食糧増産の様子です

(絵:砂浜ミサゴ)
食糧増産のために整備されたナツメヤシ園。オアシスから水路が引かれている。

*オアシスの果樹園 設定文章

「西の都」を中心としたレンジャー連邦西部では、昔から農業が盛んであった。
西の都は街よりも広い面積を持つオアシスに面した、レンジャー連邦西部最大の街である。
都に置かれた大学では農業と地質学の研究が盛んであり、その研究成果は西部の農業の発展に寄与している。

レンジャー連邦における農業の中心は穀物と野菜である。観光地でもあるレンジャー連邦のオアシスでは草花や果物は観賞用として使われており、それらは少数の農家が観光客のために細々と栽培していた。

だがしかし、レンジャー連邦にある果物全てが観光用というわけでは、もちろん無い。
オアシスの周囲にはナツメヤシがぽつぽつと自生しており、子供達がよじ登って遊んだり、付近の住民たちが食用としてナツメヤシの実を持って帰ったりしていた。

そして、戦争に備えて国家を挙げての食糧増産計画を進めるにあたって注目されたのが、このナツメヤシである。
西の都の大学の研究チーム(チーム名:藩王様に愛の果物を!)の面々は、幼い頃からナツメヤシの木で遊び、その実を食べて大きくなった生粋のナツメヤシっ子であった。
彼らはナツメヤシを心から愛しており、様々な角度からこの果物を検証し愛でて食べ続けた。
そして、レンジャー連邦では食糧としてあまり注目されていなかったこの果物が、実は糖分やミネラル、繊維やビタミンが豊富でありカロリーも高く、食糧として非常に優秀である! という主旨の報告書を連邦政府に提出したのであった。
また、自生している事からもわかるように、この果物はレンジャー連邦の気候に合っており栽培が比較的容易である、という特徴があった。

この報告を受けた連邦政府は、食糧増産計画の1つとしてナツメヤシの栽培を行うことを決定。
そこで連邦政府は西の都に面したオアシス付近で、まだ農地や観光地として使われていなかった土地を新たにナツメヤシの果樹園として用いることにして、広く国民に呼びかけ農家を募った。

藩王様の「みんな! 食糧増産の鍵は果物よ! フルーツよ! 愛よ!」という台詞に導かれ――果物とフルーツって同じじゃん、とか、愛は喰えないヨ、とかいうツッコミも少々あったが――果樹園を作るための人員はさほど時間をかけることもなく集まった。

これはもちろん藩王直々の愛あるお言葉の効果もあったが、この時期、国民が増えてきたことも影響している。
果樹園ができることにより自然のままの風景がなくなることに市民からの若干の反発はあったが、その反発以上に、労働人口の増加に対応した新たな働き場所が求められていたのである。
かくて、藩王への萌えと溢れる労働意欲と藩国への愛の3つを完備した国民達によって、大規模なナツメヤシ果樹園の作成が始まった。

さて、果樹園を作るのは良いものの、各農家が勝手気ままに作れば問題が起きるに決まっている。
そこで計画的・効率的に果樹園造りを進めるため、技族にして摂政・砂浜ミサゴが陣頭指揮を執る事になった。
摂政が直々に指揮を執っていることからも藩国の食糧増産に賭ける熱意がわかろうというものである。

彼女は大学の研究者たちと幾度にも渡る綿密な打ち合わせをし、詳細な計画を立て、完成予想図を描き、国民一人一人に丁寧な説明をして回った。その努力は涙ぐましいを通り越して既に聖人もかくやという域に達していた。

なお、彼女の副官をやっていたアスカロンが「何故そこまで頑張るのですか?」と聞いたところ
彼女は「これが藩王様への、私の愛の証明です!」と答えたという。
まこと、忠臣の鑑と言うべき人物であろう。決して百合の花が背景に咲くような怪しい意味ではないので、誤解の無いようお願いしたい。

ともあれ、摂政の奮闘と国民の頑張りもあって、西の都にレンジャー連邦最大の果樹園が完成した。
各農家に計画的に割り当てられた土地に、整然と並べられたナツメヤシの木々。
力強さと雄大さを感じさせるその果樹園の名は「蝶子様と私とナツメヤシの愛の園」!
おお、なんたるネーミングセンスの無さよ! しかも意味わからんし!

命名者であるミサゴ嬢は、後にこの名前について問われたとき、こう語ったという。
「いやだって眠かったし」
ご苦労様であった。しかし、まだ苦労の時間は終わっていなかった。ここがUターン地点だったのだ。

果樹園完成の報告のため藩王様のもとへ戻った摂政が見たものは、
「オレンジ食べたい!!オレンジ!!」と駄々をこねる藩王様のお姿であった!
これがまた、激烈に可愛い駄々のこね方であった。甘え上手であった。
人の心の間隙を突くことに長けていた。つまり一言で言って、萌えた。

というわけで、摂政の次なるミッションはオレンジ果樹園造りであった。

これはもちろん藩王のお願いを叶えるためだけのミッションではない。
現実問題として、ナツメヤシの果樹園だけでは食糧増産計画を達成するには不足であったのだ。
ナツメヤシの果樹園をさらに広げるという選択肢もあったが、単一の果物に頼ることは、何かの理由でそれがダメになったときに取り返しがつかないことも意味する。
また、オレンジの栽培については以前より西の都の研究チーム(チーム名:オレンジ畑で捕まえて)が執念深く研究を続けており、既に栽培可能な段階まで研究を進めていた。

