第一話

夏も終わり、世間の季節は秋に足を踏み入れようというとき、京都はまだ夏の鬱陶しさを残していた。

「ちょっとキョン! 何ぐずぐずやってんのよ! そんなに置いてかれたいの!」

 涼宮ハルヒはそう言うと、彼の襟首を引っつかみ、清水坂をずんずんと進みだした。

「おいちょっと待てハルヒ、まずは手を離してくれ、それに大体、急いだところで清水寺は逃げたりしないぞ」

 あと、かなり恥ずかしい。彼等とすれ違った人々はほとんどが彼等を見て笑っている。
 騒がしいこともあり、中々目立つようだ。
 つまり、涼宮ハルヒはそれだけ元気いっぱいだった。

「何言ってんのよ、時間が逃げちゃうでしょ! いい? 私たちに残された時間は少ないのよ、しっかり使わなきゃ損じゃない!」

 それはそうだが、今は観光に来てるんだ。急いで回る方が勿体無いような気もする。
 それに目的地はもうそこまで来てるんだ。だったらゆっくり観光したい。

「小泉、あとどれくらいだ」

 そう言って彼は自分と同じ制服を着た、パンフレットを読んでいる小泉一樹に尋ねた。

「そうですね……、東大路通から清水寺までのこの清水坂が約1.2キロだそうですので、もうすぐだとは思いますが・・・」
「だ、そうだ、もう少しゆっくり行こう、ハルヒ。これじゃあまり観光にならん」

 ふと小泉の横を見る。
 そこには無言で本を読みふけっている少女、長門有希がいる。京都仕様なのだろうか。
 なにやら古めいた本を読んでいるので表紙を見てみると、「修学旅行殺人事件」と印刷されていた。
 ……彼女なりの洒落なのかも知れないが、彼女だからこそ洒落にならないので、なかなかツッコミ辛いものがあるので、ここはスルーを決め込んだ。
 とりあえずハルヒに見せなければそれでいい、そう彼は思った。

 そして、その後ろ、さっきから少しずつ少しずつこの集団から遅れだして来ているのは彼らの学校の上級生、朝比奈みくるである。
 さきほどから口数が少なくなり、今では「ふう…」か「ふええ…」しか言わなくなっている。

「朝比奈さん、大丈夫ですか」

 そう言ってやると朝比奈は彼に向かって精一杯の笑顔を見せた。

「大丈夫です……。ありがとう、キョンくん」

 彼は今まで何とも思わなかったこの坂が急に憎たらしくなった。
 何故彼女をここまで追い詰めるのだろう。
 もう少し緩やかな坂ならいいのに、そもそもなんでこんな高い所に寺なんぞ構えて、わざわざそこに観光しなければならないのか。

「おやおや、行叡居士をも殴り倒しそうな顔をしてらっしゃいますが、それは筋違いでしょう。今すべきことは彼女を説得し、ペースを落としてもらうことでは?」

 という目をした小泉に、そんなことは分かってる。
 と言いたげな顔で、彼は相変わらず自分の襟首をぐいぐい引っ張り続けている涼宮の説得にあたることにした。

そんなわけで

 涼宮を説得し、朝比奈を休ませるため、彼等は坂の途中いくつも並んでる土産物店の一つに入っていた。

「しかし、不思議なものですね」
 土産を物色している女性三人を男二人で眺めていると、小泉は暇つぶしのように彼に話かけた。

「朝比奈さん達二年生が修学旅行というのならまだしも、僕達一年生も一緒とは、ね…北高で始めてのことじゃないでしょうか」

 白々しい、そう彼は思った。どうせ今回もお前が一枚噛んでるんだろう、と。

「今回もまた何か仕組んであるんだろ? いつかの無人島みたいに」
「いいえ……我々がしたのは[ここまで]なんです」

 小泉の目が鋭くなり、声を抑えつつ、話し出す。

「この地なんですが……どうも我々は介入出来ないようなんです。大きな、とてつもなく大きな、それこそ世界全体が関わっているような、そんな力が、この地にはあるそうなんです」

