「や…!」

何これ!
何よこれ…!
なんでこんな事になってるの?

なるほどくんは、狼狽しきっているあたしを見上げて
汗を掻いた頬に張り付いている髪の毛を取り除きながら「可愛いなあ…」と呟いた。

「真宵ちゃんは敏感なんだね。」

「…敏感?」

「うん。凄くエッチだよ。」

「何それ…意味…わかんないよ…!」

彼は法廷で証言の穴を見つけた時みたいにニヤッと意地悪く笑うと、
あたしの秘所でわざと音を立てるように指を動かした。
なるほどくんを掴む手にギュッと力を入れるあたしの耳に、ぐちゅぐちゅと水音が響く。

「ああ…んっ」

「ほら…これが証拠だ。」

「や、やあ…!なに…?なにこれ…!なんでえ…?」

必死にもがくあたしに、顔を上げたなるほどくんがキョトンとした顔で言った。

「…え。もしかして本当に知らないの…?」

「何が…?」

「何がって…え、あれ、だってさっき自分で言ったよね?その…セックスしたいのかって。」

「うん。」

「…セックスって知ってる?」

「あのね、なるほどくん…いくらあたしでも、それくらいは知ってるよ!
ちゃんと保健体育とか、せ、せーきょういくの時間に習ったもんね。」

「…どんな風に習ったの?」

あたしは一通り説明する。
おしべとめしべの話から始まって、生命の誕生の、その製作過程の話を。

「…なるほどね。」

「うう。勝手に納得しないでよお…。」

「真宵ちゃんはあれだよ、教科書での知識しかないんだね。」

「どういうこと?」

「そういうことをする時には、その…色々と身体の準備も必要なんだよ。」

「そ、そうなの?」

「ま、教科書はそこまで教えてくれないけどね。」

「……。(うう。なるほどくんの癖に…。)」

赤面して俯いたあたしのオデコに苦笑しながらキスすると、
片足を下着から抜き取ってそっとあたしを押し倒した。


いつも見慣れた天井の代わりに、なるほどくんを見上げる。

「知らないなら、これから知ればいいよ。」

熱に浮かされたような瞳であたしを見つめるなるほどくん。
彼の目に、あたしはどんな風に映ってるのかな…?

はだけた装束と、ずらされたブラのせいで裸の上半身を晒していて。
家元仕様の長い装束の裾は乱れて、下肢は太ももまで露わになっているだろう。
その片方には脱がされた下着が引っ掛かっていて、そしてその奥は…。

ああ。
あたし、なるほどくんに全部見られてるんだ──。

なるほどくんの目に映っているであろう自分を想像し、
自覚した途端、発作のように羞恥心が燃え上がった。

「や…ダメダメダメダメ…!見ちゃダメだよ…っ」

「なんで?」

「なんでって…。」

そう改めて聞かれると言葉に詰まる。

「恥ずかしいし…それに…エッチな子なんて、嫌われるよ…」

今までそういうHなことなんて全く話さなかったなるほどくん。
男の人としての姿をあたしには見せなかったなるほどくんに、
生まれたまんまのありのままの、女としての自分を見せてるあたし。
それがたまらなく恥ずかしくて、あたしは腕で顔を覆った。
そんなあたしの背中に手を回し、なるほどくんは軽々と抱き締める。

「そんな事気にしてたの?」

「うう…。」

「真宵ちゃん。」

「ん?」

「真宵ちゃん、ぼくを見て。」

恐る恐る顔を覆った腕を除けると、そこには真剣な瞳があって、
あたしは吸い込まれるように見つめ返していた。

「どんな真宵ちゃんも嫌いにならないから。」

── ぼくに全部見せて。

ああ、これが。
この目が本当のなるほどくんだ。
いつだって真っ直ぐで、嘘を吐かないなるほどくん。
それはあたし自身がよく知っている。

あたしは耳元で低く囁かれたその言葉に、初めて本気で安堵して身を任せた。

******

なるほどくんはあたしの右側に添い寝するように横たわり、
右胸の突起に舌を這わせながら、同時に秘所の芯を摩る。

「あ…は…ぁ…っ…んんっ」

あんなに恥ずかしかった声を、あたしは堪えることなく自然に発していた。

「あのね、真宵ちゃん。」

「ぅん…っ」

「こことか…ここは…」

そう言って胸の突起を甘噛みし、
今度は下半身の敏感な一点をクイクイと揺らしてあたしに示した上で

「こうやって刺激されて気持ち良くなると大きくなるんだ。それを・・と言って…」

と、教科書に載っていたような言葉を使ってあたしに分かりやすく説明してくれる。
だけど、よく知っている声でそんな事を耳元で囁かれると、訳が分からなくなりそうになる。
顔が熱い。
なるほどくんの顔、恥ずかしくて見れないよ…!

