肉食女子高生

 事務所のドアを開けたとき、彼はクーラーによる冷気を当然のように期待していた。しかし。
「暑い」
 信じられない。こんなに気温が高い日に、どうしてもっと設定温度を下げないのだろう。
 理由は、奥から出てきた真宵を見てすぐにわかった。
 ふだん装束の下に着ているのであろう白くて薄い襦袢を一枚きり。
「真宵くん」御剣はなるべく彼女の太ももを見ないようにつとめねばならなかった。「確かに涼しそうではあるが、エアコンをもっと下げたほうが、いいのではなかろうか」
「いやー、所長命令で」真宵は照れ臭そうに笑った。「少しでも電気代を節約しようと頑張ってるんです」
「私は暑くてかなわんな」
「夏でもそんな厚着してるからですよ」
 御剣はしぶしぶシャツ一枚になってソファに座った。「その所長は?」
「外出中。たぶん直帰だって」
 不吉かもしれない、と御剣は思った。
 もともと今日は彼女に家庭教師を頼まれてやってきたのだから、成歩堂がいてもいなくても関係はないが、どこか、この状況に作為的なものを感じた。それだけではすまないような予感がして、彼は気が重かった。
 家庭教師を自分に頼むということにも、そもそも真宵がちゃんと高校に通っているということにも驚いた。
 当然なぜ成歩堂に頼まないのかをきくと、真宵は、だって、なるほどくんに数IIを教えてほしいって言ったら泣き出されちゃって、と答えたので、彼が面倒を見てやらなくてはいけなくなったのだ。
 勉強を人に教えることなど経験になく、自信はあまりなかった。そして心配は現実になった。
 なにも、隣に座った真宵のむき出しの太ももや、うっすら透けた胸の頂上にときどき意識が及んでいたばかりのせいではない。
 御剣にしてみれば、学校の勉強などというものは、人が一段ずつ階段を登っている横を五段抜かしくらいで駆け抜けてきたようなものだ。
 真宵がどこでたわいもなくつまづいているのか自分でうまく説明できないし、御剣にも察することができない。
 授業は遅々として進まなかった。彼は道筋を示そうとして問題をいくつかパタパタと解いてみせるが、真宵はただただ魔法を見るような顔をしてあいまいにうなづくだけだし、親切にも公式から証明してやっても、左の耳を突き抜けてそのまま右の耳から言葉が出ていっているのが丸わかりだ。
 焦れた御剣が大きく嘆息して天を仰ぐと、彼女は慌てて謝った。
「いや。君が悪いのではない。きっと、教え方が悪いんだ」
 御剣は、ことごとくツボを外しまくるくせに料金だけは一人前に取るマッサージ屋を、犯罪者に対してと同じくらいに深く深く憎んでいたが、突然自分がその立場に立たされたようで、彼らしくもなく身が縮こまる思いだった。
「しょうがないですよ。御剣検事は天才なんですから。ふつう、一を聞いて十を知るっていうの、御剣検事ならきっと五十くらいまで知るって感じですよねー」
「うーム……」
 天才という言葉など言われすぎてとっくに飽き飽きするほどだった。そう言うとき誰もが媚びた尊敬のまなざしや嫉妬のそれを向けてきたものだった。
 彼女がなんの感情も込めないでその言葉を放ったので、御剣はいっそう、変な子だ、と思う。
「あの。あたしも、どこがわからないか考えるの、一生懸命やりますから、もうちょっと付き合ってほしいんです」
「ああ、そうしよう」
「一緒にがんばりましょう」
 握手を求められ、御剣は反射的に握り返してから、ドキッとした。初めて手に触ったのだ。
「あっ! ひどい。今、握手したほうの手、ズボンで拭いたでしょ。しっつれいだなぁ」
「こ、これは、汗をかいていただけだ」
 相変わらず授業は噛み合わなかったが、握手の成果があったのか、少しはましになってきた。真宵が納得したようにポンと手を打ったとき、彼は心底から胸を撫で下ろした。彼女はだんだん、途中で御剣のほうを見て助け舟を求めなくても問題が解けるようになり、数をこなしていくうちに正確さと速さも確実に身につけていた。
 ついに参考書に載っていた応用問題まで、うんうん唸った末に無事解けたとき、真宵は万歳三唱をしたが、自分だってそうしたかった。
「やればできるじゃないか」ねぎらおうと思ったわけではなく、ホッとした拍子に、自然に口に出ていた。
