注意
・厳徒(59歳)×巴(24歳)
・途中まで
・エロ無い
・警察局の設定とか超適当

・ロートルとぺーぺーのはじめて物語。ノット性的な意味で
・この話はフィクションです。リアリティという単語は忘れてください。




彼は自分の年齢を考える。
五九歳。今年の誕生日を迎えれば六十歳、還暦だ。
本来ならばもう捜査官として現場に出る年齢ではない。後輩の育成に力を入れる
なり、隅の机で茶を引いているなり。もしくは。仰々しい肩書き付きの名刺を配る
だけの役職についているべき齢だった。
「や。や。チョーさんじゃないですか! どうです。最近、泳いでます?」
「お。これは厳徒主席捜査官、いや、最近ヒマがなくて……」
「ダメですよー。ヒマは見つけるモノじゃなくて、作るモノですよ。今度、いつもの
アレ、どうですか」
「ほ。ほ。アレですな」
顔見知りの裁判官と挨拶を交わす。
他人が彼を呼ぶ際の肩書きは“主席捜査官”だ。
その呼称は名誉である、と言われている。
警察局上級捜査官、その中でも最も優れた捜査官にのみ許される呼称だから。

その“名誉”とやらがどれ程役に立つのか。彼は内心の苦々しさを噛み潰す。

――彼は今年で六十になる。
捜査官の定年は六十歳、このまま何事もなければ次の誕生日には警察局の面々から
花束のひとつも受け取り、四十年の捜査官としての働きを誉め称えられつつ退職、
あとは適当な関連会社の役員に収まるなり、退職金と貯蓄で悠々自適の余生を送る
なりして幸せに、のんびり暮らすことが可能となる。
(冗談じゃない)
──そんな未来、反吐が出る。

裁判官との会話を終え、別れの挨拶を交わす。
今日は警察局の上級捜査官の就任式だ。警察局のみならず検事局、裁判所の人間
も数多く出席している。挨拶をしなければならない人間は山ほど居る。
厳徒海慈。
彼のように、上級捜査官の更に先──警察局副局長を狙う者には、特に。


返す返すも、若い頃の行いがまずかったと思うのだ。
現警察局長と現副局長──ついでに言うと次期局長でもある男──と談笑しつつ、
厳徒は思う。
ちなみに場の雰囲気は最悪だ。立食形式のパーティ会場のはずが、ここだけ極寒
の地と化している。
原因は簡単。厳徒と副局長の仲が最悪だから。
ついでに、二ヶ月後の退官が決定している警察局長が、二人の仲を修復する責務
を放棄したから。以上。

副局長の会話と目線と言動の端々から発せられる敵愾心と、隠しきれない劣等感
と、その相手より上の役職にあるという優越感とを何時もの調子で受け流しつつ、
厳徒はつくづく後悔した。
若い頃、同期であった彼に色々やらかしたのは厳徒だ。
アレが間違いだった。
年を経てのあからさまな追従で積年の恨みを忘れてくれるような性格でなかった
のも悪く働いた。
(ホント、失敗した)
この男の方が先に出世し、自分の障害となるのが分かっていたなら、
もっと徹底して上下関係を叩きこんでやったものを。
何事も半端は良くない、ということだろう。
「――まあ、ガント君も次の副局長になるわけだし、これから顔を合わせる機会も
増えるだろうよ」
何処か投げ遣りな局長の言葉に、厳徒よりも先に副局長が反応する。
「局長、まだ決定事項ではありませんよ。同期としては、非常にザンネンですが」
「いやだな。その言い方では、私が副局長になれないコトが決定みたいじゃない
ですか」
「それは失敬……厳徒主席“捜査官”? ゲンバとカンリショクでは勝手が違います
ので、“たとえ”就任してもごクロウも多いでしょうし?」
「はっはっはっ」
(……このXXX野郎)
笑顔の外面とは裏腹に、腹の中で警察局仕込み四十年熟成の罵倒を並べ立てる。
音声化や文章化はしない。したら最後、その時点で手が後ろに回りかねない。
彼の指摘とは異なり、厳徒の次期警察局副局長就任はほぼ決定しているが、油断
は禁物だ。
下手な失敗をすれば、この男は必ず喰いついてくる。
隙は見せられない。
厳徒にとってもこれがラストチャンスだ。
この機を逃せば、あとは定年退職までの今までと変わらない職務だけだ。自分では
何も選択、決定出来ず、ただ上に言われたことをこなすだけの生活。
冗談ではない。
厳徒は、自分が権力志向の人間だと把握している。
そして現場を仕切るだけでは満足できなくなったことも自覚している。
ここで終わりたくない。
唯の“捜査官”として終えたくない。

