ゴドー×真宵①

【??月 ??日 ??時??分 ?????】

「…何一つ違っちゃあいねえ…アンタ、あの場所で何を聞いていた…?」
「真実はいつもひとつ…俺は何度もこの言葉を口にした…」
「…何一つ…間違っちゃいねえ…アンタがすべて言ったとおりだ…」

(………信じれるワケ…ない…いや、信じたくない…!)

「アンタが今、俺に聞かせた推理…それは、全て…真実さ…成歩堂!」

(君の証言…信じたくないよ…!)
(真宵ちゃん!)




【某月某日 留置場・面会室】

「………」
「あ、あのね!コーヒー以外にも持ってきたんですよ!
特別にお弁当にしてもらったの、ニクハチセット!
…味は…そのう…ちょっと、少し、わりと、おいしくなったんだから!!」
「………」

き、気まずいなあ…。
言葉で表すなら、じっとりとした湿っぽさの中に、ひんやりとした物が混ざった感じ。
後から後からじわじわと、ぬかるみが広がって…。
本土坊さんのニクハチセットの味に似たような、イヤーな感覚が部屋を覆い尽くしている。
…ううん、ニクハチセットの味の方が、まだマシなのかなあ…?
なるほどくんがいれば、どっちがマシか聞く事もできるのになあ。
ふと、頭の中に、なるほどくんの冷や汗タラタラな顔が浮かぶ。
あたしはその表情の後に続く、なるほどくんの笑顔が好きなんだよね。
…冷や汗タラタラな表情を必死に隠そうとして、でも隠しきれなくて、
眉がぴくぴく動いちゃってるところとか。
なるほどくん、気づいているのかなあ?隠しきれてない事。

「…楽しそうだな」
「!! え。あの、あたし、笑ってましたか?」

あたしと向かい合って座っている男の人…その人は、口端を軽く持ち上げる。
笑ってる…んだと、思う。ううん、笑ってる。声の調子とか、聞いていて、笑ってると思う。
あたしはほんの少し安心した。…この人、あたしと会う時は…あんまり笑う事がないから。
なるほどくんと話してる時は結構笑ってるのになあ。
「クッ…!」って感じで。
なるほどくんはいつも冷や汗タラタラ流してたけど。

「…物真似か?…上手いじゃねぇか」
「そ、そうですか!?あたし、結構練習したんですよ!」
「…俺も嫌いじゃないぜ…」
「ゴドーさん、物真似上手だよね」
「クッ…!…たまには、気分を変えてみたくなるのさ…コーヒーにミルクを垂らしたくなる時もある…」
「あはは」
あたしと向かい合って座ってる人。…ゴドー、検事さん。…元、だけど。
ある事件がきっかけで…あたし達は出会った。
ゴドーさんは、今、刑執行を待ち、留置場にいる。
…あたしを…ううん、ゴドーさん自身を守るために…犯してしまった罪を償うために。

「………」
「………」

き…気まずいなあ…。
会話が上手く運んだかな?と思うと、すぐに言葉が詰まっちゃう。
思えば、ゴドーさんが喋ってる時、必ずなるほどくんが傍にいたから…。
あたしはあんまりゴドーさんと喋った事がないなって、今更気づいた。
やっぱり、なるほどくんに話そうかな?
…あたしが、ちょくちょくゴドーさんと面会してる事…。
何だか言い出せないってのもあるんだけど。
なるほどくん、あの事件の事、気遣ってくれてるみたいだし…。
いつも以上に、ちょっと優しくなった気がする。
…はみちゃんと離れるって時間がほとんどなかったから、ってのもある。
はみちゃんにも、なるほどくんにも、やっぱり言えない…。
言うと、あの事件を思い出す事になっちゃうし…。

「…今日は?」
「? は、はい!なんですか!?」
「…今日は、どんな理由をつけて抜け出してきたんだい…?
トンガリ頭の騎士様と…ちっちゃな騎士様から、よ…」
「…もしかして、なるほどくんとはみちゃんの事、ですか?あはは。
…えーっとね…買い物に行くって言って、出てきたんです」
「…この間の理由と一緒だな」
「あたし、今週買い物当番だから。はみちゃんは料理当番で、なるほどくんはトイレ掃除当番。
…トイレ掃除は、なるほどくんが勝手にやってる事だけど」
「クッ…!…その姿、カンタンに想像できるぜ」
「あはは」
「………」
「………」