聡明なる摂政はそこまで考慮した上で新たな果樹園の造園に踏み切ったのだ。

かくて、ナツメヤシ果樹園から少し距離を置いた場所に、新たにオレンジの果樹園が作られた。
こちらも藩王様直々のお達しということで農家の集まりも良く、順調に完成に向かっている。
またナツメヤシ果樹園もさらなる拡大が推し進められており、レンジャー連邦の食糧増産体制は着実に整いつつある。

さらに将来の事を見越して、東部と南部のオアシスでも果樹園を作る計画が立ち上がっている。
こちらはまだ計画・実験段階であるが、将来的に東部・南部にも果樹園が作られることになれば、レンジャー連邦の農業はさらなる発展を見せることになるだろう。

(2418文字 文章:アスカロン)

(絵:双樹真)
レンジャー連邦の所有する新型船舶。網巻き機つき。

*漁業

「・・・・・きた・・・・・・!!」

長年コンビを組むオートン爺が短く叫んだ。

―あいつの声は低いくせに良く通るよなぁ・・・・・。

「・・・・急げ・・・・・!!」

―分かってるって。俺を誰だと思ってんのよ・・・?

「俺様は漁の天才!ブッカ―だぜ!!!」

やれやれ、と首を振るオートン爺を尻目に、彼は一気に手に持った竿を巻き始めた。
今の今まで、竿を自堕落に肩にかけて寝ていた男とは思えないほどその手つきは鋭い。竿の先にかかった大物の動きを確実に先読みし、竿と糸にかかる圧力を最小限に殺している。
「・・・・・っふ・・・・・・」
一瞬、ブッカーが声にならない声を上げ、船上の雰囲気が一気に緊張感を増した。
今まで飲み込んだ糸を外すため横に走り回っていた獲物―大型の回遊魚―が、その体重と筋肉の限りを尽くして潜水を開始したのだ。

「・・・ビショフ!モリだ!!」
「了解!!」

オートン爺の鋭い言葉に反応し、大学の水産科卒のビショフがすかさずモリを打ち込み獲物の動きを抑えるべく、その照準を合わせた。
が、それが飛び出るより早く、ブッカーの怒号が飛んだ。

「打つんじゃねぇ!これは決闘だ!!」

顔を真っ赤にしたその顔は赤鬼のようでもあるが、キラキラと輝く瞳と自然にわきあがってくる笑顔が、まるで何度も何度も逆上がりに挑戦する子供のようでひどく魅力的だった。

「・・・・出るぞ、ビショフ。よく見とけ・・・」

左右に激しく揺れていた竿が、今はときおり小刻みに縦に振られている。
一見釣りにおける基本の動き、なんでもない動きに見えるがその奥の深さはそこが知れない。彼は、獲物が動き出す瞬間を狙って竿を縦に動かし、獲物の出鼻を挫くことでその体力を奪い、さらに移動距離を短くして糸の消耗を極力減らしているのだ。
一瞬間違えれば糸を切られてしまうこの作業を、彼は全身全霊をかけて行っていた。
それはありとあらゆる経験と、経験に裏づけされた勘。そして圧倒的な才能と、戦う相手への敬意がなければ出来ぬ芸当であった。
やがて、ゆっくりと銀色の物体が水面に姿を現した。


北の都は藩国最大の都である。
交易港、漁港、職人街、そして藩国最大の歓楽街と、様々な顔を持つこの街は、一日中活気に満ちた藩国経済の中心地でもある。

「聞いたぜ兄弟!また今期の最高重量記録を塗り替えたんだって!?」

漁とセリを終えた3人は歓楽街にある漁師仲間行きつけの酒場で心を癒していた。店は今日も荒くれ漁師で満席である。
と、そこに騒々しい店内でも一際存在感を放つ大男が入ってきた。

「いやぁ、かなわねぇなぁお前には!がはははは!!」
「よっしゃ!ナッシュ!!今夜は俺のおごりだー!!ノメノメー!!」

金使いの荒いブッカーと、同じく一本釣り派のナッシュは昔から気があう親友である。どちらかが大物を釣り上げればこうしてバカ騒ぎに明け暮れるのが常であったが、今夜は事情が違った。

「・・・???? どうしたナッシュ?」
「いやと、いつもみてえにグイグイいきたいところなんだが・・・・。」

いつもと違うナッシュの態度に、横で相伴していたビショフ、向いでチビチビと飲んでいたオートンまでもが顔をあげ、何事かとナッシュを見つめる。

「・・・・実は、今日もヤツがでたんだ・・・」
「なに!?・・・・・・やられたのか・・・・?」
「あぁ・・・・3艘やられた。乗ってたやつらは全員・・・・。」

クソ!!っとブッカーが机を叩いた。

実は北の都の漁業界は今、重大な問題に直面している。
連邦では捕鯨も行われている。とはいえ、連邦近海の鯨はどれも小型(3~5M)であり、船を転覆させたり海を荒らしたりといった行為を働くようなものではない。

だが、一匹だけ例外がいた。

その鯨は突然変異か大型の鯨並みの体格を持ち、その体長は優に20Mを超える。普段プランクトンを主食としている鯨の常識を超え、大型の魚を喰らう怪物とかしていた。
無論、怪物にとっては人間とて例外ではない。やつが現われてからというもの、連邦水産業は甚大な打撃を受け、貿易船すら襲われるようになってしまった。
食料の増産指令を受けた国はようやくこの怪物の本格的な討伐に乗り出すことを決意。懸賞金を賭けハンターを募ったが、この狡猾な怪物は強い相手と見ると戦わず、全く効果は上がっていなかった。