「そうなんです、あたしはやればできるんですよ! 最初からそれだけはわかってたんですよ、ホント」
「……そ、そうか。うム。では、無事一件落着したようだし、私はこれで失礼しようと思う」
「えーっ」真宵は口を尖らせた。「まだ一科目めじゃないですか、せんせい」
「なんだ。まだあるのか」
 真宵の目が異常にランランと輝いているのを見て、背筋がぞわりとした。
 第六感など信じたこともなかったが、自分の内なる声が盛んに、逃げたほうがよいと告げていた。
 真宵がソファに乗りあがって、こちらに体を預けてきたため、大きく軋む音が上がった。
「このあいだの続き……」
「よく意味がわからんな」御剣はとぼけて、どうやったらこの場から逃げられるかばかり必死に考えた。
「だーかーらー。つまり、保健体育の授業ってこと」


 やっぱり……。
「……私はその必要性を感じないな」
「ひどい」真宵は眉を寄せた。「あんなふうに中途半端にキズモノにしておいて、そんなのって……」
「あ、あ、あ、あれは」御剣は体が震えるあまり激しくどもった。「その、過ちだった。あれは、事故みたいなもので……」
「事故で片づけるつもりなんですか!」
「だって、二人とも、かなり酔っ払っていたし」
「あたしはかなり意識ははっきりしてました!」
 真宵は、じれったいとばかりに彼の首に飛びついた。「おねがい。教えてほしいんです。えっち」
「じ、自分の体を大切にしなさい! 君はまだ高校生だろう!」
「その高校生にあんなことしたのは、御剣検事じゃないですか」
「う……。そ、それはそうだが、しかし、あんなことといっても、たかが」
 たかがキスだけじゃないか!
 そう言いかけて彼はやめた。火に油をそそぐ結果となるのは明らかだった。
「今、たかがキスだけじゃないかって言おうとしたでしょ」
 遅かったらしい。
「すまん。ちょっと自分でもその。少し、失言だった」
「別にあたし、自分の体を粗末にしてるわけじゃないです」彼女は御剣の胸に頬を寄せ、彼を見上げた。
「しかしだな。君が今そう思っていなくても、結果的にそういうことになるかもしれん」
「なってもいいです」
「……たとえ君がよくても、私はよくないんだ。そういうことはだな、たとえば食事に行ったりデートしたりするなどして、順序を踏んだあとか、または、結婚したあとにするべきで、相手を大切に思っていればいるほど、尚更だ」
 言いながら、いま自分は何か重大なことを告白してしまったような気がするが、背に腹は代えられない。
「御剣検事は、あたしとえっちするの、やなんですか」
「そういうことを言っているのではない」
「あたしが言ってます。どうなんですか!」
「……自制が必要なときにそれをするのは男の義務だ」
「でも、あたしもう我慢できない」真宵は御剣の耳のあたりに口を寄せて言った。「あの。実はね。こないだの大掃除で、見つけちゃったものがあるの」
 くすぐったくて声を上げそうになり、彼は慌てて真宵を引き離した。「な、何をだね」
「んーとね。本。たぶん、おかあさんの……」
「何の本だ」
「えっと。……初夜の心得」
「すまない。今なんと」
「何度も言わせないでよ、だから、初夜の心得っ! すっごい古そうで、たぶんうちの家に昔からずっとあるんだと思う」
「……で。読んだのだな」
「ん……」真宵は顔を赤くしている。「いまいち、よくわかんなかったんだけど、なんか、それからずっと、すっごいムラムラしちゃって……」
「なるほど……。それで、練習台になってほしいわけか」
「はい!」
 これ以上ないほどキラキラ輝く真宵の瞳を、御剣は以前にも一度見たことがあった。注文したラーメンが運ばれてくるのを見ていたときの目だ。
 その目の輝きが何かに似ているなと思って記憶をたぐり寄せて、思い当たってから、後悔した。
 捕食者。
 テレビの動物番組で見た、獲物を狙っているときの肉食獣の目のそれだ。
 食い殺されるかもしれない……、と御剣は改めてぞっとした。
「真宵くん。悪いが私の意見はずっと変わらないな」
「どうしても、ゼッタイ、だめなんですか」
「…………」どうしてもゼッタイだめだ、と言おうとしたとき、彼は気がついた。
 そう言って最後まで拒絶したとして、そのあと彼女はいったいどうするのか、ということに。
