真宵はせいいっぱい頑張っているらしく、できるだけ胸を張って立とうと努力しているようだった。
 たまに、不安げに腕で前を隠しては、気がついてそれをどけるのを繰り返していた。
「御剣検事。あの、なんか、なんともいえない顔してるんだけど、何考えてるの?」
「このまま回れ右してうちに帰って布団かぶって眠りに落ちて、何もかも忘れてしまいたいなあというようなことを考えている」
「やだ、何それ」
「だから、そのぅ」御剣は文字通りに頭を抱えた。「君は、その、なんだ。もともとそのー、は、生えない体なんだろうか」
「あっ……そっか。これ」と真宵は恥じたように、股の一本筋を指で隠した。
「あの、きのうの夜、お風呂でお手入れしようと思って、でも、どんな水着かわからなかったから、どれくらい剃ればいいのかわかんなくて。
 剃ってるうちに、なんかすごいへんになっちゃったから、えーいって思って、全部、きれいに」
「……全部、きれいに」
 目のやり場が困るにも程がある。いや、なぜ目をやらないといけないんだっけ。
 そもそも、我々はなんのためにこういうことをしているんだったろう。
 なぜ、真宵くんが一糸まとわぬ姿で自分の前に立っているのだろう。
 ここはどこなんだ。というか、私は誰なんだ。
「もっと、ちゃんと見て」
 白目どころか、すっかり目を回しているのを知ってか知らずか、真宵は追いうちをかけてきた。
「見てるさ」御剣は自棄になって顔を上げた。「とてもきれいだとも。作り物を見てるみたいだ」
「ほんと?」
「本当だ。……ああわかってる、こう言ったら君はどうせ、じゃあそれを証明する証拠品を提出しなさいとでも言うんだろう。顔がそう言ってる。
 こっちに来たまえ。思いっきりつきつけてやる」
「あっ、あたし別になんにも、……や」
 御剣は強引に彼女の手をひっぱって、自分のもとに引き寄せ、とうの昔に限界まで怒張しているものに押しつけた。
「君の体はまだ成熟の途上にあるようだが、しかし、大多数の人間が、充分以上に美しいと認めるだろう。
 私もそう思っている。正直言って想像以上だ。これでわかったろう」
「あ、想像してたんだ。はだか」
「…………」
 彼が押しつける手を離しても、真宵は手を添えるのもやめなかった。そのうえ、御剣の胸に頭をくっつけると、遠慮がちに、軽く握りしめたのだ。
「見たい」と真宵はつぶやいた。「あたしも」
「ま、真宵くん。あのな、私はだね」
 あまりにも無意識下にやっていたことだったので、自分が真宵の言うとおりに服を脱いでいたことに気がついたのは、最後の一枚の、黒のビキニパンツに手をかけて、我に帰った瞬間だった。
「私は、このようなことが……君を傷つけるんじゃないかと」
 御剣は真宵を力いっぱい抱きしめた。ロマンチックではなくなるくらいに力を込めて。
「キスして」真宵が真下から彼を見やる。
「あの、真宵くんね。ちょっとはその、人の話を」
 彼は真宵のあごを上げさせ、唇と唇を重ねた。御剣が舌を伸ばすと真宵の唇に触れ、腕の中でその小さな身がかたくなる。
 あごを掴んだ手で口を開かせて舌を侵入させると、真宵は、んっ、と鼻を鳴らして、本気ではなく抵抗する。
 舌の先で歯の裏をなぞってやると、抵抗にも少しやる気が見えてきたが、しかし彼女のほうからおずおずと舌を絡ませてきた。
 先と先でちろちろやる程度ですませるかという気はまったく失せていた。奥まで届くように深く口を口に押しつけて、執拗なくらいさんざん絡みついてやった。
「んぁ、はぁっ」ようやく口を解放された真宵は、とろんとした顔のまま肩で息をした。
「さっきの話だが」
「あぅ……ん……なあに?」
「いや、なんでもない」
