横切り失礼。ガントモ投下します

※SL9号事件前後の巌徒×巴。全体的に薄ら寒い話
※巌徒と巴が事件以前から合意の上での肉体関係があった、っていう妄想前提
※巴さんの性格がごっさい歪んでいる
※エロは次ページくらいから

*****

――何を、しているの。
宝月巴は己れに問う。貴女/私は、なにを、しているの。
震える片手には、自身の首に巻いたマフラーの端。もう片手には、ハンカチで挟んだ
陶器のカケラ。床に散らばるツボのカケラの、ひとつ。
警察局副局長オフィスは暗い。まだ停電から復旧していないからで、咥えたペンライト
と時折閃く雷だけが光源だ。そんななか、一心不乱にマフラーでツボのカケラを拭く女、
というのは、怪談じみていて。何処か滑稽でもあった。
──私は、何を、しているの。
しかし当人にその諧謔を楽しむ余裕はない。ひたすらにカケラを拭い、終われば床に
戻し、次のカケラを手に取る。拭う。赤いマフラーが、カケラにこびりつく赤を。血痕を
消してゆく。巴は床に膝をつき、がちがちと歯を、歯に挟んだペンライトを鳴らしながら
作業を続ける。
室内で“動いて”いるのは巴だけだった。残りは動かない。
室内に“居る”のは、巴含めて三名だった。地方警察局副主席捜査官の宝月巴。床に
伏して動かない、少女と男。比較的ラクな姿勢で寝かされた少女は宝月茜という名で、巴
の妹だった。床にべったりと大の字になって伸びている男の名は、青影丈。連続殺人事件
の第一容疑者だった。
捜査官と、その妹と、殺人事件の容疑者と。しかし部屋にはもうひとつ人影があった。
もう動かない肉の塊が“在った”。
血の臭いが漂う。
部屋のインテリアとして飾られる西洋甲冑、それが掲げるスピア。その鋭い先端に胸部
を貫かれた死体から、血と、血臭とがゆるゆる零れる。血はソレのシャツに染みて部屋を
汚すことはない。けれど臭いは留めようもない。
巴は“ソレ”の名前を知っていた。“彼”が誰であるかを知っていた。罪門直斗。検事
の、巴の同僚である罪門恭介の弟。
そして。
巴は、罪門直徒が何故“死んだ”のかを──おそらくは、知っていた。
「──」
全てのツボのカケラを拭い終え、巴はふらりと立ち上がる。向かう先は、罪門直斗の
死体。呼吸を確かめる。無反応。「直斗、くん」呼びかける。無反応。当然だろう。心臓
を貫かれて生きている人間は普通存在しない。
──なにを。
巴は下がり、床に置いた鞄からポラロイドカメラを取り出す。
──貴女は、なにを。
レンズを死体に向け、シャッターを切る。
フラッシュが瞬く。
──現場保存。アトで状況の確認可能な写真の確保。ええそうね、貴女の行動は理に
適っている。
閃光に、罪門直斗の姿が照らされる。その蒼白い顔が、血で汚れた指先が、巴の視界に
灼きつく。
──貴女は。

──被害者の残したメッセージを消した私は。
──“捜査官”宝月巴は、なにを、しているの──「主席、捜査官」気づけば。巴の手
にはカメラの代わりに携帯電話があった。電話帳から番号を呼び出す。コール。呼出音が
鳴る。「主席捜査官、」おそらくは。この状況を打破するチカラを持つ、唯一のニンゲン
を、待つ。
長い長いコールの後、ぶつんと音が途切れ。『モシモシ。巌徒だけど』
電話越しの声は。優しく。穏やかで。
「主席捜査官」
『うん。どうしたの、トモエちゃん』
「──、て」絶望的な安心感を巴に与えた。「助けて、ください」
遠く。雷鳴が響いた。

