第10話 豚に真珠もといジャックに文明機器


 朝霧に包まれた氷川村近辺。
 鬱蒼とした雑木林が茂る中、霧隠れした影が揺らめいた。
 木の幹に座り込む少年の姿が、朧気ながらに浮かび上がる。

「―――わけわかんねぇ……。急に殺し合いとか、何言ってんだ……」

 少年―――ジャックが地へと腰を据えながら、先の場景を思い浮かべていた。
 訳が分からぬ内に見覚えのない場所へと連れ込まれ、主催者ルシファーの一言。
 ―――最後の一人になるまで……殺し合え。
 言葉の理解は出来る。だが、意味が分からず、意図も掴めない。
 あまつさえ、それがゲームだとルシファーは愉悦を噛み殺しながら語っていた。
 冗談ではないと、ジャックは内心で悪態を付く。
 そんな荒唐無稽で馬鹿馬鹿しいルシファーの言葉などに従ってやる必要はない。 
 そう、確かに思ってはいたが。

「くっそ……。こんな首輪、何時付けられたんだよ……」

 参加者に例外なく装着された首輪。
 それこそが主催者への反逆を押し留め、殺し合いという提案を甘受せざるを得ない要因の一つでもある。
 効果の程は先程目にしたばかりだ。
 ルシファーに盾突いた一人の男の首を、事実として吹き飛ばして見せたのだから。
 無理やり除去しようとすると爆発を誘発させるという言動もあって、首輪へと迂闊に触れることも儘ならない。
 だが、例え首輪によって束縛されようとも、ジャックは殺し合いに乗る気など毛頭なかった。
 よって、主催者ルシファーを何としてでも打倒する。最終的な目的はそれだけに尽きる。
 そして、ゲームの会場が孤島だということは地図を開けば自ずと理解もでき、ラジアータへの帰還も目的の一つに数えなければならない。
 当然ながら、脱出の方法は皆目見当も付かないが。
 一人じゃ何も出来ないことがわかっていたからこそ、まずは信頼できる人物との接触を果たすべきなのだ。
 ジャックは知人の捜索をするべく、バックから参加者名簿を取り出した。 
 名簿を適当に流し読みして―――見つけた。

(―――団長……。それにミランダと大隊長まで……)

 短い騎士団生活の中で世話になった団長ことガンツと、傷を負った際に治療を施してくれる僧侶ミランダの名前。
 さらに、自身の上司とも言えるギルドの大隊長エルウェン。
 信頼に足る人物が存在することで若干の不安も和らげはしたが、それ以上に心苦しかった。
 知人までもが殺し合いを強要されていると知って、無邪気に喜ぶことなどありえる筈もない。
 殺伐とした環境に放り込まれた境遇同士で、何とか合流できぬものかと頭を悩ませる。
 そんな折に、何の気なしに再び名簿へと視線を落として驚愕に硬直した。

「―――なっ!? リドリーに……ガウェインだって……っ」

 ジャックは二つの名前に釘付けとなった。
 仲違いをして敵勢力に寝返ったリドリーと、復讐の対象者ガウェイン。
 どちらも並々ならず因縁があるだけに、精神に冷静さを伴わせることに苦労した。
 一拍落ち着けて、彼は即座に方針を締め直す。
 何故いるのかという疑問は後回しだ。
 考えた所で追いつける知識や頭脳を持ち合わせていないのだから、思考するだけ無駄である。
 だから、単純明快な答えを一つ。

「……よしっ、リドリーを探そう! 俺はまだ……アイツの本音だって聞いちゃいないんだ」

 リドリーの真意を問い質す。
 敵対関係となった彼女と一度だけ相対したことはある。だが、ガウェインの介入もあり、まともな会話すら交わしてはいない。
 種族の垣根がある意味崩れた今だからこそ、リドリーと対等な立場で言葉を掛け合う機会が成立する。 
 第一目標はリドリーとの合流だ。
 彼女を何としてでも発見し、何時かの如く肩を並べて戦うことができればジャックとしても満足である。
 彼は小さく気合の吐息を零し、改めてバックの中へと腕を沈めた。
 ゲームを円滑に進めるべく、ルシファーが用意したという道具を確認するためだ。
 殺し合いを進んで行うつもりはないが、少なくとも防衛手段は確保したい。
 理想を言えば刀剣類。もしくは槍や斧でも構わないが、少なくとも手馴れた武装を保持しておきたい所。
 だが、バックから引き抜いた掌には、およそ武器と言える代物は収まっておらず。

「……なんだこりゃ?」

 ジャックは掌に収まる支給品を訝しげに眺め回す。
 彼に支給された品は、簡素な画面が面積を占めている長方形の小型機器。画面上では、中央に浮ぶ青い光点が点滅していた。
 ―――それは首輪探知機だ。
 使い方次第では、ゲームを有利に運ぶことが可能な『当たり』に属する支給品。
 だが、手にしたのは機械とは無縁で疎いジャックであるからして、この時点では活用方法について理解できずにいた。 
 そんな貴重な支給品を目の当たりにしても、今のジャックでは落胆の吐息を付くばかりである。

「機械なんてわっかんねぇ……。ジーニアスがいれば何とかなったのになぁ」

 バックの膨れ具合からして武器など入っていないことは始めから分かっていたものの、それでも寄せていた少量の期待も虚しく霧散した。
 参加していない知人に助けを縋りたくなるほど気落ちしてはいたが、一度頬を叩いてジャックは立ち上がる。

「まあいいや。武器はその辺で拾うってことで……行きますか!」

 思い立ったら即行動。
 ジャックは探知機をバックへと放り投げて辺りを見渡した。朝霧に包まれた視界上では、現在位置の把握も難しい。
 だが、考えた所で分かる筈もないのだから行動という選択以外すべきことはなく。
 一直線に突き進んで行けば、地図上に記載された何処かしらの施設を発見するに至るだろう。
 大雑把で適当な思考を締め直し、ジャックは悠々と歩き出す。


【J-6/朝】
【ジャック・ラッセル】[MP残量:100%]
[状態:正常]
[装備:無し]
[道具:首輪探知機・支給品一式]
[行動方針:仲間を集めてルシファーを打倒する]
[思考1:リドリーと接触
[思考2:知人の捜索]
[現在位置:J-6(氷川村近辺)]

【残り59人】




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ジャック 第42話

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最終更新:2007年02月16日 15:50