ちなみがナルホド千尋を凌辱


>>794-796の続き。

【以下のSSの含有分】
・クスリネタ
・ちなみ攻め、成歩堂受け
・成歩堂×千尋

・今回の濡れ場に局長は不参加です

*****

車の中、ハンドルに強か打ちつけ、ちなみの──肉体は綾里春美のものだが、痛みを
感じるのは憑依するちなみだ──肩に激痛が走った。突き飛ばした力はそこまで強くは
ない。だが、ちなみの細い筋と骨とを痛めるには充分だった。
「ぐっ──こ、のっ!」
助手席の加害者を睨みつけ、脇のスタンガンを手に取る。しかし遅すぎた。揉み合い、
かぼそい手首を折れる勢いで握られ、罵声と共にスタンガンが落ちる。引かれる。激痛。
「真宵ちゃんは何処だ」
低い、怒りに満ちた男の声。それでも自制はしているのだろう。ちなみの、春美の腕は
折れてはいない。まだ。
「はん」
しくじった。与えた睡眠薬の量が足りなかったようだ。移動中も駐車場に入れるまでも
大人しくしていたのに、最後でミソがついた。
焦りを押し隠し、ちなみは嘲笑う。「そんなコトしなくたって連れてってやるわよ。
アンタの大事な大事な綾里のところにね」
身体を掴まれ、再度突き飛ばされる。今度は運転席ドアに背中をぶつけた。息が詰まる。
微かな不安がよぎる。
今男の眼前にいるのは確かにちなみで、綾里真宵を誘拐したちなみで、しかし肉体は
真宵の従妹である綾里春美のものだ。それは男にも分かっている。分かっているはずだ。
ちなみを傷つければ春美も傷つく。ちなみを殺せば春美も、
「――ッ!」
男の手が。華奢な首に、触れた瞬間。
ちなみは心の底からの悲鳴を上げた。

静かな車内で、成歩堂龍一は重い頭を振った。どこかで一服盛られたのだろう、身体も
思考も鈍い。状況に上手くついていけない。
目の前には、運転席でぐったりする小さな身体。サイズの合わないワンピースがずれて
落ちそうになっている。さっきまではきちんと体型に合ったものだったのに。
“リュウちゃん”
成歩堂をそう呼んで、利用し、殺そうとまでした女が好んでいた服装だった。
深呼吸し、手の甲で汗を拭う。先程、女の首と接触した手だった。意図した行動では
なかった──と思う。伸ばした手が、女の首に偶然触れて、女は悲鳴を上げて。
回復しない脳ミソを抱え、成歩堂はゆっくりと目の前の人物に呼びかける。
「はみちゃん」
シートにもたれる身体が微かに身じろぎする。普段はふたつの輪っかに結わえている髪
は、今は下ろされさらさらと落ちている。春美に憑依した、ちなみがそうしたのだろう。
今は、違う。
安堵。真宵はまだ見つけてもいないが、春美はここに、生きて此処にいる。綾里春美と
して此処に居る。
「はみちゃん、起きて──ッ?!」
春美の肉体が、変わる。

