譲り合いの精神は、円滑な人間関係を構築するためには必要不可欠だ。

だからといって、こんな時に発揮されても困るんだけど……。
でもぼくは絶対に譲るわけには行かなかった。男のプライドがある。
真宵ちゃんも真宵ちゃんで、居候の分際で……という遠慮があるらしく、折れようとしな
い。

さて、困った。

このままでは下手したら、朝になったって平行線のままだ。
どうしたものかといつもの癖で顎に手をやり折衷案を考え始めていたぼくは、次の瞬間我
が耳を疑った。

「もー、仕方ないなあ。じゃあ一緒に使う?」

「……は?」

言うが早いか、真宵ちゃんはスルリと布団に潜り込んで掛け布団を捲り、「ほら、早く来
た来た!」と彼女の隣に空いたスペースをポンポンと叩く。

こ……、これは……何の罰ゲームだ?
新手の攻撃か?

彼女の無垢な瞳が、布団の傍らで狼狽えているぼくを不思議そうに見つめていた。

真宵ちゃんにとって、ぼくは男ですらないんだろうなあ……。
お兄ちゃん、いや、むしろお父さんに近いというか……。

そんな彼女に手出しなんて出来るわけがない。
もしもまかり間違ってその気になってしまったぼくが無理強いをしようものならば、現在
進行形で世話になっている強力な守護霊に祟り殺されるだろう。

電気を豆電球にしてからしぶしぶ彼女の左隣に潜り込むと、真宵ちゃんは満足そうに笑っ
た。

「やっぱりお布団は温かいねえ。この何日間かずっと寒いところにいたから、お布団の有
り難味が身に沁みるよ」

掛け布団に鼻まで潜って、幸せそうな顔をしている。

その笑顔は本当に可愛くて、またぼくの男の部分が刺激されそうな気配を感じて、慌てて
彼女に背を向けた。
いくら真宵ちゃんと言えども18歳の女の子が同じ布団の中にいるこの状況は尋常じゃない。
右隣に感じる温もりや香りに、ぼくの身体は再び微妙な反応を見せていた。
気付かれないようにキモチ微妙に前屈みになって、それを隠す。
Tシャツにトランクスという格好でいるぼくは、何かの拍子に掛け布団が捲れて股間の盛
り上がりを見られてしまえば言い訳なんて出来っこなかった。
それに……背中合わせだから真宵ちゃんが気が付くことはないはずだけど、やましい反応
を抱いてると思われたくないささやかなプライドもあった。
隣で寝てる男が、実は自分の湯上り姿に欲情してる……なんて知ったら、彼女はどう思う
んだろ。

「さあ、寝るぞ。疲れただろ?」
「えー、もう寝ちゃうの?」
「当たり前だろ。ぼくも疲れたの」
「つまんないなあ。せっかく修学旅行みたいなのに」

これに乗ってしまえば彼女は枕投げをしようとでも言い出しかねないから、ぼくは返答し
なかった。


それにしても……。
真宵ちゃんの修学旅行はこうやって男女二人が一つの布団で寝るようなものだったんだろ
うか……。

この状況で動揺しない彼女はどうかしてると思う。
ぼくなんて今夜眠れるかどうかすら怪しいのに。

******

「……なるほどくん、起きてる?」


ゴソゴソと寝返りを打っていた真宵ちゃんが小さな声でポツリと呟いたのは、沈黙が支配
してから15分もした頃だった。
疲れているのに精神的に昂っていて、眠れずに起きていたけど、なんとなく、このまま黙
ってたらどうするのかなと寝たふりを決め込むことにした。

「なるほどくーん」
「寝ちゃったのー?」
「寝てる人は返事して下さーい」

(寝てる人は返事しないよ真宵ちゃん……)

笑いが込み上げて来て、それを隠すようにぼくはさりげなく鼻まで布団に潜り込んだ。

「寝ちゃったのかあ……」

つまらなさそうに呟くとまた寝返りを打ち、今度はぼくの方に向いたのが分かった。
背中に真宵ちゃんの吐息が当たる。目の前にある背中に気付いたのだろう。
キャンバスのようにぼくの背中に落書きを始めた。

『お』 『き』 『ろ』 『ー』
『お』 『ー』 『い』
『お』 『な』 『か』 『す』 『い』 『た』 『な』 『あ』
『み』 『そ』 『ラ』 『ー』 『メ』 『ン』 『た』 『べ』 『た』 『い』

(さっきあれだけ食べたろ!)

