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「・・・ああ~~緊張したぁ~・・・・・・。」

会議終了後。
人のいなくなった会議室を片付ける2匹と1人。
椅子の並びを丁寧に整えながら、愛佳が深く溜息をついてひとりごちた。

「にゃしし、愛佳は意外と気が弱い所があるからにゃー。」
「そっ、そんなことありませんわ!」
「にゃししし、図星だにゃ。赤くなってかわいいにゃー。」

なっ、と言葉にならない声をあげる愛佳。
明るく強気で怖いもの無しに見えるその実、人の声や評価を人一倍気にしやすいきらいのあるこの娘猫士は、
人が完璧に隠しているはずの弱味をあけすけに指摘して、あまつさえ笑ってしまえるこの王猫の図々しいほどの素直さに、実の所、相当、参っていた。
否応無しに熱の集まる頬。隠すように、思わず手で押さえる。
かわいい、とか、簡単に言わないでほしい、と思う愛佳。
形のいい唇を強がりに尖らせて、ツンとすました声を出した。

「ご冗談はおよし下さい。
 気が弱い、だなんて、マーブルさんあたりに聞かれたら爆笑されてしまいますわ。」
「そうかにゃー?」
「そうですっ。」

ぷいっとそっぽを向く愛佳を、不思議そうに見つめるハニー。

「別に悪いことじゃにゃいんだから、そんなに恥ずかしがらなくても。
 愛佳は意外と気が弱い、けど、その分気配りがすごく上手だにゃ。 
 すごく仲良しの人以外には言葉遣いも丁寧だし、優しいし、
 みんなを楽しませるためにいつも一生懸命だし・・・あっ、あと、頭もすごくいいにゃ!
 昔はすごく仲良かったんだから、マーブルだってそのくらいわかってるはずだにゃ。」

うんうんと自分の言葉に頷くハニーに、今度は手では隠しきれないくらい真っ赤になる愛佳。
ストレートに褒めちぎられたり、自分でも忘れかけていた昔の話を持ち出されたりで、恥ずかしさ爆発である。
脳裏に蘇る、今よりもっともっと若く、幼かった頃の自分。
まだ本来の毛並みと同じミルキィホワイトの髪をして、おてんばで、同じ年頃の友達のマーブル「ちゃん」が大好きで。
斜に構えて、外面を整えるのに夢中で、ハニー様のことも、玉の輿に乗るための相手としか思ってなくて・・・。
なんだか色々と思い出してしまって、いたたまれなさが限界突破しそうな愛佳。もはや軽いパニックである。
か、からかわないで下さいまし。と、蚊の鳴くような声で抗議をするのが精一杯であった。

「からかってないにゃ!
 愛佳は可愛いし賢いしほんとにすごいにゃ!
 自信持っていい、僕が保証するにゃ!」

ハニー、追い討ち。
ぁぅ、と小さく声を漏らす愛佳。つうこんのいちげき。撃沈である。
真っ赤になってうつむいて、普段の彼女からは想像できない位小さくなってしまったのをさすがに不憫に思い、
いやー青春だわー可愛いわーと少し離れて見物、もとい見守っていた蝶子は、助け舟を出すことにした。
ホワイトボードを寄せるふりをして、力説を続けるハニーと愛佳の間にさりげなく割って入る。
まったく、ハニーはこういうところが駄目ね。愛佳ちゃんとマーブルが喧嘩ばっかりするようになったの、誰のせいだと思ってるのかしら。

「愛佳ちゃーん、今日はお疲れ様でした。
 プレゼン、はじめてなのにすごくよくできてましたねー。」
「いっ、いえ、そんな!」

頬を染めたまま、話題が変わったことにあからさまにホッとする愛佳。
大げさに手を振って、にこっといつもの彼女らしく微笑んだ。

「協力してくれた皆さんのおかげです。
 資料作りは、じにあさんと楠瀬さんがほとんどやってくれましたし。
 私は、もともと知り合いだったウヅキさんに話を持ちかけたくらいで、特に何も。
 あとは、あの場にいた皆さんのご勇断ですわ。」

微笑みながら、先刻まで拍手に包まれていた会議室を見渡す。
愛佳による提案は、賛成多数で承認されていた。

「LAMPの使用の部分で、もっと反対があるかとも思ったんですが・・・
 ウヅキさんが直接出てくれたおかげで助かりました。何人かお知り合いもいたみたいだし。」
「あ、そうみたいですね。」
「ええ、あの人ああ見えてかなりしっかりしてますし、義理堅い所もあるので。
 人材の面でも安全対策は万全に詰める必要がありますが、
 彼なら信用できる、と判断されたんでしょうね。」
「まあ、確かにそれもあるでしょうけど・・・。」
「一番はコスト面の解決だろうにゃー。」
「ですよねえ。アイディア勝ち。」

ゲームを使って、アイドルをオペレーターのプロフェッショナルとして育てる・・・と言うか、オペレーターをアイドル化する。
まごうことなく、奇策である。
が、この国の現状を鑑みれば、なるほど真っ当に人材育成を行うことに比べてはるかに効率的であり、現実的であった。