「で、さっき真宵ちゃんがビックリしてたこれは…」

秘所に這わせていた指をあたしの中にほんの少しだけ挿し入れ、
後から後から湧き出るその粘液を掬い取って、先ほどと同じようにクチュっと音を立てた。

「ぼくが真宵ちゃんのここに入る時に乾いてたら大変だから、その潤滑液みたいなもので…」

なるほどくんが耳を覆いたくなるような台詞を言う。

「真宵ちゃんが凄く興奮してる証拠なんだよ。」

「やあ…!」

なるほどくんがこんなコトを言うなんて、信じられない…!

普段小生意気に弟だなんだの言ってからかっていたけど…。
…やっぱりなるほどくんは大人で、男の人なんだなあ…。

かろうじて残っていたあたしの思考能力は、そんな当然のことを考えていた。

「だから、いっぱい気持ち良くなって良いんだ。」

なるほどくんはそう言いながら、
彼の視線から守るように立ててくっ付けた膝を、グッと力を入れて割り開き、
両足の間に身体を滑り込ませた。
男の人の重みが正面からもろにあたしに圧し掛かる。

なるほどくんはそのままあたしの右胸の突起に吸い付き、左の胸の突起と秘所に指を這わせ始めた。
同時に刺激されるそれぞれの場所から快感が湧き上がり、あたしは仰け反る。

「ああっあ、あん…!」

なるほどくんが触れる全ての場所が、どうしようもなく気持ち良い。
下半身の感覚はどんどん鋭く高まっていく。

いつも検事に、証人につきつけていた長い人差し指が、今はあたしの大切な場所を弄んでいる。
芯を剥き出しにして、愛液を塗りこめるように擦られて、
あたしはいつしか腰を浮かせて揺らしながら、その刺激を求めていた。

「あ…や、いや…あ…あん…っああ、なるほどく…んっ…!」

胸の先端と秘所で生まれた快感が直結して下半身の奥に溜まって行き、
それが急速に全身を駆け抜けた瞬間…。

「なんか、ダメ…!やめ…ダメ、イヤ、やあ…!」

あたしは一際高い声を出しながら、お尻を伝って何かが垂れるのを感じていた。
息が出来ないほどの強烈な快感。
頭が真っ白になって身体が硬直し、ピクッピクッと痙攣する。

何がなんだか分からなくて、あたしはグッタリと布団に沈み込んだ。
気だるさの中ではあはあと息を整えていると、
なるほどくんがあたしのオデコに張り付いた前髪を払いながら、「大丈夫?」と覗きこんだ。

「ん…」

答える気力もない。

「イッたんだね、良かった。」

「…これ、イクっていうの?」

「うん。」

「ふーん…。」

どっちかというと、“行く”というより“持って行かれそう”な感じだったなと思い返す。

「あ…」

そういえば。
イった時にお尻に感じた違和感を思い出した。
身体を起こそうとするのに力が入らなくて、モゾモゾと身動きする。

「どうしたの?」

怪訝そうななるほどくんに「何か垂れたみたい」と小声で言うと、彼は「大丈夫だよ」と言った。

「イった瞬間に愛液が溢れたんだよ。」

なるほどくんに助け起こされて、お尻の下のシーツに目をやると、
そこにはあたしが作ってしまったらしい染みが出来ていた。
手ほどの大きさでシーツの色を半透明に変えていて、
この染みはあたしが気持ち良くなってしまった証拠なのだと思い至り、
かああっと顔に血が集まるのを感じていた。

「本当に敏感だね。」

なるほどくんはクスクスと笑いながらそう言うと、
絶頂に達したばかりで過敏になっているそこに、再び指を這わせた。

「痛かったら言って。」

あたしの中にゆっくりと指を入って来る。
ぬるりと異物を飲み込む感覚。
胎内に感じる、初めての異物だった。

「あ…」

「痛くない?」

「うん。平気。」

ゆっくりと引き抜き、また挿し入れる。
徐々にスピードが速まり、あたしの身体にも少しずつ変化が表れ始めていた。
痛くも悲しくもないのに視界が涙で滲む。
だけどそれは芯で感じたほどの快感ではなかった。

