剥く。 唇が離されるとシーナは、挑戦的に、挑発するように「笑い」かけた。

「答えは以上だ」
「…面白ぇ、その鉄壁崩してやるぜ」

そうして、合図と言わんばかりに狼は彼女の物言わぬ唇を浚い、己の体と共に彼女を押し倒した。

最終更新:2020年06月09日 17:54