冥を抱く腕に力が入る。
耳まで赤く染めながら、それ以上彼に何も言わせないように、彼女はつらつらと言葉を連ねる。

「だ、だって他に考えられないじゃない。この私が、負けたことを自覚して平気でいられるなんて。
それどころか……ふ、不本意にも頬を緩めてしまうなんて、他に理由が……」
「メイ」

あまりにも彼女らしくない言い訳が、かわいらしくて仕方がない。
いや、こんなときでも自分のかわいらしさを隠そうとするのが、彼女らしくて、結局のところ、かわいい。
たまらなくなって、放っておけばいつまでも言い訳を続けそうな口をふさぐ。
冥は一瞬驚きに目を見開いて、後ろにに逃げようとするが、残念ながらそこには彼女の腰掛けている椅子の背もたれがあった。
それに気づいた御剣は気を良くし、さらに彼女の咥内へと舌を伸ばす。
彼もあまり慣れてはいないが、少なくとも7つ年下の彼女よりは経験がある。
戸惑い、きつく眼をとじた彼女の顔を大きな手で包み、並びの良い歯列を舌でつつく。
薄くあいた隙間に舌を差し入れ、歯茎の裏を、上あごを、舌を、味わいつくす。
息苦しそうにしている彼女に気づいて口を離すと、嘘のように柔らかく、熱く、潤んだ瞳がこちらを見上げていた。

「い、イキナリは、ないんじゃない?アナタらしくない、わ……」
「そうだろうか。だが、今の君も十分、君らしくない」

とても、扇情的だ。
耳元でそう言いながら、彼の手がバスローブの端を掴んだ途端、彼女の顔色が変わった。

「ま、待ちなさい!アナタまさか、ここでこのまま、その、するつもり、なの!?」

本気で胸を押し返し睨みつける彼女に、今更ながら御剣は真面目腐った顔で押し通す。

「うむ。まぁ、そうだ……あぁ、もちろん、ベッドには連れてゆくつもりだが」
「そういう問題ではないわ!だいたい、物事には、順序と……それに見合った、経過があってしかるべきだわ!
それに今はもう朝よ?いくら私だって体力の限界だわ。それに――」

確かに朝だ。それも、お互い徹夜をしたうえでの。
その疲労しきった頭に、彼女の声は少々響く。
御剣は自分のこめかみを押さえつつ、どうやって彼女を説得しようかと脳をフル回転させる。

「そうは言っても、メイ。次に私たちが、2人で会えるのはいつになる?
それこそ、今しか機会はないではないか」
「で、でも……私は……」

うろたえる彼女の肌はほんのりと色付いて、いつになく美しく、なまめかしい。
彼女がいまいち乗り気でないのは十分理解できるが、健常な成人男性として、この場で自分を抑え込むのは少々不健康にさえ思える。

「メイ。私も男なのだ。君が欲しい」

であれば、御剣がすべきことは決まっている。
無防備なうなじに吸いつき、硬直した冥の体を抱え込み、ベッドに下ろす。
冥は抗議しようと口を開くが、御剣の舌が首筋をなぞると、そのまま息をのみこむしかない。
細く白い手はかわいそうなほどきつく彼の胸元を握りしめている。
それに気づいて、彼は彼女の手を取り口づけて、上着を脱ぎ捨てる。

「……無作法ね」

観念したのか、彼女はそれ以上彼を咎めず、ぼんやりと彼が服を脱ぐ様子を眺める。

「作法か。ベッドの上でもそれを君にたしなめられる日が来るとは思っていなかった。」

皮肉な笑顔を浮かべながらシャツを脱ぎ捨て、再び彼女に覆いかぶさると、胸元に手を滑り込ませる。

「ん」

短く漏らした声に体温を上げながら、なめらかな肌をなでる。
緊張しているのか、彼女はすっかり無言になってしまった。
やわらかなふくらみを手におさめ、そっともみほぐしてやると、小さく息を吐く。
しばらくその感触を味わってから、唐突に先端をつまんでやる。

