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レンジャー連邦政庁城、会議室。
大きな円卓と、ホワイトボードが3つ無造作に置かれただけの、簡素な部屋である。
円卓に添えられた椅子は、いかにも「他の部屋から持ってきました」という感じで、どれもバラバラ。
適当感満載のこの部屋で、ただ一つ、場違いなステンドグラスの窓だけが、
正しくお城っぽい雰囲気をかもし出している。

この窓、はじめはごく普通のガラス窓だった。
が、廃棄されるはずだったガラスを再利用して、ステンドグラスが後付されている。
元の目的が廃材利用なので、芸術的な美しさはない。
元の窓枠を変えたわけでもないから、見応えがあるほどの大きさもない。
しかしそれでもこの窓は、西国の強い陽射しをやわらかく受け止め、
会議室のシンボルとして優しい光を放っていた。


そのステンドグラスを、かれこれ1時間ほど磨いている女がいる。
およそ掃除に向かないひらひらの長いスカートをたくし上げて結び、
その下にジャージをはいている。
脚立の上に腰掛けて、休むことなく手を動かしているけれど、
心ここにあらずといった面持ちで、目はどこか遠くを見ていた。

「・・・・うーん。いや、駄目か・・・。」

眉に少ししわを寄せて、小さく首を振る。
髪飾りもろともぞんざいに束ねられた長い髪も、つられてかすかに揺れる。
脚立の足元で丸くなった蜂蜜色の虎猫が、大きなあくびをした。

「まーだやるのかにゃー。」

もうちょっとー、と脚立の上から聞こえる生返事。
ふてくされてさらに丸くなる猫。

「さっきからもうちょっともうちょっとって、もう休憩終わっちゃうにゃ。
 一緒におやつ食べたかったのにー。」
「んー。」

にゃごにゃごと漏らした不満気な声も、完全にスルーである。
本格的にいじけ始める猫に気付かず、女は脚立の上で大きな溜息をついた。

「はぁー・・・どうしようかなー、オペレーター・・・」

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レンジャー連邦はもともと、情報技術に長けた国であった。
現在この国の主産業となっている航空産業は、航空機開発による所もさることながら、
高い情報技術力と、それに支えられた管制技術によって発展してきた面も大きい。
その素地は民間のみならず、バッジシステムや電子妖精といった軍事方面の開発にもいかんなく生かされている。

しかし。
航空方面の発展・安定に寄与する一方で、この国の情報技術系統そのものは、完全に停滞していた。
この分野では、共和国には言わずと知れた情報戦の雄・フィーブル藩国が在り、
躍起になって技術を練磨する必要が無かったことも、背景にはある。
現状維持で充分――それはある意味で喜ばしいことではあったが、
やはりどこか「勿体無い」という感は拭えずにいた。

くすぶっている国内の情報分野に、何か、活路を。
考えた末にこの国が導き出した答えは、オペレート方面への注力である。

の、だが。

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「情報技術の素地を生かすためにも、
 これからの航空管制や航法オペレートの強化のためにも、
 今まで舞踏子とかホープとか猫妖精とかでやってきたオペレーターを
 専門職として新設、っていうのはいい案だと思ったんですけどね・・・。」

待っていても降りてくる気配がまったくないことについにあきらめて、猫は立ち上がった。
脚立の上に飛び乗って、女の横にちょこんと座る。

「・・・いい案だと思うにゃ。単純に働き口も増えるし。
 12枠のほとんどがオペレート可能職なことも考えれば、国の流れとしても自然だにゃ。」
「だよねーやっぱりそうだよねー。」
「まあ、あとは人材をどうするかだにゃ。」
「そこなんですよねー。」

情報戦を念頭に置いた技術開発ではなく、情報の処理と伝達に絞った方向へのシフト。
AI系ではなく、ユーザー自身の情報処理をサポートすることを目指した電子妖精の、
その開発スタンスを、今度はこの国の情報分野すべてに当てはめようという戦略。
その契機として、まずは情報を扱う人の側に、オペレートのプロフェッショナル職を設ける。
先日の会議で可決したこの方針は、しかし肝心の人材をどう調達するか、という段で暗礁に乗り上げていた。

「オペレートの上手な人をスカウトしてきて・・・っていうのが一番なんでしょうけど。
 そういう優秀な人っていうのは、今の職場でもなくてはならない人だろうし、
 そういうことして耐えられるくらい人材余ってるとこなんて、
 今のうちの国にあるとは思えないんですよね・・・。」
「オペレート専門でやってる人自体多くないからにゃー。」
「希望人員を募って、一から立ち上げればたくさん集まるだろうけど・・・。
 経験を積ませてあげられるチャンス、あんまりないんですよね。」
「まあ、一般的な航空管制ならまだしも、プロフェッショにゃルとするためには、
 実戦の機会が少なすぎるよにゃー。」
「ですよねー。」

うーん。と唸って会話が止まる。
沈黙8秒。の後、大きな溜息が二つ。

「・・・駄目だにゃ。今いる人も新しい人も駄目なら、だめだめだにゃ。」
「そうなんですよねー。
 結局会議でもいい案出なくて、みんなそれぞれで考えてくることになったんですけど・・・。
 ハニー、なんかいいアイディア無い?」
「なんかいいアイディアって・・・
 そんなにぽんぽん思いつくなら、
 蝶子だって煮詰まってえんえん窓拭きなんかしにゃいだろ・・・。」
「うっ。」
「まあ、猫士のみんなにも聞いてみるけど・・・。
 今はとりあえず、あれだにゃ。そろそろ休憩終わるから戻るにゃー。」

そうですね、と力なく頷いて、よいしょよいしょと脚立を降りる。
髪飾りごと束ねていたリボンをほどきながら、蝶子は今まで磨いていた窓を見上げた。

「・・・あれ。窓、あんまりきれいになってなくない?」
「当たり前だにゃ、て言うか気付いてにゃかったのか。
 隅っこの方とか全然だにゃ。考え事しながらやるからだにゃー。」
「あーあ。あーあーもう。」
「しかし、何で窓拭きなのかにゃ。どうせならお菓子作るとかすれば
 僕もおいしくてウマーだったのに。
 僕、放置プレイでちょうつまんなかったにゃ。ちょうつまんなかったにゃ。」
「二回言いましたね!
 いやほら、会議室の窓なら、しんさんの設定ひらめきパワーが
 降りてくるんじゃないかと思ったんだ・・・。」
「ああ・・・。」

ちなみに「しんさん」とはこの国の古参文族で、
会議室の窓がステンドグラスになるきっかけを作った張本人、双樹真のことである。
彼が「窓をぱりーんと割りながらアグレッシブに登場する」
という入室方法を一部フィクショノートの間で流行(そして定着)させ、
その結果膨大な量のガラス片と化した歴代の窓たちを、
ステンドグラスとして生まれ変わらせたものが、今の窓なのであった。

だから、いうなればこのステンドグラスの窓は、正しく会議室のシンボルなのである。
それはただ雑然としたこの部屋の中で一番それっぽく目立つから、ではなくて、
この部屋に数多の集いがあったことを示す証であり、
会議室の歴史そのものといっても過言ではないからなのだ。

そんな窓にすがるもしかし結局いい案は思いつかず、
窓拭きも中途半端にしかきれいにならなかったことに地味に凹みながら、
蝶子はすごすごと脚立を片付け始めた。






最終更新:2012年06月07日 19:03
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