『だ』 『い』

(だい……大根? なんのメッセージだよ……)

『す』 『き』

『な』 『る』 『ほ』 『ど』 『く』 『ん』


『だ』 『い』 『す』 『き』  『な』 『る』 『ほ』 『ど』 『く』 『ん』


── だいすき なるほどくん ──


(──!)

「だいすきだよ、なるほどくん……」

小さく呟いて、真宵ちゃんはぼくのTシャツをギュッと握った。
その手がかすかに震えていることに気付いた時、ぼくの胸の中に溜め込んでいたものが急
に溢れ出して来て、もう止まらなかった。

くるりと突然寝返りを打って向き合うと、寝ていると思ってたぼくが起きていたことに驚
いて、真宵ちゃんはどんぐりのような瞳を皿のように丸くした。

「う、え……、お、起きてたの……!?」
「うん」
「どこから?」
「全部」
「……さ、最悪だ」

ほんの一瞬、ぼく達の間を沈黙が支配する。
真宵ちゃんは独白のつもりが告白になってしまって、照れと羞恥と驚きと緊張と不安をご
ちゃ混ぜにしたような真っ赤な困り顔でぼくを覗き見ていた。
そんな彼女を見ていたら、胸の中いっぱいに限界ギリギリで抑えていたぼくのキモチが、
音を立てて弾けとんだ。
聴こえるわけがないのに、確かにぼくの耳には「パチン」という音が聴こえた気がした。

「……あのさ、抱き締めても良い……?」
「え! ……う、うん」

小さな身体の下に右腕を通してギュッと抱き締める。
ぼくはしばらくそのまま、真宵ちゃんの温もりを確かめるように抱き込んでいた。

力任せに抱き締められて、息苦しかったのだろう。
腕の中でもぞもぞと身を捩ってから、彼女は潤ませた瞳でぼくを見上げて、か細い声で話
し始めた。

「あのね、誘拐されてね、暗い部屋でもしかしたらこのまま殺されちゃうかもしれないん
だって思ったらね、こんなことならなるほどくんに『好き』って言っておけば良かったな
って、思った」

それから小さく溜め息をついて、ぼくの様子を上目遣いで窺う。ささいな仕草が可愛くて
堪らなかった。

「言えて良かった」
「……聞けて良かった」

「あの、おや、おやすみ!」

よっぽど恥ずかしかったのか、くるりと寝返りを打ってぼくに背を向けた真宵ちゃんは、
暗がりでも分かるほど耳が真っ赤に染まっていた。

きっと、彼女は今日、眠れないだろう。
ぼくは絶対眠れない。

小さく震える真宵ちゃんがいじらしく思えて背中を抱き締めると、明らかに分かるほどビ
クッと硬直した。

「嫌……かな?」

囁いたつもりの声は、掠れていた。
そうしてやっと、ぼくの心臓が今にも口から飛び出しそうなほど暴走していることに気が
付いた。
ふるふると振られた髪の毛から甘い香りがする。
ぼくと同じシャンプーを使ってるはずなのに、どうしてこんなに優しくて甘い香りがする
んだろう?

「真宵ちゃん。……キス、して良いかな……?」
「う、うん」


ぼくは背中から覆い被さるようにして彼女の唇にぼくのそれを重ねた。
かすかに戦慄く唇は柔らかくて、ぼくは夢中になって啄ばむ。
彼女はどんな顔をしているだろうかとゆっくり目を開けると、真ん丸に目を見開いたまま
固まっている真宵ちゃんと至近距離で目が合った。

「ちょ……目、閉じてろよ!」
「え。え。え? いつ閉じるの?」
「いつって……」
「あのね、意外に思われるかもしれないけど…っ! あたし、本当はこういうの初めてで
っ」

そう言って、真宵ちゃんは真っ赤な顔でぼくを睨む。

(……むしろ予想通りだよ真宵ちゃん……)

真宵ちゃんの初めてのキスを奪ってしまった。
目を白黒させる真宵ちゃんの柔らかい唇を味わう内に、彼女の全てを奪ってぼくのモノに
してしまいたいという欲望が湧き起こり、それはいつしかトランクスの中でハッキリと形
になっていた。

「あのさ、良い……?」

うなじに惹かれるように顔を埋めて問うと、真宵ちゃんはかすかに頷いた。
さっきまで元気に布団の譲り合いをしていた人物だとは思えぬほど、しおらしい。

だけど、ぼくは先ほどの光景を思い出して不意に不安になっていた。
目を開けたままキスをしていた真宵ちゃん。
これから起こることを、果たしてきちんと理解してるのだろうか……?
自分が何を許したのか、このコは分かってるんだろうか?