 真宵は実のところそれほど自分に執着があるのだろうか。御剣の常識では、相手を真剣に愛している女性が、真っ昼間からあけすけにセックスをねだることができるものなのだとは、とても思えなかった。
 彼女は自分に恋しているように見えるが、御剣はあえてそれに気がつかないふりをし続けた。恋に恋する年頃の少女のことだから、本人がいくら恋だと思い込んだところで、身近なところにたまたまいた背が高くてカッコイイお兄さんを使って恋愛ごっこをしているだけなんだろう、と思ったからだ。
 そう、結局のところ、誰でもよかったに違いあるまい。
 見知らぬ男の下に敷かれてせつなく喘ぐ真宵の姿を想像する。冷や汗が浮いた。
 成歩堂に下から突き上げられているところも想像する。もっと嫌な汗が噴き出した。
「何考えてるの?」
「あ。そのぅ……」
「やっぱり、だめ?」
「…………」
 御剣は真宵のことを大切に思っている。というか、正直言って、時々自分でも驚くほど愛しく思う時もある。
 しかし、彼の愛し方は、真宵の御剣に対するそれとは違う。そのすれちがいは、今までの押し問答で明白だ。
 彼の理性は、一線を越えるぐらいなら二度と会わないほうがましだと告げている。
 でも。
 自分の腕を振りほどいてひらりと踵を返し、じゃあ、他の人に頼みます、と笑顔で去っていく真宵の幻を見た気がした。
 いやだ! 絶対にいやだ。わかっている、こんなものは単なるエゴだ。しかし、到底受け入れられない。
「御剣検事……なんかすっごい死にかけてるんだけど、そんなにヤなの?」
「い、嫌というか、なんというか。ほ、他にこういうことを頼める男はいないのか? 君は、モテないことはないんだろう」
 何言ってるんですか、あたしが抱いてほしいのは、御剣検事さんだけですよ!
 そんな答えが返ってくるはずだった。
 真宵はニッと笑った。「あ、わかります? あたし、モテモテですよ。お見合いで、向こうから断られたことないの」
「……おっ……おみあいーっ?!」
「あたしは嫌なんだけど、親戚の人たちが勝手にセッティングしちゃうの。しかも、あたしに気を遣って、綾里家だとわからないように、なんか適当に身元ぼかして。一度会うだけ会うんだけど、でもでも、いつも、向こうはぜひまたお逢いしたいって。もちろん全部断ってるけどね」
「……お見合い……真宵くんが……おみ、お見合い」
「たぶん、黙ってるから勘違いされるんだろうな。ねえ、あたしのお見合い写真、こんど見せてあげましょうか? お着物きて、すごいキレイにお化粧してもらって、あれ見たらきっと、惚れ直すこと間違いなしですよ!」
 彼はどうにかしてこわばった表情筋を元に戻そうと努力した。金縛りにでも遭ったかと感じた。
 藪をつついて蛇が出たどころじゃなかった。
 真宵が少し不審そうに顔を覗き込んできた。動揺を知られたくない。
 反射的に唇を重ねていた。
「んん……」顔を離したとき、真宵は熱く潤んだ瞳で御剣を見つめてきた。「ん。御剣検事……」
 彼はそれまで、法廷で戦う時以上に脳をフル回転させて、いかにしてこの場を切り抜けるかばかり考えていた。
 しかし、それはとどのつまり彼女を繋ぎとめたまま都合よく拒絶したいということだ。そのことに気がついたとき、御剣は自分が恥ずかしくなった。
 ひどくみっともない男に成り下がった気がした。
「わかった」
「ホント?!」
「ああ。君を抱こう」
「やったー!! うれしい!!」
「うム。ただし、そのかわり……って、ちょっ、ちょっと待て、待たんか!」


 せっかく腹も据わったところだし、できるだけ自分の思いを伝えておいたり、もう少しお説教を並べておこうかと思ったが、その前に、真宵が御剣のズボンのベルトを外しにかかっていた。
「ま、真宵くん、物事には、順序というものがだな……!」
「えーっ。だって、早く見たいもん」
「あのなぁ……」
 とは言っても、どうにも本気で抵抗しようとする力は入らなかった。そうするには、真宵が彼のトランクスに手を入れてごそごそやっている光景は、男としてあまりにも甘美に過ぎた。
 不覚にも既に怒張していたものを引っぱり出され、真宵が、わあ、と感嘆の声をあげたときは、
