09/07/22の続き


アレバスト王国で、カーネイジ・オンレッドの裁判が行なわれた。
密輸、偽札作り、殺人、その他の余罪もあったが、その一切に狩魔冥が関与したのは、当然のことだった。
彼女は国際警察に協力し、その捜査状況の全てを把握している。
日本ではすでに、マニィ・コーチン殺害の罪で裁かれているが、その事実は彼女の姿勢に一つのぶれも与えなかった。
彼女が求めるのは、完璧な勝利。
捜査の途中、志半ばにして殺害された同僚のアクビー・ヒックスの仇を裁く立場にある彼女にとって、それは必然だった。

彼女の法廷は、異常なまでの緊張感が生まれる。
それは彼女の鞭のしなる音のため、だけではない。
彼女は一分の隙もない論証を、鈴の音にも似た凛とした声で構築する。
言いよどむことも、不安を見せることもない。傍聴人ですら疑問も、反証も思いつかないその論証は、被告席に立つ人物にはどれだけ強固な檻に思えることだろう。
日本にいる、たった一人の弁護士と、検事を除いて、彼女のその論証を崩せた者はいないのだ。

カーネイジ・オンレッドの裁判でも、それは変わらなかった。
彼女は大使館での事件の後も捜査を続け、彼の余罪をいくつか見つけていた。
ただの勝利では意味がない、と言い放った力強さは、これ以上ないほどの自信に裏打ちされていたのだ。

カーネイジに判決が言い渡されるのを待って、御剣は傍聴席を立った。
結果は見えていたが、ひとつの区切りは必要だ。
自分の存在に気づいているはずの彼女はこちらに視線を向けることもなく、被告席の男に涼やかに勝者の笑みを向けると、銀の髪をゆらして颯爽と検事席を去っていった。



「早かったな」

裁判所の待合室で、ひときわ目立つ彼女の姿を見つけ、御剣怜侍は席を立ち、声をかけた。
周囲にいるのはほとんどが外国人で、日本語を理解する者はいない。
だが、先ほどまで世界中の注目を集めていた裁判の担当検事の姿に、自然と視線が集まる。

「当然よ。今日は全てが予定どおりだったわ。事後処理に時間をかける理由など一つもないのよ」

そう言う彼女は、周囲の視線など気にも留めず彼の前に立って歩き始める。
外に車を待たせてあることも、彼女にとっては「当然」のことなのだろう。
その背中を追いながら、御剣は口元を吊り上げる。
「ふっ……相変わらずだな、メイ」

くるりと振り返った彼女は、意味ありげな笑みを浮かべている。

「それで?今日の裁判、あなたの勉強になったのかしら?」

御剣がここにいるのは、彼女の言うとおり「勉強」のためだ。
自分が関った事件であり、全世界的にも注目される裁判であること、多国間での犯罪に対する、重要な判例となることなどを理由に、アレバストへの視察を許可してもらったのだった。

「あぁ、君の論証はもちろん、他にも勉強になることは多かった。実に意義のある視察になった。それに……」

車に乗り込みながら、彼は不敵な笑みを浮かべ、そっと彼女の耳元で囁く。

「勤務時間どおりに終わってくれて、実に有難い」

隣に乗り込む男の表情をうかがうこともせず、正面を見据えたままの彼女の口元が緩む。

「その感謝の気持ち、十分に示してもらうとするわ」

いまだざわめきの残る裁判所を後にして、二人を乗せたハイヤーはアレバストの街中へと進んでいった。

二人の目的地は、アレバストの中心市街地に位置する高層ホテルのレストランだった。
アレバストの料理に舌鼓を打ちながら、二人はそれぞれが担当した裁判について、意見を述べ合う。
証拠品をつきつけるタイミング、証人との事前の打ち合わせ、予想していた反証と、それに対して用意していた答え。
彼らの裁判は常にあらゆる可能性に対するべく、完璧に用意されている。
その完璧さを競うように、こうして語り合うのは長年の習慣だった。
他人には仕事の延長としかみえない、しかし二人にとっては戯れ話にも近い会話が一通り終わり、メインディッシュを食べ終わる頃には、共通の知人の話題になっていた。

