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4. Praying hands


〈おかしい〉
と、御剣はすやすや眠る真宵を裸の胸に抱きながら、ぼんやりと物思いに耽った。
〈どうして、こうなった。まるで話が違うじゃないか。私は……はっきりとこの子に言った。
『なんでもする』と。どんな努力もいとわないと。それが……それが……なんで、こうなってるんだ。
なんで、真宵くんは、いつでも私の言いなりで……私が言うことならなんでも従うようになっているのだ〉
眼下の真宵はまったく邪気のない顔で、疲れ果てて安らかに眠っている。
つい今しがたまで、御剣の甘い責め苦に泣き声を上げていたとはとても思えないくらいだ。
〈想像していたものと違う。まったく逆だ。くそっ。こんなに楽しいセックスをすることを予想して腹をくくったわけじゃなかった。
私がこの子を抱く前に考えていたのは……もっと、冷ややかだったり、一方的だったり……
たとえば……なんでもすると言ったくらいだ。この子の命令なら、その気になるまで何時間でも犬のように舐めたり……
或いは、たとえ彼女が乗り気だったとしても、意地悪でいつまでもお預けを食らったり、出したくても出させてもらえないとか〉
「う……」
彼自身が再び緩やかに自己主張しはじめたとき、自分で心底あきれた。
初夜の前にそんな妄想で何度か自分を汚したことはあったから、その反応自体に今さら恥ずかしいことはないが、問題は既に今日は何度も真宵の中で果てたあとだということだ。
〈……セックスなんて、ただしちめんどうなだけで、つまらないものだと思っていた。
心を凍りつかせなければいけない相手とだったら、尚更だ。
体が重なっていても、心が重なっていない交わりなんて、苦行のようにつらいだけだと……、
なのに、なのに。私たちは、なんで二人とも、こんなにまでノリノリなんだッ!〉
御剣は唇を噛んだ。
〈ちょっと踏み込もうとすると真宵くんは必ずためらい、一度は拒絶するふりをする。
でも私にはあの魔法の呪文がある。効率だ、効率のために努力してくれ、と。
そうすれば彼女には大義名分ができる。私の無茶な望みにいやいやながら体を差し出すふりをできる。
それは単なるポーズに過ぎない。あんなに物欲しそうな目をして、本当は欲しくて欲しくて仕方がないくせに。
ああ、そして、私ですらその言葉を方便に使ってる。何が効率だ。そんなもの考えているわけがないだろう。
私は……何もかも、ただ、したいからしてるに決まってるじゃないか〉
自分たちが今日やったことを順番に思い出すと、自然に真宵を抱く腕に力がこもる。
一週間ずっと無我夢中でセックスし続けていたとはいえ、少し加速がつきすぎているような気がする。
〈いつも、思い返しては自分でぞっとするとわかっているのに、自制がきかなくなるんだ。
今日私は部屋に帰ってきてすぐ、服も脱がないで床の上でこの子を犯した。
ソファに座った私の足にじゃれついてくるものだから、振り払って倒れ込んだところで、足で性器をぐりぐり踏みつけてやった。
壁に背をつけさせて喉まで私のものを押し込んで、むせてしまうまで思うがままに動かした。
むりやり口を開かせてその中に唾を垂れ落とし、部屋の電気をつけたまま窓ガラスに押しつけて、立ったまま後ろから……!
ああ、ほんとうは、大切にしたいはずなんだ。実際、思い出したように私は彼女をごく優しく抱く。
しかしそんなとき耳の後ろでちりちり音がするのが聞こえる。本能が危険を叫ぶ。
大切に扱うことなどしていたら……もっと……危険な方向へと進んでいくのを知ってるんだ。
何度、絶頂の瞬間、脳味噌も下半身もどろどろに蕩けているとき、うっかり大声で白状してしまいたくなったものか〉
「みつるぎけんじ……?」むにゃむにゃと真宵が呼びかける。
「まだ明け方だ。もう少し寝てなさい」
「う~ん……なんか、ぶつぶつ言ってなかったぁ……?」
「夢を見てたんだろう」
「……あー」
真宵は再び寝息を立てはじめた。
〈子どもみたいな顔をして、とんだサッキュバスもいたもんだ。
だが普通の恋愛関係の末にセックスをするようになったとしても、けして今みたいに狂ったようにつがりまくることはないだろう。
こんな純真な女の子と毎日性に溺れて、しかも彼女はなんでも言うことをきいてくれるなんて、イカサマでも使わなければありえない。
そうだとも、私はイカサマを使ったんだ。実に色々なものを代償に払うかわりにだ。
でも想定外だった。私が覚悟していたのはこんな種類の苦しみじゃない。
楽しんでしまっている自分を嫌悪したり、こんなまともでない日々がいつまでも続くように、と願ってしまう醜い自分を、眼前に突きつけられる苦しみなんか……まったくの想定外だったんだ〉


鏡の中の自分は疲れた顔をしていた。当然、可愛い夢魔にさんざん精気を吸い取られたからに決まっている。
〈本当に夢魔だったらよかったのかもしれない〉と、彼は歯を磨きながら思った。
〈夢から覚めないまま精を吸われ尽くして死ぬか……目が覚めたら何もかも元通りで、私と真宵くんはいつまでもいい友達のままで〉
「はー」と、隣のバスタブに身を沈めている真宵が大きくため息をついた。
「もう、帰る日かぁ。明日からまた家元のお仕事が待ってるよ……頑張らなきゃなぁ」
御剣は口をゆすいでからバスタブのへりに腰かけた。「頭が色ボケで働かないんじゃないか? 身が入らないと困るだろう」
「むう。御剣検事こそ、裁判の最中に思い出してニヤニヤしないようにね」
