・「検事」数ヵ月後設定


「ミッツルギさーん!!」
街中で突然、甲高い大声で名前を叫ばれて、御剣怜侍は眉間に深いヒビを入れながら振り返った。
一言文句を言おうと口を開きかけて、こちらに大きく手を振ってくる女子高生の姿に小首を傾げる。
「……どちら様だろうか」
「ひっどーい!! しばらくぶりだからって、相棒の顔を忘れちゃう!?」
その物怖じしない強い口調と瞳を見て、御剣はああ! と声を上げた。
「ミクモくん、か?」
「そうだよ! なにそれ、冗談じゃなくホンキでわかんなかったの?」
「いや、だって髪が……」
数ヶ月前の事件で知り合った(本当に知り合ったのは7年前だが)少女、一条美雲。
いつもはポニーテールにでかいカギをさしているという奇怪な格好なのだが、
今はブレザーの制服を着込み、髪をおろしている。まるで普通の女子高生の格好に、
本当に誰だかわからなかったのだ。
驚いた様子の御剣を見て、美雲はひらりとスカートをひるがえして一回転して見せた。
「へへー。普段はこういう格好なんだよ。そりゃ、大ドロボウには世を忍ぶ仮の姿ってのがないとね」
「別に忍ばなくても、キミは普通に高校生だと思うのだが……」
御剣の発言を鮮やかにスルーして、美雲は久しぶりに会った男に無邪気に笑いかけた。
「それで、ミツルギさんはこんなところで何してるんですか。何か事件を追いかけてここに? 
それとも、わたしに会いに来たとか!」
「こちらの検事局で研修があってな。一週間ほど滞在する予定なのだが……ここはキミの実家がある街だったのか」
「うん。ちゃんと事件が解決して、今ヤタガラスは休業中ってところかな。テストあるし」
美雲の学生らしい様子に、御剣はわずかに口角を上げた。少女の変わらない元気な様子に、胸に安堵が広がる。
「制服姿、ということは、キミは学校の帰りだろうか」
「そうそう! 最近学校ってひどいんですよ。いきなり7時間目とかつくっちゃうんだから! 
勝手に“ゆとり”にしといて、勝手に“ゆとりやーめた”とか、シンネンがないと思いません? 
訴えらんないのかな。あと、テストとか考えたひとも訴えたい!」
「……まじめに勉強はしておいた方がいいぞ」
「あ、ミツルギさんってば、年上っぽいこと言ってるー」
「年上だ。学生の仕事は勉強だろう。仕事をしなさい」
「だーって、あんま勉強とか好きじゃないし。面白くないし……あ!
ねえねえ、ミツルギさん。今わたし、とってもいいこと考えちゃった!」
満面の笑みの美雲を見て、御剣は眉間に深―いヒビを入れた。
「……何だろうか、と一応聞いた方がいいのだろうか」
「ミツルギさんって、アタマ良いんでしょ? 検事だもんね! 勉強教えて?」
上目づかいにおねだりのポーズをされて、御剣は後ずさった。
「な、なぜ私が……」
「命の恩人、ミクモちゃんのお願いでしょー! 聞いてくれたっていいじゃないですか」
「いやしかし、私は仕事でこちらにいるのだし」
「一週間もいるんでしょ。ちょうど、テストも一週間後なんだ!」
ムムム、と御剣が唸っていると、次に美雲は何とも言えない黒い表情をした。
「もし、お願い聞いてくれたらー『トノサマン・トレーディングカード』第7弾のスペシャルカード、
譲っちゃいますよー? #000」
「な、なに!? それは本当だろうか、ミクモくん!!」
スペシャル・カード#000は、企画イベント先着50名様のみ配布のカードだ。
御剣のネットワークと財力をもってしても手に入らなかった、幻のお宝と言える。
御剣の食いつきっぷりに、美雲が自慢げに胸を張った。