 彼は真宵の腰を抱え上げてフロアタイルの上に横たわらせたが、
「ひぁっ」高い悲鳴をあげて彼女は飛び上がった。「冷たいよう」
「ああ、そうか。冷たいか」御剣は立ち上がった真宵を後ろから抱き、そのまま壁の前に立たせた。
 彼がわざと腰を突き出して真宵の腰とお尻に下半身を密着させると、小さな声が上がるのが聞こえた。
 彼の自分自身が、一枚の布をへだてただけで真宵の柔肌に触れている。痺れるような快感が体を震わせる。
 御剣は背中から両手をすべらせて胸のふくらみを包んだ。
「あ……っ」
「けっこう、発育がいいな」
 しばらく揉みしだいて感触を楽しんでから、急に体ごと壁へ押しつける。
「やっ!」真宵は壁に両手をついて離れた。御剣は乳房から手を離さないまま、その先端が冷たい壁に触れるか触れないかくらいのところまで、再び体を押しつけさせた。
 真宵はのけぞって逃げようとしたが無駄だ。きつく掴んだ乳房を動かして、乳首には指を触れないまま、壁にごく軽くこすって愛撫した。
「やぁ……や、やだ……」
「冷たくて、気持ちいいのか?」
「やだっ、やだ、やだぁ」彼女の声はせつなげだ。「違う。こんなの……ちゃんと触ってぇ」
「こんなに気持ちよさそうなのに」
「でもっ、ぁん……やだよお」
「少し、いきなり感じすぎなんじゃないか? 処女なのに」
「や、そんな、いや……」
「そうかな。私は嫌ではないが」御剣は彼女の体をひっくり返して前を向かせた。「もう少しだけ、意地悪がしたい」
 上気してぷっくり膨らんだ真宵の乳首を、爪を使ってはじいた。「あぁんっ!」
「痛いか?」
「ん……わかんない、痛いけど、気持ち……よかったかも」
 彼は二度三度と繰り返して、そのたびに彼女が高く声を漏らすのを楽しんだ。
「あぁうん……あ、あの、やっぱり、痛いのかも……」
 御剣を見る真宵の目は、もういじめないでほしいと懇願していたが、しかし同時に恍惚に濡れている。
 そんなもの、いじめてほしいと言われているようなものだ、と彼は更に嗜虐心を刺激され、急激に昂ぶった。
「そんなにいい声を出されると、痛いと言われても続けたくなるな」
「や。ひど……」
 そのとき、およそ似つかわしくない能天気な声が飛び込んできた。
「真宵ちゃーん? 御剣もいるのか?」


 色っぽく桜色をしていた真宵の顔が、みるみるうちに青ざめていった。
「な、なるほどくん! あ、あ、あ、あの」
「開けていーい?」
「だめっ! だめっ!」
 御剣は真宵の白い胸の谷間に顔をうずめて、右の丘のふもとを強く吸った。「あ……!」
「決心、にぶっちゃった?」
 キスマークの出来に満足もしたので、彼は舌をすべらせて頂上を弄んだ。「あ、あぁ、うんぅ……そうなの」
「本当? 大丈夫なのかい?」歯で軽く甘噛みする。
「ん……ん、だいじょおぶ……」
 不意にウエストのくびれに場所を移して、唇と舌で軽くくすぐる。「やぁっ!」
「真宵ちゃん?」
「あ、あのね、もうちょっと」逃げ出そうとする真宵の腰をしっかり抱えざまに、首筋に口づけた。「もうちょっと……あぅ。時間が……ほしくて」
「そうか。心の準備をしてるってこと?」
 御剣はわざと音を立てて真宵の首に吸いついた。「あ……ん。うん……準備」
「真宵ちゃん、泣いてるの?」
「ん、あの、だ、大丈夫」
「御剣はいるかい?」
 その時彼は座り込んだ真宵の足首を掴んで、つま先を口元まで大きく引き寄せていたところだった。「何だ?」
「彼女を頼むよ。うまく、元気づけてやってほしいんだ」
「そうだな。努力しよう」彼がしゃべって足の裏に息が吹きかかるたび、真宵は息も絶え絶えに上半身だけ転げまわった。
 足音が遠ざかるのを待って、彼女はやっと抗議の声をあげた。「ひどい……ひどすぎる!」