「今日は、どこの海域に現われたんですか?」
「・・・・ちょうどお前らとは逆のポイントだ。」

ビショフの問いに暗い表情でナッシュが答え、さらにブッカーの顔が曇った。
ブッカーたちは、未だこの怪物と対峙したことがない。それは神の思し召しか、はたまた単なるめぐり合いか。
4人の周りにはいつしか店中の仲間達が集まってきたが、一様に下を向き口をつぐんでいた。

場を重苦しい沈黙が支配し、やがてブッカーが口を開いた。

「・・・・俺達がやるしかない。」

みんながブッカーの顔を見た。

「俺達がやるしかないんだ。俺達はこの海で生まれ、この海に育ててもらったようなもんだ。国のお達しだからとかじゃない。俺達が生きるためにも、この海のためにも、今、俺達が立ち上がらなきゃいけないんだ!!」

ナッシュが立ち上がった。

「そうだ!俺達の海だ!!俺達が守らなくてどうするんだ!!」

「そうだ!」「そうだ!!」・・・・・・・・。

店を熱情が駆け巡った。
海の男たちは団結し、怪物に戦いを挑むことを決意したのである。


翌日から作戦が展開された。
各漁船は必ず連絡のとりあえる距離で航行し、怪物を見つけたらすぐさま港で待機しているブッカーの船に連絡を入れる。
怪物を発見した海域には大型の漁船が急行し、距離を縮め戦いを避けるであろう怪物をブッカー、ナッシュ、そしてもう一人熟練の一本釣り漁師が待ち受ける海域に追い込み、勝負を仕掛けるのである。

連邦水産業の命運をかけたこの作戦は、しかし、当初から苦戦を強いられた。
異常な危機察知能力を持つこの怪物は、漁師達の通常とは違う動きをみて警戒し、全く姿を見せなくなったのである。
事態は持久戦の様相をていし始めた。ブッカーたちはじりじりと時を待った。
そして、10日目。ついに、その時が来た。

港から北西部の海域に出ていた漁船郡から連絡が入った。
怪物はついに根競べに負け、その巨大な姿を現したのである。
すぐさま現場に大型の漁船が急行。漁船群が流した撒き餌に夢中だった怪物の周りを取り囲むと、網を一杯に流し港のほうへといざなった。
怪物はこの動きを警戒し、網の途切れている方へと移動。そして、いよいよブッカー達との対決となった。

「くそ!!こっちもラスト一本だ!!」

隣の船からナッシュの叫びが聞こえてきた。
最後の戦いにブッカーたちは3艘の船、そして一艘ごとに3人のベテラン一本釣り師を用意し、計9本の釣り糸を束ねたものを大型回遊魚につけて怪物を狙った。
その作戦は功を奏し、怪物にまんまと9本の特性釣り針を打ち込むことに成功。あとは引き上げるだけのはずだった。だが・・・・。

「ブチン!!」
激しい音を立ててオートン爺の持っていた竿の糸が食いちぎられた。
これで7本目。
ブッカーたちの作戦ミスではない。
ただ、怪物が凄まじすぎただけなのだ。

残るはブッカーとナッシュの竿のみ。
そして。

「ちくしょう!!」

既に死闘を開始してから5時間。怪物にもようやく疲れが見えてきたが、こちらも限界だった。ナッシュの竿が徐々に怪物の横の動きに対応できなくなり、ついに深く沈んだその時、竿ごと持っていかれてしまいあやうくナッシュも連れて行かれるところだった。

「すまねぇブッカー・・・頼む!!」
「ブッカー頑張ってくれ!」
「ブッカー!!」

周りを囲んだ船から次々にブッカーへと言葉がかけられた。ブッカーは常に彼が望むとおり、一対一の決闘となったのである。

ブッカーは、かつてないほど集中していた。
長い年月を海で過ごした漁師は、やがて自分が獲物たちの気持ちが読めるようになるという。
彼は目前で戦いを続ける巨大な鯨と、糸という道具をかいして会話を行っていた。
周りを埋める船は見えず、仲間たちからの歓声も届いていない。
彼の心にあるのは、糸と、其の先にいる鯨だけだった。

やがて、会話の果てに彼は巨大な鯨の心にあるものが見えた気がした。

それは哀しみだった。
彼は好んで巨大になったわけではない。好んで魚を食うのではない。好んで船を襲うのではない。
ただ、生きたかったのである。
自然、ブッカーの頬を涙が伝った。それは何の涙か、彼にも分からなかった。
やがて日が沈むころ、鯨はその巨体をブッカーの船に並べ目を閉じた。

ブッカーと仲間達は鯨を見つめ、静かに涙を流した。
ブッカーの胸には古い戦友を失くしたような、酷く哀しい気持ちが広がった。

巨大鯨の遺体は港に回航されたが、漁師たちの希望により海に流された。
連邦の水産業は再び活気を取り戻し、国は海産物の増産に成功した。
その後、連邦の漁師たちはその日の漁の無事を、鯨の神に祈るようになったという。

(3613文字 文章:青海正輝)

*農業

カツカツカツ・・・・。
西の都、農業大学の廊下を2人の男が歩いていく。

「・・・・・・・楠瀬さん、急に仕事をお願いして申し訳ないです。」
「いやいや、全然いいよ~。」
「・・・・・・・・・・・・。」

青海は朗らかに笑う楠瀬の頬に新たにつけられた引っかき傷を見つけて、戦争が終わったらこの人の良い文士仲間とその親友猫士に他国旅行でもプレゼントせなあかんな、と思った。