「本当に? 何するか分かってる……よね?」
「わかってるよ」
「これからきみに、え、エッチな……いや、スケベな……? いや、その……いやらしい
ことを……するんだよ? 本当に後悔しない? 終わってから後悔しても遅いよ?」
「本当に、い、いいよ」

誤解のないようにきちんと伝えなくてはと言葉を選ぶ内に、とてもじゃないが適切だとは
思えない方向に移行していき、それに釣られて真宵ちゃんの顔は発火しそうに真っ赤にな
って行く。
もしぼくが女の子だったら、初体験を前に「お前にいやらしいことをする」などと宣言さ
れたら、まず間違いなく泣く。

──でも、真宵ちゃんは泣かなかった。
泣かない代わりに、一生懸命言った。

「あ……あのね……っ自意識過剰かもしんないけど、監禁されてる間、もしかしたら殺さ
れる前に犯されちゃうかもって、そんな心配もしちゃったりして。やっあの……ほら、こ
れでもあたし一応女の子だからさ……。最初で最後のエッチがそんなんだったら悲しすぎ
るって、思った。初めては好きな人が……なるほどくんが良かったなって。おかしいよね、
死んじゃうかもしれなかったのに、そんなこと考えるなんて」

そうだ……あの時ぼくは命の心配ばっかりしてた。営利目的だから目的が達成されさえす
れば大丈夫だろうって。

でも違う。
彼女は女の子なんだから、違う心配だってしなきゃならなかったんだ。
女の子には違う危険があるんだから。

そう思ったら、彼女がどんな気持ちで助けを待っていたかと思うと胸が締め付けられて、切なくなった。
胸が痛い。

同時に彼女が無事に帰って来てくれたことが奇跡のようにも思えて、世界中に感謝して歩
き回りたいような温かいキモチが、胸の中にふわりと広がっていく。

「これが最終確認だよ。……本当に良いんだよね?」

背中を向けたまま真宵ちゃんがしっかり頷いたから。
彼女の脇の下から手を差し入れて、胸の膨らみに出来るだけ優しく手を当てた。
手のひらを通してトクントクンと心臓が動いてるのが伝わってくる。
この尊い動きを止められるところだったなんて、考えるだけで身の毛もよだつ思いだった。

******

確かな鼓動を感じながら白いうなじに唇を這わせると、真宵ちゃんは身震いして「はぁ…
…」と吐息を漏らした。
そして何を思ったか突如くすくすと笑い出した。

「くすぐったーい!」

首を竦めて身を捩じらせる。
多分、極度の照れに襲われてるのだと思う。それを証拠に耳が真っ赤だ。
だからぼくは再び唇を重ね、ふっくらした唇の中に舌を滑り込ませた。
瞬間的に真宵ちゃんの身体が強張る。
真宵ちゃんは相変わらず目を開けていたけど、ぼくがじっと見つめ返すと恥ずかしそうに
眉根に皺を寄せて瞳を閉じた。
頬まで桃色に染めて、本当に可愛かった。

真珠のように艶やかで形の揃った綺麗な歯列をなぞり、口内で怯えるように隠れている舌
を絡めとると、真宵ちゃんは「ん……っ」とくぐもった声を漏らして、おずおずと舌を差
し出した。
熱く火照った口内を存分に味わう。
不慣れな真宵ちゃんは、時々苦しそうに息継ぎをしていて、長い睫毛はかすかに涙に濡れ
ていた。

再び唇をうなじに戻して、舌でつと舐め上げる。
真宵ちゃんはもう笑わなかった。その代わりにさっきよりも余程熱の篭った吐息を漏らす。
その仕草が予想外に色っぽかったから、ぼくは無意識の内に彼女の乳房に置いていた手を
動かしていた。
男の本能って、怖い……。