「もちろん、安全対策は充分以上に対策を重ねるとしても。
 人材どうしよう、の段階で止まってて実現が怪しいくらいだったのに、
 それを一気に片付けられて、取り組むべき問題も具体的にできた。
 すごいことです。」
「僕もそう思うにゃ。
 ほんと、よく思いついたにゃー。」

えへ、と笑う愛佳。
照れくささを隠すようにもじもじと髪を整えながら、少しもったいぶって口を開く。

「実は、ですね。
 もともとウヅキさんに、スターファイター・オンラインの
 オペレーターNPCとして出てくれないか、って言われてたんです。」
「えっ!ほんとですか?!」
「はい。だけどもちろん私も一応あの、公務員ですし、お断りしてたんです。
 でも、オペレーターNPCは外せない人気要素だし、目玉になるものがほしい、ということで、
 なかなか引き下がってくださらなくて。
 できれば猫士みんな出演してほしいけど、無理なら愛佳ちゃんだけでも是非に、と・・・。」
「そんなオファーが・・・まあ、僕ら人気者だからにゃあ。」
「そうなんです。」

平然と自画自賛する猫2匹。
ここに他の猫士がいれば、自分で言うなとツッコミや謙遜が入るのであろうが、
あいにくここにいるのはハニーと愛佳である。
つっこむべきかどうか迷って、まあスターファイターのオペレーターといえば猫耳ですしね、
と蝶子は無難な相槌を打った。

「正直、私個人としてはやぶさかではなかったりもしたんですけど。
 公僕の身ですし、どうしたものかしら、と思っていたときにハニー様からオペレーターのことを聞いて。
 ピンとひらめいたと言うか、結びついたのですわ。」
「にゃるほど!」
「ふふ、さすがに大胆が過ぎる策かしらと思ったんですけど。」
「それを通しちゃうんですから、たいしたものです。」

ありがとうございます、と愛佳がはにかむ。
愛らしい、という言葉を体現したような様子を見て、
ウヅキさんが愛佳ちゃんに出てほしかった気持ちがわかりますね、とつぶやく蝶子。
それを聞いて、愛佳がいたずらっぽく笑う。

「ええ。ウヅキさんの希望にも応えられそうで、本当によかったですわ。
 これで猫士全員、アイドルとしてゲームに出演する大義名分もできましたし。」
「えっ。」
「もちろんフィクショノートのみなさんもですわよ。
 同じように訓練する必要がありますもの。
 新しい職業のアイドレス、着られないと困りますものね?」
「えっ。」
「みんなで目指せ、トップアイドル!!ですわ!」

にっこりと笑う愛佳。確信犯の目である。
一瞬固まって、ゆっくりと目を合わせるハニーと蝶子。
視線で会話する。ヤバい、愛佳ちゃん、目がマジだ。

「え、えーと・・・オペレートの訓練はもちろん頑張るけど・・・
 別に私たちはアイドルやらなくても、いいよね?」
「いいえ、それはなりませんわ。
 候補のみなさんは、あくまでアイドルとしてオペレーターのオーディションを受けて下さるんです。
 我々だけ特別扱いでオペレート業のみ、というのはいかがなものかと。」
「愛佳、その、にゃんだ、確かに僕はとってもかわいいけど、
 別にアイドルとかにはならなくてもいいかにゃー、なんて・・・。」
「何をおっしゃるんです!
 ハニー様でしたらきっとアイドルも立派にこなせますわ!」

まずい、このままでは押し切られる。
蝶子とハニー、アイコンタクト。ほぼ同時に身を翻すと、素早く荷物を取って一目散に逃げ出した。
息のあった逃走劇に、1人残された会議室で呆然とする愛佳。
が、伊達に年がら年中ハニーを追い掛け回しているわけではない。
きっかり5秒後にはクラウチングスタートの体勢を取って、全力ダッシュで追跡を開始する。

既に二人の姿は見えない。でも蝶子さんはゲーム機他の機器を持っているから、まずはそれを置こうとするはず。となれば私室か、視聴覚室か。どちらにしろ、左に曲がったと見て間違いない。

「お待ちくださいませ!話はまだ終わってませんわよー!!」

叫ぶ声と、にぎやかな足音が遠ざかっていく。
静かになる会議室。


この日、実現に向けてスタートした新しい職業――アイドルオペレーターは、
万全を重ねた安全対策に守られながら、無事スターファイター・オンラインでデビュー。大好評を博すことになる。
その人気はゲームファンの間のみに留まらず、
各都道府県陣営で一番人気のオペレーターをメンバーとする、「岐阜愛佳」を含むユニット、
「IOP47」が国民的アイドルとして成長していくのだが・・・それはまだもう少し、先のお話。


中途半端に終わった片付けのせいで、今日もいつも通り雑然としている会議室。
場違いに正しくお城っぽいステンドグラスの窓が、今日も室内を優しい光で照らしている。
まるで今日の集いが豊かに実ることを促すように、いつも通りに。


(おわり)


最終更新:2014年02月17日 22:20
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