やがて、2人は一つの部屋の前に立つと、ノックして中に入った。
集まっていたのは農業大学の教授達である。
礼を交わし席に座り、青海が口を開いた。

「皆様、お忙しい中お集まりいただいたことを。まずは心より感謝いたします。」

青海と楠瀬が西の大学を尋ねた理由は、先に発表された食糧増産計画にあった。
連邦はただでさえ不足気味の食料生産力の全てを振り絞ってこの計画に力をつぎ込んでいたが、経過は芳しくなかった。
そこで、両名は農業の研究なら共和国でも有数の西都大学を訪ね、年に一度集まるかどうかの全学部の主席教授たちに集合してもらい、藩国の農業にまだ開発できるところがないかの助言をもらいに来たのである。

「どうぞ各先生方におかれましては、ご存念を余すことなく、語っていただきたい。」

真剣な顔で話す青海の言葉で会議は始まった。


―2時間後―


会議は煮詰まった。
それもそうである。もともと農業に全く適していない砂漠を少しづつ農地化させていくのが連邦農業の基本なのだ。短期間に劇的変化するようなものではないのである。
新たに進めている果樹栽培計画がかなり軌道にのっているという明るいニュースもあったが、概ね各教授の意見は、連邦は全力を尽くしているということであった。
青海と教授陣に徐々に絶望感が漂い始めたころ、会議室に声が響いた。
「やっぱりおかしい!!」

楠瀬藍は周りを見渡しながらそう言った。
一人ひとり、教授の顔をゆっくりと見渡すと最後に青海の顔を見つめ再び言った。
「青海くん、これは明らかにおかしいよ。」
そのあまりに真剣な表情に教授陣と青海は若干たじろいだ。

「あ、あの~、楠瀬さん、なにがおかしいのでしょうか・・・?」
青海がおそるおそる尋ねると、楠瀬は力強く言った。
「どう数えても一人いないんだよ!!」
「え?」
「青海くん、1時間前から何回も数えなおしてるんだけど、何回数えても学部数と出席されてる教授の方の数が一人あわないんだよ!!」

―1時間あんたはなにを聞いてたんじゃい!!
青海は思わず椅子からずり落ちそうになりながら心のそこから湧き上がってきたツッコミを抑えた。
「え、えぇとぉ、一人欠席のかたがいらっしゃるんですか?」
「い、いや、そうでもないんですが・・・・・その・・・・。」
何気なく聞いたものの教授陣の歯切れ悪い反応に疑いの目を向ける青海に、意を決したように教授の一人が口を開いた。

「その・・・農業化学のエッジ教授が本日はちょっと・・・・。」
「あれー?風邪でも引かれたんですかー?」
容赦なく追求する楠瀬。全く悪気のないのが恐ろしい。
「えぇと、そうではないんですが・・・・。」
青海もなんとなくつっこんでみた。
「どうされたのか、ご説明をいただきたい。」

教授陣は言いにくそうにしていたがやがて口を開いた。
「その、エッジ教授は『そんなよく分からない会合をしている暇はない。私は研究で忙しいのです!!』とおっしゃられて・・・・・。」
そのあんまりな意見にあんぐりと口を開く青海と、まぁしょうがないよねーといった感じの楠瀬であった。

ズン!!
「お!?」 「わゎ!!?」

2人が大学を出てしばらく歩いていると、急に地面に衝撃が走った。
「・・・・・・・・・地震、ですかね?」
「いや、青海くん、あそこを見てごらんよ。」
楠瀬が指差す先には一条の煙と、
「人が倒れてますね・・・・。」
男が大の字になってぶっ倒れていた。
「行ってみよう行ってみよう。」
「あ、ちょ、楠瀬さん・・・・。」
すたすたと歩いていく楠瀬の後を、青海も慌ててついていった。

「おーい、おーい。」
失神している男の頬をバシバシと叩く楠瀬。遅れて追いついた青海は顔をしかめた。
あたり一面ヒドイ匂いである。
「・・・・い・・・い・・・痛いんじゃい!!」
「あ。生きてらっしゃいましたか。」
男のパンチをひらりとかわすも、着地に失敗してこける楠瀬。
頭を抱えながら青海が男に話しかけた。
「急に大きな音がしたので様子を身に来たのです。お怪我はありませんか?」
「ぐぅ・・・・ま、怪我はなさそうだ。すまないな。」
「にしても・・・・・。」
あらためてヒドイ匂いである。
「ここで一体なにを?」
「いやなに、実は新型肥料の開発をしていたのだ。」
「えぇ!?」
思わず叫ぶ青海。
「あれ?もしかしてエッジ教授ですか?」
「お!俺のことを知ってるとは見所があるやつだな!!」
どこかかみ合わない会話を続けようとする2人を遮って青海が喋る。
「えぇと、実は我々は・・・・」

「・・・・・・・なぁんだ、藩都からのお役人ってのはあんたらのことだったのか。」
「えぇ・・・・。」
ボサボサの髪の毛、よれよれで元の色が分からない白衣を身にまとったエッジ教授を前に青海は自己紹介を済ませた。
「で、さっき言ってた新型肥料ってのは?」
「おぉ、そうだった。いや、俺は長年に渡って新型の肥料の研究をしてるんだが・・・、まぁこれを見てくれ。」
そういって教授が指差した先には、
「なんですか、この奇形野菜の群は?」
「ちょ、ちょっと楠瀬さん。」
あまりに正直な感想を炸裂させる楠瀬。

