前


限界が近付いて来たのを感じた成歩堂は、上半身を起こし、
脚を斜めに流し正座を崩した格好の真宵の脚の間に、
自らの左脚を滑り込ませ、真宵を左膝に跨がらせた。
成歩堂の左膝が、真宵のそこが愛撫を中断した今も蜜を滴らせている事を伝える。
膝に感じる真宵の熱さと、それに比例した蜜が、更に成歩堂の欲情を煽った。
尚も股間で頭を動かしている真宵の乳房に手を伸ばし、乳首を擦る。

突然の刺激に驚いた真宵は、背中を弓なりに反らせて跳ね起きた。

「はぅぅ…っ!!」

それは成歩堂に胸を突き出し、柔らかな乳房を見せ付けているかのような姿だった。
攻守交代とばかりに乳房を揉みしだき、ツンと勃起した乳首にイタズラを加える。

「ああっ!あっあ…あっっあんっ!」

一度絶頂を経験したからか、真宵の反応は明らかに敏感になっていた。
そして乳首を良いようにされながら、微かに腰を前後に動かし
成歩堂の膝に自身のソコを擦り付けて、
自ら、より強い快感を求めるようになっていた。

成歩堂も膝を曲げて真宵に圧迫を加えながら
「真宵ちゃん、凄くエッチだよ…っ」
と堪らずに真宵を引き寄せ深く口づけした。

夢中でお互いの舌を絡め、唾液を交換する。
呼吸が苦しくなり真宵が離れると、真宵と成歩堂の間に透明の糸が繋がっていた。

「なるほど君…!」

真宵は初めての感覚に戸惑っていた。
自分の奥深くにある空洞を埋めて欲しい。
真宵の肉体がそう叫んでいた。

その狂おしい熱さと疼きをどうしたら良いのか分からず、成歩堂の胸にすがりつく。
同時に成歩堂も、真宵と一つになりたいと思った。

「真宵ちゃん…良いかな…?」

頬を紅潮させた真宵が頷く。

そっと真宵を押し倒し、脚の間に割って入る。
大きく膝を割り開脚させ、真宵を剥き出しにする。

そこに視線を感じると、真宵は堪らずに顔を背けた。
真宵のそこは赤く充血して透明の蜜を溢れさせ、真珠をプックリと屹立させている。
入り口をひくつかせて成歩堂を誘っていた。

成歩堂は真珠に怒張を押し付け、そのまま転がすように
数度谷間を上下に往復し蜜を広げた。

「あ…っ気持ち…い…っ」
無意識のうちに腰をくねらせる真宵を見ながら怒張を蕾に押し当てる。
そのまま少しだけ体重を掛けた。

ヌルリと亀頭がのめり込む。
まだ入り口と呼べる位置には到達していない。
表面に見える襞が拡がっただけである。
本番はこれからだ。

そのままゆっくり押し進めると、漸く抵抗を感じる位置に辿り着いた。
成歩堂の侵入を拒む蕾の襞を、円を描くように解しながら数㎜だけ進む。

「─ 痛い?」

真宵はかぶりを振る。

「優しくするから…。」

目を閉じている真宵の瞼に軽くキスをして言った。

「─ 行くよ。」

グッと体重を掛けた。

「──ッ!!」

真宵が苦悶の表情を浮かべる。
抵抗を感じる場所を途中まで拡げ、それ以上は進まないで一度止まる。

「真宵ちゃん、力を抜いてごらん。深呼吸して。」

「はあっはあっはあ…っ」
言われた通りに深呼吸して痛みと力を逃がそうとする真宵。
少しずつ、少しずつ先へ進める成歩堂。
2人とも汗だくだった。
痛みから逃れようと、ジリジリと上へずり上がる真宵を抱き締め、
少しでも苦痛を感じさせないようにと彼女の呼吸に合わせて身を沈めていく。

