・「お前正気か」と思うほど長い
・はみみつですが、いつものはみみつとは設定が全く違います。
・だが、はみが女子高生なのは鉄板。
・御剣がロリコンなのも鉄板。
・2人とも片思い
・2人とも幸せにならない
・悲恋系




*     *

足もとがふらつく。

仕事が終わったので、元弁護士の友人に、個人的に依頼していた裁判記録のファイルを取りに行こうとして、御剣は身体がひどくだるいことに気が付いた。
どうやら季節はずれに風邪でも引いたらしい。今日は余計なことをしゃべらず、早く帰るとしよう。そう思って「成歩堂なんでも事務所」とある事務所のインターフォンを鳴らすと、
常とは違う少女がひょこりと顔を出した。
「まあ! みつるぎ検事さん」
「春美くんか……?」
出迎えたのは、マジシャン志望の少女ではなく、古い知人である綾里春美だった。久しく見ない間に、随分大人びた。今日はセーラー服を着ているので、
ことさら彼女の成長ぶりが目に見えた。
「そうか。きみは今、こちらの高校に通っているのだったか」
「はい。それで、今日は真宵さまのお遣いに来たのですけれど、なるほどくん、みぬきちゃんとお出かけしてしまって……どうぞ、中で待っていてください。きっとすぐに戻ってきますよ」
春美に促されて、御剣はものがやたらと多い事務所の中へと歩みを進めた。ソファに座り、息をつく。
「……みつるぎ検事さん? ずいぶんお疲れの様子ですね。大丈夫ですか」
「いや、少し身体がだるいだけだよ。成歩堂にもらうものをもらったら、すぐに帰る」
目をつむってそう答える御剣。目を閉じているだけでも、身体の疲労が取れる気がした。すると、ふいにやわらかであたたかな感触が頬に触れた。
驚いて目を見開くと、もっと驚いた。春美の顔が至近距離にあった。頬には彼女の手のひらがあてられている。
「は、春美くん……?」
「やっぱり! お熱があります!! いけませんよ、検事さん! ご無理をなさっては、治る病も治りません!」
まるで子どもを叱る様に、めっという顔をされてしまった。そんなことをされたことがないので、ひどく恥ずかしい気持ちになる。
「……時には、無理をしなくてはいけないときもある」
「それは、今がそうなのですか?」
「……」
いつもかもしれない。
御剣は返す言葉がなくて、黙り込んでしまった。春美は大きく溜息をついて、別室へと消えてしまう。
呆れさせてしまったのだろうか。まだ高校生になったばかりの少女に。それにしても、彼女は随分大きくなった。はじめて出会ったころは本当に泣き虫で、
よく笑う子どもだったのに。さっき頬に触れた指は、しなやかで美しく、温かかった。繊細そうな指先で、まるで女性だ。目の前で見た大きな瞳も、
長いまつげも、白い肌も、知人の欲目などなくても美人と評することができた。友人の娘と、たしか一つしか違わないはずなのに、なぜこんなにも“女”を感じるのだろうか。
そこまで考えて、御剣は頭を振った。どうも、相当熱が高いようだ。とりとめもないことが頭をよぎり、収集がつかない。
そして、どれくらいの時が経ったのかはわからないが、春美が大きな毛布を抱えて部屋 へ戻ってきた。頬に笑みをたたえながら、手に持った毛布を肩にかけてくれる。
その様は慈愛に満ちていて、ひどく心が休まった。
このままなら、きっとすぐに眠ってしまう。
他人の仕事場だということも忘れて、疲れた体を睡魔に明け渡してしまいそうだ。だが、うつらうつらとする中で、突然温かなものが額に触れる。
揺れる視界には、さっきよりもずっと近くに春美の美貌があった。目を見開く御剣。春美の額が、自分の額に触れていた。その意図は理解できたが、御剣はなぜか息をつめた。
自分の姿を映す澄んだ瞳、白磁の頬、やわらかそうな唇、触れる額の心地よさ……。全てに心を奪われそうだったから。