そこには「異常に根っこが盛り上がった野菜」「異常に茎がぶっとくなった野菜」そして「異常に葉っぱがでかい野菜」がごろごろとしていた。

「いや、まさにそうなんだよ。」
楠瀬の感想を聞いて教授は深々とため息を漏らす。
「長年をかけて、それぞれの特色を最大限に出すところまでは来たんだが・・・・それぞれの薬の最高の配分費が全く分からなくてね。ずっとお手上げ状態なんだ。」
「そうだったんですか・・・・。」
意外とまともな研究をしていたことに若干驚く青海。

色々と話を聞いてはみたものの、今は出来ることがなさそうである。
「・・・・それでは、また進展があったらご連絡ください。」
「うむ。ありがとう。」
とりあえず、早く帰ってシャワーを浴びたくなった青海がきびすを返そうとした瞬間。
「ぬぅぉわー。」
青海の横を奇形植物に躓いた楠瀬がヘッドスライディングしていく。
「あぁ!!」
ヘッドスライディングで肥料ダルを破壊する楠瀬。
「お、俺の研究がぁあ!!」
「ぐほ!すごい匂いだ!」
悲劇がさらに度合いを増していく・・・・。

「あれ?なんか物凄いことになってますけど?」
あまりの匂いに目を回していた青海は楠瀬の一言で我に帰った。
肥料ダルの中身が全てぶちまけられた地点に、たまたまあった野草。これが実に強靭な根、茎、葉と生まれ変わったかのようである。
「きょ、教授これは・・・?」
「き、き、き、奇跡だ!!!!」
思わず青海に抱きつく教授。
「ぎゃぁぁぁ・・・・!!」
「楠瀬くんと言ったね!ありがとうありがとう!!!」
泡を吐いて倒れる青海を尻目に、奇跡の配合比を完成させた楠瀬とエッジ教授はガッチリと握手を交わすのであった。

すぐにこの日完成した「エッジ肥料」は国のベスト肥料とされて実践投入される。
化学薬品を極力使わず、動物の糞を中心にしたクリーンな肥料であったため環境にも配慮されており、連邦の農業生産力はさらに増強されることとなった。

(3021文字 文章:青海正輝)

*レンジャー連邦日誌

レンジャー連邦日誌『食糧増産作戦』

/*/

「今度は食糧増産ですって?なんでよ!?」

ここは藩王執務室。
戦時供出金のやりくりに何とか成功し、一息つきかけたレンジャー連邦藩王蝶子は、摂政である砂浜ミサゴの言葉に反駁した。

「いえ、ですから。先ほども申し上げましたように、今回の出兵につき、食料の充実が不可欠です、と。それで、概算で見積もった結果15万tは増産しないとならない計算になります。これは、共和国からの通達とも一致します」
「う、うん。分かった…けど、どうするの? ウチとこは砂漠だよ?これ以上の増産と言ってもー。一日で砂漠は緑化しないんだよ?」
まるで拗ねる子供のように、だがその思いは、真に国民をこそ心配してのものだった。
これまでの動員でも、既に国民に負担を強いているのだ。これ以上の負担を、かけたくない。だが。

「ですが、できないからといって国がお取り潰しになるのもまた、国民に負担をかけることになります。これまで藩国を守り立ててくれた国民が、それで納得してくれますでしょうか?」

「あう…」

痛いところをミサゴに突かれ、口篭もる蝶子。
そこへ。

「藩王様、お茶にしましょう?小奴ちゃんが天領からお土産もって来てくれたのー」

藩王ラブなのんびり屋、浅葱空が執務室の扉を勢いよく開けて入ってきた。

「ミサゴさんも、一息つきませんか?あまり根を詰めても仕方ないですよ」

後ろから、マグノリアもお茶の支度をして入ってきた。

「どうですか、状況は?また、共和国からいろいろ通達があったみたいですが」

出仕を終えたばかりの小奴もやってきた。

「うーん…」
「そうですね。せっかくですから、休憩を入れましょう」
渋る蝶子だったが、珍しく今回はミサゴが休憩を勧めてきた。

「ミサゴちゃん…?」
「今は、みんなでお茶しながら相談しましょ。きっと、いいアイディアが出てきますよ、蝶子ちゃん」

「そうだよ!苦しいときは分け合わないとだよ!」

浅葱が相槌を打つ。

「小奴さん、お砂糖は?」
「マグさんありがとう。うー、今日は疲れてるからひとつちょうだい」

これはマグノリアと小奴。
既にお茶の準備は整っている。

「…よし。じゃ、休憩!ここで作戦考えて、そのあとでみんなに連絡しよう!」

こうして、レンジャー連邦食糧増産計画は開始した。

/*/

「こんにちは!藩王、食糧増産の件ですが。この私のアイディアを生かすチャンスだと思いまして参上仕った次第!」

どさり、と藩王の机上に山のようなレポートが置かれる。

「こ…これは?」

目を丸くする蝶子。
ミサゴも、少なからず驚いているようだ。

「これは、私がこの国を調査して計画していた食糧増産計画です。いやぁ、学生時代からなんとかして農地拡大を図れないかと考えていたものですから」
「へえー、すごいね!アスカロン!」

感動する蝶子。
その脇で、レポートにざっと目を通したミサゴが驚きの声をあげた。

「こ、これは…!アスカロンさん、確かにこの計画はすごいと思います。ですが農家の賛同が得られるかどうか…」
「ああ、大丈夫ですよ摂政殿。その点については抜かりなし!」

と、そこに青海正輝が入ってきた。

「青海さん、それは一体どういうことですか?」
「それはだね…」

ミサゴの問いに、青海が答える。
それによると、どうもアスカロンが学生の時分に、西の都で実験的に実地の研究を進めていたらしい。
もともと農業に対して思い入れの強い西の都
の民たちは、アスカロンの話を積極的に聞いてくれたのだ。