「へっへーん! この大ドロボウ・ミクモちゃんに手に入らないモノなんかないんだから!」
「ム。まさか、違法な方法で手に入れたわけではあるまいな」
「ネットオークションで『忍者ナンジャ』のスペシャルカードと抱き合わせだったんですよね。
プレミア付くからもっかいオークションに出そうと思ってたんだけれど、どうです?」
顔をのぞき込まれて、御剣は興奮に紅潮した顔を見られまいとして、ふいとそっぽを向いた。
そして、もったいぶった口調でウムと頷く。
「ま、まあ、キミに勉強する意欲があるのならば、教えるのは大人としてやぶさかではないが
……それで、苦手な科目は?」
「科学と世界史と数学と英語と現代社会」
「ほとんど全部ではないか」
「体育と家庭科は得意だよ!」
「……何となく、キミの学業成績がおぼろげに掴めてきた」
「おっ、サスガ天才検事! どんな推理したの」
「自明の理だ。そうとなれば、時間がないな……ミクモくん。今から時間はあるか」
「うん。何、早速やる気になってくれたの」
御剣の顔を覗き込む美雲。そして、しまった、という顔をした。
御剣はなんだか、とてもやる気のある表情をしていた。
「ミクモくん。この私が勉強をみるのだ。全教科満点を取らせるから、カクゴしておくんだな」
……人選ミスったかな、と美雲は今更ながらに思ったのだった。

*     *

「え、ミツルギさんの泊ってるホテルで勉強するの?」
ホテルの前まで来て、美雲は驚いたように声を上げた。
地元で有名な一流ホテルのエントランスに入って、その豪華な装飾に目をぱちくりさせている。
「ああ。やはり勉強するなら静かな場所が良いだろう。自慢ではないが、
私の部屋は完全防音仕様だ。仕事・勉強には最適だぞ」
「ミツルギさん、それ自慢してるから。しかも公費でしょ。でもさ、いいの? 
研修先のホテルで女子高生と遊んでる、なーんて噂が広まったら、検事さん、懲戒免職モノじゃないの」
にやにやと笑って美雲が言うと、御剣はふっと鼻で笑った。
「キミのようなオコサマを部屋に上げて、ナニゴトかをゴカイさせるほど女性には困っていないよ」
「むっかー!! なに、オコサマって!」
「そのままの意味だ。……さあ、はいりたまえ」
怒り狂う美雲の背中を押して部屋へ入ると、しんと静まり返った広い室内に迎えられた。
「……誰もいないの」
「無論だ。一人部屋だからな」
「……なーんか、さみしい、ね」
この前帰った、お父さんと暮らしてた家みたい。
そうつぶやいた一瞬に見せた美雲の悲しげな瞳に、御剣は胸を詰まらせた。
「ミクモくん……その」
「おっ! すごいすごい、このソファー! ベッドみたーい! ふかふか」
「……相変わらず切り替えが早いな、ミクモくん。……明日から、学校が終わったら
ここへ来ると良い。カギはしばらく預けておく」
「へ? なんで」
「勉強を教えてほしいのだろう。あいにく、仕事が終わってからでないと無理だが……
私が帰ってくるまで自習していてくれれば、帰ってから教えることができる」
「ほんとにすっごいやる気だね。そんな頑張んなくてもいいのに」
「キミはもっと頑張るべきだな」
御剣はため息をついて、合鍵を美雲に手渡した。物珍しそうにカードキーを見つめ、次にふっと笑った。
「えへへ。そうだね、頑張るよ」
その少女らしい微笑みに、御剣も口角を緩めた。
「ぜひ、そうしてくれたまえ」