いや。

あるいは、奪われてしまったのか。
御剣は、春美から視線を背けた。

毛布を持ってくると、御剣はすっかりうつらうつらとしていた。そんな御剣を見て、春美はまるでおおきな犬みたい、などと考える。
そして、ふふっと笑った。ずっと大人だと思っていたひとが、眠る姿のあどけないのを知って、何だかいつもより自分が優位に立てた気がしたのだ。
「はい、温かくしてくださいね」
そう言って、正面から御剣の肩に毛布をかけてやる。至近距離で男の顔を見て、やはりいくつになってもこの人はきれいな男の人だと思った。
普段は白すぎるくらいの肌が、熱で赤くなっていて、瞳が潤んでいる。ずいぶん庇護欲をそそるひとだな、と感じながら、春美は御剣の額に、自分の額をくっつけた。
熱を測ろうと思っての行動だった。そんな春美の行動に、御剣は目を見開いて驚いた表情をした。顔を赤くして、視線を背ける。その御剣の様子に、春美もまた驚く。
こんな大きな殿方でも、照れることなんてあるのだ、と。
触れる額の熱が、何だか急に愛おしく感じた。胸の奥が、きゅうっと締め付けられる。しんと静まり返った室内で、御剣はふいに視線を上げた。
至近距離で互いに見つめあう。小さく、かすれた男の声が春美の耳を打った。
「ダメだ……」
そう。だめだ。
でも、そう思った時には、もう遅かった。春美は、静かに御剣の瞼へと口づける。暖かな瞼と唇が接触した、誰も動かないその時──。

確かに二人は、触れてもならない恋に落ちた音を聞いた気が、した。

*    *

それから数ヶ月後、梅雨入りし始めた雨の中、偶然にも御剣は学校帰りの春美に出会った。成歩堂の事務所に行く途中だったので、おそらく彼女の行き先も同じだろうと思われた。
しかし、風邪で世話になって以来彼女とは会っておらず、何と声を掛けていいか分からなくて思わず足まで止めてしまった。すると、自分の存在に気づいた彼女の方から近寄ってくる。
「こんにちは、みつるぎ検事さん。また、なるほどくんのところですか?」
空はどんよりと曇っているのに、彼女の笑顔で陽光が差し込んだような気がした。傘で跳ねた雫が、きらきらと光る。急に胸が苦しくなって、御剣は動揺した。
「あ、ああ……。きみも、だろうか」
「ええ。また真宵様に伝言を頼まれてしまいまして。ふふ、とっても仲良しなんですよ、お二人は」
「そ、そうか……」
「ええ」
御剣は生返事しかできない自分を呪った。何もやましい気持ちを持っていないのであれば、普通に接すればいいに。何を緊張しているのだか。
それは、以前に瞼に触れた彼女の唇の温かさを未だに覚えているせいなのだろうか。
「もう、風邪は大丈夫ですか」
「む……。ああ、きみの看病のおかげだよ」
あの後、成歩堂と娘のみぬきが帰ってきて「きゃあ! 御剣のおじさま、すごい熱!! パパ、泊まってってもらおうよ」という一言で友人宅で厄介になり、
薬を飲んだら一晩で治った。朝起きると、すでに春美は学校へ行った後だったので、礼も言えずじまいだったことを思い出した。
「あの時はありがとう。助かったよ」
「いいえ。わたくし、大したことはしていませんもの」
そうは言うが、生活能力の欠如した親子に代わり、親子の食事や御剣の病人食をつくったのは春美だったはずだ。
それに、意識がもうろうとする中で額に触れた手のひらは、彼女だった。繊細で優しい温かさは、男や子どもにはないものだったから。
「きみのおかげで治ったようなものだよ。何かお礼をしなくてはな」
「まあ! 別に、気を使わないでください」
「そうはいかない。命の恩人だからな」
そう言って微笑むと、春美は苦笑して「なんでもいいんですか」と問うてきた。笑って頷くと、春美はそれでは、と小さくつぶやく。
「待っていてください」
え、と聞き返そうとして春美を見ると、まっすぐにこちらを見つめていた。その真剣さに、御剣は再び足を止める。
足元で水溜りの水がはねてスラックスの裾を汚したが、気にもならなかった。。
「わたくしが大人になるまで、待っていて、くださいませんか」
何を、とは御剣は聞き返せなかった。