背が伸びる。棒っきれのように細い身体が丸みを帯びる。手足はしっとりと脂を備えた
それに、子どもらしい高い体温は、死者のものに。
ちなみが戻ってきた──否。成歩堂は即否定する。否定せざるを得ない。胸元、薄い
生地をはちきれんばかりに押し上げる質量は、ちなみのものでは有り得ない。では誰か。
成歩堂には一人だけ心当たりがあった。ゆるやかに目を開ける、そのひとの顔に見覚えが
あった。何度も助けられ、成歩堂を導いてくれたひとだ。
「千尋さん!」
驚きと嬉しさに声を大きくする成歩堂へ、綾里千尋は「久しぶりね、なるほどくん」
微かに頷いた。
「でもどうして……あ、はみちゃんが、霊媒を?」
起きた様子はなかったけれど、と混乱する成歩堂へ、千尋は腰をひねり身体を向ける。
「この子の意識が戻らない内に、ちょっと“入らせて”もらったの……勝手に他人の身体
をのっとるなんて、本当は、してはいけないコトだけれど」
勿論春美が意識を取り戻すのを待ち、状況を聞き、しかるのちに霊媒を頼む、という
方法もあった。しかし一刻を争う事態であったし、ちなみに憑依されていた春美では周囲
の状況を把握していたとは思えないし、――万が一、憑依の最中の記憶が、春美にあった
とすれば。春美が春美の意志によらずとも敬愛する真宵を傷つけた記憶を掘り起こすこと
になる。年端も行かぬ少女には惨い仕打ちだ。
「なるほどくん、真宵はここにいるわ。お願い、あの子を、助けて」
語尾は震えて言葉にならなかった。
「真宵は、とても……とても、苦しんでいるの。あなたでなければ、助けられない」
お願い、と、自分で自分を抱くようにして呟く千尋。その、ぶつけて痛む肩に、そっと
触れる手がある。
「分かりました」
何時の間にかほぼ同い年になった青年が、千尋をしっかりと見ている。
「必ず。真宵ちゃんを、はみちゃんも、みんなで一緒に帰りましょう」
その確かさに。力強さに、千尋の震えが止まる。
真宵を助ける。そのためのチカラが湧いてくる。
成歩堂が座席下に落ちていたスタンガンを拾い上げ、車から降りる。千尋も続く。
「こっちよ……気をつけて。ガント、という男性が、まだ中にいるはずだから」
「巌徒局長……やっぱり、ちなみと一緒だったんですね」
低く呻き、成歩堂はスタンガンを握り直す。使ったことはないが、使われたことなら
ある。この武器の頼もしさは身をもって知っていた。そして、真宵を誘拐した相手に遠慮
する理由もなかった。そのときが来れば、成歩堂は躊躇わずスイッチを入れる。その覚悟
はできている。
「行きましょう」
「ええ」
二人は、大事な少女を救うため、歩き出した。

決意と共に進む二人に、冷静な判断を求めるのは酷な話であろう。
成歩堂は薬物による昏睡から覚めたばかりで思考も身体能力も鈍っていた。千尋も、妹
が目の前で犯され泣き叫ぶのを散々見せつけられたアト、しかも現世に介入の不可能な
霊体だったときとは異なり、今は肉体があるのだ。無力だった千尋に、妹を救う術が与え
られたのだ。焦るな、という方が無理だろう。

故に。彼らの失敗は、なるべくして為ったものだった。

玄関の鍵は、千尋の、というかちなみのワンピースのポケットに入っていた。千尋は
緊張の面持ちで鍵を差し込み、用心深く回す。きい、と、微かな金属音。ドアを静かに
引く。成歩堂が先に入る。薄暗い廊下に、人の気配はない。靴履きのまま上がり込む。
しっかりした建築なのだろう、フローリングの床は二人分の体重を受けてもほとんど音を
立てない。呼吸や鼓動の方がうるさく感じられるくらいだ。