オフィスに足を踏み入れた巌徒は、一目で状況を把握したらしかった。暗い室内を巴
から借りたペンライトで一通り照らし、「じゃ」
巴が、その短い呼びかけが自分へのものだと気づくのには少々の時間を有した。
「手伝ってよ。トモエちゃん」
「手伝う?」
呆然と繰り返す鈍い部下に巌徒は普段通りの──全く、常と変わらぬ笑顔を向けて、
「今なら。コイツを、青影丈を“殺人犯”として告発できるでしょ?」
「え」
それは。それでは。まるで──微かな、希望、のようなモノが巴の胸中を掠める。巌徒
は“気づいていない”のだろうか? 巴の知る限り最高の捜査官も“真実に気づかない”
のだろうか? ──ツボの破片に残された、被害者の書き残した名前を。“茜”の、巴の
妹の名前の存在を知るのは宝月巴ただ一人。もしかしたら巴はこのまま巌徒を、巌徒以外
の捜査官をも騙しおおせるのではなかろうか──「でないと」
笑いを含んだ声。
冷えた熱に下らない願望が焼き消える。
「キミのイモウトちゃんが。“ハンニン”に、なっちゃうしねえ──?」
雨。雷。灯りはまだ点かない。
「違う」
「違うって。ナニが?」
「違います! あかねは、何もしていません!」
「声。大きいよ」
イモウトちゃんが起きちゃうよ。忠告めいた言葉は何処までも朗らかだった。
「ね」黒手袋の指が、巴の頬をぬるりと滑る。「トモエちゃん。キミが、イモウトちゃん
の無実を“信じて”いるのなら」指は顎へと向かい血の気の失せた顔を持ち上げる。視線
が逸らせなくなる。「どうして。ボクに、」
「“助けて”なんて言ったワケ?」
巴が巌徒に助力を求めた理由。巴には、分かったからだ。罪門直斗を殺したのが宝月茜
だと分かったからだ。巴は、この国で、殺人がどう裁かれるかを知っているからだ。
「ね。トモエちゃん」
巴が。
巌徒なら、この状況を“何とか”出来ると。そう信じたからだ。
「ナオトちゃんは、死んじゃった。殺された。ハンニンが、必要だよね?」
喉がつかえて声が出せなかったので、巴はがくりと首肯した。
「キミは。宝月茜を、ハンニンにしたくない。そうだよね?」
バカなことを。“犯人にしたくない”? 捜査にそんな恣意を私情を挟むコトがどれ程
の愚行か分かりきっているではないか──「っ、は、い」──今度は。声に、出せた。
「なら」巌徒の視線が滑る。闇の中未だ倒れたままの男へ向かう。「イモウトちゃん以外
の。ハンニンが、必要だね」

巌徒はそれ以上を口にしはしなかった。
巴にはそれ以上の説明は必要なかった。
巌徒が凶器ごと罪門直斗の身体を下ろし、二人がかりで巴のオフィスへと運ぶ。机の前
に置いて、巌徒は傷口へと用意したタオルを当てると、ようやっと凶器を引き抜いた。
せき止められていた血が溢れ、タオルを床を濡らしてゆく。むせ返るような血の臭いに巴
は目眩を起こしかける。
ダメ、だ。
まだ倒れるわけにはいかない。今は“現場”を移しただけだ。これから巴と巌徒の作る
証拠に都合のいい舞台を用意しただけだ。まだ。何ひとつ終わってはいない。
「トモエちゃん」
無造作に差しだされるナイフ。指紋をつけぬよう、ハンカチを使って受け取る。
「これは、」
「そ。青影丈。連続殺人犯の、ナイフ」正確には青影丈はまだ“連続殺人犯”ではなく
“容疑者”なのだが、巌徒はそんな風に言い、巴は訂正しなかった。「で。これから、
罪門直斗殺害の凶器になる」
「どう、やって」
「そうだねえ。先っぽでも、折って。ナオトちゃんに突っ込んで貰おうかな」
トモエちゃん、キミに。
どうってことのない指示のような台詞だった。巴は無言でハンカチの中のナイフを
見つめ。
「タオルをお借りしてもよろしいでしょうか」
「どーぞ」
血を吸って重くなったタオルを薄い刃へと巻きつけ、机へと先端を当てる。その上に
文鎮代わりにしていたガラス製の灰皿を載せて。
「巌徒主席捜査官」
「ナニかな」
「貴方は、こんなコトに、慣れているのですか」
「こんなコト、ねえ……やだなあ。トモエちゃん」