待たずとも、今すぐにでも連れ去りたいと、一瞬だけ欲望が脳裏をかすめた。それだけに。

御剣は、何も答えられなかった。

そんな御剣を見て、春美は困ったように笑う。そして、おもむろに傘を閉じた。セーラー服の襟が、しとしとと降る雨のせいで深い色に変わっていく。
「手を」
「?」
「手をつないでください。それだけで、構いませんから」
今のことは忘れてくださいと言わんばかりに、はっきりとした声で言った。その声に救われたような気持ちになりながら、御剣は手を差し出す。
そっと手を重ねてきた少女を傘に入れて、その指先の細さを感じた。重ねられた手は、やはり繊細で温かくて。

泣きそうなほど、愛おしかった。

互いに互いの手のひらを握り返すこともできずに、ただ触れ合わせただけで、事務所までの道のりを歩いた。
それでも、互いの体温が胸を締め付けるので、とうとう目的地に着くまで、一言も声が出なかった。

御剣はその夜、自室で自身の欲望を扱った。男なのだから、そんな夜もある。珍しいことではなかった。それでも、なぜか思い起こす体温に、背徳感の中で作業を行う。
あの細い身体を抱きしめたら。瞼に触れたあの唇に吸いつくことができたら。あの繊細な指先に、自身を愛してもらえたら。
彼女を自分の欲望のまま扱えたなら、どれほど気持ちがいいだろうか。
妄想は止めどなくて、身体は飢えに飢えていた。男根を荒々しくさすりあげ、快感が背筋を虚しく走る。声が出そうになるが、唇を噛みしめてこらえた。
それでも漏れ出る擦れた声は、まるで泣いているようだ。
手に触れるだけで胸が締め付けられるのに、抱きしめることもできない。そのくせ、こんな妄想では満足できないのだ。この感情をどこへやればいいのか、御剣にはわからない。
「……っ!」
あっという間に手の中で欲望を吐き出して、御剣はベッドに倒れ込んで息を整えた。瞼を閉じれば、今日の帰り際に見た少女のせつなそうな表情が浮かぶ。
馬鹿げている。
自分は、どうかしてしまったのだろうか。まだ高校生の少女に、たかが看病されたくらいで、こんな感情を抱くだろうか。
彼女は確かに美しく成長したけれど、何も美しいだけの女なら、他に大勢いるではないか。今まで付き合ってきた女性たちだって、皆美しい人ばかりだった。
だが、同時に心の中で反証の声が上がる。彼女の声を聞くと、心が休まる。その体温が、ひどく心地いい。傍に居て安心して眠れる女性には、今まで出会ってこなかった。

『待っていてください』

待っていれば、彼女を手に入れられるのだろうか。
きっと、そんなことは、ありえない。
検事という職に就く自分が、いくら待っても彼女を受け入れることはしてはいけなかった。まして、自分の欲に従って彼女を攫うこともできるはずがない。

逃げ出したい。

逃げ出したいのは、現実なのか、彼女への思いなのか、それすらもよく分からなかった。

152 :はみ→←みつ[sage] :2009/08/02(日) 23:54:33 ID:QghNw35o
彼と触れた指先が、まだ熱を持っているような気がした。
『待っていてください』
そう告げた時、男はひどく動揺していた。とても真面目なひとだから、応えることができなかったのだ。だから、彼に告げたあの言葉は、なかったことにしようと思った。
それでも、触れた手からはどうしようもなく彼の温もりが伝わってきて、胸が詰まる。今でも、息がつまりそうだ。
「はーみちゃん。今日はおつかいありがとね」
「真宵さま……」
背後から声をかけてきたのは、最も敬愛する従姉だった。仕事を終え、帰ってきたばかりなのだろう。屋敷に入る時に焚く退魔の香のにおいがした。
「どうかした? 元気ないね」
「そ、そんなことはありません! わたくし、とっても元気です!!」
「そ? ならいーんだけど。なるほどくんとみぬきちゃん、元気だった?」
「はい! あ、今日はみつるぎ検事さんもいらしていて……」
声に出して名前を呼んで、急に気恥しくなってうつむいてしまう。
「みつるぎ検事がどうかしたの?」
「い、いえ……。何でもないのです」
胸が苦しい。名前を呼ぶだけでこんな風になるのなら、次に会った時、自分はどうなってしまうのだろう。
「あの、真宵さま……? なるほどくんと一緒にいると、どんな気分になるのですか」
「んー? 別に、どんな気分ってわけでもないけど」
「あ、あの、その……普段ではなくて、お二人で、デートしたり、とか……そんなときです」
春美に改めて言われて、真宵はぽっと赤くなった。そして、慌てたようにあーあー。そーゆーことねー。と落ち着きなく言った。
「そりゃまあ……どきどきはするかなー。長い付き合いだけど、今はあんまり会えないから、たまに会うと、やっぱり、ね」
そう言う従姉は、照れていたけれども、幸せそうに目をキラキラさせていた。従姉のその様子は本当に幸せそうで、自分まで嬉しくなってしまう。
そう、本当の恋は、きっとこんな風なものなのだ。愛する人のことを考えて、笑顔になって、結ばれて、幸せになる。