「痛み入る」
どちらからともなく前回のように口づけを交わしてから、駅のホームで別れたあと、御剣は自分が前に言った言葉を反芻していた。
〈『次のセックスの前戯のうち』か〉
次があればいいと願ったのち、やっぱり、来てほしくないと思いなおした。
そしてそれは、仕事に戻ったあともいつまでも繰り返された。
〈私は犯罪者を憎み続けながらも、自分が殺人者なのではないかと長い間悩んでいた男だ。これくらいのことなど〉
二つの思いに引き裂かれそうになることは慣れているはずだった。ささいな葛藤ぐらい、物ともしない自分であるはずだった。
宙ぶらりんの気持ちのまま、帰国のための休みをとるべく、一心不乱に仕事に打ち込んだ。
引き伸ばされたかのようにのろのろ時間が進む日々の中、彼は祈るように真宵の電話を待ち続けた。
「あのね。生理、来ちゃったんだけど」と彼女が耳元で告げた瞬間、これから少しは気が楽になるとばかり思っていた。
実際彼はその電話の最中は余裕しゃくしゃくだった。「そんな声を出すな。君のせいじゃない」
「はい……」
「いいプレゼントを持っていくよ。期待していなさい」
言いながら、四五日後のフライトに間に合うように、急いでネットを使って商品を注文していたくらいだ。
〈少なくとも『次』があるとは決まったわけだ〉
しかし、それはまったく予想もしていなかった新しい頭痛の種を生み出すことになった。
出発を明日に控えた夜、御剣はアッパーシーツを引きかぶって煩悶した。
〈……温存しなければ〉別に無駄にしようがしまいが、知られようがあるはずもない。
だが、『次』があると知ってからというもの、毎晩手淫を堪えることができないでいるし、濃い精液を出すためだとあれだけ奉仕を強要していることを考えると、良心がかなり痛む。
〈いや、あれは強要なんかじゃない。真宵くんが悪いんだ。私は悪くない。
虐めて虐めて虐め抜いても、終わったあとは、またいつものあの子どもみたいな笑顔を見せてくれる。
そんな顔を見せられたら……また、汚したいと、歪ませてみたいと思うに決まってるだろう。
そして、たとえ私に一分でも咎があるとしても、私のやっていることは正当防衛だ。
それでなくても、肌を合わせるたびに、どんどん心が近づいていくような気になるんだ。
ああ、幻想だとも、そんなものは。思い込みに過ぎない。心まで裸になって、言葉がなくとも何もかも通じ合うような気になるなんて。
しかし甘くて魅惑的な錯覚であり、その分この上なく危険な罠だ。突き放さねば、きっと捕らわれて動けなくなるに違いない。
……ああ、君は私がこれほど苦悩しているのなんて、知ったことではないのだろうな、真宵くん……!〉
ハッと我に帰ると、既に彼の手は首をもたげたそれを、知らぬ間にもてあそんでいた。
〈くっ。帰国は明日だぞ。何故そんなときに、これしきのことが辛抱できんのだ〉
ずっと自分はかなり淡白なほうだと思っていた。じっとしていると頭の中まで白濁色に塗りつぶされそうになることなど、思春期にすら経験がなかった。
〈もうここのところ毎晩だぞ……。こんなことをしていてはいけない……真宵くんのために。う〉
なまじ頭の回転が早いと、そう思った次の瞬間に、明日からの彼女との濃密な日々を連想してしまい、陰茎はいっそう硬く屹立してしまう。
御剣はついに音を上げ、シーツを蹴脱いだ。それを握りしめ、しごき出して、
〈……こんな姿は、真宵くんには見せられないな〉とふと思ったとたん、やはりすぐさまそんなありえない状況を想像してしまうのだった。
『や、やだ。御剣検事が、そんなことしてるなんて……』
〈う。いや違う。これは違うんだ。誤解だ〉
軽蔑した目でこちらを見ている真宵の姿も声も、自分の頭の中のものだとわかっているのに、言い訳をせずにはいられない。
『やっぱり最初から体目当てだったんだ……。もうこんなに大きくなって、すごい速さでしごいてるなんて』
〈ちちち違う違う違うっ! 私の申し出はもともと至極純粋かつ高潔なものだった! わ、わた、私は君のために我を殺して働く気で……〉
『でも、あたしとエッチしてるとこ思い出してオナニーしてるんでしょ? 信じられないよ……しかも、両手派だったなんて……』
〈こ、これはその……つまり……き、君が悪い、というか……〉
『人のせいにするなんて、御剣検事がそんなことするような人だったなんて知らなかった』 
〈ぐうっ……し、仕方がないじゃないか。君は顔も体も子どもみたいなくせに、ベッドの上ではあんなにかわいい泣き声を上げて、でも終わったら元通りになって……そのアンバランスさを狂おしく思わないほうがおかしいんだあ!〉
『ずっと、あたしをそんなふうにすること想像してたんでしょ? 望みが叶ってよかったね』
〈こんな結果になるとは思いもよらなかったんだ。本当だ。こんなに楽しくて、こ……こんなに幸せになれるなんて〉
『恋愛でダメなら結婚で、それがダメなら最後は子種かぁ。そんなにあたしの処女が欲しかったの? ほんと、手段のために目的を選ばない、って感じだよね』
〈違う、違うんだぁっ! やめてくれ!〉
想像上の真宵にひどく罵られながらも、手の動きを止めることができなかった。
〈もうやめてくれ。私のあの決意は悲壮なものだった。信じてくれ。それだけは信じてくれ。ただ……こうなったのは……仕方がないんだ。
仕方ないだろう、こんなに昂ぶるのは……私の下でかぼそく喘いだ少女は……私に下から激しく腰を揺り動かされて中に出された少女は……あの真宵くんなんだぞ!
