よろよろ。ばたん。
夜。レンジャー連邦藩王私室。
大量の手紙やら絵やらディスクやらを抱え込んだまま、蝶子はベッドの上に倒れこんだ。そして突っ伏したまま、ふがーだかぷぎゃーだかそんな感じの言葉を小さく一度叫んで、そのまま、動かなくなった。
「(今日は・・・一体・・・なんだったの・・・)」
フェ猫さんにかかってきた振り込め詐欺電話の誤解を午前中のうちにといて、そしたらまた今日もいつものように藩国業務を、そう今日は戦後処理の続きと財務表のチェックをして、時間が余ったら護民官事務所を覗いてみようとしていたはず、だったのに。だったのにだったのに。何でこんなことに。
振り込め詐欺の電話からなぜラブレター合戦になったのかはわからない。だがなぜか、我も我もと執務室にやってきてはラブレターやら似姿絵やら何かのデータやら置いていくものだから、とても仕事どころではなくなってしまった。
***
蝶子は、弱くてちっちゃい人物である。ちっちゃいとは体の大きさのことを言うのではない。器の大きさのことを言う。その大きさを実際にある器で例えると、おちょこサイズがまさに妥当である。頭と心の容量が少ないために、すぐにいっぱいいっぱいになる。この時もまた、そうであった。たくさんの好意を一度に受け取ったために、おめめぐるぐるの見本のようになっていたのである。
「(おのれ・・・おのれおのれおのれー)」
ひとしきり倒れたままぐるぐるした後、蝶子はむくりと起き上がった。蝶子、おちょこさんではあるが、負けず嫌いである。宝物箱にみんなからの贈り物をきちんとしまうと、机の引き出しから一番お気に入りの便箋を取り出した。
「(こうなったら負けてられません。私だってみんなにラブレター書いてやる、私の方がみんなのこと大好きなんだから!私がどれだけみんなを好きか思い知ればいい・・・!)」
「俺星ビール」の名で親しまれているオレンジビールを一気飲みし(なぜ私室にそんなものが常備されているかとか聞いてはいけない)、気持ちを大きくしてからラブレター製作に取り掛かる。
お酒の力を借りなければ、どれだけ自分がみんなを好きか、どれだけ大切に思っているか、そしてどれだけ感謝しているかを、照れくさくて最後まで書ききれないような気が、したのだった。
***
連邦の皆様へ。
いつも、どうもありがとうございます。
本当に、どうもありがとうございます。
皆さんもうすでに嫌というほどご存知だとは思いますが、私には何の力もありません。才もありません。皆さんを包み込めるような大きな胸もありません。
まったく素直ではないし、そのくせにものすごく頑固だし、すぐぐるぐるするし、よく泣くし、大変手のかかる子で、そして若干(ですんでると思いたいのですが)、痛い子です。
それでも、私を友と呼んでくれて。王と支えてくれて。一緒に怒って、泣いて、笑ってくれて。
本当に、本当にどうもありがとうございます。
思えば私が王になったのは、こんなにも自分の無力を痛感している分際で王になったのは、お世話になった方や、大好きな友人と一緒に楽しんだり頑張ったりすることを、やめたくないと思ったからでした。
力もなくて、知識もなくて、勇気もなくて、それでも私に手を差し伸べてくれたみなさんとのつながりを、なくしたくないと思ったからでした。
それは、はっきり言って、私の勝手なわがままでした。
だけれども、今。その頃の倍もの仲間に恵まれ、たくさんのつながりを得て、今も、頑張れていることが。とても幸せなことだと、感じています。
みなさん。本当にありがとうございます。
こんな私を好いてくれて、本当にありがとうございます。
でも、忘れないで下さい。
私の方がみんなのこと好きです。
みなさんが束になってかかってきても快勝できるくらい私の方がみなさんのことを好きです。
だから。
だから。
これで勝ったと思うなよ!!!
***
気がついたら、朝だった。
どうやら手紙を書きながら寝てしまったらしい。机の上には俺星ビールの空き缶が7本。
うーん、3本までは開けた覚えあるんだけどなーあれー?
そういえば、寝ている間になんだか変な夢を見た。
みんなが描いてくれた似姿絵にテイタニアさんが息を吹きかけると、絵の中から自分が出てくるのだ。似姿から出てきたものだから実物よりも可愛らしく、体の凹凸もあるので、ぎゃふんとか言っている、そんな夢。
なんかやけにリアルだったなあ、と思いながら目をこすっていると、こんこん、と窓を叩く音がした。
見ると、ウイングオブテイタニアその人がにこやかに窓の外に立っている。
「おはようございます、テイタニアさん。どうしました?」
窓を開けて応対すると、ちょいちょい、とテイタニアが指を差している。その方向にはオレンジの木。
「? なんですか?えーと、オレンジの木、が、何か?」
不思議に思って問いただすも、テイタニアは変わらず、にこにこ笑ってオレンジの木を指差したままである。
「・・・・・・???」
もう一度見る。
よーく目を凝らすと、木の陰に誰かいるように、見える。
さらに目を凝らす。木の陰からこっちを見ている、なんだかとっても親しみの持てるアクション。長い髪。たれ目。なんかものすごく見覚えのあるあれは・・・。
「・・・・・・うぇええええええー?!!!」
***
こうしてレンジャー連邦には、なぜかもう一人、蝶子が存在することになった。
普通の蝶子より美人で体の凹凸もはっきりしているこちらの蝶子は、比較的強い方の蝶子さん、もしくはチョーコさんと呼ばれ、みんなに広く親しまれるようになった。
(絵:サク)
弱い方の蝶子が夢で見たようにぎゃふんと言ったかどうかは、定かではない。
(文責:蝶子)