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「本日は、お集まりいただきありがとうございます。」

暗くなった室内で、プロジェクターの照明と、それを受けたホワイトボードだけが光っている。
会議室中の視線が注がれる中、ホワイトボードの横に立った愛佳は、ゆっくりと頭を下げた。

「開始が遅れてしまって申し訳ありませんでした。
 それでは、オペレーターの職業立ち上げについての提案を始めさせていただきます。
 まずは、こちらをご覧下さい。」

パッと映し出される表やグラフ。
どうやら、現在オペレーターを専門として働いている人員の数や、
業種別の割合などを示しているらしい。

「現在の我が国の職業アイドレスのほとんどは、オペレート可能職です。
 オペレートが可能なことが普遍的であるため、逆にそれを専門としている方は非常に少なく、
 ごく少数の優秀な専任オペレーターで、他の業務を兼任する大多数のオペレーターを統括する、
 という業務形態が現状主流になっています。」

説明をしながら、パッ、パッと映像が切り替わる。
専任オペレーターの数は軍内に最も多く、次いで民間の航空系に多い。
しかし割合で見ると、他の業種と同等か少し多いか、という程度のようだ。

「専任オペレーターの方は既にかなりのプロフェッショナルです。
 新職業の立ち上げに招致するなら、この方々でしょう。
 が、そういった方は当然、業務上重要なポストであることがほとんどです。
 新職業の立ち上げに携わっていただくために引き抜くことは、得策ではないと考えます。」
「では、一からの人材育成を?」
「はい、それが望ましいと考えています。」

問いかけへの答えに、溜息のようなざわめきが起こる。
会議室を見渡して、ゆっくりと頷く愛佳。

「もちろん、ただ1からとなれば、現実的とは言えない莫大なコストが発生します。
 適性ある人員――それもただの適性ではなく、プロフェッショナルになりうるほどの人員は、
 選出だけでもかなりの期間を要するでしょう。
 加えて、その育成のためにはさらに時間を要しますし、
 実戦に匹敵するような大規模訓練も行わなければなりません。
 これらのコストを、最小限にとどめることが必須になります。」

映像が切り替わる。
映し出されたのは、美少女である。また切り替わる。今度は美少年。
次々と、端正な顔立ちの男女が映し出されていく。

「ご覧いただいているのは、アイドルの卵たちです。
 国内の芸能事務所から、売り出し前の方々の写真を借りてきました。
 私は、彼ら・彼女らを、オペレーターとして育成することを提案します。」

どよめく場内。
想定通りのリアクションだったのか、怯むこともなくにっこり微笑んで、愛佳が続ける。

「オペレーターとしての適性・・・パラメーターで言うと外見と感覚ですが、
 そのうちのひとつである外見を、彼らは既に高水準でクリアしています。
 アイドルにもなれる素質を持つ彼らなら、その魅力は申し分ありません。
 この中から人材を選出すれば、手間は単純に見積もって半分になります。」 
「ちょっと待ってほしいにゃ。」

収まらないざわめきの中、ハニーが手を上げた。
どうぞ、と手で促がす愛佳。

「それは確かに効率的かもしれないけど、彼らの夢はどうなるんだにゃ。
 アイドルを目指してる子に、違う仕事をやれっていうのはちょっとどうかと思うにゃ。」
「ええ、その通りですハニー様。その通りですわ!」

唱えられた異議に、愛佳が満面の笑みを返す。
なんだかすごく嬉しそうな様子に、得心が行かず訝しがるハニー。

「ど、どういうことかにゃ?」
「彼らは、アイドルになりたい。大切なのはそこなんです。
 アイドル級の魅力を持つ人材が必要なら、
 アイドルになりたい人から探すのが一番早い。
 それ以外の人から探すのは、とっても大変です。
 けれどきっと、その夢を曲げてほしいと説得するのは、もっと難しい。」
「その通りだにゃ。」
「だったら。
 アイドルになりたい、という彼らの夢を変えるのではなく、
 職業の方を変えればいいんです。」
「え、えーと?」
「つまり、アイドルになりたい方たちが目指したくなるような、
 そんなオペレーターにすればいいんです。
 どうせ一から立ち上げるんですから、
 既存のオペレーター像にとらわれる必要はありません。」
「そ、そんなのできるのかにゃ?」
「できます。
 鍵になるのは、これです。」

映像が消える。
しばしの暗闇の中、かすかに聞こえてくる音楽。少しずつ大きくなってくる。
やがてはっきりと、あれこれなんか聞いたことあるぞ、とみんなが認識し始めた時、
でかでかと「STAR FIGHTER」のタイトルが映し出された。

「スター・・・ファイター・・・?」
「そうです。」

ハニー1人から会議室全体へ向き直って、愛佳が続ける。

「ご存知の方も多いと思います。少し前に流行したゲーム、スターファイターです。
 これが私の提案させていただくプロジェクトの、最も重要な要素になります。」

手元の筐体を操って、ゲームをスタートさせる。
映し出される3Dの宇宙戦画面。中央に、自機となる光剣を持ったロボット。

「プレイしたことのある方ならご存知だと思いますが、このゲーム、非常にマニアックです。
 操作難易は実際のそれに近く、戦闘の流れも、かなりリアルに作られています。」