あの真宵くんが、私に抱かれて……ああ……許してほしい。ああ、私は……君のことを……まだ……あ、あっ〉
御剣は左手で探しあてたティッシュを急いで先端にあてがい、絶頂の波に襲われながら幾度も精を吐き出した。
激しく肩で息をしながら、しばらく言いようのない虚脱感の中に浮き沈みし続ける。
始末をしてから彼は灰皿を持ってきて、ベッドに腰かけて煙草に火をつけた。
禁煙はとっくに諦めていた。
〈あれから、二十年経った〉彼は煙を吐き出した。
〈……子どもの頃は、二十九歳の男というものは、もっとずっと大人であるように思っていたもんだ〉


今回、御剣はロビーで待ち合わせることをせず、真宵を直接ホテルの部屋に呼びつけた。
「きょうは、あのお店にごはん食べに行かないの?」と、部屋に通された真宵は尋ねた。
先月、帰国した日に二人で行った料亭のことを言っているのだろう。
「なんだ。また、帰りの電車の中で痴漢されたいのか」
「そんなわけないでしょ!」真宵は御剣の腹を両手で連打した。
「……もう、二度とあんなことしないでよねっ! すいてるのにあんなことするから、みんな見てたし!」
「わかったわかった」
「……あたしお茶いれてくる」まだ怒りが収まらないように膨れっ面をしながらも、沈黙を気まずく思ったのか、くるりと背を向ける。
お湯が沸くのを待つ間に彼女はソファの御剣の隣に腰かけたが、その途端に腕をひっつかまれ、御剣の膝の上にうつ伏せに倒れ込んだ。
「わ、わあっ、ちょっと待ったぁっ!」
御剣は装束のすそをめくり、あっという間に下着を下ろして、真宵の小さなお尻をむきだしにした。
「待った! 待った! ものっすごく待ったぁ~っ」
「私のいない間に、何回自分で自分を慰めたか答えるんだ」
「え……」じたばたと抵抗していた真宵の動きが止まる。
「早く教えなさい。同じ数だけ、お尻ぺんぺんをしてやるから」
「そ、そそそんなの……!」
真宵はもごもごと口の中で返事した。「やだよ……だって、い、いちいち……かぞえてなんか……」
「なるほど」と彼は言った。「つまり、数えきれないほどたくさんというわけか」
御剣は気が済むまで彼女のお尻を打ち、その白い肌が赤く染まったのと、花びらが緩くやわらかに開きだしたのを見て、満足して解放してやった。
彼の足元に倒れ込んだまま真宵は涙目で大きく肩を震わせている。「……ひどぃよ……」
「そうだろうか」
「そ、そうだよ、いきなりお尻叩くなんて……! しかも、まだ会ったばっかりじゃない。今までは、ごはん食べに行ったりとかしてから……」
「腹が減ったらルームサービスでも頼めばいいじゃないか。クリスマスのカップルじゃあるまいし、面倒な手続きなど要るものか」
「で、でもでも、恐かったもん。びっくりしたし……」
「よしよし。すまなかったね」彼は真宵を抱き上げて膝に乗せ、子どもをあやすように頬を擦り寄せた。「ほら。仲直りのキスをしよう」
舌で唇に割り入って、彼女のそれを優しく絡めとっていくうち、ぐったりとしていた真宵もしだいに応えるようになる。
安心しきった表情で胸に頭を預けてくる真宵から、香水の匂いを一瞬嗅いだ。
〈ズレてはいるものの、昔から年齢より相当大人で、しっかりした女の子だと思っていたのに〉
今、御剣の腕に抱かれ、力が抜けきっている真宵の幸せそうな顔は、子どもそのものだった。
長い間、こんなふうに自分より大きな人間に甘える機会もなかったのだろう。
〈真宵くんのこれほどまでに無防備な顔なんて、成歩堂だって見たことがないに違いない。
この顔を知っている男など、この世で私一人だけなのかもしれない〉
激情にも似た勢いで沸き上がった愛しさが、御剣の胸を砕いた。
いつまでも、真宵に心地よく安らいでいてほしいと思う。彼女を包む幸せを守っていてやりたいと思う。
〈だめだ! そんなことをしていたら、きっと、来るべき時が来ても、離れられなくなる。私もこの子も、だ。
……悪いな、真宵くん。私は、君の優しいお父さんなんかじゃないのでね〉
「さっきは、焦ってしまってすまなかった」
「え? あ、うん……」
「急ぎ足になったのは、理由があるんだ。私のバッグをこっちに持ってきてくれたまえ」
彼女はけだるげに立ち上がり、恥ずかしそうに下着を上げたあと、デスクの下のボストンバッグを、うんしょうんしょと運んできた。
「なあに?」
「プレゼントがあると言ったろう? バッグの中の袋を開けてみなさい」
すでになんとなく嫌な予感がしているのか、真宵は眉を寄せて、気の進まなさそうに言うことをきいた。
ごそごそとバッグの中を探っていた彼女の手が止まり、ゆっくり上げた顔が困ったように歪んでいる。
「やっぱり……こんなことだと思ったよ」
「ご期待に添えられて嬉しいものだ」
「別にご期待してはいなかったけど……あのさぁ、今回も、こっちにいるのって一週間なんでしょ? ちょっと、か、買いすぎなんじゃないかな……」
「いいところに気づいてくれた。私もまったく同意見だね」
「だったら……あ」真宵は、やっと御剣の言いたいことに気がついたのか口をつぐむ。
「わかったかね。悠長に食事にとっている時間なんかないのさ。滞在しているうちにすべてを一度は使用せんとねえ」
「ちょちょちょちょーっとちょっとぉ! いくらなんでも無理があるよそれはぁっ!」
「やってもみないうちからそんなことを言ってもな」
「でも、でも、でもでもでも、なんかまるで使い方が見当もつかないようなものとかもあるしっ!」
「使い方を教えてほしいのなら、どれでもすぐにたっぷり教えてやれるが?」
「そうじゃなぁぁいっ!」
真宵は顔を真っ赤にして、駄々っ子のように地団駄を踏んでいる。
何か言いたそうにしているが、「そうじゃなくて」とか「だから……」とか、言葉の断片しか出てこない。
御剣は腰を上げ、立ちつくす真宵を抱きとめてあげた。
「恐いのかな」と尋ねると、腕の中で彼女がこっくりとうなずいたのがわかる。
「君にはそんな思いをさせてばかりだね。少し、反省した」
「ホント?」