 それなら日本全部がその大きな力とやらに包まれてるだろう。何故この京都だけなのか。

「分かりません。そして、これからのことも……全く……」

 「正直不安でたまりませんよ」と小泉はおどけてみせた。

「ですので、今回の僕は何があろうとも手助けすることは出来ません。ここではただの高校生ですので、頼るなら長門さんにどうぞ」

 そう言って小泉は三人組を眺める。正確には涼宮ハルヒを、眺める。

「……何も無ければいいがな……」

 彼がそう言うと、小泉も「ええ」と頷いた。

「君達、修学旅行生か?」

 急に、彼と小泉に後ろから誰かが声をかけた。
 二人揃って振り返る、と、そこには女性が立っていた。
 甚平を羽織り、長めの髪を後ろで束ねている。なかなかどうして、美人な女性だった。

「ええ…、まあそうですが…何か」

 返事を返す小泉に、彼は、なんでお前が応えてるんだよ俺に先行させろよと思ったが、ここは堪えておくことにした。

「いや、別に、何か良くない顔をしてたからな、何かの縁だと思って声をかけた、ここで土産を買うのか?」

「いえ、ちょっとした休憩にと…、あ、あそこにいる三人の付き添いです」

 そう言って小泉はまだ土産を物色している三人を指差した。
 甚平の女性は三人を見て「ふむ、賑やかなものだ」とだけ言った。

「もしかして、ここの店員さんですか?」

 取り合えず何か喋っておこう、そう彼は思い、質問してみた。
 すると甚平の女性はバツの悪そうに、だがあっさりと


「いや、今クビになった」


 と言った。


「……」
 どうすんだよ……。 
 どうするんだよ! お近づきになろうとしたら遠ざかるなんて思わなかったんだ! 小泉も「やってしまいましたね」みたいな顔をするなよここでリカバーするのがお前の役目だろ!

「客と喧嘩してしまってな」
「はあ……」
「フリーターというのは何処も厳しいものだな」

 聞きたくない。彼は全く聞きたくなかった。

「君達もこんな風にはならない事だ」
 そういって甚平の女性は「では、また縁があればな」と、坂を降りていった

「さーて、それじゃあまたしゅっぱーつ!」

 そんな元気な涼宮とは反対に、彼の気分は最悪なものだった。

「キョンくん、大丈夫ですか……?」

 朝比奈が彼に声を掛けるも、立ち直る気配は全く無い。

「いいのよみくるちゃん、そいつは放っとけば勝手に元に戻るでしょ、どーせくだらないことやってたのよ」

 そんなことないと彼は言いたかったが、よく考えてみると「ナンパして墓穴を掘って失敗」した訳だから、確かにくだらないかも知れない。

「いい! キョン! いつまでもそんな調子だったら清水の舞台から突き落とすわよ!」

 そう言って、涼宮は彼の手を引っ張ってまたもずんずんと坂を上っていく。
 そんな涼宮を見て、彼は少し気が紛れた。取り合えず、坂が終わるまでにさっきのことは忘れよう。


まだ飛び降りたくないからな。


それから

清水寺に着いた彼等はずっと騒がしかった、涼宮が彼を清水の舞台から落とそうとしたり、それを古泉がなだめたり、寺で朝比奈さんが拍手叩いてしまったり
長門はずっと本を読んでたり、地主神社で恋占いの石で朝比奈さんが転んだり、帰りに通った公園でひたすら虫を殺していた少女を涼宮が叱り、その後一緒に遊んだり。とにかく楽しんでいた。

楽しんでいた。

ここまではずっと

なんの問題も無く、平穏だった筈だ。

ここまでは

いや、もしかすると、最初からおかしかったのかも知れない。

京都に来た。その時点で。

だけどもう、今更何を言っても、戻れないのだ。

あの平穏は、戻ってこない。


「今日はここでおしまいですね。あとはホテルに戻ってまた明日に備えるだけです。お疲れ様でした」

 色々あって、今、彼等は祇園のとある茶屋にいた。
 創業1897年、焼き饅頭で有名な和菓子屋らしい。
 そこを彼等は今日最後の観光とし、くつろいでいた。

「それもお菓子を奢ってまでいただいて」
「だったら頼むなよ……」

 清水寺を出た後、涼宮は彼に向かって

「清水の舞台から飛び降りなかったんだから、今度は飛び降りたつもりでなんか奢りなさい」

 なんて滅茶苦茶なことをいい、ここの払いは全て彼持ちとなっていた。
 そして、女性陣の方には饅頭が山ほど積まれ、涼宮と長門がばくばくと、朝比奈は時折り喉を詰まらせそうになりながら小さな口で一生懸命に頬張っていた。