「く…っ!い…た…っ」

真宵の声が震えている。
眉根に皺を寄せて唇を噛み締めている彼女を見ると
これ以上続けるのが気の毒になって来る。

「真宵ちゃん…やめよう?無理する事ないよ。」

「大…丈夫…」

「でも」

そう言い掛けた時、それまで硬く目を閉じていた真宵が成歩堂を見上げた。

「いや。止めないで…。」

その瞳には涙をいっぱい溜めていた。
今にも溢れ出んとする涙を堪えながら言う。

「止めるなんて、言わないで…!」
そして自らキスを求める。

やっと最奥まで辿り着いた時には
噛み締めていた真宵の唇から赤いものが滲んでいた。
それを指で拭ってやる。

「── 全部、入ったよ…」

「本当…?」

真宵の手を取ると、繋がった場所へと導く。
恐る恐る結合部に触れ、手探りで確かめる。

「一つになってるだろ?」

うんうんと二度頷くと同時に涙が溢れ出した。

「痛い?」
慌てて尋ねると、違うと首を振る。

「嬉しいの…。夢が叶った…!」
拳を両目に当てただただ涙を流す真宵が、健気で愛しくて仕方ない。
思いっきり抱き締めて唇を奪う。

「…動いて良い?」

「動くって?」

キョトンとしている真宵の様子を窺いながら、ゆっくり引き抜きゆっくり入れる。
5回ほど繰り返してみたが、やはり苦悶の表情を浮かべている。
もう少し潤いがあった方が、真宵の負担が少ないかもしれない。

左手で真宵の右の乳首を、唇と舌と歯で左の乳首を刺激する。
同時に右手を真珠に伸ばし親指で転がす。
押し込めたり、擦ったり、皮を剥いたり─。

いくら処女とは言え、中心に熱く硬い杭を打ち込まれた状態で、
敏感な場所を同時に攻められては一溜まりもなかった。

「ああああああっ!!」

思いっきり腰を浮かせ、成歩堂を締め付けて来る。
成歩堂を包む粘膜の襞が、妖しく蠢く。
怒張から全ての精を絞らんと奥へ奥へと誘うようだ。
更に性感帯への刺激に呼応してきゅっと締め付けが加わり、蜜が溢れ出す。

入り口の破瓜の傷を庇うように奥で小刻みに動かす。
腰を動かしながら問う。

「大丈夫?痛くない?」

「へーき。」

息を弾ませながら答える。
真宵は成歩堂の首に腕を絡め、より密着を求めた。
甘い吐息が成歩堂の耳をくすぐる。

静かな部屋に、二人の息遣いと淫らな水音が響く。

成歩堂は組み敷いている少女の顔を見やった。
頬と耳を紅潮させ、僅かに眉間に皺を寄せ、成歩堂のリズムに身を任せていた。
閉じた瞳の下に、睫毛が長い影を落としている。
小さく形の良い唇の隙間からは吐息と喘ぎが漏れる。

「はんっ…は…っ…はっ」

時々良い場所に当たると「あっ」と声をあげる。
どうやら奥のザラザラした部分が具合が良いらしい。
成歩堂はそこを捏ねるように亀頭を擦り付け重点的に攻める。

「あんっ」

真宵の声が高くなる。
痛くて仕方なかったソコがいつの間にか熱を帯び、
蜜を滴らせているのが自分でも分かる。
成歩堂のもので擦られている部分が甘く疼き、
下腹部から腰に気だるさをもたらしている。

加えて、成歩堂の身体に圧迫され擦れる真珠からも、電流のような疼きが下肢に走る。
足の裏にむず痒いような痺れを感じ、堪らず爪先を丸めてしまう。
それぞれの疼きがどんどん真宵を支配して行く。