〈もう、なるようになってくれ……〉と諦めきった心地にすら到達した。
「初めて見た。おっきぃ。すごーい」彼女が目の前のものを色々な角度から眺めたり、いじったりしているのを見ると、まるで年端もいかない子どもにいたずらをしているような気分になってくる。いま無邪気に喜ぶ真宵は、中学生か、ひょっとしたら小学生くらいにも見える。
 そう思うと背徳的な快感で首の後ろがぞくりとした。
「あっ。もっと硬くなった。すごい。カチカチだ」真宵は心底から嬉しそうだ。
 なんでそれで興奮してしまうんだ……自分は別にロリコンではないのに。
「ここが気持ちいいの?」
 彼女は指の腹を使って首の根元あたりをごく優しくさすってきた。
「本に書いてあったのか」
「うん……」
「もう少し、強くしても大丈夫だ」
「痛くないの?」
「ああ」
 彼女はしばらく、たわむれるように首や裏筋を両手で触り続けた。御剣のためというより、自分の好奇心を満たしているのだろう。御剣もまた、陰茎の感覚そのものがよりも、この状況がもたらす快感に腰が砕けそうになっていた。
 真宵は先端部の切れ目に興味を移し、指先でもてあそびだしている。なんて景色だろう。信じられない。そりゃ、淡い思いを寄せていた相手のことだから、仲が進展すればいつかはこういう関係にもなるかもしれないとは思っていたが、まさかこんな早くに……。しかも、こんなに積極的に……。
 とにかく、さっきまで、成歩堂や自分たちのかわいい妹のような存在であるだけだった真宵が、いま自分の尿道口をいじっているという落差が強烈すぎた。
「あ。なんか出てきた」
「う」
 彼女は指で透明な液体をすくいとって、じっと眺めた。「へえ……これが、ガマン汁ってやつ?」
「そんなことまで本に書いてあったのか」
「ううん。なるほどくんちにあったエッチな本に載ってた」
「……ヤツは、そんなものを君に読ませてるのか?」
「うーん、おるすばん頼まれたときに、こっそりと」
 真宵は汁のついた指を口に含んだ。御剣は慌てた。「おい! そんな、汚いもの……」
「にがいや」
「だろう。だから、そんな」
「んー、でも、汚いのかな……全然気にならない」彼女がぐっと先っぽに顔を近づける。「もっと舐めたい……」
「うっ……」息が吹きかかり、気持ちよさと興奮で背筋が伸びてしまう。
「あ、また出てきた! すごい。いっぱい出るんだね」
「いや、いつもはこんな……」
「スケベな人ほどいっぱい出るんだって。ってことは、御剣検事ってスケベなんだね」
 おそらく、最近何かと忙しくて禁欲が続いていたせいだろう。
 こんなことになるとわかっていれば、たまったままで来たりせず、自分で処理してこれたのだが。
「君はやけに物知りなのだな」
「なるほどくんの本とビデオで、色々勉強しちゃったんだもん」
「……あいつは有罪確定だな……」
「ねえ、男の人って、あんなにすごい速さでゴシゴシってされても、痛くはないの?」彼女はキュッと茎を握ってきた。
「う、うム……ああ、痛くは、ないな」
「やってみたい。どういうふうにすればいいの」
 期待に輝く目で見つめられると、嫌だだなんてとても言えない。
 うまく指がカリ首に当たるように握り方を調整してあげたとき、再び、自分が犯罪の加害者になったような感覚に襲われた。
 なったような、というか、犯罪者そのものなのかもしれない。しかし、彼女は18才の誕生日を迎えているし……いや、だからといって高校生に手を出すのは倫理上問題が。
 情けないことに、なすがままにされているほうが精神的に楽であるのは確かなようだった。
「こう?」照れ臭そうに真宵は握ったものをしごきだした。
「あ……」
「気持ちいい?」普段でさえそんなにじっと見つめられるのは照れるのに、こんなことをされている時ではいっそうだ。
 押し寄せる快感の波が御剣の顔を歪ませる。それを見た真宵が、手ごたえを感じたらしくますます嬉しそうな顔になる。
「こんな感じでいいの?」
「ん……ああ」表情を隠そうとつとめるのにも疲れてきた。耐えきれず大きく息を吐き出すと、真宵がまた、気持ちいい? と尋ねてきた。御剣は黙ってうなずいた。
 彼女は不慣れながらも一生懸命で、健気に手を動かす姿がなんとも言えずかわいらしく、いやらしかった。