さらにコントローラーを動かす。メニュー画面。マップ切り替え、母艦視点モード。

「カメラは、自機周辺のみ。指揮官モードでも自軍機のごく周辺のみしか見ることができません。
 他のゲームでよくある全体俯瞰マップがないので、
 戦闘全体の把握は、オペレーターの情報頼りになります。」

ぴこん、とかわいい音がして、猫耳アバターの美少女が映し出される。
ロッテム、という名札をつけたあたりにカーソルを動かすと、
『現在、全軍待機中です』『ミッションを選択して下さい』と吹き出しが出た。

「オペレーターを務めるNPCです。
 プレイヤーの相棒のようなポジションで、ゲーム開始時に1人選択できます。
 このオペレーターNPCは、愛くるしいデザインと人間味あふれるキャラクターで、
 シリーズを通して大変人気がありました。
 通信機能を使って複数人プレイをする時などは、オペレーターを1人にしなくてはならないため、
 どの子を使うかでけんかになった、という話もよく聞きます。」

何人かがうんうんと頷いているのを見て、くすっと笑う愛佳。

「お心当たりの方もいらっしゃるようですね。
 今日ここにおられる方は、情報系や空軍の方がほとんどなので、
 このゲームがお好きだった方、多いと思います。
 これからお話しすることは、まだできるだけオフレコにして下さいね・・・
 ・・・実は。今度、このゲームがオンラインゲームとしてリリースされることになったんです。」

おおおっというどよめき。ガタッと腰を浮かす者までいる。

「従来品でも、友人同士で協力プレイをしたり、対戦をしたり・・・という
 部分的なオンラインプレイは可能でした。
 新タイトルがリリースされなくなって久しいですが、
 今でもネット上で仲間を募って通信プレイを楽しんでいる方もいるくらいです。
 正式にオンラインゲームとして稼動すれば、おそらく大規模なユーザー獲得が期待できます。
 つまり。
 オンライン上ではありますが、リアルタイムに大人数を動員して、
 きわめて本格的な仮想宇宙戦をすることも可能になるんです。」
「あっ。
 そうか、これ使えれば・・・!」
「そうなんです。」

目を輝かせるハニーと視線をあわせて、にこっと笑う愛佳。嬉しそうに頷く。

「このゲームの戦闘を実際にオペレートすることができれば、
 それはかなり有益で大規模な訓練になるはずです。
 しかも、スターファイターでオペレーターといえば、マスコット的存在。アイドルです。
 話題のオンラインゲームに登場する、アイドル的なオペレーター・・・
 やってみたい、と思うアイドルの卵も多いのではないでしょうか。」

おおおー、というどよめきが再び起こる。今度は感嘆のどよめきだ。
にこっと笑って、画面を切り替える愛佳。トトン、とキーボードを叩く。
『Calling...』が何度か点滅したあと、いかつい男性の姿が映し出された。
背後にぼんやりと見える室内には、本やゲームソフトなどがうずたかく積まれている。

「お待たせしました。」
『おう、待ったぜ。』

にやっ、と笑ういかつい男性。手には食べかけのハンバーガー。
口元の無精ひげについたマヨネーズソースを、乱雑に指でぬぐって、舐めた。

「皆様ご紹介します。スターファイターの開発者、ウヅキさんです。」
『どうも。開発者です。』
「実は既に、ご協力の承諾をいただいています。」
『もちろん。やるっつうなら、うちは乗りますよ。
 実際のアイドルが登場、となれば話題にもなる。
 ちょうど今回のオペレーターどうしようかと難儀してたとこだったし、渡りに船だ。』
「じゃあウヅキさん、
 すいませんが、システムについて少し詳しくお願いしますね?」
『おう。じゃあ、ちょっとかいつまんで説明を。
 スターファイター・オンライン――まあ、まだ仮称ですが、
 これは基本MORPG、ちゅう形で動かしてく予定です。
 つまり、みんなが一回ロビーみたいなとこに集まって、そこから小グループでミッションに・・・・・・』

映像通話画面の向こうで、ウヅキの説明がはじまる。
操作性の難易度が売りのゲームではあるが、オンライン版では新規ユーザーの獲得のために、
低難易モード(ただしレベルの上限が低い)も設ける予定らしい。
仕事半分趣味半分で、熱心に耳を傾ける場内。
不意に、説明を静かに聞いていたむつきが、あっ、と小さな声を上げた。

「(思い出した・・・!
 そうか、どこかで見たことあるって思ったら!)」
「(ご存知なんですか?)」

椅子を動かして顔を寄せる蝶子。声を潜めて、ひそひそと話す。

「(はい、直接知り合い、ってわけじゃないんですけど。
  スターファイターの職業立ち上げが決まる直前くらいに、
  空軍でパイロット訓練してた軍属ハッカーの方の1人だと思います。
  途中から抜けちゃったんですけど、そうかー。あの人が開発者だったんですね。)」
「(元軍属!なるほどー、だからあの本格志向。納得。)」
「(しかし愛佳ちゃん、どうやってあの人に話し通したんでしょうね。しかもなんか親しげだし。)」
「(軍にいたとき知り合ったとか?)」
「(いや、ニャゴッターで知り合ったらしいですよ。)」