「本当だとも。証拠を見せる準備もある。これからは君にどんなことも一切強要しない」
不安そうに真宵が見上げてくる。「え……?」
「何もかもすべて、君の言うことに従うよ。君の希望があるまで私は何もしない。
一挙一動、前戯のときの順序も、愛撫する場所も方法も、それこそ君の中を突くときの腰の振り方もね。
どうだ、これで充分反省してる証拠になるだろう?」
「え。う、それはそれでかえってちょっと……っていうかね、きょ、極端なんだよっ」
御剣はおどけて彼女の前にひざまずいた。
「さあ、最初はどこから攻められたいかね、お姫様。どこをどうされたいのか、口ではっきり言ってもらわんとな」
真宵はしばらく納得のいかなさそうに御剣を睨む。
「……御剣検事」と不意に口を開いた。
「なんだね」
「ラーメン、とって。出前で」
彼はニコリともせず大げさに肩をすくめた。「了解した」


もちろん、真宵はすぐに彼の『反省』を取りやめてもらうよう頼むしかなかった。
自分の口から、どこに何を入れてほしいのかを言えるわけがなかったからだ。
彼らは前回にもまして自堕落に休日を過ごした。好きなときに眠り、好きなときに食事を運ばせ、それ以外の時間のほとんどを種付けかペッティングに費やした。
二人とも、部屋から一歩も出ることがない。
「こんな、気が狂いそうになるくらい退廃的な休暇は、人生で初めてだ」
あるとき、御剣はふとぽつりと洩らした。「いつも、休みがあっても、家で仕事をしているだけだし」
「うわー。御剣検事って、ほんとに仕事人間なんだね」
「仕事人間というか……それが私の全てだと思っていた。だが慣れないこともしてみるものだな。一生に一度くらいは、こういうのもいい」
そう言って、御剣は顔をしかめて意地悪く笑ってみせた。
「まあ、金にはならんだけで、これも仕事のうちといえば、仕事のうちみたいなものだ」
「……むぅ。おつとめ、ごくろうさまです……」 
「そちらこそ」
真宵は窓の外の朝焼けを眺めていた。「世界が終わってても、気づかないね。こんなにずっと引きこもってたら」
「それは言えてるな」
ベッドに横たわっている御剣からは、彼女の表情は見えなかった。
「あたしたちだけ残して、ほんとに終わってたら、いいのにな……」
虚をつかれて御剣は黙った。
そして、返事をしないことを決めた。肯定しても否定しても、どちらにしても真宵はきっと傷つくだろう。
やがて真宵はカーテンを引き、無表情のままベッドに戻った。彼の隣にごろんともぐりこんできて、おやすみを言った。
〈くそ。せっかく頭が空っぽになっていたのに、ささいなことで現実に引き戻されてしまう〉
連日の疲れのせいか、真宵はすぐにすやすやと寝息をたてはじめている。
人の気もつゆ知らぬ呑気な寝顔を見ていると、腹の底に憎しみさえ生まれてくる。
〈気楽なものだ。こっちはこれほど苦悩しているというのに〉
何も考えずにセックスに打ち込んでいるあいだは、本当に心がひとつになったように思えている。
そして、それが本当に単なる気のせいに過ぎないということを、こんなときに思い知らされる。
縮まったように感じた距離が、また大きく引き伸びていく。
〈いや、そもそもその距離は、縮まってはいけない種類のものだ。
真宵くんと過ごした初夜に私は彼女に懇願した。どうか嫌いにならないでくれと。
それは正直な気持ちだった。今だって同じだ。しかし同じくらい強く、私は真宵くんに嫌われることを望んでいる〉
御剣は真宵の上に乱暴に乗りかかった。驚いて目を覚ました真宵が、目前の彼の顔を見てギョッとする。
「真宵くん……」
「あ、ど、どうしたの?」
「頭の上で天使と悪魔が喧嘩する、という表現を最初に考えついた漫画家は誰だか知ってるかね」
「え。え。え? いや、知らないけど」
「私も知らない」御剣は起き上がって、真宵の腰を持ち上げた。「だが、彼はきっと天才だ」
「あっ、あ、待って、御剣検事……いやぁっ」
真宵のまだ濡れていない場所に男根をあてがうと、彼女は足をじたばたさせて抵抗しだした。
〈徹底的に嫌われれば、あとはただ後悔の海に沈むだけだ。果てしない喧嘩の怒声が頭を悩ますことはなくなる〉 
「いやだ……いきなりなんて……」
「うるさいな。おとなしくしてろ」サイドテーブルの上の潤滑剤を取って、無造作に真宵の秘所に垂らし、亀頭を使って馴染ませる。
「もう、こんなに硬くなっているんだ。すぐに入れられるんだから、入れて何が悪い」
「やだ、やだ、やだ、離してぇっ! いやだよ、こんな……こんな……」
構わず、御剣は腰を突き出し、真宵の中に自分自身をうずめていった。
「あ……ああっ! いたいっ……! やだよ、やだ……やだっ!」
「嫌だだと? 君は自分の立場をわきまえるべきだな」ピストン運動を続けながら、急速に深く押し入っていく。
「この私が君に種付けしてやっているんだ。感謝される筋合いはあれど、嫌がるなんてどうかしてる」
「いっ……ちょっと待って。痛い……し、しみる」
「しみる?」
「うん……入り口のところの粘膜。さっき、奥まで広げられたときのぴりぴりが、まだ残ってて……」
「ぐ。む……」
数をかさねてそこそこ広がってきたはずなのに、やけに痛がると思っていたら、そういうことだったのか。
多少痛めつけても構わないと思ってはいたが、そんな種類の痛みを味わわせることを予想していたわけではなかった。
威勢が削がれることこの上なかったが、かといって、今さら引っ込みもつかない。
「……しょうがないな」
「はぁっ」男根を引き抜いて真宵から離れ、御剣はベッドから降りた。
机の上の財布の中を探る。部屋の中は薄暗い。何をやっているのかは真宵からは見えないだろう。
口にそれと水を一緒に含んでから、きょとんとしている彼女の口を塞ぐ。
「ふぷっ……」
錠剤を舌で押し出して口移しさせて、「飲むんだ」と低い声で命令した。
真宵が思わず嚥下してしまったのを確認して、御剣は口の端を歪ませて笑いかけた。
