ゴドー×あやめ①

妥協し、傷を舐め合う事が在るとするならば。
それはきっと、傷付きすぎて疲れ果てた者達のみ。

流され、壊れて行った者達の嘆きが響く。

-叙情曲- (マドリガル)

ぼんやりと、顔を上げた。
恍惚にあえぐ女性が目の前に居る。
(……?)
思わずいぶかしげな表情になる。
何故自分は、こんな所に居るのだろうか、と。
そして、この目の前の女性と、どうしてこうした情事を行っているのか、と。
「アっ……んくっ」
目の前の女性が、自分の与える刺激にあえぎ、身体のうずきにもだえている。
その黒い髪が、女性の動きに合わせて微かに揺れる。
「あっ、ひぃっ……」
女性は、男の頬に手を添える。
その指が、男の頬骨に触れ、妖艶に撫でる。
「あ……あああ…」
男の腕にすがりながら、女があえぎながら目の前の男を見詰めた。
その瞳の色は、後悔。
「……     …」
男が女性の名前を呼ぶと、女性は目を細め、涙を浮かべたままなすがままに受け容れている。
男はぼんやりとした頭で何がここに繋がっているのかを考えた。

それは、『彼』が忌まわしい計画を記した手紙の場所を知ってからの事。
その手紙の内容を阻止すべく、彼は葉桜院へと向かっていた。
それは、身を切るような一月。
寒さに思わず身震いしながら、『彼』は懐からコーヒーカップを取り出した。
そしてそのまま、ごきゅ、と一口呑む。
ゴドー。
検事として法廷に立って連戦連敗というかなり異例(?)の記録を持つ男。
だがその敗訴した事件のどちらも、ゴドーはある男に負けていた。
成歩堂 龍一。
ゴドーはある理由から成歩堂の受け持つ裁判ばかりを受け持った。
そんな彼が、この身を切るような寒さの一月に、葉桜院へと向かっている。
「クッ……流石に山奥だけあって、寒いな」
思わず凍えちゃうぜ、何て言いながら、ゴドーは院へと続く道を歩いた。
雪が積もっていて、ゴドーの足取りに合わせ、さくり、さくりと雪が音を鳴らす。

建物の中だと言うのに寒さには全く対処していないらしく、いまだに肌寒かった。
ゴドーは寒さの為に肌全体が緊張して行くのが分かった。
髪の色も、視覚も失った彼が、こんなにも寒さに敏感になれるほど、
底冷えのする廊下を渡り、やがて広間のような場所に出た。
眼前に広がる呪詞を記したふすま、巨大な勾玉に、ゴドーは思わず感嘆のための口笛を吹いた。
「無宗教のオレも、思わず拝んじゃいそうだぜ」
そんな事を言いながら、ゴドーはその巨大な勾玉を見上げながらそれに近付いた。
と、その時、ふすまが開かれた。
「どちら様でしょうか?」
「!!」
思わずゴドーは身構えた。
何故ならそこには、自分が破滅を辿るハメになった女性と瓜二つの女性が居たからだ。
「……葉桜院 あやめ、だな?」
「雑誌を読まれたのですか? 予約はされましたか?」
「いや、修行じゃねえ」
ゴドーは首を横に振り、その女性…あやめの方へと近付いた。
「アンタにちょっと用事が在って来たんだ」
「わたくしに、ですか?」
小首を傾げて、あやめはゴドーの事を見詰めた。
「アンタは多分知らないとは思うが……神乃木 荘龍と言う名を聞いた事が在るか?」
「! か、神乃木さま……?」
あやめはそう言って、目を閉じた。
「存じております。おねえさまが、毒を盛った弁護士様の名前です」
「クッ……」
まさかそんな返事が返って来るとは思わなかったので、思わずゴドーは苦笑する。
「オレが、その『神乃木 荘龍』だったら、どうする?」
「あなたが?」
目を丸くして、あやめはゴドーの事を見る。
見詰められ、思わずゴドーはたじろいだ。それは決して照れから来る物ではなかった。
(あのオンナの顔が……オレの事を見ている)
その感覚のおぞましさ。
何もかもを失った彼に、残っていなかったと思われていた恐怖心が沸き上がって来る。
「……わたくしに用とは、何ですか?」
「…疑わないのか? 本人かどうかも分からないぜ?」
「好き好んで五年前に起こった事件での被害者の名前を使う人は居ません」
「クッ…違いない」
肩をすくめ、ゴドーは答えた。
「こんな、誰でも入って来れるような場所では、ちょっと言いにくい事だぜ」
そう言うと、あやめは「では、付いて来て下さい」と言って歩き始めた。
ゴドーはあやめの案内に従い、後ろを付いて行った。広間をで、廊下を歩き、一つの部屋に来た。
「わたくしが使用している部屋です。少し寒いのですが……」
「ここまで寒けりゃ、何処も一緒、だぜ」
少々皮肉を交えて言うと、あやめはぺこりとお辞儀をして部屋の中へと招いた。
中は女性が過ごすには少々殺風景だった。
ただ、一つを除いて。