/*/

話はアスカロンの学生時代に戻る。
アスカロンは、大学に協力してくれている農家の方数人を集め、自らの研究を実証すべく協力をしてもらう為の説明会を、村の集会所で開いていた。

「…と言うわけで、この方法が成功した場合、今までの1.5倍…いやむしろ倍の増収が見込めるようになるはずです。もちろん、先にあげたようなリスクはあります」

しん、と静まり返る集会所。
『…私は、本職の農家の方々に対し、えらそうなことを言ってしまったのかもしれない』
プレッシャーに潰されそうなアスカロンだったが、意を決して言葉を続けた。

「それで、いかがでしょう?協力してはいただけないでしょうか…」
「よし、じゃあやるか!」
「うん、やろう!」

弱腰なアスカロンに対して、農家の人たちはあっさりと快諾した。

「いやあ、学生さんが国の為になる話を持ってくるなんてな!将来有望だよアンタ」

「うまくいけば俺達の収入も増えて、国も潤うんだろ?言うこと無しじゃねぇか!」

この調子である。

「え、でも、失敗するリスクもありますし。骨折り損のくたびれもうけって事にもなりかねないと、先ほども説明を…!」
「兄ちゃん、この都のモンはな、こと畑仕事に関しちゃあ失敗は恐れないのさ。伝説の、あの二人の名に恥じないようにな」

それは、西の都郊外の農地に立つ像のモデル、マットとフライのことである。

「あの人たちががんばってきてくれたおかげで、いまの俺達がある。その俺達が、失敗を怖がって農地拡大に手を出さないなんてことはありえないのさ」

ニッカリ笑って、誇らしげに地元の先人の話をする農夫。

「あ、ありがとうございます!」

アスカロンは心から、農家の方々に感謝の言葉を述べた。

/*/

「…というやり取りが昔あったらしくてな。向こうで増産はさほど問題じゃない。問題は…」
「問題は、その統率力です」

青海の言葉をついで、アスカロンが言う。

「実は、彼らの意欲が高いのはいいのですが、各自のやり方、取り組み方に差は大きく、安定した生産状態にもっていけるかどうかが不安材料なのです」

唯一の不安材料を、アスカロンが沈痛な面持ちで伝える。

「じゃあ、あたし言ってお願いしてくる!」

あっさりと、蝶子は言った。

「…なるほど、藩王直々のお願いとあれば、国民への理解も早まるでしょう。分かりました。では、手配します」

ミサゴは何事か通信し、手配をはじめた。

「ああそれと青海さん。西の都の状況を、まとめてレポートしてください」
「おう、まかせな。今、北の港での話もまとめてるんで、そのあとでよければな」

青海の返事は横柄だが、彼はいつも仕事をきっちり仕上げる男なので、その点は問題にされていない。

「…よし、手配完了。藩王、お支度を。早速説明に向かいましょう」
「「「は、はやっ!?」」」

その手際の良さに、ミサゴ以外の全員が驚いた。
砂浜ミサゴ、伊達に摂政はやっていない。

/*/


「藩王、藩王!食糧増産活動のレポート、まとめて見ましたので確認お願いします!」

そう言って執務室の扉を叩くのは、最近政庁に出仕するようになった双葉真である。

「はい、しんさん。分かりました…なるほど。よくできていますね。これからもこの調子で頼みますよ」

ミサゴが不在の為、藩王自らレポートをチェックし、その内容に満足する蝶子。

「あ、ありがとうございます!これからもがんばりますから!」

そういうと慌てて執務室を後にする双葉。
褒められて嬉しかったのか、目じりには涙が浮かんでいた。
感激屋の双葉は涙腺が緩く、ちょっとしたことでうるうる来てしまうのだった。