「聞かれる前に教えてやる。それは最近巷を賑わせている、新手の合法セックスドラッグだ」
「……うそ」
「嘘かどうかはすぐ自分の体が教えてくれるだろう。即効性だからな」
「うそ。うそ、うそうそうそだよ! だって、なんで御剣検事がそんなもの……!」
「職業上の役得といったところだろうか」
御剣は真宵の足首を掴み、片足を大きく上げさせた。
「勘違いするな。別に君に気持ちよくなってほしいわけじゃない。
たんに、まだ遊びたいが壊れてしまった玩具に油をさして、寿命を延ばしてやったようなものだ」
「あ……う……あたし、あたし……」
薬を飲まされたのがよほどショックなのか、彼の話が聞こえているのかどうかもわからない。
「みみ御剣検事……、ひどいよ。あたし、恐いよ……」
「何も恐がることはない。体の感覚に素直でいればいいだけの話だ。ほら、もう、変になってきたんだろう?」
真宵はビクッと体を震わせた。
「さあ、あとは、私好みの声で喘いで、劣情を煽っていさえすればいい」
「ひあ……あ……こ、こんなのって……こんなの……!」
数え切れないほど交わっていながら、ひと思いに奥まで一気に貫いたことなど初めてだった。
真宵の喉が息を引いて、ひっと乾いた音を立てた。
片足を抱えあげたまま、ほとんどがむしゃらに奥に突き立て続け、そのたびに、ぐちゅ、じゅぷとローションのかき混ざる音が立つ。
真宵の呻きは声にならず、引き寄せた枕に顔を押しつけて堪えている。小さな肩が震えている。
むしり取るように枕を取りあげ、投げ捨てた。「顔を見せろ」
「……あっ、ああ」彼女は両手で口をふさいだ。「い、痛いの……痛いけど……、な、なっ、なんか……」
既に、彼女の額には汗がつたっている。その顔は恐怖と絶望に歪んでいるが、それだけではないように見える。
「いやぁっ」
真宵の膣内は御剣によって開発されて、もはや、最初のように万力で押しつぶされるような極端な狭さではない。
クリトリスに指をやると、緊張と快感で反射的にくっと中を締めてきてくれる。
そこで乱暴にかき回してやるのは、真宵はおろか、御剣にとっても未知の感覚だった。
「だめ、だめえー……っ……そんな、はっ、激しいの……っ!!」
「ずっと、私に強姦されたかったくせに」
「そんなことっ……!」真宵は首を振って否定した。
だが、知らない快感に戸惑い、必死に手探りでたぐり寄せていることをその表情から読み取れる。
激しく腰を打ちつけ、陰茎が溶け落ちそうなくらいの悦楽に酔いながら、御剣は彼女を心底から可愛いと思った。
〈もっともっと、汚してやりたい……もっと、歪ませてやりたい。
普通のセックスでは二度と満足できない体にしてやりたい。再び離れ離れになったのちも……、
このさき一生、私以外の男に抱かれても、みじんも満たされないようにしてやりたい……!〉
全身を渦巻く快楽の奔流にどうにか手綱をつけ、早くも高まる射精感を堪える。
身を低くかがめて、真宵の首元のつややかな髪の毛に顔を埋めた。腰の動きを、いったん止める。
「あ……あぅ……」
案の定、真宵はせつなそうにしがみついてきて、物足りなさげに自分から腰を小さく突き上げてきた。
満足だった。
「君はもう、戻れないんだ」御剣はささやいた。「私に抱かれる前の君には戻れない」
抱き合ったまま体を起こし、腿の上に座らせたまま、容赦のない律動を再開した。
「くぅうっ……あ、あ、あぁぁっ……あ、なんか、へんだよぉ……」
耳元の悲鳴には、徐々に甘い響きが混ざっていく。
真宵の顔の色は疲労と錯乱。しかし、つかみかけている何かの正体を夢中で捕らえようとしている。
「薬がきいてるのか」と訊くと、
「……うっ……んぅ……そうだ、とおもう……っう」と息も絶え絶えに答えた。
彼の目にも、真宵がゆっくりと登りつめていっているのがわかる。
彼女はまだヴァギナで絶頂に達したことがない。どんな小さな刺激も逃さず味わい、波に乗ろうと必死なのだろう。
御剣は男根を突き上げながら全力で耐えた。機が熟するのを待っているのだ。
「あ、ああ……やっ、こ、これって……」
「ん?」
「はぁっ、ぁっ、い、いくのって……こんな感じ……なのかな……」
「いきそうなのか?」
彼女はこっくりうなずいた。「ぅ……たぶん……」
真宵の背筋が不意に大きく伸び、のけぞった。息づかいがいっそう荒くなる。
今だ、と彼は思った。
「寝込みを無理やり襲われて、ろくに前戯もなしに犯されるのがそんなに気持ちいいのか」
「ちが……だから、これは……く、くすり」
御剣は真宵の言葉を笑いとばした。「薬のせいだって? 傑作だ。実に傑作だね」
「え……」
「単なるセデスの何がそんなにいいんだか」
真宵は意味がわからないようにしばらくぽかんとしていた。「……まさか」
「あのなぁ、セックスドラッグなんかそうそう簡単にちょろまかせてこれるはずないだろう。頭を使いたまえ」
「で……でも」
「君は、レイプされて感じて、オーガズムにまで達するところだったんだよ」
「う、うそだよ……そんなの」
彼女はぼろぼろと涙をこぼしはじめ、両手で顔を覆い隠した。
下半身の快感のうねりが燃えるような熱を帯びて登ってくる。
勢いよく押し倒したあと、力まかせに真宵の両腕を掴み上げ、退けさせた。 
「隠すな。見せるんだ。その顔がずっと見たくて見たくて仕方がなかったんだ」
「いや……いや。見ないで」
完膚なきまでに叩きのめしてやった征服感も手伝って、その快感に気が遠くなりそうだった。
「どうした。もうよがらないのか? やってることは一緒だぞ」
真宵はショックから立ち直れず、薄ら笑いを浮かべる御剣をただ涙目で見上げることしかできずにいる。
「いかせてもらえるとでも思っていたのか? 君は私専用の精液吸い取り機だ。そんないい思いをさせてやる必要がどこにある!」
うつろな目から涙が止まることなく溢れ続けている。
入り口近くまで陰茎を引き、二度三度と奥まで力いっぱい擦り上げる。壊してしまっても構わないと思った。
視界が真っ白に染まり、御剣は衝動を解放した。ペニスが大きく脈打ち、真宵の最深部に精液を注ぎ込む。