「アンタ……これは?」
「あ!」
ゴドーが『それ』を手に取った時、あやめは慌ててゴドーの方へと駆け寄った。
そして、ゴドーの手から引ったくるように『それ』を奪い取ると、大切そうに『それ』を見詰める。
その正体は、写真立てであった。
写真立ては少し大きめで、上下に二つの写真が並んでいたような気がする。
「……美柳 ちなみ、だな?」
「…………」
きゅっ、と唇を噛み締め、あやめは目を逸らす。
別に、あやめからの返事を期待している訳では無かったゴドーは、それ以上深く聞く事はせずに、目を逸らした。
「こんな寒い場所でよく一日を過ごせるぜ」
「……慣れれば、どうと言う事はありません、神乃木さま」
あやめが柔らかく微笑み、ゴドーの言葉に答えた。
「今、温かいお茶を煎れます」
悪いな、と言おうとしてから、ゴドーはふと傍らに在る自分の愛カップに目が行き、
自分がコーヒー好きな事を思い出した。
「いや、別に気を使わなくても良いぜ。オレはコーヒー派だし、オレの恋人は常にオレの傍に居る」
「?」
「いや、それよりも本題に入りたい」
ゴドーが真剣な眼差し(だろう、多分。大きなメガネで見えないが)で
あやめの事を見詰めると、あやめも真剣な眼差しになり、うなずいた。
「まずは、この手紙を見て貰いたい。口で説明するよりもこっちの方が手っ取り早そうだからな」
ゴドーはそう良いながら、ベストのポケットから一通の封筒を取り出した。そして、
それをあやめに手渡す。あやめはそれを受け取ると、その手紙の内容に目を通した。
少し、辛そうな表情をする。
「この筆跡に、見覚えは?」
「……在ります。わたくしの、お母様、ですわ」
手紙の文字を指でなぞりながら、苦しそうに溜息を吐く。
「……」
「辛いと思うが、それがアンタの母親の『計画』だ」
「………分かり、ました」
こくり、とうなずいてから、あやめはゴドーの方を見る。
「神乃木さま…コレを持って来て、あなたがわたくしに言いたい事とは、何なのでしょうか」
「そうだな」
投げ掛けられた質問に、ゴドーはカップをあおってからふう、と溜息を吐く。
「オレは、ある理由からこの計画を絶対に阻止したい」
「………」
「そのためには、アンタに協力を願いたい」
しばし、沈黙が流れた。
断られるだろうか、とゴドーは思った。突拍子も無い手紙を渡され、彼女の立場を認識させた後に、
協力を願いたいなどと言って、果たしてどれだけの信憑性が持てるだろうか。
「わたくしは、裏切るかもしれませんよ?」
静かに、あやめが答えた。
「この手紙によりますと……わたくしはおねえさまと協力をして、この方を殺すように書かれています。
身内からの指示ですよ? 例えそれがどんなに間違った事であっても、わたくしは身内の方を選んでしまうかもしれませんわ」
「それは無いさ」
ゴドーはそう言ってから、コーヒーカップを向ける。
「アンタは絶対に阻止する事に協力をするはずだ」
「根拠は何ですか?」
「…悪いが、さっきの写真が根拠だ」
その言葉に、あやめがびくりと身体を震わす。手に持たれていた写真立てが、虚しく反射した。
「その写真に映っている人物は……美柳 ちなみ、だな?」
「!」
屈託無い笑顔を映した写真。
それは、ゴドーにとっては偽りの笑顔としか見えようが無いけれども。
赤毛の、少し瞳が大きめの少女が、写真に映っていた、と思う。
勿論コレはただのハッタリだ。根拠と言えるほど見えた訳ではない。
だが、あやめの反応を見れば、その写真の人物が、ちなみであった事が分かった。
「アンタは……あのオンナの事を何らかの形で心配し、阻止しようとしていたはずだ」
「………」
じっとゴドーの事を見詰めてから、あやめはやがてうなずいた。
「その通りですわ、神乃木さま」
伏目がちになってそう言い、あやめは写真立てに目を落とした。
それはゴドーから見たら、裏になっている形であったが。
「おねえさまは……罪を犯し続けられました」
「……」
「それで、死刑となって……」
死刑が何時行われたかなんて言うのは、普通公開されないのだが、
今はそれに突っ込むのはよそう。第一、双子特有の、虫の知らせも在るだろうし。
「アンタにとっては、辛い事だっただろうな」
「でも……どんなにわたくしが辛く思っても、おねえさまに対してわたくしが行った『裏切り』は消せません」
「裏切り?」
少しだけ身体を乗り出して、ゴドーがあやめに尋ねる。あやめは目を伏せ、苦しそうにただ一つ、溜息を吐く。
「……まあ、良いさ」
ゴドーは肩をすくめると、辺りを見回した。
「ここには、アンタ以外に居ないのかい?」
「いえ……ビキニさまが居ますわ」
「……ビキニ?」
よりによって、こんな寒い時期にビキニか。
しかもビキニに対して『さま』付けしている。あやめはビキニ愛好家か?
とゴドーは思わず眉をひそめ、心の中で突っ込んだ。
その心境が読めたのだろうか、あやめは
「ビキニさまは、わたくしの事を引き取って下さった方ですわ」と言って微笑んだ。
まるで心を見透かして、そうしたフォローを入れているかのようだ。
「クッ……」
半ば呆れたように自分に笑ってから、ゴドーはカップの中のコーヒーをあおる。
それからあやめの方をじっと見た。
「そのビキニのネエちゃんだか何だかには、なるべく聞かれない方が良い」
「いえ、ビキニさまは今、ここの離れ…奥の院に行っておりますわ」
奥の院、と言う単語に、ゴドーはしばし押し黙った。
計画書の指し示す実行場所は、その『奥の院』なのであった。
そしてそこは、彼にとっても因縁の場所であった。正確に言うと、奥の院に因縁が在る訳ではないが。
「それじゃあ、打ち合わせをするか」
ゴドーの言葉に、あやめはうなずいた。