 息が上がってくる。たまっているせいだろう、情けないが早々に達してしまいそうだった。
「真宵くん。もう少し速くできるか」
「あ。うん」
 彼女は言われた通りにした。御剣はのけぞって下半身の快楽に身をゆだねた。つま先が自然に反り返る。
 と、その時、真宵は急に手を放し、彼は現実に引き戻された。
「痛い、いったぁーい……!!」彼女は自分の右腕をさかんにさすっている。「腕つりそうになったぁ」
「だ、大丈夫か」御剣も彼女の細い腕をとって撫でてあげた。真宵は、平気平気、と笑ってみせる。
「いっちゃいそうだった?」
「いや、まだこんなものでは」と御剣はとっさに見栄をはった。
「ふうん」
 ちょっと理性が飛ぶのが早すぎるのではないだろうか、と彼は改めて恐ろしくなった。
 夢見心地の中、もう少し速くできるか、だなんて頼んだ記憶がおぼろげにある。意識の手綱をしっかり握りしめていたはずなのに、もはやこれだ。
「そろそろ気は済んだかね」答えは分かりきっているが、一応尋ねる。
「全然済まないに決まってるじゃない。次は口でやったげる」
「……そうだな。決まっていたな……」
「じゃ、ズボン下ろして。パンツも一緒に」
 その間に真宵も襦袢を脱いで、白い綿の下着一枚になった。
 よく眺めさせてもらわないうちに、彼女は御剣の裸の腿に飛び込んできた。
 もっとちゃんと見たかったが、すべすべで柔らかい双丘の感触も捨てがたい。背中に手をすべらせる。
「さすがに若いな。肌のきめが細かい」
「そう?」
「うん。それに、すごく柔らかい」
「御剣検事のは硬いね」真宵も彼の片方の腿を両手でさすった。真宵に体を触られているというだけで気持ちいい。「ここも」
 彼女は屹立しっぱなしのものを再び手にして、顔を近づける。
「あ……ちょっと待った」
「え、なあに?」
「シャワーを……」
「あ、大丈夫。御剣検事来る前に全身しっかり洗ってきた」
「ばかもの、だから、私のほうだ」
「なんで? あたしは全然平気だけど」
「私は平気じゃないんだ。その……汚いままだと、お、落ち着かん」
「やだよぅ。今さらそんなの、ムードぶった切りじゃない」
「初めからムードなんて皆無だろうが!」
 真宵はじたばたする御剣をおさえつけてその男根にキスをした。
 彼が観念しておとなしくなると、まだ照れているのか焦らしているのか、舌を使わずに唇だけで亀頭を撫でた。
「あっ」ふきかかる息の快感も加わって思わず声が洩れる。
「あたし、なんか、好きになれそう……」
「私をか」
「ううん。御剣検事のおちんちん」
「……むう」
 彼女は舌を出して頂上の切れ込みを舐めた。くるくると円を描いて頭全体を愛撫していく。
 そして遠慮がちにディープキスに移ったとき、彼はもう声を我慢することができなくなった。
 あの真宵くんが食べ物に対峙するとき以外にこんなに生き生きするとは、と彼はぼんやり思った。
 というより、いとしそうに御剣のものをしゃぶる顔は、アイスバーか何かをおいしくほおばっているときのそれと寸分違わない。
 ……噛み千切られなければいいのだが……。
「感じてる?」いちど口を離して、うっとりした目で訊いてくる。
「さっきから、そればかりだな。見ていてわからんのか」
「そりゃそうだけど、感じてるなら感じてるって言ってほしいもん」
「そんな恥ずかしいこと、そうそう……」
「恥ずかしいこと言ってほしいんだもーん」
 真宵は不意に握った右手を上下に動かして彼のものをこすりはじめた。
「あっ」
「感じてるって言ってくれたら、動かしながら舐めてあげる」まっすぐ自分を見つめてくる真宵の目は純真そのものだ。
 腰の力が抜けすぎてソファからずり落ちそうになり、慌てて肘掛けを掴んだ。
 下半身全体が熱くたぎっている。快感と情熱が体を刺し貫くかのように迫ってくる。
 もう、絶頂の予感を抑え込むことができない。
「うぁっ……」ついうっかり一際大きな声を上げてしまい、彼はいたたまれなくなって顔を背けた。
「なんで我慢してるの? ぺろぺろしてほしくないの?」
「うう」
「言ってほしいのに……」
「……く。か……感じてる。すごく……気持ちいい」
「うれしい」真宵は彼の先端に口づけた。
「ま、真宵くん、そろそろ……」