き…気まずいよう…!
せっかく、ゴドーさんが話を振ってくれたのに…言いたい事、聞きたい事があるのに…。
全然、それに繋がらない。…あたし、弁護士の資格、ないのかも…。

「…あんたは霊能者だろうが」
「きゃわわああ!ゴ、ゴドーさん!なんであたしの考えてる事、わかったんですか!?」
「…わかるさ。まったく…姉妹そろって、そっくりだ…」
「…!姉妹…お姉ちゃんの事…ですか…?」
ゴドーさん…顔、背けて黙っちゃった。よくよく見ると、汗がちょっと出てる。
…冷や汗、なのかな…。あたしは、そっと自分のハンカチをゴドーさんに差し出した。

「…ゴドーさん…ううん、カミノギ…神乃木、さん…お姉ちゃんの、先輩…」
「…クッ…昔の話、さ…。
…その男は、もう死んだ…あんたと今話してるのは、この俺…
…現実から目を背けて、逃げ続けた男…ゴドー、だ」
「そ、それは…!それは、もうなるほどくんが、証拠を…」
「………。それだけの事、だ…」

ゴドーさんは、あたしのハンカチを手に取った。
手に取ったけど…使わずに、握ったまんまだ。アップリケのウサギが悲しそうに歪んでる。
あたしには、それが、泣いているように見えた。
…さっきからずっと感じていた、じっとりとした湿っぽさの原因に気づいた。
それは、あたしの手のひら、だった。ずっとこぶしを握っていたからか、じっとり汗をかいている。
ハンカチは今ゴドーさんの手の中。あたしは、手のひらを着物の裾にこすりつけた。
汗を拭いても、またじんわりと湿っぽさが浮かぶ。
ごくり、唾を飲み込んで、あたしは俯かせていた顔を上げた。
ゴドーさんは、まだ顔を背けたままだ。

なるほどくん…。
後で聞いた話だけど、あんなに嫌がってたおんぼろ橋…渡ってくれたんだよね。
あたしの、ために…。…なるほどくんも、あの時…こんな感じだったのかな?
怖くて…でも、止まらなくて。

「…おぼろ橋だ」
「…神乃木…ううん、ゴドー、さん。あたし…ずっと、聞きたかった事があるの」

あの日…。
記憶があやふやになっていて、事件が終わった後、思い出した事がある…。
事件が終わって、みんなでご飯食べて…事務所に戻って、お布団に入って…。
…その時…思い出した、あたしは。
あの日、あの事件の時…証言してなかった事が、あった…。
それを…聞きたい。そして、伝えたい…言いたい事がある…!

ゴドーさんは、背けていた顔を戻した。
あたしをじっと見つめて…。仮面の奥から、何だか、あたたかなものを感じる。
見つめられて、あたしはせっかく上げた顔を、また足元に向けてしまった。
気を使ってくれたのかな、ゴドーさんは見張りの刑事さんに合図をした。
刑事さんはちょっと黙り込んだけど、その後すぐに面会室を出て行った。
…今、部屋には、あたしとゴドーさん、二人きり。
そう意識すると、色んな物が敏感に感じてきた。
監視カメラの動く音、あたしの心臓の音、…ゴドーさんの息遣い、ゴドーさんの香り。
…あったかくて、落ちつく、でも…少しだけ怖い、ゴドーさんの匂い。
緊張して、ドキドキが止まらない、ゴドーさんの匂い。
あたしは…それを、すぐ近くで嗅いだ事がある…。
今も結構近くにいるけど、もっともっと近くで。
あったかくて、落ちついて、緊張して、怖かった匂い…。

「あの日…ゴドーさん…あたしのために…。…あたし…あの時、気絶して…」
「………」
「あの日…あたし…あたし…」
『あの日…あたしは、ゴドーさんを見た…。
ゴドーさんがやった事は、裁判で明らかになったとおり。
でも、あたしは思い出した…。
気を失って、あたしは誰かに運ばれた。後からわかった事だけど、それはゴドーさんだったんだね。
ゴドーさんの腕はあったかくて、…ゆらゆら、揺れて、気持ち良かった。
腕はあったかくて、…大きくて、いい匂いがして…そう、あたし、ちょっと夢を見てたんだよ。
なんだか…お父さんを思い出したの。お父さんの夢だったのかも。
それから、冷たい畳の上に寝かされた。あったかいのと、いい匂いが離れて、少し寂しくなった。
でも…すぐに、あたしのほっぺに、そのあったかいものが触れた。
おおきくてあたたかい…ゴドーさんの、手。
二回…撫でてくれたよね。なで、なで。こんな感じで。』