吐息に喘ぎが混ざるようになり、その割合は確実に喘ぎが大きくなって来ている。

「あんっあっあんっあん…っはっあっ」

もう声を抑えられない。
杭が引き抜かれそうになる度にそれを逃がすまいと腰をあげ咥え込む。

さっきまで男を知らなかった少女は、破瓜を経て、
男のリズムに合わせて腰を振る淫らな女になっていた。

子宮が降りてきて、成歩堂の亀頭がコリコリしたものに当たる。
蜜がサラサラしたものに変わっている。
奥が広がって来て、そのどれもが真宵の絶頂が近い事を教えていた。

「うっあっあっあっあっくっあっあ…」

快感が全身に広がって行く。
声が止まらない。
このままどうにかなってしまうのではないかと成歩堂にしがみつく。

「あ…ッなるほど…く…んッ…!怖…ぁんッ…い。怖…い…っ!!」

「大丈夫、大丈夫だ。イッて良いんだよ」

腰の動きは止まる事がない。

「あっあっあっあっイ…ヤ…ッあッ」
言葉とは裏腹に、一時足りとも離すまいとでも言うように成歩堂の腰に脚を絡める。

「んあっああっああああ…ッ!!」

真宵が絶叫した。
同時に全身が硬直し、膣奥が欲情を奥へと絞り取るように痙攣と収縮を繰り返す。

「── ッ!!」

その動きに堪らず、成歩堂も精を吐き出した。

真宵はふわふわと雲の上を漂うような感覚の中で、
じんわりと胎内が熱いもので満たされるのを感じていた。
「──しばらく、このまま…。」

中で成歩堂がピクピクしているのを感じる。
愛しい人の絶頂を見届け、
息も絶え絶えに大きく波打つ背中を抱き締めると、真宵の意識は暗闇に墜ちていった。

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気が付くと真宵は真っ暗な部屋で布団に包まっていた。
時計に目をやると、とうに日付は変わり、午前4時半を指していた。

隣では成歩堂が裸のまま、真宵を抱き締めるように寝息を立てていた。
真宵に布団を掛けたせいで、背中が半分以上布団から出ている。
冷えないように布団を掛け直してやり、じっと寝顔を見つめる。

起こさないように慎重に起き出し、装束を身に着ける。
下着を穿こうとしゃがみこんだ時だった。

── コポッ

何かが内股を伝った。
それは、昨夜、成歩堂が真宵の中に吐き出した痕跡だった。
その痕跡を消したくなくて、そのまま下着を穿く。

成歩堂はそんな事とは知らずにスヤスヤと眠っている。
傍にしゃがみ込んで、そっと頬に手を添え、そして静かにキスをした。

「好きだよ、なるほど君。 ─ ずっと大好きだから。」

真宵が部屋を出て行った事を、成歩堂は気付かなかった。


なるほど君へ

ありがとう。
一生の思い出になりました。
あたし、絶対忘れない。
本当にありがとう。
どうか、お元気で。
さようなら。
真宵


そっと玄関を閉めると、アパートの廊下を歩き出す。
下駄がカラカラと音を立てた。

昨日の公園を抜ける。
高台から夜明けの街を見下ろす。
紺からオレンジの光のグラデーションが、まだ眠る街を照らす。

6時前の電車に乗り込んだ。
故郷、倉院まではここから2時間。

3年間、時には幼い春美を連れて、何度も見た景色。

昨日までの自分とは少し違う。
車窓を流れる風景までが違って見えた。

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成歩堂が真宵の書置きに気付いたのは午前10時を過ぎた頃だった。
真宵が寝ていたはずの場所は、とっくに温もりなどなかった。

何度も携帯に電話をするが、発信履歴に真宵の名前が増えるだけ。
昨日の公園、事務所、真宵お気に入りのラーメン屋。
思いつく場所を全て探したが、そのどこにも真宵の姿、真宵がいた痕跡はなかった。