成歩堂も千尋も一言も発しないまま進む。明かり取りから差し込む光は、うららかで
暖かい。
早く、この暖かいおひさまの下へ、真宵を連れて帰りたい。
その一心で二人は歩を進め。
「――」
廊下の先。誘うように、ほんの少しだけドアの開いた部屋に、すいこまれるように足を
向ける。
「――」
「――!」
そして。先に立って入った成歩堂は絶句し。後ろの千尋は成歩堂の様子から何事かを
察し、押しのけるかたちで入室した。
十畳ほどのそこそこ広い、ベッドと椅子が何脚かあるだけの、殺風景な部屋だ。窓には
遮光カーテン、それに目張りまでしてあり、外の光は完全にシャットダウンされている。
光源は廊下からのほのぐらい陽光だけだ。
その薄暗い部屋。ベッドの上に。小柄な誰かが倒れ伏していた。
長い黒髪。頭の上でおだんごに結い上げる、特徴的な髪型。いつもの、薄紫の装束──
上着だけ。その下につけているべき帯も、ひざこぞうを剥き出しにする丈の短い着物も、
下着も。華奢な肢体からはぎとられている。ぐったりした足。細い足首、ふくらはぎ、
肉付きの薄い太腿──赤の散る、凌辱の痕も生々しい白い足。乾いた体液がぬとりと光る
のが、成歩堂には何故かはっきり見えた。
予測をしていなかった、と言えば嘘になる。真宵は女の子だから。全然子どもだけど、
すごく可愛い女の子で──成歩堂の前ではいつまで経っても最初に会った頃の子どもの
ままなのに、何時の間にか成長を始めた、綺麗な女の子だったから。
「真宵ちゃん」
無意識に呼ぶ声は、我ながら乾いていて。
呼びかけに小柄な身体がひくんと震え、うつ伏せの顔が、こちらを見ないまま微かに
動くのを、成歩堂は呆然としながら唯見ていて。
「真宵!」
叫んだのは千尋だった。よろけるようにベッドへ駆け寄り、細い身体を掻き抱く。
「見ないで」懇願。「お願い、なるほどくん、見ないで……!」おそらく、妹が最も会い
たがっていて、最も知られたくなかったはずの青年から、腕の中の身体を隠す、「ねえ」
冷ややかな声。
死者の千尋と同じ、冷ややかな体温。
「それ、“妹”をアイツに見せたくないの? それとも。“アンタが守れなかった妹”を
アイツに見せたくないの?」
腕の中の、“妹”。
「綾里千尋」
そこに、ちなみの。真宵に憑依したちなみの姿を認めた瞬間。ワンピース越しの脇腹に
熱と痛みが弾けた。一度目で千尋は動けなくなり、二度目で千尋は改造スタンガンからの
電流に意識を失う。
真宵と同じに髪を結い、真宵の装束を纏ったちなみが、呆然とする成歩堂を見て。嘲笑
を浮かべた。
その時には全てが手遅れだった。
背後から右腕を把られ、大きく捻じり上げられる。肘と肩が悲鳴を上げる。成歩堂が
事態を把握する間もなく、右手からスタンガンが転がり落ちる。背後、男の爪先が武器を
明後日の方向に蹴り飛ばす。
誰かは分かった。
振り向いて確かめる暇もなく、首を、太い腕で挟まれる。持ち上げられる。息が止まる
血流が止まる。視野狭窄、嘲笑、耳の中ごうごうと唸る音──、一秒、二秒、――暗転。
頸動脈を絞められ失神した成歩堂を、巌徒が無造作に放り出す。派手な音がしたが、
意識のない成歩堂では文句のつけようがない。ベッドの上で伸びた千尋も同じく。

「まあ。計画とは違ったけど。結果オーライ、ってヤツかな」
そうして巌徒は朗らかに笑い、「これに懲りたら。今度は、もっと慎重にやってよ」目
だけは笑わずちなみを詰る。
「……わたくしの失敗ではありませんわ。薬の量が足りなかっただけで、」
「ナルホドちゃんにクスリ入れたの。ちなみちゃんでしょ? フツウは。ソレを、失敗、
って言うんだよ」
「ぐ……!」
ぎりと歯を噛みしめるちなみ、その顔が苦痛に歪んだ。「肩。ぶつけたんだっけ」巌徒
は至極どうでも良さそうな口調で、手当てしておけば、と言った。手伝う気はゼロのよう
だ。
「違いますわよ……腰よ、腰……!」
腹立ちまぎれに怒鳴ると、腰、もっと端的にいえば性器と肛門が痛む。痛い、だけなら
まだしも、疼く熱が神経に伝えるのは快さに似た色だ。散々いたぶった身体には、疲労と
情交の熱と望まない悦楽とが燻っている。気持ち悪い。
「ちなみちゃん。ヨウシャないからねえ」
「アンタもよ!」
大声を出すと喉まで痛い。真宵の肉体はくるところまで来ているようだ。
だから。その、疲れきった真宵が気絶するように眠っていたからこそ、春美の肉体から
逃げ出したちなみが憑りつき、成歩堂と千尋の来訪を巌徒へ伝えることが出来たのだが。
分かっている。これはちなみの失態だ。
薬の量を読み間違えた。“痛み”から逃げ出した。
自業自得、と巌徒がうそぶく。
自業自得。耳にタコが出来るほど聞いた。死刑になったのも、妹に裏切られたのも、
義姉に見捨てられかけたのも、妹がちなみではなく“リュウちゃん”を選んだのも、轟々
唸る川へ飛び込んだのも、母親が狂ったのも。不幸なのも。思い通りにならないことも。
綾里に、勝てなかったことも。全部が全部ちなみの無能と傲慢が招いたことなのだと、
「分かってるわよ」
それが、どうした。
「そんなこと、知ってるわよ」
不幸はちなみの行動が招いた因果。いいではないか。何も為せずに運命に流されてきた
と考えるよりは、ずっとマシだ。
逆恨み? 綾里への復讐は、理不尽? だからどうした。憎いから復讐する、それ以外
に理由が必要なのか。憎しみに、感情に、理由が必要なのか。
ちなみから“無久井里子”としての生を奪っていったあの女。綾里千尋を恨むのに理由
は必要ない。あの女は綾里で、弁護士。それで充分だった。
ちなみは体勢を立て直す。
余計なことまで思い出させた男はといえば、ちなみの醜態を暇つぶしのように眺めて
いた。ムカつく。
「…………失礼申し上げました」
ちなみは、穏やかに、つくりものの笑みを浮かべる。
こんな下らないことで協力関係を崩す気はない。今は、まだ。
「おっしゃる通り、予定とは違ってしまいましたけれど……もっと面白いコトもできます
わよ。この女はわたくしにお任せくださいませ」
微笑んで、気絶した千尋を見る。まだ、千尋のままだ。好都合この上ない。
「そう」巌徒はつつくのをあっさり止め、「用があるから。ナルホドちゃんは、持って
くよ」一声掛けて成歩堂の身体を引きずり起こした。
「とりあえず。トナリの部屋に入れておくから」
「承知いたしましたわ」
成歩堂を部屋からずりずり引きずり出しながら、巌徒は殆ど確信していた。
──アレは、今度は。クスリが多過ぎて失敗するな。と。


