「え、ナニソレ。そういう流れ?」
「そうみたいだね。よくわからんけど」
「わかんないのかよ!!」
「いやわかってたら解説してるだろ。いつものように」

レンジャー連邦、とあるカフェテリア。
猫士のじにあと幽霊国民の楠瀬藍が、なにやら頭をつき合わせて話をしている。

どうやら猫士L化の話らしいが、楠瀬も又聞きのようで要領を得ないようだ。

「むぅ・・・それもそうか。めんどくさいなー」
『・・・とか言いつつ、何を書いたものかを思案するじにあであった』
「変なモノローグ入れるのやめなさい。・・・あ、そうだ。あんた最近まともに仕事してないんだから、あんたが書きなさいよ」

いい事思いついた、と言わんばかりの顔でじにあ。
さすがに心当たりがありすぎるのか、楠瀬の表情が凍りつく。

「いや、ちゃんと編成には参加してるよ?・・・まあ事務仕事はやってないけどさ。でもお前のことだし俺が書くわけには」
「あ・た・し・の・こ・と・だ・か・ら・よ!」
「いや、断言されましても」

じにあの強い口調に押される楠瀬。
何とか返したが後が続かない。
それを好機と見たか、一気に畳み掛けるじにあ。

「ほら、あたし自分の事書くのって苦手だし?それにあんたがあたしの事で知らない事って大してないし、あたしだってお役目おおせつかってて暇じゃないしね。あんたが書いたのをあとで見て手を加えたほうがあたしは助かるんだけどなー」
「それじゃあお前の仕事じゃないじゃん」

まったくそのとおりである。
事実、今回の話は猫士からのレポート提出という話であり、それは出来るだけ猫士から報告するように、という形を一応とっている、らしい。
なので楠瀬の言い分はもっともなのだが。

「え、助けてくれない、の・・・?」

さっきまでの態度はどこへやら、一転して縋るような上目遣いで楠瀬を見上げるじにあ。

「うわおまそれひきょ・・・あーウンソウデスネ。ワタクシメニカカセテイタダケルトアリガタイデゴザイマスコトヨ!」

さすがに楠瀬も頭では演技だとわかっていたが、一瞬ドキッとしてしまったのは事実だ。
何とか悪態をついて返そうとするも、じにあの乙女力(おとめぢから)のこもった目線に抗うことは出来ず、目線をそらしてカタコトでやけっぱちの台詞を吐くのが精一杯だった。

「・・・ナニその棒読み・・・」

素直に認めない楠瀬にあきれるじにあ。

「ま、いいけどね。じゃああとは任せたわよ。いってきまーす」
「いってらっしゃーい」

だが、必要な言質はとった。
じにあはそれなりに満足して、市民病院へと向かったのだった。

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あたしはじにあ。
レンジャー連邦の猫士。
どうやって猫士になったかは秘密だけど、猫士になるきっかけはもちろん藩王の蝶子様だ。
いろいろと頑張って晴れて猫士になれたとき、蝶子様からかけていただいた「よろしくね!(はぁと)」という言葉は今でも私の宝物だ。

あれからずっと、あたしはこの国の猫士としてお役目を立派に果たすべく、日々邁進中だ。

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「・・・じゃ、コレで」

市民病院のお勤めから帰宅して早々、楠瀬から大量の原稿用紙を受け取ったじにあは、最初の数ページを読んだ段階で一枚目の半分のみを切り出して楠瀬に返した。

「いや短いから!まだ書き出しだけだよ!?まだこんなに残ってるから!!」

それなりに自信があったのだろうか、放置された原稿が置かれたテーブルをばしばしたたきつつ、楠瀬がきちんと読むように抗議してくる。

「あ、そっちは要らないから破棄で。あたしのことなんてコレくらいで十分だってば」
「いやいやいや、何をおっしゃるじにあさん!市民病院での活躍っぷりを書かずして何を書くと言うのだね!?」
「えー、あたし活躍なんてしてないしー。みんなと一緒に頑張ってるだけだしー」

確かに触りだけ読んだ感じでは病院での働きぶりをアピールするようなことが書かれていたようだが、じにあの中ではそれは自分の大部分を占めることではなかった。

「いやだからその眼鏡ナース姿が患者さんに大人気だと」
「人気は活躍と関係ないでしょ!それに眼鏡してたほうが真面目なイメージが出るって蝶子様が」
「あー、それはアレだな。嵌められたな。むしろそのお堅いクールなイメージの部分に人気が集中してごぶぅっ!?」