焦りがあるのは認めなければ。
もう。生きてきた年数より、余命の方が短い年齢なのだ。

「──ああ、君たち! こっちへ! ――局長、……厳徒主席捜査官? 今年の
上級捜査官を紹介しますよ」
副局長が手を上げる。

ぞろぞろやってくるスーツの群れ──今日付けで上級捜査官に任命された面々だ。
本来このパーティは彼らが主役のはずだが、どうにも居心地悪そうにしている。
無理もない。
警察局と検事局と裁判所、これらに属するパワーゲームの恩恵にあずかるには、
彼らは日が浅すぎる。
「局長、紹介します。君たちも挨拶を。まず彼が──」
副局長が会話からさりげなく自分を外したのには気づいたが、厳徒は特に指摘は
せず、腹の中で罵るに留めておく。この程度の腹芸ができなくて何が捜査官か。
次、次と紹介され、新人上級捜査官はあるいは叩頭し、あるいは会釈し、
「──彼らが新しく警察局を背負っていく人材です」
場の空気が変わる。
厳徒と副局長の会話時とは異なる、いたたまれない、という表現がしっくりくる
雰囲気だ。
発端である副局長はにやにやしている。局長は「あ、そう。ガンバリタマエ」と
適当極まりない薫陶を垂れている。紹介された新人らは気まずそうに目配せし合い、
厳徒は。
厳徒は、たったひとり紹介から外されて硬直する人物を眺めていた。
「あの」
「何だ、宝月くん」
副局長が“ホウヅキ”なる人物の言葉を遮る。
「君、検事局にアイサツに行かなくていいのか? 警察局は“コシカケ”なんだろ」
硬い表情がますます強張る。

――厳徒の、この男に対する評価が低い一因はコレだ。
嫌味も罵倒も好きに使えばいい。しかし、こんな衆人観衆の多い場所では如何な
ものか。

「あ。キミ、“ホウヅキトモエ”でしょ?」
厳徒は声を心持ち大きめにして、“彼女”に語りかける。

「ウワサは聞いてるよ。優秀だって?」
“彼女”が厳徒を見る。
きっと“彼女”には、この場で声を掛けた男が救世主と映っているだろう。

言葉は武器になる。
それは悪意からであろうと善意からであろうと等しく影響力を持つ。
例えば。
あからさまなイヤガラセをする馬鹿のフォローに回って、相対的に自分の株を
上げる、とか。

果たして“彼女”は。

「お初にお目にかかります、厳徒海慈主席捜査官」
アルコールが入っているせいか足元をややふらつかせ、それでもしっかり厳徒を
見て、
「上級捜査官の、宝月巴と申します」
深々と一礼する。
長い髪と、黒のスーツの間の、うなじが酷く艶やかだった。