「う?」
「も、もう……あああぁっ」官能に突き上げられ、こらえる暇もなく限界に達していた。
 彼のものはビュクビュクと大きく脈打ってどろりとした白濁液を発射しつづけている。急いで手を使って受け止めたが、それでも真宵の顔に少しかけてしまう。
「す、すまない……」
「わー。すごい量」真宵は御剣の精液まみれの右手をとって、指をしゃぶった。
「ちょ、真宵くんっ……」
「う……苦すぎて喉ひりひりする」
「当たり前だ。ティッシュを取ってきてから、うがいしなさい」
 真宵はティッシュで自分の顔を拭き、御剣の手もそうしてあげた。
 やれやれ、これで満足しただろうか、とホッとしていると、不意に彼女は柔らかくなった男根を口に含んだ。
「くぅ……っ!」射精の快感が尾を引き、体じゅうの感覚が鋭敏になっている今、再びそのような甘美な刺激を与えられて、声を上げるなというほうが無理だ。
「ここは口できれいにしてあげるね」
「ま、まよっ、あぅっ」
 意識せずに腰が痙攣し、何度も跳ね上がってしまうのが恥ずかしくてたまらない。
 ほとんど悪寒に近いものが背筋を駆け上がる。まるで射精がずっと続くかのような強烈な感覚。
 悶えれば悶えるほど真宵は喜んで尽くすのだろうが、そんなことを考えている余裕もない。
「……真宵く……、ま、待ってくれ、少し……痛い」
「あ。ごめん」
 彼女は口を放して、体を擦り寄らせてきた。そんなことさえもぞくぞくするほど気持ちいい。
 いまなら体のどこを愛撫されても情けないほど反応してしまうだろう。
 彼女はそれに勘づいたのか、また、例の肉食獣の目で舌なめずりをした。
「ごめんね。でも、男の人って、イッちゃったあと敏感になるって本当なんだね。色んなとこいじめてもいい?」
 彼女がシャツのボタンを下から外していくのを見ても、もう抵抗する気力もなかった。
 それに、この無垢で残酷な悪魔にいいようにされるのが次第に嫌ではなくなってきた。そんな自分を省みる思考能力ももはやない。
「あ。御剣検事の筋肉、きれい」彼女は胸に指をすべらせた。「やっぱり、鍛えてるの?」
「ん……最近はそうでも……く」
 真宵は鎖骨に吸いついていた。明らかに反応を楽しみながら、首筋や脇腹などを舐めたり吸ったりして、その度に御剣は、
「くぁっ」
 とか、
「はぁうっ」
 などと、素直に身悶えるしかなかった。
 乳首を舌でこね回されたとき、それが初めての体験であるということから、羞恥心をやや取り戻し、必死で声を押し殺した。
 だがそうすると、腰のあたりにたまらないむずがゆさがこみ上げてきて、小刻みに震えてしまうのだ。
「まよ、真宵くん」
「なに?」
 やや我に帰った御剣は、息も絶え絶えに言った。
「せ、せっかく頑張ってくれているのに残念だが、一度、しゃ、射精したら、しばらくは回復しないものだ」
「そうなの? こんなに気持ちよさそうにしてるのに」
「ああ。そういうものなのだ。だから二回目はそのぅ、諦めてほしい」
「ふーん。それじゃあ、この辺で、いよいよひみつ道具の出番かな」
「…………」
「なんで、そんな顔するの?」
「いや、どん底まで落ちたと思ったのに、まだ落ちるのかと思って……」
「なるほどくんからこっそり借りたものなんだけどね。ちょっとだけ待ってて」
 小走りで戻ってきた真宵が手にしている透明のボトルを見て、御剣は、心の中で一心不乱に五寸釘を打ち続けた。
「覚えておけ……必ず……成歩堂……必ず死刑台に送ってやる……」
「え、何? なんかまずいことあった?」
「なんにもあるものか。もう、何でも君の好きにするがいいさ。私の尊厳も君への幻想も何もかも、ぜひともギッタギタのズッタズタに粉砕してくれたまえっ! 心ゆくまで私をおもちゃにして蹂躙して、むさぼるように遊んで遊んで遊び抜いて、飽きたらそこらへんにポイ捨てしてもらっても、全然構うものかっ!!」
「御剣検事って、やっぱ照れ屋さんだねー」真宵は微笑んだ。「こういう時は『優しくしてください』って素直に言えばいいんだよ」
 自分の局部にローションが垂らされる。彼は何も言う気になれず、ぐったりと目を閉じて体を性感に預けることにした。
 最初はその冷たさに背中がひんやりとしたが、真宵が両手でぬるぬると愛撫しだすと人肌ぐらいの温度になじんでいく。
