歌舞伎座とは
歌舞伎座は東京都中央区銀座四丁目にある歌舞伎劇場です。
歌舞伎座が開設されたのは明治22年。以来、歌舞伎の殿堂として、多くのファンに親しまれてきました。
大正10年に火災で焼失した後、直ちに再建工事が行われ、関東大震災をはさんで大正13年に竣工、翌年開場式が行われました。設計者は東京美術学校・早稲田大学教授の建築家・岡田信一郎です。
その後、戦災により大きな被害を受けましたが、昭和26年(1951年)1月、岡田が設計した建物の躯体を生かして復興しました。関東大震災と戦災を乗り越えてきた歴史的建造物です。「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として国の有形文化財に登録されています。
大正10年に火災で焼失した後、直ちに再建工事が行われ、関東大震災をはさんで大正13年に竣工、翌年開場式が行われました。設計者は東京美術学校・早稲田大学教授の建築家・岡田信一郎です。
その後、戦災により大きな被害を受けましたが、昭和26年(1951年)1月、岡田が設計した建物の躯体を生かして復興しました。関東大震災と戦災を乗り越えてきた歴史的建造物です。「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として国の有形文化財に登録されています。
文化庁データベースの解説文より引用:
「晴海通沿いに立つ。正面中央に大きな唐破風を設け、左右上部を突出させた入母屋造とし、桃山の社寺・城郭建築を意識した豪壮な造りとする。岡田信一郎の設計で、戦災後、吉田五十八により修復された。東京銀座のランドマークとして国民に広く親しまれている。」
「晴海通沿いに立つ。正面中央に大きな唐破風を設け、左右上部を突出させた入母屋造とし、桃山の社寺・城郭建築を意識した豪壮な造りとする。岡田信一郎の設計で、戦災後、吉田五十八により修復された。東京銀座のランドマークとして国民に広く親しまれている。」
(松竹株式会社は、大正時代から歌舞伎座を経営してきました。また、株式会社歌舞伎座は、戦後の復興に際して設立された会社で、建物を所有しています。)
詳しくは松竹株式会社のサイトをご覧ください。
また、Wikipediaの項目にも記事があります。
(open123 artさん撮影)