「やっ」

ぴくり、と反応した彼女はずっと目を閉じている。
さらに先端をいじり続けると、いやらしく硬さを増してゆく。
それに同調するように、彼女の息も乱れる。

「ふ、あ、あっ……」

聞いたことがないような高い声に、思わず御剣はバスローブの前を開き、先ほどまで指を這わせていた場所を口に含む。
片手はもう一方を弄びながら、吸いつき、舌先で転がし、唇でねぶると、鼻にかかった高い声が漏れる。

「んんっ!」

その声は彼女自身も知らなかったもので、思わず自分の指をかみ、声を呑みこむ。
それでも乱れた息は隠すことができず、彼の頭のすぐ上から、熱い息が吐き出される。

「や、やめ……レイジ、やっ、こんな、恥ずかしいっ……」

あの気の強い彼女に、震える声でこんなことを言われては、おさまるものも収まらない。

「恥ずかしがることはない。もっとメイの声を聞かせてくれ」

言って、彼は胸への愛撫を再開し、その間に彼女の足の間に膝を割り込ませ、片手でバスローブの結び目を解く。

「は、あっ……ふぅっ……」

彼女はもう、胸への愛撫にすっかり意識を持っていかれていて、バスローブが肌から離れるまでそれに気付かなかった。
風呂上りのままの彼女はその下には何もつけておらず、簡単に裸体をさらすことになる。
足を閉じようとしてももう遅く、真っ白な肌も、細く締まった腰も、淡い茂みも、すらりとした太ももも、彼の眼前に露わになる。
それを見るためだけに体を離した彼は、その美しさに思わずため息をつく。
その間に彼女は、身をよじって体を隠そうとする。

「あ、明るすぎるわ。明かりを消してちょうだい」

横を向いて言う彼女に従ったものかどうか、彼は一瞬迷ったが、あまり機嫌を損ねても後が怖いので、おとなしく明かりを落とす。
それでも締め切ったカーテンからは朝日が透けていて、彼女の肢体を鑑賞するには十分だった。
横を向いてしまった彼女に口づけて力を抜かせると、腰を抱き、その曲線を指先でなぞる。
くすぐったそうに身をかがめる彼女の頬に、耳に、首筋に口づけて、手を臀部へと伸ばす。

「くすぐったいわ。遊んでいるの?」
「そういうつもりはないが……」

あまりに無邪気な反応に、彼は気勢をそがれてしまう。
と同時に、彼女にこういった経験がないのだということに気付いてしまった。
自分が初めての相手であることがうれしい。
と同時に、いよいよ慎重を要する事態になってきたのだが、彼にそこまでの自制心が残っているのか、本人にも疑わしかった。
その証拠に、前触れもなくその手は淡い茂みをまさぐり、指先がその奥へと進んでいく。
ここにきて彼女も再び緊張に身をこわばらせ、ぎゅっと目をつぶる。
彼の指先に触れたのは、熱を帯びた花弁。そのやわらかな感触を確かめると、彼女が震える。
さらにその奥へと進むべく花弁を割り、中心に指を滑らせると、ぬるりとした感触が出迎える。
指に絡みつく快感の証をまんべんなく周囲に塗りたくり、花弁をこすり合わせ、肉芽をつまむ。

「ひっ! や、あっ……あぁっ!」

びくりと彼女の体が跳ね、堪えようのない声が漏れる。
勢いを得た彼はさらに敏感な箇所を擦り、彼女を責め立てる。

「ひや、や、やぁあっ……いや、やぁっ!」

切羽詰まった声は彼女らしくなく、たまらなくそそる。
首を振り、シーツを掴んで身もだえる様を眺めながら、彼は自分の口元がゆがむのを感じた。

「どうした?メイ。」

問いかけるその間も指の動きを止めることはなく、あふれる蜜のおかげで隠微な音さえさせている。
一瞬彼を睨みつけようとした彼女は、けれど、はしたない声を飲み込むこともできず、身体も自由にはできず。
ひくひくと快感に震える自分の身体をどうすることもできずに、きつく眼を閉じて首を振ることしかできない。