言い終わる前に鋭い一撃。
それは見事に楠瀬の鳩尾に吸い込まれた。

「・・・それ以上言ったら今度は肝臓よ」
「ハイ、スミマセンデシタ」
「わかればよろしい」

じにあの鋭い眼光に、楠瀬はただ怯えるばかりだ。
その怯えた小動物のような楠瀬の態度にじにあは満足したが、しかしレポートが足りてないということには気づいていた。

「でもそうね。足りないって言うなら書くしかないのかもね」
「まあ、活躍とかは置いといても、取り組み姿勢というか懸ける想い、みたいなのは有るといいと思うな」
「ふむー・・・そうかもねー・・・」

確かに自分の評判が書かれるよりはいいかもしれない。
むしろじにあも他のメンバーの想いが載ってるなら読みたいとも思っていた。

「でしょ?でもそこら辺俺は良くわかんないから、じにあが自分で」
「じゃああたしが思った事言うから。あんたは書き留めてあとでちゃんとまとめること。いいわね?」
「ぐ・・・まあいいけどね」
「じゃあ決まり。えっとね・・・」

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市民病院への配属は、国の都合だった。
でも、それはあたしにとって願っても無いチャンスだった。
あたしが、この国のために出来る恩返し。
猫士となることでそれは既に果たされていたけれど、明確に何かが出来るという意味では、今までよりもっとやりがいがある。

実際にはやりがいというより、むしろ大変な事が多かったけれど、それでも今まで頑張ってきたし、頑張ってこれた。
それもこれも、蝶子様たちから戴いた惜しみない愛情のおかげだ。

この国は、砂漠が多く物があまり無い。
でも、それだけに愛情があふれていた。
時としてその愛情が強すぎて悲しいことも起きたけれど、それでもあの人たちは愛してくれた。

だからあたしは。

あたしは、自分に出来ることでその愛情に応えるのだ。
『あたしはみんなに愛されて幸せ』なのだと。

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「んー、まあこんなところね」

結局まとめる部分まで付き合ったじにあは、ようやくOKサインを出した。

「・・・結局短くまとめるんだな・・・」

しかし出来上がった原稿は、最初のを足しても1ページに満たないくらいだ。

「長い文章じゃ読むほうも疲れるでしょ?だから短くていいの!」
「それにしては語った内容のほうが長かったような・・・」

話し始めたころはまだ夕日が射していたが、話し終わりは夕食をはさんで夜中の10時。今はもう日付が変わるくらいの時間だ。
長いにもほどがある。

「多くの情報から的確な言葉をチョイスするのがあんたの仕事じゃないの。それとも何?無駄な装飾増やして『私こんなに文章書けます』って誤魔化したいの?」
「・・・滅相もございません・・・」

痛い一言である。

「でしょ。だからこれで終わり。お疲れ様」
「おう。まあ大して疲れては無いけど・・・いいのか?」
「なにが?」
「いやなんというか・・・綺麗にまとめすぎじゃないかと」
「いいのよそれくらいで。だってこう言うので愚痴連ねたって面白くもなんとも無いでしょ?だったら、想いの綺麗なところだけ書いて、みんなの感動を呼ぶほうがいいじゃない」

あっさり言い放つじにあ。

「んー・・・まあ、ぶっちゃけそうかもしれないけどさ?お前の苦労とか、不満とかはどう解消したモンかとも思うわけで」

どうやら楠瀬の心配はレポートの内容ではなく、じにあ自身に向いているようだ。
この男はいつもそうだと言われれば確かにそのとおりなのだが。

「それはあんたが居るから大丈夫よ」
「・・・へ?俺が?何で?」
「ストレス解消のはけ口」
「あー・・・そういうことか。ま、それならいいか」
「そういうこと。というわけでお夜食よろしくー」
「へーい」

何が「というわけ」なのかがまったくわからなかったが、脈絡も無く夜食を作らされた事実に楠瀬が気づいたのは、夜食もとうに食べ終えてベッドに横になったときであった。

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「さて、と」

楠瀬が眠りに落ちたのを見計らって、じにあはこっそりと部屋を抜け出した。
バルコニーへ出て、オープンカフェよろしく置かれたいすに腰掛け、テーブルの上にに用意した原稿用紙とペンを取り出す。

「やっぱり、こういうのは自分で書かないとね」

月明かりの下、じにあは自身のレポート作成に取り組み始めた。

本人の前では書けない、楠瀬藍への気持ちについて。

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あたしの名前はじにあ。
名付け親は楠瀬藍。
今はあたしのパートナーだ。

あたしは人型の義体を使用している。
お手伝い用の人型義体を勧めてきたのはあいつだ。
『この姿の方が、お前のやりたいことが出来るんじゃないかな』
と、後押ししてくれたからだ。

義体は猫の体と違っていろいろ便利で、いろいろ不便だった。
猫のようには動きにくい、人のようには動かしにくい。
最初のころは義体に慣れるためにずうっと義体のままですごして特訓したくらいだ。
猫のときの癖で苦労したのも今ではいい思い出になっている。

最近はONとOFFを切り分けるため、OFFのときは猫の姿に戻るようになった。
OFF、つまり自分自身のために動くときは勝手気ままな猫の姿。
ON、つまり誰かのために動くときは人の姿。

こうすることで、自分なりの気持ちの切り替えと、猫だという自覚を忘れないようにしているのだ。
まあもっとも、あたしの義体には猫耳と猫尻尾がついてるから、見た目もどう足掻いたって猫士以外の何者でもないんだけどね。
あと、猫妖精との違いもちゃんとあるんだけど、ここではめんどくさいので割愛!