*     *

「あ、お帰りー! ミツルギさん」
次の日、仕事から帰ってきた御剣がホテルの自室で見たものは、こっそり持ってきて部屋に並べていた
DVDの空箱が散乱した状態と、ホームシアターに映し出された「トノサマン」の映像だった。
ちなみに、シリーズ1の第6話目だ。もうじきエンディングが流れるだろう。一話30分として、
彼女はかれこれ3時間ほどぶっ通しでDVD観賞会をやらかしたのか。
「……キミは一体、何をしているんだ」
「え、うん。『トノサマン』観てる。サスガ、ミツルギさんだね。出張先にまで持ってくるなんて、特撮おたくのカガミだよ」
「……一体、いつから」
「んー、1時間ちょっとくらい前から? 初登場回とか今更面倒くさいから3話から見始めたんだよね」
「バカな! 1話のトノサマン初登場シーンのアオリからフカンの角度は最高だぞ!! ……それで、勉強は」
うっかり違う方向に怒りのベクトルがいくところだったが、御剣はかろうじてこらえた。
問われた美雲は、舌をぺろりと出して、てへ、と笑った。
「んー、あんまり進んでないなー?」
「……キミは、やる気があるのかね?」
「うん、もちろん!」
御剣は大きくため息を吐いた。とりあえずスーツの上着を脱いで、飾りのように机に広げられた
数学の教科書とノートに目をやった。わずかに2問、解かれた形跡がある。──間違っているが。
「この問題はこう解くんじゃない。こっちの、教科書にある公式を使うんだ」
「あ! そうなんだ。道理で何度やっても解けないと思った」
ノートに向かい合った美雲は、御剣に言われたとおりに問題を解いていく。集中力はある方なのか、
一度問題と向かい合うと真剣な面持ちでシャープペンシルを動かし続けた。その横顔を見て、
御剣は随分昔に妹分の勉強を見ていたことを思い出した。もっとも、銀髪の妹分は彼女よりずっと優秀で、
すぐに「勉強なんて独りでできるわ」と自室に籠ってしまったが。
妹分とは本当に兄妹のように育ったが、実際の妹というのは、こんな感じなのかもしれない。
御剣はそう考えて、もし彼女が本当に妹だったら随分と騒がしい家になるだろうと考えて、
わずかに眉間のしわを緩めた。
「なーに笑ってるんですか。ミツルギさん」
我に返ると、美雲が手を止めてこちらの顔を覗き込んでいた。
油断していたことにひどく恥かしい気持ちになり、御剣は頬を赤らめた。
「べ、別に、何でもない!」
「あ、あーやしーんだー! ひょっとして、わたしに見とれてたとか? 
ようやくわたしのミリョクに気がついたって遅いんだから!」
美雲が髪をかきあげて、彼女が考える「セクシー」なポーズを決めてみせる。御剣はふきだした。
「キミのどのあたりにミリョクがあるのか、ぜひ知りたいものだな」
「もー! コドモ扱いして!」
「コドモは皆、コドモ扱いを嫌がるものだ」
そう言って、御剣は飲み物と簡単な食事の用意をしようと立ち上がる。
なにおーと声を上げる美雲を無視してテーブルを見ると、先ほどは気がつかなかったが、
椀と数品のおかずがラップで封をされて並べられていた。
「……美雲くん。これは?」
「すごいですねー、この部屋。ホテルなのにキッチンまでついてるんだもん。
お腹減っちゃったからつくっちゃいました」
けろりとそう言うが、食事にはまだ手を付けた様子がない。美雲を見ると、
唇を突き出して不機嫌そうにこちらを睨んでいる。
「なに。勝手に食材使ったの怒ってます?」
「……いや」

ひとつ、キミのミリョクとやらを見つけたよ、と言おうとしてやめた。

*     *

ミツルギさんには、どうやらカノジョがいないらしい。
これまで3日間ほどホテルの部屋に通っているけれど、それらしい女のひとが訪ねてきたり、
電話がかかってきたのも見たことがない(彼女どころか、友達とかいるんだろうか)。
持ってきたDVDの中にエロいものがないか調べたけれど、どうも「トノサマン」シリーズしか見当たらないし。
このひと、見かけは結構カッコいいのに。
「ミツルギさんってホモなの?」
抱いた疑問を本人に直接聞いてみると、男は白目をむいて身体を震わせた。どうやら本気で怒っているらしい。
「……今までの私の説明を聞いていたのだろうか、キミは」
「いや、うん。聞いてたけれど。でも聞いてみたいことの興味が上回っちゃって」
「キミは本当に集中すると他のことが目に入らないな!」
特撮番組のプレミアカードにつられて専属家庭教師になった現役検事は、
英語の教科書を机の上に置いて盛大なため息を吐いた。
「しかも、何だ、その質問は。私は何かソッチのシュミを疑われるようなことをしたか?」
「だって、ホントに生活に女っ気ないんだもん」
「い、ま、は、いないだけだ」
語気強くそう言われて、美雲はうんうんと頷いた。
「そっか。見た目ほどモテないんだね」
「………」
隣の男は拳を震わせているが、美雲は気がつかない。それどころか、名案が閃いてしまった。
「あ! そうだ、ミツルギさん。なんなら、わたしがお嫁さんになってあげましょうか? 
そしたらずっと相棒だし! どうでしょう?」
言い切ってから、美雲はふと我に返った。あれ、今自分、とても不用意な発言をしなかったか。
男を見ると、目をまん丸にしてこちらを見つめている。
美雲は、全身の血液が沸騰するほど体温が上昇したのを自覚した。
「あ、いや、その。べ、別に、わたし、ミツルギさんが、すすすすすす、とか、そういうんじゃなくって」
「ああ、わかっている。くだらないことを言っていないで、さっさと問題を解くように」
そう言われると理由もなく腹が立つのは何でなんだろう。ちょっとくらい動揺しろよ。
「だからモテなんじゃないかな」
「何か言っただろうか」
「べっつにー。女の子が『お嫁さんになってあげます』って言った時のリアクションがそんななんて、
モテない理由がわかるなー、と」
可愛げのない美雲の発言に、御剣はふっと笑った。
「キミのようなオコサマにそのようなことを言われて、マトモに受け取る方がどうかしている」
「むっかー! なにそのコドモ扱い! 相棒に向かって失礼じゃないですか!?」
「コドモだよ。勉強がキライで特撮DVDに逃げ込むオコサマだ」
「出張先に特撮DVD持ち込むのはどうなんですか!」
「私はオトナだからな。しかるべき勉学を習得し、日々激務に耐えているのだからこれくらいは許される」
「オトナってきったないんだー!」
「そう言えるのは、キミがまだコドモだからだ」
御剣のその発言に、美雲はまたカーッと頭に血が上った。
「コドモじゃない!」
美雲はそう言って、御剣の胸倉に掴みかかる。そして、御剣のカオをぐいと引きよせて口づけた。
口づけといっても、勢い余って歯と歯がぶつかってムードなんてものは皆無だったが。
それでも美雲はオトナの階段を登った気になって、胸を張って笑った。
「どうだ!」
一方の御剣は、歯がぶつかった衝撃で口元を押さえて涙目になっていたが、
その口元からぽつりとつぶやきが漏れた。
「……こんな色気のないキスは初めてだ……」
その一言で、美雲はブチ切れた。