「ぬるぬるだぁ。これってけっこう楽しいね」
 風俗店にも行ったことがない御剣にはまるで未知の感覚だった。が、予想以上に刺激的だ。
 まるで挿入したあとに膣壁が自由自在に身をくねらせて迫ってくるかのようだった。
 早くも御剣のそれがムズムズと存在を主張しはじめるのがわかる。
「気持ちいい? 御剣検事」
 彼が答えないでいると、真宵はパッと手を離して、もう一度、
「きもちいいの? よくないの? ねえ」
 と訊いたので、彼は仕方なしに「う、うム……気持ちいい」と白状するほかなかった。
 彼女はゆっくりとしごき始めた。真宵の手の中でそれが首をもたげ、大きく硬くなっていく速度といったら、自分でも感心してしまった。
「すごーい。もうこんなになってる」
「……自分でも、異常だと思う」
「今度はどうやって出してほしい?」
「そ、それは……そんなこと、普通はその。ま……真宵くんの、中に……いや、そんなことしてしまったら今度こそ言い逃れが」
「もー、なんでもきいてあげるから、ちゃんとお願いしなよ。別にあたしは手でイっちゃってもいいんだよ」
「うっ」
 真宵はピストン運動のピッチを上げて、笑顔のまま脅した。御剣に迷っている暇はもうなかった。
「い、入れたい。真宵くんの中に……」
 彼女が立ち上がると御剣はその下着の両側の紐をほどき床に落とした。
 わずかな薄い恥毛につつまれた丘を見て、彼はそこに指を添わせてゆっくり愛撫したいと思ったが、彼女はすぐに御剣の腰にまたがった。
 御剣は屹立したものを真宵の汚れを知らない所にあてがった。大きく足を開いているのに、その扉は未だ閉ざされており、彼はふと、挿入が無理なのではないかと不安を抱く。
 その時はこの子の言うことに従おう、と彼は思う。自分はお姫様がもうよしと言うまでただひたすら腰を振り続けるだけだ。
「腰を落とすんだ……少しずつ」
「こう? ……あっ、ぃ……ぃやぁ」真宵はすぐにきつくしがみついてくる。「こ、これっ……入る場所、あ、あってるの?」
 御剣はいったん彼女を後ろにのけぞらせて、接合部を覗き見た。
「まだ、ほとんど入ってもいない」
「えっ……そうなんだ……」
「怖じ気づいた?」
「まっ、まさか。まだまだ、これからだもん」
 御剣はできるだけ控えめに腰を打った。真宵の顔が歪み、再び体を預けてくる。
「はぁ……ぁっ」
「真宵くん。腰が逃げている」
「ご、ごめん」
「もう少し深く入るか?」
「あ……ぅん……」真宵は言われた通りに、ゆっくり足を開いて自分の股に男根を埋めていくが、その顔は今にも泣き出しそうだ。
「……真宵くん」
「ん。やぁ。だいじょぶだもん……」
「少しずつ進めよう。いいね」
「うん……」
 彼が腰を突き出すとき、真宵は相変わらず反射的に腰を浮かせたが、彼がその動作をごく慎重に行っているのがわかったのか、だんだんと、意識して踏みとどまるようになった。
 それにしても、やはり狭い。まだ首くらいまでしか入っていないのに、ぎゅうぎゅうと締めつけられている。
 ローションの滑りがなかったら、まるで侵入を受けつけなかったろう。
「あぁぁっ!」彼女が一際大きな声を絞り出して首に回した腕に痛いほど力を込めた。
 御剣が心配して動きを止めると、真宵はなおもせつなそうに首を振った。
「だめ……やめないで……」
「いいのか?」
「痛いのに、なんか……夢の中にいるみたいな気持ち」彼女は自分からおずおずと腰を上下させた。
「あっ……」
「こうでいいの?」
「ああ。上手だ」
「……ぅん……御剣検事の感じてる顔、かわいい」
「ばっ、ばかな事を」
「はぁっ、はぁ……誰にも見せたくないなぁ……その顔、あたしだけのものにしちゃいたいよ」
 私だって同じだ、と御剣は言おうとしたが、言えなかった。そのかわり、後頭部を掴んで引き寄せ、半ば無理矢理その可憐な唇の中に割り入った。
 彼は舌で真宵の口を犯しながら激しく腰を打ちつけた。真宵は口を塞がれながら喘ぎ、呼吸が大きく乱れるが、舌を絡めるのをやめない。
 二つの箇所で想い人と繋がりながら、御剣は腰から下がどろどろにとろけ落ちるような快感の渦に飲まれていた。
 真宵を痛いほど抱きしめていても、もっと近くに寄りたくてたまらない。肉体がひどく邪魔なものにすら感じる。