「いや、やっ、やめ、レイ、ジっ……あ、あぁっ、や、いや、やめてっ……!」

息も絶え絶えに叫ぶ彼女の眦に涙が光るのを見つけて、御剣はようやっと手を止める。
荒い息を鎮めようとする彼女はぐったりと四肢を投げ出し、彼のほうを見ようともしない。
無防備な肌に光る汗の玉をいくつか舐めあげると、それだけで震えて、甘い息を吐く。
そんな様子を眺めてしまうと、笑みが抑えきれない。

「だいぶ感じていたようだな」
「さ……最低よ、あんなっ……」

うるんだ瞳に見つめられても、それは益々男を喜ばせるだけだ。

「だが、君の体は喜んでいる。証拠を提出してもよい」

彼女自身のぬめりをまとった指を目の前に突きつけると、目を見開いて硬直する。
御剣の口元はいよいよ緩み、熱が高まる。

「……準備はできた、と思うのだが」

言って、再び足の間に手を滑り込ませると、ぐっしょりと濡れそぼった花弁を割り、狭い入口を探し当てる。
指先を押し当てゆっくりと沈めると、苦しげな声が漏れる。

「っく……ふ、う……」

ゆるゆると、太い指が埋め込まれてゆくと、ますます彼女の表情は険しくなる。
十分な潤いのおかげで抵抗は感じないが、その狭さは確かに、本人には苦痛に感じるものかもしれない。

「その……痛い、か?」
「痛いと言ったら、やめるの?」
「ム……それは、その」

恐る恐る問いかけた彼を黙らせて、彼女は彼の背に腕を回す。

「出来ないことをわかっていて聞くなんて、バカにも程があるわ。それに」

抱きついてきた彼女の体が僅かに震えていることに気づいて、御剣は声を出せなくなった。

「……私だって、アナタが欲しいの。レイジ。」

欲情とは違った衝動が一瞬にして体中に廻っていくのを感じ、彼は三度彼女に口づける。
と同時に、抑え込んでいた理性のタガが外れた。
彼女の口をふさいだまま、指を押し込み、引き抜き、水音をたてて彼女の内側をこすってゆく。

「ひっ、あ、ん、あっ」

漏れる声は先ほどまでとは違い、苦しげにも聞こえる。
だがそれを耳にしても、彼の動きは止まらない。
じゅぷじゅぷと隠微な音を立てるうちに、彼女の声からもわずかばかり苦しみが抜けてくる。
ひとしきり彼女を喘がせて指を引き抜くと、ふるりと震えたようだった。
ここまでくれば、することは一つ。
彼は下着を取り払い、いきり立った自分自身を彼女の中心にあてがった。

「メイ」

緊張に身をこわばらせた彼女に声をかけると、少し力が抜けたのを感じて、そのまま腰を押し付ける。

「ひっ、くぅっ……」

明らかに苦痛を感じている彼女の様子に胸が痛んだが、彼もそれどころではなかった。
ゆるゆると押し進む彼女の中は熱く狭く、まとわりつく愛液のせいもあって、気が狂いそうになるほど気持ちいい。
少々きつすぎると彼が感じるのだから、彼女からすればもう、身を裂かれるのと同じことだ。

「う、ふぅうっ……」

目一杯に涙をためて、息をつき、なんとか痛みを逃そうとしている彼女の耳や首に唇を落としながら、それでもなお押し進む。
浅くひき、ゆっくりと差し入れる動きを繰り返したのち、わずかに感じる障害まで進むと、彼女の腰を掴んだ。
彼女もこれから起きることを予期したのか、シーツを引きよせ、口に含む。
明らかに苦痛を与えるとわかっていても、もう自分自身を押しとどめることはできなかった。
しっかりと彼女の腰を固定して、その奥へと、自身をつきたてた。

「――――っ!」

シーツを噛んでなお、声にならない声を抑えることはできなかった。
ぱくぱくと魚のように動く口からシーツがこぼれ、眦からは涙がこぼれる。
けれどこれで、間違いなく、二人は一つになった。

「は、はぁ、は、はっ……」

肩を上下させて息をする彼女に、彼は幾度となく唇を落とす。
最奥まで達した彼自身は、それ自体が意思を持っているように脈打っている。
常に冷静で紳士的な御剣怜侍の意思も、いつ消えるともしれなかった。