「絶対、オトナのオンナだって言わせてやる!!」

*     *

次の日、ホテルに帰って迎えてくれた少女は、いつも以上に制服のスカートを短くカスタマイズしていた。
ブラウスのボタンは上から三つ目まで開けられていて、鎖骨も露わだ。
……昨日、突然キスしてきたと思ったら、怒り狂って帰って行ったので今日は来ないと思っていた。
ところが、いつも以上に奇妙な格好をして、普通のカオをして出迎えてくれる。まったく、この年頃の女の子は不可解だ。
「おかえりなさい、ミツルギさん」
近寄ってきた少女の顔を見ると、どうやら化粧までしているようだ。唇がグロスのつやで光っている。
安物特有の、甘ったるい化粧のにおいも部屋中に漂っていた。
「今日は、まじめに勉強してたよ」
「そうか。見せてくれ」
ソファに腰をおろしながらそう言うと、美雲は隣に座ってノートを広げて見せた。
真横に座られると、スカートから伸びる細い太ももがやけに眼に痛い。
「どうかな。合ってる?」
「ウム。教えた部分はきちんとできているようだな」
そう言うと、美雲は嬉しそうにやったーと両手を上げた。動くたびにスカートの中身が見えるのではないかと、
御剣は気が気ではない。
「……ミクモくん。ところで、今日の格好は一体何なのだろうか」
尋ねると、美雲は嬉しそうにソファから立ち上がって、再会した時のようにその場で一回転してみせた。
「どう? 色っぽいでしょ。大人っぽいでしょ!」
「は?」
間の抜けた返答が癇に障ったのか、美雲は頬を膨らませた。
「もう、オンナノコがこう、肌も露わに色気ふりまいてるんだから、もうちょっと気のきいたこと言えないんですか!」
「……ミクモくん。一体、何が目的で……」
戸惑い気味に御剣がそう尋ねると、美雲は何がそんなに誇らしいのか、
胸を張って両手に腰を当てて仁王立ちになる。
「もちろん! ミツルギさんに色仕掛けで迫って、オトナのオンナだって認めてもらうためです!」
「……すまない。言っている意味が全く理解できないのだが」
「わたしはコドモじゃないんですよ、ってことです。ほらほら。
胸はまだこれからだけど、足はキレイな方なんですから」
「こら、スカートをひらひらさせるな! 風邪をひくからやめた方がいい!!」
「またそんな保護者発言! そういうのが気に食わないっつってんです」
「わかった、認める。認めるから、すぐに制服を元に戻したまえ。
そもそも校則違反だろう、ソレは。あと、ついでに化粧も落とした方がいい。キミにはまだ早い」
「だからまたコドモ扱いしてる!」
眉を逆立てた美雲は、ソファに座る御剣にまたがって膝の上に乗った。
身体を密着させて視線を合わせてくる少女に、御剣は抗議の声も出ない。
「もう、わたしはオトナだよ」
大きな意志の強い瞳に射抜かれた御剣は、まるで金縛りにあったように身動きができなかった。
だから、少女の唇が首筋を這うのを止めることもできなかったのだ。幼い、ただ唇がたどるだけの接触に
性的快感は伴わなかったが、御剣は驚きに鼓動を速めた。
短かな愛撫が終わると、美雲は御剣の顔を改めて覗き込んできた。
流石の美雲も、緊張のために頬を紅潮させている。
「どう、ミツルギさん?」
その言葉にようやく我を取り戻した御剣は、手のひらで額を覆った。
そのままぴくりとも動かずに思考の海に迷い込む様子を、美雲は揺れる瞳で見つめた。
「ミツルギさん」
「……ミクモくん」
名前を呼ばれると同時に、美雲は腰を抱き寄せられて、首筋に唇をあてられていた。
先ほど自らが男にしたものとは明らかに違う舌使いで、いやらしく首筋に吸いつかれる。
身体中の肌が泡立つような経験のない感覚に、美雲は本能的に男を突き飛ばした。
「……ッちょっと、待った!」

