「アンタを見てる妹を、見せてやりたかったのに」
ならば。これはちなみの失敗だった。大体いつもそうだ。ちなみは足りなさすぎるか、
やり過ぎる。
八つ当たりに成歩堂のトンガリ頭を足蹴にする。霊体の足はするりと行き過ぎ、そよ風
ほどの衝撃も与えられなかった。ムカムカする。この世に居残ってしまった霊魂なぞ、
クソの役にも立たない。続いて腹立ちまぎれに千尋の仰向けでもボリューム過多の豊かな
乳房を踏みつける──「い、ぐうっ!」
「え」
猿轡越しのくぐもる悲鳴に、ちなみはまじまじと千尋の顔を見た。真っ赤に染まり、
ありとあらゆる体液で汚れた顔が、苦しげに歪んでいる。
「――」
足をどける。途端止まっていた呼吸が落ち着き、再び肉を擦る快さへと没頭する。
「――ふうん」
ちなみはしゃがみこみ、手を伸ばし、「ふぎいッ?!」噛みつかれて膨れた乳首を力
いっぱい引っ張り上げた。白目を剥き、背を反らしぶるぶる震える姿は、法廷でちなみを
追い詰めた凛々しい弁護士から遠くかけ離れていた。
覆い被さる成歩堂が不意に呻く。痛みを起点に膣が収縮し、それが刺激となったの
だろう。脂汗を流し、目を血走らせ、それでも成歩堂はまだ動く。千尋も。
「ふうん?」
ぱっと手を離し、ちなみは唇を綻ばせる。肉の身とは異なる感触が手に残っている。
おそらく、だが、これは千尋の“魂”の感触だ。ちなみは千尋の魂そのものを痛めつけ、
その魂の苦痛に連動し、千尋の──千尋が憑依する春美の身体も痛みを感じたのだろう。
自明の理として、死者は生きている人間に触れられない──けれど、魂同士では話が
違ったようだ。これは新しい発見だった。
愛らしく整った容貌が、下衆に歪む。
倉院流随一の霊力ともてはやされ、次期家元の座を約束され、その席を蹴って弁護士に
なって、死んだアトも現世にでしゃばってきていた忌々しい女の魂が。霊力のカケラも
ないちなみに、踏みつけにされているのだ。ちなみの何が千尋を上回っているのかは不明
だ。千尋がクスリと快楽で弱っているのか。現世で動くための肉体が、却って足枷と
なっているのか。それとも、ちなみの執着が、怨念が、千尋の霊力を上回ったのか。
何にせよ、ちなみは新しい遊び道具を有効活用することにした。
男を咥え込みのたうつ腹を、思い切り踏みつける。「ふぐうッ?!」悲鳴はふたつ。
腹部をぐりぐり圧迫される千尋と、そこに突っ込んだ性器をごりごり押し潰される成歩堂
と。
まぐわう動きが、速くなる。
緩んだ場所が狭まり新しい刺激を生みそれが燻りかけの興奮を再度燃え立たせたのだ。
笑える。
ちなみの足の裏でびくびく引き攣る千尋の魂。ナカを往復する肉は生きている人間の
ものだからちなみには認識不可能だが、規則正しく歪みうねる千尋の肉/魂が、その動き
を伝えてくる。先端を狙って押し潰す。オンナなら大体“感じる”であろう箇所と亀頭が
ぶつかるよう、ぐりっ、とねじりを入れる。
「――ッ! ――! ――!」
声にならない嬌声ふたつ。
ちなみに潰される千尋の魂、千尋の魂と連動し収縮する春美の肉体、今は千尋の姿を
した春美の肉に圧迫され、成歩堂は呻き、快感を求めて狭い場所を激しく行き来する。
ぐじゃぐじゃの肉は泥濘めいてもう何がなにやら分からなくて、「う、あ、っ」先端に
当たるざらついた部分が心地好くてひたすらにそこを突く。
千尋は、肉を成歩堂に抉られ、霊魂をちなみに踏みつけられ、ついでに後ろの孔には
起動しっぱなしのバイブを咥えこんで。乗算される快楽にひたすらに流され続ける。
拘束する紐がぎしぎし軋むのを聞き、足裏に絶頂間近の収縮を感じながら、ちなみは
ふうんと鼻を鳴らした。