「メイ」

不安げに見上げる澄んだ瞳は、苦しげな彼の表情をとらえていた。

「スマナイ」

ずる、と根元近くまで引き抜き、最奥まで一気に突き立てる。

「ひ、あぁあっ!」

それが彼にはどうしようもなく甘美で、体中を溶かすようで、熱が理性を消してしまう。
けれど彼女には、傷をえぐられる痛みでしかなく、苦痛にあげる声は悲鳴そのもので。

「く、あ、あぁっ!レイジ、レイジっ……!」

ただただ、すがるように彼に抱きつき、助けを求めるように名前を呼ぶことしかできない。
その声に応じるように彼は腰を打ちつけ、淫らな水音をたてる。
背につきたてられる爪の痛みも、熱を上げるための刺激にしかならない。
さらに、薄く朝日の差し込む室内で響く音と声は、あまりにもいやらしく、官能的で。

「あ、あぁ、れ、れい、じっ……」
「メイ……メイっ……!」

獣のように突き上げ、自らの体温を、快感を高めてゆく。
そしてその頂に登るのは、容易なことだった。
単調な動きの間に彼の熱は高まり、快感は渦を巻いて解き放たれるのを待っていた。

「っく……メイ……っ!」

ギリギリで引き抜いたそれは白い粘液を彼女の白い腹にまき散らし、びくびくと脈打っていた。
それを視界の隅に認めた彼女は、安堵と幸福感に、ようやく表情を緩ませた。



「いつまで寝ているつもり?御剣怜侍。いち社会人としての基礎がなっていないのではなくて?」

世間一般には高飛車というのだろう,耳慣れた声を聞いて,彼は体を起こした。
目の前には,一部の隙もなく身支度を整えた狩魔冥が立っていた。

「うむ……おはよう」

まだ血の回らない頭を抱えて,しばし彼は思案する。視界に入るものから考えるに,ここはホテルの一室だ。
記憶をさかのぼると,昨夜,というか今朝,自分はこれといった理由もなく失礼にもうら若き女性の滞在するこの部屋に突然訪問し、お互い疲労困憊し判断能力のないまま腹の探りあいともとれる会話をし。
互いに好意を抱いているということを認識し、その幸福感のまま半ば強制的に彼女を抱き、彼女の身を清めたところで体力が尽き、気づけば今に至っている。
その今というのは、ベッドの中央を占拠し、一応は下着だけを身につけ、布団をのけて身を起こした、無防備極まりない状態だ。
そこでようやく我に返り、表情だけは冷静に、彼は思い出した。
彼女は、初めてだった。
その事実が、一般的には非常に重要であるということはもちろん認識しているのだが、それを素直に優しさだけでカバーしようとしてうまくいくほど、自分の相手は素直ではない。
どうしたものかとしばしぐるぐると思考をめぐらし、口を開く。

「そ、その、メイ。体のほうは、大丈夫だろうか」

黙り込むよりは声をかけたほうがいいだろうと、月並みな言葉をかけてはみるものの、彼女の反応は冷たい。

「フッ、バカはバカなりにバカな気を使うものね。
そんなことよりあなた自身の心配をしたらどう?
あなたの昨夜の行為……強姦致傷で起訴することもできるのよ?私に勝てる自信はあるのかしら?」

腕を組み、薄く笑みを浮かべて言う彼女の様子は、普段通り自信にあふれ、御剣への対抗心に満ちているように見える。
だがまさか、彼女がそこまで昨夜のことを割り切れているはずはない。
彼女は完璧な検事である前に、19のうら若き女性なのだから。
となれば、彼女のこの態度は虚勢と取るべきだが、その理由がわからず、御剣は眉間にしわを寄せる。
それを反論できない状況ととったのか、彼女は余裕すら感じさせる表情を浮かべる。