叫んで男の傍から飛びのいた美雲は、慌てて衣服の乱れを整えた。
「な、何……?」
「キミが言う、オトナのすることだ」
御剣は、どこか憮然とした表情で言った。
「オトナの男女がああいう態勢になったら、何が起きてもおかしくない。
そういうことが、本当にわかっていてやったのだろうか」
「う……」
御剣のその穏やかとさえ言える口調に、美雲は完全にあしらわれたことを悟って恥ずかしくなった。
「だってミツルギさん、全然……キスしても、お化粧しても何も言わないし」
言い訳がましい美雲の言葉に、御剣は大きなため息を吐く。
「……キミが、私のことを本当に男性として好きだと思ってしてくれているなら、
私にも真剣に応える義務があるとは思う。けれど、キミはそうではない」
「わたし、ミツルギさんのコト、スキですよ?」
「本当に結婚したい、とか、そういう好きだろうか」
改めて問われて、美雲は首を傾げた。
「スキの種類なんて難しいコト、考えたことありません」
そう、恋愛なんてまだわからない。ただ、この男とはずっと対等でいたい。
コドモ扱いなんて我慢できない。だって、自分は……
「──相棒、ですから。わたしはミツルギさんの」
美雲はそう言って再び御剣の傍に近寄り、そっと自分の唇を御剣の唇に押し付けた。
今度は歯がぶつからず、ほんの少し、唇の乾いた感触がする。
「わたしは、ミツルギさんにオトナとして扱ってほしいだけ」
もう一度口づけて御剣の顔を見ると、男は少し怒ったような、厳しい瞳をしていた。
「……私の気持ちを考えないところが、コドモだと言っているんだ」
「? どういうコトですか」
御剣の発言に美雲は不思議そうな視線を向けたが、御剣は押し黙ってしまった。
「ミツルギさん。わたしには、ミツルギさんが何か難しいコト考えてても、全然わかりません。
それがコドモなんだっていうなら……」
美雲は、先ほどと同じく首筋に唇を這わせた。御剣にされたように、できるだけいやらしく、舌を使って。
湿った水音が首筋から聞こえてきて、御剣は眉間にさらにヒビを増やす。
「オトナに、して」
そうささやいて、美雲は御剣のシャツのボタンに手をかけた。
こう見えても手先は器用だ。手元なんて見なくてもボタンくらい外せる。
ほんの少し、緊張で指先が震えて思ったよりは手間取ったが、きっと男は瞬く間にシャツを脱がされたと思っているだろう。
さほど豊富ではない知識を総動員して、次ははだけた胸元へと唇を落とした。
こんなことして、ホントに男の人はその気になるのかな、と半信半疑で、それでも必死で唇を押しつけた。
御剣からは抵抗されず、何も言われなかった。どんな表情をしているのだろうと気になって、
美雲は男の厚い胸板から唇を離し、男の表情を上から見下ろす。
やはりその瞳は冷静で、いつも通りに眉間にヒビが入っていて、何かに耐えるように唇を引き結んでいた。
「ミツルギさん。わたし、ちゃんとできてるかな」
御剣は、また無言だった。わずかに荒い息を吐き出すだけ。
まだ、ダメなんだ。
美雲は、今度は自らの制服に手をかけた。
ブラウスを脱ぎ捨て、ほんの少しためらってブラジャーも投げ捨てた。
まだ発展途上のふくらみがわずかに揺れて、御剣の眼前に露わになる。御剣は顔を背けた。
「ミクモくん!」
「見て」
男が無理やり身体を遠ざけようとしてくるが、その手を取って自らの胸元へと導いてやる。
無理やり膨らみを押しつけて、御剣の唇に強引に口づけた。
「……ねえ、どきどきする?」
恥ずかしくて、瞳に涙がたまった。それでも、何かを言って男の気を引きたいと思う。
御剣は、ようやく美雲を見た。その細い肢体になるべく視線をやらないように注意深く、美雲の表情だけを見ようとする。
「……ミクモくん」
「……どきどき、して」