「まあ、僕もあなたも、何の異常も無かった。そのことに感謝しようじゃありませんか」

 何に感謝するんだ。
 俺の財布の中身を減らしていってるハルヒにか? と彼は冗談交じりに言った。

「そうですね……、せっかくの京都です。神様に、なんてどうです?」

 そりゃいいな、と、彼は笑った。古泉も笑った。

「まあ縁結びの神様の下でナンパして墓穴を掘ったなんてのもなかなかの笑い話ですよね」

「なんで掘り返すんだよ!!」

「おや、君達は昼間の……」

 声がして、振り返る。

「そこには、清水坂で出会った、ポニーテールの似合う甚平を羽織ったきっぷのいい美人な女性が立っていた」

「……」
「……」
「……あれ? 君達だったろう。あそこにいたの」

 そう言って、甚平の女性は彼等の前に立った。

「しかしこうして縁があるとは、世の中狭いものだ」
「……」
「……」

 言いたいことはもちろんある。
 だが先に無礼を働いたのはこちらで、許してくれたのは向こうなのだ、こうして声も掛けて貰えたのだ。ここはスルーが一番かもしれない。

「……自己紹介、ありがとうございます」

 とか思ってたら古泉が突っ込んでいた。
 彼は失礼なこと言ってんじゃねえよと古泉に突っ込みたかったが、甚平の女性は普通に「応」とだけ応えてくれた。

「えー、と、ここにはよく来るんですか?」
置いていかれるのはごめんだとばかりに、彼は甚平の女性に声を掛ける。

「ああ、たまにな、で、今回は失業記念ということで、アパートの隣人が奢ってやるというので着いてきたわけだ」
 そう言って甚平の女性は店の入り口を見ていると、男が一人入って来た。
「来たようだ、それじゃ、また縁があれば」
 甚平の女性はそうして店の奥に消えていった。

 そして

 店に入って来たその男と

 彼は

 すれ違った。

「     」
「     」

 彼は何かを喋った気がするし、向こうも何かを話したような気がした。
 だけど彼は本当に話したかどうか解らない、おそらく向こうも同じだろう。
 彼と彼は多分これからずっと会うことは無い。
 もう一生会うことはない
 もう二度と、そして、彼と甚平の彼女もだ。
 もう三度目の縁も、起きないだろう。

 だが、何かが始まるには、それで十分だった。

 その後、涼宮は満足してくれたらしく、時間も遅いので、ホテルに戻ることになった。
 彼は財布の中身のほとんどを使い勘定を済ませ。茶店をあとにした。

「それで、みいこさん、何頼みます?」

「この店で一番高いものから頂こうか」
「解りました」
「……なんだ、羽振りがいいな」
「ちょっといい仕事があったんで、懐には余裕あるんですよ」
「ふむ……しかし、いいのかお前」
「……? 何がですか?」
「あの、うにーの子、家にいるんじゃないか」
「ああ、あいつはいいんですよ、あいつの僕への愛は本物ですから、この程度じゃ何も起こりません」
「…………」
「……冗談ですよ、冗談です、冗談ですってば! 帰ろうとしないで下さいよ。今家にいないんです、何でもちょっとややこしいことがあったらしくて、本家にいるんです。そんで暇だったからみいこさんを誘っただけで、やましい気持ちは全くないんです。」
「ほう……」
「それに今アパートに居るのはあいつですよ。みいこさんも知ってるでしょう」
「ん……ああ、お前の友達の……」
「です」