ならきっと、この気持ちは『恋』ではないのだ。

会えない時は「少しでもいいから、近くにいたい」「自分の名前を呼んでほしい」「また、あのぬくもりに触れたい」と思うのに、
会えばそんな思いはどこかへいってしまって、ただただせつない気持ちになる。自分の望みがかなうことなどないと知っているから。
ただ、その現実がひどくさみしくて、悲しい。
そんなの、きっと恋ではない。
「真宵さま、お茶を入れてきますね」
「うん。ありがと」
なぜか湧き上がる涙がこらえきれずに、逃げるように従姉の傍を離れた。

*     *


夏が過ぎても、春美は御剣と会わなかった。
彼もしばらく「成歩堂なんでも事務所」には行っていないようだった。彼との接点などその場所しかない春美は、自然と御剣と出会うことはなくなっていった。
このまま、この気持ちがなくなってしまえばいいのに。
そう思うのに、つい街に出ると似た体格の男を目で追ってしまう。ショウウインドウに並べられているスーツを見て、思い起こすのは法廷に立つ男のシルエットだ。
赤い車には、彼が乗っているかもしれない。
そんな風に街を見るのが楽しい。そして、我に帰って自己嫌悪に陥る。
忘れたい、なんて言っていながら、忘れるどころか毎日考えている。最低だ。うつむきながら歩く春美の横を、一組のカップルが通り過ぎた。
「最近、涼しくなったね。もう夏も終わりかな」
「海、楽しかったね。次は紅葉狩りに行こうよ」
何気なく交わされる会話に、思わず耳を澄ませる。あんな風に、あの人と話ができればどんなに幸せだろう。二人でこれからを考える。
一緒にいることを2人で話し合う。毎日彼のことを考えることが、自分の権利になる。
悲しい絵空事に、春美は空を見上げた。空は遠くなって、薄い青色で街を覆っていた。



ふと見かけた髪紐は、彼女の淡い髪の色に映えるのではないかと思った。
虹色に輝く飾り玉は、ムーンストーンだろうか。朱に染められた紐は、和服を好んで着るあの少女には似合いの品だろう。
しばらく店の前で足を止めた御剣は、はっと我に返った。気がつくと、あの少女に手渡すものを考えている。深い意味はない。
以前の看病の礼を、まさかあのままにしておくわけにはいかないと思っているだけだ。しかし、あまり大袈裟な品を渡して、恐縮されるのも気が引けた。
誕生日なら、どこへでも好きな場所につれていくだとか、花を渡すだとか、昔好きだったクマのぬいぐるみを選んであげるとか、色々思いつくのに。
だからここのところ、ずっと彼女のことを考えている。それ以外に理由なんてない。街でセーラー服の少女を目で追ったりはしないし、和服姿の女性を気にとめたりもしない。
そんなのただの犯罪者だ。
そこまで自分の行動を振り返って、御剣は頭を振った。
だめだ。早く買ってしまおう。このままでは確実に不審者で職質されてしまう。先ほどの髪紐は、確かに彼女に似合いそうではないか。
淡くて長い髪に、朱の髪紐が踊る。彼女が笑うたびに、虹色の玉が柔らかく光って、きっと美しいに違いない。
その想像上の少女の笑顔に、御剣はふと笑みをこぼす。

これを持って、会いに行こう。

御剣はその儀式さえ終われば、きっと自分たちはかつての歳の離れた友人同士に戻れるに違いないと信じた。信じたかった。
だが、すぐにどんな風に渡そうかと悩みはじめ、これが「ただの看病の礼」でないという自分の感情だけが突きつけられた。
途方に暮れた御剣は、結局、その儀式を行動に移すまでに数カ月を必要とした。

最終更新:2020年06月09日 17:38