そう言って、美雲は御剣の身体から離れた。そのことに、御剣は一瞬安堵したものの、
美雲の指がズボンのベルトを外しはじめて慌てた。
「ミクモくん!」
美雲は御剣の制止などお構いなしに、ズボンをくつろげて男のモノを取り出す。
初めて見るそれは奇妙な形で、保健体育で習った図解のどれとも違うような気がした。
とにかくも、刺激を受けて何らかの反応を示すはずと、それを指先でなでてみる。
すると確かにピクリと反応するので、そのまま手のひらや指を使ってモノを愛撫し続けた。
除々に形を変えるソレを美雲はしばらく興味深げに見つめていたが、突然御剣が手を掴んで止めさせた。
「本当に、止めるんだ」
「……止めないよ。絶対」
御剣の制止の手を振りほどいて、美雲は自らの下着をずらして形の変わり始めた男のモノをあてがう。
正直、入るような大きさではない気がしたが、一応入るはずだとの知識があったので、
入れる以外のことはあえて考えなかった。
「……ん、と……ここ、かな……?」
穴があるはずなのだが、自分の身体でもちょっとこのあたりのことはよくわからない。
こんな大きなモノが入る穴なんてあっただろうか。
男のモノで自らの筋をまさぐっていると、突然男がすごい力で美雲をソファに押し倒し、
攻守逆転とばかりに覆いかぶさってきた。
「ダメだ!」
強い制止の声に、美雲はまた涙があふれてきた。それでもその雫をこぼしたりしないように、懸命に耐えた。
こんなところで泣いては、本当にただのコドモじゃないか。
「やだ……絶対、止めたりしないんだから……」
オトナだって、認めてもらいたかっただけなのに。
なんでこんなにコドモだって自覚することばっかりなんだろう。
エッチなことも全然うまくできないし、何だか彼は怒っているし。
もし本当に自分がコドモなんだとしても、せめて身体くらいはオトナになりたい。
「オトナに、して、よ……」
あなたの相棒でいたいんだ。わたしは。
とうとう一筋、頬に涙がこぼれた。それを見られまいとして美雲は顔を背けたが、
御剣に強引に正面を向かせられる。抗議しようとして、美雲の唇はふさがれた。
──御剣の唇によって。
その口づけは、美雲が御剣にしたようなただ押し付けるだけのものではなく、
舌を使った濃厚な接触だった。うまく息ができなくて、美雲は苦しい声を漏らす。
「ん、ふぅ……!!」
「……鼻で息をするんだ」
離れた御剣がそう言って、もう一度口づけてくる。今度は言われた通り、
鼻で息をしながら御剣の舌を受け止めた。互いの唾液が混じりあい、激しいリップノイズが耳を打つ。
離れる時に唾液が糸を引くのをぼんやりと見ながら、美雲は御剣を見上げた。
「ミツルギ、さん……?」
御剣は呼びかけに応えることなく、美雲の下半身に手をやった。
少女が身体をビクリとこわばらせたことも気に掛けず、下着をずらして秘所を指でたどる。
先ほど自らした大胆な行為も忘れて、美雲は羞恥に真っ赤になった。
「な、何するんですか!」
「……全然濡れていないではないか。こんな状態では、入るわけがない」
そう言って御剣は、美雲の胸へと舌を這わせる。柔らかな乳房を揉みしだきながら、突起を舌で弄ぶ。
敏感な箇所をなめ上げられ、美雲はぞわりと肌が粟立った。
「ひゃあ……」
つんと立ち上がった乳首にぴちゃぴちゃと舌を這わされ、唇で甘噛みされて、
美雲はなんだか腰のあたりが熱くなるような感覚に襲われた。