「変な髪の変なピアスの変な服装した可愛い男の子」

「……」

 最初の異変を彼に伝えたのは古泉だった。

「長門が居ない?」

 京都内某所のホテルで、それは始まる。

「ええ、さっき長門さんのクラスから報告がありました。今日の最終点呼が終わり、その後、クラスメイトの方々は誰も見ていないとの事です」

 現在の時刻はもう今日とは呼べないくらいの時間になっている。
 最終点呼が八時頃だったことから、約四時間、長門は姿を消しているという。

「それで、俺達になんの連絡もないってのはおかしいな……」

 彼女がこのような自体を起こした事はあったが、前回のは彼しか気が付かなかった。
 だが、今回は全員が気が付いている。

「はい、つまり、何かがあってここに居ない。そしてそれには、なんの不思議な力も働いていないんです」
「?……どうしてそう言える?」

「実は長門さんを見た人がいるんです。八時以降に。ロビーのフロントの方が、北高の制服を着た人物が出ていくのを見ていたそうです」

「この事態は大変深刻です。そして何かがおかしい」

 ホテルを出て、適当な道を探索する。

「まず長門さんですが、長門さん自身は自分で出ていかれたのでしょう。そこは普通です。いや、普通と言っていいか解りませんが……
とにかく、ここは置いておきます。おかしいのは周りの方々の反応です。まず長門さんのクラスメイトですが、〔まるで長門さんがいなくなるのが普通〕なような振る舞いでした。教師も同じです。長門さんがいない事を全く問題視していない」

 とにかく、広いところへ。そう思って進むと、大きな川に出た。
 川にそって、歩く。

「そして、ホテルのフロントですが、こちらは更におかしい。〔誰が入ろうが出ようが容認している〕。そんな風でした。おそらく今あなたがホテルを出ても何の注意も受けないでしょう。長門さんも注意されなかったわけですから」

 川沿いをずっと歩いていると、誰かが倒れていた。

「あなたがもし出ていかれるのなら、そうすればいい、ですが、僕は行くことは出来ません。僕の任務は涼宮ハルヒに関することなんですから。彼女の元を離れることは出来ません。」

 街灯がスポットライトのように、倒れている人物を照らす。

「怨まれようと仕方ないことです。申し訳ありません。ですが、僕としてはあなたに出ていって欲しいとは思いませんね。あなたは涼宮ハルヒのキーであり。SOS団の団員なのですから。」

 見慣れた北高の制服。

「そういう意味では、僕は長門さんも大事な方々の中にもちろん入ります。だからあなたを無理に止めようとは思わない」

 灰色のショートヘア

「ですから、あわよくば、あなたと長門さん、どちらにも戻って来て頂きたいものですね」

「……」

「つまり、十分気をつけて置いて欲しい。そういうことです。清水坂でも話しましたが、この、京都を覆う力はとてつもなく強大です。それも一つではない。詳しくは解りませんが、複数の力が働いています」

 本が好きな、ちいさな女の子。

「もしかすると、長門さんクラスの方も、その強大な力の中にいらっしゃるかも知れません。ですが。僕は本心から、あなた方に帰ってきて頂きたいと思っていますよ。
それでは、頑張ってきて下さい。涼宮さんの心配はなさらずに。ああ、もう一度言いましょう。僕は、本心から、あなた方二人に、戻って来て頂きたいです」

「……古泉、……それは」

――――――それは

「それは、無理になった」

 彼は、膝から下が無くなったかのような感覚に教われ、血だまりに、べちゃり、と、飛び込んだ。

「――――長門」

 ぎりぎり残った理性で、血の海を泳ぎ、少女の頭を

 長門有希を抱きしめた。

「長門……」

 いつか、涼宮ハルヒが消えた時、長門有希はやり直そうとしたときがあった。
 彼ともう一度思い出を作り、普通の人間として暮らそうとした。
だが、彼はそれを許さなかった。長門有希は彼にとって、SOS団の長門有希だったからだ。
 そして、処分される筈だった彼女を彼は救い。彼女は彼にありがとうと言った。

「長門……」

 長門有希は人間では無かった。機械のように冷たく、ただのロボットのような。無機質な感情。
 それでも、彼女は人間でありたかったのかも知れない。
 彼女は人間では無く、宇宙人であり、ロボットであり、幽霊のようでもある。それでも

「ながと……」

「それでも俺は、お前は人間だと思ってるよ」

 彼は思う。こいつにはこれから先、どんな未来があったのだろうと。
 彼女なりに頑張って、感情を手に入れることが出来たかも知れない。
 そして、笑い、泣き、怒り、喜ぶことが出来たかも知れない。
 そして、誰かを好きなって、誰かと幸せになったかも知れない。