実家である屋敷に何度も何度もリダイヤルし、
漸く連絡が取れたのは15時の事だった。

「── もしもし。」
幼い少女の声。すぐに春美だと分かる。

「もっもしもし!?僕だけど、春美ちゃん!?」

「そのお声はなるほどくんですね?」

「うん。ところで真宵ちゃん、そっちに帰ってるかな…?」

「──」

一瞬の沈黙。

「は…はい。今朝早くにお帰りに。」

「電話、替わってくれる?」

「あ…その…真宵さまはお帰りになってから、ずっとお部屋でお休みになってるんです。」

「そっか…。でもそっちに帰ってるんだよね?」

「はい。」

「分かった。ありがとうね、春美ちゃん。」

恐らく真宵から電話を取り次ぐなと言われているのだろう。
一瞬の沈黙と声の調子から察しがついた。
春美にとって、真宵の言葉は『絶対』だから、自分の意思は二の次になってしまうのだ。

── 30分後。

成歩堂は倉院へ向かう電車内にいた。
どうにも真宵の態度に納得が行かない。

どうして泣くんだ。
どうして僕を避けるんだ。
どうして避ける癖にあんな事を…。

何か気に障る事を言ったのか?
でも…それなら普段の彼女はその場で口に出す。
確かめずにはいられない。

成歩堂は倉院の里を目指す。

─ 約2年ぶりの倉院の里。
山に囲まれた長閑な里の景色は変わらない。
日没まであと僅か。
山々は夕暮れ色に染まっている。

綾里屋敷の前まで来ると、門の前に人影が見えた。
道に長い影が伸びている。
小さな子供のようだ。
その影がこちらに気付き、止まった。

「春美ちゃん?」

鞠を抱えて目を真ん丸にして口を開けている。

「なるほどくんっ!!」

「…真宵ちゃんは…?」

途端に顔が曇る。

「…すみません。」

小さな声で謝る春美ちゃん。

「取り次がないように言われてるんだろう?」

可哀想に、小さな身体をますます小さくして、困った顔で俯いている。

「真宵さま、私には何も仰って下さらないのです。」
「やっぱり私ではお役に立てないのでしょうか」

とうとう「うわあああああん」と泣き始めてしまった。

頭を撫でて、言う。
「そんな事ないよ。多分君に心配させたくないと思ってるんだ。」

「そう…でしょうか」

「うん。きっと時期が来たらお話してくれるよ。」

「…」

「じゃあ、伝えてくれるかい?」

春美の目線まで腰を落とす。
「早く戻って来いって、言っておいてくれるかい?待ってるからって。」

今の真宵を追い詰めるのは逆効果だと思った。
「よろしく頼むよ、名いとこさん。」

春美に伝言を頼み、帰路に着く。
帰りの車窓からは、家々の灯りが見えるだけだった。

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それから。
1ヶ月経っても、2ヶ月経っても、真宵からの連絡はなかった。

真宵と春美のいない事務所はとても静かで、寂しい。
女の子がいるだけで場が華やぐというが、まんざら嘘でもないんだと感じる。

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春が終わり、梅雨が過ぎ、猛暑が影を潜め、秋の気配が漂う9月の中頃。

事務所に思わぬ来客があった。
御剣と狩魔である。

「ここのところ真宵君を見ないようだが。」
来客用のソファに踏ん反り返った御剣が言う。

「ああ。突然倉院へ帰ってしまったんだ。」

「ほぅ。…で、キサマはそのまま?」

「いや…一度行ったんだけど門前払いだ。」

「何をしたんだ?」

「それが…分からない。」

パシーンッ

そう答えた瞬間、狩魔冥の鞭が冴え渡った。
「いてぇッ!」

「相変わらずね、成歩堂龍一。今すぐ倉院へ行きなさい。」

「でも。」

「 今 す ぐ に 。」

今日の狩魔はいつも以上に迫力がある。

「な…なんなんだ、お前達」

やれやれ、といった仕草で冥が一通の封書を差し出す。
ピンクのうさぎが描かれた可愛い封筒。
宛名は冥。
差出人は

── 綾里春美

「真宵さんにあなたへの連絡を禁じられて、考えあぐねて私に手紙を送ってきたのよ。」
僕の手から封筒を取り上げる。

「どうしてあの子が怜侍じゃなく私に送ってきたのか、その空っぽの頭でよく考えることね。」

「どういう事だ…?」

「良いから行け。」
御剣も睨んでいる。
自分の事務所から追い出されてしまった。

倉院の里へ向かう電車で考える。
御剣ではなく、わざわざ狩魔冥に手紙を出した春美ちゃん。
あの中には何が書いてあったのだろうか。
答えは見つからないまま、気が付けば綾里屋敷の傍まで来ていた。