「ふふ、自分の置かれた状況がようやく理解できたようね。さあ、どうするつもりかしら?」

彼女は何を思って、このような挑発的な言葉を投げかけるのだろうか。
御剣はしばし思案し、手っ取り早く昨夜覚えた方法で彼女の態度を崩すことにした。

「メイ」

声をかけ、御剣は彼女の腰を抱き寄せる。ベッドに膝をついた彼女が一瞬顔をゆがめたのを、彼は見逃さなかった。

「な、何をするの!あなた、私の言ったことが理解できていないようね。」

どこまでも強情に、距離をとろうとする彼女の頭を無理やり腕の中に収め、彼は駄々っ子に言い聞かせるように言葉を選び、語りかける。

「メイ。君を傷付けてしまったことは謝ろう。
君の意思を無視して、その……コトを、進めてしまって、すまなかった。
だが私は、これ以上君を傷つけることはしないし、ほかの者にも傷つけさせないよう、君のそばにいたいのだ。
だからその……私から、離れようとしないでくれ。」

彼女は無言だ。法廷以外では口下手で、恋愛沙汰にも不慣れな彼にしては、かなり努力して搾り出した言葉なのだが、反応がない。
あからさまに本心とは違う意思表示をされるのも困るが、意思表示を全くされないのも困る。

「……メイ?」
「……いやよ。」

ようやく返ってきた言葉が否定的で、御剣は一瞬肩を落としそうになる。
しかし次に出てきた言葉があまりにも少女めいていて、かえって彼女を抱く手に力が入った。

「だって、あなたがこんなに近くにいると、私、恥ずかしい思いをしてばかりだわ。
それに、苦しいし、冷静に物事を考えられないし、自分の思い通りにならないことばかりで……!」

御剣は堰を切ったように語りだした冥の表情をうかがいたかったが、昨日それをしようとして叱られたのを思い出して、やめておく。
代わりに背中をゆっくりなでてやると、一息ついて、彼女の方から顔を寄せてきた。
口付けを期待した彼の耳元に口を寄せて、薄い唇がため息のような一言を吐く。

「なのに、嬉しくなってしまうのよ」

悔しい、と言いかけた彼女の唇をふさいで、すぐに離れて、正面から間近で彼女の顔を見つめる。
笑顔、ではない。かといって、泣き顔でもない。完璧に主導権を握られてしまったことへの不満の表情だ。
それが子どものようで、可愛らしい。

「メイ。その……強がることはない。私は君を……」

と、至近距離で見詰め合ったまま言えるほど、彼はこういった状況に慣れてはいなかった。
こほん、とわざとらしく咳払いをすると、冥の非難の視線が突き刺さる。

「そこまで言っておいて、何を渋る必要があるのかしら。あなた、本当にこういう場面に弱いのね。
男として、情けないと思わないの?こんな男を法廷に立たせておいたら狩魔の権威が地に堕ちるというものだわ。
なんなら、あなたの考えていることを代弁してあげても良いのだけれど?」

一瞬の隙も逃さず畳み掛けてくる、いつもの彼女の調子が戻ったようだ。
ここが法廷であればあらゆる推理と証拠を持ってそれを崩すことも出来るのだが、いかんせんここはホテルの一室の、二人で夜を明かしたベッドの上、なのだ。ロジックや証拠では彼女は納得しない。
煙に巻くような答えをしようものなら、もうしばらくは口を利いてくれないかもしれない。御剣は沈痛な面持ちで、口を開く。

「ム……いや、その……い、言う。私の口から言わせてくれ。」
「ええ。あなたが出来るのなら、そうしてちょうだい。」

体を離した彼女はベッドに腰掛けたまま腕組みし、女王のように彼の進言を待つ。
その威厳と期待に満ちた視線を受けながら切り出すのは、なかなか勇気がいる。
再び咳払いをして、努めて冷静な、彼らしい落ち着いたトーンで思いを口にする。

「メイ。わたしは君を愛している。わたしから離れないでくれ。」

しかし、威厳に満ちた女王は動じない。これでもかと思うくらい、表情を変えない。
やっと口を開いても、そこに愛らしさやけなげさは全く感じられない。

「……まぁまぁ、ね。でも、後半には頷けないわ。子どもじゃないんだから、私は私の道を歩くわ。あなたもそうでしょう?レイジ。」
「うむ。だが、無理に距離を置く必要もあるまい。」
「勝手に姿を消した男がよく言うわ。」