 そんな思いはすべて、今日、ここで終わってしまった

「――――なんで……長門、なんで……」

 すべて空っぽになった気がした。
 もうすべて無くなった気がする。
 もう何もこわくないようなきがする。だから。

 だから。誰でも殺してしまえそうな気がする。



 そして、彼は自分を取り囲む人々を見た。


十人ほどの人々に彼は囲まれた。いや、囲まれたのではなく。最初からそこにいた気がする。

男性もいれば女性もいる。子供もいれば老人もいる。
人々に共通することは、それは全身至る所にある血のあとだった。

長門の、血。

彼はそんな気がした。長門はこいつらにやられたのだと、そう思った。
長門は、色んな所が無かった。
腕の一部、髪の毛、指、服、足。

彼はただ人々に

それを返してもらおう

そう思った。

………

……


気が付けば彼は死体のサークルの中心にいた。

真ん中のスポットライトを浴びた死体の隣に彼は寝転んで考えていた。
何故、長門が殺されたのか。
長門を襲った人々は、長門の失った所を持っていた。

正確には、食べていたので、返してもらうのに苦労した。

この人々は、元から死んでいた。頭を潰しても動くので、面倒になり。足をちぎって捨てた。死体だったせいだろうか、簡単にちぎれた。

だからこそ、腑に落ちない。

長門がこんな連中にやられたりするだろうか。長門はいうなれば超人と言っていい者なのだ。そんな彼女が、こんな連中にここまでやられるのはどう考えてもおかしい。もしかすると、他に誰かが―――


「何だか傑作な景色になってんな、ここは」


瞬時に跳び起きる。
そして、声の元に向かって最短距離で走―――――
「落ち着けよ。そんなぼろぼろな身体で俺と殺り合うなんざ、百年遅い」

身体が、動かない。
何か、身体中を覆っている。何か巻き付いている。
「一仕事やろうと思って来てみりゃすげえことになってっからびっくりしたぜ。あんたがやったのかい」

短パンにTシャツ、サバイバルジャケット、何より一番目立つのは顔面にまがまがしく存在する入れ墨。
「俺の名は零崎人識、あんた、名前は……ああ、いいや、名前を聞くとろくなことがないからな、それに」
零崎人識は

「あんたもう零崎に成ってるみたいだしな」

そう言って、彼の元に近づいた。


「呪い名?」

「ああ、数ある殺し名の対なる存在。名前の通り呪いを扱うエキスパートだ。アンタんとこの宇宙人さんがどこぞの究極生命体だったとしても、下手すりゃ負けちまうかもな。」

「そんなものなのか?」

「そりゃそうさ、アンタがどんな感覚で強さってもんを知ってるかは知らないが。相性が悪けりゃ綺麗に敗北するぜ」

「ふん……」

あのあと。
彼と零崎人識は、円になった死体から財布を抜きとり、人識が血まみれだった彼の服を買い、今はとあるカラオケボックスに入って話しをしている。


「ところでさ、あんた、"それ"はどうするんだ?」

そう言って、零崎人識は、彼の隣に置いてある大きなボストンバッグを指差した。
「……こいつを、"それ"と呼ぶな」
長門有希は……、連れてきた。
死体から抜き取った財布で大きなゴミ袋とボストンバッグを買い、彼はその中に長門を入れ、ここまで運んできた。
「こいつは物なんかじゃないんだ」
「ゴミ袋に入れてバッグに押し込んだ奴の台詞とは思えないな」