さりげなくひそひそ話に入ってきたのは、猫耳をつけた青年、楠瀬藍である。
キャスターつきの椅子を音もなく操って席を寄せると、
整った顔立ちによく似合う眼鏡を、もっともらしくくいっと上げた。

「(じにあ情報です。資料作りを手伝った時に聞いたらしく。)」
「(へえ、じにあちゃんが。)」
「(そうですかなるほど、じにあちゃんが。)」
「(そうなんですじにあが・・・て、ちょ、そこ?!まずそこなの?!)」

ニヤニヤ笑いを返されて、あわあわする楠瀬。ほんのり耳が赤い。
美人猫士・じにあと長く共に暮らす彼は、それゆえ猫士事情に詳しいのだが、
ツンデレに振り回されつつ包み込むようなその睦まじさは折紙つきに微笑ましく、
こうした折々に、その仲良しぶりをつつかれるのであった。

「(しかし、ニャゴッターですか。すごいですね。)」
「(さ、最初は開発者だとは知らずに知り合いになったそうデス。)」

小さくコホン、と咳払いする楠瀬。気を取り直すように眼鏡を直す。
ちなみに、ニャゴッターとは短文の呟きをリアルタイムに共有できるネットワークサービスで、
まあぶっちゃけて言ってしまえばツイッ○ーのようなものである。

「(愛佳ちゃん、本名でアカウント取ってるし、なんだかんだ有名人なんで。
  先にフォローしたのはウヅキさんの方らしいです。
  何度かやりとりして仲良くなった頃に、
  実は・・・という感じで素性を教えてもらったみたいですよ。)」
「(楠瀬さん、詳しいですね!)」
「(はは、実は統計取るのとか、俺も手伝わされたんで・・・。 
  スターファイター・オンラインの話とかも結構前に詳しく教えてもらってたんで、
  もう話したくて話したくてうずうずしてました。)」

小さく笑って、前に目をやる楠瀬。
ウヅキの説明はちょうど佳境に入った所である。

『・・・・・・で、
 そんな感じで基本は47の都道府県軍に属して、
 それぞれのロビーに集まって遊ぶわけです。
 レベル上がれば他県のロビーにも行けるようになる予定だけど、まあこれは割愛。
 なんでオペレーターについては、普段はNPCで、
 大規模イベントの時はリアルオペレーター・・・と考えてます。
 欲を言えば、普段のオペレートNPCのモデルにもなってほしいんだが・・・
 まあこれも後で交渉させてもらえればと思います。
 で。
 肝心の大規模イベントについて、問題がひとつ。
 想定される規模でユーザーを動員すると、
 どう頑張っても人間の処理限界を超えるだろう、てことで。
 さすがにそれを補助するプログラムまでは、こっちでは用意ができんのです。』

一度言葉を切って、な、愛佳ちゃん、と小さく声をかけるウヅキ。
愛佳が通話映像に向かって頷いて、場内へと向き直る。

「そうなんです。
 それについて、もちろん要検討ではあるのですが・・・・・・
 LAMPを使わせてもらうことで解決できないかと考えています。」

少しためらうように言葉を切って、しかし強くはっきりと後に続けられた言葉に、
それまで清聴していた場内が、再びざわめいた。

LAMP――
それはこの国の電子妖精の開発コードであり、
今では電子妖精そのものを指して使われる言葉である。
バッジシステムの運用・防衛サポートのために開発されたこの妖精は、
本国バッジシステム、及び第2バッジ・通称ブイヤベースにのみ配備された
門外不出のプログラムであり、この国の最も重要な機密事項の一つであった。

「もちろん、LAMPの機密性については承知しています。
 ですがオペレーターの育成においても、電子妖精の扱いは必修であるはずです。
 LAMPがゲームの処理に加わるのは大規模イベント時のみ・オペレートに必要な部分のみに限定し、
 プログラムはゲーム用にダウングレードしたものを使用、バッジとのリンクは遮断。
 またもちろん、LAMPの使用については極秘事項とします。」
『元軍属なんで、その辺は多少なりわきまえてるつもりです。
 うちのスタッフについても、イベント対応時は
 腕と素性が確かなやつだけでやらせてもらいます。』
「電子妖精自身の防御力に加えて、できれば軍属ハッカー部の協力もいただき、
 クラッキング等の脅威を最小限に防げればと考えているのですが・・・。」

この国の気風として、保守的な思考をする者は多い。
LAMPを持ち出す、しかも、オペレーターをアイドルにするという
突飛とも言える案を、はたして受け入れてもらえるかどうか・・・。
わずかな不安を抱えながら、しかしそれを跳ね除けるように、愛佳はにっこりと微笑んだ。

「前向きな検討の価値あり、とご判断いただけるのでしたら、
 明日からでも具体的な試案や調整を始めさせていただきます。
 いかがでしょうか?」








最終更新:2014年03月20日 02:21
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