Evo.1 "夏の始まり"
日本近海
夜空の中、漁を行う一隻の船。
こんな時間でも人間はあらゆる場所で活動している。
平穏な世界で。
「今日は大量だっぺ!」
「さ、そろそろ帰るっぺ!」
しかしその時、海面が揺れ始めた。
「ん?」
「な、何だっぺ、ありゃ!?」
やがて気泡が上がったかと思うと、海面が割れる。
そこに出現したのは…平穏な世界、人間の世界では普通は見ないであろう物体。
「アンギャアアアアアア!」
「「わああああああ!」」
この日は小学校の一学期の最終日。
明日から夏休みだ。
しかし、かの少年…松田啓人はあまり嬉しそうではない。
なぜなら。
「はぁ~~~~~~~~…」
啓人は通知表を見ながら、落ち込んだ。
毎年…いや、毎学期の終わりの恒例行事かも知れない。
「ど、どうしよう…」
案の定成績が悪かったようである。
「た、啓人、どうだった…?」
彼の親友のひとり、塩田博和が(啓人と同じ)真っ青な顔で啓人に聞く。
「前よりも悪かったよ~…」
「俺も…」
「「はぁ~~~~~~~~~…」」
今日の二人はこればっかりである。
その放課後。
普段の子供達の溜まり場となっている公園。
超高層ビルが立ち並ぶこの新宿区でも、まだ昔の面影を残すその光景。
「啓人、通知表どうだった?」
彼が五年生になってから会った友達、李健良が聞いた。
啓人は仏像のような顔で曖昧に返す。
ある意味、悟っている。
「う~ん。ジェンは?」
一方、健良は笑顔で応える。
実にさわやかな…見る人が見れば憎憎しい程の。
「あぁ、前よりも良かったよ」
「あ、そう…」
健良はどうやら直感したようであった。
それを顔に出すまいと必死に努力しているようでもあった。
「(啓人…、気の毒に…)」
一方、こちらは同じく、一つの学期を終えた少女が帰ってきた、中々立派な造りの家。
「留姫ちゃん、成績良くなったじゃない」
彼女の祖母が嬉しそうに言う。
毎年、少女…牧野留姫は成績を上げており、その度に祖母は嬉しそうに目を細める。
「…別に」
当の本人は相変わらず他人行儀なのだが。
そして、朝日が昇る。
啓人はまだ寝ていたが、母親の声で起こされた。
「啓人~。電話よ~」
「ふわ~っ…へ、電話?」
片手に持つ電話から漏れる声は健良の物だった。
「啓人、何やってるの!もうラジオ体操始まってるよ!」
「あ、おはよ~…え…やっぱり行くの?」
彼はボーッとした表情で受話器を取ると、いささかズレた表情で返したが、
「らじおたいそう」という言葉を聞くと現実に引き戻された。
夏休みの最中のラジオ体操は、彼らに有無を言わさず早起きを促す。
せっかく休みなのに…と啓人は思った。
しかし、受話器の向こうで健良が続ける。
「早く来て!」
「…」
「ラジオ体操第二~!イチ、ニッ…サン、シッ!!」
これは啓人が毎年思っていることだが、あの機械からなぜあんなに清々しい声が出てくるのか、
とキレたくなるくらいの音が大ボリュームで耳に入ってくる。
健良は気持ちよさそうに、啓人は面倒くさそうにやっている。
彼らの足元で…普通は見ない彼らの友、デジモン達もやっているが、
赤い小竜…ギルモンはやり方が全くわからない。
「…んあ?ど~するの~?」
その体操の終了後。
欠伸をしながら啓人が言う。
「眠い~~~!」
「これから毎日行くからね!」
しかし、その時。
「キャ~~~~~~!!」
周りにいた人々がすごい声をあげながら前を走りはじめた。
「な、なんだ!?」
足元のデジモン、健良のパートナーであるテリアモンが言う。
「あれだけ大声を出すってことは…」
啓人も反応する。
「ベッ●ムが歩いてるんだ!」
「ううん、タモ●さんだと思う!!」
「なんか楽しいこと~?」
と、その時、健良達の上に大きな影が。
「「え!?」」
突如、彼らの上に巨大な足が現れた。
「「な、なんだ!?」」
──これが、この夏の始まり。
そして、ようやく戻った平穏の終わり。
続きは風がそよぐ場所にて公開中。