……空気が、凍りつく。
が、それも長くは続かない。

「動くなよ。ていうか、動けないだろ?」

「……っ」
身体が、動かない。動かせない。
指は動くが、腕が動かない。
足首は動くが、膝が上がらない。
首は動いても、頭が動かない。

頭が動いたとしても、頭が働かない。

「落ち着けよ。ここで揉めたって何にもならないぜ」
どの口が……そんな……

「言い方が悪かったな。俺が言いたいのはさ。さっさとそいつを離してやれって事さ、解るか?」

「……」

「俺に言えた口じゃないけどさ、死者に対する冒涜っか、その辺だよ。あんた、今のそいつが何に見える?」

ちらり、と、ボストンバッグを横目で見る。
肉の塊だ。ただの、重い肉。

「お前は、何に見えるんだ」

零崎は「ふん」と言って、彼の隣にあるバッグを開いて、眺めた。
長門だったものの顔がある。

「ただの死体だな、あんたの言ってることが本当だったとしても、宇宙人には見えないよ。血も赤いしな

立派な、人間の死体。

ただそれだけだ」

「……そうか」

彼は何故か、この殺人鬼に何かを救われた気がした。この肉の塊を、人だと言ってくれたことに、少し感謝した。そして、彼は思った。

「じゃ、どうしような、"これ"」

これはもう長門じゃない。そうしてしまおう。と。

「それじゃ、話を戻そうか」
零崎人識はそう言いながら、夜の京都を歩きだした。
ちなみに、彼が持っていたバッグはカラオケボックスに置いて来た。重くて動き難いから、という理由で。
「呪い名の話だったな……あいつ等なんだが、正直、復讐なんて思いで挑むんだったら、関わらない方がマシだぞ、あんたみたいな新米じゃ、遣われてお終いだろうな。」
「遣われる……?」
「さっき死体が襲ってきたんだろ? ああなるってこと」
死体。
長門有希。
「しかし、それじゃ長門はどうなる? あいつはああ見えて宇宙人だぞ?」
人間じゃ、ない。
「だからさっきも言ったろ。あんたの知ってる宇宙人がどんなに強くても、相性が悪けりゃ負けちまう、そんなモンなんだよ」
「それに」と、零崎は続ける。
「呪い名ってのはあくまで俺の予想だからな、あんたにゃ解らんかも知れないが、今、京都にはありとあらゆる力が集まっているからな。別の勢力って線も捨てきれない」
『京都を覆う力はとてつもなく強大です。それも一つではない、詳しくは解りませんが、複数の力が働いています』
彼は、古泉一樹の言葉を思い出す。

「なあ、なんでこんなことになってるんだ? お前は何をしているんだ? そして―――――」

「―――――零崎ってのは、何なんだ?」

さっきから自分は何もかも置いてけぼりだ。彼はどうしても、今の状況を整理したかった。
そんな彼の前を先行していた零崎はけだるそうに振り返り、面倒くさそうに、言った。
「質問ならさっきのカラオケボックスで全部済ましとけよ……」
「しょうがねえな……」と愚痴りながら零崎は、近くにあった自販機でコーヒーを買い、近くにあったベンチに座った。
彼はブラックで、零崎はカフェオレだった。
「それじゃ、質問の順番通りに説明していこうか――――」

「最初は小さな異変だったそうだ。だが、時間が経つごとに……、いや、そいつが近づいてくるごとに、と言った方がいいだろうな。とにかく、そいつが近づいて来るごとに、異変は大きくなっていった。
何があったか詳しくは知らないが、この地のありとあらゆる所がひっくり返ったみたいだぜ。そしてそれは、俺達の「暴力の世界」にも影響した。」

零崎は、気だるそうに説明を続ける。

「まあ、そんな、俺達をここまで、表の世界まで引っ張りだした馬鹿野朗を放っとくわけにはいかないからな。
そういうことで、俺達はここに集まった。そして、俺達七の殺し名六の呪い名が集まったことで、四神一鏡やら玖渚機関やら、そんなあんたが知ることも出来ない連中が集まった。
そんで今、そいつらは限界まで振りまくった炭酸ジュースみてーになってるってことだ。で、あんたの友達はその巻き添えみたいなもんだ」

そう言って零崎は、飲みきった空き缶を近くのゴミ箱にシュートする、空き缶は、吸い込まれるようにゴミ箱に収まった。

「だから俺はその、ここをひっくり返した馬鹿野朗を探していた。で、そこで――――――」


「あんたが零崎に成ったのを見たって訳だ」


「さて、最後に零崎について、説明してやる」
零崎は、ベンチから立ち上がる。
「零崎っつーのはな、殺し名七名の一つ、序列三位に入る一族の名前だ」
そして彼も何かを感じ取り、立ち上がる。
「知っての通り、俺の、殺人鬼の名前だ。俺達、零崎一族全体を指す」
目の前には、足取りのおぼつかない人影が、ちらほら。
「俺達はいつの間にか生まれる。そして理由なく殺す。」
十、二十、まだ増える。
「そして、零崎は「俺達が起こす行動」のことを指したりもする」
そして、彼等の周りは人だけとなる。
「まあそれは実際、今体験したほうが解り易い」
零崎人識はナイフを構える。

「さあて、それじゃお前等――――――」

殺して解して並べて揃えて晒してやんよ

殺人鬼はそうして視界から消えた。

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最終更新:2009年05月13日 00:44