――ふわふわした心地から目を覚ます。
最初に感じたのは、喉の渇きだった。次に腕の痺れ。動かせないのは何故かと思えば、
後ろ手に手錠をかけられていたからだった。
フローリングの床に転がされた自分を自覚しても、成歩堂の意識はまだはっきりしな
かった。
「くそ……っ」
自分を叱咤し、立ち上がる。薄暗い、遮光カーテンと目張りされた窓があるだけの部屋
だ。とにかくドアまで歩いて行ってみると、途中で何かを蹴飛ばした。濡れた感触に視線
を落とすと、五〇〇ミリリットル入りのペットボトルが転がっている。ラベルはミネラル
ウォーター。中の水がたぷんと揺れる。喉がごくりと鳴った。慌てて頭を振る。今は
そんなことをしてる場合じゃない。
ドアまで歩き、後ろ手にノブをひねる。がちゃがちゃ音はしたが、やはりというか鍵が
掛かっていた。
「……どうしよう」
ドアを背にずるずる座り込む。一縷の望みをかけて手首を動かしてはみるが、痛みに
耐え切れなくなるまで引っ張ってみても全く外れる気配がない。
どうしよう。
打開策が、思いつかない。
薄暗い、昼か夜かも分からない部屋で、成歩堂は呆然とへたり込み。「……せめて、
時間だけでも分かれば」分かったところで何が出来るでもないが、とにかく時刻を確かめ
ようと腕時計を、「……あれ?」
左手首を探る指に、腕時計の感触がない。
慌てて自分を顧みれば、他にも色々なくなっている。携帯電話や財布はともかく、靴と
靴下まで消えているのはどういうわけか。「……」しかも、ネクタイもなければ、スーツ
の上着もない。シャツは着てはいるが、ボタンの留め方が雑だ。まるで誰かが一旦脱が
せてまた着せたような。
蒼褪め脂汗を流す成歩堂。
その身体から──ずるりと力が抜ける。「はは……情けない」
真宵があんなに傷ついていたのに。その真宵を、目の当たりにしたのに。一緒にいた
千尋は、何処にいるかも分からないのに。気にするのは自身のそんな些細なことだ。自己
嫌悪に沈む目に、ペットボトルが映る。途端喉の渇きが襲ってくる。
情けなかったが、欲求には逆らえなかった。
後ろ手にキャップを開け、仕方がないのでボトルを倒し、這いつくばる体勢で口をつけ
溢れる水を飲み込む。ぬるく、微かに苦みがあるように思えたが、それでも身体は水分を
必要としていた。飲む。
本格的におかしい、と感じたのは、強烈な眠気が襲ってからだ。
おかしい──もしかしたら、水になにか──思ったが、痺れるような眠気が成歩堂の
意識を引きずり落とす。
落ちる寸前。
壁の向こうで、微かな水音が聞こえた気がした。