閨での技だけなら成歩堂より巌徒が上だ。けれど成歩堂と絡まり合う千尋は、巌徒に
抱かれる真宵よりも万倍“幸せそう”だった。オンナの悦楽というのは、抱くオトコを
どれだけ好いているかに左右されるのだろう。ちなみはよく知らないが。

ふ。と。
視線を感じた。

千尋の、ひときわ奥に捻じ入れられる感触と絶頂と射精を受けての次の絶頂を踏み
にじりながら、ちなみは視線の主を探す。
正面。
ちなみの歩幅で、四歩ぶん先。
服を肌蹴ただけの逞しい身体に抱かれる、小柄な少女。綾里真宵が、ちなみを、凝視
していた。黒い呆然とした瞳が、生きている人間では見えない筈のちなみを捉えていた。
見える理由は簡単──真宵の精神は、もう此岸よりも彼岸に近しいモノだから。
ちなみはベッドから降り、歩く。一、二、三、四歩。
欲しくもない快楽で壊れる寸前の真宵を、ちなみは、天使もかくやの微笑で見下して。
「千尋が、憎くはない?」
問うた。
え、と、真宵の唇が疑問に動く。ちなみは少し考え、言い直す。「ねえ、お姉さまが、
羨ましくない?」
「――え、あ」
微笑む。本当はゲタゲタ嘲笑ってやりたいけれど、それでは喋れなくなるから、欲求を
抑えて話しかける。
「成歩堂龍一が、お好きなのでしょう?」
「あ、あ、」
「抱きしめられたいと、お思いになったでしょう?」
「そんな、あたし、」
「抱かれたいと。思ったでしょ?」
あんな風に。示す先には幸せそうなふたつの肉。「あそこに居るのが千尋じゃなくて
自分なら、って、考えたでしょう?」ちなみを凝視する黒の瞳。「――“愛される”のが
千尋じゃなくて自分なら、って。考えたわよね」
ひゅうひゅうと、真宵の喉が鳴る。背後の巌徒にはちなみの声は聞こえないはずだが、
何事かを察したのか沈黙を守っている。
音の消えた世界で、ちなみは真宵へ囁く。
「ねえ、綾里真宵」
そっと。手を、差し伸べる。
「綾里千尋を霊媒しなさいな」
「え」
――悪魔もかくやの取引を持ちかける。
「不公平よね? アンタが好きでもないオトコに喘がされてる間、あの女はずっとアンタ
の好きなオトコを奪って、愉しんでたんだから。そんなの不公平よね、理屈に合わない話
よね。だから」一拍。「千尋を、呼びなさいよ」
黒い目は、見開かれたまま、瞬きひとつしない。
「そろそろ、アンタと、あのオンナと、換わってもいい頃でしょう?」
滑る視線が、好きでもないオトコの性器を咥えて、拡がる、哀れなくらいにひくつく
場所を、嬲った。ちなみの視線を追って、真宵も、自分の、焼き切れるような快楽を脳に
送り続けるそこを、見た。
「呼んで。アンタが苦しんだ分苦しんでもらわないと、帳尻が合わないわよね? あの
オンナばかりが“愛される”なんておかしいわよね? あのオンナも苦しむべきよね?」
沈黙。
ちなみはにっこり笑う。笑って、