あらかた打ち合わせも終わり、ゴドーはあやめの部屋でしばし呆然としていた。
受け持つであろう裁判……岡高夫殺人事件の再審理まで、恐らく時間はまだ在る。
「…神乃木さま」
あやめがコーヒーを煎れてやって来た。
「冬場はご覧の通り寒くなります。コーヒー派とお聞きしましたので、お煎れしましたわ」
朗らかに笑い、あやめはコーヒーの入ったポットを持って、ゴドーの隣に座る。
その姿に、思わずゴドーは緊張した。
「……悪いな。オレは…自分の煎れたコーヒーしか呑まない」
「おねえさまが、神乃木さまに毒を盛ってから、ですか?」
その言葉に、思わずゴドーは立ち上がる。
あやめの事を睨み付けたつもりだったが、恐らくは
この大きなメガネのせいで眼光の鋭さは伝わっていないだろう。
「…神乃木さまは、何故この計画を止めようと思ったのですか?」
「………」
「わたくしは、おねえさまを止めるために、あなたに協力する事を誓いました。
ですから、神乃木さまも理由を教えて頂けなければ……信憑性が在りません」
「……」
あやめの言葉を聞いて、全くもってその通りだぜ、とゴドーは自嘲した。
相手の理由は把握しているのに、こちらの手の内(胸の内?)は明かさない。
それは、取引をするにあたって最も信憑性も信頼性も無い行為であった。
「この白髪は、美柳 ちなみからプレゼントされた、食えねえ副毒コーヒーの副作用によって生じた物だ」
ゴドーがおもむろに口を開いた。
「……」
「しかも、その毒はオレの事を五年もの間、しがらみのように絡め取り、眠りに就かせちまったのさ」
目許に在るメガネに、ゴドーは指を持って行く。
「眠りから覚めたオレには、何も残っては居なかった。このメガネも、もうすっかり見えなくなっちまった
この目を補強するための器具だ。こんなにも、ごつくて重く、冷たいメガネが、な」
右人差し指に付けていた指輪が、鈍く輝いた。
「けど……オレにとってそんな事は、どうでも良かった。視力なんて、な」
「?」
「……オレには、愛したオンナが居た」
首を傾げるあやめに、ゴドーが言ってから、自分の愛用しているカップに目を落とす。
「そいつは、オレが眠ってる間に、死んじまったのさ」
「!!」
「もう、アイツは戻って来ない、『アイツ』は、もう…死んじまった」
声が震えた。
涙は出て来ないものの、喉だけが感情の赴くままに振動し、ゴドーの声は
まるで引きつり笑いでもしているかのように震え、かすれていた。
「…千尋さま、ですね?」
「…………知ってたか」
「おねえさまに深く関わった神乃木さまと同じく、深く関わった女性…… 綾里 千尋さましかおりません」
そう言ってから、あやめは目を伏せる。
「千尋さまはおねえさまの罪を、お暴きになられました」
「クッ…流石は千尋だ。そう思ったぜ」
きっと、依頼人の事を信じ切り、そして自分を取り戻すために
命がけでヤツに挑んだんだろうな、とゴドーは呟いた。
「アンタにとっては、憎むべき相手かもしれないな。千尋も、オレも」
「いいえ」
驚いた事に、あやめは首を横に振った。
「おねえさまの事を止めて下さいました。それがどんな形であれ……
そうした点で、わたくしはお二人に感謝をしております。それが、嬉しいと言う訳では、勿論在りませんが」
あやめの言葉に、ゴドーは虚しさを感じた。
千尋は自分を取り戻すために、依頼人を信じ、ちなみを追い詰めた。
だが、それは同時に、肉親を一人失う人物を生み出した。
どれが、果たして正しい事なのか。
「……それで、千尋さまがお亡くなりになられて…神乃木さまはこの手紙を 見付けになりました」
「そうだ、まだ途中だったな」
ゴドーはそう言って、ふう、と溜息を吐いた。
「寝坊をしちまったオレは、あるルールを“オレ流”に決めた」
「はあ、おれりゅう、ですか」
「オレは千尋を見殺しにしちまったも同然だ。だからこそ。その傍らに居た、
今彼女の後継者を名乗るまるほどうと言う男を試す。それがオレの第一のルールだ」
「まる……何ですか?」
「まるほどう。まるほどう りゅういち、だ」
ゴドーの発言に、あやめはゴドーにすがり付いた。
「そ、それは…リュウ……成歩堂 龍一さんの事ですか!?」
「ん? まあ、そうだな……」
女性特有の剣幕に、思わずゴドーはたじろいだ。
あやめの目は必死に染まっていて、何か後悔と愛しさを感じる物が在った。
「…千尋さまを助けられなかったから、成歩堂さんの事を試すのですか?」
「そうだな」
短くそう言って、ゴドーは虚空を見た。
「それで、第二は何ですか?」
「?」
「神乃木さまは先程、『第一の』ルールとおっしゃいました。ならば当然、
『第二の』ルールが在るはずですわ」
些細な所まで覚えている彼女に、ゴドーは好感を持った。記憶力の良いヤツは、嫌いじゃない
「第二のルールは……その千尋の妹さ」
「妹…真宵さまの事、ですね」
「そう。千尋を護れなかったオレにとって、彼女に出来る手向けだ」
うつろに笑い、ゴドーは手紙の内容に目を向ける。
彼の言葉を聞いて、あやめはしばし押し黙っていたが、やがてゴドーの方を向いた。
「それは、嘘ですわ」
「……何だと?」
突然のあやめの反論に、ゴドーは思わず身を乗り出して彼女の事を見た。
「神乃木さまは、真宵さまを護るフリをして、彼女に千尋さまを重ねているだけですわ」
「!」
「あなたが護れなかった千尋さまを、誰かに擦り付ける事で自分が救おうとなさっているだけです」
「……………」
何も言えなかった。
あやめの言っている事は、あまりにも的確に突いて来たから。
「何故、ご自分に目をお向けにならないのですか?」
「……オレは、昔のオレじゃねえ」
「いいえ。あなたはまだ、何処かで昔のしがらみに囚われています」
それは、わたくしも同じです。
あやめはそう付け足した。
その姿に、何故彼女が自分と同じくしがらみに囚われているのか、とゴドーは思った。
「……わたくしも、あなたを通して、違う方を見ていますわ」
「?」
ゴドーはそのあやめの言葉に、思わず首を傾げた。