――目を覚ます。
最初に感じたのは強烈な“渇き”だった。
「ごきげんよう、弁護士さま」
見下ろす誰かが優雅に笑う。
「お喉が渇いたでしょう? さあ。どうぞ、お召し上がりなさいませ」
たおやかな手が水差しを傾ける。床に零れ、水溜まりを作る。這いつくばりそこに口を
つけることに抵抗も屈辱も感じなかった。成歩堂を哂うのがちなみであることも意識の外
だった。唯、この“渇き”をどうにかしたかった。
啜る。味わう暇もなく胃に落とす。足りなくてまた啜る。どれだけ含んでも舌は喉は
乾いた痛みを訴え続ける。

「あら」注ぐ手が止まり、ちなみが愛らしく小首を傾げる。「もう無くなってしまい
ましたわ……困ってしまいますわね」
呻く成歩堂を見下ろし、ちなみは微笑む。「ついていらっしゃいな」その顔は、天使に
見える。「お辛いのでしょう? ついてくれば、お楽になりますわよ」──成歩堂の理性
が警鐘を発する。やめろ、このオンナが悪魔だということはよく知っているではないか
──「嫌なら、そこでずっと苦しむのね。一人で、綾里千尋にも、真宵にも、春美にも、
他の誰にも二度と会えないまんま、ずっとね」──冷淡に笑う言葉に、理性は脆くも陥落
する。
ふらつき立ち上がる成歩堂に、ちなみは手を貸さなかった。用心深く距離を置き、先に
立って歩く。成歩堂は覚束ない足取りでそれを追う。現実感がない光景。喉の熱さだけが
リアルだ。
そんなには歩かされなかった。「さあ、どうぞ」ちなみがドアを開ける。薄暗い部屋。
ふらふらと入る。十畳ほどのそこそこ広い、ベッドと椅子が何脚かあるだけの、殺風景な
部屋。窓には遮光カーテンと目張り。昼か夜かも分からない。真宵──ちなみが憑依した
真宵を見つけた部屋だ。
「――」
成歩堂は言葉もなく足を止める。
「――」
ベッドの上に人影。視線はそこから動かせない。冗談めいた繰り返し。
「──え」
「ふふ」
繰り返し、ではない。成歩堂の腕には手錠。背後には巌徒ではなくちなみ。ベッドの上
には。
「―― 、  、 ――  ――」
部屋に甘酸っぱいにおいが漂う。汗と、コレは、確か、成歩堂にも経験がある。どろり
と重い、オンナの性臭。荒い鼻息。くすくすと涼やかな嘲笑。「――んんっ!」びくつく
紅潮した白い身体。汗がじっとり滲んでいる。拘束されていた。腕はまとめてベッドに
くくりつけられて、脚は左右別々の場所に縛られていた。シーツが湿っている。汗で。汗
以外の体液で。特に湿り気がひどいのは、脚の間、閉じないよう大きく開かれ晒された脚
の付け根の、
「縛ったのを、酷いとお思いにならないでくださいね」
ちなみの言葉に、振り向けない。
ベッドの上で。割り開かれた秘所と後孔にてらてら光る玩具を咥えこんだ女から、目が
離せない。
「ああしないとご自分で挿れておしまいになりますの。縛るより他ありませんのよ」
自分で、って、もう“入って”いるじゃないか──そうツッコもうとしたが、舌が
乾いて動かせない。
哂う声。
立ち尽くす成歩堂を尻目に、ちなみは軽やかにベッドへと近づき、「ほら」開かれた脚
の間に腰を下ろし、ぐしゃりと音を立て、前の玩具を引き抜く。くぐもる嬌声が上がり、
成熟した腰がもどかしく跳ねた。匂いが強くなる。どれほどの時間そうしていたのか、
咥えこんでいた場所は充血しどろどろに爆ぜていた。「こんな風に」繊手がディルドーを
戻す。びくびく腰が跳ねる度、安っぽい色のバイブを呑み込んだ後孔が見える。奥まで
貫く無機物の感触に、孔がひくついてるのが分かる。腰が揺らめく。泣き声が、猿轡の
隙間から洩れる。
ちなみが笑う。
どうか。後ろのように、前も奥まで挿れて頂戴──そう恥も外聞もなく訴える彼女を
無視し、手にするディルドーをごく浅く、先程までと同じ深さまで埋める。動かす。
粘着質の水音が弾ける。女が泣く。
猿轡を噛まされ涙と涎と愛液とを垂れ流しながら、千尋が鳴いていた。