「そういえば、あの子は元気にやっているのかしら?」

彼女が示す人物にすぐに思い当たり、彼はふっと笑みをこぼす。

「ああ、ミクモくんか。おそらくは、な。ヤタガラスによる犯行が行なわれていない以上、仲間は見つかっていないようだが。」

彼の言いようにくるりとワイングラスを揺らして、彼女は微笑む。

「ふふっ、楽しみね。"ギゾク"になったあの子と、あなたが対決する日が来るかと思うと愉快だわ。」
「ム。そのときは、二度と同じようなことを起こさないようキツク叱ってやらねばなるまい。」

眉間にしわを寄せた彼とは対照的に、彼女は上機嫌だ。

「冗談よ。レイジは昔から冗談が通じないのね。」

酒が回っているのだろうか。
ほんのりと上気した白い肌が、暖かな照明の中でぼんやりと輝いて見える。
ここまで来た真の目的を思い出すと、御剣の頭は急速に熱を帯びてくるようだった。

「メイ」

デザートに嬉々として手を付けている彼女に呼びかけると、小首をかしげてこちらをみやる。
さらさらと揺れる髪に見とれながら、彼は彼女の計算高さを思い出す。
だが、この仕草まで計算しているのではと疑ってみたところで、彼女に対する感情に変化があるわけではない。

「部屋をとってあるのだ。……君さえかまわなければ、もう少し付き合ってもらえないだろうか。」

そう彼が問いかけることがわかっていたかのように、彼女はグラスに口を付けて、彼にしか聞こえない声で囁く。

「いいわ。ここよりも、おいしいワインが飲めるなら。」



部屋に着くまでの道のりは、これまでの空気と何も変わらないように見えた。
だがそれはあくまでも見た目の話であって、二人の内心は大きく揺れていた。
何しろ、二人が結ばれてから1ヶ月、こうして二人きりで会う機会など一度もなかったのだ。
だからこそ彼は無理に理由を付けてでも彼女に会いに来たのであり、それは彼女にとっても嬉しい事実だった。

靴が沈み込むような絨毯の敷かれた廊下を進み、静かにドアを開ける。
彼女を先に部屋に通すと、彼は後ろ手にドアを閉めた。
目の前で揺れる小さな頭、細い首、パフスリーブに包まれた薄い肩、細身のスーツに隠されている滑らかな肌。
一つ一つの記憶がよみがえり、彼の手は彼女を捕らえる。
唐突に体の自由を奪われた彼女の心臓は跳ね上がり、体は急速に熱を帯びる。
けれどまだ、彼女のヴェールははがれない。
こともなげに、涼やかに言い放つ。

「レイジ。日本では「急いては事を仕損じる」というのではなかったかしら?」
「メイ。「鉄は熱いうちに打て」とも言うだろう?この機会を、私がどれだけ待ったと思っている。」

耳元で囁く彼の吐息は、確かに熱を帯びているようだ。
その熱に包まれたいと、彼女の熱も上がってゆく。
けれど、その温度に流されるほど彼女は感情的ではなかった。
それに、前回全ての主導権を握られて、自分の思うように振舞えなかったことへの不満も

ないわけではない。
甘い空気を受け入れるのは、まだ、早すぎる。

「1ヶ月、よ。それは私も同じだわ。時間の長さが滞在する国で変わるわけではないでしょう?1ヶ月という時間の長さに比べたら、この部屋で過ごす数時間なんてどうということはないわ。もう少し落ち着きなさい。」

だが、と言いかけた彼の腕から抜け出すと、彼女は彼に向き直り、手にした鞭で床を打ち、怒りの視線を向ける。

「御剣怜侍、少しも反省していないようね。自分の失態を記憶しているなら、私の意向を尊重しなさい。」

そう言われれば、彼も黙らざるを得ない。
彼は確かに、失態と言われても仕方がないような状態で、彼女を抱いたのだ。

「う、うム……スマナイ。」

うつむく彼に勝ち誇った笑みを向けて、彼女はひらひらと人差し指をゆらす。

「わかればいいわ。それじゃまず一つ、私の言うとおりになさい。」
「な、なんだろうか。」

彼女の"命令"を待つ彼の背筋を冷や汗が流れる。
一度彼が手に入れたとはいえ、彼女の気性の荒さは何一つ変わってはいない。
彼女は腕組みをし、拒否権を与えない鋭さで彼に指示を出す。

