オカシイ世の中覚え書き

漁船発見は衝突2分前、「あたご」の回避行動遅れる (読売新聞)

千葉県房総半島沖で19日早朝、海上自衛隊のイージス艦「あたご」(艦長・ 舩渡 ( ふなと ) 健1等海佐、基準排水量7750トン)と、新勝浦市漁協(千葉県勝浦市)所属の漁船「清徳丸」(全長約12メートル、7・3トン)が衝突した事故で、あたごの乗員が衝突のわずか約2分前まで、清徳丸の灯火に気付かず、その後、回避のため急制動をかけるまで約1分かかっていたことが明らかになった。

 海上保安庁は、あたごが、清徳丸を見落としたことで回避行動が遅れ、衝突につながった可能性があるとみて調べる。

 石破防衛相が自民党国防部会で行った説明によると、あたごの見張り員は、衝突2分前の午前4時5分ごろ、別の漁船が前方を横切った際、進行方向右側に緑色の灯火があるのを目視で確認した。この灯火は清徳丸のもので、約1分後にスピードを上げて、あたごの航路に向けて動き出した。

 このため、あたごは前進を止めようと急制動をかけ、清徳丸も、あたごの前方約100メートル先で大きく右にかじを切ったが、1分後に衝突したという。

 防衛省幹部によると、あたごが急制動をかける直前の速度は10ノット(時速18キロ)だった。事故当時、あたごは通常の宿直体制で、艦橋には見張り員も含め隊員が10人ほどいた。

 あたごは19日午後5時すぎ、海自横須賀基地(神奈川県横須賀市)に入港。艦首右側に清徳丸のものと見られる白い塗料が付着し、数本の細い傷が斜めに走っているのが確認された。艦首左側には目立った傷跡は見られなかった。

 あたごには、海上衝突予防法に基づく回避義務があった可能性が高く、通常は警笛を鳴らしながら回避行動を取るが、清徳丸とともに周辺海域を航行していた7隻の僚船の乗組員らは、そうした音を聞いていなかった。

 19日夕、記者会見した僚船の金平丸の市原義次船長(55)は「午前4時ちょっと過ぎ、前方からイージス艦が向かってきて、自分は回避しようとかじを右に切った。かじを切った瞬間、イージス艦の明かりがパッとついた。自分たちの船に驚いてつけたのかと思った」と話した。

 清徳丸の船主で勝浦市川津の 吉清 ( きちせい ) 治夫さん(58)と長男の 哲大 ( てつひろ ) さん(23)親子は依然行方不明で、捜索に当たっていた新勝浦市漁協所属の漁船が、事故海域でジャンパーを発見。治夫さんのものと家族が確認した。

 海自は同夜、事故の衝撃で真っ二つに割れた清徳丸の船体を引き揚げ、千葉県館山市方向へえい航を始めた。20日にも清徳丸の関係者らに見せた後、横須賀基地に運んで調べる。

[ 2008年2月20日3時9分 ]

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最終更新:2008年02月22日 11:53