絶対加速クレッシェンドwiki

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渓谷の谷間。
深い緑の草に覆われた丘陵地帯がずっと先まで続いている。
遠くに寂れた村がある。
一番巨大な建物は寺院のように見える。

草原の中で虹色の服を着た女性がゴソゴソと何かを探している。
草をかき分けてかき分けて何も見つからないと
手をパンパンと叩いて不機嫌な顔を作った後に
少し軽快にダンスを踊ってまた別の地点で草をかき分け始める。

無我夢中という様子で顔の横にうっすら汗が滲んでいる。
背中の中央部まで伸びた栗毛色の髪がさらさら揺れていて
草をかき分ける手は生の躍動感に満ちている。

「ねぇ、フリーダ」
無我夢中で何かを探していた虹色の服を着た女性に前方から誰かかが呼びかける。
前方には巨大な黒いパラソルで顔の上半分を隠した
黒執事の服の女性が立っている。髪の色はブロンドで脚のつけ根の辺りまで伸びて
少しカールしている。

女性の持っているパラソルが少し震えて何かの意思表示をする。
汗ばんだ顔をパラソルの女性の方に向けてフリーダと呼ばれた女性は
少し早く呼吸を続けていた。

「分かるよ。何やってたか」
「今度は昆虫食に目覚めたんだね?」
「ワタシが羊子ちゃんにチクッたら嫌われちゃうと思うな多分」
「あの娘天才だからワタシがいなくてもきっとすぐに嗅ぎつけて…」

「天才にだって自由人の食生活の自由を制限する権利なんかございませんわ」

しゃがれた可愛らしい声で喋るパラソルの女性に対して
フリーダはピシャリと言い返した。
栗毛色の髪を片手で軽くかき上げてピョンと飛び跳ねて
パラソルの女性からの距離を少しだけ開いた。

そのまま軽く体を揺すりながらリズムをとっている。
何の意味があるのかはよく分からない。

「まったくもぅ…。そんなに色んなモノを食べたいのなら君は地獄の民として
生まれてくれば良かったのにね。っていうか何処で生まれたのか知らないけど」
「何処で生まれたのか知ってたらもっと君の事、理解るのにな」

パラソルの女性は片手をするっと差し伸ばして厭らしく
指を一本一本順番に折り曲げていく。
その動きが少なからず眼前の相手の心を揺らす事を期待している。

フリーダの大きな瞳は空か海のように薄青色に澄んでいて
微動というモノすらする気配が無い。
しばらくした後、彼女はおおげさに肩を竦めてみせる。

「しょーがないのですわ」
「まだ準備が整うていないだけで、その内に外には出られるのです」
「今は此処にある食べ物だけで我慢する気は満々なのですからワタクシは
いたって品行方正…」
「ただ不意に昆虫が食べたくなったから、こうやってエンマコオロギでも探そうかと…」
「羊子さんは確かに虫がお好きでいらっしゃいますけども、
豚や魚や野菜はお食べになるではありませんか」
「自分の好きな物だけ人に食べるなと強いるとでも…?」
「目の前の快楽に身を任せる事を渋ってばかり居ると人間、心が腐ってしまいますの」
「そこにエンマコオロギが居るからワタクシは食…」

「分かった分かったよ。良いよ。止めないから」

パラソルの女性が開いた掌を目の前に突き出して
パラソルの下で小刻みに首を振る。

「まったく本能の塊みたいな奴だな」
「呪術的でスピリチュアルでちっとも何考えてるのか分からない。読めない」
「だからこそ一緒に居て楽しいんだけどね」

「君がいなかったらワタシもこの狭い庭で退屈で死んでたかもしれない」
「この世で生き永らえられる価値がある理由は、この世に不思議が在り続けるからだから」
「…ドンと来てよ。不思議。君が不思議じゃないとワタシ満たされないんだから」
「いっつも理性みたいな役回りになっちゃうけど…」
「本当は君が自由でいなきゃワタシもどうしようもないんだ…」

少ししおしおとした口調でもじもじしながらパラソルの女性が
パラソルの下で首を振っている。
それを見てフリーダは顔を紅潮させて厭らしい顔をしている。

「ヒッポクラテスさ」
「君の人間の心を知りたいという探究心と」
「ワタクシの食欲と舞いたいという欲求と等価交換じゃないですこと?」
「まぁ、ワタクシ、不特定多数の人心になんて興味無いから君の気持ちなんて理解らないけれども」

ヒッポクラテスと呼ばれた女性はパラソルを下ろして畳む。
現れた顔は瞳がブロンドの美しく長い髪で隠されていた。
表情は上手く読みとれない。

「舞踏と食への欲求」
「君の目的は言葉にするとそんな簡単な一文で収まっちゃう」
「でもワタシが知りたいのはそんな表層の断片じゃない」
「一人の人の心っていうのはソレこそ大宇宙と等価の広がりがあってしかるべきなんだよ」
「ソレが君にいたっては…一つも…見えてこないじゃない…」
「手で触れても顔を触っても吐息を近づけても口づけを交わしても…」
「一体何をやれば君が視えてくるんだ…?」

ヒッポクラテスは片手でガリガリ頭をかき始めた。
それを見てクスクス上品に笑うフリーダ。

「そんな小さな事にこだわってるのが君の異常な所だよ」

「うるっさいな」

フリーダの言葉に対して言い返すヒッポクラテスの前髪が揺れる。
その隙間から一瞬鷹のような鋭い眼光が少し覗く。

「とにかく今ワタシを生かしてるのは君の心の不可思議さなんだよ」
「それはワタシが地上に出たい理由と繋がるのね」
「君みたいな人間が地上に複数体余分に存在するかもしれない」