再会したら何と言おう。
気まずさを考えると自然と足取りも重くなる。
入るに入れず、門の外から中を窺う。

その時、背後から素っ頓狂な声が聞こえて飛び上がる。

「な…なるほど君!?」

振り返ると春美が立っていた。
学校帰りだろうか。同じくらいの年頃の女の子と一緒だ。
女の子はマジマジと警戒心いっぱいという顔で成歩堂を観察していたが、
春美の知り合いと分かると安心したように「また明日ね!」と走って帰って行った。

「久しぶりだね、春美ちゃん。ちょっと背が伸びたんじゃないか。」

嬉しそうに頬を紅潮させて飛び跳ねている。
「ええ、その通りなんです。3cmも伸びたんです!」

「そりゃ凄い。ちょっとお姉さんになったね。」
両手を頬に当て、仕切りに照れている春美。
葉桜院での矢張の説教が今頃になって役立った。

どう本題を切り出そうか考えていた時、屋敷の庭から声が聞こえてきた。

「はみちゃん?誰とお話してるの?」

「…!」

振り返るまでも無い。
紛れもなく真宵の声だった。
真宵もまた、背後で硬直しているのが気配で分かる。

意を決してゆっくり振り返る。
あの日の事を聞かなければ。

成歩堂の視界に、呆然と立っている真宵の姿が入った。

「真宵ちゃん…ッ!」

── 半年ぶりに会った真宵は、大きなお腹を抱えていた。

『どうしてあの子が怜侍じゃなく私に送ってきたのか、その空っぽの頭でよく考えることね。』

冥の声が頭に響く。
狩魔検事が言ってたのはこういう事だったのか…!
27年間生きてきて、最大の自己嫌悪を味わっていた。

「ど…どうして…?」

うろたえている真宵。
傍で春美が俯いている。

「春美ちゃんは言いつけを守ったよ。」

頭を撫でる。
半年間、春美なりに辛かったのだろう。
いつかと同じように、うわああああんと声をあげて泣き出した。

真宵に呼びかける。

「…僕の子だね?」

「迷惑掛けないから…。二度と姿現さないから…!だから…っ!」
お腹を庇うように両手で抱える。
その顔は、半年前の夕景の中で涙を流す彼女と何も変わっていなかった。

「ちょっと待て、落ち着けよ。きちんと話そう。」

泣く幼子を宥めるように彼女の肩を抱き、背中をぽんぽんする。

春美に屋敷に通される。
真宵にはホットミルク。
成歩堂にはとびきり苦い緑茶が出された。

春美、無言の怒りである。

聞きたい事、言いたい事は沢山あるのに、何から聞けば良いのか頭が回らない。
沈黙が重い。

「…何でこんなに大事な事を話してくれなかったんだ?」

「…迷惑掛けちゃいけないと思ったから。」

「迷惑?どうして迷惑なの?」

答えない。

「そもそも…何でいきなり帰ってしまったんだ?」

「…僕はこんな性格だから、知らず知らずの内に傷つけていたかもしれない。」

「でも、原因が分からなければ謝ることも出来ないんだ。」

「邪魔」

「…はい?」
これは「帰れ」とストレートに言われているのだろうかと軽く眩暈を感じる。
だがそうではないようだった。

「邪魔…しちゃいけないと思ったの…。」

「なんの邪魔?」

真宵がかつて邪魔になった事などあっただろうか?