「…待った」
「ダメだよ、ゴドーさん」
「…?」
「あたし、今、証言中だもの。証言は黙って聞くものなんだよ、…終わるまで」
「…クッ…」
『…あたしは、それでまた安心した。どうせなら頭も撫でてくれたら良かったのにとか思ったよ。
二回撫でた後…その手は、あたしのほっぺの上で止まった。
なんだか、あの時の時間、すごく長く感じた気がするんだよね。
ゴドーさんは…あ。あたし、目閉じてたから違うかもしれないけど…。
…多分、あたしの事…しばらく、見つめてたんだろうね。
それから…里を出てから、何度か嗅いだ事のある匂いがした…。
…すぐに思い出すのは、お姉ちゃんの時の…。あれは、そう…血の、匂い…。
ゴドーさん。…仮面の下…目の回りのどこかに…怪我、してたんだね…。』

「………」

『ゴドーさんは顔を近づけていた。顔の傷の、血の匂いがわかるくらいに…。
それから…。……それ、から…』


あたしは黙ってしまった。言葉に詰まっちゃったんだ。
ゴドーさんはあたしの話を黙って聞いている。肘をついて、ちょっと傾いてて。
なかなか、次が言い出せない。今日何度も感じた、あの気まずさが、また漂う。
どうしよう、やっぱりやめればよかったのかな…聞くの。
なるほどくん…なるほどくんなら、こんな時どうするんだろう。

「…それで?」
「え?」
「…証言は、そこでオシマイ、か?」
「ゴ、ゴドーさん…」
「俺がまるほどう…成歩堂だったら…こんな証言とぶつかったら、両手上げて喜ぶだろうぜ。
こんな中途半端な証言…意味を為さない。話すなら最後まで話しな」

ゴドーさんは机についていた肘を下ろして、今度は両腕を組んだ。
真っ直ぐ、あたしに顔を向けて。きっと、瞳も真っ直ぐあたしを捕らえているんだろうな。
あたしも、もう一度汗で湿った手のひらを拭いて、真っ直ぐゴドーさんを見つめた。

『…それから…』

『「チヒロ…」 そう、呟く声が聞こえたの。すごく…悲しい声だった…。
ほっぺで止まっていた手が、もう一度動いたの。もう一度ほっぺを撫でて…
…もう一度…「チヒロ」って、確かに、呼んだ。あたしは「マヨイ」なのに。
そして、ほっぺを撫でていた手が、ほっぺから離れた。その手は…』

「………。 その、手は…」

がくがく、足が震えてきた。傍にはゴドーさんの息遣いが聞こえる、匂いがする。
あったかくて、落ちついて、緊張して、怖かった…

『…その手は、女の胸元に滑った…』

「! ゴ、ゴドー…さん…」

ゴドーさんは真っ直ぐあたしを見ている…。

『…女の胸に滑った手は、そのまま胸を何度も撫でた。
柔らかさとぬくもりを確かめるように、何度も何度も、な…。
「マヨイ」という名のはずの女を、狂ったように「チヒロ」と呼び続けて…。
…手は相変らず胸をまさぐる…そんなお楽しみをやってる場合じゃないのに、だ。
その男…ゴドーは、見えていなかったんだ…「マヨイ」が見えていなかったんだ。
いつからか、ずっと…こうしたいと心の奥に閉じ込めていた思いが、爆発しちまった…。
女は怖かったはずだ…証拠に、足が震えていたそうだ。
…なぁ、子猫ちゃん。あんたが今震えているように…そう、そんな感じで…』

ゴドーさんの視線が下りる。見えるはずがない、あたしの足は、下半身は机に隠れている。
でも、視線はゴドーさんの仮面を越えて、机を越えて、あたしの足…下半身を見据えていた。