酷いことを、と糾弾すべきだった。やめろ、と制止あるいは懇願すべきだった。でなく
とも、体当たりくらいは掛けてみれば良かった。両手が使えなくとも、成歩堂は男で、
ちなみは華奢な女だ。百分の一でもどうにかできる可能性はあった。
その、どの行動も取れなかった。
ひどく。喉が渇く。
「あら」
ちなみがわざとらしく呟き、ベッドから立ち上がる。千尋が身をくねらせる。滑らかな
脇腹に、火傷のアト。スタンガンで焼かれた痕。ならばアレは間違いなく千尋で春美なの
だ。熱で頭がぐらぐらする。この部屋は何故こんなに暑いんだろう?
「どうしたんですの、“リュウちゃん”? ここを、こんなにして」
冷たい。繊細な指が、容赦のない力でそっと滑る。成歩堂の、ズボン越しでもそれと
分かるほど勃起した性器を下からなぞり上げる。羞恥と股間からの快感にうろたえ下がる
成歩堂、その足がもつれ、バランスを崩し、倒れてしたたか尻をぶつける。思わぬ痛みに
呻く暇もあらばこそ。今度は性器にかかる重量へ悲鳴を上げることになった。
「ホントに一体どうしたのかしら、“弁護士さん”? お師匠様のハダカがそんなに気に
入ったの?」
嘲りに応えるのは短い呼気だ。一度は成歩堂を踏みつぶした素足は、今はぐにぐに蠢く
指での愛撫に移っている。手ほどの細やかさは望めずとも、充分に煽る動きだった。
情けない呻きに、嘲りが被さる。「そんなに見たいなら、ほら、見ればいいじゃない」
性器にかかる体重、その方向が変化する。正面から、横へ。ちなみが移動したことにより
成歩堂の視界が開ける。暗い部屋。物欲しそうに突き出される白い──赤い──、
「信じられない、ってカオよね」
ぐり、と足裏全体で撫ぜられる。服越しの刺激は痛い、苦しい──もどかしい。
「クスリ」「え」ちなみの足が動く。亀頭のあたりを指で擦り、足の甲を当てズボンに
阻まれる竿全体を持ち上げるように足を上げる。「クスリよ。いわゆる媚薬ってヤツ。
興奮剤とか筋弛緩剤とかを混ぜたヤツらしいけれど、要するにセックスをやり易くする薬
よ。ソイツを」ぐいと持ち上げられる感触。痛い。悲鳴。服が邪魔で裏筋には届かない。
「ブチこんでやったの。綾里千尋に、」もどかしい。「アンタの飲んだ水にも、ね」
足が離れる。
離れたと思ったら先端を素早く擦る。刺激に、内側からの渇きに、蠢く白い肢体に。
もう耐えられそうも──
離れる。
足が、離れる。
射精の感覚が遠ざかる。
視界。視界も遮られる。正面で、千尋を遮るように、ちなみが微笑んでいる。呆然と
する成歩堂の目の前で、ふわりとワンピースの裾が翻る。
終わりの寸前まで押し上げた成歩堂を置いて、ちなみはベッドに腰掛けた。たおやかな
手を伸ばし、固定され震える内腿をはじく。大きく、拘束の許す範囲ぎりぎりで跳ねる、
膣口に浅く、後孔に深く、玩具を咥えたカラダ。繁みが、めくれた肉が、体液を絡めて
光る。
どんっ。「――い──っ?!」前のめりに倒れ顎を打ちつける段になって成歩堂はよう
やっと自分がちなみを追っていたのに気づく。そのまま動くことも出来ず、低く狭まった
視界がぐるぐる回る。
「ねえ、“弁護士さん”」
くぐもる嬌声。ぐちゃぐちゃと、湿った場所を掻き回す音。見えない。成歩堂からは
見えない。においと音だけが。
「やりたいでしょ?」
天使の容貌から発せられるには直接的に過ぎる言葉だった。
「“仕方ない”わよね? “クスリのせい”だものね? “何があっても”“何をやって
も”それは“クスリのせい”だものね──?」