「おっと、もうおしまいなのか。せっかく、これからがいいところだったのに」
「御剣検事。なんか、性格違う……さっきまでと……あ」
 彼は頭を足の間に割り入れて、太もものごく付け根のあたりにキスしていた。
「……シャワーくらい浴びたかったな。せっかくの初めてなのに」
「なんだ。本当だったのか」
「そ、そんなぁ」
「しかし、こんなに反応がいい処女なんて……」ピンク色の裂け目に中指を添わせると、既に溢れた蜜が彼を奥へと誘っている。
 御剣はそっとそれを押し開き、薄い皮の中に小さな突起を探しあてて、すくった蜜を優しくこすりつけた。
「あっ」
「オナニーはするのか?」
「え、あ、……その。ん……す、する」
「そうか。だから、そこそこ濡れるのか。ここをいじるのか?」
「やっ。あ、あの、はい」
「指で?」
「ぅん……」
「こうやってか?」
「はぁっ。やだ」
 真宵の全身がふたたび熱を帯びはじめた。セックスの最中にべらべらしゃべるのはもともとあまり好きではなかったが、返事が、苦しげで舌っ足らずなので、なんとなく、話しかけるのが面白かった。彼女が羞恥から顔を背けて隠してしまっているのがつまらなかったので、もう一方の手で顔を向けさせた。
「いつもやっているのかね」
「いつも……いつもってわけじゃないけど……ああぁ」
「というと、週に7回くらい?」
「あ、やだっ……そんなこと」
 真宵の目を覗き込むと、いかに彼女が悦楽の波に打ち震えているのかがわかる。
 少し、強くねぶってみた。
「あぁぁっ……!」
「痛いか?」
「あ、あ、あぅ、気持ちいい、けど……なんか、刺激が強すぎる、みたいで」
「ベッドでオナニーしているのか? それともお風呂?」
「あぅ……おふとんの中で……はぅあっ」
「オナニーの時でも、こんなに大きな声を出すのか」
 真宵の声は声にならず、ただ、かすかにうなずいたのがわかった。
「君はたしか、里から下りているあいだは、成歩堂のアパートをルームシェアして、その一室に泊まっていると思ったが」
「んんぅ」
「一度だけ何かの用事でたずねたことがあるが、ボロくて、いかにも、家賃の安そうなところだったな」
「あっ……あぁっ……それで、それが」
「いや。これだけ大きな声で自分を汚していたら、成歩堂にも筒抜けなんだろうなと」
「え。そ、そんなこと……きっとないよ」
「どうして」
「どうしてって、だって、そんな。な、なんとなく」
「おそらく、彼は壁越しに君の声を聞きながら自分もオナニーしてるんだろうさ。こんなにいい声を上げるんだ。賭けてもいい」
「や、やぁ……そんなことない……」
「羨ましいな。なんか、腹が立ってきた」
 御剣は真宵に添い寝して、横向きになって、彼女を後ろから抱いた。
 下着を脱いで、彼自身の先端を、濡れた割れ目に軽く押しつける。
「あ、御剣検事……あの、お、怒った?」
「別に」と彼は答えた。「……本当に犯罪者の気分だな。こんなにぴったり閉じてるところを、無理矢理こじ開けるなんて」
「んぁ……ちょっと怖い」
「大丈夫。その前に、こっちでのぼりつめてもらう」
 彼はまた指を真宵の陰核に這わせた。「いつも成歩堂に聞かせてる声を、私も聞きたい」
「やだ。……そんな言い方」
「もうオナニーはするんじゃないぞ」
「え、やん……きっ、きもちはわかるけど、でも、ちょっとひどぃ」
「これからはずっと、いつも私がこうしてやるから事足りるだろう」
 ごく軽く指の腹で陰核に触れ、しかし大きく円を描くと、真宵はすぐ背筋を弓なりに反らせた。
「んっ……!」
 指を小刻みに上下させて、力を入れすぎないようになぶる。
 早くも限界なのだろう。足にぴんと力が張っているのがわかる。