「先程の写真立ての写真、覚えていますか?」
「あ、ああ。美柳 ちなみが写っていた、あの写真か」
ゴドーの言葉に、あやめはうなずいて、写真立てを見せた。
「一緒に写っている方、分かりますか?」
一枚の写真を指差して、あやめがゴドーに尋ねる。ゴドーは指を差された写真に目を向けた。
「!!」
そこには、微笑むちなみと圧倒的に緊張感に欠ける、ピンクのセーターを着た男が立っていた。
イタイタしい。
「……クッ」
かろうじて、ゴドーは乾いた笑いを発した。
「まるほどうの、ガキんちょの頃じゃねえか」
「がきんちょ、ではありません。大学生ですわ」
あやめのフォローに、「この頃はどっちも変わらないさ。圧倒的に知性に欠けている」とゴドーが答えた。
「この、成歩堂さんの隣に立っているのは、おねえさまではありませんわ」
「何?」
いぶかしげにゴドーがあやめの事を見ると、あやめは少し照れた表情をした。
「これは、わたくしです」
「ぶ」
思わず彼は吹いた。
タチの悪い冗談だな、とゴドーは思ったが、あやめの表情を見る限り、冗談を言っている様子は無い。
「わたくしは…おねえさまに頼まれ、この方の傍に半年間おりました」
「おいおいおい」
「そして……わたくしは、おねえさまを裏切ったのですわ」
目を伏せ、あやめは哀しそうに溜息を吐く。