「そこのソファに腰掛けて、目を閉じなさい。」
「……それだけか?」
「つべこべ言わずすぐ動きなさい!」

鈍い音を立てて絨毯を叩く鞭の音に急かされるように、彼はソファに腰掛け、目を閉じる。
まさかムチで打たれはしまい、などと考えていると、彼女が近づいてくる気配がする。
彼が座るソファに手をつく気配、そして次の瞬間、唇に柔らかな感触が訪れる。
同時に頬をくすぐるのは、間違いなく彼女の細い髪。
驚き目を開けると、彼女はムっとして彼を睨み付けている。

「順番を間違ってるのよ、アナタは。」

確かに彼女の言うとおりかもしれない。
唇を重ねることで得られる合意形成は、特に女性には必要不可欠だ。
しかしそのためにわざわざ鞭を振るって、こうして拗ねたような表情をして見せるのは、どうにもスマートとは言いがたい。
思わず頬に手を伸ばして、笑いたくなるのを堪えながら年長者らしく尋ねる。

「ならこんな面倒なことをせず、素直に私に強請れば良いではないか」
「……そんなこと、私に出来るはずがないでしょう。大体、あなたの身長が高すぎるのよ。」

ふい、と横を向くそぶりはまるで子どもで、共に過ごした幼い日々を思い出す。
そのころとは、似て非なる感情が彼の胸を満たす。

「それは、スマナイ。ではもう一度、やり直すとしよう。」

彼女の腰を抱き、彼の脇に膝をつかせて、唇を重ねる。
薄い唇は柔らかく、幾度もついばむうちに口紅も落ち、本来の色を見せる。
舌を差し出すとおずおずとそれに応えるように舌が伸びてきて、彼はそれを吸い取り、しばらく自由を奪い、離すとまた丁寧に咥内をなぞる。 
勤勉な彼の舌に時折彼女の舌が絡められる。
その拙いながらもいじらしい所作をもうしばらく楽しみたくなって、少々しつこいくらいに口づけを続ける。

ようやく口が離されると、彼女はすっかり惚けたような表情をしていた。
とろりと鋭さを失った目が合うと、そのまま崩れるように彼の肩に頭を預ける。

「最初も、これくらい丁寧にすべきだったわね」
「ああ……」

シャワーを浴びながら、彼女はうっとりと目を閉じた。
長く深い口付けは十分に彼女の心と体をほぐし、ふつふつと沸いてきた熱はいくらシャワーを浴びても流せそうになかった。
心地よさに身を任せてしまいたいと思わなかったわけではないが、彼女は全てに完璧を求める性分だ。
勢い、流れ、そんなものに身を任せて、彼に良いように抱かれるのは一度で十分だった。
あくまでも対等に、それでいて、彼女を十分に満足させる一夜にしなければならない。
こんな考えを彼が知ったら鼻で笑うかもしれないが、それでも彼女はそれを求めずにはいられなかった。
そのためには、彼女自身の状態を"完璧"に整えるため、こうして彼を置き去りにしなかればならなかったのだ。

入れ違いにバスルームに向かった彼の背中を追いながら、彼女は冷えたミネラルウォーターに口をつけた。
冷たい液体を飲み下すと、わずかに彼女の背中を押していたアルコールが消えていくように感じた。
下着とバスローブに身を包み、改めて部屋を見渡すと、それなりに気品のあるしつらえになっている。
(この場合の"それなり"は、あくまで彼女の基準だが)
彼の心遣いを感じると、いつになく自然と口元がほころぶ。
窓を見やれば、眼下に広がる町並みが美しく輝いている。
この町のどこにも、彼らを邪魔する者はない。
もし彼らの行いを良く思わないものがいるとしたら、と考えて、彼女はつぶやく。

「……パパ」

今はいない、彼らの師は、このような事態を喜んだだろうか。
ただひたすらに、まっすぐに、わき目も振らず検事としての頂を目指すことだけを望んでいた男だった。
彼らはその姿に、一種の神々しさを感じ、畏怖しながらもついてゆくしかなかった。
そしてそれが、幸せだったのだ。
たった一人の完璧な師に認められるべく、互いを高めあい、時に弱音をはき、相手を叱咤激励し、ひっそりとたわいない会話を楽しむ。
兄妹のようでいて、そうではない。
好敵手と呼ぶには親密すぎる。
その関係が、心地よかったはずなのに。