余韻と虚脱感で、大きく肩で息をしたまま、しばらく指一本すら動かすことができなかった。
下で、真宵は声も立てずに泣き続けている。
顔の汗を手で拭い散らし、よろよろと立ち上がった。後始末も後戯もせず、服も着ないまま、窓際のソファに倒れ込むように座った。
背中ですすり泣きの声をしばらく聞いていた。
やがて声がしだいに消えていき、がさごそとティッシュの音がした。
「みつるぎけんじ……」
御剣は振り向きも返事もしない。
「……そんなとこで、寝ちゃったら……カゼひくよ」
「ちょっと、放っておいてくれ」
重い沈黙。
「……ねれないの? ……いっしょに、起きててあげようか? ……」
「ほっといてくれって言ったろう」
眠る気もないし、眠れる気もしなかった。
テーブルの上の煙草に手を伸ばす気にもなれない。
どのくらい真っ更な時間を過ごしたあとだろうか、真宵が眠った気配を感じて、気は進まぬがベッドに戻り、シーツとシーツの間にそっと体をすべらせた。
真宵は吸いつくように胸板に頭を寄せてきた。
「御剣検事」彼女は小さな声で言った。「ごめんね……」
「なんで、君が謝るのだ」無視しようと思っていたのに、驚いて思わず聞き返してしまう。
「だって、さっき、ほっといてって言われて、かまっちゃったから……、ごめんね」
「…………」
〈そんなことなど、私が君に今しがた加えた仕打ちに比べたら〉
たまらなくなって、気がついたら、背骨を折らんばかりに強く強く腕に力を込めていた。
しまった、と思っても、もう遅い。完全に陥落してしまっている。
「恐かったよ」再び真宵が嗚咽を上げはじめる。
「ごめん」
「ドキドキしたけど、ちょっと、ひいた」
「悪かった」
〈できない、できない、できない……私には無理だ……できない〉
御剣は涼しい顔で目を伏せながら、心の中で果てしなく慟哭しつづけた。
頭を殴打されつづけるような痛みの錯覚を感じた。強烈な無力感に呑まれ、自己憐憫に埋もれながら、彼はまどろんだ。


どれくらい眠っていたのか、いま何時ごろなのか。
御剣はカーテンの下に目をやった。光は少しも洩れていない。夜のようだ。
浅い眠りだったが、けっこう長く眠ったらしい。
だんだん頭がはっきりしてくると、左手に妙な感触があるのに気づく。〈これは、口の中か〉
「真宵くん、何をやっているんだ?」
「わっ!」
ベッドランプを点けて様子を見ると、真宵は彼の左手をとって、中指をしゃぶっていたらしかった。
「ご、ごめん。起こしちゃった?」
「それはいいが、君は何を……」ふと、彼女の右手がもぞもぞと動いている場所に気がつく。そういう話か、と御剣は腑に落ちた。
「粘膜の炎症はもう大丈夫なのかね?」
「あ、うん……だいたい」
顔を赤くして目をそらす真宵を可愛く思う。また、少しいじめたい気分になってきた。
「どんなことを考えてオナニーしてたんだ?」
「えっ。そ……そんなの、言いたくないよ」
「教えてほしいんだがなあ」
「……それは、言わなきゃダメってこと?」
「当然、言わなきゃダメだ」
真宵は上目遣いで御剣を睨んだ。「……言っても、笑わない?」
「君のおかずは笑えるようなものなのか」
「そうじゃないけど……」
「わかった。笑わないよ、約束する」
子ども扱いするように、御剣は真宵の手をとって、指きりをしてあげた。
「……あのね。実際にあったことじゃなくて、昔見た夢を、思い出すんだ」
小指と小指を離さずに、彼女は話し出した。
「夢?」さっきのセックスの続きでも想像しているんだろうと考えていた御剣には意外な答えだった。
「うん。あたしと御剣検事が、初めて会った場所の……」
「初めて会った場所か。まったく覚えがないな」
「嘘バレバレだよ!」彼は脛を蹴り上げられた。「あたしが被告席についてて、御剣検事は検事の席」
「そんなこともあったような気がするな」
「でね、……ここから、ジッサイと違うんだけど。あの。あたしは、ハダカなの」
御剣は眉をひそめた。
「手を……縛られてるか、手錠をかけられるか、してて。それ以外は、全部、あったことと一緒……」
「……ふうむ」
「御剣検事が大きな声で、『状況からいって、綾里真宵以外に犯人はありえない!』って叫ぶの。法廷じゅうの人がいっせいにあたしを見て」
苦い思い出の話だ。若干耳が痛い。「なるほど。全裸の君に視線が集まると」
「うん。それで……これもホントとは違うんだけど……有罪になっちゃうの。そしたら御剣検事が、あたしを、前のほうに無理矢理ひっぱりだして……それから」
「それから?」
「あ、あたしを……御剣検事が。その。みんなの見てる前で……、んー、考えてる通り、だよ……、そこで、おしまい」
「……確かに、少々変わっているなぁ」御剣が頬を緩めると、真宵はたちまちぷーっと膨れっ面になった。
「あー! 笑わないって約束したじゃない! 指きりしたのに~!」
「別に笑ったわけじゃない。感心したんだよ。裁判をレイプの暗喩と考えるとはなかなか洒落たもんだ。思いつきもしなかったよ」
「うーん、思いついたのは、あたしじゃなくて、あたしの潜在意識だけどね」
「しかし……やっぱり君には少なからず被強姦願望があるみたいだな」
「そんなことないよっ。こういうのは、御剣検事からの教育の賜物っ!」
「私にはそう思えないのだがな。まあ、今はそれはいい。もっと興味深いことを聞いたからね」
「……それって、いまの話のこと?」
「そうだ」
「う。興味を深めなくていいよ……ただのモーソーだもん」
「どうして? おもしろそうじゃないか」
笑いかけてみせると、真宵は不安げに、だが精一杯反抗するように口をとがらせた。
うすうす彼女もわかっているのだろう、御剣が何を考えているのかは。


「では、まず冒頭弁論を述べさせていただく」
カーテンレールに荒縄が垂らされ、裸の真宵の頭上でぴんと張った腕の先の両手首がまとめて縛り上げられていた。
真宵は下着もつけずに窓に向き合わされている。電気は消していない。