 自分もそろそろ我慢ができなくなってきそうだ。余裕をよそおっているが、本当は一秒でも早く彼女を貫いてしまいたかった。
「あっ、やぁ、あっ、あっ、んああぁぁ……!!」
 真宵の体が一度、派手に痙攣した。彼女は悩ましい声を断続的にあげたまま、絶頂の最中にいた。
 腰が何度もぴくぴくと跳ねるのがかわいくてたまらなかった。
 御剣は真宵の腰を両手で上げて、そそり立った自分自身の前に据えた。「抜いてくれ。足の力」
「ん」
「入れるぞ」
「あっ」
 焦ってはいけないと自分に言い聞かせながら、彼は自分自身を挿しいれていった。
「……いたい」
「痛い?」
「うん、いたい……」
「すまない。先に指で慣らせておけばよかったかな」予想はしていたことだが、やはり罪悪感に苛まれる。
「やだ、やめないで」
「とは言っても」まだ亀頭すら入りきっていないのに、真宵はただただ苦痛だけに顔を歪ませ、痛いほどきつく肩に爪を食い込ませてきている。
「狭すぎる。時間をかけて指で広げ続ければ、できるようになると思うんだが、ただ、今日はまだ、その。ペニスは無理だ」
「やだあ」
 真宵は子どものようにいやいやをした。
「仕方のないことだよ。気にするな」
「やだ……、ほしいよ。み、御剣検事の、すごく入れられたい……ずっとほしかったんだもん」
 御剣のものが再び首をもたげてくる。「そんなかわいいことを言ってもな。だいいち痛い思いをするのは君だぞ」
「痛くてもいい。ね、お願い、できるところまでさせて……無理しないから」
「……無理そうになったら、ちゃんとすぐ言えるね?」
「うん、約束する」
 御剣は再びそれをあてがい、ゆっくり埋める。
 彼は真宵が怪我をすることをひどく心配していた。
 勝手がわからない彼女が耐えすぎてしまうのも懸念していたが、何より自分の自制心をいまいち信じることができなかったからだ。
 締まりがきつすぎるとはいえ、愛液のせいで充分すべりはいい。ちょっとくらい抵抗されたって簡単に奥までねじ込められるだろう。
 思いを遂げて体を重ねてなお、誘惑をしりぞけなければならないとまでは考えが及んでいなかった。
「ああああぁぁっ……」
 中は沸騰しそうに熱い。
 真宵の上半身が逃げだしたそうに暴れた。床に投げ出された手が何か掴むものを探しては弛緩する。
 御剣がなおも腰を進めると、真宵は手で口をふさいで悲鳴をおさえようとした。
 しかし声はまだ洩れ聞こえる。見たこともないような表情が、本当に痛々しかった。
「やめるか」
「……ぃ……今、ど、ぉぁ、どこまで……半分くらい……入ってる……?」
「ようやくカリ首までおさまった」
「うそぉ……」
 なんだか自分がもの凄い悪者になった気分だった。
「大丈夫か?」
「ん……やめないで」
 彼はこれ以上深く入れるのをやめて、小刻みに腰を動かした。
 律動にあわせて真宵は声をあげた。膣の入り口が痛いほどに絡みつく。感じたことがないくらいの気持ちよさが男根から下半身全体まで響くように広がる。
「くっ」御剣は歯を食いしばった。すぐに達してしまいそうだが、なんとか食い止めることができている。
 自分の下に敷いた真宵が流す涙が、歓びからのものではないということへの背徳感のおかげだ。
「えあっ、くはぁっ、御剣、検事……」
「んっ……」
「あ……きもちいい?」
「ああ。すごく気持ちいい」
「ほんと? うれしい……」真宵は一瞬だけ頬の筋肉をゆるませて、彼に笑いかけた。
 快にしろ不快にしろ、見たことのない表情ばかり浮かべていた彼女がしばらくぶりに見せたいつもの笑顔だった。
 御剣は今までに幾度となくその笑顔を見てきたことを思い出した。