「へーぇ?」
熱がこもり始めたヒッポクラテスの言葉に対して
フリーダは馬鹿にしたように首を傾げてみせる。
ヒッポクラテスはパラソルの先端を地面に突き立てて
掌をゆっくり天に掲げてみせる。

「そうだよ。君には君の欲求があってワタシにはワタシの欲求がある」
「ただソレだけだ」
「ワタシはもし地上に君みたいな奴がいなかったら」
「できるだけ多くの人心を惑わす実験をしたい」

「自分の味覚を楽しませる欲望じゃない…」
「『人をコントロールしたい』という欲求を尽きるまで満たしてやる」

ヒッポクラテスの天に掲げた掌がガシッと掴まれる。

「できるだけ多くの人をワタシの思いのままに操る…」
「自由だ…そこで得られる全能感…ワタシはソレを得たいが為に
今までこの世界から引き離されたひきこもり集団の心をケアしてきた…」
「磨いた力を発露しない…なんて無意味な事だよね」

最後はすっかり落ち着いた調子でヒッポクラテスが
ポツリと呟いた。

フリーダは座り込んで顔を紅潮させている。
目の前で両手で花が開くようなジェスチャをしている。
首をふるふると軽快に振って、フリーダは目を輝かせている。

「君はワタクシの事知らないのにワタクシは君の事なんでも知ってるみたいに
錯覚しちゃいますの」
「ワタクシ、実は人の本音を聞くのが大好きで…お肉の味がして…」
「これもまた食欲の一つ…」
「人の真実の姿は日本刀のように完成された武器だけど…」
「見てると美しいですわ…惚れ惚れしてしまう」
「いっそ今なら君に刺されて殺されてしまっても良いような…」

ヒッポクラテスは瞬時に舌打ちして
刺したパラソルを引っこ抜いてまた差して顔を隠す。

「単なる酩酊状態の戯言なのは分かってるけどさ」
「君を刺して殺せるような優秀な人材なんてこの監獄にいやしないから」
「ってゆーか君殺したらホントに大惨事だよ」
「深入りしたいけどあんまりできないこのジレンマ…。切なさで胸が狂いそうだわ…」

「最後ちょっとギャグが入りました♫」

少し斜めになっているヒッポクラテスを見て
フリーダが手を叩いてキャッキャと笑っている。


ボト。


ヒッポクラテスの背後で鈍く粘着質な音が鳴り響く。
フリーダの鼻がスンスンと小さく高い音を鳴らす。

「生臭い」
「空から落ちてきたのは…」


ヒッポクラテスが振り向くとキラキラと海水が天から降り注いでいるのが見えた。
海水がボトボトと落ちている下で白く長いぬめりを持った生物が蠢いている。


「魚だァ」
「でっかいねェ」
「海からの贈り物だ」
「でも水槽じゃ飼えないよ」


ヒッポクラテスが草むらの中で蠢いている長い生物を
軽い気持ちで眺めていた。
軽いステップでその生物に寄っていくフリーダは
ソレの頭から尻尾までをじっとり眺めて品定めした。

「銀白色…」
「薄青色の線…」
「どれもワタクシの中に在る色ですが…」
「他人が持っているからこそ美しいと感じられる…」

「って人じゃないでしょ」

感想を述べているフリーダにヒッポクラテスが後ろから突っ込みを入れる。
生物はぬめった体をうねうね動かして生に足掻いている最中である。

「意外と淡白な味がするんじゃないでしょうか、この方…」
「ワタクシも人の気持ちを慮るのは得意な方ですのよ」

「いや、味と気持ちは違うから。人じゃないし」

もはやヒッポクラテスの突っ込みも耳に入らないほどに
フリーダは顔を紅潮させてその生物に見入っている。

「なんてんだっけ?コイツの学名」

「そんなの瑣末な問題」

銀白色の細長い大きな魚を見つめながらの二人のやりとり。


「残念ながら君はもう助からない…」
「君を飼う為の巨大な水槽はこの小さな村には存在しませんもの…」

「だから君のこの村での存在意義(レーゾンデートル)はワタクシが決めます…」
「ワタクシが君の為に裁きをくだす死神となろうぞ…」


巨大な魚のうねりは次第に力強さを増してゆき、
生の躍動がダイナミックに伝わってくる。


(魚に話しかける女を理解しようとするワタシ…)
(先は長いよなぁ…)

ヒッポクラテスは後ろでため息をついている。

フリーダは悪魔のように目を細めて
顎をあげて落ちてきた銀色の魚を見下す。


「君の気持ちは分かってるよ」
「君のこの村における役割も」

「君はワタクシに食べられたかったのですわ」
「そうでしょう?」


銀色の長い魚は有機的なうねりを続けている。
ヒッポクラテスはフリーダの後ろに

無数の獣や魚類、鳥類、爬虫類、悪魔のような妖魔の類が混ざり合った
地獄絵図のような情景を視た気がした。
そのイメージ図はこの世のあらゆる色彩を秘めており、
生の躍動と死の臭い、生臭さ、或いは神のイメージに満ちているように
感じられる異常なモノであった。

悪感がするが、すぐに「ただ落ちてきた魚を食べようとしてるだけだ」と
思い直す。

しかし、今しがた自分がフリーダに気持ちを吐露したように、
その時に視た一瞬の映像がフリーダの本音なのではないか…
みたいなそんな気もしたのであった。


人の心とはつまり言葉ではない。
千変万化を続けるおぞましいイメージの躍動だ。


ヒッポクラテスはそう感じた。
或いはそんな事は当たり前なのかもしれないが、
フリーダの前では改めてそう感じざるをえないようであった。

出典:エコエコパンデモニウム「ええんや」
http://seriusan.seesaa.net/article/232990980.html


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