――ダウト。

笑顔を崩さぬまま、厳徒は彼女へと評価を下す。
自身の許容量を知らぬのか、知らないのは杯の断り方なのか。どちらでも同じ。
酔っぱらいはキライだ。
「あ。そんなキンチョウしなくていいって。今日はキミたちのお祝いだし。ね」
内心をおくびにも出さず愛想を振りまく。
これで本気で無礼講を仕掛けてくる新人が居れば、いい選別になる。
幸い、今回そんな馬鹿はいないようだ。皆行儀良くしている。
「失礼」
不意に副局長が携帯を取り出す。何事か話していたその目が、厳徒へ向けられ。
嫌な予感がした。
「ああ、分かった。今から捜査官を向かわせる──厳徒主席捜査官?」
「……何か?」
副局長は、それはそれは嬉しそうに口の端を歪め、
「事件が発生したようです。非常に心苦しいのですが、今から向かってもらえます
でしょうか?」
彼が何をしたがっているのかは予想がついたが、一応は抵抗してみる。
「私、ですか? 他の捜査官も此処にはおりますが」
「イチバン“現場で”有能な者を、と。そうでしょう? 主席“捜査官”?」
「――ナルホド」
冷笑に、冷笑で応える。
やれやれだ。まだ挨拶回りも終わっていないのに。
「イイですよ。管轄は初動課が?」
「ええ」
とにかく厳徒にいやがらせが出来ればそれで良し、なのだろう。全くもって器の
小さい男だ。
「ああそれと──宝月君」
「……は、はい!」
それまで無視されていた相手から急に名を呼ばれ、彼女は慌てて返事をする。
「君も主席捜査官と一緒に行きたまえ。いいベンキョウになるぞ?」
――この男、ついでに嫌いな人間も視界から排除する気らしい。
厳徒は男の粘着気質ぶりに呆れるが、新人捜査官は言葉を額面通りに受け取った
らしく、殊勝な返答をしている。どころか、厳徒に向かい「よろしくお願いします」
とまで言ってきた。
それに手だけでついてくるよう指示して、厳徒は会場出口へと歩を進める。後方
からやや遅れて、ヒールのかつかつ言う音がついてくる。
(ああ。ダメだな)
後ろの足音が覚束ないのを聞き、判断する。

厳徒は足を止める。
後ろの足音も、つられて止まる。
「主席捜査官……?」
「キミ。帰っていいよ」
え。と、間抜けな声が聞こえた。
「アルコール入ってるでしょ。連れてってもムダだし」
「……!」
振り返ると、彼女の顔にはありありと不満の色が浮かんでいた。
やれやれ、だ。
「アルコールが入ってる場合の、責任能力の判断ってムズカしいでしょ」
彼女が言葉を失ったのは、急な話題の転換についていけなかったからか、それとも
厳徒の口調がそれまでとは異なり過ぎていたからか。
「で。それを踏まえて。
宝月巴上級捜査官。もし酩酊状態のキミが現場に行って、そのせいで初動捜査が
失敗した場合。どこに責任があると判断すればイイと思う? 酒のせいか。酒は関係
なく、単にキミが無能なだけなのか。ジブンの体調も把握できないキミが無能なだけ
なのか」
どう考えたらイイと思う──?
語調だけは朗らかな、しかし逃げを許さぬ厳徒の言葉に、彼女は凍りつき、
「十分、頂けませんか」
否。
意外なことに、彼女は厳徒を睨み返してきた。
「十分あれば何かできるってワケ?」
「酔いを抜いてきます」
「……ふうん?」
それまでよりも些か興味を持って、彼女を観察する。
小奇麗な顔をしている。きつく結んだ唇のせいか可愛らしさには欠けるが、まあ
オフィスの何処かに飾っておけば来訪者の目の保養にはなるだろう。
その手の扱いを嫌う女と見えた。
「……」
「……」
厳徒はわざとらしく時計を見る。
「……」
「……」
彼女の目に悔しさが滲み出てくる──悔恨と、自責の色。
「……」
「……ナニしてるのかな」
「え」
「十分しか待たないよ」
彼女の目線が横に流れる。扉の外、化粧室を示す案内板へ。
黒いスカートが翻る。

洗面台で顔でも洗ってくるのだろう、と、予想していたから。彼女が就任式会場
に戻ったのは意外だった。
彼女が空のグラスを引っ掴んで踵を返し、厳徒の横をすり抜ける際。
「――」
整った横顔と。そこに浮かぶ不退転の決意とが、視界に焼きついた。

グラスを片手に化粧室へ消える女の背を見送り、厳徒はジャケットの内ポケット
から携帯電話を取り出す。事件の詳細を知るべく、警察局へコール。
呼出音を聞きながら思った。
もしも、あの新人が、洗面台の前で厳徒が今想像する方法で酔いを覚まそうとして
いるのであれば。その心意気だけは誉めてやってもいい。
チャンスに喰らいついてくる貪欲さは、誰のものであっても、キライではない。