『撫でる手は止まらず、勢いを増して、今度は押し揉んだ…。
…痛かったんだろうよ…女はそれを退けようとして、手に手を置いた。
だが、色々な疲れに重なって、意識も朦朧としてる中だ、その抵抗は逆効果に終わった。
…その男は、手の動きに、最後の理性を吹っ飛ばされた。
そして…強く、抱きしめた。…血の匂いがした。女も血を浴びていたからな…』
『男は、女の首筋を舐めたはずだ…。少し汗ばんだ、白い首筋をな…。
女はその感触に、びくりと跳ねる…そう、そんな感じに、だ』

「舐めたはずだ」のところで、記憶が呼び覚まされる。
その時の感じ、よく覚えていたなって思う。あたしは、少しの寒気を感じた。
怖くてとか、寒くてとかじゃなくて、…上手く伝えられないけど…。
とにかく、あの時の感じを思い出して、肩が跳ねた…心臓も相変らずばくばく鳴りっぱなし。
手のひらだけにかいていた汗が、今度は体中から溢れてくるみたい。
ゴドーさんの視線を感じる…唇の動きと、太くて落ちついた深みのある声…。
それは、あたしの体も心も全部、見通している感じがした。
体が熱くなってくる。体中から溢れるような汗…実際は、汗なんかかいてないのかも。
…でも。たったひとつ、たった一部分だけ…じんわりと、湿りを感じるのに気づいた。

『男は調子に乗った…ああ、これがチヒロの味だと錯覚を起こして…
男は、喜びに打ち震えた…。ずっと、心の奥底に隠していた思いを、今遂げようとしている』

『抱こうと思えばいつでも抱けた…機会はいくらでもあった。
二人きりになる時も、一人で居る所を見た事も…。機会はいくらでもあったさ。
いつか抱いて、ねじ伏せて、コーヒーのように熱くほろ苦い事…体験させてやる、と。
…男ってのは、格好つけたがりの生き物なんだな。
機会はいくらでもあったのに…薄っぺらなプライドが邪魔をして、何度も見過ごした。
涼しげな表情、明るい笑顔、悩む様…
全てを埋め尽くして自分のものにしたかったというのに…。
だが、そんな思いがその時終わりを告げようとしていた。
今、まさに…その女が俺の腕の中で震えている…。…男は、喜んで…周りが見えなくなった。

…散々着物の上から感触を楽しんで、味を確かめ…男は、着物の合わせ目に手を滑らせて…』

ゴドーさんの視線を感じる…。まるで、「そうしろ」って言ってるみたい。
本当にそうなのかわからないけど…ゴドーさん、仮面をつけてるから。
それに…実際、そう言ったわけじゃない、あの日の出来事を「証言」してるだけなのに。
…ドキドキしている。あたしの胸、心臓が。
撫でて…撫でて落ちつかせたい。着物の合わせ目に手を滑らせて…

『手を滑らせて…男は手を着物の中へと侵入させた。…そして、少しだけ動揺した…。
その女は、着物の下には何もつけていなかったからだ。
すぐに肌に手が触れた…驚いた…まず下着に当たると思っていたんだろう。
…クッ…少し、興奮したんだろうよ…生唾飲んだそうだぜ。
直に触れる肌はそりゃあ心地良いものだった…さらさらに滑って、柔らかくて…。
男の手はその女よりはるかに大きくてなぁ…すぐに乳首に指が当たる。
柔らかさの中に、一粒だけ、少し固くなっている…男は悪戯にそれを弾く…』

ゴドーさんは組んでいた腕を解いて、片手をあたしの目の前に出した。
そして、指先で何かを弾く動作をする。あたしはそれに素直に従って、体が跳ねた。
顔が、熱い…。きっと顔、真っ赤だよ。弾かれる指先をきっかけにして、詰めていた息を吐く。
でも、ずっと緊張していたからなのかな、吐く息も震えて…熱かった。
『女が熱のこもった息を吐いて…それは男の耳元に当たった。
男は背筋が震えて…悪戯は止む事がなかった。
弾いては反応を楽しみ、摘んで指の腹で転がしては反応を楽しみ、…焦らしに焦らした。
女は焦らされるのに耐え切れず、濡れた声を上げる…』