「だから。ボクを呼んだんじゃないの?」
「──」

巴は答えなかった。黙ってナイフの柄を持つ腕に、刃を押さえる手に、力を込めて。
「──ッ」
ぐじゅりと鳴って血を滲ませるタオルの中。ぱきん、と呆気ない音を立て刃が折れる。
思っていたのより。ずっと、ずっと軽い手応えだった。


それが。連続殺人事件SL9号──通称“青影事件”の、最後の殺人になった。


――何を、しているの。
宝月巴は己れに問う。貴女/私は、なにを、しているの。数日前に行った質問を、巴は
ずっと繰り返し続けている。あの、雨の夜に。妹を抱きかかえ、目を覚ますのを待つ間
に。罪門恭介に弟の死を報せる時に。捜査の時に。捏造した証拠で、一人の男を殺人犯と
断じたトキに。何度も何度も同じ問いを繰り返す。
──貴女/私は。いつまで、こんなコトを続ける気なの。
──いつまで。
──いつまでこんなコトが続けられると思っているの?
「宝月捜査官?」

呼ぶ声に。我に返り、慌てて顔を上げる。視界を灼く明るさに一瞬目眩を覚える。
此処は停電したオフィスではない。今はあの雨の夜ではない。
此処は、うららかな陽光差し込む裁判所の控え室であり、今は開廷を一時間後に控えた
裁判に向け担当検事との打ち合わせの真っ最中だった。
「あ。……申し訳ありません、御剣検事。他に説明の必要な証拠品はありますか?」
机に広げた“証拠品”──被告人を有罪にする“根拠”を前に巴は問う。若い検事は
気障ったらしく肩をすくめ、
「フ……心配なさらずとも結構。貴女がたの揃えた証拠品は、カンペキだ。必ずやあの
オトコを有罪にしてみせよう」
証拠品のリストを片手に自信たっぷりに笑ってみせた。
ええ、と、巴も微かに口の端を上げ応える。
内心は叫びたくて堪らなかった。カンペキな証拠。ああ、そうだ。当たり前だ。この
“証拠”は青影丈を罪門直斗殺害の犯人に仕立てるべく用意した、捏造された証拠品なの
だから。(貴方は知らないでしょうけれど)検事が手にするリストは不完全だ。カンペキ
ではない。青影丈を連続殺人犯と断ずるに邪魔な証拠品を取り除いたリストは、カンペキ
ではない。証拠品を“カンペキ”にしたければ、此処から捏造した分を差し引き、隠した
分を加えなければならない。
そうするべきなのだ。
そして。SL9号の捜査は振り出しに戻り、罪門直斗殺害事件は再捜査が行われ、
今度はきっと。宝月茜が被告人になる。
捜査官ならば、そうするべきだった。「……ッ」巴は椅子に置いた自分の鞄を見る。
中にある、証拠品リストの残り半分を、見る。
「御剣検事」
「ム」
検事の端正な顔が巴に向けられ。
何故、彼が自分を見ているのか。巴は一瞬混乱する。すぐに気づく。彼は、巴が呼んだ
から応えただけだ。巴の、次の言葉を待っているだけだ。
ならば巴は──改竄されたリスト──捏造された証拠品──捜査官として。法の番人と
して、決して行ってはならぬこと。もう遅い。否、まだ遅くない。裁きはまだ下されて
いない。今ならまだ間に合う。不正捜査を行ったことを告げ、裁判を延期し、再捜査を
願い出る。
捜査官として。
妹を守る手段を捨てて。
長過ぎる間に、若い検事は眉間にヒビを刻み、「捜査官、」