蒼褪めた面で、しかし足取りはしっかりとして、彼女──宝月巴は戻ってきた。
「おかえりー。じゃ、行こうか」
「……はい」
湿った髪とスーツの胸元を気にしながら、巴が答える。その手に厳徒はハンカチ
を押しつけた。
「ああ。それ、返さなくていいから」
返答を聞く前にエレベーターへ向かう。
でも、と言い募る彼女に、
「トモエちゃん。キミ、靴のサイズいくつ?」
「――クツ?」
間の抜けた疑問符は、呼称に対してのものか、唐突な質問の意図を問うてか。
エレベーターが来る。二人して乗り込む。一階のボタンを押す。
「下の売店で買おうか。ヒールじゃ、現場。行けないでしょ」
巴が慌てて足元を見る。明らかに指摘されて気がついた、という風だ。
「こういうのって場数踏まないと気づかないモノなんだよね」
「は、はい……主席捜査官は?」
「あ。ボク。クルマに置いてあるから」
「──まさか、運転されるんですか」
咎め立てる、にしても、些か強すぎる口調だった。
厳徒はあっさり答える。「呑んでないから」
「さすがにケーサツが飲酒運転はね。事故起こしたらシャレにならないし」
別にこうなると予測していたわけではない。単に、胸糞悪い奴と同じ場で酔う危険
を犯したくなかっただけだ。
小さく。
すみません。と。聞こえた。
疑ったことへか。きつい口調になってしまったことへか。
訊ねる気が厳徒に起こる前に、エレベーターは一階へ到着した。



現場である河川敷に到着すると、そこは皓々としたライトで照らされていた。
草むらのそこかしこで捜査員が動いている。白色光に浮かぶ人影は妙に薄っぺらい。
制服警官に案内され、厳徒と巴は鑑識主任の元へ向かう。
二人とも礼装スーツに運動靴、という格好だ。ミスマッチもいいところだが、そも
事件現場に礼装、というのが間違っているのだ。今更気にしてはいけない。
ライトの脇、土手の上で作業を眺める制服姿の男へ、厳徒が手を上げ、
「や! 主任さん、どうよ最近。泳いでる?」
「こりゃあガンさん。泳いでる泳いでる、証拠の海で溺れ死にそうだよ。で、そっち
のお嬢さんは」
硬い表情で周囲を見回していた巴が、我に返ったかのように急いで一礼した。
「ああ。ウチの新人」
「へえ、今日就任式だろ? 大変だねえ」
「ホントだよ。おかげでゴハン、食べ損ねたし」
「そりゃあ良かった。──いや本当」
言葉の理由は明白だ。
水と都会特有の排ガスのにおいに混じる。腐臭。死臭。死体の臭い。
「遺留品は?」
「あっちのテント」
「そ。――トモエちゃん」
はい、と巴が答える。顔色は、当然、悪い。
「キョーミあるなら、好きに動いていいから」
「――はい」
しかし彼女は顔をきっと上げ、ぽつんと設置されたテントへ歩き始める。
「いいのかい、ガンさん」
「いいの。いいの。好きにさせてあげてよ」
「……女も強くなったねえ」
厳徒より幾らか年下の鑑識主任は嘆息した。
「うちの若いのは戻しちまってさ。まあ仕方ないっちゃ仕方ないけどよ」
「ま。そこは大丈夫だよ。――カノジョ、もう吐くモノ残ってないだろうし」
なるほど、と鑑識主任は納得する。
「だから連れてきたわけだ」
「自発的にやられちゃね。ホラ。ボク、誉めて伸ばすタイプだから」
相手の顔に“異議あり”と書いてあるのを無視し、
「で。どうなの。その別嬪さん」
「大体三日から五日ってとこだな。美人も美人」
ふうん、と厳徒は相槌を打って。「腕、見つかってないって?」
「そうそう、何でか右肘から先、すとーんと落とされてて。今日中には見つけるさ。
……ここにあれば」
「そうして欲しいな」
眼下の河原では、何人もの制服警官と鑑識課の人間が“探しもの”をしている。

 

最終更新:2020年06月09日 17:35