居間から戻った御剣は、久々に服を着込み、外出するときのようにしっかり身だしなみを整えている。
真宵の横顔をのぞき見ると、じっと耐えている表情で歯噛みしていた。口をすべらせたことを後悔している最中なのかもしれない。
「被告人はごらんのように、一見セックスの意味も知らない生娘のように見えるが、その正体はサッキュバスだ。
今も、恋人でもない男を色香で惑わし、避妊なしの情交を乞うて精気をむさぼり、男が死ぬまで吸いつくそうとしている」
「ちょっと、そんなの……!」
「許可もなく発言はせぬよう!」御剣の声が空気を震わせた。
「さらに、被告人には多少どころでなくMっ気がある。元々その気もない男をサディストに日々調教し、自分の変態性欲を満たし続けている」
「……そ、そんな言い方……」
「許可なき発言は次からはペナルティだ。つつしめ、被告人」
「…………」
「さっそく証拠品が出てきたな」真宵の体の中心の割れ目に指を入れ、乱暴に掬いとる。「言い逃れはできまい」
「う……っ」
御剣は彼女に見せつけるかのように、その指をぺろりと舐めた。
「検察側は被告の有罪を揺るぎないものとする。冒頭弁論は以上。綾里真宵被告、述べられた内容を事実として認めるか」
真宵はまつげを伏せて、吐き捨てるように言った。「お、おかしすぎるよ、そんな言い方」
「ふむ。それでは、弁護人不在につき、被告自身がそれを立証するように」
顎を上げて、真上から彼女を見下ろす。「ただしその反証が論理的に行われない場合は、相応の措置をとる」
「いや……」
「どうした。たった今までは威勢が良かったのに、何か言ったらどうだ。もちろん証拠なき主張は却下の上、きつくお灸を据えるがね」
真宵は言葉を口にできない。ただ、悔しげに唇を曲げ、御剣を睨むだけだ。
「反証もできないくせに、異議を唱えたのか?」
「え。あ……あ、あたし……」
「はいかいいえで答えろ!」窓ガラスに平手を飛ばすと、思った以上に大きな音が出て、真宵は飛び上がった。
「ち、ちがいます……」
「だったら早く証拠を出せ。理路整然と反証をしろ」
「……そんなこと……急に、言われても……」
「よろしい。時間稼ぎの悪あがきとみなした」
テーブルの上の赤い蝋燭に手を伸ばし、ライターで火をつけた。
「いっ……いやあ。やめて、お願い、やめてぇ……」
「異議は却下」御剣は彼女の肩を強くつかんで、少し背中を傾けさせた。
背中のうえで、ゆっくりと蝋燭を傾ける。「では、ペナルティだ」
「あ、あ……いや、いや……いやぁぁぁぁぁっ!!」
数滴の赤い模様を背中に点々とつけているあいだ、真宵は彼の腕の中でひどく暴れた。
蝋燭を吹き消してから、御剣は真宵を正面に向かせ、頬を張り飛ばした。
「あぅっ……!」真宵はよろめいたが、手首を吊るされているため、倒れ込むことができない。
「少しはおとなしく腹をくくることを覚えろ、被告人。刑の執行中もそのような態度では困るぞ」
「け、刑って……」
「冒頭陳述を事実と認めれば君に即座に判決を言い渡す。認めないと言って、また反証できなければ、もう一度ペナルティを与えねばならんが、さてどうするね。認めるか、認めないか」
「…………」
「被告人、答えるように」
「……っ……」
「被告人ッ!」
「……ぅ。み、みとめ、ます」
御剣は顎をそらせて笑んだ。「判決は当然、一点の疑いの余地もなく、有罪だ。被告、足を広げるように」
また窓のほうに向き直らせ、足と足の間に小さな洗面器を滑らせる。
真宵は緊張に身を硬くし、すでに顔は真っ青だった。
「それではこれより綾里真宵被告を、その罪に見合うだけの刑に処する」
洗面器に潤滑剤がなみなみと注がれていく。
真宵は、引き出しから御剣が浣腸器を取り出したことに気づいた。
「あ……そんっ……嘘でしょ。そんな……ちょ……そんなぁっ!」
「また、ペナルティがお望みか? それとも、もう二三発殴られたいのか」
脅されて、彼女は暴れるのをやめるしかなかった。股の間の洗面器から浣腸器が潤滑剤で満たされていくのを、震えて待っているほかなかった。
「痛い思いをしたくないのなら、姿勢を低くし、つま先立って尻を突きだせ。
言っておくが、手助けはしない。被告が心から罪を認め、反省の念をもって刑罰に臨むことを願うからだ」
真宵が頬を染めて、ぶるぶると首を振ると、御剣は前髪ごと彼女の頭を掴んだ。
「警告は、したはずだったな」
「……や、やめて。おねがい」
進退きわまった真宵は、ついに少しずつ御剣の望む姿勢をとる。
膝をついて、その臀部を両手で掴み広げ、御剣は彼女のひくひく動く濃ピンクの蕾を覗き見た。
寒気に近いほどの劣情が体を走り、今すぐ真宵を犯したい衝動にかられる。
だが、そんなことは後だ。御剣は耐える。死んでしまいたいほどの恥辱に彼女が打ちのめされているときに、追いうちをかけるようにめちゃくちゃに犯してやるためにだ。
広げた蕾に浣腸器を押し当てる。そのまま立ち上がって、真宵の表情をうかがいながら、ゆっくり注入していった。
「ああ……あ……あ、だめ……だめっ……く……」
空になった浣腸器を投げ捨てるころ、彼女の頬はもう涙に濡れていた。真っ赤になるほど唇を噛み、うつむいて耐えている。
「……被告は今より十分間、その戒めを解かれないものとし、これをもって刑とする。
また反抗、及び脱走の試みがなされた場合は懲罰として経過時間のリセット、および腹部圧迫の刑を追加するものとする」
御剣は彼女の隣に置かれたソファに腰かけ、その横顔を悠然と眺めた。
痛みすら走るほど、陰茎はずっと限界まで怒張し続けている。
それを見せつけるかのように足を広げて座り、興奮で息が荒くなるのを隠そうともしなかった。 
真宵のお腹が大きく鳴り、彼女はくしゃくしゃの顔で嗚咽を上げながら、必死で下半身に力を入れて我慢している。
「せいぜい、楽しませてくれ」と言って、御剣は笑いかけた。


バスタブに沈んで足を伸ばした御剣の上に、真宵も仰向けに重なっている。
湯の温度は低めだ。二人とも、死体のように動かず、ずっと口をきかない。