 いつごろからのことだったろう、彼女が他の男にそうやって笑いかけているのを見ては胸がちくちくするようになっていた。
 そして、その笑顔に自分に向けられたときは、それ以上に痛くなった。
 昔の悪夢に再び襲われるとき、部屋をどんなに明るくしても、家具が落とす影の中から悪魔が手を伸ばしてくる妄想に彼はおののく。
 そんなとき、真宵がいてくれたらと思った。自分すらまぶしすぎて正視できないくらいの彼女が一面を照らしてくれたならと。
「うれしい……あたしと御剣検事、つながってる……」
 そう、繋がっているのだ、その真宵くんと……自分と一番遠いところにいると思っていた少女と、いまこんなに近づいている。
 御剣はてっきり限界まで屹立しているものだと思っていたが、更に血液が集まって自分のものが膨張するのを感じた。
「少し、速くするぞ」
 彼がピストンの速度を上げると、真宵はまた大きくのけぞった。濡れた目が許しを請うように御剣を見つめる。
 早く果ててしまったほうが、彼女のためなのかもしれない。
 出し入れする男根はとうに精を漏らす寸前なのだが、遠慮があるせいか集中できない。
 体の底から突き抜けてくる快感でめまいがする。もどかしさで気が狂いそうだった。
「あぁ」
 御剣の頭を埋めつくしているのは、ただ一つのことだ。
 もっと深く……もっと……少しでも、深くに……中に入っていきたい。
「みつるぎ検事ぃ……くあぁっ……」
「あっ、ああぁ」
「いいよ、あっ、も、もっと……いれても……」
 彼女の顔はたしかに苦痛と絶望でくしゃくしゃだった。
 しかしそう言った真宵の目の中には期待の光があった。
 性的な気持ちよさの問題ではなく、ただ好きな人のものを受け入れたいという強い願い。
 彼は真宵を抱きしめると、彼女のせつなげな喘ぎ声を耳元で聴きながら、自身を深く挿していった。
「あああぁ!! うっ、あ、ああああ」
「真宵くん、いくぞ」
「あっ、あっ、くはぁぁ……」
 腰の動きを大きくしていきながら、どんどんこじ開けていく。
 きつすぎる。締まりがよすぎる。ふつう、気持ちいいどころか痛いか苦しいくらいのはずだ。
 だがそのために、かえって強姦のそれと違わないすさまじい征服感がこの上ないほど御剣を酔わせていた。
「ああ」と御剣は喘いだ。「おっ、おぉぉ」
「いやぁぁぁぁ……だめえええっ!!」 
 肉棒は精液を吐き出すたびに繰り返し大きく蠕動し、それは異常だと思えるくらい長く続いた。
 やっと全てが終わったとき、御剣はそのまま倒れこんでしまいたくて仕方がなかったが、なんとか今の行為の後始末だけはすませた。
 放心しきった真宵の隣に横たわり、彼女の耳元に口を寄せる。
「真宵くん……」
「…………」
「聞こえるか」
「ぅん……」
「……さっきから気になってたんだが……」
「…………」
「私は。ええと。まだ、ちゃんと、好きだとか言ってないような気がするんだが……」
 真宵は目を閉じたまま力なく首を縦に振った。
「じゃあ、その。つまり。好きだ」
 真宵は心底重たげに体を横に向けて、御剣に抱きついた。流している涙が彼の頬にも伝い落ちた。
「あのね」
「うん」
「すっごい痛かったの。すうううううっごく。いままでの人生の中で多分いちばん」
 真宵のうなじの甘い匂いと、床が抜けてどこまでも落ちていくような果てしない後悔とを同時に味わうのは、その対比からいってなんとも大変な具合だ。
「……私は、……なんといったらいいのか」
「違うの。痛かったけど、いままで生きてきて、いちばん幸せ。幸せで泣いてるの」
 彼女のほうから口づけをしてくる。二人はしばらく舌で突つきあった。
 相変わらず御剣の胸の底にはどんよりと罪悪感が渦巻いている。