「…う…ン…」

『…卑怯な手だと思うぜ…。気持ち良さそうな濡れた声だ…。
可愛らしく耳元で喘ぐ…なあ、卑怯だろ?行動に拍車をかけるだけだ…。
男の足は女の足の間を割って…太腿が股間に当たる。そのまま押し上げてみりゃ…』

「あっ…」

『…また、可愛らしいパンチが飛んでくる…。クッ…。
男は、呑気に思った…あれだけ普段気丈にしてるワリにゃ、こういう時は随分素直だな、ってよ。
可愛いヤツ…しみじみ、思ったぜ。』

あたしは、目を閉じていた。座ったまま、金縛りにあったみたいに、体は動かない。
…動く事には、動くんだけど。ゴドーさんの言葉…証言通りに添って…。
頭がぽーっとしてきて、なんにも考えられない。
本当は、証言通りに触って欲しいし、触りたい…でも、あたしはさっき自分で言った。
証言は黙って聞くものだって。…尋問は、その後…。

『弾くにも飽きたのか…男の手は胸元から腹、腰へとゆっくり降りていく…。
つるつる滑る肌を撫でながら、着物を乱して…。
完全に脱がすわけでもなく、ただ乱すだけってのは余計にいやらしい…また呑気な事を考えた。
小柄な女の体の上を滑る手は、女のものよりも大きい…すぐに、目的の場所へと辿り着いた。
そこはもう、しっとり濡れて…男は、その蜜を指先で味わい始めた…』

…ゴドーさんからは、あたしの下半身は見えないはず…。
だから、大丈夫だよね――そう何度も自分に言い聞かせて、あたしはそっと足を開いた。
証言の中のゴドーさん…男の人は、あたしの足の間…奥を指でいじっている。
指の動きに全部吸い取られていくみたい。あたしの、考える力も、動きも、「蜜」も。

男の人の指が、あたしの弱い部分を撫でていく。
空いた片手で腰を抱いて、引き寄せて。あたしはただ、されるままに身を任せてる。
動けない…もっと続けて欲しい、それくらい気持ちよかった…男の人の指は優しくて。

『…指は女の弱い部分を責めて反応を楽しむ……入口も執拗に…』

…くらくら、する…頭がぼーっとして、ドキドキが止まらない…。
なんだか、口が、乾いてきた。ずっと…口、開いてたからかな…息が上手くできないから…。
うっすらと瞼を開けた瞬間、突然あたしの体に、電撃のようなものが走った。

「ふぁ、あッ!」

『…男の指は、撫でるだけじゃ、満足できなかった…。
散々弄って蜜の絡まった、…濡れた指を、膣へと潜りこませた…。壁を撫でて、疼く奥を突いて…。
口元が寂しいのか、耳朶も食んだ。…甘い匂いがした…女の髪の匂いだと、すぐに悟る。
夢中になる最中、何とか必死に――傷つけないように――と、
呪文みてぇに、頭の中で繰り返していたが…女の、可愛い濡れた声が邪魔をする。
クッ…。男は、こう思った…もっと声が聞きたい…もっととろけた表情が見たい…。
…名前を呼んで欲しい…』

「あ、あぅ…、…ン…、……!」

『…名前…名前を呼んで欲しい…ちっぽけな願いだろ、笑えるぜ…。
いつも呼ばれてるくせにな…。この時だけは特別なものに…。
…女々しく情けない男は…、声が上擦っていたが…クッ。…呼びかけた。
………「チヒロ」…』

「……。…い、いや…いやぁあああぁっ!」

あたしは、そこで我に返った…我に「返ったんだ」。
今は、それを証言で再現しているだけ…。あの日の出来事を…。
再現するまま…あたしの口から、「否定」が飛び出した。「否定」「拒絶」…あたしは…

『…男は、バカな期待を抱いていた…
呼びかけに返って来るのは自分の名前だと、バカな期待を…
今まで聞こえていた、喘ぎと同じ…甘い声で、名を呼ばれるものだと。だが』

……あたしは、その時初めて、この男の人が、怖くなったんだ。



【某月某日 留置場前】

――ゴドーさんは、こう話を閉めた。

『だが、そこで…男は我に返った…同時に、自分がしでかした事に愕然とした…。
守ろうと決めたものを、自分で全部ぶち壊した事に…。…クッ…。…それから。
男は時間が迫っている事を思い出して…簡単に後始末をつけて、その場を後にした…。
後は、成歩堂が推測した通り、だぜ…』