真宵ちゃんは小柄だ。
身長はちょんまげ込みでもぼくの肩に届かないし、身体だってその気になればひょいと担
げるほどに軽い。
腕も脚も細くて……。
お姉さんである千尋さんは肉感的だったのに、同じ姉妹かと思うほどに華奢だ。

だけど、その華奢なイメージとは裏腹に、胸の膨らみは柔らかかった。
胸だけじゃなく、全身がぼくには決してない柔らかさを帯びていて、このコも女の子なん
だなあと、改めて実感する。

横になっている彼女の背後から乳房を弄ぶ。ゆっくりと、指と手のひら全体を使って揉み
上げると、自己主張を始めた可愛い突起が手のひらの中で擦れた。
その刺激でますます主張は激しくなる。
背後から触れるという行為はどこか痴漢を連想させて、妙に背徳的な気分にさせた。

真宵ちゃんは時々大きく肩を上下させて、少しずつ上がる呼吸を整えようと深呼吸をして
いた。
触れている身体が熱くなっていくのが分かる。

乳房を包んでいた左手をゆっくり身体の曲線に沿って滑らせると、腰の辺りでTシャツを
手繰り寄せて中へと手を差し込んだ。
そのままお尻を撫でながらシャツを脱がせ始めると、突然真宵ちゃんが跳ね起きた。

「な、なに?」
「自分で……脱げるからっ」
「あ……う、うん」
「見ないでね……?」

そうやってチラリとこちらへ向けた瞳は潤んでいて、真っ赤な頬と相俟って妙に色っぽか
った。

『見ないでね』

そう言われて見ない男はいるのだろうか。
じっくり見るのはさすがに憚られたけど、チラチラとぼくは彼女に目を遣る。

布団の上に起き上がり、正座した下肢を外側に崩してペタリとお尻をついて座り、ぼくの
視線から身を守るようにゆっくりとTシャツをたくし上げ、首からスッポリと抜いてそっ
と布団の外に置く。そして頭の天辺で髪をまとめていたお団子を解くと、戒めを失った黒
髪が、はらりと背中に舞い落ちた。それを手櫛でささっと整えると、乳房を右腕で隠しな
がら再びぼくに背を向けて横になった。

その一連の仕草には、大人というには幼い……けれど少女というほど子供ではない、年頃
の女の子の不思議な魅力があった。

初めて目にする真宵ちゃんの裸体。
折れそうに細い腰。それとは対照的に、丸みを帯びて広がるお尻から太もも。

綺麗だなあ……。

豆電球のほのかな明かりに照らされて浮かび上がる真宵ちゃんは、何か美術品のように綺
麗だった。

「えっと……見ても良い?」

真宵ちゃんがおずおずと頷いたから、ぼくはそっと左肩に手を掛けて、ガチガチに緊張し
ている彼女をこちらに向かせた。
相変わらず腕で胸を庇っている真宵ちゃんは、恥ずかしさからか視線は明後日の方を彷徨
っていて、それを見たぼくまでカーッと顔に血が昇って行く。

乳房を守る右手の手首をそっと握ると、持っていかれまいとキュッと力を込めたのが分か
ったけど、すぐにゆったりと弛緩したのでそれは無意識のうちの抵抗だと分かる。
華奢な手首をゆっくりと退かすと、真っ白な雪に覆われたような双丘が現れて、ぼくは思
わず感嘆の溜め息を漏らしていた。

ボリュームこそ控えめではあるけれど、それでもしっかりと女の子の膨らみはあって、先
端には桜色に色づいてツンと上を向いた突起が慎ましく鎮座している。
彼女が呼吸するたびに上下して、かすかに揺れるその丸みがぼくを誘っていた。

まるで壊れ物にでも触れるように、そっと包み込む。
肌理の細かい肌は、しっとりとぼくの手のひらに吸いついて来る。
控えめな外見とは裏腹に、マシュマロのように柔らかな乳房。
手のひらにすっぽりと収まった膨らみを優しく解すように揉むと、真宵ちゃんは小さく吐
息を漏らして身を捩らせた。

「痛い……?」
「ううん、平気……」

最終更新:2020年06月09日 17:38