「どう?」

「う…ん…よく分かんない。」

今度はなるほどくんは中で指を曲げて、蜜を掻き出すように内壁を探り始めた。
あたしの中で指が蠢くのはなんとも言えずに切なくて、整えたばかりの息がまた荒くなっていく。

「ぁ…ん…」

いつしかあたしの中の指が2本に増え、その2本がある一点に触れた時だった。

「ア…ッ!!」

明らかに他の場所とは強さも質も違う快感が、あたしの中を駆け抜けた。
勝手に腰が跳ね上がり、挿し入れられた指をキュッと締め付ける。
あたしの反応が変わったのを見て、なるほどくんはそこを重点的に攻め始めた。

「あ、やぁ、なにそこ…っ!?や、あ、あ、」

2本の指が刺激するそこがじんわりと熱を持ち、次第に広がり始める。

「う…あ…あ…」

水音が激しくなる。

「は…ぁ……あ…ぁ…」

もうすぐ
もうすぐ…

「ダ…ダメ…あ、あ、ああっ…い、いきそ……く…イっちゃ…ッ…!」

もう、ダメ…!

「あああああっ」

頭の中で光が弾けた。
背中が弓なりに反る。
芯で得たさっきの快感とは深さが全然違う。
ゆらゆらと水を漂うような感覚。
絶頂の波が去ったあとも快感が全身を包む。

なるほどくんがあたしを呼んでいるのが分かるのに、答えることすら出来なかった。

「真宵ちゃん、良い…?」

「ん…」

微かに頷くのが精一杯だった。

下肢が思いっきり広げられるが、抵抗どころか羞恥心すら湧かない。
それどころかなるほどくんの触れる膝小僧すらも快感を感じる。
今でも絶頂の中を彷徨っている気分──。

秘所に硬くて熱いものが宛てがわれ、
溢れかえっている蜜を広げるように往復するそれが彼自身で、
今からあたしの中に入ろうとしていることをやっと察して、
気力に鞭打って目を開けてなるほどくんを見つめ返す。

ぬるぬると滑りの良いそれが、あたしの芯に触れて、
なるほどくんを待ち受けるそこがじゅんと潤い、
自分の意思とは無関係にヒクついてしまうのを感じる。


「ぁ…」

「真宵ちゃん、行くよ…?」

“良いよ”の返事の変わりに、あたしは口元に笑みを作ってゆっくり目を閉じた。

「出来るだけ優しくするから」

その言葉からほんの少し遅れて、身体の中心を引き裂くような痛みと、強烈な圧迫感が圧し掛かってくる。

「ぁ……ん…」

少しずつ分け入ってあたしを満たしてゆくそれ。

「い…た……ッ!」

なるほどくんが解してくれたし、
2度の絶頂とその余韻で十分過ぎるほど潤っているはずなのに、
それでも受け入れるそれは大きくて、
あたしはなるほどくんの広い背中に爪を立てていた。