「成歩堂さんを、わたくしは心よりお慕いしました。
おねえさまの目的であった、決定的証拠品を取り戻す事さえ出来ませんでした」
「決定的、証拠品?」
「神乃木さまを…毒殺しようとした時に使われた物ですわ」
あやめの言葉に、ゴドーは吐き気を催した。
よりによって、自分に関する証拠品。それを、彼女が取り返そうとしていた。
「……」
言いようの無い怒りに、思わずゴドーはあやめの事を睨み付ける。
「お恨みの事でしょうね、神乃木さまは」
あやめは顔をそむける。
「ですが、結局証拠品も奪えず、おねえさまの事も止められず……おねえさまはもう、居ない」
はらり、と音も無くあやめの目から、涙がこぼれた。
思わずゴドーはぎょっとする。女性の涙には慣れていない。
「泣くな。男が泣いていいのは、全て終わった時、だぜ」
「……済みません。ですが…止められないんです」
首を横に振り、あやめは涙をこぼし続けた。
どうすれば良いのか分からず、ゴドーは目の前で泣く女性を引き寄せた。
「あ……っ」
一瞬、何が起こったのか分からずにあやめは目を丸くした。
「女が泣いていいのは、男の腕の中だ」
オススメは、愛する男の腕、だがな。そう言って、ゴドーはあやめの事を抱きすくめた。
てっきり、嫌がるかとゴドーは思っていた。彼女は先程、成歩堂の事を慕っていると言ったばかりだ。
それを、慰めようとしているとは言え、こうした形になったのを、あやめが受け容れるはずも無い。
そんな風に思っていたのだ。
だが、現実は違った。彼女は自分の腕の中で抱かれている。
「わたくしは、あなたを通して、成歩堂さんを見ていました」
「!」
よりによって、一番一緒にして欲しくないヤツの名前を言われ、思わずゴドーは苦笑する。
だが、彼女の今崩れ落ちそうなこの心を、支えられるのならばそれでも良い。
彼は素直にそう思った。
「神乃木さま。神乃木さまはわたくしを見て、おねえさまを思い出しているはずですわ」
「……」
「そして、わたくしはあなたを通して成歩堂さんを見ています。あなたのその
疑惑と微かな憎しみを、成歩堂さんに対して行った裏切りに対する報いとして受け取っています」
あやめはゴドーの胸元に顔をこすり付ける。
「二人の利害は、一致しました」
「利害?」
「神乃木さまはおねえさまの事を憎んでおられます。わたくしは、成歩堂さんに
負い目を感じていますわ。ならば……わたくしが考えるのは……」
そう言って、彼女はゴドーのネクタイを解いた。少し苦しかった首元が、解放感に包まれる。
目を白黒させるゴドーを尻目に、彼女はゴドーの腕の中で衣服を脱ぎ始めた。
「あなたに、わたくしの事を抱いて貰う事、です」
「!」
「……わたくしに、罰を与えて下さい。神乃木さま」
すがりつき、あやめはゴドーが何か言う前に、その唇を塞いだ。
そこで、彼の理性はスッパリと切られる。
「わたくしは、おねえさまを裏切り、成歩堂さまを欺きました。『美柳 ちなみ』として」
ふつり、とゴドーの心に憎しみが生まれた。
この目の前のオンナをメチャクチャにしたい。
自分がメチャクチャにされた人生を、目の前に居る『美柳 ちなみ』にぶちまけたい。
「……良いぜ」
ゴドーは静かに答えた。冷たい、怒りを伴う声で。
「ただし…オレは検事のゴドーだ。神乃木 荘龍でアンタを抱く事は出来ない」