彼らの師が、つまるところ、彼女の父親が、彼の父親を殺した。
それを知ったときの彼らの衝撃は、まるで世界が反転したようだった。
これで全てが終わってしまうのではないかと危惧したのは、無理からぬことだった。
己の選んできた道を全否定された彼は失踪し、彼女は目標を彼にすり替え、その彼を破った弁護士を倒すことだけを目的として日々を過ごした。
自覚をしていたかどうかはわからないが、それはむなしく、苦しい日々だった。
しかし結果として、彼らはここに、自らの足で立っている。
自分たちの歩く道を、自分自身の力で見つけ出したのだ。

――でも、どうかしら

ほんの少しぬるくなった水を再びのどに押し込んで、彼女はうつむく。

――私がレイジを求める気持ちは、ただパパに振り向いてほしくて努力していたあの頃の気持ちを、都合よく彼へとねじまげただけではなかったかしら?
いかにも自分が大人になったように思わせたくて、それを恋愛と思いたかっただけではないの?

そしてゆっくりと、1ヶ月前のことを思い出す。
彼との再会、以前と変わりない会話、事件の終結、彼への心境の変化、突然の来訪、美雲のカード、自覚、彼の告白、彼女自身の心境の吐露、彼に抱かれたこと――
そのどこかに、彼女の父の影があっただろうか?
思い出す限り、見つけ出せないことに安心して息をつく。
自分の気持ちに整理をつけた彼女が再び窓に目をやると、そこに映りこんだ彼の姿があった。
心配そうに彼女を見守る彼こそ、よく気持ちの整理をつけたものだ。
彼こそ、自身の想いを貫かねば、彼女を抱くことは出来なかっただろう。
何せ彼女は、親の仇の娘、なのだから。

「メイ。どうかしたのか?」

歩み寄ってきた彼は、彼女に体が触れない距離で立ち止まる。
もう一歩近づいても噛み付きはしないのに、などと思いながら、彼女は彼を振り返る。

「いいえ。なんでもないわ。夜景を見ていただけよ。」
「そうか」

数秒の沈黙の後、彼の腕が彼女の体を包んだ。

「……なら、そんなカオをするな」

一瞬、彼女は凍りつく。

「……私は、どんなカオをしていたのかしら?」

彼女自身、思いつかない。
いや、そもそも彼はいつから彼女の様子を見ていたのだろうか?

「ひどく……その、悲しそうに見えたのだ」

苦しげに漏らす彼の背に腕を回して、彼女は彼の言葉を反芻する。
自分は何が悲しかったのか、それを突き止めるのに、そう時間はかからなかった。
ただ、それを彼に言うのにはほんの少し、ためらいがあった。
彼の胸に額を押付けて、言葉を搾り出す。

「……わたしたち、結ばれるべきではなかった……と思うことはない?」

今度は彼が、息を呑む。

「私は何度か考えたわ。だって私たち、家族のように育って……それに、私の父は」
「言わなくていい。」

彼女を抱く手に力がこもる。

「いいのだ、メイ……私も考えた。考えたが、自分の想いに嘘をつくことほど、卑怯で姑息なことはない。君はそう思わないか?」

彼の言葉は、ほんの少し弱くなってしまった彼女の心を強くした。
疑念は去り、彼女の瞳に迷いはない。

「そうね。私も自分の想いに余計な雑念を挟まないようにするわ。だからレイジ……」

す、と薄い唇が近づいて、彼の耳元で囁く。

――私を、乱して頂戴



再び、長く丁寧な口付けを終えると、彼はベッドの上で体を起こした。
うっとりとした表情で横になっている彼女は黒のレースに縁取られた優雅な下着に身を包み、彼の首に細い腕を回している。

「ねえ。明るいのは、嫌よ。恥ずかしい。」

彼が最初に彼女の肌を目にしたのが朝方だったせいか、こうして暗がりの中、暖かな明かりに照らされた肌はさらに艶めいて見える。
白く、日に当たらずにいた肌は薄く、血の流れもうっすら青く透けて見えるようだ。
男にはないまろやかな曲線、触れば沈み込んでゆきそうな柔らかさ、それでいて、しっかりとその身を支える無駄のない筋肉。
美しい。
そして、どうしようもなく男の欲情を掻き立てる。
それをむざむざ暗闇に沈めてしまうのは、あまりにももったいない。