「や。ジャマするよー」

やたらめったら朗らかで暑苦しい声が、言葉を、遅滞をブツ切る。巴も検事も入室者
へと向き直る。
「──巌徒副局長。お会いできて光栄です、今回事件を担当する、」
「知ってる、知ってる。御剣ちゃん、でしょ? 狩魔検事の、お弟子さん。どう? 最近
泳いでる?」
「は? ム、いえ、泳ぐのは、余り」
「ダメだよー御剣ちゃん。人生にも、仕事にも。ヨユウ、持たないと」
こういった受け答えには慣れていないのか目を白黒させる検事に対し、巌徒はポンポン
手を叩いてみせて。
「チョット。宝月捜査官と話があるんだけど。借りていい?」
「それでは、私が席を外しましょう。次は裁判で……そういえば、宝月捜査官」
巌徒と話していた御剣が、不意に巴へと話を振る。
「何か、用があったのではないか」

「……いいえ、大したことではありません。大丈夫です」
「ム。ならば、これで失礼します」
裁判で使う証拠品を手早くまとめると、やたらヒラヒラした格好の検事はやたら時代
がかった礼をし、部屋を出ていった。
残された巌徒が、くつ、と笑う。
「アレで“無敗の”検事だって言うんだから。ナントカと天才は紙一重、ってヤツかな」
その感想が若い検事の服装に対してなのか尊大な態度を揶揄してのものなのかは不明
だが、どちらにせよオレンジのスーツに傲岸不遜を絵に描いたような巌徒が言うと、これ
は鏡でも突きつけたくなるものであった。やらないが。
「……それで、用、というのは」
「あ。そうそう」
巌徒は今思い出したとでもいう風に手を叩き、「証拠品の、リスト。貰おうと思って」
「──」
「持ってるよね。今。ちょうだい」
「あれ、は」
「……要らないよね?」遮光グラスの奥の緑眼が、得体の知れない光を帯びる。「アレ。
トモエちゃんがイモウトちゃんを“守る”のには、必要ないよね?」
その通りだった。
巴は唇を噛み、鞄から取り出したリストを巌徒へと渡す。部下の従順な行動に、巌徒も
機嫌よさげに頷いた。
「アリガト。……そうだ。トモエちゃん、いいコト、聞かせてあげようか」
明るい声は拒否も反論も許さない。
「この事件、終わったら。トモエちゃん、検事局に異動だよ」
「……そう、ですか」
「反応、薄いね。もっと喜んでよ。ユメの、検事じゃない」一拍。「主席検事の席を用意
するから、ガンバってね」
巴は頭を巡らせる。巌徒はニコニコ笑っている。巴も無理矢理笑みらしきものを作り、
失敗する。「ご冗談を」
「ホントだって。
宝月巴。キミは、次期主席検事だ」
これは何の冗談だろう。主席検事? 捜査官としてのキャリアはあっても、検事として
の経験は皆無のオンナが、“主席”検事?
「なにを、」この男は、何を考えている。「私に、これ以上、何をお望みですか」宝月巴
に、この男は、ナニをさせる気なのか。
「トモエちゃん、さあ」
白い紙が。提出されることのない証拠品リストが翻る。
「イモウトちゃん。大事だよね」
黒い手袋が白い紙を翻し、巴の胸元へ当てる。
「“今”だけじゃなくて。”これからも”守りたいよね──?」
余りにも当然のことを。オトコは訊いた。
「何を」答えは決まりきっていたので、巴は回答を省略し問い返す。「私に、なにを、
しろと」
「……犯罪者を裁くには“証拠”が必要。ケド。“証拠”がなければ、例え犯罪者でも
裁けない」
よく通る声。他人に命令することに慣れた者の声。
「だったら。“証拠”を作ればいい。今回、トモエちゃんがしたみたいに、ね。ソレを、
やってもらうだけだよ。今度は検事として、ね。だったら、地位、あった方が。動き易い
でしょ」
昏い陥穽が巴の前で口を開けている。
一歩を踏み出せば二度と戻れなくなる。

 

最終更新:2020年06月09日 17:54