成歩堂は叫んだ。少なくとも本人は叫んだつもりだった。拒絶の言葉なのは確かだ。
間。
弾けるような哄笑。
「あらあら“残念”ね綾里千尋!」悪魔が笑っている。「アンタの弟子は、アンタとやり
たくないそうよ!」白い腕が手が蠢いている。何をしているのか成歩堂からは見えない。
「アンタの」唯、増す、甘酸っぱいにおいが。「ココに、突っ込むくらいなら、床と
仲良くしていた方がいいみたいよ」止まない嬌声が。粘る水音が──口が、渇いて、
ひりつく。「アンタは」ちなみが。千尋に話しかけているはずのちなみが、成歩堂を
見下ろしていた。「こんなに 抱 か れ た が っ て いるのにね」
考えが──まとまらない──千尋が? ――千尋を抱く? ――千尋は師匠で、命の
恩人で、――真宵の姉で──「ああ、それとも」
ちなみが。成歩堂を見て、成歩堂へ話しかけた。
「巌徒海慈が抱くのを、見る?」
「――ッ?!」
真宵の肉体で、ちなみが笑う。「あのオトコ、歳の割にすごいのよ。綾里真宵も、」
小さな手が自らの下腹部を意味ありげに撫ぜた瞬間。
理性が消えた。クスリのせい、千尋が求めたから、巌徒から“守る”ため。言い訳を
並べ立て、床を膝でにじりベッドへ近づきもがくように這い登る。ちなみが冷ややかに
見下し、場所を空け、「ふ──う──!」“前”を塞ぐディルドーを完全に抜き取った。
せき止められていた体液が一気に溢れ繁みを肉をシーツを濡らす。貫く硬さを求めて
ひくつく肉が露わになる。
その光景は成歩堂の鼻先で繰り広げられた。
どろどろに蕩けた場所からのむせかえる匂いを捉えた瞬間。むしゃぶりついていた。
悶える腰に顔を埋め舌を差し込みじゅるじゅる啜る。火傷しそうに熱い襞が舌へ絡む。
構わず舐めとれば、猿轡の隙間からは涎と喜悦の呻きが、襞の間からは新しい蜜が溢れ
出る。
啜る度に渇きが癒やされる。
渇きが消えるごとに熱が──昂ぶりが増す。服の下の性器は既に限界まで張り詰めて
いる。千尋、千尋は、千尋の肉は。舌が蜜をこそげ落とすと、肉は歓喜をあげてほぐれて
ゆく。けれど。足りない。舌では届かない、深い場所。触れることを禁じられ、浅い絶頂
に虚しく収縮を繰り返すしかなかった場所が、刺激を求めて泣いている。泣いているのは
千尋だった。欲しい、と泣いていた。千尋に与えられるのは成歩堂だけだった。その
成歩堂も腕を、
「成歩堂龍一」
福音、が。
「少しの間おとなしくするなら。手錠の鍵を、外してあげるわよ」
慈悲深い天使が、蔑みの目を向け微笑んでいた。
かちり。金属音。ぱちん。金属音。かしゃん。手錠が、床に落ちる音。
成歩堂は、自由になった腕でちなみを押さえつけることが出来た。彼にとっては不本意
だろうが、力ずくで従わせることも出来た。彼はどちらの行動も取らなかった。彼が
やったのは、ズボンの前を開け、先走りに濡れた下着から性器を引き抜きぐずぐず蕩けた
熱い孔に突き入れることだった。
「 ――   ――ッ!」
「うあ……!」
嬲られきって敏感になった入り口から、焦らされ焦らされ狂う寸前までに待ち侘びた
最奥までを一気に貫かれ、千尋がその一瞬で絶頂を迎える。強烈な締め付けに、成歩堂も
呆気なく精を吐き出す。量と勢いに関しては、呆気なく、とはいかなかったが。奥に精液
が叩きつけられる度、豊満な身体が仰け反り揺れる。襞に熱い迸りを受ける、それだけで
昇りつめ身をよじらせる。
射精が終わると、男女は繋がったまま荒く息をし、