「あ!…行っちゃった。もっとゆっくりしてってくれてもいいのに。うー、藩王の仕事一人じゃさみしいよぅー!」

…我慢である。

/*/

「…ねえ、僕たちこんなことでいいのかな?」

いままで延々と走らせていた筆を止め、山下大地が誰に言うでもなく言った。

「終わるまでさ。全てが、ね」

虹ノ七色は、嬉々として筆を走らせている。
時間が経てば経つほど調子が上がってくるタイプなので、もはや絶好調である。

「…まあ、それにしても一旦休まないと。編纂するだけでも一苦労なんだからなぁ」

ため息混じりの楠瀬藍の一言で、休憩となった。

「しかし、今更過去の資料を編纂しろだなんて、青海さんは何を考えているやら」

お茶をすすりながら、山下がぼやく。

「うーんと、何でもこの国の始まりからの農産物や農法を記したものを探し出して、それを現代に転用、適応させるって言ってたっけ」

練り菓子を切るのに苦戦しつつ、楠瀬が応える。

「温故知新、てえやつだな。あいつ、ああ見えて意外と基本に忠実だし」
これは別の作業をしながら七色。意外と器用な男だ。

「でも、果樹園の整備でメインは動いてるんだよね?だったらこれは必要ないんじゃない?」

いかにも不思議そうに山下が問い掛ける。

「大地さん、そうじゃないんだ。研究が進んでいて手っ取り早くはじめられるから、果樹園が先にスタートしたんだ」

楠瀬が答える。

「それに」

七色が後をついでこう言った。

「本格的な食糧増産は、藩王も懸念されているだろう。それを見越して、先人達の情報集めをしちゃおう、というのが今回の俺たちの仕事なんだよ」

「「なるほど」」
「いや、お前ら理解してから仕事しようぜ」

…ごもっとも。

/*/

同日夜。
レンジャー連邦全土に、藩王蝶子からのメッセージが流れる。

「…というわけで、引き続き国民の皆様には負担をかけてしまい申しわけありませんが、なにとぞご協力をお願いするものであります」

燃え上がる国民。
みんな藩王のことが好きである。

/*/

同日深夜。

「藍ちゃん、居るー?」
「ああああ、藍ちゃんはやめてくださいっていつも言ってるでしょう浅葱さん!」

仮眠室で寝ようとしていた楠瀬を、浅葱が訪ねてきた。

「で、なんです?私はこれから少し休もうと…」

「えっとね。じゃーん」

浅葱が取り出したのはテープレコーダー。

「これにね、執務室での出来事とか全部入ってるから、文字に起こして?」
「…はい?いまからですか?」
「うんそう。ダッシュで」
「…おれ、脳味噌うにになりそうなんだけど」

楠瀬の言葉遣いが素に戻る。
それを見逃さず、浅葱が畳み掛ける。

「もっとゆっくりでもいいけど、その場合はある事実がみんなに公表されちゃうんだけどなー」

懐から別のテープを出す浅葱。

「またまた。今度は騙されませんよ?」
「…ヒスイのブレスレット」
「え?」

硬直する楠瀬。

「じにあにヒスイのブレスレット、あげたでしょ?私見たんだー」

じにあはレンジャー連邦の猫士である。

「な、何の事やらさっぱり分かりませんな」

そっぽを向いて白々しく答える楠瀬。
口笛吹こうとして失敗しているあたりがまだまだである。
そうしている間にテープが入れ替えられ、再生される。

『あの、これ…この間のお詫び。お前に似合うと思って…』
『あ、あらそう…別にブレスレットなんか要らにゃいけど、お詫びって言うんだったら貰ってあげなくもないにゃ』
「わーわー!!やーめーてー」

わめいて音声をかき消す楠瀬。

「んふふ。じゃ、よろしくね?」

妖しく笑う浅葱。楽しそうだ。

「…はい」

そして、楠瀬の作業は翌朝まで及んだ。

/*/

(約3020文字 文章:楠瀬藍)

*猫と農夫と鬼ごっこ

「戦争が近いみたいだね。」
「そうみたいだにゃ。」
「とりあえず準備をしなくちゃいけないね。」
「だにゃ。」
「何が居るかな…武器、弾薬、訓練も気合いを入れないと。後何が必要かな?」
「おなかがすいたにゃ!」
「え、あぁご飯かい。確かに居るかも…」
「おなかがすいたにゃ!!!」
「…ははは。そうだね。ご飯にしようか。腹が減ってはなんとやら…だ。」
―とある猫士と青年の会話。
双樹 真は少しだけ肩を落としながら歩いていた。
その脳裏にはほんの数時間前の会話が蘇る。
「うーん……やっぱり食料が足りないのよねぇ。」
ふぅ。と言った感じでため息を尽く。
その周りでは連邦の名立たる面々がそれぞれの案を提案し、議論している。
―さ、参加しなきゃ~。
最近士官したど・新人である双樹 真も目をぐるぐるさせながら議論に加わろうとしていた。
ちなみにその時の事は双樹の記憶にはあまり残っていなかった。
憧れの蝶子藩王の御前であった事や、議論のレベルの高さに双樹の頭は半ばショートしていたのである。
「よし!とりあえず準備をしなくちゃ。」
議論がある程度固まったところで蝶子藩王がたちあがった。
そして次々と指示を下し始める。
てきぱきと、的確に、迅速に割り振られていく山のような仕事の数々。
それも終わりに近づき、双樹も腹を撫で下ろしかけたその時、蝶子藩王の声が双樹にかけられる。
「それじゃ、双樹さんは農家の視察に行ってきて頂戴。農家のみなさんにも頑張ってもらわないと。…ね!」
にっこりと微笑む蝶子藩王。
そのあまりの可憐さにくらくらしながらも(それどころでは無いはずなのだが)任務を与えられた双樹は慌てて言った。
「わ、私がですか!?いや、無理ですよ!?こんな私に任務なんて!」
目はぐるぐる。口はあわあわ。手は宙をさまよい、猫にまたたびよりもヒドイ状態である。
蝶子藩王は真面目な顔になると双樹の肩に手を置く。
「連邦を…。国民を…。【愛】を守る為なのよ!!」
ぴしゃーん。
雷鳴が辺りに響き渡った。…気がした。
「【愛】…ですか?」
「そう【愛】よ!!」
「わっかりました!不肖この私双樹 真は微力ながら全力を尽くさせていただきます!」
そういってクルリと反転し全力疾走で宮廷から出ていった。
―数時間前の話である。
もうすぐで西の都市が、見えてくるはずだ。
と、言う事は農家が集まって来る場所はすぐ其処のはずだ。
―自分に出来るだろうか。
双樹の心に不安がよぎる。
―いや、やるんだ!
無理矢理不安を押し込めて前を向く。
「退くにゃぁぁぁぁあああ!」
「うわぁ!?」
あわやぶつかるかと思った刹那、突撃してきた黒猫は双樹の膝、腹、肩を踏み台にして天空へと飛翔する。
黒猫は3回転半にひねりを加えて着地し、またそのまま直進して行った。
「なんだったんだ…一体。」
尻餅をつき、惚けたように黒猫が走り去った方向を見つめる双樹。
「どぉぉぉおおけぇぇぇええ!」
「えっ?うぶぅ!?」
どーーん。
走ってきた男とサッカーボールよろしく蹴り飛ばされ、派手に吹っ飛ぶ双樹。
「くそっ。逃げられた。」男は悔しげに呟く。
「ん?」
男は地面に突っ伏しぴくぴくしている双樹に気が付くと近寄ってくる。
―そこで双樹の意識はフェードアウトしていった。