「アタシが春美からあのオンナを引きずりだすわ。そしたらアンタはあのオンナを霊媒
して、成歩堂龍一と春美は少し休ませて、その後、ゆっくり──ね」
言葉に。真宵は。
「……だ。や、だ」
震えて、呟く。ちなみは微笑む。が、少しだけ焦りが、違和感が胸の中頭をもたげる。
なにか、真宵の態度には、何かちなみを苛立たせるものがある。
「……ふふ。すぐに成歩堂龍一と“仲良く”したいのなら、仕方ありませんわね……春美
にもう少し頑張ってもらおうかしら」
それには小学生を抱くのを嫌がる巌徒をどうやって説得するか、まずはそこから考え
なくてはならないが、「いやだ」
拒否。
ちなみは、信じられない面持ちで、真宵を見る。
違和感の、苛立ちの正体に気づく。
「やだ、やだ、やだ」
真宵は。首を、横に振っていた。
ぼろぼろと伏せた目から涙が溢れて──「やだやだああッ! もう帰して! 帰る! 
なるほどくんとはみちゃんとおねえちゃんと──あたし、帰る! みんなで──もう
やだあッ! 帰してよおッ! なるほどくんとはみちゃんとおねえちゃんと──返して!
かえしてえええッ!」
潰れた喉で、腫れあがった目で。壊れる寸前の精神全てをかき集め。真宵は泣く。
泣くのは、いい。
喚くのは、いい。
けれど──成歩堂。春美。――綾里千尋。帰せ、と。返せ、と。
まるで、ここから帰ればまた何時も通りの日常に、こんなことがあった後にもまた元の
関係に戻れるのだと信じているかのように。真宵は。
怒りで目が眩むのを感じた。
激情のままに振り上げた手は、真宵を怯えさせただけで簡単にすり抜ける。ちなみは
死者だ。生きている真宵に手出しはできない。
泣きながら、真宵がちなみを睨みつける。否、睨む、という力強いものではない。
けれど確かに真宵はちなみを拒んでいた。
「アンタ、本気で」
ここまで壊れて。ここまで傷つけられて。裏切られて。まだ。綾里のオンナは、まだ。
──するりと。
視界に、黒の革手袋が、滑り込む。指は、静かに、繊細に、真宵の喉を、顎を、優しく
なぞって。「イイ子だね。キミは」
穏やかな囁きだった。
ひくんと真宵の身体が跳ねる。貫かれた場所を、ゆるく擦られたせいだ。必死で保とう
とする心がまた砕け始める。
「じゃ。さ。かえしても、イイよ」
ちなみは耳を疑った。
真宵は、顎を押さえられ、振り向くことも出来ず「ホ…ホントに……?」
返答は。「イイよ」静かに。「キミが、残ってもいいのなら。成歩堂龍一はかえして
あげるよ」
「――ッ?! 止めなさいよ、それは、」
「ホントに、ホント、に?」
「止めなさいよ! 巌徒海慈! それは──!」
「キミはずっと“こう”だけど。それでも、成歩堂龍一を、かえしたいって言うのなら」
「あ」
ちなみが制止するよりも早く。真宵は、ぐずぐずに蕩けて、好きでもない男を受け
入れる自身を、見て。

「……っは、い……」
かくんと。頷いた。
ふ ざ け る な 。
怒りで。目が眩む。ちなみはもう死んでいるから目眩なんて感じないのにそれでも視界
がぐにゃりと歪む。自己犠牲? ふざけるな。許す? ここまでお膳立てさせておいて、
綾里千尋を、成歩堂龍一を、“許す”──?
「ふざけてんじゃないわよ、このコムスメ──!」叫びは、生者の領域をこそとも動かさ
ない。巌徒は尚も言葉を継ぐ。「じゃ。キチンと、言ってね。聞こえるように。ハッキリ
と」
真宵は、ぐらぐらする頭を、巌徒に支えられながら、
「あ…あた、しは、残ります……」
「ドコに?」
「ここ、ここ、に、」
「こんなコト。されてるのに?」
「……っう、ぐ…っの、のこります……っ」
言葉を継ぐごとに真宵の心が砕けてゆく。それとは逆に、言葉は強くなる。
そうすることだけが、最期の望みだとでも言いたげに。
「どうして?」
「……い、か、っは……あ、あ、」
「どうして?」
「あ、あ……」
「成歩堂龍一がかえるのに。キミが残るのは。どうして?」
なるほどくん。
乾いた唇が、その名を呟いた瞬間。燃える蝋燭が最後の輝きを放つように、黒い瞳が光
を取り戻した。
「なるほどくんは、かえして……あたしは、残るから、なるほどくんはかえしてあげて
……っ」
──反吐の出る眺めだった。麗しい自己犠牲。許しの言葉。こんなもの、こんな。
疑問。巌徒。ちなみの同類である男だった。自己犠牲なぞ鼻で笑い、他人を踏みつけに
して後悔しない男だった。それが、何故、真宵の行動を予測できぬ愚かな男でもないはず
なのに、何故──疑問。
巌徒海慈は、何処を、見ている?
「イイ子だね」
声は。静かに。朗々と、よく通る。
「ホント。イイ子だね」
緑眼。背筋が怖気立つ。死者のちなみが恐怖に言葉を失う。それほどに──灼けつく
冷気を、触れれば骨まで焦がす絶対零度の熱で、彼は、
「キミを、ユルす、ってさ。――イイ子だねえ。
ね。
ナルホドちゃん」
緑眼に捉えるその人物を、巌徒は。
「あ、」
──ゆっくりと。巌徒の腕の中で、真宵が痙攣し。「ごめんね」──ちいさく、本当に
すまなそうに──例えば。生前の姉に倉院の里から持ってきたお土産を、渡す前につい
つまみぐいしてしまった時とか──トノサマンDVDのレンタル延滞料を成歩堂に立て
替えてもらった時とか──従妹の好きなカレーをはりきって作って、はりきりすぎて三食
カレーが三日目に突入してしまった時とかの──ご、ごめんね、ホント反省してるよ──
だから──許してくれるよね、という時の、ごくありふれた調子の「ごめんね」が。綾里
真宵という人格の、最後の言葉になった。