やがてあたしを抉りながら進んで来たそれが
行き止まりに到達したのを感じて目を開けると、
うっすらと汗を浮かべたなるほどくんがあたしを見つめていた。

「全部入ったよ。」

「うそ…」

思わず足元の方に目をやったあたしは、大きく開かれた下肢の間の
あたしの中に埋め込まれているそれを初めて見て

「こ、こんなのが入ってるのっ!?」

と、この状況にそぐわない素っ頓狂な声を出していた。

あたしに突き立てられたそれは、こんなに圧迫感を齎しているにも関わらず
胎内に埋まっていない部分も少なからずあって──。

「うう…なるほどくんも、た、大変だね…。」

「何が?」

「こんなの…毎日、持ち歩いてるなんて、大変だなあって…!」

「い、いやいやいや、持ち歩いてないよ!っていうか持ち歩くっていうシロモノじゃないよ!」

奥を突かれる衝撃が齎す、声にならない声を混ぜながら
あたし達は普通の、いつも日常でしていたような会話をしていた。

やってる事はとてもエッチなことなのに。
繋がってるそこは痛いのに。

好きな人を受け入れ、微笑み合える幸せは、それを吹き飛ばすほどの満足感をあたしにくれる。

目の前にいるなるほどくんは、もう弁護士じゃない。
あたしは霊媒道の家元。

でもそんな事なんてどうだって良いって思えた。
なるほどくんがいてくれれば、何にもいらない。
なるほどくんのそばにいられることが、あたしにとって一番幸せなこと。

「…ん…ッ…なるほどくん…っ」

「うん?」

息を弾ませながらあたしを見つめ返した彼に、問う。

「── 気持ちいい?」

「うん。…すごく気持ち良いよ。」

「そっか…!」

好きな人があたしで気持ち良くなってくれている。
初めて男の人を受け入れたそこはまだ痛いけど、
なるほどくんが気持ち良いならそれで良いや。

女の子に生まれて良かった。

ゆっくりと目を開ければ、すぐそこになるほどくんの顔があって。
あたしは嬉しさや恥ずかしさがごちゃ混ぜになって、照れ笑いをする。
そんなあたしをなるほどくんは凄く優しい瞳で見つめてくれる。

「大好き…」と呟けば、「知ってる」と返す。

あたしはニッコリ微笑み、なるほどくんの背中を抱き締める。
彼はそんなあたしに深い口づけをしながら胸の突起に触れた。

触れられているのは胸なのに、繋がっている部分が熱く熱を持ち始めて
あたしの口からは甘い吐息と艶の混ざった喘ぎが漏れ始める。
繋がった場所からは、グチュグチュという卑猥な水音と、肌が触れ合う乾いた音が響く。

「ん、あ…あん…ああっ…あ…っ」

繋がる前にあたしを絶頂に導いた胎内の一点になるほどくんが擦れて、
消えかかっていた炎に再び火が灯り、
じんじんと痺れるような切ない疼きがあたしを支配していく。

つい今しがた笑いながら言葉を交わしたのが嘘のように
あたしは与えられる快感にのめり込んで行くのを止められない。

彼があたしに分け入る時の、襞を抉り広げる快感。
彼があたしから出て行く時の、内壁が擦れる快感。
そして、いつしか添えられていた彼の指が、
ぷっくりと膨れて剥き出しになった芯に与える快感。

一番深いところでなるほどくんはあたしを愛してくれる。
あたしは全身でそれを受け止める。

肉体の快感に輪を掛けて、精神的な充実度があたしを昂ぶらせていく。
自分でさえ知らなかったあたしが、それらを「もっと、もっと」と求めてる。
そしてそれがいつしか「もう少し、もう少し…!」となり…。

「あ、あ…ん、…な、なるほどく…ん…あたし…イ、イッちゃうかも…!」

「ぼくも…もう少し…ッ!」

「あ、あ、あ、イク、イク…イッちゃう…!」

一緒にいきたいって思ったけど、我慢出来なかった。

「んああああああっ」

息が出来ない…!頭に血が昇る…!

下腹部から生まれた光があたしを包むような錯覚と、
波打ち際で足元の砂が崩れ去るあの不安定な感覚があたしを襲う。
あたしは甲高い嬌声を上げながら一足先に達していた。

全身が性感帯になったような絶頂の余韻で身動きが出来ないあたしの中を
なるほどくんが抽送を速めていく。
一旦火が点いたあたしの身体はそれすらも敏感に受け止めて、
二度目の高みへと追いやられていく。

「あ、あ、やあ…ま、また…!ああっダメ、またイ…ちゃいそ…!」

「真宵ちゃん…!」

「ん…っ、あ、ああ、あああああっ」

「く…っ!」

ギュッとなるほどくんに抱き締められた刹那。
あたしの身体は大きく突っ張り、そして不随意に跳ねる。
真っ白にスパークした意識を身体ごと持って行かれそうになりながら
ヒクヒクと勝手に蠢いて止められない胎内が、
なるほどくんの吐き出した生温かいもので満たされていくのを感じていた。

******

あの頃よりも二回り大きくなった胸の双丘を揉みしだきながら
サラサラの髪が流れる背中に唇を這わす。

視線を少し下げれば、
浮き上がりそうなほど白い彼女の臀部に突き立つ己が、嫌でも目に入る。

「ああ…んっなるほどくん…!」

彼女は息も絶え絶えに、乱れた和服姿で淫らに腰をくねらせる。

男を知った時から敏感だった彼女は、数を重ねるごとに新たな悦びを見つけ出し、
清楚で可憐な笑顔からは想像出来ない別の「綾里真宵」の顔を持ち合わせるようになった。
その顔はぼくにしか見せないものであって、それがぼくに密かな優越感を齎してくれる。