「ぁ、ミツルギ、さん。なんか、ちょっと、ヘンな感じが……ん!」
自らの体調の変化を訴えようとしたが、指先できつく乳頭を摘ままれ、
その甘い痛みに最後まで告げることができなかった。指のあとが付きそうなほどきつく揉まれながら、
片方の乳頭をぐりぐりと指の腹でこねくり回され、もう片方は口に含まれて舌でつぶされるように刺激される。
繰り返される執拗な胸への愛撫に、美雲はすっかり意識を奪われてしまった。
「ん! ぁは、う、あぁんっ」
胸への愛撫に酔いしれた美雲の表情を確認すると、御剣は美雲の下半身に手を伸ばし、
ショーツの上からまだ固く閉じた蕾を指先で辿った。そこは、わずかだが湿った感触を御剣に伝える。
ゆっくりと、まずは肉芽を揉みほぐす。すると、すぐに美雲はかすれた嬌声を上げた。
「ちょ、だめ、だって。そんなトコ……」
柔らかだったそこは、少し刺激を与えるだけで硬く立ち上がる様を御剣に見せた。
御剣の侵略を防ごうと、美雲は慌てて膝を閉じようとするが、逆に膝を捕らえられて大股を広げられてしまう。
いまだ唐草模様のショーツが張り付いているとは言え、恥ずかしいポーをさせられていることは変わらない。
美雲は顔を真っ赤にして抗議した。
「こらー! ホントになにするのー!」
しかし御剣はまるで意に介さず、そのショーツの上から唇をつけた。筋を唇で辿り、次に舌で舐め上げる。
「ひゃあ!」
布越しとはいえ、はじめて他人にさらした繊細な場所に刺激を与えられ、美雲は未知の感覚にぎゅっと目をつむった。
すると、さらに身体が敏感に感じられ、男に肉芽を布越しに噛まれた時には腰をびくりと痙攣させてしまった。
「ぅあ、はぁ、ん!」
「少しは、濡れてきたかな」
そう御剣がつぶやいたのが聞こえたと思ったら、下着をずらされ、直に秘所を眺められてしまう。
自らの下半身をじっくりと見つめる男の、興奮に紅潮した顔を見て、美雲は恥ずかしさに顔を反らした。
直に見る美雲のそこは、すでにとろとろと愛蜜があふれていた。
その蜜を舐めとるように、御剣は舌を這わせる。ぴちゃり、くちゃりと水を打つ音が、美雲の耳に響く。
「あ、んっ! やだ、熱い……」
「そうだな。とても熱いよ、キミは」
御剣は蜜壺からあふれた熱い汁を何度も舐めとるが、蜜はあふれるばかりだ。
箸やすめに、ぷっくりと膨れ上がった肉芽に齧りつくと、美雲が悲鳴を上げた。
「っああん、そこ、ダメぇ」
その声に刺激されたのか、御剣はおもむろに肉芽を口に含み、舌先で何度もつつき、
えぐるように舐め上げ、きつく吸い上げる。すると、美雲は嬌声を上げながら腰をくねらせた。
「きゃあぁん! ふぁ、やぁん! そんな、強くしちゃダメだってぇ!!」
「キモチイイだろう?」
御剣が問うと、美雲は恥ずかしそうに、だが小さく頷いた。
「なんか、もう、あつくてぇ……どうしたら、いい、の」
「もう少し、慣らした方がいい」
そう言って、まずは中指をゆっくりと蜜壺に挿入した。蜜に促されてすんなりと入ったが、
中を掻き混ぜられて美雲はきつい快感に涙をこぼした。
2本目の指を入れられて再び肉芽を口に含まれると、美雲はいよいよ快楽の波に理性を奪われた。
「あぁん、みつるぎ、さぁんっ。も、ヘンになっちゃうよぉ……」
二本の指でぐちゅぐちゅに内壁をかき回され、陰核を舌と唇で刺激され続けて、美雲はすっかりとろけてしまう。
「あ、あ、あ! もっと、は、はげしくして、も、だいじょおぶ、だよぉ……んはぁん!」
「そう、だな。……もう、大丈夫そうだ」
そう言って御剣はいったん上体を起こし、先ほどよりも質量を増した雄を美雲の秘所へとあてがった。
その様子を、どこかぼんやりと見つめながら、美雲はさらなる快楽が訪れるだろうとの期待に胸を熱くしていた。
だが、入ってきた異物感と痛みは、少しも美雲に快楽を与えなかった。
「や、い、いたい! いたいっ……」
「……すまない、ミクモくん」
だが、御剣は謝るだけで一向にモノを抜こうとはしなかった。
全てを入れ終えるまで、美雲は熱い楔を身体に打ちつけられているような、拷問に近い感覚を感じた。
全てがおさまると、次はゆっくりと腰を動かされる。擦られるのも、痛みが伴った。