3年間の記憶を必死に手繰り寄せながら、真宵の言葉を待つ。

「葉桜院の事件であやめさんと再会したなるほど君を見て思ったの。」
「なるほど君の隣で二人を見守っていく勇気…あたしには無かったから。」

ポツポツと小さな声で話す真宵。
平然とした顔をしながら心で泣いていたというのか。

「あたしはまだ子供で…大人のあやめさんには敵うはずないもん。」
「だから、最後に抱いてもらおうと思ったの。」

ヘヘッと肩をすくめて笑う。
こんなに悲しい笑顔を成歩堂は見た事がなかった。

「初めては好きな人とって、決めてたんだ。…3年前から。」

「3年前…?」

「まだ分からない?」
呆れたように笑う真宵。

その笑顔は記憶よりずっと大人びていて、
成歩堂は一人だけ置いて行かれたような、
急に真宵が手の届かないところに行ってしまったような、妙な気持ちになった。

「ずっと、好きだった。」
にっこり微笑む。

「好きだから、なるほど君が他の人と…なんて見てられなかった。」
小首を傾げて言う。
「でも…最初から正々堂々と言っておけば良かった。あたしらしくなかったよね。」

腑抜けになっている成歩堂に、真宵が向き直る。
正座して背筋を伸ばし、真っ直ぐに成歩堂を見つめ、ふっと小さく息を吐いた。

「なるほど君だけを見てた。17の時から、なるほど君だけを…ずっと。」

瞳に宿る、確かな輝き。

「私、今すっごく幸せだから。だから笑ってなるほど君を送り出せる。」

よっこらせ、と立ち上がる真宵。
「こんな所にいないで、あやめさんの所へ行かなきゃ。面会時間終わっちゃうよ。」

重そうなお腹を抱えてトテトテと出口へ向かう真宵。

「── なんで僕の意思を無視するの…?」
漸く振り絞って出した声は掠れていた。

「ん?」
真宵が怪訝な顔で振り向く。

「に…妊娠なんて…一人で抱える問題じゃないだろ…っ!?」

真宵が困った顔をしている。

「僕は父親なのに…!」

「な…なるほど君…?」
おずおずと手を差し伸べ、顔を覗き込む。

泣いていた。
27歳の男が、20歳の女の子を前に、ポロポロと涙をこぼして。

「勘違いさせてしまった僕が悪いけど…っ」
「でもっ…僕はあやめちゃんの事を好きだなんて、一言も言ってない。」

ああ、格好悪い。
大の男が愛する者の前で号泣するなんて。
だが、今の成歩堂には溢れ出るものが止められない。

「あやめちゃんは昔の話だ。今は今じゃないのか…?」
「僕は…千尋さんの事件で出会ってから、ずっと一番近くで君を見て来たつもりだよ。」

「僕が真宵ちゃんを好きじゃいけないのか…?」

成歩堂が言葉に詰まる度に、真宵が優しい声音で「うん」と相槌を打つ。
7歳も年下の女の子に励まされて告白をするのは情けない。
でもそれが今の成歩堂の精一杯だった。
真宵が聖母のような笑みで成歩堂の涙を指で拭う。
どちらからともなく抱きしめ合い、唇を重ねる。

「身体…大丈夫?」
初めて成歩堂が顔をあげた。

「うん。もうつわりも無いし安定期だから。…ごめんね。あたし、一人で突っ走って。」
成歩堂がかぶりを振る。
「いや、こっちこそ…つわりだとか…一番辛い時期に傍にいてやれなくてごめん。」