瞬時に切り返され、御剣は思わず白目を向く。
根に持っていたのか、思いついただけなのか、どちらにせよ己の愚かな過去を抉り出されては、彼には返す言葉がない。場
を取り繕うように三度咳払いをして、彼女に指を突きつける。

「では……改めて聞くが、その、体調は大丈夫、なのだろうか?」
「ダメね。正直、歩くだけでも痛いわ。着替えるのも大変だったのよ。なのにアナタときたら、人の気も知らないでのんきに寝ていて。」

先ほど彼女が顔をゆがめたのは、彼の気のせいではなかったようだ。労わるように腰をさすると、ようやく柔らかな笑みを浮かべる。

「それはすまなかった。そういえば、メイ、仕事は大丈夫なのか?
「ロウ捜査官から連絡があったわ。今日は夕方まで私の出番はないそうよ。
私はもともと捜査協力をしているだけで、国際警察の人間ではないわけだから、裁判が決まるまでは御役御免、といったところかしら。
そう言うあなたは……あれだけ寝ていたのだから、今日の予定に問題はない、ということでいいはずよね?」

冥の問いかけに、御剣は頭の中でスケジュール帖をめくる。帰国後は少し身辺整理が必要だろうと、これといった用事はいれていない。
少々のデスクワークはいつでも処理できるだろう。

「あぁ、それは問題ない。だが……そもそも、今は何時なのだ?」
「呆れた。もう正午よ。いい加減にシャワーでも浴びてきたら?
ルームサービスをとってあげるから、食事をとったら自宅に戻ることね。
あなたも帰国間もなくあれこれと巻き込まれて、落ち着くヒマもないのでしょう?」

珍しく気遣いをしてくれる目の前の女性に、御剣はつい見入ってしまう。
視線に気づき、照れたように顔を背ける彼女は、やはり19のうら若き女性、だ。

「うム。ところで、君の予定はどうなのだ?先ほどの話では仕事も一区切りつきそうだったが……」
「まだなんとも言えないわね。
今回の一件が片付くまではアメリカに呼び戻されることもないでしょうけど、ババルとアバレストは早くケリを着けて統合を進めたいみたいだし……
裁判の日程が決まったら連絡するわ。」

気恥ずかしさを紛らわせるようにすらすらと言い放って、彼女は立ち上がる。
背を向けた彼女の細い腰が目の前にあると、どうしても昨夜のことを思い出してしまうのは男の性だ。
細い足、引き締まった腰、やわらかな二の腕、感度の良いうなじ、熟れ頃の乳房、まろやかなでん部……
と、思い出せばそれをもう一度味わいたくなるのも男の性だろう。
だが、御剣は良くも悪くも生真面目な男だ。
あまりにも失礼な振る舞いをした直後にこのようなことを言うのは不謹慎ではないか、いやそうすることこそ、今の自分たちには相応しいはずだ、などと煩悶の末に自分を納得させて、御剣は口を開く。

「そうか。だがその……アレだ、今後会う機会があったとして、その、こういったことは、嫌、だろうか?」
「こういったことって……」

冥は一瞬言葉を途切らせて、次の瞬間には頬を染めて鞭を振るう。

「し、知らないわよ!あなた、自分が何を言っているかわかっているの!?」
「ま、待てメイ!わかっているが、わたしも健常な男子としてだな」
「そのフラチな口を閉じなさい!御剣怜侍!すぐに閉じないと……鞭が飛ぶわよ!」

――既に飛んでいる!

鞭を交わしながら御剣は、それも仕方がないか、と思う。
彼女の機嫌を良くするには、適度に彼女を優位に立たせておかなければならない。
ならば昼は彼女に勝たせておくのが得策だろう。夜になれば、簡単に彼女の泣き顔をおがめるのだから。
そう考えて口元が緩んだのを、彼女は見逃さなかった。

「何を笑っている!」

ピシリと、布団越しに受けた鞭はさすがに堪えたが、どうしても彼の口元からは笑みが消えないのだった。

 

続き

最終更新:2020年06月09日 17:38