乱雑に脱ぎ捨てられた衣服が部屋の隅に在る。
彼は腕の中に居た裸体の女性を、そのまま組み敷いた。女性は、成すすべなく床に倒れ伏す。
彼…ゴドーは彼女…あやめの両足の隙間に指を割り入れ、敏感な部分に突き立てた。
「んっ、は、あああっ…」
いきなりの恥辱に、あやめは思わず身体をこわばらせ、激しく呼吸をする。
彼女の反応を横目に、ゴドーは空いていた手で無防備な上半身の膨らみを揉みしだく。
痩せ方のあやめは、それほど胸は大きくなかった。むしろ痛々しさを感じるほどである。
「あ、っ…検事、さまっ」
ゴドーの言い付けどおり、あやめは『神乃木』には語り掛けず、『ゴドー検事』に声を掛ける。
その陵辱に濡れた声に、ゴドーは無表情にあやめの顎から首筋を、ねっとりとねぶる。
「ひゃ、あぁっ」
目に涙を浮かべ、愛玩とされている自分に侮蔑の目を遣りながら、あやめは
ただゴドーの与える快楽と言う名の『罰』を甘んじていた。
「や……はぁっ」
首を横に振り、愛玩するようにゴドーの事を見詰めるあやめ。
だが、ゴドーの心はあまりにも復讐に対するこだわりに占められていた。
そのままゴドーはあやめの胸の先端に吸い付き、軽く歯を立てた。
びくんっ、とあやめの身体が震える。
「く、あぁんっ! ふぁ…あぁあーっ」
急に訪れた快楽と微弱な痛みに、思わずあやめは悲痛なあえぎ声を上げる。
「い、いや…止め……」
懇願するあやめの目を見据え、ゴドーは乳首から唇を離した。
「アンタがいやって言えるのか? どうなんだ?」
そう言って、彼は秘部をいじくる手を一層激しくした。
ぶちゅ、ぐちゅりっ、と指が蜜に擦れ、音を伴う。
「あ、あああっ、ん…っ、くひっ」
涙を浮かべ、あやめはゴドーの指の動きを受け容れ、快楽に躍る。