「何も恥ずかしがることはないだろう。こんなに美しい体を。」
「でも――」

言いかけた彼女のうなじに吸い付くと、ひくりと震える。
舌で首筋をなぞると苦しげに息を呑み、続けるうちに悲鳴が漏れる。

「ひ、ん、んんんっ」

それでもくぐもって聞こえるのは、声を上げるのを我慢しているせいか。

「――ガマンするな。辛い、だろう」

あやすように頭をなでるが、表情は苦しげなまま、首を横に振る。

「や、いやよ。こんな声――!」

拒否するその声も、息継ぎが少し乱れている分だけ、いつもより色気を増していて。

「ム……イイ声だと、思うのだが」

バカ!と叫んで思い切り耳をつねられる。
が、この程度でめげていては始まらない。
小さな抵抗は無視して、うなじを舐めあげて動きを封じ、肩、二の腕、手の甲へと舌を進める。
そこから与えられる甘美な痺れにうっとりと身をゆだねて、彼女は、深く息をつくことしかできない。
すべてが愛おしいのだと、言葉にするかわりに口付ける。
こんな、意味がないようにも思える、そのくせ妙に胸を高ぶらせる愛撫のことなど、彼女は知らなかった。

ああ、慣れているのね。

そう彼女は言いかけたが、開いた口は悲鳴を上げた。
不意にわき腹を舐められて、瞬間、びくりと体をこわばらせる。
あばら骨が浮き出る体側を飽きずにくすぐると、彼女からは余裕がなくなる。

「や、いやっ、だめっ……やめ、やめて、れいじっ……!」

ひくひくと、ばねのように跳ねる彼女の体をしっかりと押さえ込んで、彼は彼女のわき腹をなめあげ、腕を取り、腋を舐める。
ひときわ高い悲鳴と同時に、必死で彼から逃れようと彼女はみじろぐ。
あまりにも恥ずかしく、そのうえ、体の自由も奪ってしまうような刺激は、まだ快感とまでは認識できない。
ひたすらに、どうしていいかわからずに、逃れたくて、彼女は腕を下ろそうとするのだが、彼はそれをゆるさない。

高い悲鳴が続いて、息が乱れて、逆らう力が弱まってしまうまで、その柔らかな皮膚を舐め、吸い付き、彼女を押さえ込む。

「あ、あっ、いや、やめ……っ、やめ、てぇっ……れいじっ」

苦しげな声が震えているように聞こえて、ようやく彼は口を離し、彼女の体を開放する。
とたんに強張っていた体から力が抜け、乱した息を整えようと酸素を吸う。
非難めいた瞳が潤んでいて、ぞくりと肌があわ立つ。
もっと、もっと乱したい。彼女もそれを望んでいる、はずだ。
ならばクールダウンの時間など必要ない。
彼女の熱が冷めないうちに、冷ややかな批判を浴びないうちに、その口をふさぎ、下着をとりはずしにかかる。
つややかな黒の布地は豪奢なレースに飾られていて、乱暴に取り扱うことができない。
無論、その中身に対しても同じことだが。

不器用な彼は片手で止め具をはずせるか、自分自身の手際に危うさを覚えないではなかったが、さほどの時間をかけずにそれは達成できた。
零れ落ちた二つのふくらみは際立って白く、柔らかく、手を滑らせ、揉みしだくだけで愉悦を感じる。
力をこめすぎないよう加減して、恐る恐るといった風に指先でなで、ゆっくりと手のひらで頂を押しつぶしながら揉んでいく。

口を離してやると、自由になった薄い唇はうっすらと開いたまま、息を乱し、確実に上がってゆく体温を逃がそうとしている。

「んっ……は、あ……」

ゆったりとしたペースに余裕を取り戻したのか、彼女の様子はずいぶんと落ち着いている。
が、それは快感を与える波が、一度引いただけのことだ。
彼の手は不意にその頂をつまみ、もてあそぶ。

「やっ、あっ、んんっ!」

続き

最終更新:2020年06月09日 17:22