 だが、いつかは、これでよかったのかもしれない、と思えるようになる気がしてきたことが救いだった。
 大変なのはこれからだ。覚悟を決めると、自分の中の、彼女を愛しく思う気持ちを直視するのが前ほど怖くなくなっていた。
「……みんな怒ってるかな」
「成歩堂がうまく言ってるだろうさ、体を使って言うことをきかせてる最中だ、とかなんとか」
 御剣がけだるげに体を起こし、しかし不意にその動きが止まる。
「これから撮影か……。しんどいなあ」
「…………」
「誰かさんがいっぱいキスマークつけるし。あーあ、ひんしゅくだろうなあ」
「…………」
「御剣検事?」
「いや。ちょっと」
 彼は部屋の一角の、崩れた瓦礫が重なっている箇所に目をこらし、不審に思って手を伸ばした。


 結局、帰ってこれたのは日付が変わってからだった。 
 留守番をさせてしまった真宵に申し訳なかったが、鍵を渡しておいて正解だったとも思う。
 彼女の第一声は、「あたし、お手柄なのに、金一封も出ないの?」だった。
 発見したのは君ではなく私なのだからと言っても、まだ納得がいかないようなのが、彼女らしくておかしい。
「でもさー」
「ん?」
 二人は楽しみを引き延ばすために、まだ寝室へは行かず、居間のロッキングチェアの上でじゃれあっていた。
「御剣検事があのカメラ見つけてくれなかったら、あたしあのまま裸撮られてたんだね。
 そのときは、成り行きで、結構しょうがないかって思ってたんだけど、今思い返すと、ほんっとどうかしてたね」
「たしかに、そうだな」
「感謝しなくちゃね」
「そうでもないさ。あの取り引きが失敗に終わっていても、証言を引っ張り出す方法は、いざとなればいくらでもある。
 もとより誤認逮捕など警視庁の十八番だ。……まあ、あくまで君がそう望むのならの話だが」
「うわ……すごーい。黒い検事の面目躍如! 怖いなー。あたしのことはもうしょっぴかないでよ、お願いだから」
 瓦礫の中に隠してあったカメラの他に、ロケ車に積んだ機材の中から、受像機とそれに繋がったレコーダが見つかったのが決定的だった。
 何も弁護士と検事が同行しているときにまで犯行を決行することはないと思うのだが、かなりの常習犯だったらしく、甘く見ていたのだろう。
 発覚のおかげで、当事者以外は誰もが、真宵の泣きはらした顔をそのショックのためだと思ってくれたのが、御剣にとっては幸運だった。
「あ、でも、ちょっと待って。その代わり、あの。カメラには写ってたんでしょ? さ、最初から最後まで」
「そうだな」
「立派な証拠品だよね……。やっぱ、みんな見るのかな。警察の人とか」
「心配はいらない」真宵は自分の足の間に頭を置いて見上げてくる。可愛く思って、思わず髪を撫でた。
「受像機についていたのは大容量メディアにリアルタイムで書き込んでいくタイプのレコーダでな。
 ああ、これは押収品のチェック作業にねじ込んでもらって私が確認した」
「……なんか、御剣検事の職権濫用っぷりを見てると、この国の司法制度がすごくたのもしく思えてくる。
 ていうか、もう日本じゃ検事でも何でもないのに、どうしてそう権力が泉のように湧き出てくるのか、不思議なんだけど」
「一部始終はあますところなく一枚のメディアに収まってある。これも私が確認した。
 で、そのあとが問題なのだが、実は、証拠品整理の際に紛失してしまったのだ」
「え、えええええ!! それってすごい大変なことじゃないっ!!」
「どうも何者かが持ち去ったらしくてな。
 既に家宅捜査で他に証拠品は山ほど押収しているから、何百枚のうちの一枚が消えたところで影響はないとは言え、しかも、だ。
 非常に迷惑なことに」御剣は自分の左胸を叩いて、コンコンという音を聞かせた。