ちなみに藍と居るときは基本OFFなので猫の姿だ。
スペース的にも効率が良いし、何より自由だ。
特にあいつの頭の上は寝そべり心地がいい。
歩くのがめんどくさいときはそのまま散歩にいったりもする。
でもたまに、義体でいるときもある。
八つ当たりするときも、憂さ晴らしのときも。
義体のほうが、イジリ甲斐があるから。
何より、同じ目線で話せるのが安心できる。

藍は変なヤツだ。
猫妖精を着てない時でも、普段からわざわざ猫耳をつけている。
はじめは何の冗談かと思ったが、後からそれは、猫耳義体のあたしに合わせてつけてるんだと、城摂政から聞いた事がある。
あいつなりの気の使い方だって言ってたっけ。
やっぱり藍は変なヤツだ。

だからあたしは。


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「・・・どうしたじにあ?」
「うひゃっ!?」

いきなり声をかけられ、じにあは最後まで書き上げたはずの原稿用紙をぐしゃぐしゃに丸めて後ろ手に隠した。

「ど、どうしたの?寝てたんじゃなかったの?」
「んー、まあ寝てたけど。ちょっとトイレに行った帰りにお前を見かけたんでな」
「そ、そうなんだ」

どうやら起きてきた楠瀬が、じにあを見つけたので声をかけただけらしい。

「で、何してたの?」
「や、別に・・・お月見?」
「なぜに疑問系か。・・・さっき後ろ手になんか隠したろ」
「か、隠してません・・・にょ?」
「・・・ぁゃιぃ」

にじり寄る楠瀬。
後ずさるじにあ。
楠瀬がテーブルの上に気づく。

「・・・紙とペンか。何を書いてた?」
「ギクリ」
「ギクリって自分で言うな!・・・正直に見せればお兄さん怒らないから」
「・・・だが断る!」

このまま行くと不毛な追いかけっこになると判断したじにあは、とっさに後ろ手に隠した原稿用紙を散り散りに破り捨てる。

「ちょ!おま!!」
「こうしてしまえばっ!証拠隠滅!!どうだ!!!」

散り散りになった原稿用紙が、夜風に吹かれて舞い散る。
勝ち誇るじにあ。

「この・・・ばか者が!」
「ちょっと何・・・いだだだっだだだだだ!!」

じにあのこめかみに襲い掛かるゲンコツ。
それはいわゆるヒトツのお仕置きの型、梅干というヤツだ。

「ゴミはきちんとゴミ箱に!ポイ捨て禁止だろ!!」
「ごめ、ゴメンなさ・・・いだだ、ギブ、ギブギブ!!もうしない、もうしませんから!!」

あまりの痛さにタップするじにあ。

「・・・わかればよろしい」

謝罪を聞いた楠瀬はじにあを解放する。
崩れ落ちるじにあ。

「あうう、まだじんじんする・・・」
「ポイ捨てなんかするからだろう。素直に見せればよかったのに」

涙目でこめかみを押さえて訴えるじにあに、楠瀬はあきれた口調でそういった。

「アレはダメ!絶対!!見たらダメなんだから!!!」

すると一転、ものすごい剣幕でじにあは楠瀬につめ寄った。

「お、おう・・・そうか。じゃあ、もう聞かないけど」

あっさり引き下がる楠瀬。
ここら辺は慣れたもので、あまり深く突っ込んでこない。
物分りがよすぎて気持ち悪いこともあるが、じにあは楠瀬のそういうところが気に入っている。
だから、素直に謝ることにした。

「ゴメン・・・ありがと」
「まあいいさ。もうポイ捨ては禁止な」
「はい、ゴメンなさい。もうしません」
「ん、よろしい。じゃあおやすみ、じにあ」
「うん、おやすみなさい」

部屋に戻る楠瀬を見届け、じにあは安堵した。
が、ちょっぴり申し訳なくも思っていた。

だって、あの続きには。






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あの続きには、肝心なところが書かれていない。
書いては消し、書いては消し、結局消されたままの一文があったのみだ。

じにあが書けなかった、その言葉は。


『だからあたしは。

この国が好きで。
みんなが好きで。

藍のことが       』


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最終更新:2011年06月22日 22:28
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