彼女と初めての関係を持って、もう7年。

あの日は蛍が舞っていた。
今、ぼく達を見守るのは満天の星達。

こっそり屋敷を抜け出して、あの日の河原に来たのには理由がある。

── 全てが終わったから。

長かった。
ぼくはとうの昔に30を越え、真宵ちゃんは27歳になっていた。

家元装束が板につき、顔立ちからは幼さが影を潜め、
千尋さんには及ばないものの身体も女性らしい曲線を描く真宵ちゃんは
名実共にすっかり大人の女性へと成長していた。

あの日、蛍が照らす真実の道を示してくれた真宵ちゃん。
別の道を歩いて来たぼくたちだけど、お互い忘れたことなんてなかった。
物理的には離れていても、気持ちはいつも共にいたから。

そんなぼく達の終着点に相応しいのは、やはり倉院のこの河原だと思う。

10月も半ばに差し掛かろうというこの時期にはさすがに蛍はいないけど、
代わりにぼく達の頭上には山里特有の済んだ星空が広がっている。

ぼく達は死角になる木陰で声を押し殺すようにして求め合う。

木の幹に手をついて、それを支えにするようにして臀部を突き出し、
緩んでしまって役に立たない装束のせいで、背中まで露出した彼女は
月明かりの下で異様なほど艶かしい。

「なるほどくん…もう…!」

声を漏らさないように、身体を支える手に口を押し当てながら限界を伝える真宵ちゃん。
その言葉通り、彼女の中は規則的な収縮を始めている。
ぼく自身を包む真宵ちゃんの妖しい蠢きに射精感を感じていた。

「…ねえ…真宵ちゃん……中に出して良い…?」

真宵ちゃんは息を弾ませながらじとっと湿度の高い目で、
眉を顰めて怒ったような表情を作って振り向いた。

「……出来たら産むよ?」

その顔は紅潮していて、色っぽさと可愛らしさが同居した不思議な魅力を放っている。

興奮の余り避妊をする余裕がなかった初体験の翌月、
来るべきモノが来ないと冷や汗を掻いて以来、避妊主義に徹して来た真宵ちゃん。
その言葉にはぼくに対する脅しの意味が込められているのがよく分かる。

「…良いよ。」

「は?」

「言葉の通りだよ。出来たら産んでよ。」

「え、ちょ、ちょっと何言ってんの?」

「7年も待たせて、ごめん。」

「…!」

「真宵ちゃんも、もう27歳になるんだよね。」

出会ってからもう10年も経つ。
お姉さんの亡骸から逃げていく体温を逃すまいとでも言うかのように、
縋りついて泣いていた真宵ちゃん。
1人になってしまったというのに、そんなことは微塵も見せずに
ぼくのそばで笑っていてくれた真宵ちゃん。
ぼくの力になりたいと、修行に励んでくれた真宵ちゃん。
誘拐されて命の危機だというのに、ぼくを信じ、正義のために命を失う覚悟をした真宵ちゃん。
目の前でお母さんが殺され、彼女自身も命を狙われ。
何度も何度も危機に見舞われながら、
自身が傷付くのは厭わず、他の誰かが傷付くのを何よりも恐れ、
他の誰かの為に涙を流していた真宵ちゃん。
弁護士じゃなくなって、どこか斜めに構えるようになったぼくの分まで笑い、泣き、
そして怒ってくれる真宵ちゃん。

過酷な運命すら跳ね除けて明るく屈託なく笑うキミに
ぼくがどれだけ救われたか、キミは知りもしないだろう。
ぼくがキミから与えられたものを、きっとぼくは一生掛かったって返せやしない。
だからせめて、そばでキミを見守らせて欲しい。

美しい花嫁姿のキミを。
優しい母親になるキミを。
逞しいおばちゃんになるキミを。
可愛いおばあちゃんになるキミを。

そして、子供や孫や曾孫達、それに里の人達に囲まれて、惜しまれながら人生を卒業するキミを。
…もっとも、その頃には7つ上のぼくも卒業してるだろうけどね。

「……本当に良いの…?」

「構わないさ。」

「へへ…。嬉しいな…ありがとう…!」

涙を流すキミへの想いをぼくは最深部に注ぎ込む。

小刻みに身体を震わせるキミを抱き締めれば、
ぼく達を守るように覆う茂みからは、一斉にホタルが舞い上がり、夜空へと消えた。

── 星に願いを。

最終更新:2020年06月09日 17:43