 このまま二人の体が溶けてしまって、一つになれたらと強く願った。
 そうすれば、二人を隔てる何ものも、自分の本心を知られる恐怖も、つまらない見栄やプライドも、傷つけることも傷つけられることも、手に入れた宝物に何重も錠前をかけてしまい込みたくなる衝動に自己嫌悪することも、全て消えてなくなるような気がしてしょうがないのだ。
「あぁっ、はぁ、はぁ……御剣検事ぃ……」
「んっ……くっ……」
「好き……大好き……やぁ……」真宵は濡れた瞳で御剣の目をまっすぐ見た。「あの……嫌いに、ならないで」
 彼女の顔はもはやあの貪欲な肉食獣のそれではなく、まるで子犬のようだった。
「何を……」
「ん。こ……これから、ちゃんと、エッチできるようになるから……が、頑張るから……」
 その言葉に真宵のことが小さく思えてきて、そのいとしさに急に昂ぶるのを感じた。
 だが、このまま終わってしまう前に、言い忘れていることがたくさんあるような気がする。
「ま、よいくん……」
「あぅ、あ、あ、いやぁ……あたし、……もう……」
「真宵くん、聞いてくれ……わ、私は、ほどなくアメリカに帰るが……できるだけこちらに帰ってくるつもりだ」
「ん……」
「だから……その……こ。これから……これからも、ずっと……」
「あっ、あぁっ、んっ」
「ず、ずっと……しよう。こういうことを」
「はぁ、はぁ、あぅ……うん……うれしい」
 今はこれで充分だ。きっと何を言っても足らないのだろう。
 御剣は真宵の腰を押さえつけて自分の望むように動いた。真宵の途切れのない悲鳴がかすれる頃、彼は中で達し、精を注いだ。


 どれくらい放心していたのか、気がつくと傍らにいたはずの真宵がいない。
 しかし、気だるさから、ソファから体を起こす気にもなれない。
 もう夕暮れ時なのだろう。部屋が薄暗くなってきている。
 背後でパチンと音がして、明かりがついた。
「御剣検事……寝てる?」
「いちおう、起きている」
 髪を下ろし、体にタオルを巻いて戻ってきた真宵は、まだ痛むのか、足を妙にひょこひょこさせている。少し心配だった。
「御剣検事もシャワー浴びてきなよ」
「うム……」
 真宵はソファの前に座って、寝ている御剣の手をとった。
「ねえねえ、そしたらそのあと、二人でごはん食べにいこうよ。運動したらお腹へっちゃったし」
「君は本当に健啖家だな。これほど、人を骨までしゃぶりつくしておいて、そのうえ腹が減ったとはな」
「えーっ。ごはんに行きたいって言ったのは御剣検事のほうなのに」
「そんなこと言ったかな」
「覚えてないの? 御剣検事は、付き合う人とは食事に行ったりデートしたりしたいんだって、さっき言ってたじゃない」
 御剣は目をぱちくりさせた。「う……うム……だいぶ意味は違うような気もするが……確かに、そういうようなことを」
「でしょ」
「よく覚えていたな」
「だって決めてたんだもん」真宵はニヤッと笑った。
「あたしのお願いきいてもらったあとは、今度は御剣検事がやりたいことをしてあげるって」


 彼はなんとかして何か言葉を並べようとしたが、何もいらないと気がついて、やめにした。
 なにしろそれまで、言葉以外にも思いを伝える方法は色々あるものだなんて、すっかり忘れていたのだ。


 一緒に歩くとき、すり寄ってきて腕を組みたがる真宵を見て、つくづく、足元にまとわりついてくる無邪気な犬のようだと思う。
 しかしその後、焼き網に次から次へと味噌ホルモンを並べる彼女の目に、例のハンターの本能が宿っているのを見て、
〈そういえば、犬も肉食獣のうちだったか……〉
 と思い、昼間の出来事をぼんやり反芻した。
 人を骨までしゃぶりつくしておいて、と彼は皮肉を言ったが、今ではそれは妥当なたとえと思わない。
 きっと彼女はまだ、手に入れた獲物をじわじわと時間をかけていたぶっている最中に過ぎぬに違いあるまい。
 恐ろしくもあるが、同時にこのうえなく甘美だ。永遠にそれが続けばいいのに、と願うくらいに。
 御剣は、しかし、そう思ったことが隣の席のかわいい捕食者に知られては大変と、あわてて表情を引きしめた。


(終わり)
最終更新:2008年08月21日 18:05