「ん…ここは?」
双樹の目に移るのは煉瓦の天井。
「おお。目が覚めたかい?お役人さん。」
かなり大きな体躯をもつ男が申し訳なさそうに笑っている。
「すまんかったなぁ。」
「あぁ、いえ。大丈夫です。それより…。」
「ん?」
「なぜあの黒猫さんを追い掛けてたんでしょうか?」「ん、あああれか。」
男は少しだけ困った顔をした。
「キーテイルって言うんだが、大地主なんだよ。このあたりの。」
「地主…?」
―だったら何で追い掛けるんだろう?
「あぁ。それで最近食料が必要だって言うんで農場を広くしようと農家の組合で決めたんだが…。」
―すでに状況は各地に伝わっているらしい。
「土地を譲って貰えなくてな。」
「はぁ。」
双樹はよく判らないようだ。
「交渉に交渉を重ねた結果だされた条件がアレなんだ。」
男は肩を落とす。
「鬼ごっこ…ですか?」
「あぁ捕まえられたらって約束なんだ。それでここいらで一番足の早い俺が選ばれたんだが…。」
男の表情をみるかぎり状況は芳しく無いらしい。
双樹は少し決心したように男を見つめる。
「お手伝いします。」
「えっ、いいのか?」
うなずく双樹。
「双樹 真です。」
手を差し出す。
「アール・フログレンスだ。」
かたく握手が結ばれた。


其処からが地獄であった。
アール家を出たすぐそこにキーテイルはいた。
特徴的にカクカクと折れ曲がった尻尾をフリフリと手招きならぬ尾招きで挑発するキーテイル。
「かもーん…にゃ。」
鬼ごっこが始まった。
ただでさえ違う身体能力。
人と猫ではそのスピード、体力の違いは明白だ。
おまけにキーテイルの駆け引きは絶妙だった。
つかず、離れず、休ませず。
あと少し!と言うところで擦り抜ける。
じわじわと削られる体力。
しかも小手先の技が通用しないのだから最悪である。
そうやって五時間が経過した。
すでに日も傾いてきた。
夜は近い。
「アールさん!」
走りながら双樹は叫ぶ。
「なんだ!!」
「少し気付いたことがあるんですが!!」
「なんだ!?」
「止まってくださーい。」………5分後。
アールはキーテイルを一人で追い掛けていた。
相変わらず状況は変わっていない。
―はは~んあの役人脱落したんだにゃ。走るの苦手そうだったもんにゃ~。
少し後ろを伺う。
必死の形相で走るアール。―ふふ~ん。どうやら今日も。私の勝ちみたいだにゃ。
刹那、アールが大声を発する。
―なんにゃ?
「今だぁぁぁぁあああ。」―まさか!
前をみるキーテイル。
飛び出す人影。
伸びる手。
いつかのように膝、腹、肩とを踏み台にして跳躍する。
飛ぶ黒猫。
手を伸ばす双樹。
飛び付くアール。

三者の影が夕焼けをバックに重なった。


「ぬ~私の負けにゃ。」
キーテイルは双樹に抱かれて肩を落としている。
「なんであそこにくるってわかったにゃ?」
恨めしそうに双樹を見上げるキーテイル。
「五時間も走ってれば癖くらいは…。」
苦笑する双樹。
「それに此処を通る回数が一番多かったんです。」
そう言ってアール家を見る双樹。
「まぁいいにゃ。とにかく私のまけだにゃ。」
そこで今まで黙っていたアールが口を開いた。
「だったら土地を貸して頂けるんだろうか?」
アールは中腰になりキーテイルと目を合わせる。
「いいにゃ。好きなだけ使うがいいにゃ。」
目をそらすキーテイル。
「ありがとう。きっとみんなも喜ぶ。」
満面の笑みを浮かべるアール。
ちらっとみて赤面するキーテイル。
―あれ?もしかしてキーテイルさんって…。
双樹は咳払いを一つする。
「夜ですね。もう遅いですしキーテイルさんも疲れてるでしょうしお腹もすきましたね~。」
アールが徳心したように頷く。
「そうだな。今日は世話になったし晩飯を食ってかないか?」
「そうですね~。キーテイルさんもお腹、すいてません?」
「…すいたにゃ。」
「あぁ。だったら地主さんもくるか?」
「…いくにゃ。それと私の事はキーテイルでいいにゃ。」
「あぁ。わかった。なら行こうか。」
アール家へ歩きだす三人。「あー!そういえば俺、仕事終わってませんでしたー!すいません。ご飯は今度と言う事で!」
そう言ってキーテイルを下ろし走りだす双樹。
「あ、おい!…行っちまった。まぁその内会うこともあるか。よし。飯にしようか。」
「…わかったにゃ。」
二人はアール家へと入っていった。


それを見届けて西の都市へと歩きだす。
今日は疲れた。
視察は明日にしよう。
なかなかおもしろい一日だった。
これを話したら蝶子藩王やみんなは喜んでくれるだろうか。
これで農地も広がるだろうし。
「ん~。」
呻いて体を伸ばす。
とりあえずホテルを探さなきゃ。

(3140文字 文章:双樹真)


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