「そいつは、勝手に私の上着の内ポケットに盗んだものを突っ込んでいってくれてな……。まったく、大変、困る」
 真宵は、笑ったような、呆れたような、複雑な表情を浮かべた。
「今でもじゅうぶん悪徳検事だったんだね……知らなかった。……あたしほんとこの国の司法制度が……ん、やっぱいいや」
 彼女が乗りかかってきたせいで、ロッキングチェアは大きく揺れた。二人はしばらく戯れるようなキスを楽しんだ。
「待って、痛い」
「ああ、これか」御剣は内ポケットからスリーブに入った円盤を取り出して、しばらく見つめたあとに言った。
「私が預かっておくことにしよう」
「えっ。ちょっと待って。返してくれないの?」
「どうして」
「どうしてって……恥ずかしいし。返すか、壊して捨てるかしてよ」
「それはできないな。何かあったときに必要になるかもしれないだろう」
「だから、必要とされるのがイヤなのっ! 返して! 返して返して~っ!」
 もちろん、真宵がどんなに暴れても、御剣の力にかなうわけもなく、犬とでも遊んでいるかのように、片手でかるがる押さえ込まれる。
「じゃあ、もし君との関係がダメになったらそのとき返すことにしよう」
「やだー、なんでよ! どういう意味?」
「別にどうもこうも」御剣は目だけで笑った。
「単にそのままの意味だ。ただしその時は君の新しい彼氏を通して渡すとか、けしてそういうことを言っているわけではない」
「ちょちょちょちょっと! 今のって脅迫、きゃわっ」真宵はまたがって座っていたところからあわてて腰を浮かした。
「や……やだっ! サイテー、超サイテー! 今、想像したんでしょ? そんなこと想像して、こんな」
「すまん。若干、ゾクゾクと」
「へんたいへんたいへんたいっ!!」
「わっ、わっ、おい、あんまり暴れるとひっくり返るっ」
 彼女はしぶしぶパンチの嵐をひっこめたが、もちろん目にはまだ闘志が燃えている。
「あーあ。とんでもない男にひっかかっちゃったよ……」
「私も同意見だ」
「はあ。これだもんなぁ」
「本当に私でいいのかね」
 御剣が眉を寄せてわざと挑戦的にたずねると、真宵は、ずるいとでも言いたげに頬をふくらませた。「ばか……」
「私の性格はこのとおりで、そのうえ、いくら障害が愛を盛り上げるといったって、限度ってものがある。
 正直言って、今でも地雷原でダンスしてる気分だ」
 御剣の頭には、真宵の母親や姉、そして成歩堂の顔が浮かんでは消えていたが、真宵はそうではなかったらしく、
「地雷?」と顔が無表情に凍りついた。「……それ、よく男の人が言う『地雷女』ってやつ?」
「ち、違う。だからな、これは文学的暗喩というもので」
「バカにしないでよ。私だって地雷女の意味くらいわかるよっ!」
「殴るな殴るな。早とちりする前に待ちたまえ、つまり、二人の間のあれをだな、道に喩えるとだな」
「たとえなくても、どう思われてるかぐらいわかるもーーーん」
「だから、暴れるんじゃないっ、地雷原というのはメタファーであって、言葉そのものにはさして意味が」
「何よ、アメリカで今までずっとめたふぁーで通用してきたからって日本でもその手でやっていけるとでも甘い考えでいるんでしょ!!」
「真宵くん。だから君は人の話をわぎゃっ」

 二人が一緒にひっくり返ったとき、御剣は大きく床に腰を打ちつけ、しかも手をすべらせて落としたメディアを下敷きにしていた。
 きれいに亀裂が入ったメディアを見て、真宵はこの上ないほど晴ればれとした顔になり、おつりが来るぐらいに機嫌を直したが、ただ、一晩じゅう、御剣の腰が使い物にならなかったことだけはちょっぴり不満そうだった。


(終わり)
最終更新:2008年08月21日 18:04