「ん、ん、ん、いた……い、あ!」
痛がってばかりだったが、御剣に胸を再び吸われると、その甘い快楽に痛みが和らいだ。
男の熱い舌で胸を愛撫され、尻から太ももを撫でさすられながら、腰を揺さぶられる。
すると、幾分か痛みは遠退き、代わりに──今まで感じたことがないような快感が生まれてきた。
身体の奥底から湧き上がるような情熱に、美雲は自分で驚いてしまう。
「え、な、なに、これ……? なんかっ……すごい」
「少しは、キモチよくなってきただろうか」
キモチイイ? そうか、これがキモチイイってコトなのか。
今までのもそうだったけど、これは何か、今までのと全然違う。
「ん、コレ、スキっ……もっと、ちょうだいっ……」
「……! ああ」
御剣は静かに応えたが、腰の動きはそれまでよりも激しくなった。
力強く雄を抜き差しされ、奥まで貫かれる悦びに美雲は我を忘れてよがった。
「あんっ、ふぁんっ、おくにっ、くるの、すごい、すっごい、キモチイイ……!」
「……っ……まったく、キミは……」
本当に、私を翻弄するのが上手だな。
そんな御剣の声が聞こえたような気がしたが、熱い楔で最奥をぐりぐりと刺激される快楽に
飲み込まれていた美雲は、それを記憶に留めてはおけなかった。
「あ、あ、も、ダメ……! あ、ああああああああああ!!」
「──ッ!!」
最奥をずんと刺し貫かれ、美雲は身体を震わせて絶頂を迎えた。
そして子宮の収縮に刺激された御剣もまた、熱い男の欲望を吐き出したのだった。

*     *

これで、オトナになったかな。
快楽から我を取り戻し、息を整えて美雲は考えた。
なんか、オトナになったって感じ、しないかも。
むしろ、男との差を思い知らされたような気がする。自分ははじめてで、でも彼は絶対はじめてじゃなくて。
よくわからないけれど、あんなにイタイのがキモチヨクなるってことは、きっと彼は上手なんだろう。
ちぇ。結局、わたしは全然コドモなんだな。
美雲は頬を膨らませた。そして、帰ろうと服を着込む。
下着は……なんだかぐしょぐしょになってしまったので、帰りにコンビニで買って帰ろう。
帰り支度をする美雲を見て、御剣は慌てたように声をかける。
「ミクモくん、シャワーを使っていけばいい」
「ん? いいですよ、帰ってお風呂入りますから。わたし、お風呂入ると眠くなっちゃうし」
「なら、別に泊っていっても構わないが……
というか、その、私はこの件に関して言っておかねばならないことがあるのだが……
私は別に場の空気に流されたわけではなくてだな」
「あー、別に、気にしなくていいよ。
わたしから誘ったんだし、未成年者への変態行為とかで捕まることってないんじゃないですか?」
「……淫行罪のことを言っているんだろうか。しかし」
「そうそう、わたしも言っておかなきゃ」
いつも通りに制服を身に付けた美雲が、まだ半裸状態の男に向かって宣言した。
「わたしは二代目ヤタガラス・一条美雲! 
うっかり“はじめて”盗られちゃったけど、それじゃギゾクの名が廃るってもんです」
「別にギゾクは関係ないだろう」
「だ、か、ら! 次に会った時はちゃあんとオトナのオンナになって、
ミツルギさんの……なんか大切なモノを盗りに来るから!」
じゃあね! と言い残して、美雲は軽やかに去って行った。
翻るスカートを茫然と見つめながら、御剣は
「……もう、盗られてしまったと思うんだが」
と力なくつぶやいた。


おわる

最終更新:2020年06月09日 17:34