「お腹、触っても良い…?」
成歩堂の右手を、真宵がお腹に導く。

その時 ──

ぽこん…

「…分かった?」

成歩堂がコクコクと凄い速さで頷く。
「けけけけ蹴った…ッ」
興奮した面持ちで目を輝かせた。

「── お父さんよ。」

真宵がお腹をさすりながら話しかける。

自分の分身と、分身を宿す彼女。
それがこんなにも愛しいものだったのかと成歩堂は思う。
この世で最も尊い存在で、二人を守るためなら命すら惜しくないと思えた。

「真宵さま」
それまで遠慮して一人外で遊んでいた春美が庭から呼ぶ。

「なるほど君はお泊りになるのですよね!?」
身重の真宵に代わり、客間の準備などをしなくてはならないらしい。

「はみちゃん。一つ、お願いしても良いかな。」

「はい!なんでしょう!?真宵さまのためならこの春美、一肌でも二肌でも脱ぎますとも!」
期待に満ちた大きな栗色の瞳を輝かせて真宵を仰ぎ見る。

「…お姉ちゃんを、呼んで欲しいんだ。」

二つ返事で了承し仕度の為に駆けていく春美を見送り、真宵は空を見上げた。
黒く沈む山の稜線と、刻々と変わりゆく薄明時の空が、
半年前の夕焼けの公園と重なり、幼かった自分を懐かしく思った。

成歩堂と共に部屋に戻ると、春美の姿を借りた姉が、
窓の桟に手を付いて倉院の夕暮れを眺めていた。

小さな春美の装束では千尋の豊かな肉体を隠しきれるはずもなく、
変形したバックプリントのウサギパンツがほぼ丸見えなのはご愛嬌。

「やっぱり故郷は良いわね…。」
真宵達の気配に気付いていたのだろう。
千尋は外を眺めたまま、言った。

「あのね、お姉ちゃん…あたしね?」

「うん。」

「お母さんになるよ。」

「── うん。」

ゆっくりと振り向いた千尋は、今まで見た事のない程、穏やかな笑みを浮かべていた。

「大好きな人の赤ちゃん、産むよ。」

「─── うん。」

「ずーっとずーっと、好きだったの。」
泣きそうになりながら、真宵は打ち明ける。

ふっと千尋の顔が緩んだ。
「…知ってたわよ。妹の気持ちに気付かずにお姉ちゃんなんてやってられないわ。」
「ピンチの時に必ず助けてくれる男性を、好きになるなっていうのが無理だものね。」
とうとう真宵の涙腺が決壊し、くしゃくしゃの泣き顔で姉の腕に飛び込んだ。

「良かったわね、真宵。…おめでとう。」
頭をくしゃくしゃと撫でる。

「…あの小さかった真宵が、お母さん…か。」
幼かった頃を思い出していた。
かくれんぼをしていて壷を割り泣きじゃくる真宵。
日が暮れるまで自転車の練習に付き合った事もあったっけ。
どこに行くにも「おねえちゃん、おねえちゃん」と後を追ってきた真宵。

自分の後を歩いていると思っていた妹が、
いつしか自分に並び、そして追い越していく。

27歳で時を止められた自分が叶えられなかった事を、妹は叶えていく。
それは姉にとって喜ばしい事であり、同時に、ほんの少しだけ寂しい事でもあった。

「幸せになるのよ」
千尋は思いきり真宵を抱きしめ、そして、顔をあげて成歩堂を見つめて微笑んだ。

「なるほど君。…真宵をよろしくね。」

「── はい。」
根拠はないけど自信満々な時に見せるあの目で、千尋をまっすぐ見据えた。

「さて。そろそろ帰ろうかな。」
千尋が空を見上げた。
中秋の名月が、手を伸ばせば届きそうな場所に浮かんでいた。

「身体に気をつけてね。 ── クリスマスに逢いましょう。…また、ね。」

千尋の魂はキラキラと夜空へ吸い込まれるように還っていった。

「クリスマス?なんでだろ。パーティーに来るのかな。」

頻りに首を傾げている成歩堂の隣で、真宵だけが意味を理解していた。

今、妊娠7ヶ月。

予定日は、12月中旬。

── お姉ちゃん、また会おうね。

そっとお腹に手を当てた。

☆終わり☆

最終更新:2020年06月09日 17:44