『…お嬢ちゃん。あんたが何を目的として、裁きを待つ過去の亡霊に会いに来ているのか…。
俺には、なんとなくわかるぜ…だからこそ、だ…。もう、ここに来るな…。
そして忘れちまえ。飲み干したコーヒーの味は、ずっと覚えている事はできねぇ…。
人の記憶はあやふやだ…。
別のコーヒーに消されちまう事もあるし、このコーヒーだったと勘違いもする…。
…ムシのいい話だが…。もうすぐ、全てが終わる。
…忘れて、楽になって…幸せに、なってくれ…あいつの分まで』

ゴドーさんは話を終えると、ハンカチをあたしに返して、面会室を出て行った。
あたしは…なんだか力が入らなくて、ぐったりしたまま。
係の人に手伝ってもらって、なんとか留置場を出た。
ぼーっとしていたから、その時は気がつかなかったけど…
ゴドーさんに返してもらったハンカチは、あたしのハンカチじゃなかった。
深緑で、しましまの…大人の男の人が持っているような、ハンカチ。
鼻を近づけると、ほんのりいい匂いがする。あったかくて、落ちついて…

『…最後に…情けないついでに自白させてもらうとな…
あのまま、夢見ごこちのまま…キスしておきゃよかった。
考えてみれば…クッ。…してなかったんだよな。一度も。
まったく、バカも程があるぜ…このコーヒーみたいに、とことん甘くてとことん酸っぱい…』

…怖さはかけらもない。優しくて清んだ匂いがする。



【同日 留置場・面会室】

「………」
「…コーヒーと…それから、これ!仮面マスクのサイン!
それでね、「頑張ってくださーーーい!!」…って、言ってましたよ」
「………」

ゴドーさんの仮面の向こうから、さっさと帰れ、と言いたそうな視線を感じる。
きっと、睨みつけてるんだろうな。…う。意識するとちょっと震えてきたけど…。
あたしは持っていたハンカチを強く握り締めた。に、逃げるもんか。

「あ、あた、あたし、まだ、待った!も、異議あり!も言ってないし…!」
「………。 俺に尋問しようってぇのかい?お嬢ちゃん」
「え!! な、なな、なんでわかるんですか!すごいです!エスパーです!」
「…わからなかったら、このコーヒーにすら笑われちゃうぜ…」
「俺は、あんたに、もうここには来るな、忘れろと言ったはずだ…。
確かに取り返しのつかない事をしちまった…。だが、もうすぐ刑が下る。
それで全てを許してくれなんてのは甘すぎるが…クッ、このコーヒーよりも…」
「…あのね、ゴドーさん」

あたしはゴドーさんの言葉を止めた。「待った!」と叫ぶの、忘れちゃったけど。
――うう、昨日あんなに練習したのになあ、机叩くポーズ…。――
握り締めていたハンカチを、膝の上に置いて、確認する。
あんまりにも強く握っちゃってたみたい、少し皺が寄ってる。
――うう、昨日あんなにアイロンかけたのにな…。――

「あたし…待ってます。ゴドーさんが出てくる日を、ずっと」
「…!!」
「あたしも…なるほどくんも、はみちゃんも、…お姉ちゃんも、みんな」
「な、何をバカな…!」
「…ゴドーさん、お姉ちゃんの大事な人だもん」
「…!!」
「お姉ちゃんの人を見る目、すごいんですよ。
お姉ちゃんの信じた人を…疑う事なんかできない。
あたしも、…ゴドーさんがお姉ちゃんを信じてくれたように、ゴドーさんを信じてます」

ゴドーさん、俯いたままだ。

「だから…待ってる。いつか…あたし達に、会いに来てね。
その時はみんなでご飯食べに行こう!本土坊さん、腕振るってくれるよ、きっと!」
「………。 クッ…」
「…あたしね。お姉ちゃんの事、今でも大好き。
…ゴドーさんも、今もずっと好きでいてくれてるんだなって思ったら…安心した」