また、男の腰が動く。貫かれる側も応える。クスリの効果か目の前の痴態が煽ったのか
一度放った程度では萎えなかったらしい。汗と性臭が一層増し。
「――下らない」
傍観に徹していたちなみが呟き。手の中の、小さなリモコンをつまらなそうに操る。
揺すぶられていた千尋の身体が、圧し掛かる男とは関係ないところで跳ねる。原因は後孔
で唸る玩具だった。思わぬ場所からの刺激に成歩堂の背に力がこもる。
ぱちん。弾くようにスイッチを切る。駆動音が止む。
ちなみは立ち上がりベッドから降りると、縛り上げた千尋の手へとリモコンを押し
つけた。
「さっきのが欲しかったら、好きに使いなさいよ」
そのままさっさと踵を返す。が、荒い嬌声と機械の唸る音にはさすがのちなみも呆れる
しかなかった。──なるほど、警察が『クスリ、ダメ、ゼッタイ』と宣伝する理由がよく
分かる。クスリは人間をバカにする。
ちなみはフンと鼻を鳴らし。それでも一応、椅子に備え付けたビデオカメラが作動して
いるのを確認し。部屋を後にした。

リビングの男は、てっきり録画中の映像を確認していると思ったものだから、テレビ
画面に映画のワンシーンが映っていたのは意外だった。
「見ていませんの?」
「録画はしてるよ」
指差す先ではDVDデッキが静かに唸っている。ちなみはソファに腰掛ける巌徒へと
愛らしくしなだれかかり、
「見ないし、千尋は抱かないし、あのオトコは脱がすし……おじさま、ソッチの趣味も
おありですの?」
「キミは。言っていい冗談とワルい冗談を覚えたほうがイイね」
すげなく返され、ちなみは蓮っ葉に髪をかきあげた。テレビでは銃を持った男女が銃弾
の雨霰を受けくるくる踊っている。
「発信機。ナルホドちゃん、持ってたよ」
「……どうしましたの?」
「シマツした」
車で少し行った場所に、ツーリング連中の集まる地域がある。そこで適当に見繕った車
に放りこんできたのだ、と巌徒は続ける。「ま。飲み込んでたら、分かんないけど。ソコ
までやるんだったら大人しくシャッポを脱いであげてもいいしね」そこまではしない
だろう、という口ぶりだった。
「それで。ちなみちゃんの方は」
「おサルさんみたいにやってますわよ。ホント、見てるこっちが胸焼けいたしますわ」
巌徒がちらりと目線を上げて、「そりゃ。アレだけ責めてれば。ねえ」
「……アタシのせいじゃないわよ。あのマヌケがいつまでも起きないのが悪いのよ」
我が事ながら全く進歩しない言い訳を吐いて、ちなみはつんと顎を反らした。巌徒は
「やっぱり」と──何がやっぱりなのかちなみには不明だったが──喉の奥で笑ったきり
特に追求はしなかった。まあ、成歩堂に盛った睡眠薬の量が多過ぎて、予定よりも時間が
かかったのは事実だ。その間手持無沙汰だったちなみが腹立ちまぎれに千尋を責め、休憩
を挟みながらとはいえほぼ一昼夜クスリと道具で快楽漬けにしたのも。その行為に対し、
職業柄そして性格的にも暴力行為に耐性のある巌徒が、えげつない、と洩らしたのも
間違いない。
「ナルホドちゃんも。やるよねえ」
低く、いかにも楽しげに巌徒が呟く。
「見た目がどうでも。カノジョ、小学生でしょ? そんな小さな女のコ、しかも顔見知り
となんて。ボクには無理だね。とても」
ちなみへ好きに使えと薬物を渡した男は、そんな風に哂った。この台詞を、正気を取り
戻した成歩堂にも与えるのだろう。性根の腐った彼らしい遣り口だ。

まあ、腐っているのはちなみも一緒だ。
太い首に華奢な腕を投げかけ、「ねえ、おじさま。手伝ってくださいませんか」囁く。
巌徒がちなみの低すぎる体温を好いていないのは知っているから、手短に。
「この子に、今の姉をお見せしてあげたいんですの」
「……キミも。大概ゲスだね」
「ふふ」
助けようとした妹に、妹の想い人とまぐわる姿を見られたら、綾里千尋はどんな反応を
するだろう? 妹に憎まれたら、裏切りを責められたら、どんな風になるのだろう? 
想像だけで楽しくてならない。
立ち上がる巌徒からするりと手を離し、ちなみは何となくテレビを眺めた。映画は
終わり、エンドロールが流れている。
けれど幸い、この復讐の“終わり”はもう少し先のようだ。せいぜい愉しむとしよう。
ひそやかな笑い声が、滾るように、響いた。

*****

雑談のネタ色々パクりました。と事後報告。
このスレで得たリビドーをちょっとでも還元できればこれ幸い。

 

続き

最終更新:2020年05月23日 17:50