何の準備もせずに突き入れたあやめの秘部は、初めの内は乾いたゴドーの指に
ことごとく引っ掛かり、ざらざらした感触しか指先に与えなかったが、先程のように
その奥から生まれ始めた蜜がゴドーの指先に絡み付き、動きをより激しくする事を許した。
「クッ……どうせだから、懺悔くらいしたらどうだ?」
冷徹なゴドーの言葉に、思わずあやめは声にならない叫びを上げる。
「検事さま……あっ…わた、くし…狂言、誘拐に…加担しようとさえ、しました…っ、はぁんっ」
「そいつは初耳だ。それから? アンタの罪はそれだけじゃないはずだぜ?」
恥辱の行為を続けながら、ゴドーはあやめに先を促す。
「わたくし、は…神乃木さま…を、殺そう…っ、と…した、おねえさまを、
止められ…ません、でしたっ…ひぐぅっ!」
「それから?」
「あ、ああっ…おねえ、さまに…頼まれて、わっ…たくし……証拠、の、獲得を…
…しようとしま、した!」
「それで、アンタは他にも罪を犯した。言ってみな。聞いてやるぜ」
「ん、あ、あ゛あっ…成歩堂、さんを…半年、もっ…欺いて、しまいましたっ!」
あやめは半ば犯狂乱になりかけてそう叫び、身体をのけぞらせる。
ゴドーはそんなあやめの姿を見て、口の中で笑った。
目の前に居る女性を…『美柳 ちなみ』を、この手で罰する時が来た。
決して、現実では起こりえない事。
分かってはいる。これは決して正しい事ではないのだと。
ただ、それを止めるには、彼も、彼女も…両方とも傷付き果てていた。
「アンタは有罪だ。誰がどう見てもな」
そう言って、彼はあやめの唇を塞ぎ、貪った。
「ん、んぅぅーっ…」
口内に、ねっとりとした唾液をまとったゴドーの舌が、無理矢理に入って来る。そして、
およそ無防備であったあやめの舌に絡み付くと、そのまま引っ張り上げ、あやめの
舌の裏をグロテスクに舐め上げる。
「ふ、…っんっうう・・…」
その激しさに呼吸を邪魔され、あやめは目をきつく閉じる。
そして、ゴドーの舌が与える暴力的な愛撫に合わせ、あやめもゴドーの舌に絡み付いた。
互いの舌は、狂おしいほど熱かった。
そうした行為の最中にも、ゴドーは『あやめ自身』にその指を埋める行為を忘れてはいなかった。
いや、もう既に彼の指は根元まで侵入し、今や強烈な快楽を伴う指の出し入れで、
彼女の事を陵辱していた。
彼女のあえぎ声を響かせたい。
ゴドーはそう考え、あやめの舌を貪っていた自分の舌を引き抜いた。
「や、かはっ……ひゃうぅっんんっ…!」
口が自由になったあやめは呼吸とあえぎとを交え、その音を部屋に、ゴドーの耳に届けていた。
「『美柳 ちなみ』に、罰を与えてやるぜ」
そう言ってゴドーは指を引き抜き、自分のズボンのベルトを外し、チャックを引き下ろした。
今までの行為で彼自身は誇張され、そのはけ口を求めていた。
あやめは荒い息でゴドーの事を見、ゴドーがしようとしている事に、思わず身体を震わせた。
「アンタは、罰を受けなけりゃならねえ」
冷たく言い張り、ゴドーはあやめの両足をぐいと強引に広げた。
ぬちゃ、と蜜があやめの太股を伝い、床に流れた。
思わずあやめは頬を染め、困惑した表情になる。
気の毒なほど、あやめの足は震えていた。
だが言葉で拒絶をしないのは、最後の最後まで甘んじたいと思っているのだろう。
『美柳 ちなみ』としての自分を殺すため。

「……」
ゴドーは黙ってその足の間に自らの下半身を突き入れた。
ぐりゅっ、と『そこ』が擦れて卑猥な音を立てた。
「っ…あ、ああぁーっ!」
眉をしかめ、あやめは挿入物に対して苦しげなあえぎ声を上げる。
彼女の反応に、ゴドーは激しい動きを与える。
「んっく、やぁあっ…!」
涙を浮かべ、唇の端から唾液を細く流しながら、あやめが切なく叫ぶ。
「オマエは、『死刑』だ。『美柳 ちなみ』」
冷たく言い、ゴドーは下半身への刺激を続けながら、急にあやめの胸を強く揉んだ。
「っ……」
複数の快楽に、あやめは目を見開いた。
「あ、あああ、あーっ!」
彼女は快楽に翻弄され、絶頂を迎えた。ゴドーの事を中に受け容れたまま、その場所がきゅうう、
と締め付けて来るのをゴドーは感じた。
(っ……ぐ、う…)
思わず中に出してしまおうとするのを、ゴドーは気力で抑え込んだ。
(オマエなんかに、オレは欲さえも与えようとも思わねえ…)
相変わらず締め付け、ひく、ひくと痙攣するそこは、耐えがたいほどの快楽をゴドー自身にも
与えている。それを気力で抑え込むのは、死ぬほどの苦痛を与えた。
やがて、あやめの身体の震えが、僅かな物へと変わって行く。