ハンカチと差し入れを机に置いて、席を立とうとした時。
黙ったままのゴドーさんが、口を開いた。
落ちついた、深みのある、あの声で。「待った」…って。

「……成歩堂には、この事は秘密…だぜ?」
「え…」
「あんたがあの裁判で証言する事の無かった、記憶に潰されていた真実…。
それは、成歩堂には、秘密だ」

顎を上げて、にっ、と口端も上げる。
ゴドーさん、今ならよくわかる…笑ってるよ。

「で、でも…あの…」
「…やれやれ…こんな事、バカ正直に言うつもりだったのか?
考えてもみな、子猫ちゃん。そんな事言ったら、あのトンガリ頭の騎士様…
血相変えてここに飛びこんでくるだろうな。そして長々と焦らして俺の動揺を探って…
真実を問い詰める。…俺はこうとしか答えられん…」

ゴドーさんは、本土坊さんお手製のコーヒーを一気飲みして、カップを机に叩きつけた。



【??月 ??日 ??時??分 ?????】

「…何一つ違っちゃあいねえ…アンタ、あの場所で何を聞いていた…?」
「真実はいつもひとつ…俺は何度もこの言葉を口にした…」
「…何一つ…間違っちゃいねえ…アンタがすべて言ったとおりだ…」

(………信じれるワケ…ない…いや、信じたくないよ、真宵ちゃん…!)

「アンタが今、俺に聞かせた推理…それは、全て…真実さ…成歩堂!」

(君の証言…信じたくないよ…!)
(真宵ちゃん!)

「…ってな事になったら…イヤだろう、お嬢ちゃん?」
「………。あ。い、今の、物真似?うう、びっくりした、なるほどくんにすごく似てた…」

相変らず、上手だなあ、物真似。かたかた、って変な効果音まで入ってたよ。
…あ。感心してる場合じゃなかった…。

「黙秘権…すべて話せばいいってもんじゃあないのさ…。
何も毎度ブラックだけを楽しんでいる事もねぇ…たまには、カフェ・オ・レも飲むべきさ。
…ま、簡単に言えば…二人だけの秘密、ってやつだ」

そう言って、ゴドーさんはまた悪戯っぽく笑った。…なんか…可愛いなぁ。
ゴドーさんは、あたしの差し入れとハンカチを自分の元へ引き寄せる。
そして、ハンカチだけを手に取って、それを見つめた。
「あ、それ、ゴドーさん間違えたのかなって思って…あの、一応洗濯しておきました」
「…このハンカチ…あんたにあげたつもりだったんだぜ。これは…千尋から貰ったものなんだ」
「…お姉ちゃんから…?」

ゴドーさんはハンカチに視線を落としたまま。…今、どんな事を考えているんだろう。
お姉ちゃんの事を思い出しているのかな…。

「千尋から貰った、最初で最後のプレゼントだった…。
…俺はこれを貰った後、すぐにおねんねしちまったからな…。クッ」

お姉ちゃんは、どんな思いを込めて、ゴドーさんにプレゼントしたんだろう。
あたしが知らない二人の関係…なんだろう、胸の奥がもやもやする。
こんな感じ、はじめてだ…。おかしいな、安心したはずだったのに。

「…俺が持っているより、あんたが使う方が、あいつも喜ぶだろう…。
まあ、お子様向けのハンカチじゃあないけどな?」

…ゴドーさんは、今、どんな思いで、あたしのハンカチを持ってるんだろう…?



【同日 留置場前】

あたしは、深緑のハンカチは受け取らず、ゴドーさんに返した。
…手に取って、深緑のハンカチに唇を当てて、返した。
今、あたしの手の中にあるハンカチは、薄いピンク色。
可愛いウサギのアップリケが微笑んでいる。
ゴドーさんは、あたしのした事に少し驚いていたけど、
…その後、いつものように笑って、あたしのした事を真似て、ハンカチを返してくれた。

ウサギのアップリケに顔を近づけると、なんだかほんのりといい匂いがする。
あったかくて、落ちついて、怖さはかけらもない、優しくて清んだ匂いがする。

『…あたし、待ってます。ゴドーさんが出てくる日を、…楽しみにしてます。』

ゴドーさんの匂いだ。






レス下さった方ありがとうございます。
一旦ここで区切って、今回のゴドマヨはこれで終わりです。
この続きでエロ書こうと思っていたんですが、
自分もうらみタソハァハァなので、うらみタソ物も書きたいと迷ってます。
相手はトラさまと考えてるんですが

自分、関西弁全然わからないっす OTZ
最終更新:2006年12月12日 20:14