潰れた喉から、声が、出る。しかしそれはもう“声”ではない。肺から空気が押し
出されるついでに声帯を震わせる、意味を為さない“音”に過ぎない。嬌声ともとれる
“音”は、唯の“音”に過ぎない。
ちなみは、壊れた真宵から視線を外し、振り返る。巌徒と真宵が目に写していた人物を
見るために、ゆっくりと身体を回す。
振り返る先に望むモノがあることを確信し。振り返った先で望む以上のモノがあった
のを確認し。ちなみは理解する。
地獄とは、こんなにも静かなものなのだ。と。



通り雨が過ぎるのを待ってから車を降りて、男は抱えた封筒を、丁寧に、ひとつずつ
ポストに投函する。遅れて降りてきた女は華奢な日傘を広げ、男の横に立った。
「ナニ。まだ、怒ってるの?」
「……別に。最初の取り決めだもの。アタシは綾里千尋、アンタは成歩堂龍一」
明るい色の茶髪をかきあげ、ちなみは巌徒に答える。ついでに訊ねたいことがあった。
「ホントに、成歩堂が真宵を捨てると考えてるの?」
「捨てるさ」
即答。
「……随分自信があるのね。アイツ、高所恐怖症のクセに真宵のために燃える橋を渡った
オトコよ?」
「キミも。ズイブン、ナルホドちゃんを買ってるね?」
フンとちなみは顎を反らす。冗談なのは分かっていた。
ばさ、と、書類を入れた封筒がポストの中へ落ちる。
「捨てるさ」巌徒は、まるで歌うように。「ちなみちゃん。クスリのコト、言ったんで
しょ?」「……まあね。お蔭でカンタンに盛ってくれたけど……アイツらに逃げ道を
作ってやったのは、ムカつくわね」
笑声。
かこん、と、DVDディスクを入れた封筒が、落ちる音。
「ね。ちなみちゃん」男は、何処までも明るく、朗らかに。「“窮鼠猫を噛む”――ケド
ネズミがネコと戦うのは、それしか道のないトキだけだよ」──冷えた熱を湛えた緑眼で
嘲笑う。「クスリのせい。ボクらのせい。誘った綾里千尋のせい──逃げ道があれば、
逃げるさ。必ず。そして」
最後の封筒が投入口へ近づき。
「見捨てれば。一人も。二人も。同じコト」
弾むような節をつけ、巌徒は“御剣怜侍様”と宛て名書きをした封筒をポストへと滑り
落とす。がこん。今まででいちばん重い音がした。
巌徒は締めにポンと革手袋の手を叩き、「じゃ。行こうか」と明るく告げた。ちなみは
微笑み、ええ、と応え、歩く邪魔にならぬよう持った日傘を巌徒とは反対の側へ傾ける。
二人は。互いの手を取るような、そんな真似はしなかった。
彼らにはもう何もない。既に死んでいる女と、これから死ぬ男には、何ひとつ残って
いない。明日はない。この世へのよすがも無い。隣の相手は“相棒”ですらない。
それで充分事足りる。
この手は。繋ぐためにあるのではない。縋り合うためにあるのではない。
からっぽのこの手は、地獄への道連れを増やすために在るのだから。

*****

これにて終了。
妄想に付き合ってくれた方サンクス、長々とスレ占領してすまなんだ。
そして局長ちなみという新しい地平を最初に拓いた>>783にはいくらでもお礼を言いたい。

では、名無しに戻ります。

最終更新:2020年06月09日 17:34