ぼんやりと、ゴドーは顔を上げた。
恍惚にあえぐあやめが目の前に居る。
何故自分は、こんな所に居るのだろうか、と言う理由。
そして、この目の前の女性と、どうしてこうした情事を行っているのか、と言う理由。
それは、あまりにも互いが傷付いたから。
ゴドーは再びゆっくりと中で動いた。
「アっ……んくっ」
あやめが、ゴドーの与える刺激にあえぎ、身体のうずきにもだえている。
その黒い髪が、彼女の動きに合わせて微かに揺れる。
「あっ、ひぃっ……」
涙を浮かべながらあやめは、ゴドーの少し痩せた頬に手を添える。
その指が、彼の頬骨に触れ、妖艶に撫でる。
「あ……あああ…」
ゴドーのたくましく力強い腕にすがりながら、あやめがあえぎながら目の前で快楽を
送り続けているゴドーの姿を、うつろな瞳で見詰めた。
その瞳の色は、後悔。
「……あやめ…」
ゴドーが『あやめ』の名前を呼ぶと、あやめは目を細め、涙を浮かべたままなすがままに
受け容れている。
やっと分かった。
怒りに流されながら、それでも彼女の事を壊そうと思わなかった理由を。
同じだからだ。
母親が失脚した事に対する無念を抱いた、あの女性と。
この、自分の姉を止め切れなかった事に対する無念を抱いた、目の前の女性とが。
そして、彼はそれこそ救いたかったのだ。
『美柳 ちなみ』を残した『葉桜院 あやめ』を。
そして、彼女の中の『美柳 ちなみ』は、確かに死んだ。
この、目の前に居るのは、『葉桜院 あやめ』。
ゴドーの協力者。
ゴドーが、千尋を『彼女』の向こうに重ねていた女性。
「アンタを愛するぜ……最初で、最後だ」
もう誰も、何者にも愛を示さないと思っていた。
だが、最後にこの女性を救えば。愛せば。
それはあやめを救う事で、自分を救えるから。
自分の事を愛せるから。
「わたくし…も……検事さまの事を…愛しますわ」
最初で、最後の。
彼女が言葉も無くそう言った。
ぐりりっ、とゴドーは彼女の中で激しく動いた。
「は、あぅん……く、ぃ…」
あやめの切ない吐息に、彼ははっきり言うとすぐにでも出してしまいたかったが、
それをしなかったのは、何処かで彼女の事を愛そうとしていたからだろうか。
『神乃木 荘龍』ではなく、『ゴドー検事』が。
それは、ゴドーの昔だった…神乃木が千尋の事を本当に愛していたから。だからこそ、
その『神乃木 荘龍』を汚さないために。
あやめも、恐らくは『あやめ』としてゴドーの事を受け容れているに違いない。
成歩堂と付き合っていた頃の、『美柳 ちなみ』だった自分を汚さないために。
二人の想いは、決して交わらないまでも、同じであった。
この、矛盾した想いが、彼らを向かい合わせ、近付けさせる。
「く、んぅっ……ひっ!」
快楽がやがて激しい運動を伴った物となって来る。二人は高められ、お互いにすがり付いた。
「あ、あああ…検事さまっ」
「あやめ……っ」
お互いを呼ぶ声は、部屋に響き。
び、くんっ!
「ひ……ふ、あぁぁぁっ!!」
ゴドーが己の欲と想いを放出し始め、それを受け容れるあやめの身体が跳ねた。
ゴドーはあやめの中から自身を引き抜いた。
彼女の身体に、彼の想いがべっとり、と付く。
だが、それに対してあやめは嫌悪の色さえ見せず、愛しい目を向けていた。
きっと、恐らく自分も同じ目をしているのだろう。
ゴドーはぼんやりとそう思った。

彼らは衣服を着、黙っていた。
置かれた手紙が、虚しくも邪悪な計画を綴った文字を封じている。
「……」
「……」
二人は、同時に見詰め合った。
「アンタともう一人に…協力を求めるぜ」
「…よろこんで。検事さま」
二人の決意は、血に染まる結果を伴ってもいとわない。
愛しさを忘れるために、愛しさを覚えたのだから。
恐らく、もう一人の協力者も、形は違えど、血に染まる結果を伴ってもいとわないだろう。
それが、人の抱く事の出来る最大の武器。
自分に対する、他人に対する……そして、大切な人へ対する愛だ。
そして…
最後の最後にゴドーが愛する事が出来た『自分自身』を失うのは……わずか、一ヵ月後。
その日は、音も無く忍び寄る。


終了



見て下さってありがとうございます。
ゴドーさんはどうしても陵辱的な性格になってしまいます。
私自身、マイナーカプが好きなので。
それでは、他の神様、お願いしますね。
最終更新:2007年12月28日 03:10