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切奈と冬彦

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zecre

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切奈と冬彦


皆川冬彦はメルフィス総合百貨店の入り口で座り込んでいた。
主に悪化する社会情勢に対して思いを馳せる。
各地での同胞、レッドラムの決起に伴う人間の大移動。
上流に位置する者達はほとんどが月に移住してしまった。
現在は火星のテラフォーミングが盛んに行われており、
さらなる富裕層がその土地を既に得ている。
しかし、此処、落世町の99%の住民はワーキングプアにあたるので目指す先は違う。
南極だ。
彼の地には地下部に大規模なコロニーが建設されている。
現世からやって来る技術者達の発案したものだが完成まで400年の月日を要した。
それでもレッドラム側に情報は筒抜けなので一斉に襲われたらひとたまりもない。
極めて危険な区域と言える。故に貧困層の最後の砦となる。
「そんな事考えないとなのはうちの部長の愚かなる方針の所為……」
冬彦は呟く。
世界と君との戦いでは、君に味方せよ!
部長の諏訪内瑞恵は毎日のようにそのスローガンを口にする。
幼少期のトラウマに起因するのではないかと冬彦は推理しているが……。
漫画の読みすぎ?それもあるかもな……。
台詞の元ネタは現世で昔流行ったカフカという作家の
「世界と君との戦いでは世界に味方せよ」という言葉。
冬彦は小説が好きだったから読んで知っていた。
そして原文を吹奏楽部の皆に吹聴して回った。
「意味わかんね」
森川空などはそう言って一笑にふした。
「面白いね」
そう言ったのは平等院水無瀬。
「二人とも面白い。カフカも瑞恵さんも」
水無瀬はカラカラと笑ってたっけ。
冬彦は毒気を抜かれたような気持ちになってその親友の顔を見ていた。
どっちも面白い……か……。
その発想は無かった……。
冬彦はもう少し水無瀬の親友でいてみようという気持ちになった。
この理由も、「面白そうだから」、だ。
「ふん……」
鼻で笑ってみる。
じとじとと汗ばんできた。
朝だけど夏だからな……。
そろそろ来ないかなと思っていたらけたたましく地を蹴る音が近づいてきた。
一瞬、突風が顔を撫でる。
コンクリート上を物が滑る音がしたと思ったら
目の前に長谷川切奈が立っていた。
「よう豚。こんがり焼けたか?」
口の端を持ち上げて切奈が笑う。
苦笑交じりに腰を上げる。
「毎日すいませんね。どうも」 そう言いながら切奈におぶさる。
「お前はラジオだ。学校着くまで能書きたれてりゃ良いんだよ!」
「切奈さん自分で考えれないもんね」
切奈は無視して全速力で駆け出した。 切奈はレッドラムの中でも異常に足が速い。
この世には「大脳特化型レッドラム」というものが存在するが
切奈の場合、「大腿筋特化型レッドラム」とでも言えば良いのか。 それ程の異常さだ。
しかし陸上部に所属している。 普通の人間の中学校に通っているのにだ。
やはり「得意」って物は人が歩く場合に道標になるのだろうと冬彦は思う。
自分って凄いっ……て思える。 心のコインをもらえたような感覚。
そんな曖昧な物を追いかけて人は生きていく物なのではないか。
全く才能が無いのに文芸部と吹奏楽部を兼部している自分が思うのもなんだが。
冬彦は思う。 風を切る感覚が気持ち良い。
切奈は併走する電車を一瞬で遥か彼方まで追い越した。
人間の目には残像しか残さない速度で走る。
そうだぜ。 孤独なんだぜ俺達。 だから切奈や水無瀬と繋がれたんだけどな。
裏があれば表もある。 誰かと繋がれなかったら他の誰かと繋がれる。
それが物理法則ってもんさ。
「生まれてきて良かったって思って死にたい」
口をついて言葉がもれる。
切奈はへっと笑う。
「雲行きが悪くなりそうなのか?」
「いつもの事さ」 アハハ!
二人で高音を響かせて笑った。 だから裏を裏返したら表なんだって。
失敗は、チャンスだぜ。 このいつも自分を乗せて登校してくれる女の子には
詳しく言葉で説明する必要が無い。
俺達の関係に言葉が関わってきたら途端に何かが失われてしまう。
冬彦はそんな気がしていた。
言葉は、要らない。 切奈が登校中、始終頬を緩ませている事を、冬彦は知らない。

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