「・・・ふう、慣れないことはするもんじゃないな」

そういいつつペンを置いたのは、王都に久々に顔を出した楠瀬藍である。
楠瀬は資料室にこもって、何十枚に及ぶ推敲の後、簡易な便箋一枚に収まるほどの文章を書き上げた。

淡いオレンジの便箋に書かれたそれを、同じくオレンジ簿封筒に丁寧に折ってしまいこみ、オレンジをかたどった封緘で綴じ、宛名を書いた。

「ねえ楠瀬、久しぶりに帰ってきたのに、顔も出さずにまた出かけるの?」

机の向こうから問いかける声がひとつ。
楠瀬が(を?)かわいがっていた国家猫士の、じにあだ。

「ああ。今の俺はまだ実務がこなせるほど、ニューワールドにはいられない。『むこう』側が片付くまでは、まだみんなに顔は合わせられないよ」
「でも、ちょっとくらい顔見せてもいいんじゃない?それくらいなら、誰も・・・」
「いや、俺なりのけじめなんだ。会えばきっと気持ちが揺らぐ。『むこう』が片付かないまま舞い戻って、また中途半端になってどっちにも迷惑をかけるのはもうごめんだからね」

自嘲するように楠瀬。

「・・・藩王様にも?」
「ああ。でも、手紙を書いた。手紙での挨拶が、今の俺の精一杯だからね」

そういって笑う楠瀬。

「まあいいにゃ。楠瀬の好きにすればいいにゃ」
「・・・ごめん」
「それはそうと、みんなに会うつもりがないのに何であたしのところには来たのにゃ?」
「ああ、お前は特別だ。連邦に来たときは、どんなときでもお前に会うって決めてるから」
「にゃっ・・・」
「それに、そう言う約束だったろ?」
「楠瀬、覚えていてくれたんだ・・・」
「当然だろ。じゃ、ついでにもうひとつの約束を果たしてもらってもいいかな?」
「うん!へへ、王宮での修行の成果を見せてやるんだから!」
「よーし、そうと決まったら買出しに行くか。さて、どれだけ腕を上げたのかな・・・」
「おいしすぎてほっぺた落ちても責任は持たないんだからねっ。覚悟しなさいよー!」

二人は、資料室を後にした。


・・・藩王宛の手紙を、置いたままで。

その後、手紙はビッテンフェ猫によって発見され、「内容を読まれた上で」藩王に提出された。

フェ猫いわく「しかしその手紙、封がしてなかったでござるよ?一応藩王宛であったので、それがしがまず不審物が仕込まれてないかどうかないかどうかを確認しただけでござる。もちろん、不穏分子の可能性も考えて、内容は読ませてもらったでござるよ。藩王にも報告したでござる。」

だそうである。

そう。
楠瀬は肝心なところでうっかりミスをする癖が治っておらず、封緘を押したつもりがきちんと綴じられてなかった、と言う安易なオチであった。

これは後に、連邦日誌にこっそりと「不幸な事故」として報告がされたのであった。

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蝶子さんへ

いつもお世話になりっぱなしで申し訳ありません。

あなたはいつでも「私、手伝うよ!」、「リアル大事ですよー」といって、みんなに負担がかからないように気を配ってくれていましたね。

事実、俺もずいぶんとあなたのその言葉に助けられてきました。

国内作業で困ったときも相談に乗ってくれましたね。
おかげでしばらく藩王依存症になってしまいました(笑)
今でも治ってません。

あなたが都合で藩国を留守にするとき、いつも「ごめんね」と謝っていますよね。
俺たち国民には「都合悪いなら無理しないで」とか、「謝らなくてもいいよ」とか言うくせに。
国内作業を全くしない俺が言うのもなんだけど、蝶子さんこそ謝らなくていいですよ。
藩王にしか出来ない地味な仕事を、蝶子さんが地道に頑張ってこなしているのを、みんな知っていますから。

あなたが泣いているときは決まって、誰かのためでしたね。
自分の痛みよりも他人の痛みに敏感な蝶子さんを、俺は優しい人だと思っています。
きっと、蝶子さんは「そんなことないよ!私、ちょう自己中だよ!」と言うんでしょうね。
大丈夫です。そんなことは、みんなとっくに知ってますから。

あなたが怒っているときも、決まって誰かのためでしたね。
藩王死亡で藩国滅亡だと言うのに真っ先に名乗りをあげ、藩国内での決戦ダイスロールでダイスすら味方につけて出撃したことを覚えています。
そして、必ず戻ってきた。
そんなあなたを、俺たちは誇りに思っています。

前置きが長くなりました。
何が言いたいのかと言うと、俺が蝶子さんに惚れている、と言うことなのです。

一人の人間として、レンジャー連邦藩王蝶子に、楠瀬藍は心酔しております。
と言っても、恋愛感情の惚れたはれたではないです(念のため)。

今は心が折れ翼を休ませていただいている身なれども、いつか傷が癒えた暁には、またあなたの元でご厄介になりたいと思っています。

そして、あなたがあなたの星と添い遂げられる日を心からお祈りしつつ、その顛末を見守らせていただきたいと思います。

蝶子さん、ふぁいとっ!

藩王へ

流浪中の楠瀬藍より


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その後、楠瀬藍を見かけたものは、まだいない。

(文責:楠瀬藍)

 

最終更新:2007年08月23日 02:42