顎の下の真宵の呼吸は遅い。眠ってしまっているのかもしれない。
「君といると」御剣は低くつぶやいた。聞こえていなくてもいい、と思う。
「いつもいつも、自分の中の大事な何かを、少しずつ壊されていくような気がする」
目を閉じる。しばらくして、小さな声が返ってくる。「それって、ほめことば、じゃないよね」
「……わからない。いいことなのか、悪いことなのか」
「そっか」
「大事だと思い込んでいて、本当は、つまらないものばかりだったのかもしれない」
真宵はお腹に回された御剣の湯の中の手を握った。
落ち込んでいると思われたのかもしれない。
「取るに足らない砦や要塞を全部明け渡しても、しかしやはり守りたい場所がある。
芯から大事なものなんて、本当は、最初から、それしかなかったのではないか、とも思う時がある」
「ふぅん……。なんか、わかる気がするなあ。大事なもの、多いと、大変だもんね」
「まったくだ」
二人はまた、しばらく死体ごっこを楽しんだ。
「御剣検事ってさ……」
「なんだろうか」
「あたしから、嫌われたがってるんじゃないかって、ときどき、そういう気がするんだよね」
当然だ、と言おうとしたが、どういうわけかその言葉が出ない。
「でも、やっぱりそれって、気のせいだって、わかるんだ。そんなはずないって」
「…………」
半分は正解で、半分は間違っているが、それよりも真宵の前向きさに呆れてしまう。
「……そう思っていればいいんじゃないか? そのほうが幸せだろうし」
「まーたまた。素直じゃないなぁ」
真宵は体勢を変えて、御剣のほうに向き直った。「さっきの話だけどさ、御剣検事の、一番守りたい場所って何なの?」
「口が裂けても言えないな」
「えー。けちー、けちー」
「何を言っても無駄だ。そこだけは、難攻不落なんでね」
「教えてよ。ないしょにする。何でもするから」
「君ごときに私の心の聖域には触れてほしくはない。それに、元々、何でもやってもらっている」
「つまんないなー……」
「つまらなくて大いにけっこ……ぅ」
真宵の右手が、御剣の乳首をつまみ上げていた。真宵は楽しそうな顔で、軽く潰すように力を入れたり抜いたりして弄ぶ。
「あのな、君はなぁ……くっ」
「ははは。きりきり白状しろ~ぃ」 
真宵はなんとも器用なことに、右手ではやや強くねぶり回しながらも、左手では指の腹を使って優しく揉んでくる。
同時に二種類の快感に襲われて、腰のぞわぞわが止まらなくなってしまう。
「や、やめなさい」
「教えてくれるまで、やめないよー」
御剣は天を仰いで息を洩らし、拒絶しがたい拷問に耐えながら、心の中で初志貫徹を繰り返し唱えた。


「あるかな。次は」
駅の雑踏の中で真宵の頬を包むと、彼女はその手の上に自分の手を乗せたが、しかしそう言った。
御剣はその姿勢のまま、少し考えてから、答えた。
「あってもなくても、まあ、君へのねぎらいということにしておこう」
唇を吸いながら、自分が重ね続けた欺瞞に満ちた方便も、もう必要がなくなるのかもしれないと思うと、かえって愛しくなってくる。
不思議なくらい落ち着いた気分で、御剣は背中を向けた。


感情のヒューズがとんでしまっているのかもしれない、と彼は思った。
電話を受けたときも、心になんの感情の波も沸かなかった。
妊娠検査薬の結果を聞かされたときだって、彼は平然としていたが、無理をしていたわけではけしてない。
「おめでとう」と御剣は言った。「もっと、嬉しそうにしていたらどうだ」
真宵もまた、どこかうつろな声をしていた。「うーん、そうしたいんだけど。えへへ。実感沸かなくて」
「病院へは、二人で行くか」
「ううん。ひとりで、行ける」
「そうか。……身近に、体のことを相談できる人はいるのかな」
「ん……いるには、いるんだけど、えっとね。御剣検事に聞き忘れてたことがあるんだけど」
「何だろうか」
「うんとね、もし、父親の名前をきかれたら、あたし、どうすればいいのかなって」
「そういうことか……」御剣は以前から用意していた答えを真宵に言った。
「君はこれから私生児を生む。好奇の目にも晒されるだろうが、君と親しい人のうち何人かは、そんなものを抜きに、純粋に君を心配して、子どもの父親の素性を知りたがるだろう。
だが、ふれまわって歩くような話題ではない。本当に教えてもよいと思った人にだけ、教えてあげなさい」
「……はい」
「私の心にやましいところはない。正しいことをしたと信じている。
私を非難する者もいるだろうが、私はきっとそれを雑音としか思わない。君も、そうなってほしいと思っている」
「ありがと。……がんばるよ」
「うむ」
「あのね。あやめさんに、相談しようと思ってたから、それで、聞いたんだ」
「ああ……それでか」
御剣は腑に落ちた。成歩堂あやめがこのことを知ったら、きっとすぐにその夫の耳にも入ることになるだろう。
「成歩堂が知ったら、どんな顔するだろうな」
「うー。なるほどくんには、もう、心配かけたくないんだけどね」
「あいつは昔から、スイッチが入ったらとことん無茶をやるからな。肋骨の一本や二本で済めばたぶん安上がりだ」
「もう、やだよ! そんなこと言うの」
「君も一緒に祈ってくれ。少しでも刺されどころがいいようにとな」
「あたしがそんなことさせませんっ!」 
「冗談だ」御剣は笑った。久々の気がした。
「今月は無理だが、来月にはまたそちらへ行く。お祝いをしよう。何か欲しいものがあったら、考えておきなさい」
電話を切ったあと、台所へ行って、ウイスキーの水割りを作った。
〈よかった。危ないところだった。
あと一回でも、あの甘い蜜の部屋に足を運ぶことがあれば、きっと敵の手の中に落ちていたに違いない。
私の最後の聖域が……いとも簡単に撃沈されていたに違いない〉
ひとりきりで、宙に向かってグラスを掲げて乾杯してから、口をつけた。
やれやれ、張本人でさえ実感がないと言うんだから、自分はなおさらに決まってる。

最終更新:2020年06月09日 17:44